ミリ知ら転生超銀河悪役領主   作:新人X

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第14話:神

 ピチャピチャ……と、微かな水音が静かな部屋に響いていた。

 

 プライムコロニーでのライブ本番前。

 白い照明に照らされた化粧台の前で、カノン・シュピーゲルはソファに深く身を預けて、足を投げ出していた。

 

 その足元には、セラ・フィーンライトが跪いている。

 銀河中に兆を超える数のファンを持つ彼女が今、ピンク髪の少女の素足に顔を伏せ、従順に唇を押し当てていた。

 

「……下手」

 

 カノンが退屈そうに言った。

 さしたる感情もなく、ただ事実を淡々と告げるように。

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

 セラはすぐに顔を上げ、必死に謝った。

 普段のどこか掴みどころのない飄々とした色は、その表情のどこにもない。

 あるのは純粋な、恐れと従順さだけだった。

 

「そんなに上の空になるくらい、さっき会った二人が魅力的だった?」

「そ、そんなこと……! 私にはカノンだけ……カノンだけしかいないの……」

 

 カノンの言葉にセラは慌てて取り繕うと、再び彼女の足を丁寧に舐めていく。

 

「本当にそう思ってる?」

「もちろん、思ってる……だからお願い……そんなこと言わないで……」

「そんなに元の惨めな人生に戻りたくないんだ。まあ、そうだよね。せっかく、こんなキラキラした衣装を着て、綺羅びやかなステージで歌えるようになったんだから……歌しか取り柄のない馬鹿な貴方をここまで引き上げてあげたのも……全部、私だもんね?」

 

 その言葉を肯定するように、セラはカノンの足を必死に舐める。

 

「分かってるならいいの。意地悪して、ごめんね? ほら、こっち見て……?」

 

 カノンはようやく口角を上げて笑う。

 

「あぁ……本当に健気で可愛い。私のセラ……」

 

 手を伸ばし、セラの顎を掴んで、その顔を上げさせる。

 潤んだ瞳が、カノンを見上げた。

 

「この綺麗な顔も、声も……魂も、全部私のもの……」

 

 囁くように言って、カノンはその唇に口づけをした。

 舌を絡めて、彼女の口内を余す所なく舐っていく。

 セラは目を蕩けさせて、それを一切の抵抗無く受け入れる。

 

 彼女が持つU.S.E.R.としての力は、他者の心を操る精神干渉の星源術。

 そして、同じくU.S.E.R.であるセラは自らの音によって、他者の星源術を増幅する力を持っている。

 

 二人がセッションし、互いに音を奏で合うことで星源力の乗った音波が発生する。

 それは空気を伝わり、コンサート会場に集まる数十万の観客の心に響き、その最奥に存在を強く刻み込む。

 

 それによって、表向きはセラがアルフヘイムの事実上の最有力人物として成り上がった。

 だが実態はカノン・シュピーゲルこそが、セラ・フィーンライトを支配し、中立地帯を掌握する女帝であった。

 

「……で、貴方の目から見て、あの二人はどうだった?」

 

 セラから唇を離し、カノンが目を見つめて問う。

 

「さっきも言ったけど、帝国の皇子……アレクセイの方は私がU.S.E.R.だってことに気づいてただから、どっちが脅威かって言えば、あっちの方だと思う」

 

 セラは先刻、アレクセイと対峙した時のことを思い出しながら語っていく。

 

「……でも、彼はすごく慎重そうにも見えた。部屋に護衛を連れて入るのも絶対譲らなかったみたいだし、こっちがU.S.E.R.だとバレてるなら下手に近づくのは危ないかも」

「じゃあ、もう一人の方は? えーっと……」

「クラウス・フォン・ライン……ヴァルキュリアの所有者」

 

 セラの言葉に、カノンは「そうそう」と相槌を打って彼女に続けさせる。

 

「あっちの方はアレクセイと比べると隙がありそうだったと思う。護衛も外で待機させて、一人で入ってきたし。意外だけど、普通の男って感じ」

「そう。じゃあ、決まりね。得られるリターンもこっちの方が大きそうだし」

 

 カノンがデバイスを片手に静かに言う。

 そこに表示されているのは、イグニア王国での一幕――二機のヴァルキュリアの前で演説するクラウスの姿だった。

 

 ***

 

 オーディンの艦橋で、クラウスはライラとの通信に集中していた。

 

「ライラ、お前の作る兵器は最高だ。帰ったらたっぷり褒美を取らせてやる」

『えっ!? 本当に!? じゃあ、オーディンに巨大ロボ化する変形機構も付けていい!?』

「……それは、おいおいな」

 

 絶対に阻止しなきゃ……と思うクラウスの後ろから、カノンが一歩近づく。

 彼を含む艦橋にいる全員が、戦闘宙域を舞う三機に見惚れて、その存在に気づいていない。

 

(うん、本当に最高。この力も全部、私のものになるんだから)

 

 彼女は口角を吊り上げて笑う。

 

 生まれた時から満たされたことがなかった。

 人もモノも、欲しいと思えば手に入る力を持って生まれてきたから。

 でも、そんな乾いた私の心が久しぶりにトキめいた。

 

 ヴァルキュリア――艦隊を全滅させ、巨大な宇宙要塞を沈めた人型兵器。

 強大で、美しくて、久しぶりに心の底から欲しいと思った。

 

