『聖女業務』の属人化、解消します。 〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜   作:すみふじの

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第21話:聖なる石と誓いの言葉

「——さて、じゃあここまで分かっている情報を整理していきましょうか」

 

アーネストが大司教への報告から戻るのを待って、私達は執務室で打ち合わせをはじめた。会議用に新調してもらったラウンドテーブルの上にはアメリアの紅茶と、茶菓子が添えられている。湯気のふわりと立つカップで喉を潤してから、私はテーブルの中央へ新情報をまとめた符砂板を置いた。

 

「神官神秘の継承には所定の法衣に誓約と聖石が必要であると考えられること。発動には聖石と、術者本人が『ふさわしき者』である必要がありそうなこと。要素のうち、聖石がどちらにおいても不可欠でしたね」

 

「再現実験の結果は、テオフィルスは失敗。アメリアとアーネスト卿は部分成功、聖女である私は神官神秘の言葉では失敗し、聖女の神秘の言葉へ一部置き換えると発動の兆しあり、という結果でした」

 

私は結果をまとめて話しながら、認識の齟齬がないかを確かめるべく皆を見る。皆それぞれに頷く中、テオフィルスが『誓約』について書かれた箇所を指し示す。

 

「今回の神秘再現実験では意図的に『誓約』を省いた。なのに成功しかかったってのも重要だろ」

 

「ええ、もちろん。ただし『誓約』そのものは古代語ではなく、それ自体が神秘の効果を発動するものではないってこともね」

 

「『誓約』も発動に関して必須ではないかもしれない、ということですよね?でもだからといって、完全成功に対して影響が無いのかはまだ分かりません」

 

アーネストが的確な補足をする。そう、今現在まだ完璧な成功が一例も出ていないのだ。私はその言葉に頷いて、まだ暖かいカップを手に取る。

 

「では、どこから掘っていきましょうか?私が一番気になっているのは、アメリアだけでなくアーネスト卿にも発動の兆しがあったことなのですが」

 

隣に座るアメリアに視線を向けると、彼女も私にならって頷いた。

 

「『ふさわしき者』の条件ですね。私は神秘を預かる位には到底及ばないのですが、なぜ光が出たのでしょうか?」

 

「その件についてはアーネスト卿が、教会に関する知識の有無が影響するかもとおっしゃってましたよね。——具体的に、二人が共通して持っている知識で、私が持っていないものって何かしら」

 

アーネストは茶菓子に伸ばしかけていた手を引っ込め、ひとつ咳払いをしてから答える。

 

「建国神話や信仰、教義に関する知識かなと思います。しかしルツィア様が知らないものとなると……確か聖女の候補者に選ばれるためにも、試験のようなものがあるんですよね?」

 

「ああ、ごめんなさい。自分から言っておいて恥ずかしいのですが……その辺りのことは全然記憶に残っていないのです。聖女になって以降の私をサンプルとするなら、知識に関しての詳細さは無いものと考えて下さい」

 

「事前の情報が必要ならば補足させていただきますと、ルツィア様の生家であるアイゼンシュタイン家は代々教会への寄進も多く、敬虔な信者である名家でいらっしゃいます」

 

自分の情報を他人に説明されるのはなんともこそばゆい。でも分からないものは仕方ないので、私はヘルマンに目配せをして礼に替える。その情報にアーネストは顎に手を添えて思案する。

 

「となると……少なくとも血統は関係なさそうですよね。教会に縁が深いルツィア様が失敗し、その辺で拾われた僕が部分成功した訳ですから」

 

その辺て。——いや、今はそんなツッコミはいらない。

 

「血統によって受け継がれるものでないならば、なおさら聖石が騎士の家に残っていないのも納得できます。教会は個人の権威として聖石を与えてたのかもしれません」

 

「じゃあ条件が教義の知識っつーことになると、こいつはともかくアーニーが失敗するのはおかしくねえか?下手なお偉方より詳しいはずだろ」

 

こいつ、とテオフィルスに指さされたアメリアはすぐさまむっと口をへの字に下げる。しかしここは重要なポイントだ。

 

「人様に指をさすな。——でもそうなのよ。血統や肉体的な条件であれば私が外れるはずがないし、知識の豊富さならばアーネスト卿は完全成功してるはずでしょう」

 

「だから私は、発動の条件は複数あると思っているの。ふさわしき者を判定するのに複数の条件がある。段階的に発動条件を満たしていって、はじめて完全発動が出来る……といった風に」

 

私やテオフィルスが完全失敗に終わったことから、おそらくは知識が第一段階なのだろう。その次の段階が『誓約』に関わるのだろうか。私が言葉にするまでもなく、他の四人の意識もそちらに向かっていた。その沈黙を破るのは、テオフィルスだった。

