【完結】バンパイア・トーク!   作:ryure

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③特殊能力は祝福か?

「カーダ様、それでは失礼いたしました」

「じゃあよろしく」

 

 サイラッシュが出ていくとちょうど入れ違いに友が部屋に顔を出した。

 手には焼いた大きな肉の塊が二皿、頭の上にツボとカップを積み重ねて器用に載せている。

 

「おや、取込み中だったかな?」

「いや丁度すんだところさ」

「そう? ならいいんだけど。カーダ、『イノシシ実験』のあまりの消化手伝ってよ。あれから追加実験したんだけどさ、結果は変わらず肉だけどっさりときた。ひとりじゃ味気ないし」

「そういうことなら大歓迎さ」

 

 バンパイア総会期間中はバンパイア・マウンテンの人口……バンパイア(こう)密度が大幅に増える。

 石でできた横穴に部屋を作っている構造のせいか、耳の良いバンパイアの(さが)か、一つ一つは聞き取れないもののマウンテンの中がわんわんと反響しているようにも聞こえる。

 だから、普段なら予見できる友の到来にらしくなく驚いてしまった。

 

 特に、友には絶対に耳に入れてはならない計画の話をしたばかりだったために。

 でもそんなこと、何も知らない友には関係のないこと。

 

 今日も何かクレイジーで理不尽な話題を引っ提げて、何でもない話をしに来てくれたのだから無碍にする理由もない。

 サイラッシュが目立たぬよう、しかし精力的に動き回ってくれているのに自分までもが地図を作る以上のアクションを起こしていれば怪しまれ……はしなくとも、何か引っかかりを覚えさせてしまうかもしれない。

 そう自分に言い訳して、笑顔で友の頭の上から血入りのツボとカップを受け取り、テーブルの上を片付けて小さなパーティ会場をこしらえた。

 

「乾杯!」

 

 ハーブ焼きにされたイノシシ肉に舌鼓を打つ。

 分厚くカットされた肉の焼き加減は完璧。

 

 バンパイアというのは揃いも揃って色々と()()()()連中ばかりだけども食事については違う。

 ただでさえ長い夜を人間の十倍近く生きるのだから料理の腕が否応なしに上がると言うべきか。

 友は若いバンパイアだけども、それでも人間ならそろそろ後進に譲るような年齢だ。

 コックのように熱心に学び研鑽したわけではなくとも自分の食事を自分で用意する時間としては一級品。

 そしてバンパイアは人間の様に定職についていることがほぼない……バンパイア将軍やバンパイア・マウンテンの需品係など、ないわけではないがほとんどのバンパイアに役割などない……ため、ますますありあまる時間を全部自分のために使える。

 

 バンパイアはオオカミと同じように野生の獲物を狩り、人里に赴いては夜闇に紛れて血液を少し拝借する。

 傷口から吸い出して飲むため血液の味に工夫を施すことはできない、せいぜい健康そうな獲物を狙うくらいだ。

 ゆえに、長い夜を素敵なクッキング・タイムにするバンパイアは多く……同時にその大多数はすでに料理に飽きている。

 友くらい若いバンパイアならまだ飽きていない上、人間社会から離れてそう時間も経っていないため歴史の化石であるバンパイアからすれば目新しい調理法に挑戦しがちなコックということになる。

 

 つまり、友は料理が上手い。

 たまにはこっちからもお返ししなくては、と思いながらも忙しさにかまけていた。

 

 なんにも知らない友は、趣味の地図製作にばっかり打ち込んでいるしょうがないやつだと思っただろうか。

 それとも元帥就任が近いのだから時間が取れなくとも仕方ないと寛大な目で見てくれていたのだろうか。

 いや、カモフラージュのためとはいえ、本当に自分の趣味である地図製作をちっともやめていなかったので「しょうがないヤツ」かもしれない。

 

 ……しょうがないヤツとくだらない話をしてくれる友に乾杯!