 そのための機会は、すぐに訪れた。

 帝国軍内部に忍ばせていた内通者からの報告は、予想以上に面白い内容だった。

 セラのコンサートとテロリストを使って、帝国がアルフヘイムの実効支配を目論んでいるということ。

 彼女はそれを上手く利用すれば、クラウス・フォン・ラインに近づき、彼の持つ全てを手に入れられると考えた。

 

 そして、それは成された。

 

(わざわざ、持ってくれてありがとう。お礼に、ヴァルキュリアと一緒に私のお気に入りとして側に置いてあげる。セラと同じように)

 

 カノンが静かに、しかし大きくクラウスの背中へと一歩近づく。

 精神支配の星源術を使うには、対象へと直接触れて、その無意識へと力を送り込む必要がある。

 護衛がいる状況下や、術者に気を張っている状況でそれを為すのは難しい。

 しかし、今の彼はモニター上の戦況図に釘付けになっていて、背後からの接近に気づく気配はない。

 

 大丈夫。

 私は貴方から何も奪ったりはしない。

 ただ、貴方を私のモノにするだけ。

 

 だから、貴方は貴方の覇道を征けばいい。

 私の手のひらの上で、勝手に銀河の盟主でもなんでも目指せばいい。

 私はその裏で、ただ欲しいモノをずっと手に入れ続けるだけだから。

 宇宙の全てを私のモノにすれば、きっとこの贅沢な心も満たされるに違いない。

 

 カノンがクラウスを射程に捉える。

 手を伸ばせば余裕を持って届く距離。

 

 そこで、ようやくクラウスが自分の背後に誰かが迫っているのに気づいた。

 

「ん? おい、あんまり近づ――」

 

 振り返り、それを視界に収めようとするが……間に合わなかった。

 

「私の勝ち」

 

 カノンは勝利を確認し、彼の首筋に触れる。

 これでヴァルキュリアも、このオーディンという艦も全ては私のものになる。

 

 そう思った――刹那。

 

「——!?」

 

 彼女の脳から言語的思考が全て消えた。

 

 代わりに幻視したのは、どこまでも広がる広大な宇宙。

 

 その果ての見えない暗黒の中心に、何かが座している。

 巨大な、という言葉では足りない。

 

 それは大きさという概念そのものを超えていた。

 宇宙の全てが、その存在の掌の上にある。

 宇宙の果てから見下ろすような視線が、カノンというちっぽけな存在の全てを、まるで塵か何かのように、ただ静かに捉えている。

 

 カノンが持つ星源力の最大容量は数値にして、約7000APと表せた。

 それは非戦闘系U.S.E.R.であるという点をおいても、この宇宙で最上位の星源力容量。

 セラの力を用いて増幅し、ギターサウンドに乗せた星源力で数十万人の観客を虜にするには十分な量だ。

 

 だが、彼女の指が触れているのは、星源力を持たない一般人とは違う。

 

 ヴァルキュリアという星源力で動く巨大兵器へのエネルギー供給を専任とする人間ジェネレーター。

 二機の人型機動兵器が二時間以上の戦闘を続けてなお余力を残す、底知れない貯蔵量。

 自動成長機構によってさらにその規模を増し続けている男の星源力の最大貯蔵量は——約53万AP。

 

 策略に加え、天運もあった。

 全てが、彼女の思い通りに進んでいた。

 

 しかし、その思惑には唯一にして最大の失敗があった。

 それは、こんな不合理かつ極端な能力の選択を行うU.S.E.R.の存在を考慮していなかったこと。

 そして、()()()()()()()と自分が接続してしまった時に何が起こるのかを彼女は分かっていなかった。

 

 容量の比は、1対75。

 それは、ダムの下流に設置された野池のようなものだった。

 

 自らの力を送り込もうとした接続部から、溢れんばかりの精神エネルギーが逆流してくる。

 流れ込んだクラウスの星源力は、カノンの内側を瞬く間に満たし、押し広げ、更に増え続けた。

 七千という容量を持つ器が、五十三万という圧倒的な質量に蹂躙される。

 

 満ちる。満ちる。満ちる。

 どこまでも、満ちていく。

 

 これまでの人生で一度として感じたことのない感覚が、全身を覆い尽くした。

 

「あ……あぁ……」

 

 カノンが情けない声を上げて、その場にへなっと崩れ落ちる。

 

「お、おい……どうした? 大丈夫か?」

 

 クラウスは艦長席に座ったまま、崩れ落ちた彼女に声をかける。

 彼は自分の身に何が起ころうとしていたのか、彼女の身に何が起きたのかも全く理解していない。

 ただ、次に顔を上げたカノンの目に浮かんでいる恍惚とした色には、どこか見覚えがあった。

 

「すごい……こん、なにょ……はじ、め……てぇ……」

 

 潤んだ瞳でクラウスを見上げながらカノンが呂律の回っていない声で言う。

 

 カノンは気づいた。

 生まれてから欲しいと思ったモノで手に入らなかったモノは何もなかった。

 なのに、満たされたと感じたことは一度もなかった。

 

 それは何故かを彼女は今、ようやく理解できた。

 己の全てを塗りつぶされて、理解させられた。

 

「私の神……マイ・ゴッド……」

 

 私が真に欲していたのは、圧倒的な存在による『被支配』だったのだと。

 カノン・シュピーゲルは生まれて初めて、文字通り――満たされていた。

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