『聖女業務』の属人化、解消します。 〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜 作:すみふじの
かつての聖女の日記帳に及び腰になった私の様子に引っ張られたのか、一瞬にして重たくなってしまった空気を変えるべく、努めて明るい声で題目を切り替えた。
「さーて、じゃあここまで分かったことを少し詰めましょうか?――アーネスト卿。そもそも聖石とは何なのでしょうか?国の重要な資源であることは理解しています。殊に神秘との間には、継承で用いる装飾品という深い関係があるようで。」
歴史の番人としてなのか一個人としてなのか、相当名残惜しそうに下げられた眉が、質問をきっかけにいつもの柔らかな形へ戻る。
「あ、はい!聖石は、王と王に連なる者だけが精製できるとされる特別な魔晶石です。建国神話からすでに登場していました。現在も新たに精製されているかは不明ですが、実物は国内各所に存在しています。王や高位の聖職者が身に着けているものなので、きっとこの部屋にある装飾品も聖石だと見ていいと思います。」
普通は清貧を旨としそうな大司教や高位神官たちが、やたら大きな石のついた装飾品を着けているのを顕現当初から不思議に思っていたが、神聖であるとされた物ならば頷ける。しかし不思議なことに、教会ではよく見かけるが騎士や貴族たちが身に着けていた記憶がない。私はヘルマンに尋ねた。
「聖石を身に着けている方を教会以外で見ない気がしますが、何か理由があるのですか?」
「そう言われればそうですね。古くから続く名門であれば持っていてもおかしくはありませんが……少なくとも私は、父や祖父が着けている姿を見た覚えがありません。」
ヘルマンが見たことがないのなら、騎士や貴族は儀礼でも聖石を着用していないことになる。しかし教会では神秘の継承の際には必須とされていて、日常的に身に着けられている。単に石が貴重だから厳重に保管している、というような理由ではないだろう。
「杖があるんだから、聖石製の剣や盾があってもおかしくないのに。希少性もあるし、強そうだし……売れそうじゃない?」
「ルツィア様、強力な武器を隣国に売ってはなりません。」
そりゃそうだ。陛下へ実利に繋がる情報を持って帰ろうと意識するあまり、地政学的な視点が抜けてしまった。ヘルマンに続いて自分でも内心ツッコミを入れていると、アーネストが心なしか得意げな笑みを浮かべながらずずいと歩み出て、その手を差し出した。
「書庫にある品々が本当に聖石かどうかは裏付けが必要になりますが、実は本物がひとつあるんですよ。この指輪です。」
リヒターの当主の証である指輪は建国の王――勇者王ジークフリートから授けられたそうだ。本人いわく、私が寝込んでいる間に聖石由来の力を作動させたようで、アーネストはこれが間違いなく本物の聖石であると確信を持っていた。聖石がひとつ嵌め込まれ、他の装飾は家紋のみのシンプルな指輪ながらも、『本物』と聞いたせいなのか、どこか凄みがあるように見えてきた。私達が指輪をまじまじと眺める間にもアーネストは解説を続けた。
「古い文献にあたれば騎士や貴族たちが身に着けている様子はみられたのですが、途中からなくなるんですよね。その理由がはっきり記されたものは、僕は確認できていません。」
「神秘の継承にも使われるくらいだから、聖石には特別な力があるのでしょう?なおさら不思議ね、教会だけに残っているのは。」
「その力を扱う必要がなかったか、扱えなくなったのか……どっちにしろ、神秘をどうこうするのに不可欠だってことだけははっきりしてきたな。」
テオフィルスの推論に私も頷く。特別な力を備えていて『継承』に必要かつ、それが済んだ後も日常的に使われているのだから、少なくとも『継承』だけに関わる要素とは思えない。
「資料には御力のある聖石だけではなく、『位に合わせて決められた法衣』と『誓約』も必要とありました。この二つのうち、服は取り替えるものになります。日々のお勤めとして神秘をお使いになるには関係がない……ということでしょうか?」
「――アメリア、さすがの目の付け所よ。数ある神秘のうちで治癒の術しか翻訳に挑戦できていないけど、役目を引き受けるための文言らしきものは含まれていなかった。なので今のところ、『誓約』は継承時にのみ必要な条件と考えてよさそうね。」
