『聖女業務』の属人化、解消します。 〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜 作:すみふじの
大司教との交渉、王への報告を終えて数日後。私達は大聖堂の地図にない場所にある隠された書庫、すなわち禁書庫に足を踏み入れていた。腰を屈めないと通れない入口通路では、成人男性諸君は私やアメリアよりも難儀をしたようで、ヘルマンは大部分の鎧を諦めざるを得なかった。私達は主を失った鎧に
宙にゆらめく淡い光、ところ狭しと並べられた資料や石板の山、そして色とりどりの用途不明な魔道具の数々。その光景は以前来た時とほとんど変化はなかったが、作業中を思わせるような痕跡もなかった。私達が入る以前に大司教によって『掃除』がなされた可能性は十分にあるが、今それを確かめる術はない。
私は掌同士を打ち、室内に乾いた音を響かせる。あちらこちらに興味を散らしていた専門家たちの注意を引き付けてから、皆に告げた。
「では早速だけど、資料を探していきましょう。まず探していきたいのは神秘――もとい、神秘で使われる魔力やエネルギーとか、信仰の力に関しての情報です。読めない時代の文字にあたったらアーネスト卿にまわして、読めるものから手を付けていきましょう。熟読はいらないわ。まずは分別をしましょう。」
「わかりました。では僕は古代語の中から神秘の記述がありそうなものを分けていきますね。」
彼らに栞やブックエンド代わりの小さく切った灼符紙を渡し、魔術師には特に資料を丁重に扱うよう厳命し、それぞれ捜索にあたった。かくして神秘の解明に向けた大きな一歩が踏み出されたのだった。私達ははじめこそ石板を置く音やページを捲る力にも気を遣って蔵書を探していたが、すぐに作業には慣れるもの。脇で話をしながら作業を進められるようにもなっていった。
「しっかし、大司教も王サマも騙そうってんだろ?よくやるぜ。」
「貴方みたいに無礼な振る舞いは一切してないわよ、そもそも誰にも嘘はついていないし。」
互いに手と目は休ませずに軽口を叩き合う私とテオフィルスのやり取りに、珍しくヘルマンが入ってくる。
「何をおっしゃいますか。騎士の務めのうちで、先の謁見ほど肝を冷やしたことはありませんでしたよ。」
「ルツィア様だからこそお渡りになれる道でしょうけど……一体どれほど御心をすり減らされたことか、アメリアは心配です。」
側仕えの二人――特にアメリアから強く送られる気遣わしげな視線からそろりと外す。なぜならば、全く反論の言葉を出せないし、もうやらないとも言えないからだ。交渉にアメリアを連れて行かないのは単純に、彼女のような純粋無垢な若者に海千山千、丁々発止なやり取りを見せるのが忍びないという理由だ。侮りでもなんでもないのだが、理由をそのまま伝えることも憚られた。私は居心地の悪さに、さも今思い出したかのように話題を変える。
「そういえば、大司教がリヒター家は記憶をするのみで解釈を禁じていると話していました。知らぬうちとはいえ意見や分析を多く求めてしまってましたが……」
そう言いかけると積み上がる古代語の資料の塔からアーネストがひょっこりと顔を出す。表情はいたって平静で、ああと世間話の延長のように答えを続けた。
「大丈夫です。確かに僕達は自ら解釈をしませんし、意図的な編纂もしません。でも実のところは『求められた時にのみ答えよ』という意味なんです。――あ、この間の病のような緊急時は例外ですが。今まで王宮や教会が自分たちだけで解釈をしていたから、その部分が抜け落ちて伝わっちゃってたんですね。」
「あらあら……歴史が長いって大変ね。この先私が新しい資料に基づいた分析を依頼したとして、その内容は大司教への報告に含まれますか?」
それならばと、私は重要な事項の確認も続ける。王に持ち帰る土産のことだ。アーネストはこの質問にも首を横に振った。
「いいえ、記録だけ報告せよと仰せでした。なのでその知恵はルツィア様だけがお持ちください。でも大司教様にも分析せよと頼まれたら、その条件に従ってやります。そこは家の役目なので。」
「なるほど。是非そうなさってください。情報は必要なときに必要なところへあるべきですからね。」
そこで一度会話は途切れ、私達は再び資料へ向き直る。そこからしばらく紙の擦れる音や石を置く音だけが禁書庫に響いた。ときおり雑談をはさみながら刻限までの調査を終えると、それぞれ付箋を置いた箇所の読み合わせがはじまった。
まずはすぐに解読出来たものから、続いてアーネストによって翻訳された古代語へ。すぐに訳せないものは持ち帰ってまた次回の調査時に持ち寄るという流れにした。
「──ここまでまとめると、神秘とは『初代聖女が神より賜り、分け与え給うた秘法』『国と民を守るために神職へ預けられし力』『ふさわしき者からふさわしき者へ継承』され、『背信者はたちどころにその力を失う』……と。」
「文献や絵画から見て、その『継承』方法で共通していたのは『位に合わせて決められた法衣、装飾品』と『誓約』を立てて、引き継がれていくといった具合でしょうか。」
私はアーネストの推論を手元の符砂板へ刻み込んでいく。横からは忌々しげな大きなため息がこぼれる。テオフィルスだ。
「はー……神秘の魔力源、全然書かれてねえなあ。古代語でもない知らねー文字も出てきやがるし。」
