【完結済】全てを殺す魔法   作:らっきー(16代目)

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愛の不在証明

 魔王が勇者に討ち滅ぼされた、と人間の間で話題になっている。どこへ行っても勇者ヒンメルを称える声ばかりだ。

 結局、千年近くに及んだ共存のための魔王の努力は全てが無駄になった。統率者を失った魔族は個々が欲のままに動き、人間に負けていくだろうから。

 

「あれだけ強くても死ぬ時は存外呆気ないものだ」

 

「本当に。……これで友達は本当にみんな居なくなってしまったわ」

 

「俺は?」

 

「貴方は夫だもの」

 

「両立は出来ないものなのか」

 

「幾つも関係性があったら説明する時にややこしいじゃない」

 

 それもそうかと納得する。確かに人間も私の夫、だとか、俺の妻だとか紹介することはあっても、夫で友人で親戚で……などと並べ立てている奴は居なかった。1つ関係性が決まったらそれで固定されるものなのだろう、多分。

 

「……マハトは今頃何をしているかな」

 

「都市に召し抱えられたらしいわよ? 貴方の言った通り、親しい人間を作ろうとしているんじゃないかしら」

 

「耳が早いな。俺もそれなりに人間と『おはなし』しているつもりなんだが」

 

「私と君じゃ研究テーマが違うもの。私は人間の命乞いを聞くのが好きなんだ。死に際の人間は嘘をつかないから」

 

「好みなんてあったのか?」

 

「いいえ? 全く。でも、興味深いとは思ってるの。いつか私が殺される時は、殺す相手が忘れられなくなるような命乞いをしてみたいと思って」

 

「俺も久しぶりに言葉を交わしてみるとしようかな。最近は魔族の解剖ばかりしていた気がする。あいつらは鳴き声が下手すぎて、話してみても面白くない」

 

「あら。じゃあマハトにでも会いに行く? でも人間の間で立場があるなら魔族が訪ねて言ったら迷惑かな」

 

「まあ、魔法でいくらでも誤魔化せるだろう」

 

 

 

 結論から言ってしまえばマハトへの迷惑を心配する必要は無かった。魔王軍の残党が暴れまわっていて、マハトがその討伐のために駆り出されていたから。

 

「よ。久しぶり……でもないな。良い相手は見つかったか?」

 

「ヴァルトか。どうかな。ひとまず今はヴァイゼという街に仕えている」

 

「折角の魔王軍の生き残りを殺してしまうなんて。酷いことをするのね」

 

「シュレークと知り合いだったのか?」

 

「いいえ? ただ言ってみたかっただけよ?」

 

「……変わらんな。ソリテール」

 

「罪悪感を知る手伝いをしてあげたのに」

 

 まあ当然というか、俺達魔族が同族を殺した程度でそんなものを感じるはずも無い。単なるじゃれ合いだ。

 

「それで。どうだ? マハト。罪の意識だの悪意だのは学べているか?」

 

「さぁな。何人も殺してはいるが……お前の言った通り、何も知らない相手を殺したところで何も感じはしない」

 

「気長にやると良い。そのうちお前にも悪意を教えてくれる人間が出てくるさ」

 

「その口ぶり。お前は誰かから愛を教わったのか?」

 

「ああ。理解はできなかったがな」

 

 ちょっとした近況報告。マハトはヴァイゼという街に仕え始めたこと、それに伴う人間との交流を。

 俺とソリテールは相変わらずの生活を送っていること。人間や魔族との『おはなし』を続けていることを。

 

「それじゃあマハト。私達はそろそろ行くよ。頑張ってね、人間との共存」

 

「心にもないことを言う」

 

「心が無い私達には丁度いいでしょう? それに、応援してるのはほんとよ? 友達の目指していたのと同じ夢だもの」

 

 

 

 

 

「ねえヴァルト。ちょっと旅をしてみない?」

 

「どうした急に」

 

「魔王が死んで世の中がどう変わったのか、興味無い?」

 

「そんなに変わってるものか?」

 

「ええ。折角だから、平和な世界というものを見てみない?」

 

「正直どうでもいい……が、お前が行くなら一緒に行くよ」

 

「あら。どうして?」

 

「暇潰しと、お前の方が人間との『おはなし』が上手だからかな。魔王が死んで以来、すっかり市井の人間にまで魔法は広まっている」

 

「ああ、民間魔法? それは興味あるんだ」

 

「正確に言うなら魔法を作った理由の方に。どんなに変な魔法でも、それを作るのは理由があるからだろう?」

 

「変な魔法? 例えば?」

 

「色々あるぞ? 『愛する人に夢で会える魔法』とか、『愛を伝える勇気が出る魔法』とか」

 

「絶対趣味で集めてるよねそれ。使ってみたの?」

 

「使おうと思ったんだがな。よく考えたら愛する相手は目の前に居るし、愛を伝えるのに勇気なんて別に要らない」

 

「つまり?」

 

「無駄だった」

 

 まだ『焼肉の丁度いい焼き加減が分かる魔法』の方が魔法としては価値があった。まさか焼き加減が丁度よくなるだけで人の肉があれほど美味しくなるとは思わなかった。ソリテールも喜んでいたし。