さて、ここまで神秘と聖石の関係がクリアになってきたところで、私の隠居計画にとって不都合な状況も立ち上がってきた。なんと
「とりあえず、神秘の継承とそれ以外にも関わりがありそうなのは聖石と『誓約』であると仮定します。ここからは私とアーネスト卿とテオフィルスは、すぐに翻訳できそうな神秘の術式を探します。ヘルマンとアメリアは『誓約』の具体的な記述と、『所定の法衣』がこの書庫に存在しているか――もしくは、大司教に気取られずに調達可能なものがあるかを軸に調査してください。」
かくして、二手に分かれての第二ラウンドがはじまった。
神秘の術式調査チームは、出来るだけ術式を構成する単語数の少ないものはないかと的を絞った。その中から翻訳可能なものをアーネストと協力して探していく。大量に神秘の術式のパターンを目にすることで、以前教えてもらっていた『古代語は手順書のように明快な作り』であることを肌で理解できてきた。大まかな構成としては、先頭の二語は常に定型。その直後に来る語には、ある程度決まった傾向がある。その後に連なる語が千差万別。すなわち具体的に発生させる現象が書き表されている――ように見えてきた。
「これなんてどうだ?《練る》の後がひとつだけだぞ。」
「じゃあ付箋をしてそっちに重ねておいて。はあ……どうしてこうも一箇所にまとめられてないんだか。こんな管理をしていたら、写し間違えがきっかけで継承されなくなった神秘が大量にありそうよ。」
数多の石板、数多の文献にあたっていると、似た術式の記述があちらこちらで存在していることにも気付いてくる。私としては年代がはっきりしない重複があるのが一番おそろしい。神秘の術式が古代語で書かれているのは分かっていたとはいえ、古代語から今の言葉への変化には激しい隔たりでもあったのか、“現代語と古めかしい語が混在する神秘の術式”が見当たらないのだ。言語は変化していくものなのに、神秘の術式だけはどの時代の聖典においてもすべて古代語のままだ。リヒター家では神秘の術式を体系的にまとめた資料の管理は任されていなかったようで、この言語的断絶の発見には大きく肩を落としていた。しかし、それと同時に研究者としての目は輝きを増したようにも見えた。
「はい、そういう途絶え方が頻発してるはずです。でもなんだかワクワクしてきました。先人達はどうして途中で古代語を諦めてしまったんでしょうね?」
「神秘は神秘のまま、つまり古代語をそのまま残そうとした故の弊害ね。教会の方針の問題でしょう。」
「でも、それならなんで聖女みたいな継承方法にしなかったんだよ。あんたの場合は勝手に声が出てくるだろ?聞き取って覚える必要がないなら、間違えもないじゃねえか。」
「そんなの知らないわよ。――とにかく、今は脱線しないこと。この場で再現可能そうな神秘を見つける方に集中して。」
このまま放っておくと、『封印の本が読みたい』『聖女の日記を読みたい』なんて言い出しかねないので、先に釘を差しておく。その後も何発か打つことになるのだが、長時間にわたる頭脳労働の良い箸休めにはなった。私達はおそらく最も再現可能であろう、『盾の神秘(仮称)』を採用することにした。その報告をもってアメリアとヘルマンの進捗を確認に行ったところ、彼らの表情はなにやら曇っていた。
「ルツィア様。法衣と聖石の組み合わせで確実なもの、あるにはあったのですが……大司教様のご衣装のようで、その……」
極めて言いにくそうにしながら、アメリアが証拠となった『聖女と大司教が並び立つレリーフ』を差し出した。私はそこに描かれている大司教とされる人物と、発見された衣装とを見比べる。――うん、確かにこれで間違いはなさそうだ。
「ありがとう、二人ともお手柄ですよ。でもどうして暗い顔を?なにか問題がありましたか?」
私が改めて尋ねると、アメリアは小さく頷いて衣装の背面を広げて見せた。そこには布が深く裂かれている箇所があった。裂け目周辺には、薄くはなっているものの茶褐色に変色した跡がある。つまりこれは――。
「わあ、刺し傷!それもかなり深そうです。致命傷かなあ?いつの代だろう?……あ、レリーフを拝見しますね!」
