十二年に一度のバンパイア総会も近づき、少しずつ賑わいが増してきたバンパイア・マウンテン。
今日も冷やかしを浴びながらも地図製作にいそしむ。
その間も、協力者であり部下であるサイラッシュと情報共有をしながら例の「作戦」を少しずつ進めていく。
もちろん目立たぬように、それでいて総会に間に合うように……。
とはいえ、普段通りの行動をしながら。
ここまできて行動の変化で怪しまれるなんてあってはならない。
誰も知らない横穴に積極的に潜りながら、鉛筆で線を引いていく。
それを部屋で清書し、ほとんどのバンパイアたちが見向きもしない紙束を積み上げていく。
元帥就任に向けてのあれこれで呼ばれることはあるものの、基本的には誰も来ない静かな部屋。
考え事をするのにはちょうどいいけれど、少し静かすぎると思っていたところだった。
「やぁカーダ! 我らが未来の若き元帥に乾杯しよう! 閣下、ご機嫌いかがかな!」
「元気だよ。でも君、おれより若いじゃないか」
「そりゃごもっとも。じゃ、美しい夜のブラッディ・レイトナイト・ティータイムと洒落こもうじゃないか」
「なんだか語呂が悪いな」
「バンパイアに洒落たセンスなんてあるわけないじゃないか。そうだよね?」
「それもごもっとも。で、なんでそんなに上機嫌なんだ?」
人間の血入りのツボを持って部屋にやってきた友は、今にも踊り出さんばかりに上機嫌。
その上手に華奢なワイングラスが二つ。
浮かれ切っている。
お気に入りになったらしい黒革の衣装に白い花まで挿している。
体にピタッと密着する衣装のセンスの良し悪しは分からないものの少なくともこだわりをもっており、伸びた髪の毛をきちんとまとめる姿勢、髭を毎日剃るマメさ、そして何よりどんなに寒くとも毎日水浴びする清潔感。
友は自分と同じく自分の見た目に気を遣う程度には
むさくるしい連中がぞくぞくと集ってくるとなおさらそう感じる。
近しいセンスの持ち主がいると親近感がわくというのは事実で、彼と知り合ってからなんでもないことを話していると心が安らぐ。
だからこそ、バンパニーズとの融和計画は絶対に、決して関わらせないように注意を払っていたのだけど。
万が一計画が失敗した時に、おれと仲がいいというだけの理由で共犯の疑いの目を向けられないように……。
「いやなに、我ながら最高の案が浮かんでしまってね! 実行前に祝杯を挙げてから取り掛かろうと思って! もちろん総会が終わってからだけれどもこれは前祝いだよ!」
「ほうほう」
「気づいてしまったんだ。バンパイアたるもの常に誇り高くあるべきだ。だけど、知恵や努力で何とかなる己の向上には惜しんではいけない、だろ? 回りくどいな、はっきり言う。今度なじみの医者のところにいってこの無駄な睾丸たちを切除してもらおうと思ってね!」
「……は?」
「あっはは! まぁびっくりするよね! 去年の僕に言えばひっくり返るに違いないよね! でも聞いてくれよ、全バンパイアの男が実行すべき画期的な話なんだからさ!」
また始まった。
マッド・クレイジー・ストッパーなし。
良心的で理性的、同胞に対して物腰やわらかな優男という事実と己の体を使った実験に躊躇がないという合わせ技。
善意と閃きで突っ走る癖がある。
元をたどればその結果、人間をやめた闇の生き物になったんだろうが。
「まずは説明させてよ! バンパイアは子どもが作れない。そうだろ?」
「また、何を当たり前のことを……」
「そうだ、当たり前だよ。つまり僕たちみーんな、種無しの無能って訳さ」
「だから睾丸なんて必要ない、と?」
「その通り! 話が早くて助かるね。つまり、無駄に急所ぶら下げておく必要なんてない! 金的なんて誉れのない行動、バンパイアならやらないが……ガッチガチの原理主義のバンパニーズもきっとやらないだろうが、野生動物や人間はどうだ? 不慮の事故、その他もろもろ……わざわざ急所を残しておく必要なんてない! どうせ必要ない物なんだし、ここはさっさと外科手術でだね。
あ、麻酔なんて軟弱なものそもそもバンパイアに効かないし無麻酔でやってもらう予定だし、その点を気にしなくていいからね。後ろ指を指される真似はしないさ」
どうしよう、友人が本格的にトチ狂ってしまった。
どう考えても睾丸を切除するなんてまともじゃない。
医学なんて分からないが、複雑な体に備わっている器官を取るなんて悪影響があるかもしれないのに。
確かにバンパイアは子どもを作れないが……。
あ。
「まず、バンパイアは子どもを持てないというのは正確じゃないな。知っているか? バンパイアとバンパニーズの子どもを産める女がいるって」
「え!?」
「知らなかったか」
「ぜひ教えてくれ!」
「言っとくけど紹介はできないぞ。それに彼女は今まであまたの豪傑を袖にしてきているし、おれにツテもない」
