平和主義のバンパイア将軍、カーダ・スモルトには親友と呼べる友がいる。
友は齢六十の
バンパイアは十年に一歳しか歳を取らないため、実年齢はインフレーションしがちである。
カーダもまだまだ百二十歳とバンパイア的青二才だが、流石に実年齢二桁のフレッシュな若者ほど若輩ではない。
一般的なバンパイアからすれば
そんなことを気にしていればバンパイア・ジョークで「それくらいなら人間の友人同士でも有り得る年齢差だ」と笑い飛ばされるに違いない。
今日も、ひとりバンパイア・マウンテンの地図の製作に勤しむカーダの元に、例の親友が騒がしく飛び込んでくるのだ。
そんな彼らの、有り得たかもしれない日常の会話。
さっきから聞き馴染みのある足音が近づいてきているな、とは思っていた。
石の扉を足で開け、顔を出したのはざんばら頭を紐で縛った我が友。
誰ぞにあつらえさせたのか、それとも自分で作ったのか、初めて見る黒革の衣装を着こなして……おれに笑みを見せた。
「おっいた! 探したぞカーダ!」
「そりゃ悪かった。何か用があるのか?」
彼の背には絶命した小ぶりなイノシシ。右腕にはフタのしてあるツボを抱えていて、バンパイア・マウンテンに拠点を持つバンパイアにとって見慣れたそれは、血の番人たちの血液が注がれたものだとわかった。
「ちょっと話したいことがあるんだけど、少し時間いいかな?」
「別に構わないが……」
豪快、豪傑、大雑把なバンパイアが多数な中、そのような細やかな配慮ができるところがカーダは好ましいと思っている。
小さいとはいえ野生のイノシシを素手で仕留めて帰ってくるあたり彼も普通にバンパイアなのだけど。
特に身綺麗にしている訳でもないのに、単に細身なだけ、単に毎日水浴びして清潔にしているだけで「優男」扱いされるのがバンパイアの世界だ。
その点なら、わりと似たもの同士なのかもしれなかった。
「じゃあ早速始めさせてもらうよ。
えー……ご存知の通り、バンパイアってのは人間の血を飲まなければ弱って死ぬ。人間と同じ食事と動物の血でも多少の栄養を得られるが、やはり人間の血がなければ身体がもたない。適切なタイミングで血を飲まなければ一年で二十年も三十年も老け込んでしまう。バンパニーズほど大量には必要ないが何処かしらで必要。だよね?」
「何を当たり前のことを……」
「そうだ、僕らにとっての当たり前だ。歴史上何人ものバンパイアが血の飢餓で死んでいったか。で、動物の血でもダメなのが疑問で仕方なくてな、それでコイツを連れてきた」
コイツ、とはイノシシのことだろうな。
「本当はブタが良かったんだけどな、品種改良で生まれたブタはだいたい家畜だから盗むのも悪いし……わざわざ買うのは面倒だ、日銭を得るのも。ここまで来るのにフリット禁止だし。だから野生のブタってことでイノシシで勘弁な。……で、何が言いたいかって……」
楽しそうに語る友を見て、この話は長いぞと悟った。
いいか、それでも。
ペンを気づかれぬようそっと置いて話に聞き入ることにする。
誰も作ろうとしなかったマウンテンの地図を作るのも、バンパニーズたちとの和平を願うのも……そもそもが、このような当たり前の日常を維持したいから。
平和の基盤を作り、それを維持しよう。
こんな話をいつまでも続けていられるように。
「なぁ、カーダは臓器移植って分かるよね」
「一応分かるが……臓器が病気になったり傷ついた時に死体からマシな臓器を取り出して取り替えるってイカれた治療法。おれが人間だった頃にはまだなかったな」
「そう、それだ。腎臓みたいにふたつあるヤツや多少減っても回復する肝臓なんかは提供する側、ドナーっていうらしいけど……ドナーが生きていても腹を開けて移植するらしい。
つまり何が言いたいって、臓器移植は人間から人間にするものだ。そうだろう? 同じ生き物じゃなきゃダメそうなのは奇怪な医療に詳しくなくてもわかる。つまり蛇に猫の臓器をブチこんだら死ぬさ。どんな名医の手にかかっても」
「そうだな……?」
友は、いきなり懐からナイフを取り出すとイノシシの腹を深々と割いてでっぷりとした心臓を掴み出した。
そんなことをすればバンパイア・マウンテンの洞窟の地面に赤黒い大きなシミができるのは必然だ。
とはいえそんなことを気にするようなバンパイア将軍は存在しない。
むしろ地図にかからないようにある程度血抜きした上で持ってきて、地面でかっ捌いてくれたことに「やはり友は配慮ができる人格だなぁ」と感心していたくらいだった。
バンパイアというのは……いや、闇の生物というのは、とにかく大雑把なのだから。
「蛇に猫の臓器は移植できない。イノシシの心臓をブタに移植したらどうなると思う?」
「……そう聞くってことはできるのか。いやそうか、イノシシを家畜にしたのがブタなんだものな」
「そう、おそらくは可能。でももっと恐ろしいことにブタの臓器を人間に移植しても、定着する場合があるらしいって話だ」
「え?」
ポイと手渡されたずっしりした心臓。
言われてみれば、少し大きいなとは思うものの人間の心臓と倍も違うわけではない。
でも、ブタと人間なんて同じ哺乳類ってだけだろ?!
