「アウラが殺されたそうよ」
「またか? クヴァールが死んだばかりだろう」
「誰が殺したと思う?」
「……ゼーリエかフリーレン」
アウラが使う魔法は確か魔力量が下の相手なら問答無用の格下殺しだったはず。それを殺したのなら単純に考えてアウラより魔力の多い誰かだろう。要は、それだけ長く生きてる誰か。
「フリーレンよ。あの子凄いわね。魔王を殺したのに、今でも魔族を殺し続けている」
「恨みでもあるんじゃないか? ……いや、長く生きて魔族について良く知っているというだけか?」
「そうかも。人間は魔族と分かり合えるという夢を捨てられないみたいだから」
「俺も諦めた訳じゃないんだが」
「ふふ。そうね。未だに愛を探して……人間と共存しようだなんて。そんな夢を見てるのはもう君だけだよ」
「マハトが居るだろう」
「黄金郷の? ……面白い名前になったよね」
「全くだ」
人間からすれば都市一つを丸ごと黄金へと変えた畏怖を込めて呼んでいるのだろうが、俺達二人はあれが人間との共存の実験の結果だと知っている。果たしてマハトは悪意を学べたのか。あいつを閉じ込める結界が無ければ直接聞けたのだが。
「……マハトがどんな結末を迎えるのか。私としてはそれを見てみたいとは思ってるんだけど」
「けど?」
「流石に封印されると……ちょっと、待ち続けるのも退屈かな」
「だから最近色んな所に出かけてるのか」
俺はもっぱら民間魔法蒐集。ソリテールは南の方でなにやら『おはなし』しているらしい。フリーレンに関する話題を集めているあたり、魔王を殺した相手に思うところでもあるのだろうか。
「ええ。それに、そろそろ私達の順番が回ってくるかもしれないし」
「何の?」
「死の」
まさか、と笑い飛ばせはしない。そもそも魔族で一番強かった魔王が人間に殺されているのだし、この数年だけでも大魔族が二人討ち取られている。
「……逃げる準備でもしておくかな」
「あら。仇を取らなくていいの?」
「逆に聞くが、お前は自分の命より同族の仇討ちを優先しようと思うのか?」
「思わないわ。以心伝心ってこういうことかしらね」
「どうかな。でもまあ……お前が死んだ時は仇討ちでもしてみるとしようか」
「どうして?」
「愛した相手が殺された時にはそうするものだろう?」
「そうかも。でも無理よ、ヴァルト。だって、私が貴方の末路を見届けるのだもの」
「そうだったな。精々楽しんでくれ。別に死ぬつもりは無いが」
「それまでにきちんと出して欲しいな。人間との共存が出来るのかどうかの結論を」
「諦めて欲しいの間違いだろう? 俺が愛を知ることが出来るなんて、思ってもいないだろうに」
「ふふ。以心伝心ね」
フリーレンが黄金郷の……つまり、マハトの魔法の解析を始めたらしい。それを聞いた時点で俺は逃げる事を決めた。殺されるとは思わないが、殺せるとも思わない。元々俺の魔法だって生存用のものであって、戦いたくて作った訳では無いのだ。しかもシュラハトに死の予言までされている。危険に近寄らないに越したことはない。
「お前はどうする? ソリテール」
「うーん……折角だし、マハトの所に加勢に行こうかな」
「意外だな。俺と一緒で逃げるタイプだと思っていたが」
「マハトが負ける所をイメージ出来る? 放っておいても9割勝つだろう所に行くだけ。勝ち馬に乗る、って言うんだったかな?」
「どうせついでにフリーレンと話したいとでも言うんだろう?」
「ええ。1000年生きたエルフとおはなしなんてした事ないもの。マハトが殺してしまったらそのチャンスも無くなってしまう」
「まあ俺は南の方にでも逃げておくから、終わったら来てくれ。マハトも連れて、また3人で研究でもしよう。黄金郷の失敗原因も知りたいしな」
「分かったわ。そんなに時間はかからないと思う。結界さえ壊せれば、後は彼任せで終わるもの」
