ミリ知ら転生超銀河悪役領主   作:新人X

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第5話:姫から姫へ、また姫へ

 廊下を歩く俺の横で、コツコツと一定のリズムを刻む硬い靴の音が響く。

 隣を歩くのは補佐官として日中、影のように俺に付き従うヒルデ。

 だが、その足音が心なしかいつもより重く、冷たく感じるのは気のせいだろうか。

 

「……クラウス様」

「な、なんだ?」

 

 不意に背後から声をかけられ、俺の心臓が早鐘を打つ。

 振り返ると、普段の涼やかさよりも更に数段冷たさを感じる疑惑の視線が、俺の後頭部に突き刺さっていた。

 

「今朝から、少し様子がおかしいようですが。何かございましたか?」

「そ、そうか? 俺はいつも通りだと思うが……」

「そうですか。昨晩はずいぶんと遅くまでブラウン博士と一緒にいたようなので、てっきり彼女と何かあったのかと」

「――ッ!?」

 

 その核心に近い言葉に、喉がギュッと引き締まる。

 心拍数が跳ね上がり、背中に冷や汗が伝う。

 

「い、一緒にアニメを観てただけだ! 今、開発中のあれの参考になるんじゃないかとか……ほら、彼女は独特な感性の持ち主だろう? 実は深いテーマがあって、それに関する技術的な議論も白熱して……」

「なるほど。それは結構なことです。しかし、明朝まで白熱した議論とは興味深いですね。機会があれば、是非私も同席したいものです」

 

 ヒルデは表情を変えずにそう言うと、正面に向き直ってそのまま先を歩いていく。

 その背中は、まるで自分は全てを見透かしていると無言で語っているようだった。

 

 ま、まさか……全部バレてる……?

 知らない内に監視カメラが部屋に付けられてた……?

 でも完全にバレてたらこんな嫌味程度で済むはずが……いや、言い訳できないように複数の証拠を集めている最中なのかもしれない。

 

 背中にゾッとした冷たいものを走らせながら、俺はこれ以上余計なことを口走らないように、彼女の後を追った。

 

***

 

「入るぞ」

 

 思考を切り替え、重々しく告げて扉を開ける。

 すると、中から強いアルコールの香りと、少し饐えたような生活臭が混じり合った、噎せ返るような匂いが漂ってきた。

 

「よう、英雄様。随分と待たせてくれたじゃねーか」

 

 部屋の中央、ふかふかのソファにだらしなく寝転がっていたティーンが、琥珀色の液体が入ったグラスを掲げて気怠げに挨拶してきた。

 壁面の大型モニターにはセクシーな水着姿の女性たちが戯れる映像が大音量で流され、テーブルの上には空になった高級酒のボトルが数本転がり、食べ散らかされたツマミの山が築かれている。

 

「拉致監禁された身にしちゃ、随分とVIPな扱いだな。酒も飯も文句なしだ」

「満足してくれたなら何よりだ。なんせ、貴重なパイロット候補だからな()()()()()()

「へっ……相変わらず言いやがる」

 

 ティーンはニヤリと笑い、手元のリモコンでモニターの映像を一時停止させた。

 そして、だらけた姿勢を正し、少しだけ真面目な顔つきになって俺を見る。

 その瞳の奥には、獲物を探るような鋭い光が宿っている。

 

「で? あんたがわざわざ来たってことは何か進展があったってことかい?」

「ああ、機体を用意してやる」

 

 俺はそんな彼の目を真っ直ぐに見据えて、端的に

 

「へぇ……あの女、随分と反対してたみたいだったが、よく説得できたな。まさか、寝技でも使ったか?」

「つ、つつ、使っとらんわい!」

 

 半ば図星を突かれてしまったせいで、変な裏返った声で慌てふためいてしまう。

 隣のヒルデからの視線温度がさらに下がった気がするが、今は気にしないでおく。

 

「冗談だよ。んな狼狽えることでもねーだろ」

 

 ケラケラと笑われるが、俺からすれば命がかかってるかもしれないことなんだよ。

 

「で、どんな機体を用意してくれるんだ? できれば、あの青い方の機体に近いのがいいけどな」

「いや、お前に乗ってもらうのはヴァルキュリアじゃない」

 

 俺がそう告げた瞬間、ティーンの表情からニヤついた笑みが消え失せた。

 

「あぁ!? どういうことだよ! 話が違うじゃねーか! 本物のあれに乗せてやるって言っただろうが!」

 

 彼はグラスを乱暴にテーブルに置き、身を乗り出して俺を睨みつける。

 戦場で生き抜いてきた者特有の、鋭い殺気が俺に向けられる。

 

「まあ待て。結論を急ぐな。ヴァルキュリアじゃないとは言ったが、それに劣るとは一言も言っていない」

「あ? どういうことだ?」

「見れば分かる」

 

 俺は手元のデバイスを操作し、今朝出来上がったばかりのデータをティーンのデバイスへと送信する。

 彼は不服そうに舌打ちをしてから、テーブルの上に放り出されていた自分のデバイスを手に取った。

 

「なんだこりゃ……きょうどう……エイン……」

 

