「人類について研究している変わり者の魔族がいると聞いた。……どちらだ?」
「どちらも、かしらね」
「人の愛について学んでいる。ヴァルトだ」
「妻のソリテールよ」
「マハトだ。……妻?」
「ごっこ遊びよ。気にしないで」
七崩賢筆頭、黄金のマハト、だったか。それにしても、人間について研究しているというのはやはり目立つらしい。或いは、それだけ噂が広まってもソリテールとマハトの2人しか来ないぐらい蔑まれる趣味だと理解するべきか?
「鳥を飼ってるのか?」
「鳥と蝙蝠。見たことは?」
「あると思うが意識したことは無いな」
「そう」
マハトはソリテールの話をよく聞いていた。進化による形質の獲得。似た生物の間の差異。同じ機能を持っていても区別される生き物。例えば、同じ翼を持つ生き物でも、鳥は卵から産まれ、蝙蝠は胎から産まれる。
「魔族には何故悪意や罪悪感が理解出来ない?」
「随分とつまらない事を聞きに来たんだね。ヴァルト、答えてあげたら?」
「答えるまでもなく分かっているだろう? マハト。捕食者がその対象を喰う度に心を痛めていたら、到底生き残れはしない」
「心を痛めるとはどういうことだ?」
「……どうしようソリテール。過去の俺を見ている気分になってきた」
「今でもこんな感じよ?」
「そうなのか?」
「ええ。だって、私達魔族と人間は姿が似ているだけ。空飛ぶ羽虫がどんな感情を抱いているかなんて分からない──何度言っても諦めないじゃない。君もなのかな? マハト」
「人間の感情が分かれば共存できるかもしれない。数百年無駄にしようと、俺達からすれば些細なものだ」
確かに俺とよく似ている。強いて違いを言うならアプローチの仕方か。俺は愛を知って人間の内側に入り込もうとし、マハトは罪悪感を学ぶことで人と同じになろうとしている。
「ソリテール、コイツ俺以上の夢想家じゃないか?」
「私からすれば二人とも夢想家だよ。何かアドバイスでもしてあげたら?」
「うーん……そうだな」
折角だし何か気の利いたことを、とは俺も思うのだが如何せんこちらも探求中の身。答えを教えてやることはできない。
「人間から学ぶなら同じ相手と長く付き合った方が良い。どうでもいい相手が死んでも何も感じないなんて、当然のことだろう」
「なるほど。助言、感謝する」
マハトとの交流はその程度で終わった。答えのだせない問題を解こうとしている者同士共感できるところもあったが、それ以上に自分自身を客観的に見るとどう見えるのかを知るいい機会だった。
「ソリテール」
「なぁに?」
「俺もマハトも人間との共存を夢見ているのは同じだ。もし、どちらかだけ見るとしたら、どっちの結末が見たい?」
「うーん、そうだねぇ……どっちかだけなら、君の方かな」
「何故?」
「君との方が長い付き合いだから。それに、私を愛してくれてるし」
「なら、期待に応えられるように、きちんと答えを見つけないとな」
ソリテールを抱き寄せる。彼女の左手に付けられているのは、俺が付けているのと同じ鏡蓮華の指輪。
口付けを交わして、しばらく抱き締める。魔族も人間も、暖かいのは同じだ。
「ふふ。ヴァルトも愛の真似が上手になってきたね」
「人間は番が他の異性と接すると……そう、嫉妬をするんだろう?」
「ええ。番を奪われないようにするのでしょうね。人間は決まった番と長い時間を過ごすものだから。成体になるまで時間がかかるから……かな?」
「ならきちんと俺から離れないようにしてもらわないと。ソリテール以上の友人は見つかりそうもない」
「私からしたら貴方は実験動物みたいなものかもよ?」
「まあそれでも構わない。俺が愛されていると思っていられるかだけだ。大事なのは」
「そう? 安心して。ちゃんと愛してるわ。ヴァルト」
「俺もだ、ソリテール」
昔、嘘も百回言えば本当になる、と言った人間が居た。
人間の一生は短いから、嘘を長い間続けていれば真実の方が先に埋もれてしまうということだろう。
ならば愛を知らない俺だろうと、死ぬまでずっと愛を嘯き続ければ。嘘と真実をひっくり返す事も出来るかもしれない。
大魔族というものに具体的な定義がある訳ではない。ただ長いこと生きてきて強力な魔法を使えるようになった魔族が勝手にそう呼ばれるだけだ。
数年前にやってきたマハトはまさにそれだった。使う魔法の相性もあって来訪した時は内心焦りもあったのだが、平和的な物だったから結果的には無駄な警戒だった。
そして今、また大きな魔力を持つ存在が訪れてきている。
「……誰かと思えばお前か、シュラハト」
「ソリテールに会いに来ただけだ。お前を戦いに出そうなどとは思っていないから安心しろ」
「それはよかった。今呼んでくる」
何を話すつもりなのかは知らないが、どうせ数百年、下手したら千年先の未来のための布石だろう。未来を見られる奴の思考回路は分かりそうもない。
ソリテールを連れてくるとすぐに二人で話していた……というよりは、シュラハトが一方的に何かを伝えていた。特に興味があるわけでもない。どちらかといえば苦手な相手だし。古い知り合いではあるのだが。
然程時間もかからずに話も終わったらしい。どうせ魔族の未来のために行動しているのだろう。立派なことだ。少なくとも俺には到底真似できない。どのような動機があればそんな行動ができるのだろうか。
「邪魔をしたなヴァルト」
「そう思うなら早く帰ってくれ。俺は俺を殺せそうなやつが近くに居ると落ち着かないんだ」
「その性格でなければ南の勇者との戦いにも呼んだんだがな」
