ミリ知ら転生超銀河悪役領主   作:新人X

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第15話:下僕

「……えっ? な、何て……?」

 

 困惑の極みに、間の抜けた声が出た。

 足元に、へなっと崩れ落ちたカノンを見下ろして、身体も思考も固まってしまう。

 ただ、その顔に浮かんだ表情には見覚えがあった。

 

 潤んだ目。紅潮した頬。蕩けきった表情。

 目と鼻から汁を垂らしているのは少し余計かもしれないが、それは紛れもなく、『自分の全てを捧げると決めた女の顔』だった。

 この世界で記憶を取り戻してから、何度か見たことがあるので良く知っていた。

 

 だが、どうしてそうなっているのかはさっぱり意味が分からない。

 

 今日初めて出会った女だ。

 成り行き上で助ける形になりはしたが、扱いも雑だったし、そこまで恩着せがましくもしていない。

 

「あぁ……私の神様ぁ……! 貴方のおかげで私は宇宙の真理の知ることができましたぁ~……!」

「し、真理……?」

「私を貴方様の下僕にしてください……!」

 

 目にを潤ませたカノンが跪き、懇願するように言ってくる。

 会話が全く噛み合っていない。

 

「お願いします! お願いします! お願いします~!!」

 

 まるでそうしないと死ぬとでも言うような勢いで、足に縋り付いてこられる。

 

「いや、怖い怖い怖い……」

「……はっ! も、申し訳有りません! 私ごとき下賤で卑しい虫ケラ風情が神の意思決定に介入しようなんて烏滸がましすぎました~!」

「そ、そこまで自分を卑下せんでも……」

「ひ~! ごめんなさ~い! また出過ぎた真似をしてしまいました~! 私如きが神の前で自らを定義するなんて……!」

 

 意味が分からないを通り越して、凄まじい恐怖を感じている。

 身内に裏切られて銃口を突き付けられた時でも、ここまで怖くはなかった。

 

『艦長、帝国の増援。四隻のリンドブルム級からなる巡洋艦隊が戦域に現れました』

 

 眼の前の女から底の知れない気味の悪さを覚えていると、オペレーターから戦況報告が入った。

 モニター上の戦況図には、巡洋艦級を示す四つの新たな光点が戦域に出現している。

 

『それからヘルヤから物理弾薬切れのシグナルも届いています』

「あー……オペ子ちゃん」

『はい。ここは一旦、戦線を下げて補給を――』

「一旦、艦長権限パス。ちょっと、そっちでやっといて」

『えっ!? わ、私がで――』

 

 チャンネルを切って、身体を土下座女の方に向き直らせる。

 

 戦場の方は、もはや万が一もない勝ち確の状況。

 後は何も知らずにワープしてきた後続の帝国艦隊をモグラ叩きするだけだ。

 俺が特別な指示を出す必要もなく、乗組員たちにそのまま働いてもらえばいい。

 

 ……となると、今はこの気が違った女の対処をするべきだろう。

 これ以上、頭がおかしくなって艦内で暴れられたりしたら困るし……。

 

「……で? どういうことだ? 一体、何があったんだ?」

「私は宇宙の真理……真のイデアに触れたのです……!」

 

 まじで頭痛い。

 

「あー……戦闘が怖くなって、頭がパニックになってる感じか?」

「いえ、恐怖などは微塵もありません。全ては大いなる存在のお導きのままに……」

 

 ……女を殴りたくなったのは生まれて初めてかもしれない。

 

「……その無駄に持って回った言い方を止めて、端的にどうしたのか言え」

 

 キレ気味に言うと、カノンは居住まいを正して、俺を見上げながら言った。

 

「貴方様を洗脳しようとしたら返り討ちに遭いました」

 

 純朴の眼差しを向けながら、やっぱりおかしなことを言われる。

 

