【完結済】全てを殺す魔法   作:らっきー(16代目)

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人体の構造と機能/結婚式

 魔族は死ぬと塵に還る。何故と言われても知らないが、とにかくそういうものだ。

 翻って人間は死ぬと死体が残る。物理現象としてはこちらの方が余程納得がいくというものだ。

 

 何の話かと言えば、魔族を解剖する時は死なないように細心の注意を払わなければならないと、そういう話だ。

 

 

 

「た、助けてください……お腹を空かせた子供が待っているんです……私が死んだら、あの子は……」

 

「おいおい……。そういうのは人間相手にやってくれ。あまり動くと大事な血管まで切ってしまう」

 

「同じ魔族だ。頼む、見逃してくれ。貴方に仕えてもいい。だから──」

 

「やかましい。だったら勝てない相手に喧嘩を売るな」

 

 隣で人間を解剖しているソリテールはもう腹の中を開くところまで取り掛かっている。俺の方が腕が劣っているのだから、むしろ魔族の方をやってもらいたかったのだが。

 

「大して面白くもない魔法。大して面白味もない命乞い。せめて身体でぐらい俺の役に立ってくれ」

 

 差異を比較する。研究には重要な要素だ。

 

 魔族と人間の外見上の違いは──例外も居るが──殆どない。精々角が特徴的なくらいだが、大きさによってはすぐに隠せる程度の違いだ。

 

 ならば内面はどうか。内臓の数は? 大きさは? 位置は? 筋肉の付き方は。神経の通り方は。それらが果たしている機能は。

 

 ソリテールは、本当かは兎も角として人間の解剖しかした事がないと言っていた。やってみて理由も分かった。なにせほんの少し手先が狂っただけで塵に還ってしまうのだ。比較という目的が無ければ俺だってやろうとは思わない。

 

 鳴き声を無視して作業を続けて数時間。ようやく中身が分かるぐらいまで開き切れた。喉を切って静かになった時に、最初からこうしておけば良かったと小さな後悔はあったが。

 

「こうしてみると、人間の身体はやはり華奢だな」

 

「戦士でもなければそうだよ。多分、農作業とかしてたんだろうね。ほら、手のひらが固いでしょ?」

 

「皮が厚くなっているのか。魔族も剣を握る奴はそうなっていたりするのかな」

 

「どうかな。私の友達は魔法しか使わなかったから」

 

「消化器官は変わらないのか? ……内臓を切り開いたら流石に死ぬか」

 

「人間の方だけでも見てみる? ……ちょっと待ってて」

 

 胃。小腸から大腸にかけてのなんとかいう名前のやたら多い部位。「新鮮な死体だとここに中身が残ってたりするの。それは嫌な匂いがするんだよね」とのことだ。

 

「口から摂取して……胃で溶かすのだったか?」

 

「合ってるよ。それで腸から栄養を吸収して最終的に残った物を体外に排出する。私も流石にその過程は見たことは無いんだけど」

 

「面倒な行程だ。魔族はそれは模倣していないんだな」

 

「人間同士でも見せないところだからかしらね。私達が獲得してるのは、人間を欺くのに必要なところだけ」

 

「人間への理解が進めば、進化した魔族はより人間へと近付くのだろうか」

 

 例えば俺達が複雑な言葉を得たように。例えば俺達が人類の文化の真似事をするように。いつかは魔族も心を──

 

「無理だと思うよ」

 

「何も言ったつもりは無いが」

 

「魔族がいつか愛を進化で手に入れるかどうかでしょ? 私の仮説では、不可能だよ」

 

「何故?」

 

「愛する相手が傷付けられた時の人間の反応は分かるでしょ?」

 

「ああ」

 

 大体は激昂する。戦う力が無い人間は泣き喚く。魔族が関係ないところで死んだ場合は、弔いの儀式やら何やらをして、『喪に服す』という行動を取ったりもする。

 

「人間を愛する魔族なんていたら、食事の度にそんな反応をすることになるのよ? そんなの、生物として破綻してる」

 

「ああ、なるほど」

 

 結局のところ魔族と人間が愛を語って手を取り合う事など有り得ない。そこに関しては俺も一切異論を挟むつもりは無い。なにせ同族を解剖することにも何も躊躇いを覚えないのだから。

 

「だが、人間も獣を喰うくせに、獣の世話をしたりするだろう? 俺があの2人にしていたように、飯を食わせたり、身体を洗ってやったり」

 

「……人間の家畜化? 君、凄いこと思いつくんだね。もしかして、あの2人はその練習台?」

 

「…………いいや。俺はあいつらに対しては愛するように接していた。結果は惨めな失敗だったが」

 

 俺の思う愛する相手に対して接する人間の仕草。だが結局感情が伴っていないことは簡単に見抜かれていた。悪いと思ってないでしょ、とは何回言われたかも分からない。そんな過去を振り返りかけた俺を、ソリテールの笑い声が引き戻す。