「誰だよそれ……」
「七崩賢全員でかかっても相討ちが精々の人間の勇者だ」
「パス。絶対俺死ぬだろそんなの」
「お前の魔法があれば大分未来も変わるのだが」
「……完成してたら行っても良かったかもな。だがお前がそういう未来に調節出来なかったってことは、そういうことだろう?」
「いいや。お前が魔法を完成させる未来を見たこともある」
「どうなった?」
「お前以上に強い奴を皆殺しにしていたよ。魔族も人間も問わずにな。これがお前に贈る最期の言葉のうちの一つだ」
「……ああ。死にに行くのか。シュラハト」
少なくとも俺には絶対にできない行動だ。臆病な俺にとって、自分の命より優先するものなど、一つたりとも有りはしないのだから。
「もう一つ。これは私の掌で全く踊ってくれないお前への嫌がらせの言葉だ」
「ほう? それは楽しみだ」
「お前はそう遠くないうちに死ぬ。自分でも何故死ぬのか分からないままに」
「そうか。そうならないように精々気を付けるとするよ」
「精々頑張ってみてくれ。どの未来でもお前の死は変わらなかったが」
「嫌味な奴だな」
好き勝手な言葉を吐いて去ろうとするシュラハトに、一つだけ聞いてみたくなった。
「シュラハト。お前は愛とは何だと思う?」
「私が予知した未来で。その疑問に答えるのも何度目になるかな」
どうやら俺はどんな未来でも愛を見つけられていないらしい……まあ、意外でも何でもないことだが。
「執着。狂気。妄執。魔族に理解できる言葉で言い換えるのならそんなところだろう。少なくとも、私にとっては」
「……ふうん? 驚いたな。魔族でも理解できるのか? 愛とは」
「いいや。そのようなものであると解釈しているだけだ。精々自己愛ぐらいだろうさ、魔族に理解できるのは。ただ──」
「ただ?」
「私は少しだけ、自己の範囲が広いだけだ」
自己愛ならまあ、俺にも分からなくもない。死にたくないというこれだって、要は自己を保存したいという自己愛だ。
「ありがとうシュラハト。……死なないと良いな」
「お前に気遣いは、マハト以上に似合わん」
自己愛を広げる。例えば、ソリテールを自己の保存に含める?
ソリテールが死なないように守るとする。なるほどそれは確かに、人間が愛する相手に取る行動と同じものになるだろう。
「……あとはその、自己の広げ方か?」
もう少し、もう少しで愛というものが掴めそうな気がする。愛を持つ人間の行動という結果は分かっているのだ。後はどうにかそこに至るまでの過程を逆算するだけ。
「執着、狂気、妄執、ね……」
俺にそのようなものがあるとすれば死にたくないというこの想いくらいか。ならば魔法を完成させてみればヒントの一つにはなるか? だが死なないイメージなど……
「あー、いや。そういうことか。そりゃ皆殺しにもできるな」
魔法の完成は、気が付いてしまえば至極簡単なことだった。
「ソリテール。俺の片腕を吹き飛ばしてくれないか?」
「……今度はそういう趣味の探求でもしているの?」
「そういう? ……分からんが、魔法の試運転だ」
「そういえば実際に見せてもらうのは初めてね。じゃあ……遠慮なく」
ソリテールが生み出した剣によって右腕が切り落とされる。痛いが今はそれはどうでもいい。
「『傷を押し付ける魔法』」
魔法の発動と共に右腕が元通りになる。代わりに籠の中に居た鳥の翼が落ちる。これは今まで通り。
「へえ。そんな風になるんだ。生き物にしか押し付けられないの?」
「いや。その辺の木だろうが地面だろうが押し付けられる。今からやろうとしている方は多分無理だが」
「次は私は何をしたらいいの?」
「俺の首を落としてくれ。或いは身体を粉々にしてくれても構わない。ああ、そこの蝙蝠だけ巻き込まないように気を付けてくれ」
「……自殺に付き合うつもりは無いよ?」
「俺も死ぬつもりは無い。愛した相手を独りにはしないさ」
「うーん、まあいいか。じゃあ折角だし、最近流行ってるこれを試させて?」
『人間を殺す魔法』。ソリテールの莫大な魔力が注ぎ込まれたそれは、いかに生命力が強靭な魔族であろうと死は免れない一撃。当然まともにそれを受けた俺は塵に還り──
「『死を押し付ける魔法』」
その瞬間俺は元通りになり、代わりに蝙蝠が死骸となった。
「……凄いね。どんなイメージで成立させてるの? それ」
「至極単純な事実に気が付いただけだ。俺が死なないためには他の誰かが死ねばいい。俺以外の誰かが」
「『即死』を傷として他の生物に押し付けてるのかな? これで君は念願の死の克服を果たしたわけだ」
「ああ。……と言いたいところだが、シュラハトによれば俺は結局死ぬらしい。口ぶりからして寿命などでもなく」
「慢心でもするのかな? ……ねえ、ヴァルトが死んだらさ、私に弔わせてよ。一回でいいから、愛する人を弔ってみたかったの」
「それはいいな。愛する人に看取ってもらうのは、人間の幸福な死に方なんだろう?」
「そうらしいわよ? 少なくとも、魔族に食べられるのよりはいいみたい」
「そうか。愛している相手からそんな幸せな死を提案してもらえるのは幸運なのだろうな」
嘯く愛が真実に変わるまであと何回だろうか。
願わくば、俺が死ぬより先に掴みたいものだ。……そもそも死なないために愛を学ぶつもりだったのに、最近は手段と目的が変わりつつあるような気がする。
或いはこれが、愛の狂気なのだろうか。
執着を持てるようにとソリテールと口付けを交わしつつ、そんなことがふと頭をよぎった。