【完結済】全てを殺す魔法   作:らっきー(16代目)

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ソリティアは壁とでもやってろ

「ヴァルト、ご飯」

 

「……もう少し眠らせてくれ。それか勝手に食べてくれ」

 

「違う。作ったから食べて」

 

「……お前料理出来たのか」

 

 嗅ぎなれない匂いを辿ってみれば、普段食材をそのまま食べている俺には見慣れない食べ物の集まり。

 

「ヴァルトに任せてると文明的な食事が食べられそうにないから」

 

「お前どんどん遠慮が無くなってないか?」

 

「どうせヴァルトが気紛れ起こしたら殺されるのに、気を遣う必要なんてないでしょ?」

 

 攫ってきた頃はもっと死んだ顔をしていたように思うのだが。例の愛を教えろという約束をしてから遠慮が無くなったような気がする。単純に食事をしっかりとれるようになって栄養が満ちてきただけかもしれないが。

 

「……まあいい。もう一人は?」

 

「今から起こしてくる。ヴァルトは寝起きが悪いから先に起こしに来た」

 

「初めて言われたぞそんなこと」

 

「言ってくれる人が居なかっただけでしょ?」

 

「……先に食べてるからな」

 

 

 

 魔族は人喰いだのなんだのよく言われるが、別にそれしか食べられないわけではない。ただ普通なら食べない理由が無いというだけ。

 だからこうして人の作った料理も食べられる。……或いは、これも人を欺くための機能の一つなのかもしれないが。

 

 美味いのかどうかは分からない。けれど少なくとも上手いのだとは思う。

 

「……人間の家族では、家での料理というのは母親がするのだろう?」

 

「そんなことないと思う。少なくともウチでは私がしてたし」

 

 会話をしているといかに俺が人間を知らなかったか……というより、知ったつもりになていたかを痛感する。どうにも一つの事例が他の群れに当てはまるほど人間は単純ではないらしい。

 

「ではお前の家の母親の役割は?」

 

「……知らない」

 

「うん? 知らないことは無いだろう。……ああ、働きに出ていて詳しく何をしているのかは分からないということか?」

 

 基本的に父親と呼ばれている人間の役割だと思っていたが、きっと母親がその役割を担うこともあるのだろう。そう解釈したのだが。

 

「あんなの母親だと思ってないし」

 

「ほう? どういうことだ?」

 

「お父さんが居ないのをいいことに男連れ込んでお酒飲んで。……なんなら、ヴァルトが殺してくれて良かったぐらい」

 

「分からんな。それでもお前を産んだ以上は母親だろう? 血縁と呼ぶのだったか」

 

「血が繋がってるだけじゃ母親とは思えないの」

 

「そうか。では母親に必要なものは何だ? 何があればお前はそいつを母親だと思えたんだ?」

 

「……愛情」

 

「ここで愛か……どうした、そんな顔をして」

 

 話を聞く限り人間も生得的に持ち合わせるものではないらしい。ならば魔族も後天的に愛を身に付けることが出来るのではないだろうか。もっとも、そのためには愛のサンプルと理解するための時間が必要だろうが……幸い、この場にはどちらもある。

 

「愛されてなかったって思い出すのが辛かっただけ」

 

「ふむ。食事中にする話ではなかったかな。続きはまた今度にしよう、人間」

 

「……フレン」

 

「ん?」

 

「私の名前。ヴァルトだって魔族って呼びかけられたら嫌でしょ?」

 

「いや全く。この場に俺以外魔族が居ない以上むしろ合理的な呼び方だとすら思う」

 

「じゃあ言い方を変える。人間は愛情を示すために相手を名前で呼ぶの。愛を知りたいから真似事からするんでしょ?」

 

「実に論理的だ。ならばこれからはフレンと呼ぶとしよう。……ついでに、もう一人の名前は?」

 

「妹はクーエン。小さい方とか呼ばないであげてよ? 喋れないから文句も言えないし」

 

「気をつけよう」

 

 

 

 2人の人間……フレンとクーエンが成体と呼べるぐらいに育つまで過ごしてみて分かったことが幾つか。

 

 一つ。愛情に血の繋がりは関係ない。

 