 

「で、今日はさ。バンパイアの能力もなんか……考えてみたらおかしくない? って話なんだけど」

「バンパイアの能力?」

「そう。その中でも人間からしたら超能力の部類。催眠術、テレパシー、フリット、唾液の治癒能力とか……怪力や寿命の長さは別の種族だからということでカウントしないでおくけれど」

「ええと、催眠術は技術じゃないかな。君の料理が上手いように、人間より長く生きれば卓越するだろうさ」

「そいつはありがとう……でも、息を顔に吹きかけたら人間が気絶するのはどっちだろう?」

「それは特殊能力かもな……」

 

 確かに、友が挙げたバンパイアの能力は人間からすれば不思議な話だろうな。

 それから、別に利点ではないが写真に写らないところもかなり変、だがあれは解明されているんだったか……確か、バンパイア細胞の動きが悪さをしているとかで? 詳しい原理はよくわからないけれども。

 

「人間がバンパイアに成る時、バンパイアの血が全身の細胞に染み込んでいき、人間の細胞をバンパイアの細胞にすっかり作り変えてしまう。太陽に焼かれ、生命維持に人血が必要で、子孫を残せない体になる。代わりに十倍の寿命、頑強な体、そして不思議な力を使える闇の生き物に生まれ変わる。細胞レベルで変わってしまうのに個人の顔立ちや体格はそのまま。人格もまるっきり変わったって話は聞かないな。人格ってのは大いに主観だし、だいたい見届けているのは師だけだから正確なところは分からないけれど……」

「言われてみれば血液を入れるだけで別の生き物になるっていうのはかなり不思議な話か」

「不思議な()()をする生き物が不思議な能力を使える。理屈を並べ立ててある程度納得できなきゃ気が済まない僕からしたら眠れぬ昼を過ごすには十分すぎるわけさ」

 

 棺の中で目を爛々と輝かせている友はかなりしっくりくるが、バンパイアハンターからしたら悪夢だろうか。

 寝ないのはバンパイア的にも不健康なので昼は寝て欲しいものだが。

 

「一番気になったのは唾液の治癒能力だよ! 本人や同胞の傷を治せるのは五万歩くらい譲っていいとして、なんで人間に効くんだ?」

「異種族相手に効くのが変だってことか? それならまずもって順序が逆なんじゃないか?」

「逆?」

「そう。おれたちバンパイアは人間の血を吸わなきゃ生きていけない。バンパイアが人間の血を飲み干していた古来においても、途中で止めるって例はあったはずだ。傷口をふさげていた方が発覚を防げる。ある時唾液に治癒能力を持ったバンパイアが誕生し、種の存続に置いて有利な形質を持ったバンパイアがより多くの弟子を作れたから、今は当たり前になったとか」

「なるほど。ダーウィンの進化論的な考えだね。

その理論だと、バンパニーズが七百年前に誕生した時はまだ彼らは紫色の皮膚に赤い目という特徴じゃなかったはずだ。血を飲み干すのが糧となった人間の魂を取り込む古式ゆかしい方法だとしても、当時のバンパイアは必ずしも血を飲み干していなかったってことかもな。だって、血を飲み干す習慣があるだけで肌が紫になるなら、八百歳のパリス元帥の肌は紫じゃなきゃおかしい。当時百歳のバンパイアなんだから……だから、唾液の治癒能力はバンパイアが血を少し拝借するようになってから得た能力の可能性もあるね」

 

 確かに、太古の昔から治癒能力があっても、当時のバンパイアは血を飲み干す方が当たり前だったのだから獲物の傷をふさいでバンパイアの存在の発覚を防ぐ必要性は薄い。

 

「でもその場合でも当時を知るパリス元帥なら知っておられるかもしれないが、あとから能力が生まれたという噂すらない以上、昔から備わっていたと考えるのが自然だよね」

 

 友はイノシシのステーキをぺろりと食べてしまうと、減っていたカップに血を注いでくれた。

 

「どうも」

「へへ、未来の閣下に幸あれ! どうぞこれからも僕をご贔屓に」

「ちょっと!」

「おっとバンパイア・ジョークさ。それでね……」

 

 ごくごくといい飲みっぷりを披露し、彼は自慢のクレイジー・理論を展開する。

 