「別に子どもが欲しいから知りたいんじゃないから! 知的好奇心ってやつだから!」
「ならいいんだが……」
キラキラした好奇心いっぱいの目がこっちを向いている。
単に知りたいだけでよかった。
「レディー・エバンナ。なんでも、あのタイニーの娘なんだ。タイニーの魔法でオオカミのメスから生まれてきた女。そして彼女は『魔女』らしい。あ、本人に会うことになっても魔女とは呼ぶなよ」
「へぇ。タイニーの娘なら魔女でも納得だけど、了解」
「タイニーの娘って時点で関わらないで欲しい案件なのは察してくれ。
で、そもそも……昔、あるバンパイアの男がタイニーにどうしても自分の子どもを作りたいということで取引した結果生まれたと聞いている。だけど、今までエバンナは一人も闇の生物の子どもを産んでいないんだけどな」
「ふうん……あれ? タイニーやエバンナが嘘をついていなければ、バンパイアの男は種無しじゃないってことだよね? エバンナがバンパイア・バンパニーズの子どもを産めるってことは」
「そうなるな」
「ん? 分からなくなってきた……」
とにかく立ったまま、ワイングラスを持ったまま考えるのはやめて欲しい。
さりげなく椅子に誘導し、持っているものを机に引き取り、ワイングラスに血を注ぐ。
置かれたワイングラスを合わせてチンと鳴らすと、友は顔をあげた。
「えっと、その、つまり、バンパイアの子どもを産める女が存在するということは、そもそもバンパイアの女の体の方に問題がある? いや違う……人間の女とバンパイアの男でもできないんだものな? 逆もしかりの、はず。
人間とは異種族だからできないだけ? まさか、僕たちは元人間なんだし……見た目の変化なんて爪が黒くなっただけだし。血を流し込まれて体が変化したときに染色体の本数まで変わっている? そんなことありえるのか? それとも、全身がバンパイア細胞になることによってうまく減数分裂ができないとか……いやできてる、エバンナと子どもができるなら……どういうことだ?」
「まぁ、一杯飲みなよ。持ってきたの君だけど」
「……乾杯!」
「乾杯!」
ぐいっと一気飲みされた血。
いつ見てもいい飲みっぷりだ。
「ていうか、そもそもなんだけど。
バンパイアが子どもを作れない状態がスタンダードだったのがおかしいんだって。オオカミから進化したっていう最初のバンパイアはどうやって仲間を増やしたんだ。人間に血を流し込めばそいつもバンパイアになるってこと、そもそもどうやって気づくんだって話。オオカミと人間はそんなに近い生き物でもないのにさ……むしろ、オオカミに血を流し込んだら
とりあえず、とんでもない手術をしようという考えからは目を逸らすことに成功したらしい。
そこはひと安心か。
ぐるぐる考えている内容はごもっともだけど、考えても分からないな……この前の「人間の血を飲まなくては死ぬ」という問題と同じく
「例えば、最初は子どもが作れたとか。人間に血を流し込むことで仲間を増やせるようになるという進化を経て、わざわざ大変な出産や育児をしなくてよくなったバンパイアは次第に産む方法を取らなくなり、機能が退化していき、今に至る。エバンナはオオカミの子どもだから先祖返りのような特殊な方法で子どもを産めるようにしている、とか?」
「確かに妊娠出産による女の消耗もその後の育児のリソースも大変なことだろうね。僕たちは太陽の下で生きられない以上、弱い個体を守るのに限度もある。結構いい説だ」
「適当に思いついたことだけどね」
「考えていても分からないし、とりあえずそういうことだと思うことにしておく」
「いいんじゃないか?」
友が頷くと、ちょうど外が騒がしいのに気付いた。
「なんだろう?」
「あ、大御所の到着かな? バンチャ元帥とか」
「それなら事前に連絡するだろ。いや、あの人ならしないかもしれないが……」
「言えてる。じゃ、ちょっと見に行こうよ、カーダ」
「もちろん」
ついでにコウモリのスープでも飲もうよと無邪気に笑った友。
おれは頷いて後を追った。
ざわめきの中心にいたのはラーテン・クレプスリーとその弟子の半バンパイアのダレン・シャン。
あのラーテンが弟子を取ったことだけでも世紀の大驚嘆(バンパイアにとって一世紀なんて大した時間ではないけれど)なのに、弟子のダレンはまだ子どもときた!
堅物のラーテンが?
これは裏に深い事情がありそうだ。
むくむくと湧き上がる好奇心、キョロキョロと見回す子どもの姿にこれは少しお喋りしてみたいなという気持ち。
友の好奇心旺盛すぎるところは鏡のように自分にも当てはまっているのは自覚していた。
ラーテンが掟に逆らうというセンセーショナルすぎるニュースにびっくりして、友は今度こそ「セルフ去勢」をすっかりわすれてくれたようだった。
そっちも一安心だ。
なんもかんもタイニーが悪い