 ジッ……とデバイスの画面を睨みつけながら、俺が送ったデータを上から下へと読み込んでいる。

 最初は懐疑的だった彼の表情が、スペックシートをスクロールするにつれて、徐々に驚愕へ、そして歓喜へと変わっていく。

 

「へぇ……なるほど、こいつぁなかなかイカれてやがる……」

 

 最後まで読み終えた彼が漏らしたのは、そんな感嘆とも呆れとも取れる言葉だった。

 

「気に入ったか?」

「少しばかり気に入らねぇところもあるが……悪くはねぇな。こいつなら、確かに熱くなれそうだ」

「だったら、交渉は成立ってことでいいか?」

 

 俺たちは改めて視線を交わし、無言で頷き合う。

 少し予定外の事態は合ったが、これで強力な手駒が一つ増えた。

 

「機体のロールアウトまでは今しばらく時間がかかる。腕が鈍るっていうなら、うちにある他の機体で遊べるようにしておくが、どうする?」

「いらねぇよ、そんなもん。半端な機体に乗ったら逆に感覚が鈍る」

「だったら、しばらくはここで待機だ……程々にな」

 

 部屋の惨状を改めて見回して、そう言って俺は踵を返す。

 そのまま、ドアノブに手をかけて部屋から出ようとしたところで――

 

 ――ヒュッ……!

 

 空気を切り裂く鋭い風切り音。

 何かが俺の後頭部目掛けて迫り、振り返る間もなく顔の横を掠めようとした瞬間――

 

 ――ガキンッ!

 

 硬質な金属音が、俺の目の前で響き渡った。

 

 眉間の数センチ手前。

 そこで、一本のナイフがヒルデの手で掴まれて止まっていた。

 ティーンの身体は、ステーキ皿から掴んだそれを投げたままの体勢で固まっている。

 

「処断します」

 

 次の瞬間、彼女は掴んだナイフを飴細工のように握り潰し、躊躇無く腰の剣を抜刀する。

 

「ヒルデちゃん! ストップ!」

 

 声を張り上げて、ティーンへ斬りかかろうとした彼女を制止する。

 寸でのところで踏みとどまったヒルデの剣先が、ティーンの喉仏の皮一枚手前で静止した。

 止めなければ、この部屋は瞬きする間に血の海になっていただろう。

 

「……何のつもりだ?」

 

 俺は努めて冷静な声を絞り出し、ソファの男を睨みつける。

 彼は今まさに殺されかけようとしていたにも拘らず、ニヤニヤと粘度の高い笑みを浮かべている。

 

 額には脂汗が滲んでいるが、その瞳に恐怖の色はない。

 むしろ、死線をくぐり抜けた高揚感すら漂わせている。

 

「へっ……やっぱりか」

 

 そして、納得したように頷いた。

 

「秘書のオネーチャン、U.S.E.R.だろ?」

「……何?」

「戦場仕込みの俺の投げナイフは、並の動体視力じゃ反応すらできねえ。それも死角からの不意打ちだ。それを受け止めるなんざ、人間技じゃねえよ」

 

 ティーンは悪びれずに言いながら更に続けていく。

 

「つまり、あの『ヴァルキュリア』って機体はU.S.E.R.専用の機体なんだろ? で、あんたらはそのためにU.S.E.R.を集めてる。俺はそのとばっちりってわけだ」

 

 俺はため息をつき、ヒルデに剣を収めるよう目配せする。

 

「そうだとしたらどうする? 彼女の目を掻い潜って、値千金の情報を持ち帰れるか試してみるか?」

 

 俺は冷ややかな声で脅し文句を口にする。

 その気になれば、今この瞬間に始末することもできるんだぞ、という意思を込めて。

 

 だが、ティーンは肩をすくめて笑った。

 

「それはそれで熱い気もすっけど……俺が好きなのはあくまで限りなくゼロに近い勝率を手繰り寄せる勝負で、まじのゼロに挑む自殺志願者じゃねぇんだ、生憎な」

「だったら、どうして試すような真似をした?」

「そのオネーチャンに夜道を後ろからぶん殴られた腹いせ、と……後は、高い酒と美味い飯の礼に耳寄り情報をくれてやるためさ」

「耳寄り情報?」

 

 俺の疑問を無視して、ティーンは床に落ちていたリモコンを拾い上げた。

 その表面がなぞるように操作され、大型ホロモニターの画面が切り替わる。

 

 一時停止された水着姿の女性の映像が消え、代わりに映し出されたのは、数万、いや数十万の大観衆で埋め尽くされた煌びやかなステージの映像だった。

 

 画面を埋め尽くすサイリウムの光の海。

 その中心に立ち、光の粒に包まれて熱唱する青い髪の少女。

 

 その透き通るような歌声と可憐な姿は、この宇宙にいる人間なら誰もが知っている。

 ある意味では、銀河の覇者たる帝国の皇帝よりも有名な人物。

 

「……銀河の歌姫、セラ・フィーンライト」

「ご明答」

 

 ティーンは画面の中の少女を指差し、ニヤリと笑って告げた。

 

「この女は、U.S.E.R.だ」

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