 フレンは母親から愛されなかったと言っていたし、フレンとクーエンは父親が違っていても愛し合っている……ように見える。フレン曰く「クーエンは喋れないから、私の一方的な愛かもしれない」とのことだ。クーエンにフレンが好きか尋ねてみたら頷いていたから一方的ではないと思うが、魔族の俺の理解が正しいとは限らない。

 

 二つ。強い個体が弱い個体を守るというのが当てはまらない人間の群れもある。

 

 喋れない、幼い個体というのは庇護対象になるものではないかと思っていたのだが、どうもそうとも限らないらしい。ではその差はどこから生まれるのかといえば……分からない。周りから愛されているかどうか、なのだろうか? 弱い個体を庇護する事が愛だと理解していたつもりだったのだが、その前提からして間違っていたかもしれない。振り出しに戻った気分だ。

 

 三つ──

 

 コンコンとドアをノックされる音に思考が中断させられる。ここにやってくるようなもの好きはそうは居ない。道に迷ったのなら……面倒だから食べてしまうのが一番早い。

 

 ドアを開けた先に居たのは女の魔族。

 

「こんにちは、人間を研究している変わり者の魔族さん」

 

「……どうやって知った? 誰にも言ってないはずなんだが」

 

「あら。結構有名よ? 人間の魔法を使う魔族なんて珍しいもの」

 

「大体はそれを知ったら軽蔑して関わって来なくなるんだが」

 

「私も同類なの。人間の魔法は面白いもの。私自身の魔法は……あまり面白くないから」

 

 同類。人間の魔法に興味があるということか。それとも人間自体に興味がある魔王の同類か。

 

「それで、何の用だ?」

 

「ちょっとお話ししてみたかっただけ。上がってもいい?」

 

「構わんが──先に風呂に入ってもらう」

 

「お風呂?」

 

 だってこいつ……もの凄い死臭がする。

 

 俺も人を喰って帰った日などはフレンによく文句を言われたものだ。

 

 

 

 

「話は聞いたことがあったけれど、自分で使うことがあるとは思わなかったわ」

 

「慣れれば案外心地いいぞ」

 

 ソリテールと名乗ったその魔族と、今は共に風呂に入っている。

 

「人間は一日の終わりに入るんだってね」

 

「水が豊富に使える所限定だろうがな」

 

 魔族にはそんな習慣は無い。というより、魔族に文化と呼べるようなものはない。個人主義者がいくら集まっても、集団が共有する何かなど生まれはしないのだから。

 

「それで、俺と何を話したかったんだ?」

 

「そうね……色々あるのだけど、まずはあなたの目的が知りたいわ。どうして人間の魔法に手を出そうと思ったの?」

 

 一人では広い湯舟も、二人だと少しばかり狭く感じる。そろそろ作り直すべきか? 

 

「自分の魔法が自分だけじゃ完成しそうになかったから」

 

「どんな魔法?」

 

「死ななくなる魔法」

 

 幸いソリテールが小柄だったから、膝の間に収まってもらうことで湯舟を共有できている。

 

「それは……不可能じゃない? 不死のイメージなんて出来る?」

 

「その通りで無理だった。だからアプローチを変えることにした」

 

「人間の魔法でも無理だと思うけど」

 

「ああ。だが俺が求めているのは『死なない』という結果だけだ。達成できるなら別に魔法じゃなくてもいい」

 

「それって?」

 

「魔族と人間との共存……まではいかなくても、俺個人が人間から排斥されなければいい」

 

「順調?」

 

「生憎」

 

 でしょうね。とソリテールは嗤っている。まあ元より貼り付けた笑顔から大して表情も変わっていないのだが。

 

「そのために人間を飼ってるの?」

 

「ん? ああ、気づいていたか。二人ほど攫って……もう十数年経つのか?」

 

「何を学ぶつもり?」

 

「愛について」

 

 俺の言葉を聞いたソリテールは、声をあげて笑い出した。そこまで面白いことを言ったつもりはないのだが。

 

「君、滅茶苦茶なこと言ってるの分かってないでしょ」

 

「そうか? サンプルを重ねていけばいつか理解できると思うんだが」

 

「そうだね……例えるなら、鳥をいくら水に沈めても泳げないでしょう? 魚をいくら空に放しても飛べないでしょう? それと同じだよ」

 