「この辺りの資料はおそらく西の連合が書いたものでしょう。結界を抜けて現れる魔物の名前が我々の言葉で繰り返し出てきています。西だけに発生する魔物はいないと聞いていますので、まず間違いないかと。」
私やアーネスト、魔術師のテオフィルスで埋まらない知識を王宮に明るいヘルマンが埋める。安全が一番の輸出商品と陛下が言うくらいなのだから、相手国がこちらを研究対象にしていたってなんら不思議はない。教会は西へ情報が漏れている事実を懸念して資料を禁書庫へ保管したのだろうか。
アメリアがどこか嬉しそうに資料を掲げて読み上げる。
「加えてルツィア様が仰っていた通り、『顕現の儀により聖女が目覚め』『聖女にのみ許されし神秘をもって』お守りくださるとはっきり書かれています。顕現の儀の具体的な作法については見つかっていませんが、『建国の聖女より連綿と』とも書かれていましたので、あるとすれば、きっと古代語の資料の中ですね!」
「そういうやべえ内容ってのは、あの中に書かれてるんじゃねーの?やっぱ読むしかねえって。聖女ならいけるって、なあ。」
まるで駄菓子を欲しがる子どものような気安さで、テオフィルスはその一帯を指差した。その先には教会にはあってはならないはずの――灼符紙で覆われた資料の一山があった。『ふさわしき者以外触れることは罷りならぬ』と古式ゆかしい文語体で書かれたその紙は、過去からの明確な拒絶だ。貴重な紙資料が大量に眠るこの場所で灼符紙、迂闊な手出しをすれば他の資料まで焼損させてしまう。ましてや這っていかねば出られぬ書庫で小火など、絶対に避けなくてはならない。
「気持ちは重々、でもだめよ。分が悪すぎる。」
「でも聖女が『ふさわしき者』でなけりゃ誰なんだよって話になんねーか?」
「それはそうだけど!神秘の力でどうにかこうにかするんだろうとは思うけど!……確実な突破方法が分からない以上、まずは安全なところから行きましょう。」
もしあの解除が聖女の業務にあたるのならば、他の業務と同様に自動的に神秘が実行されるのだろうが、そうでなかった場合の危険がありすぎる。私はテオフィルスを宥めるのをアーネストに任せ、辺りを改めて見渡した。
禁書庫には書物や石板以外にも、過去の法衣と思しき衣装棚や聖石を施したと思しき多数の装飾品や杖、武器らしきものも数多く所蔵されている。『位に合わせて決められた法衣、装飾品』と合致する『誓約』と、その位で継承される神秘の術を見つけられれば、実験には漕ぎ着けるのではないだろうか。
「それにしても、そうあって欲しいと思ってはいたけれど……随分と形式が整えられているものなのね、神秘って。個人のイメージが左右する魔法や、参照頻度の高い術だけ残ればいいという魔術師協会の考え方とはまったく違う。」
当たり前だろと言わんばかりのテオフィルスからの視線は一旦無視する。私が現代日本から転生してきた異世界人であるからこそ余計に、魔法と神秘のどちらも『いわゆるファンタジーにおける魔法めいたもの』だという印象が先にあったからだ。
「はい。起こす現象が似てる術もあるでしょうけど、体系としては全然別なんですよ。でもまた不思議なもので、神秘だけが先にあった時代には『魔法』と呼称されてた痕跡が、ごく一部の民間伝承には残ってるんですよねえ。ただものすごーく数が少ないんで、もしかしたらただの間違えなのかもしれないんですけど。」
「お、魔法史か?」
「やらない。」
途端にうきうきとし出したテオフィルスをぴしゃりと一言で制し、私は大司教の『神秘は神秘のままに』という言葉を思い出していた。
これだけ後世に伝えようとしている体系なのに、なぜ肝心の継承の手続きや術式そのものを簡単に参照できない環境にしてしまっているのだろうか。西の連合への情報漏洩を気にしてのことなのか、それとも――隠すほうが安全なほど、悪用が簡単に出来てしまうのだろうか。
「あとルツィア様、――こちらは、どうなさいますか?」
私が考え込んでいる合間にアーネストが差し出したのは一冊の書物、錆びついた鍵のついた日記帳だった。紙が貴重な王国でさらに鍵という細工までついているという事実が筆者の身分の高さを明言している。
「表紙と見開き1ページ目の古代語を真似た意味不明な文字列で開錠後も人目を避けようとしていたようですが、これは……聖女様の手記です。」
分類に必要な範囲しか読んでいないので内容は分かりませんが、と前置きをして渡された日記帳の鍵はすでに壊れていた。捲りさえすれば過去の聖女がどのように、何を思って暮らしていたかが克明に書かれているのだろう。私は内容を読んでみたい好奇心に駆られる以上に、得も言われぬ恐怖を感じていた。私の中の何かが警鐘を打ち鳴らしている。今ではない、今ではないと。
私はその勘を信じることにした。
「……今はまだ、やめておきましょう。まだその順番が回ってきていないと感じます。」
そのただならぬ雰囲気を皆が察知したのか、それとも神秘に関する資料を集めるうちに聖女が激務であることが何となく見えてきたのだろうか、誰もそれ以上口を開かなかった。しかし大司教に秘匿されても困るので、資料の山の中へしまうことにした。
まだ見ぬ資料を読み解き、考え抜いたその後で。必ず向かい合わなければならないであろう、記録だった。