「唾液で傷を治す能力の機序を考えたんだけどさ。人間とかの異種族の場合、唾液を傷口周りに塗ることでその皮膚の周りだけ『微弱バンパイア』になっているんじゃないかって思ったんだ。バンパイアは傷の治りが早いでしょ? だから、傷の周りだけを唾液という体液にさらすことで少しだけバンパイアにし、傷を治す。だけど本来は何リットルもの血液を流し込まなきゃバンパイアになることはできない。あくまで、傷口の皮膚だけの話だし、流石にそれっぽっちだと人間の免疫細胞に打ち勝って全身バンパイア細胞になれるほどの多数派にはなれない。だから、傷を治されても人間のまま。

そして、そもそもバンパイアの唾液にはバンパイア細胞を活性化させる成分が含まれていて、『微弱バンパイア』でも十分に傷を早く治せるって説だよ。それならバンパイアにも傷の治癒ができる説明もできる」

「なるほどね、『微弱バンパイア』ってのは面白いな」

「そう。半々々(はんはんはん)……うーんと半々バンパイアさ! バンパイアになって良かったことのひとつは間違いなく、うっかり口の中をガリっと噛んでしまっても、痛いと思った時にはもう治ってることだね。口内炎とは無縁の生き物」

「そんなありがたみのないバンパイアの利点ってあるか……?」

「でもカーダ、ありがたいとは思わないの?」

「ふふ、思う」

 

 思わずヘンテコな論法に吹き出してしまったら、友はしてやったりという顔をしていた。

 

 その時、部屋の戸がコンコンと叩かれる。

 

「カーダ様、お食事中に失礼します!」

「おや、カーダの熱心な弟子くんが再度ご来訪か。お邪魔な僕はとっとと退散させてもらうよ」

 

 食器を回収しながら友は言い、入れ違いに入ってきたサイラッシュににこやかに笑いかけた。

 バンパイア的に彼は愛想がよく、生真面目なサイラッシュは戸惑って目を白黒させた。

 

「若き元帥に幸あれ! じゃあまたね、カーダ」

 

 それが、友との最期の会話になろうとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「裏切り者には死を!」

「裏切り者には死を!」

 

 周囲の熱狂、次々に投げつけられる石。

 バンパイア・マウンテンに敵対するバンパニーズたちを招き入れ、元帥たちを暗殺することで闇の種族たちの融和作戦に失敗したおれにふさわしい末路だった。

 

 おれの、バンパイアに対する種族愛は本当だった。

 しかしそれは大多数には受け入れられることのないエゴであり、強硬手段に出なければ為せないと分かっていた。

 そして、手段に出る前に阻止されてしまえばただの謀反でしかないのだから……。

 

 ふと顔をあげると、辛そうな顔をしたダレンがこっちを見ていた。

 ダレン、子どもの君に真相を言わせることになってしまったことは悪く思う。

 これからの彼に待ち受ける、長い長いバンパイアの生にトゲを刺してしまったような罪悪感。

 

 そのまま罵声を浴びながら処刑の間まで歩かされる中、おれはうつむいていた。

 

 だけど、部屋に入る前。

 ここで顔をあげねばならない、そうなぜか感づいて。

 

 そこには友がいて、こちらを見ていた。

 口を開かず、見たこともない硬い顔つきで。

 泣きそうだ、怒っている、おれは、いつも笑顔ばかりを見ていたんだな。

 

 その手には紙束があって、おれにはそれがなんなのかわかって少しだけ嬉しくなった。

 

 おれの書いた地図だ。

 

 どうやら、裏切り者のカーダ・スモルトは友に未練を残すことはできたらしい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 処刑の間。

 普段、血気盛んなバンパイアたちも忌避する陰気な部屋。

 

 そこの赤黒に染まった杭をじっと見つめるある若いバンパイアがひとり。

 「若いバンパイア」といえば渦中の新元帥、半バンパイアのダレン・シャンを思い浮かべるが……彼ではなく。

 

 彼は無言のまま、ついに杭から視線を外した……視線は手元の紙束に落ちる。

 

 紙束。

 遺されたカーダの地図。

 几帳面な線が引かれている紙を指でなぞりながら、バンパイアは重い口を開いた。

 

「死してなお……、」

 

 その後の言葉は続かない。

 彼も例外なく、バンパイア・マウンテンに侵入していたバンパニーズとの戦いに参加し、何人かの息の根を止めた。

 バンパニーズは全滅させられ、バンパイアも何人も死んだ。

 カーダはバンパイア将軍のガブナー・パールを殺したという証言があったし、彼自身の友も何人かこの戦いで殺された。

 許されてはいけない。

 

