『聖女業務』の属人化、解消します。 〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜   作:すみふじの

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第10話:ポーション製造手順の見直しと標準化(後編)

「ルツィア様、ただいま戻りました。」

 

私とアメリアがポーション製造班へ業務ヒアリングを行っている最中、コンコンと戸を叩く音とともにヘルマンが帰還を告げた。この場所まで案内を頼んだのだろうか、別の職員と思しき女性へ礼をしてから工房内へ一歩だけ足を踏み入れる。彼なりに“秘伝の技”への心遣いなのか、入室して後ろ手に戸を閉めてからはすぐにその両目を固く伏せていた。

私はヒアリングをアメリアに任せてヘルマンの元へと駆け寄る。職員からの許可がまだなので、そのままの状態でいてもらうことに軽く謝罪を挟んでから報告を受けた。

 

「報告します。お恥ずかしながら管理は極めてずさんでした。すぐ使える場所へ保管するまでは良かったですが古いものから使えといった指示はなく、各員が取りやすい位置から抜き取っているような有り様でした。」

 

目を閉じているので感情までは窺えないが、身内と言えどなんの庇い立てもないところもまた騎士らしいと評価していいのだろうか。私は今までの業務で他の騎士と接する機会もあったので、今回の顛末は正直想定の範囲内だった。

 

「あ〜……なんとなくそんな気はしていました。となると、在庫数の問題というのは喫緊の課題ではないのですね?」

「はい。いざという時に無くては困るという早めの申告のようです。先入れ先出しの徹底がなされれば、より適切な数の発注になるでしょう。しかし、『効かないポーションがある』という問題については多くの証言がありました。」

 

やはり、その訴え自体は確実に存在しているようだ。しかし現状までのヒアリングからは、効果を逸するようなクリティカルな伝達ミスや齟齬は見つけられていない。どうしたものかと私が腕を組んで唸っているうちに、アメリアもこちらへやってきた。

 

「ヘルマン様、目を開けても大丈夫ですよ。……ルツィア様。薬草の収穫から蒸留、煮出しや混合までの工程では大きな問題はなさそうでした。一体何が起きているのでしょう?」

 

アメリアからの報告に、私は頭を抱えたくなるのを我慢した。彼女の言う通り、私が担当していた瓶の選定、洗浄および瓶詰めの工程においても同じ結論に達してしまっていた。このヒアリングで、ポーション製造工程において、それぞれカンやコツの共有に繋がった。(ちなみに、私や神官が担っていた祈りの工程がやってもやらなくても変わらない――“慣習”であったと判明したのは衝撃だったが。)改めてお互いが何をしているかを可視化し、差分を埋める機会になったのはいいが、効果に影響するような問題点がどうにも見つからない。

アメリアの許可を受けてようやく目を開けたヘルマンが工房を見回してから、私とアメリアの間に流れる空気の重たさに応じて、眉をひそめて考え込む。

 

「工程に問題がないとなると……管理の悪さから、効果が得られなくなるほど古くなったものを飲んでいるということでしょうか?」

「それもなくはないんでしょうけど、その訴えが最近になって増えているというのがどうにも引っかかってしまいますね……うーん。」

 

本当に工程に問題がないとするならば、材料であるハーブになにか変質が起きてしまった?もしくはその土壌とか。いやいや、検査機器がある訳でもなし、私にその専門性もないから確かめようがない。ポーションを薬と捉えるとしたら、耐性でも出来てしまった?しかしそれも“今”突然に増えているというのがおかしくなるし……。

 

可能性を広げてぐるぐると考えてみても行き詰まってしまう。そんな中、カチャリとガラス同士の擦れる音が鳴る。顔を上げてみればアメリアが、まだ中身が入る前の薬瓶を手にとって眺めている。瓶を日に透かせるように掲げて見ては、うっとりと息をつく。その行動の意図が掴めず、私はてっきりヒアリングでひどく疲れさせてしまったのかと声をかける。

 

「アメリア、どうかしましたか?今日のところはここまでにして、もう休みましょうか。」

 

するとアメリアは見られているとは思っていなかったのか、慌てて亜麻色のおさげを左右に揺らし、照れくさそうに瓶を元の場所へと戻しながら答えた。

 

「えっ!?いや、その……ポーションに使われる瓶がとってもきれいだなって思っただけです!普段私が使っている茶色い瓶とは違って、ガラスってこんなに透明な色もあるんだなあって。」

 

アメリアがガラスを透かして眺めている様子に老婦人も気が付いていたのか、微笑ましそうに頷いてからもう一度瓶を手にとってアメリアへと見せる。

 

「ふふ、そうでしょう?薬瓶の製造を頼んでいる工房の方が自信満々に持ってきてくださったの。新しい技術で、こんなに綺麗な透明に作れましたよって。ですから瓶も、少し前から古い茶色のからこの透明で頑丈な瓶に切り替えてるんですけどねえ。」

 

容器の製造技術も進化しているならば、蒸留器も定期的に新しくしているのだろう。そうなるとますます原因が検討もつかないなと、私も老婦人もがっくりと肩を落として深い溜め息をこぼす。どうにか騎士団から正式な抗議が出る前に片付けてしまいたい問題だったが、こちらも難航してしまうのか?