 

「とりあえず今一番知りたいことってのは神秘に“外部”の魔力が使われてるんじゃねーかってとこだろ?その第一段階を満たした時点で、石を通して降りてきてる何かの方が重要だろ」

 

私は頷いて、紅茶を啜る。

 

「そうよ。今後の——データベース作りのために知っておきたいのはその部分。アメリアもアーネスト卿もその感覚を得ていました。なので今の材料だけで判断すると、聖石が神秘の魔力の貯蔵先か、媒介と考えられるってこと」

 

「はっきりとした正体までは分からないのが気にはなりますけど、そういう事でしょうね。僕も指輪の力を使うときには古代語は言いますけど、誓約めいた事は……当主就任の宣言くらいでしょうか」

 

アーネストが一族に伝わる指輪を取り出し、指に通したり触ったりともてあそぶ。神官神秘ではないとはいえ、比較事例であることは間違いない。その様子を横目に茶菓子を頬張るテオフィルスが、こちらを窺う。

 

「なるほどな。とりあえずの正体は分からねえけど、外部からの魔力はあるって考えるには足りてるか。——一応聞いとくけど、聖女の神秘は今は無視か?」

 

「……一気に解決できないのは非常~~に遺憾ながら、一旦保留よ」

 

一旦の着地が見えたところで、私も用意された茶菓子をいただく。頭を使うと甘いものが恋しくなる習性は、異世界も同じのようだ。議論の緊張が緩まり、しばしのブレイクタイムだ。

 

「それにしても、一度の探索ながら収穫が多かったですね。だからこそ、大司教はルツィア様を遠ざけたのでしょう」

 

ヘルマンの呟きにアメリアが応答し、素朴な疑問を挙げる。

 

「ええ、まったくです!でもこれだけの知識を、今までルツィア様だけしかお求めにならなかったのも少し不思議じゃないですか?」

 

「確かにそうね。自分が扱う術だもの、知りたくなるのは当然でしょう。その形跡はひとつ見つかってはいるけど……ねえ?」

 

その答えが載っているであろう鍵付きの日記帳。私はまだ先だと開かなかったけれど、いつか必ず必要になるという確信はあった。私や側仕えの二人は聖女の業務量を知っているから表情を暗くするが、研究者の二人は目を爛々と光らせている。

 

「鍵がついているのにすでに壊されているのも意味深でしたね!きっと当時の大司教様に見つかってしまったのでしょう。そういった記述は当然記録には残っていませんので、とても興味があります」

 

「あとはあの灼符紙で隠してあったやつな。あからさまに燃やしてやる気満々だったから、やべーこと書いてあるに決まってる」

 

「そんな楽しそうにするんじゃないわよ。貴方達はいいけど、私にとっては苦難の予告みたいな文書なんだから」

 

あからさまにため息をこぼしても、二人は興味の赴くままだ。そんな話を聞きながら、私はアメリアやヘルマンと今週の予定を確認したり調整したりと、本業のタスクもこなしつつのしばしの歓談の時間となった。

 

 

◆◇◆

 

 

「さ、そろそろ続きをはじめましょう。次は『誓約』についても考えておかないと」

 

私がぱんぱんと手を叩いて休憩の修了を知らせると、皆がそれぞれ席に戻った。今後は『誓約』についてまとめておいた符砂板を卓の上へ置く。

 

「禁書庫では、『誓約』は現代語で書かれていたから関係ない要素だとしていたけど、神秘の一部ではなく、『ふさわしき者』になる条件としての影響はあるんじゃないかと睨んでいます」

 

「ええと……継承をする際に実施していた誓約が継承そのものには関係がなかったのに、発動に際しては、()()()()()()()()()が関わってくるという意味でしょうか?」

 

アーネストの噛み砕いた表現に、私は頷いて返す。

 

「はい、その通りです。仮に実験時点でアメリアとアーネスト卿が知識条件を満たしていたとすれば、誓約実施の有無が条件だったとも考えられませんか?」

 

今回実験に使った神秘はそれほど大掛かりな術ではなかった。したがって知識条件があったとしても、アーネスト卿ほどの人物が成功できないとは考えにくい。別の条件に引っかかったと考えるのが自然だ。

 

「しかも今回使用したのは大司教クラスの法衣と聖石でした。聖石と許可される神秘が一対一の対応ならば高位になればなるほどじゃらじゃらと聖石を身に着けてないといけません。しかし実際にはそうなっていない。仮にそうだったとしたら、王側が日々、聖石の大量生産だけで手一杯になり教会と主導権争いどころではなくなるはず。となると……大は小を兼ねる、と考えられます。なので今回の失敗の原因は聖石にはないと考えられますよね?」

 