「あのな、洗脳とかふざけてないで真面目にはっきりとした言葉で答えろって……一体、どうしたんだ? 最初からちゃんと話せ」

「私は幼い頃から、他人の心に触れる力を持っていました。精神干渉の星源術——相手の感情を操り、思考を導く能力です。生まれつきのものでした。最初は、力の使い方も分からなかった。ただ、泣けば誰かが来て、笑えば場が和んで、何かを望めばいつの間にか叶っていた。それが自分の意志によるものだと気づいたのは、十歳の頃です。分かってしまえば、世界は退屈でした。欲しいと思えば手に入る。嫌いな人間は遠ざけられる。いじめっ子は一晩で泣きながら謝りに来る。親は私の思い通りに動く。学校の教師も、地域の有力者も、皆同じでした。才能があるということは、孤独だということだと、その頃には既に理解していました。誰かが本当の意味で私に向き合ったことは、一度もなかった。全員、私に操られているのか、操られていないのかも分からない存在でしかなかったから。ギターは、最初は純粋に好きだから始めました。ただ、音に星源力を乗せると、その干渉範囲が格段に広がることに気づいた時から、道具になりました。セラに出会ったのは、私が十六の時です。彼女は私と同じU.S.E.R.で、音を増幅させる能力を持っていた。最初は同じ力を持った友達のつもりでした。この広大な宇宙で、たった二人……同じ孤独を分かち合える仲間。けど、私は能力を使うことでしか彼女と接することができませんでした。それ以外に、人との付き合い方を知らなかったからです。けど二人で一緒に音楽を奏でれば、会場の全員を虜にできるのだけは確かでした。そして、私はこの力と彼女を使ってアルフヘイムを自分のものにしようとしました。……それも、上手くいきました。何もかも計算通りで、何もかもが退屈でした。だから貴方がイグニアを解放した映像を最初に見た時、胸がトキめきました。久しぶりのことでした。イグニア王国の上空で二機のヴァルキュリアを従えて演説するその姿が、何故か、今まで見てきた何者とも違って見えた。帝国内部に忍ばせていた内通者から、ライブにあなたが来るという情報を得た時、これは運命だと思いました。テロリストの計画も、帝国の思惑も、全て私にとっては舞台装置でしかなかった。混乱の中で貴方に近づき、直接触れることで精神干渉を完成させる。そうすれば、ヴァルキュリアも、この艦も、貴方の持つ全てが私のものになる……そう確信していました。ですが……触れた瞬間に、理解しました。私という器が、いかに小さかったかを。宇宙の中心に座す存在の前に立った時の、あの感覚は生涯忘れません。恐怖ではありませんでした。むしろ、これまで感じたことのない感情で……生まれて初めて、何かに圧倒されたということが、あれほど嬉しいとは思いませんでした。真に欲しかったのは、手に入らないもの、だったのだと気づいたのです。だから私は今、貴方様の下につくことを望んでいます。嘘偽りなく」

「……うん?」

 

 ***

 

 ――1週間後。

 

 結論から言うと、中立地帯『アルフヘイム』は俺の手に落ちた。

 正確には『ライン家との相互協力協定の締結及び軍勢力の共有』という形になったが、実態はほぼ同じだ。

 

 テロリストを壊滅させ、帝国の介入を退け、コロニーの住民を守った実績は想像以上に大きかったが……もちろん、それだけでこの短期間にそうなるわけがない。

 

 もっとも大きかったのは、あのキ◯ガイ女……じゃなくて、カノン・シュピーゲルの言葉は全てが真実だったことだ。

 

 彼女はセラ・フィーンライトの人気と自らが持つ精神支配の能力を使って、自らが表舞台に立つことなく、このアルフヘイムを支配していたらしい。

 まず、行政府の高官や政権与党の議員など、国家として中立地帯を運営する人間のほとんど彼女の精神支配下にあった。

 彼女が『三回回ってワンと言え』と言えば従い、『今日からお前らはライン家の手下だ』と言えば従う。

 加えて、住民のほとんども同様に精神干渉の影響を薄く受けていて、反対意見はほとんど上がりもしなかった。

 

