なんとなくまだまだ生きるものだと思っていたが、人間の脆さを忘れていた。
なんてことは無い流行病。適切な薬を早く使えば治るはずのそれも、人間と魔族が戦争をしている今となっては死に至る病だ。
少なくとも、村を10程壊滅させてようやく薬を見つけた頃には、クーエンは死んでいたし、フレンももう手遅れだった。
「俺は何ともないのにお前達は苦しむ。やはり人間と魔族は違うんだな」
もう出来ることは何も無い。いつもの如く遊びに来たソリテールがそう言っていたのだからそうなのだろう。数えるのも馬鹿らしくなる程の人間を解剖して、医術も文化として学んだ彼女は、人間の医者より余程人間の構造に詳しい。それが手遅れだと告げた以上、何をしたって無駄な行為だ。
「……ヴァルト?」
「おはようフレン。数日ぶりだな」
彼女はもう起きている時間の方が短い。ただ衰えていくだけの姿を見ても特に何も思えないあたり、結局俺は愛を知る事には失敗したのだろう。
「クー……エン、は?」
「死んだ。死体は俺が喰った。埋葬だのなんだのはやり方を知らん」
或いはソリテールなら知っていたかもしれないが。この前会った時にでも聞いておけばよかったか? 少なくとも、愛した人間が死んだ時の真似事にはなっただろうから。
「そう……よかった」
「怒らないのか? ……いや、そんな気力も無いか」
大体家族を喰われた人間というものは怒りをぶつけてきたものだが。人間というものはどうにも、死体の扱い方というものになにやらこだわりがあるらしい。こうなるのならもっと早く聞いておくべきだった。愛する相手が喰われた時と埋葬された時との反応の違いを学べたかもしれないのに。
「ヴァルト。お願いが……ある、んだけど……」
「なんだ? 治せと言われても俺には何も出来んぞ?」
女神の魔法でも学んでいれば別かもしれないが。次の百年はその探求でもしてみようか。
「私、死んだらさ。死体、食べてよ。もう一人じゃなくて。ヴァルト、が」
「元々そのつもりだ。ソリテールは……まあ、別にズルいとか言ってくるタイプじゃないだろう」
「あり、がと……ね」
「何がだ?」
礼を言われるところがあっただろうか。死ぬ前の人間はどれもこれも怯えた顔をするばかりで、礼を言ってくるような奴は一人も居なかったのだが。埋葬だのなんだのをしてやると俺が言いでもしたのなら理解はできるが……分からんな。
「ヴァルト」
「なんだ。やけに喋るな。言葉を発するのも辛いのだろう?」
「多分、最期だから。伝えたくて」
「聞くだけは聞こう。結局妹も死なせてしまったしな。さぞかし恨めしいだろう」
妹以外の家族を殺して、住んでいた村を焼いて、それからは魔族の下での生活。まあ恨み辛みも溜まっているだろう。怨嗟の声はもう散々知っているが、サンプルが増える分には悪くない。
「ちがう、よ? お礼……ありがとう。私達を育ててくれて」
「何?」
育てる。子供が成体になるまで親が保護することだったか? ……十数年一緒に居たという部分だけ切り取れば、そう言えなくもないのかもしれない。
「俺の行動はそう映っていたのか」
「内緒にしてたけど。おとーさんって、こんな感じかなって。本物は、私のこと……どうでもよかったから、さ」
「魔族は子を育てないぞ?」
俺自身どう産まれたかはわからない。気が付いた時には一人だったし、親にあたる魔族を探そうだなんて考えたこともない。
「関係ないよ。私が、勝手に。思った、だけ」
「そうか。多分本物の父親を殺したのも俺なんだがな。悪かったと言っておいた方が良いか?」
「思ってない、でしょ」
「まあな」
殺した人間がどんな人間だったかなんて心底どうでもいい。優れた魔法使い、才ある戦士、魔族と分かりあえると信じた人間、魔族を憎む人間。死ねばみなただの肉塊だ。
「ヴァルトは、愛してくれてなくても。私は……多分、クーエンも、ヴァルトのこと、好き、だったよ?」
「何故だ? 食事を途切れさせなかったからか? 喰わずにいたからか?」
「理屈じゃ、ないんだよ」
恐らく、フレン達と過ごす中での最後のチャンス。愛を知るための……模倣するための。愛の条件とは?