そう思った矢先に、アメリアがぽつりと呟いた一言が、私のこんがらがった思考に雷を落とした。

 

「紅茶は日に当ててしまうとすぐに悪くなってしまうんですけど、ポーションってこんなキレイな色も楽しめて、元気もなれちゃうなんて……素晴らしい薬ですよね!」

 

 

光、液色、透明…紅茶、日に当てない、普段使う瓶の色――その言葉から得た、それぞれのキーワードがシナプスのように私の記憶の断片を高速で繋いでいく。そしていつだったか、居室でアメリアの紅茶の淹れ方を見せてもらった時の会話が蘇った。その手には茶色の瓶。固く閉じた蓋を開けるのに苦労しながらこう言ったのだ。『空気に触れないように閉めないと、味と香りが飛んじゃうんです』と。

 

言葉にする前に閃きの衝撃が全身を駆け抜ける。目の前の透明な瓶――これが光を通してしまうから、ポーションの成分が劣化していたのだ。色付き瓶のままだったなら、この問題は起きなかったに違いない。私はアメリアの肩を掴み、興奮のままに揺さぶって絶叫していた。

 

「それよ、それ!!アメリア!!!!」

「ど、ど、どうしました!?なんですかぁ!??」

 

ぐわんぐわんと振り回されたアメリアが目を回してその場にへたり込む。私は肩で息をしながら透明な瓶をもう一度光に透かす。――透ける、確かに。そして一目散に充填された薬瓶を一本ひったくるように職員の手から受け取ると、荒い呼吸のままようやく掴んだ手がかりを高らかに宣言する。そして矢継ぎ早に指示を出した。

 

「瓶!色による遮光性の違いかもしれない!――ヘルマン、今すぐ騎士団の保管庫まで連れて行って!保存されているポーションの瓶を色ごとに分けて、透明な瓶で納品されたものはこのサンプルと比較して、色の差の有無で分けますよ!!」

 

「承知しました。アメリア殿、――失礼、」

 

私からの指示に短く迅速に答えたヘルマンは数秒しゃがみこんだアメリアを待ち、断りを入れてから俵担ぎにして走り出した。彼女からぐぇぇと蛙が潰れたような声がしたかもしれないが、今はとにかく善は急げだ。私は挨拶もそこそこに工房から嵐のように立ち去って車寄せへの中距離走ののち、馬車へと飛び込むのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

それから私たちは馬車を飛ばして騎士団の詰め所へと駆けた。予想通り、保管されたポーションの瓶の色は透明の他に茶色、藍色が存在していた。さらにはヘルマンの言っていたように「すぐ取り出せる棚」であったがゆえに、日の光も差し込む位置に保管されていたのだった。

 

私たちはポーションを選別し、まずは色付き瓶に入っていたものとそうでないものに分けた。瓶の遮光性はその色に由来し、藍色、茶色の順に遮光性が高くなるからだ。続いて透明な瓶に詰められたポーションと、工房から持ち出した新品との液の色を比較する。酸化が進んでいればその色は褐色や、赤色へと寄るようになる。酸化による変化が見られるものとそうでないものとへさらに分け、効果の有無と関係があるか試飲実験を繰り返していった。

 

その結果、入庫のタイミングが分からない管理になっていたこともあり、透明瓶の全てではなかったが、効果がないポーションはみな透明瓶に詰められたことが証明された。おそらく近々に入庫した透明瓶のポーションはまだ劣化がはじまっていなかった、もしくはたまたま日陰に入っていたものと推測される。私たちは酸化したポーションを回収、その上で「透明瓶に入ったポーションを暗所に保管すること」「透明瓶のポーションから先に使うこと」「次の遮光瓶からは、入庫日ごと管理、先入れ先出しを徹底すること」を騎士団へ申し伝え、教会へと帰還したのであった。

 

私は、馬車での移動中の行き帰りにとどまらず、ヘルマンや御者、騎士団の被験者に至るまで、会う人間すべてに「アメリアの閃きがなければ問題の特定は出来なかった」「アメリアこそがポーション製品不良問題解決の功労者である」と語って聞かせていた。それだけ私は、この侍女の働きが誇らしく、本当に感謝をするばかりだった。

 

「問題も解決したし、神秘の工程は必要なかった。これでポーション製造は完全に手離れできそうね。」

「神官様が捕まった時にしか頼んでなかったわ~とおっしゃったときには、本当にびっくりしてしまいましたよ!」

 

居室に戻るまでの道行きでようやく私からの称賛が止み、蒸気した頬を冷ますように掌で扇いでいたアメリアがすかさず話題に乗る。その老婦人の声真似がとても巧みだったので、私もヘルマンも自然と表情が緩む。

 

「そうそう、あの婦人ののんびりした受け答えにも笑ってしまいそうだったもの。でも本当は騎士団だけじゃなく、民や都外の教会でも気軽に使えるように量産できたらいいんだけ、ど――」

 

廊下に響く自分たち以外の靴音の方を見ると、一気に背筋が冷えた。厳かな法衣を纏い、数名の高位神官を引き連れた大司教バルドゥインが、静かに、しかし確実に私を目掛けて歩いてくるではないか。その眼光は鋭く、隠す気のない敵意にすっかり水を差されてしまった。

私は形式だけの挨拶を交わし通り過ぎてしまいたかったが、そうは問屋が卸さなかった。

 

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