「不可能なことは試行回数を重ねても無駄だと?」

 

「ええ。私達魔族は愛を知らないんじゃない。愛という機能そのものが存在しないの」

 

「俺はそうは思わん。泳げず、飛べずとも構わん。ただ水辺で暮らし、飛び跳ねて浮かべさえすればいい。どうせ、人間の一生など魔族からすれば一瞬だ」

 

「人間はそうかもね。でも人類は違うわ」

 

「ふむ……」

 

 例えば俺はあの2人と共存している。だが人類と共存出来るかと聞かれれば否だ。外れ値を全体に適用出来ると思うほど愚かではない。

 

「それでも貴方は人類との共存を目指すの?」

 

「そこまでの贅沢を言うつもりは無いが……人を欺くのが魔族の本質ならば、そこをもっと突き詰めるべきだとは思う。それこそ、人類が共存出来ていると錯覚するくらいに」

 

「随分と現実的な夢想家なのね」

 

「現実を認めた上で夢を諦めない奴だけが、夢の世界で暮らせるんだ」

 

「是非とも私にもその結末を見せて欲しいな。夢物語の悲劇的な結末を」

 

「いつでも遊びに来てくれ。きっとあの二人も喜ぶ」

 

「そうさせてもらうわ。……ところで」

 

 一拍。

 

「さっきからお尻に硬いものが当たってるのだけど、これは何?」

 

「……知ってることをわざわざ聞くな」

 

 

 

「ヴァルトの友達?」

 

「さっきお友達になったところ。折角だからお姉さんともお話ししましょう?」

 

 フレンとソリテールの相性は意外にも悪くないらしい。俺としても、殺しさえしないでくれればどう扱ってもらっても構わない。

 

「魔族ってみんなこうなの?」

 

「私達がおかしいだけだと思うわ。普通は人間に興味なんて持たないもの。精々魔法使いぐらいじゃないかな」

 

「俺まで頭がおかしいみたいに言うなよ」

 

「ヴァルトもおかしいと思うよ私は」

 

 残念ながら俺の頭はイカれているらしい。会話とはいい文明だな。自分では気づけないことに気づかせてくれる。

 

 人間の風習。フレンから見た魔族の特徴。そんなことを話していたようだ。とりわけソリテールが興味を持っていたのは──

 

「貴方達はどう命乞いをしたの? 私も、人間に殺されそうになったら命乞いをしてみようと思っているのだけど」

 

「……してない」

 

「あら?」

 

「まあ、俺が適当に攫っただけだからな」

 

「残念。参考にさせてもらおうと思ったのに。……じゃあ、ヴァルトか私が今貴女を殺そうとしたら、何て言うの?」

 

「別に何も。魔族にそんなことしても意味ないでしょ?」

 

「うーん。人間にも色々いるのね」

 

「貴方達に言われたくはないかな」

 

 それもそうねと、ソリテールは笑っていた。どうやら答えがお気に召したらしい。

 

 見ている側としては、『じゃあ実際に死ぬ寸前にはどうするのだろう?』と実験を始めでもしないかと心配にはなったが。

 

 

 

 また来るね、と言い残してソリテールは去っていった。お土産として人間の使う魔法を幾つか交換した。やはり交流とはいいものだ。一人で魔法を研鑽することのなんと愚かしいことか! などと言っても誰も共感などしてくれないが。ソリテールは外れ値だから考慮しないものとする。

 

「夢物語の悲劇的な結末、ねえ……」

 

 俺が正しいのかソリテールが正しいのか。その答えが出るのは百年は先だろう。そもそもフレンとクーエンにしても恐らくあと数十年は生きるのだろうから、その後で答えを出しても遅くはない。魔族にとっては短すぎるぐらいの時間ではあるが。

 

 

 

 フレンとクーエンが死んだのは、ソリテールが来てから十年も経たない頃だった。

 

 

 




フレンとクーエン
ドイツ語のfremdgehen(浮気をする)から。フレンゲーエンって発音するっぽい。

好きでもない相手との間に産まれた姉と、先天的に口がきけずに産まれた妹。姉妹愛はあってもそれ以外の愛情は知らない。

フレンは幼少期の時点でもう生きることを諦めている
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