 

「君は愛を知りたいと言うくせに、愛とはかけ離れた行為をしようとしている。ますます興味が出てきたよ。君の謳う共存が、どんな悲劇的な結末を見せてくれるのか」

 

「その口ぶり。お前にとっては愛とはなんだ? ソリテール」

 

「そんなもの、私が分かるわけがないじゃない」

 

 だって少なくとも。そう言いながら俺の手元の魔族の頭を開いていく。頭蓋骨が割られ、中身が飛び出し、髄液が吹き出してきて……塵になって、全て無くなった。

 

「だって少なくとも。人間にも魔族にも。心なんて臓器はどこにも無かった。だったら愛情だって、どこにもあるはずがないわ」

 

 

 

 

 

「便利な魔法を知ってるのね」

 

「人に紛れて暮らす時間が長かったからな。ソリテールの見た目が人間に近いのも有難かった」

 

 解剖の次は人間の文化を見に。一緒に暮らすまでしなくとも、旅人として交流するだけでもそれなりに分かることがある、とは彼女の言葉だ。

 

「でも北部はやっぱり戦争が激しいわね」

 

「勝手にしといてくれ、と俺は思うが。参加しなくていいのか?」

 

「嫌よ。死にたくないもの。ヴァルトこそ、魔法使いから学べる魔法もあるんじゃない?」

 

「俺だって死にたくない。それに、戦いで使うような魔法は俺が欲しいものとは遠いからな」

 

 例えば、こんな風に死ぬのは嫌だ。

 

 どこの村も葬儀ばかりだ。魔族との闘いに出て、死体で帰ってくるのなら幸運。大半は喰われて死体すら残らない。血に濡れた持ち物だけが見つかるなんてよくある話……とは、旅の道中で学んだことだ。さっさと南にでも逃げ出せば死なずに済んだだろうに。

 

 空の棺に向かって、決まり文句としての聖句を唱える。心があろうと無かろうと出来る行為だが、俺が真似をしても人間がやるのとはどこか違う気がする。

 

 ソリテールはといえば……俺よりは上手にやっていると思う。『見ず知らずの相手の悲劇に心を痛める優しい旅人』と評されているのも何度か聞いた。俺と何が違うのだろうか。

 

「それは私の見た目のせいじゃないかな?」

 

「どういうことだ?」

 

「ヴァルトも経験あるんじゃない? 愛する人が傷つけられたときに、怒る人間と泣く人間。性別で比率を考えてみて」

 

「……なるほど。そうなると俺はむしろ、魔族を皆殺しにしてやると怒るべきか?」

 

「それは流石にボロが出そうだけど」

 

 男の特徴の俺と女の特徴のソリテール。同じ仕草で同じ結果は得られないらしい。『男らしい仕草』を学ぶべきか? 戦士でも攫ってきて。

 

 

 

 

 

「見てヴァルト。装飾品がたくさん。今までの村とは雰囲気が違うわ」

 

「……そういう物に興味があったのか?」

 

「こんな細かな細工は魔族には作れないもの。ちょっと見てみてもいい?」

 

「ああ。別に急ぐ旅でもない」

 

 指輪に腕輪。耳飾りに首飾り。それからどうやって身に付けるのか分からないものが幾つか。地位の高い者などは着飾ることを好むのだったか。

 

「いらっしゃい。……恋人さんかい?」

 

 違う、と言おうとする前に。ソリテールに制せられた。

 

「ええ。でも彼ったら全然愛を伝えてくれなくて。だったらもう、物で示させるしかないでしょう?」

 

 お前、どうやったら人間のそんなところまで真似できるんだ。流石に口には出せないが、後で問いただしてやりたい。

 

「……そういうことだ店主。何か、愛情を伝えられるような装飾品はあるか?」

 

「お熱いねぇ。だったらやっぱこれだろう」

 

「指輪?」

 

「あら。綺麗ね」

 

「鏡蓮華の指輪。カップル人気ナンバーワンさ」

 

「何故だ?」

 

「鏡蓮華の花言葉は久遠の愛情。これを贈って愛を伝えれば、そのカップルは永遠に上手くいくってな」

 

「どう思う? ソリテール」

 

「花にわざわざ言葉を付けるなんて面白いことをするのね」

 

「なんだ? 嬢ちゃんのところはそういう風習は無かったのか?」

 

「ええ。花は眺めるものでしかなかったわ」

 

「……兄ちゃん、買って男を見せてやれ。チャンスだぞ?」

 

「なんの……まあいい。幾らだ?」

 

 提示された金額は高かったが、払えないほどではない。道中で喰うついでに集めた路銀があるから。

 