場違いなほどに明るい声色は、アーネストのものだった。彼の目は、先程まで神秘の術式を探していたときと同じだけの輝きを保っている。なんなら集中力を取り戻している様子ですらある。
私は何も言わずにテオフィルスを見た。視線が合えば彼は呆れた顔で、首を横に振って返した。
「ええと、先に『誓約』の話を聞きましょうか……。」
「はい、報告いたします。」
スイッチが入ってしまったアーネストをそのままに、私はヘルマンからの報告を受ける。
『誓約』に関しては日誌のようなものや、歴代の大司教や要職の神官についてまとめられた伝記らしきものに記述が複数確認された。使用されている言語は現代語もあり、読めた分の内容としては、就任にあたっての所信表明演説的な文章に終始しているとのことだった。よって選択される語彙には頻出フレーズのような似ている点はあったにしても、全く同じものまではない。そもそも現代語で書かれている時点で、『誓約』そのものは神秘の術式としては働いていないのではないか。継承が行われる場も王都が多いのは確かであったが、巡礼地にて行われる例も確認されたらしい。
「なるほどね、主に前任者に対しての宣誓みたいなものか。現代語であっても役職ごとにばちっと決まっている文言ならば、『誓約』自体が神秘の可能性は残ったけど……そうじゃないなら、これは本当にただの言葉のようね。」
「少なくとも術式ではないでしょう。現時点では『継承』において必要で、それ以後の術の発動や維持に関して常時必要なものではないと思われます。」
その仮説にテオフィルスが眉間に深い皺を刻み、何かを考え込んでいた。私はその意見が出るのを待った。
「いや……待てよ。じゃあ神秘の術式が発動するには、聖石と術式だけあればいいってことか?そんなガバガバでいいのかよ、術式も決まった言葉で聖石なんて物じゃねえか。それに多少語句を勝手に増やしたところで発動するってのは確認しただろ?」
確かに。
神官に頼んで治癒の神秘を受けてみたときに、多少のアレンジが加えられても神秘自体は発動していたのだ。テオフィルスの懸念も尤もだ。しかし発動の条件が軽いならば、『継承』で厳しく縛っているのかもしれない。ということは、すなわち。
「神秘を使えるのは『継承』された神官――資格要件があるってことね。『継承』はただの口伝と儀礼の組み合わせではなく、『ふさわしき者からふさわしき者へ』、神秘的に設計された何かがその身に起こる……
そしてさらには、『背信者はたちどころにその力を失う』。ここでいう背信とは、『誓約』に背くようなことなのだろうか。加えて、またしても私自身には『誓約』をした記憶も、前任者から『継承』を受けた記憶もない。ただし、ここでは私がまだ『鷹野瑞穂』としての意識を取り戻す前、ただの『ルツィア・フォン・アイゼンシュタイン』であった頃に発生済みの可能性は十分にある。
「で、あの神官が言ってた制限だろ。『与えられるままに与えるべからず』だったか?」
「ええ。ここまで整理すると神秘は使用者だけでなく、その使用に関しても制限しているようね。でも、ポーション製造では継承された神秘の実施自体が不要なものにはなっていたけれど。あれは『背信者』だから力を失っていた、という可能性は低いと思う。継承の過程で術式が崩れたのかも。」
私が符砂板にこれまでの結果をメモする間に、法衣とレリーフの検分を終えたアーネストが戻ってきた。まだ何か考え込んでいるのか、ぶつぶつと呟いている。
「アーネスト卿、もうよろしいですか?そろそろ本題へ戻りましょう。」
「……すみません、もう大丈夫です。気になることはありますが、今日は神秘の件に集中します。」
何やら彼なりに発見をしたようだったが、申し訳ないが今は私が仕事を依頼している時間だ。私はその返事にひとつ頷いて全員と視線を交わしてから、こう続けた。
「では、実験に移りましょう。神秘の『継承』と『発動』の再現実験です。」
私の言葉に空気がひりついたのが分かった。彼ら、特にアメリアやヘルマンに畏れが出るのも仕方がない。仕方がないが――やるのだ。すべては、聖女業務の属人化解消。ひいては私の隠居のために。
私達はここから、神秘の謎へと手をかける。