王宮側については推測に過ぎないので、言い終えてからヘルマンに意見を求める。ヘルマンは静かに頷いて続けた。

 

「聖石の生産が大規模に行われているのならば、工房のひとつやふたつあるはずです。その情報を古くから王家に仕える家々が知らぬはずはない。ルツィア様の推察は正しいと思います」

 

「ちょっと待て。高位の神官になれば複数の神秘を使うってのはどっから来たんだ?」

 

テオフィルスが紅茶にはちみつを大量に入れながら推論の穴を突いてくる。その指摘に対してもヘルマンが口を開く。

 

「結界警備にあたる神官は治癒の他に攻撃手段も習得していると聞く。そもそも分業の体制ならば高頻度で継承の儀式が行われているはずだ。——アメリア、ルツィア様が着任されてから儀式があったとは聞いていないんだろう?」

 

その問いかけにアメリアは力強く頷く。聞かされていない可能性はあったとしても、噂くらいにはなるだろう。そこにアンテナを立てない彼女ではない。テオフィルスからはちみつを受け取ったアーネストが、それをそっとアメリアに差し出す。

 

「継承の儀が行われたかどうか定かでない場合は、それこそ神のみぞ知る……神秘の仕組みとして、僕は十分に納得できます」

 

そのアーネストの言葉に、他の三人も腑に落ちた様子が見て取れた。私はその『神』というものを俄には信じられないが ——ここは彼らの世界だ。彼らが信じる道理なら、そうなのだろう。

もちろんサンプル数は少ない。厳密な検証には到底足りないが、それでも大体なら再現できるレベルには漕ぎ着けそうだ。

 

「テオフィルス。ここまでの話で、魔術師としての見地から違和感は残ってる?うまく説明できなくてもいいから、あるなら出し切って」

 

「そうだな……」

 

テオフィルスは暫く考え込んでから、ぽつぽつとつぶやき始める。

 

「……神秘は、一人の人間じゃ扱えないほどの魔力みてーな力を使って魔法みたいな現象を起こす。条件さえ満たせば誰でも使える。これだけ理屈が通ってんのに、『神秘は神秘のままに』って隠されてるし、使いすぎるなって教えもある。聖石が媒体か力そのものだから有限の資源として扱われてる——てのがここまでの推論だろ。でも出所が石、つまりモノだってんならとっくに流出してたっておかしくないはずだ。だよな?」

 

「うん、そういった記述はないよ。連合が聖石を手に入れて神秘研究をしているなら、今の関係は続いてないだろうからね」

 

歴史的事実の有無をアーネストが答える。

確かに聖石が力そのものだとしたら、いくら本人の目の届く範囲とはいえ、ああして身につけて持ち歩かせるとは考えにくい。管理番号を振って資産管理してたっていいくらいだ。

 

「だろ?だから俺は媒介説を推す。ただし、聖石を研究してたって資料が魔術師協会にあるかどうかは確認しねえとなあ」

 

魔術師の探究心を思えば、誰かが聖石を盗み出していてもおかしくないなとは思ったが、この先はテオフィルスに任せよう。私はここまでの議論の流れを忘れないように書き留めた。書き留めたといっても符砂板なので、書くという行為によって自分の記憶に焼き付ける意味合いが大きい。

 

私は書き終えてから他の三人へも意見を求めたが、それ以上は何も出てこなかった。私は温くなってしまった紅茶を飲み干してから、窓の外を見た。まだ日が暮れるには時間がありそうだ。私は専門家の二人へ順に視線をやる。

 

「じゃあ、議論はここまでにしましょう。——で、二人はまだ時間はありますか?ひとつ見せたいものがあるんです。()()()()()()使()()()()()()、聖石の性質について」

 

この言葉にアーネストとテオフィルス、二人の目の色がにわかに変わる。

 

対してアメリアとヘルマンはぎょっとした顔で私を見た。聖女の業務は機密事項なのかもしれない。だがそんな事は聞いていない。少なくとも直接禁止された覚えはない。私は驚く二人には目もくれずに席を立った。そしてついて来るように合図だけして、扉へ向かう。するとヘルマンは観念したのか、私に代わって進み出て扉を開けた。あとは神官たちに止められなければ御の字。こういう後ろめたそうな事は、堂々とやった方がかえって疑われないものだ。

 

私は目的の部屋を目指して颯爽と歩く。そこにあるのは、結界柱の管理室——つまり、運用されている聖石がずらりと並ぶ場所だ。その性質を不思議に思うことはあった。しかし、それ以上考えようもなく今までそのままにしていた。だがここまで情報が揃えば話は別だ。ここからは実際にその性質を確かめていこう。私のデータベース作成計画になくてはならないピース——聖石のリンクする性質を。

 

 

 

 

 

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