 一見するとポンコツなピンク髪の女が、まさか裏でこんな盤石の支配体制を築いていたとは恐れ入る。

 本人の野心が自己の内側に収まっていたから規模自体はそこそこだったが、もしそうでなければ帝国を脅かす程の存在になっていたかもしれない。

 そして、そんな大勢力と厄介な能力を持つ女をこの時点で仕留められたのは、まさに偶然が生んだ奇跡だと言っていい。

 まさか仕方なく取るしかなかった人間ジェネレーターなる不合理なビルドが、ここに来て大上振れを見せたわけだ。

 

 こうして、複数の恒星系と百を超える巨大な宇宙コロニーからなる中立地帯は俺のモノとなった。

 

 ……で、当の女帝と歌姫がその後、何をしているのかと言うと――

 

「ごべんなさい! ごべんなさ~い!」

 

 ピンク髪の女が床に額を擦り付けている。

 その身はメイド服に包まれていて、周囲には調度品の壺が無惨な姿で散っていた。

 確か、なんとかとかいう有名な芸術家の作品で、庶民の生涯年収を優に超えるくらいの値段がするやつだ。

 

「私如き下賤な者が、神の所有物を壊してしまいましたぁ……! この罪は命を持って……あっ、でも私の命なんて無価値だぁ……うぅ……」

「そういうのはいいから……とりあえず、片付けてくれればそれでいいから……」

「は、はひっ! では誠意を持って、ああぁぁああああッ!!」

 

 立ち上がった瞬間、破片を踏んで、再び盛大にコケる。

 持っていたハタキがミサイルのようにビュンと飛び、壁面のモニターに突き刺さった。

 

 どうやら、ポンコツなのは演技ではなかったらしい。

 本格的に働き始めてまだ一日だが、既にスヴァルチウム徹甲弾数発分くらいの損害を出している。

 

 どうしても神のお側に仕えさせてくださいと懇願された結果が、これだ。

 頭がおかしくなったとはいえ、U.S.E.R.はU.S.E.R.。

 その力は未だ大きな戦略的価値を持っているからと渋々了承したが、もしかしたら大きな過ちだったのかもしれない。

 

「……おい、お前が代わりにやってやれよ」

 

 このままだと屋敷が破壊されてしまう。

 そう思って、部屋の隅にもう一人――セラ・フィーンライトへと指示を出す。

 彼女も、カノンと全く同じ作りのメイド服に身を包んでいるが、その態度は対照的だ。

 腕を組んで壁に背を預けて、『どうして私がそんなこと……』と言わんばかりにふんぞり返っている。

 

「……セラ?」

 

 地面に伏せているカノンの口元から低く威圧感のある声が漏れ出る。

 それを聞いたセラの身体が、ビクッと電気を流されたように震えた。

 

「どうして神の御言葉が聞けないの? 神に仕え、その身の全てを捧げてご奉仕するのが私たちの宇宙的真理でしょ?」

「だ、だって……いきなりこいつに仕えるとか言われても訳解んないし……」

 

 ごもっともだ。

 

「最初は、こいつの全部を乗っ取るってはずだったのに……なんで、こんなこと――」

「セラ」

 

 再び発せられたその短い二文字に、セラの身体が硬直する。

 額には汗が滲み、視線は定まっていない。

 そこにあるのは、完全に被支配者の表情だった。

 

「何を手に入れても、ずっと空虚だった私の心が遂に満たされたのに……どうして分かってくれないの?」

「分かって、なくはないよ……? だって、カノンが幸せなのは私の幸せだし……」

「……だったら、貴方がするべきことは?」

「分かってる……カノンがそう言うならちゃんとするから……だから、怒らないで……ね?」

「怒ってなんかない。だって、今や私たちは同じ下僕の身……対等な友達だもん……」

「カノン……」

「セラ……」

「ずっと、一緒にいてくれる? これからも……」

「もちろん、神の下僕として……死ぬまで一緒……」

「カノン……」

「セラ……」

 

 ……頼むから他所でやってくれないかな。

 

 互いに指を絡ませて見つめ合っている二人を横目に、俺は窓の外を見た。

 雲一つない。気持ちの良い青空がどこまでも広がっている。

 

 俺の覇道シナリオは順調だ。

 たぶん。

 うん、たぶん。

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