「そりゃそうだ。俺だってマハトには勝てん。というか俺の魔法はアイツと相性が悪すぎる」
『黄金にされた』という事象そのものを傷と認識出来れば何処かに押し付けられるかもしれないが……マハトと合流したら試してもらうか? アイツが黄金にした魔族を戻せるなら、の話だが。
「それじゃあ、行ってきます」
「ああ、ちょっと待てソリテール。少しだけ指輪を貸してくれ」
「? はい、どうぞ」
最近学んだ民間魔法をかけておく。相変わらず使い道が無い、ただ愛を知る為だけに身につけた魔法だが。
「よし。行ってらっしゃい、ソリテール。俺が一人に飽きるまでには終わらせてくれ」
「ええ。1年もかからないと思うわ。人の結界もたくさん勉強したんだから」
「命乞いをするんじゃ無かったの?」
「……そうね。死にたくないわ。帰りを待つ夫が居るの。彼の事を看取ってあげるって約束もしてる。どうか、命だけは──」
「魔族に夫なんて概念はないだろ」
「──そうね、でも」
「でも、俺は夫のつもりで居るぞ。ソリテール」
『死に際に会える魔法』愛する人を残して遠くへ行かねばならなかった人間達の、寂しい最期だけは迎えさせたくないという願いの魔法。たった一度だけの空間転移。
「……ヴァルト?」
「酷い姿だ、ソリテール。それと初めまして、フリーレン。改めて名乗るが、ソリテールの夫のヴァルトだ」
「……驚いたな。徒党を組む魔族は見た事があるけど、そんな風に名乗られるのは初めてだ」
鍛え上げられた魔術師だと一目でわかる。背を見せれば俺は一瞬で殺されるだろう。だがまあ、今は一先ず。
「色々と狂ってしまったな。まさかお前が先に死ぬなんて、欠片も想像したことがなかった」
「私は昔からとてもとても臆病で、心配性で怖がりだから、こうなるかもしれないって思った事はあるわよ?」
「お前らしい」
話しているところを魔法で撃ち抜かれた。密度を高めた『人を殺す魔法』か? 少しアレンジも入っていそうだが。傷口から身体が塵へと還っていくのが分かる
「これもまた順番が狂ってしまったな。フリーレン、俺の魔法は『死を押し付ける魔法』だ。分かりやすく言うと、下手に俺を殺すとお前が代わりに死ぬ」
視界にあった適当な木に死を押し付ける。瞬きの間に枯れ木に変わる様は、フリーレンにどのように映っただろうか。
正確に言うなら、殺したいだけなら今の一撃をフリーレンに押し付ければいいだけではあった。そこまで説明するつもりはないが。
「ソリテール。何か最期に願いはあるか? 出来る範囲なら叶えてやる」
「いいえ、何も。願いは今叶ってしまったもの」
「ほう? なんだったんだ?」
「私は臆病だから、誰かに看取って貰えたらって。愛する人に看取って貰えるなら……終わりとしては、悪くない」
「そうか……悪かったな。本当に愛してやれなくて」
「まだ分かってなかったんだ。違うよヴァルト。愛してくれてありがとう。それと、ごめんなさい。貴方を愛してあげられなくて」
それはどういうことだ、と問いただす前にソリテールは塵に還った。残ったのは俺が贈った鏡蓮華の指輪だけ。特に意味は無いが、拾い上げておく。
「すまん。待たせたなフリーレン。今から俺は仇討ちとしてお前を殺す……つもりだったんだが」
返答も反応も無い。魔族と交わす言葉は無いということだろうか。実に魔族の事を正しく理解している反応だ。だからこそ、これだけは聞いておかなくてはならない。
「……思えば俺は、生涯を愛を知る事に費やしてきた。そんな俺に一つだけ答えてくれ。愛とはなんだ?」
「……魔族には無い物だよ」
「そんなことはとっくに知っている。お前にとって愛とはなんだ? 教えてくれ。同じ永い時を生きる者として」
どちらも人間から見れば長い寿命を持ち、魔法を扱う異種族だ。しかし俺達はどこまでいっても人喰いの化け物にしかなれない。いったい何が違う?