それなら人間の臓器をバンパイアに移植する、いやそれは割とできそうだから……なんとかして血抜きしたバンパイアの心臓を人間に移植するとか、そっちの方が現実的だ。
ああダメだ、血を流し込むと人間はバンパイアになる。
つまり、心臓なんていう血液のポンプそのものをバンパイアにしてしまえば、その人間の移植手術が成功してもそこにいるのは人間じゃなくなっているか。
って、そうじゃなくてな!
「ま、何も下準備をしないと普通に失敗するらしいし、人間同士の臓器移植と違って手術後数ヶ月生き延びただけで大騒ぎするレベルのマッドな先端技術、らしいけどね? ここまでは前提条件として語らせてもらった。本命はここから」
やっぱりこの話は長くなるか。
ちょいちょいと手招きし、血を入れたツボを受け取ると、ふたつのカップに注ぐ。
椅子をすすめて、午後のブラッディ・ティータイムとしゃれこもう。
「ありがとう、悪いね」
ごくりと一息に飲み干されたカップに追加で注いでやる。
血の一滴は闇の生物にとっては生命の一滴だ。
血みどろの唇を丁寧に舐め取ってから、再開する演説。
「ブタの血だけでバンパイアは生きられるか? 答えはノーだ。ブタの血でできたソーセージがあるんだが、それだけ食べてみたが人間の血を飲んだ時のような充足感……こってりとした満足感というのか? がないんだ。ソーセージが過熱しているのがいけないのかもしれないけど、イノシシの血だけ飲んで生活してみても同じだったので多分違うだろうね。ブタの内臓は人間の物と代替できるくらい近しいのに? これはおかしな話だ。
純粋な栄養価を考えてみても、たっぷりとエサを与えられて肥え太ったブタと、過激な
「たしかにな……」
とはいえ、ずっと前からそういうものだ。
バンパイア最高齢、八百歳のパリス元帥がバンパイアになったころからそういうものだ。
であれば、もう
「ほかのどの生物だってそうだ。探せば同じものばっかり食べている生き物はいるだろうさ。有名なのだとユーカリばっかり食べているコアラとか。でも、コアラに点滴なり
あぁ、胃に穴をあけてどろどろにした栄養のジュースを直接流し込むのが胃瘻だよ。これも最近できたクレイジー技術なんだ」
「待ってくれ、そもそも点滴だの胃瘻だのをしたことがあるバンパイアなんていないだろう? バンパイアってのは古臭い生き物なんだ。医療技術はいまだに傷を焼き、患部を縫うくらいなもんであとは唾をつけておけば治る。文字通り。だから点滴なんてしない。早く治したいなら貴重な血を馬鹿みたいに飲むくらいなものだろう」
「それもそうだ。だから、僕は実験してきたんだよ」
「まさか」
目の前で服がまくられ、腹が露出される。
へその上あたりになにか小さなフタのようなものがくっついていて……いや……胃に穴をあけるって言ったな?
「カーダもラーテン・クレプスリーと知り合いだよね? 彼には人間の友がいるんだ。モルグ務めの病理学者」
「病理学者……まさか」
「そう。ラーテンに頼み込んで紹介してもらって、さらに彼から信頼のおけるマッド・ドクターを紹介してもらってね! 胃瘻を取り付けてもらってしばらく専用のハイカロリー・ジュース生活をしてみたのさ。もちろん人間の血は抜きで」
「身体をあんまり張るなよ……」
「そうかい? そもそも将軍に言われたくないな。『力量の試練』に比べてみれば素敵な夜のビーチでロマンチックにムーン・ウォッチングでもしているようなものだったよ。気楽なものさ。
それでだね、同じ体格の二十代男性に必要なカロリーの三倍は入れてもらったんだけどやっぱりダメでさ。あ、血を胃瘻で入れてみたら普通に大丈夫だったね」
「そりゃそうだろ。口から飲んで胃に入れるか直接胃に入れるか。結果はまったく同じじゃないか」
「そうさ! でもやってみなくちゃ分からない。で、動物の血を入れてみても同じ。バンパイアの生命維持には人間の血が絶対に必要だと改めて分かったわけだ」
また一息に血を飲み干し、唇をゆっくり舐めている。
血の入ったツボを見つめながら。
「……おかしいだろ? 肉体の維持に必要なカロリーはただの食事からでも摂れるのに。人間だった頃はただの食事だけで問題なかったのに。全身の細胞がバンパイア細胞になっただけの元人間が、血なしでは生きられないって。天におわすバンパイアの神は随分僕たちをいびつに作ったものだよな……」
「でもおれたちは人間とは比べ物にならないくらい長生きする。力も強く、治癒力も高い。太陽は浴びられないがね」
「そうだね。まぁ、ただ疑問が暴走しただけの話だよ。聞いてくれてありがとうカーダ」
席を立った友はイノシシを担ぐと、おれをイノシシパーティに誘ってくれたのでありがたく招待されることにしたのだった。