 

 とはいえ一見無駄な事にも、案外価値はあるものだ。例えばさっきの役に立たなかった魔法にしても、作り手の思考を考える事は出来る。

 

『愛する人に夢で会える魔法』を作った人間は、恐らく愛を失ったことに耐えられなかったのだろう。そんな時に、別の人間を愛するのではなく夢の世界へと逃避する。この魔法からはそんな非合理的な人間の思考回路が学べた。

 

 その他何でもないような魔法でも、愛を知る手がかりになったりする。

 

 美味しい物を食べてもらいたい。この人のくれた物を失くしたくない。誰かの役に立ちたい。現れる行為や具体的な魔法は違っても、どれも愛から始まる行為だ……などと言うとまるで俺がとうとう愛を理解出来たかのようだが、人間の受け売りをそのまま言っているだけだ。

 

 ひとまず大きな街へと行ってみようと、ソリテールと二人北部高原の最北端へある街へと向かう。兵士も多く、城壁も高く。戦乱期の備えを残しているかのような都市。しかし。

 

「なるほど。確かに世の中は変わっているらしい」

 

「そうでしょう?」

 

 昔であればこの地域など魔物や魔族への備えで都市機能を使い果たしていた。だが今では住人は一般市民としての暮らしを享受している。簡単に言えば、剣と魔法で食っていた人間達が、それを酒だの装飾品だのに持ち替えたということだ。

 

「見て。ヴァルト。結婚式じゃない? あれ」

 

「ん? ……確かに。なんだかやけに縁があるな」

 

「大きな都市ならこんなものじゃないかしら。それに、きっと今は浮かれてる時期でしょうし」

 

「魔王との戦いで死んだ分増やそうとでも?」

 

「それもあるかもね。労働力はどこでも欲しいでしょうし」

 

 教会の中に入ってみれば、いつぞや見たようなことが行われている。病める時も健やかなる時も。永遠の愛を誓いますか? というアレだ。

 

「綺麗ね」

 

「ああ。昔より手間かけて作ってるんじゃないか? 相応の値段にもなっていそうだが」

 

「どうしてわざわざ1回だけ着るものにそんな手間をかけるのかしらね? どうせこの式の後に着るわけでもないのに」

 

「こんなに手間と金をかけていると主張して愛を証明したいんだろう」

 

「じゃああの二人は昔見た結婚式をしていた2人よりも愛が大きいのかしら?」

 

「さあ? ……確かめてみようか?」

 

「おはなしでもしてみる?」

 

「それもあるが……どんな時も愛するというのが本当なのか、見てみたくてな」

 

 

 

 例えばマハトは単騎で都市……いや、国の一つは滅ぼせる。アイツの魔法はそれだけ強力で、理不尽なものだ。

 

 いや、訂正した方が良いかもしれない。例えばクヴァール。例えばマハト。例えばシュラハト。大魔族の使う魔法で理不尽でないものなど存在しない。

 

 それは、魔力をそのまま撃ち出すという極めてシンプルな魔法ですら。

 

 平和だった都市を地獄に変える。端的に言えば俺達がやったことはそれだけだ。教会から出て手当たり次第に規模の大きい魔法を撃ちまくる。城門があったおかげで誰かを取り逃がす心配もない。『命がけで宝物庫の扉を閉じる魔法』を教わっておいてよかった。少しばかりアレンジはさせてもらったが。

 

「どうだソリテール。終わったか?」

 

「んー……うん。あまりにも呆気なかったから不安になったけど、今時の人間ならこんなものかな。ちょっと私は生き残りと『おはなし』してくるけど」

 

「そうか。じゃあ俺は教会の中に行ってくる」

 

 結婚式が行われていたそこには、数十人ほどの人間が残っている。用があるのは『妻』と『夫』だけだ。後はどうでもいい。俺達の姿や特徴を他の人間に伝えられるわけにはいかないから殺しておく必要はあるが。

 

「なあ」

 

 しばらくは悲鳴を上げるだけで会話にならなかった。仕方が無いから落ち着くのを待つ。心が安らぐ魔法でもあれば便利なのだが。

 

「お前達はついさっき永遠の愛を誓っていたな。どんな時でも互いに助け合って生きると。今はどうするんだ? 愛によって何かが変わるのか?」

 

 答えは無い。というより期待もしていない。流石に俺も、愛というのがそんな摩訶不思議な力を持っている奇跡だとは思っていない。

 

「俺は愛を学びたいんだ。愛する人間というのは死に際には何をするものなんだ? 俺に教えてくれ。……ああ、それとも、致命傷でも負ってからの方がいいか?」

 

 命乞い。ソリテールが聞いたら喜びそうだ。だが生憎俺にとってはそれはどうでもいい鳴き声だ。

 

「ん……やはり俺は『おはなし』が下手らしい。なあ、命乞いが聞きたいわけじゃないんだ。愛する人間がどんなことをするのか、俺の興味はそこなんだ。俺が諦めて殺してしまう前に、それを見せてくれ」