「愛は……自分が死んだ後でも、その人に幸せであって欲しいっていう祈り、じゃないかな」
「ほう?」
正直答えてもらえるとは思わなかった。魔族と言葉を交わす愚かさなど学んでいるだろうに。
「魔族は人の言葉を話す。人のように振舞う。けど、それは全部人を欺いて、喰うためのはずだ。そういうものじゃなく──」
少しの間。何か思い返す事でもあったのだろうか。
「……いや、そんな高尚な物じゃなくてもいいのかも。これをしたらこの人は喜んでくれる……誰かと時を重ねて、その人の喜ぶことを理解して。その人のためを積み重ねる。きっとそうやって、少しずつ育むものだ」
「……お前も、積み重ねてきたのか?」
「──ううん。私は愛されて育った弟子を持っているし……それと、ヒンメルのおかげだ」
「勇者ヒンメルか?」
「短い、くだらない旅だったけど。色々な物を遺してくれたんだ。私が独りにならないように」
「……そうか。それは、羨ましいな」
「お前に……魔族に気付かされるなんて癪にも程があるけど。ヒンメルが持ってたあの想い。きっとああいう物を愛と呼ぶんだ」
誰かのために世界を救うこと。誰かのために苦労をすること。自分が死んだ後も誰かのことを案じること。誰かを、喜ばせたいと思うこと。なるほど、魔族の価値観からはあまりにもかけ離れている。しかし。
「……この指輪。ソリテールが選んでくれたんだ。アイツのは俺が。何を選んでも良かったはずなのに、どれが似合うかなんて話し合って」
「……そう」
「……俺は昔人間と暮らしたことがある。まあ殺されるのが怖くて逃げなかっただけだとは思うんだが。身嗜みをしっかりしろだの、色んなものを喰えだのやかましくてな」
「随分と勇敢な人間だね。魔族にそんな態度をとれるなんて」
「ああ。その癖に甘い菓子だの果物だのを喜んで。俺が持ち帰るとあまりにも喜ぶから、わざわざ探したりもして。……その妹は物語が好きだった。いつも目を輝かせて空想の話を楽しんでいた」
「その人間のことは、食べなかったの?」
「いいや。死んだら喰ってくれと頼まれてな。寂しいのが嫌だと最期まで我儘を言う、困った奴だった。その為にわざわざソリテールに人間の弔い方まで聞いたんだ」
「どうしてお前は、わざわざ私の前に? 死なないという驕り? それとも──」
「愛した相手を、独りで死なせたくなかったんだ。あいつは、ああ見えて寂しがり屋だったから。少なくとも、数百年馬鹿な魔族に付き合うぐらいに」
話しているうちに思考が整理されていく。
「ああ、そうか。──俺はもう、愛を知っていたのか」
馬鹿な話だ。答えを持ちながら答えを探し続けていた。どこを探さなくとも、俺は既に愛されていたというのに。
思えば、簡単な話だった。フレンもクーエンも俺に怯えてなんかいなかった。ソリテールだって、マハトが居るのだから共存を目指した魔族の末路が見たいならそっちでも良かった。
それでも、一緒に居てくれたのだ。
ああ。つい数分前までなんとも思っていなかったのに。死にたくないと思っていられたのに。気が付いてしまったばかりに俺の末路は決まってしまった。
「……フリーレン。二つ頼みがある」
「聞くだけは聞くけど」
「一つ。俺を殺してくれ。死にたくないから作り上げた俺の魔法は、もう効果を失った。嘘だと思うなら……まあ、自害でもするさ。自分を大切にしろとフレンに怒られそうだからしたくないが」
「もう一つは?」
「俺とソリテールの指輪を、伝える場所に埋めて欲しい。ああ、別に遅くなっても構わん。もう百年以上待たせているんだ。今更変わらない」
久遠の愛情を込めた二つの指輪。自分の分も外してフリーレンへと渡す。ああ、ソリテールには謝らなくてはならないな。愛を受け取ってやれなくてすまなかったと。向こうはきちんと愛してくれていたというのに。
「さあ。俺を殺してくれ。フリーレン」
「……変な魔族。お前みたいなやつ、初めてだ」
「産まれてからずっと言われてきたことだ。死ぬ直前になったからといっても変わらんだろうさ」
「悔しいけど、嘘じゃないんだろうね。お前がその気なら、もう私は死んでいるんだろうし」
「まあな。自害を押し付けて終わりだ」
「……魔族を信じるなんて、産まれて初めてだ。──『魔族を殺す魔法』」
衝撃。痛いのは嫌いだから一撃で終わらせてくれるのは助かる。結局人類との共存など成せない人生ではあったが、生涯の命題を一つ解けたのだから……それこそ、終わりとしては悪くないだろう。ああ、それに。
「──シュラハトめ。何が未来視だ。俺は愛の為に、ソリテールの為に死ぬんだ。自分が死ぬ理由ぐらい、理解しているさ」
意識が遠くなり、思考がまとまらなくなっていく。ああ、これは確かに。誰かにそばにいて欲しくもなるというものだ。看取ってやれてよかった。
今ならきっと、心から伝えられる。
愛してると。
それは目に見えず、独りでは絶対に手に入れることが出来なくて、独りよがりな思い込みと紙一重で、存在の証明のしようが無い物。
それの為に人は人と関わる。それの為に命を投げ出し、それの為に誰かを殺し、それを手に入れる為にあらゆる代償を払う。
『人を殺す魔法』よりも多くの人間を殺し、『魔族を殺す魔法』よりも多くの魔族を葬ってきた。
酷く非合理的で、不条理で、不公平で、不平等で、何よりも眩いもの。
それを利用して魔族は人を殺し、それがあるからこそ人は魔族に打ち勝てる。それこそが──
──
これにて完結です。あとは最後にフリーレン視点でのエピローグを書こうか…でも蛇足かな…ってぐらいかな
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