 いくら、友であったからといって。

 処刑に値する裏切り者に「勝利の栄冠」など願えるだろうか。

 

 彼は変わり者だったけど、生粋のバンパイアだった。

 だから、死者への哀悼は言えなくて。

 

「カーダ」

 

 あぁ友よ。

 

 感情を飲み込めないまま。

 バンパイアは、そのまま足を引きずって処刑の間を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ ◇ ◇ □ ◇ ◇ □

 

 バンパイア・マウンテン……食堂にて。

 もそもそとパンとスープを口に押し込み、血の盃をあおっていると珍しく僕に用がある人物がいるようだった。

 

「隣……いい、か?」

 

 特徴的なしゃがれ声、途切れ途切れの口調。

 わざわざ顔を向けなくても片足を軽く引きずる足音で相手が誰なのかわかっていたけれど、一応会話するのは初めての相手だ。

 俯いていた首を持ち上げて、顔を見る。

 青いフードを下ろしている彼は大きな緑の目をまっすぐにこちらに向けていた。

 ……なにか背負っている?

 

 ツギハギまみれの灰色の肌、低い身長、がっしりとした体格、髪のない頭、まぶたもまつげもない緑の目……そして白くて大きなマスク。

 闇の生物と同じように、普通の人間は知り合わない不思議な生き物。

 

 彼らの「普通」は「話さない」。

 喋れないか、喋る知能がないか。

 ごく稀に我が物顔でやってくるタイニーが引き連れてくる、彼の傀儡……と思われていた者共。

 

 だから、目の前の彼が……自由意志を持ち、喋るリトルピープルが誰なのかはバンパイアならすぐに分かる。

 

「どうぞ。

話すのは初めてだね、ハーキャット・マルズ。噂はかねがね。先の戦いではリトルピープルの身でバンパイア側に与して戦ってくれたこと、とても感謝しているよ」

「大袈裟なのは……、よしてくれ。結果的に、わたしは……おれは……あんたたちの、若い元帥を……守れなかった」

「あれはダレン元帥が自ら望まれたことだと聞いている」

「そうかも……な」

 

 小柄な彼が席に座った。

 バンパイアではない彼に血の盃を渡しても仕方がないだろう……「リトルピープル」はなんでも食べるらしいが。

 なにか用意しようかとも思ったが、立ち上がる前にハーキャットは背中に背負っていた大きな肉をテーブルにドンと置いた。

 ……手土産かな?

 肉塊の大きさに圧倒されて、僕は座ったまま喋ることにした。

 

「お陰様で、今は小康状態さ。今じゃ闇の帝王より、闇の赤ん坊の癇癪の方が幾分か恐ろしい」

「エバンナの、産んだ……双子、か」

「そう。たまにうちにも来るよ」

「話には聞いて、いる」

「そう。そうだよね」

 

 初めて話すはずなのに随分口が滑らかに動く自分に気づく。

 いかにも話しづらそうな途切れ途切れの口調の相手だと、こっちが頑張って喋らなくてはならないと無意識に思ったのかもしれない。

 

 このままだと、なにか「くだらない話」までしてしまいそうだ。

 僕のくだらない話を最後まで律儀に聞いてくれていたあいつはとっくにいないのに。

 

 だから、わざわざバンパイア・マウンテンまでやって来て、わざわざひとりでぼーっとしていた暇バンパイアのところまできて話しかけに来た理由を聞いてやろうじゃないか。

 

「それで?」

 

 随分冷たい声が出た。

 おかしいな……つっけんどんに話そうと思っていた訳じゃないのに……ハーキャットには感謝こそすれ、不機嫌に話す理由なんてひとつも無いのに。

 

「悪い、な……本題に入る。今から、荒唐無稽な……ことを言うが……」

「荒唐無稽なのは君の顔でしょ」

「はははっ……、違い、ない」

 

 ツギハギだらけのフランケンシュタインもどきは、マスクから口角がはみ出るほど大きく、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「久しぶり、だな……我が友よ。おれの書いた地図……は、まだ大事に、とっておいて、くれている……か?」




再会、これにて完結。
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