 

 俺の言葉を理解してくれたのか、目の前の人間は口づけを交わし始めた。これは知っている行動だ。

 

「その調子だ。知る限りの愛する人間同士の行動を見せてくれ。平和な時代の愛だからこそ、学べるものがあるかもしれない」

 

 結論から言ってしまえば、大した収穫は無かった。とった行動は大体既知の物であったし、死ぬ寸前だろうとそれは変わらなかった。

 

「愛というのはいつの時代でも変わらないものなのかな。個人差ぐらいは生まれるかとも思ったが、口にする言葉も、行為も、然程変わらん。……生殖行為の実物を見るのは初めてだったが」

 

 思考の整理。かつて掴めそうだった愛がどこか遠くへ行ってしまったような気がする。昔はこういうことをする度に輪郭がはっきりするような感覚があったのだが。

 

「やはりある程度一緒に居た相手でないと意味が無いのか……? ああ、とんだ無駄足だ。だが、マハトにアドバイスしておいて、自分がその通りにしていないんだから仕方のないことか?どうでもいい相手だからな、こんな都市に住んでいる人間なんて」

 

 フレンとクーエン。直感でしかないが、あの二人が居た頃の方がまだ答えを得られるチャンスがあったような気がする。もしかしたら愛とは、長い時間が必要不可欠な物なのかもしれない。

 

「どう? ヴァルト。終わった?」

 

「ああ、ソリテール。終わった……というか、無駄足だったな。そっちは?」

 

「私は結構満足かな。みんな色々喋ってくれたし……命乞いもいっぱい聞かせてもらったの。やっぱり夫が居るとか妻が居るっていうのが定番みたいね」

 

「それは良かった。……ソリテール」

 

「なに?」

 

「ちょっと近くに来てくれ」

 

 近くに来た彼女を改めて見る。身長は頭一つと少し俺より小さい。目は垂れ目。額に小さな角が生えていて、人間の研究をしている変わり者の魔族。

 

「……口付けをしてもいいか?」

 

「? いいけれど。どうしたの? いつも別に許可なんてとらないのに」

 

 恐らく襲った人間を食べたのだろう。血の味がする。まあ、別に初めての事でもないが。

 抱きしめてみれば柔らかな感触。俺の身体とは違うのは、男を模しているか女を模しているかの違いだろうか。

 

「他の人間と、お前と。何が違うのか考えていてな。よく知っている相手かどうかが大きいのかと思っていたところだ」

 

「どうでもいい相手かどうかってこと?」

 

「まあそうだな。翻って、何故俺はソリテールのことをどうでもいい相手と思っていないのかを考えていたんだが……」

 

「何か思いついた?」

 

「分からん。時間の積み重ねか、身体接触の積み重ねか。ただ人間に愛に基づく行為をしてみろと言うと、大体身体接触を行いだす。身体の触れ合いが愛を作るのだろうか……と考えていたところだ」

 

「試してみる?」

 

「何を?」

 

「身体の重ね合い。私としても、魔族が人間と同じことが出来るのか知りたかったの」

 

「……よく死体を見ただけでそんな行為があったと分かるな」

 

「人間の機能と構造なら私の方がヴァルトより詳しいもの」

 

 人間の生殖行為と同じ事を行って、魔族も生殖は出来るのだろうか? 子を成した事の無い俺には分からない話だ。自分がどう産まれたのかだって分からない。

 

 だからまあ、これも単なる真似事。愛し合う人間がする行為だから真似をしてみようと、それだけの話。

 

「風呂以外でお前の裸を見るのは初めてか?」

 

「多分そうね。外で服を脱ごうなんて思わないし」

 

 人間の裸……ついでに魔族の裸も見慣れている。解剖する時にわざわざ服なんて着せないし、風呂という裸でしか使えない施設を利用したことだってある。なんならソリテールとは一緒に風呂に入る仲だ。

 

 だというのに。

 

「綺麗だな。ソリテール」

 

「そう? むしろ着飾った物を全部取り払ったところなのに?」

 

 自然とそんな言葉が出ていた。何度も見ているそれとソリテールのそれで何が違うのか。

 

「何故だろうな。自然とそう思ったんだ」

 

「でも正解よヴァルト。こういうことをする時は、いっぱい相手の事を褒めて、いっぱい愛を伝えるんですって。昔『おはなし』した人が教えてくれたの」

 

「そういうものか? ……愛してる、ソリテール。もっと俺に愛を教えてくれ」

 

「私も愛しているわヴァルト。一緒に愛を確かめてみましょう?」

 

 繰り返しになるが、俺達がやっている事は愛の真似事にすぎない。行為自体は全く同じだと仮定しても、それに伴うはずの感情をお互いに理解出来ていない以上、どこか滑稽さを帯びてしまう。

 

 今まではそれでも楽しかった。愛の真似事だけでも、どこかそれに近付けている気がしたからか、単純に知的好奇心を満たせていたからか。

 

 だが今。ソリテールと身体を重ねていても虚しい鳴き声しか発せない事を──

 

 

 

 ──俺は何故か、悲しいと思っている。

 

 




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