「毎度あり。良かったら結婚式でも見ていくか? 祝い事なんだ。人は多い方がいい」

 

「賑やかなのはそういう理由だったのね。愛し合う二人の儀式、いつか見てみたいと思っていたの」

 

「……俺の意思は無視か?」

 

「あら。私達も挙げるかもしれないわよ?」

 

「……それもそうか?」

 

 愛の真似事をしている身として、愛を誓う儀式は確かに知っておいた方がいいのかもしれない。そう考えてみると好奇心も湧いてくる。

 

 向かった先の教会では、2人の人間が永遠の愛とやらを女神に誓っていた。そしてそれを眺める多くの人間。笑顔を浮かべている奴もいれば、涙を流している奴もいる。

 

 2人が口付けをした時が、盛り上がりの最高潮だった。

 

 

 

「どうして口付けが愛の誓いになるのかしら」

 

「何か人間には特別な意味があるんじゃないか? 物語では大体、口付けをすると奇跡が起きる」

 

「ヴァルト……君、本なんて読むの?」

 

「クーエンが好きだったんだよ。大体、お前も揃えているだろう」

 

「私のは学術書だから、そういう本とは違うわ」

 

 言われてみれば並んでいたのは解剖生理学だとか生物の小難しい話だとかそういう本ばかりだった気がする。後は歴史の本だとかがあったか? 

 

「ねぇヴァルト。折角だから私達もやってみない?」

 

「何を?」

 

「結婚式。指輪も買ってもらったし」

 

 場所は教会では無い。取り仕切る僧侶も居ない。そもそも俺達2人は愛し合う男女ではない。

 

「まあ、いいだろう。上手く振る舞えるかは保証しないが」

 

「雰囲気だけでいいのよ。こほん…ヴァルト。私の事を、愛してくれる?」

 

「ん……ああ。君を愛そう。ソリテール。代わりに俺の事も愛してくれるか?」

 

「ええ。貴方のくれた指輪に誓って、永遠に。久遠の愛を」

 

 ソリテールの左手の薬指に鏡蓮華の指輪をはめる。

 

 愛を知らない2人がそれらしい鳴き声を発するだけの結婚式。まあそれでも、それなりにらしくはなっているのではないだろうか。

 

「……ヴァルト。屈んで」

 

「何故?」

 

「口付け。そのままじゃ届かない」

 

「それはすまなかった」

 

 言われた通りに少しばかり屈む……ついでに唇を重ね合わせる。数秒そのままで止まって、元の姿勢へ。

 

「……何の意味があるんだ? これは」

 

「さあ? でも大事な儀式なのでしょう? 催し物のメインになるぐらい」

 

「もう一度してみてもいいか?」

 

「構わないけど」

 

 再度の口付け。少しばかりの好奇心に身を任せて、舌を伸ばしてみる。当然の事としてソリテールの歯に阻まれるが、こじ開ける。その奥にはソリテールの舌。

 

 意外と他人の口内というものは割と無味であるらしい。或いは魔族だからなのかもしれないが、人間と口付けなど交わしたことは無いからそこは分からない。

 

 舌が絡まり、唾液と体温が混ざっていく。熱に浮かされ溶けていくような感覚。とんとんと背中を叩かれるまで続けていた。

 

「……窒息するかと思った。そんなに楽しかった?」

 

「どうかな。やってみるか?」

 

「そうね。折角だもの」

 

 3度目の口付け。意趣返しのつもりなのだろう。ソリテールの舌に口内をいいように弄ばれる。ついでに、気の所為でなければ唾液を流し込まれている。

 

「──ふぅ。どう?」

 

「そうだな……体温を混ぜ合わせて自他の境界線を曖昧にする。それによって互いへの愛着を高める儀式、と推察してみたが」

 

「そうじゃないよ。今ので私の事、愛せるようになった?」

 

「いいや。残念ながら全くだ。そっちは?」

 

「私も。永遠の愛って、なんなんだろうね」

 

「さあ? 分からなくても誓える物だということだけは確かだ」

 

「無駄な儀式だね」

 

「ああ」

 

 所詮は真似事。先程見た結婚式に対して、俺達が真似たそれは何かが欠けている。勿論それは場所だとか、僧侶の有無だとか、そういう話ではない。

 

「ねぇ、折角だからヴァルトも装飾品買ってみない? 指輪のお返しに」

 

「せめて付け方が分かるものにしてくれよ?」

 

「じゃあ一緒に選びましょう」

 

 結局選んだのは、色違いの鏡蓮華の指輪。ソリテールにはめてもらったそれは確かに綺麗な細工だが、逆を言えばそれだけだ。

 

 ただ、愛など欠片も知らぬ魔族が2人、結婚式をして久遠の愛情を身に付ける。その無駄な行為がどこか、滑稽な面白さを感じさせた。

 

 

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