『聖女業務』の属人化、解消します。 〜元コンサル聖女の使命標準化計画〜 作:すみふじの
幸い、道中で大司教や大司教に近い神官たちと顔を合わせることもなく、部屋に到着できた。『結界柱の管理室』というのは厳密に言えば私が勝手に呼んでいるのであって正式名称ではない。しかしその呼び名を持つにふさわしい部屋の中央には、ずらりと水晶のような石の柱が立ち並ぶ。柱の根元には地図が敷かれていて、それぞれの柱がどこの結界に対応しているのかが分かるようになっている。私は扉を背に立つヘルマンが小さく頷くのを合図に、口を開いた。
「ここが、王都外の結界を管理するための部屋です」
ハイリゲンシュタインには結界が二種類ある。ひとつは王都を囲う大結界、もうひとつがこの結界柱だ。結界柱は大結界より後に築かれたもので、各地に建つ柱を中心とした同心円状のエリアの村々を守護していると聞いた。王都のように囲うタイプではないのは、魔物を狩ることによって成立する文化や産業に合わせているからだそうだ。王都外の結界という言葉で十分伝わったらしいテオフィルスがまじまじとその柱と地図とを交互に見比べる。その表情は驚きを超えて困惑が滲んでいる。
「マジかよ……」
「マジよ。ここで私が手を翳せば聖女の神秘が自動で発動します。今共有したいのはその術ではありません。ここの柱に手を翳すだけで、遠く離れた結界柱に力が送り届けられているという事実です」
私の言葉を聞きながら、アーネストが地図をおそるおそる指先で擦る。私も何か仕掛けがないものかと調べたことがあるが、地図はただの地図……紙だった。テオフィルスの反応から、やはり遠隔地に魔力を送る仕組みというのは、普通はありえないもののようだ。
「実際にこの目で確かめた訳ではないけれど、今まで一度も異常があったとの報告を受けたことはありません。巡礼の時に村の方へ聞いてみたけど、結界の機能自体に問題が出たとは聞いていませんね」
地図や机をひと通り見回したアーネストが、手持ちの符砂板に地名と書き留め、石柱を凝視する。光の当たり具合で虹色のプリズムが見える石の色は、禁書庫で借りた首飾りと似た特徴を持つ。
「……こんな大きな聖石があったんですね、驚きました」
「ええ、本当に。おそらくは対応する結界柱も聖石で作られたものでしょう。つまり聖石は、特定の聖石との間で魔力を届けられる性質がある」
私がそう言い切ると、アーネストも一族の指輪へ視線を落としてから頷いた。私が確信を持てたのは、この指輪のおかげでもあった。
「はい、僕もそうだと思います。この指輪で陛下を
「聖石同士を繋げる術式は分かりませんが、それは古代語の解読を通して調べましょう。魔力による現象をやり取りできるのなら、魔力で情報を刻めば同じようにやり取りすることができる。私はこの性質を使って、データベース……情報を集積し、検索できる仕組みを作りたいのです」
魔力で情報を刻むことができるのは
「……やりたいことは大体分かった。ただその“データベース”ってやつがいまいち分からねえ。分からねえままだと術式も作れねえし、まず第一に、聖石間で魔力がやり取りされる仕組みの理解が必要だ」
データベースどころか検索エンジンすらもない異世界だ、テオフィルスの疑問も当然だろう。魔法はイメージがものを言う世界だから、まずはその概念から理解をしなければならない。しかしイメージさえできるならば実現できるのも、魔法だ。正直に言えばシステム開発は専門外だが……ここを超えなければ業務のマニュアル化、ひいては私の隠居計画は実現しないだろう。
「どういう仕組みを作りたいか、その設計思想は私が教えます。あとは……その術の規模が魔法で済むのか、神秘でなければ実現できないのかって問題も出てくるでしょう。だからテオフィルスには、神秘の『ふさわしき者』になってもらう必要があります」
この言葉に真っ先にアメリアが驚いて声を上げた。それはもっともな心配だった。
「神秘の力を、この方に許可してしまって大丈夫なのでしょうか?その……魔術師は、横の連帯が強いと御本人もおっしゃっていましたし……」
「そこは秘密保持契約を交わしてありますし、現時点ではテオフィルス一人にのみ資格を与えます。——それにこんな面白い研究材料、他の魔術師に知られたくないでしょう?この研究そのものを発表させる訳にはいかないけど、
こんなにも信用がないのはかえって面白くなってしまうが、アメリアは訝しむようにテオフィルスを見ている。彼はわざとらしく肩を竦め、大きくため息をこぼした。
「当ったり前だろ?これだけ深く神秘の術式に迫れる機会、ましてや聖女付きだぞ?二度と無い機会をみすみす逃すほど馬鹿じゃねえよ。それにお前らと違って、俺は協会に恩義もクソもねえ。わざわざバラす理由がない」