「寂しい時に、一緒に居てくれた。それだけで、じゅうぶんだったの」
「クーエンが居ただろう? そしてクーエンにはお前が。その理屈なら俺は別に必要ないはずだ」
「生存のための、愛と、生活の、愛は違うんだよ」
「愛に種類があるのか?」
「私とクーエンは、お互いがいないと、生きられなかった、から。ヴァルトは、私達が居なくても、困らない、でしょ?」
「まあな。攫うのだって、別に誰でも構わなかった」
「要らない物を、だいじにすること。愛って、そういうものだよ?」
「ふむ……」
例えば魔法。俺にとっては必要不可欠なものだ。獲物を狩る為にも、死なないという俺の本能を達成するためにも。
翻ってこの二人──一人はもう死んでしまったが──はどうか。愛を知る為にと連れて来たが、例えば今までのどこかの日で逃げ出していても構いはしなかった。追いかけて殺しはしていただろうが。そういう意味では、確かに不要ではあるのかもしれない。
「ヴァルト、て、握って? 暗くて……寒くて、怖いから」
「これでいいか?」
無駄な行為だ。死んでいく人間を暖めたところで何の意味も有りはしない。そもそも何をしようが、何をしまいが、もう然程経たずに死ぬ相手だ。
「ふふ。そうやって、手を握ってくれること。愛は口で言うものじゃなくて、行動で示すもの、だよ?」
「随分と都合のいい解釈だ」
自分が学べなかったと認めるのは癪ではあるが、俺は全く愛など抱いてはいない。フレンが死んだとして、明日からもいつも通りの日常を送るだろう。何日も悲しむだとか、食事を摂らなくなるだとか。そういった愛する人間を失った時の行動をするとは思えない。無論、敢えてそういう行動を取ることは出来るだろうが、それに何の意味も有りはしない。
「ヴァルト。わたしが、ねるまで、てを、にぎってて」
「それだけでいいのか?」
別に病魔を退ける魔法が使える訳でもない。手を握らせたところで痛みや苦しみを取り除けるわけでもない。
有体に言えば、フレンが頼んだこの行為に一つたりとも意味は無いということだ。
「……ヴァルト」
「なんだ?」
「私の、最期の……遺言。きいてくれる?」
「好きに話せ。俺はここに居るだけだ」
少なくとも眠るまで手を握っていなければならないのだから。
「愛っていうのはね、ほんとは、人間も分かってないんだよ。みんな、勝手に期待してるだけ」
「身勝手な話だな」
「だからわたしも、好き勝手に言うの。ヴァルト、愛してくれて、ありがとう」
「悪いが、俺は結局愛を理解できていない。お前のそれは、ただの勘違いだ」
「ふふ。悪いなんて、思ってないくせに。……いったでしょ? かってに期待するって」
「……そうだったな」
「……ちょっと、話しつかれちゃった。……おやすみ。ヴァルト」
「ああ。良い夢を」
それきりフレンが口を開くことはなかった。
数日後、目を覚ますこともなく。フレンは死んだ。
俺は約束通り、彼女の死体を食べた。
別に他の人間の死体と何も変わらない味だったが、何故か妙に食べにくい死体だった。
「結局振り出しに……いや、むしろ後退したか?」
愛とは勝手に期待するもの。フレンが最期に残した言葉が正しいのなら、愛を知る方法など無いのではなかろうか。誤解と身勝手の押し付けから発生するものだとすれば、人間の数だけ愛の形はあることになるし、各々がその捉え方が違うことになる。
「いや……何かがあるはずだ。誰もが身勝手に抱いている愛を結びつける、何かが」
そうでなくては愛を基にした共同体など成り立たないはず。少なくとも、愛を持たない魔族と愛を持つ人間を分ける決定的な違いがどこかにあるはずなのだ。
「もう少しで何か掴めそうな気がしたんだがな」
十数年過ごした住処ではあったが、三人で暮らすのに十分な広さは一人では持て余す。放っておけばそのうち誰か旅人でも使うかもしれないが……
「『地獄の業火を出す魔法』」
燃やす。徹底的に。何一つ残さないように。何のためかと問われれば……魔族が居たという痕跡を万が一にも残さないためだろう。多分。
「こんにちは。面白いことをしているのね」
「ああ、ソリテール。悪いな。見ての通りもてなせそうにない」
「あの二人は、なんて聞くまでもないわね」
「死んだよ。ついさっき……というほど最近でもないが」
「愛は分かった?」
「教えては貰った。理解はできなかったが」
「残念。分かったら私にも教えてもらおうと思ってたのに。また他の人間を攫ってみる?」
「いや……このアプローチを繰り返しても今回以上の結果が得られるとは思えん。多分、最上の素材だった」
「じゃあどうするの? 人間との共存を諦める?」
「いや。またアプローチを変える。実験なんて失敗の繰り返しだろう?」
「それは……その通りね」
「ということでソリテール。一緒に暮らそう」
「うん…………うん?」
人間との間に愛を見い出せないのなら、魔族との間なら?
少なくとも、異種族との間よりは可能性があるのではないだろうか。
「解剖だとか広い世界での人間の文化の分野はお前の方が詳しい。人間と共に暮らした時間は俺の方が長い。共同研究といこうじゃないか」
「ん……そうね。同族といっぱいお話してみるのも、悪くはないかも」
「決まりだ。よろしく、ソリテール。ついてはまず……」
「まず?」
「人間の弔いのやり方を教えてくれ」
結局俺は人間を愛することは出来なかったけれど。
もし愛していたら、きっとそうしていただろうから。
「これでさよならだ。