私の挑発に対して予想以上の答えを返すテオフィルスに、アメリアは納得はしつつも受け入れ難いといった複雑な面持ちだ。そんなアメリアには申し訳ないが、私はひとつ任務を授けなければならない。教育だ。
「そこでね、アメリアにはテオフィルスに教会の知識を一から教えてやってほしいの。『ふさわしき者』の知識要件をクリアできるまで、徹底的にお願いね」
「えっ!?」
この提案には三ヶ所から声が上がった。増えた声はヘルマンのものだ。私はさすがに堪えきれず、口元を押さえるしかなかった。
「大丈夫よ、アメリアならできます。テオフィルスだって研究に必要なことは覚えられるでしょう?まずはやってみて。どうしても進捗が悪いようなら他の手も考えますから、ね?」
はあ、おかしい。
私は別に二人に仲良くしてほしいとかそういった考えは全くない。ただ適役に任せただけだ。ヘルマンが心配しているのは、力なしにアメリアがテオフィルスを押さえ込めるかだろう。でもテオフィルスだってそこまで愚かではない。研究から少し意識が離れかける中、私は不意に視線を感じて振り返る。
「どうかしましたか、アーネスト卿」
「はい。……さっきからルツィア様、聖女様を呼んでみているんですが、何も感じませんか?」
その掌には指輪がある。王を呼べたのと同様に聖女にも作用するという伝承があったそうだ。しかし、私の認識が及ぶ範囲では特に何も生じてはいなかった。私は身につけている装飾品、足元など見える範囲に変化はないかを確かめてみたが、やはりなにも無い。
「なんともありませんね……。聖女は顕現の儀によって生じるものですし、聖女に受け継がれる聖石製の道具もありません。王とは仕組みが違うのでしょうか?」
「そうかもしれないですね。それに今は『義務を果たすべき時にその相手が遠くにあれば』、という条件にも合致していませんしね……すみません、試してみたかっただけです」
アーネストは好奇心に負けての行動を恥じるように平謝りをした。王で効果があったなら聖女に試してみたくなるのは当然だろう。私は聖石の柱へ関心を移すアーネストに歩み寄った。
「テオは媒体だろうと言っていましたが……これだけ大きな聖石があるなら、聖石自体に宿る魔力を使っている可能性も残りますよね」
「そうですね。つながる性質も、石そのものの特徴なのか、そういった神秘が込められたからかどうかもまだ判別できていませんから」
この後実際に結界柱に祈る——つまりは力を送る業務を行うので、古代語を書き留めてほしいという私の申し出を、アーネストは快諾した。この古代語が解読できるなら、さらに条件を絞り込めるだろう。私は、ずっと胸に引っかかっていた疑問をアーネストに尋ねてみることにした。
「大司教が言っていた言葉がどうにも気になるのです。『神秘は神秘のままに。』『それこそが、永きにわたる我ら教会の叡智であり、民草の希望を、命を守る唯一の道』……祈りの対象である像や大聖堂そのものに聖石が多く使われているなら、大司教の言葉通り、信仰そのものが聖石に宿っているとも考えられるのではないか、と」
私の問いにアーネストは瞼を閉じ、思案に耽る。彼の中の記録と照らし合わせているのだろう。わずかな時間を置いてからその目が開かれると、ゆっくりと首を横に振った。
「すみません、今思い出せる範囲ではなんとも言えません。でも信仰と聖石に主従関係があると言及している文献があったなら覚えているはずです。思い出せないということは、おそらく存在していないでしょう。それだけ聖石が信仰と共にあると考えられます」
「ありがとうございます。やはり難しいですね、全容を明らかにしようというのは」
礼を述べれば会話は一度そこで切れる。
私は、データベースに対してアーネストが何も聞いてこないことには気付いていた。アーネストが私の作ろうとしているそれを、一族の使命と無関係だと考えるはずはないからだ。今日の今日で問いただすには性急すぎる、なにせ一族の使命に関わることだ。設計思想を伝える会に同席してもらってからの判断になるだろう。このままリヒター家の協力が得られるならそれが一番いい。しかし、強要はできない。アーネストがその小さな背中に負う重責は、きっと私の想像を超えているだろう。私はいつか訪れる対話の場に思いを馳せながら、結界柱に力を注ぐ業務の実演へと移った。
この打ち合わせから一週間ほどが経ったある日。朝のミーティングを終えて、アメリアはテオフィルスの教育へ、私とヘルマンは解呪の業務へ向かおうとしたところへリヒター家から早馬が飛んできた。普段はこのような連絡が来ることがなかっただけに、一体何事かと三人で言伝を聞くと、使者はこう告げた。
旅のエルフが訪れた、至急屋敷まで来られたし、と。