『聖女業務』の属人化、解消します。 〜元コンサル聖女、隠居のための業務改革〜 作:すみふじの
「待ってください!まだ聞きたいことが山ほどあります!聖女様もいらしてないですから!!」
私達四人——途中で合流したテオフィルスを含め——がリヒター邸に到着するや、門では必死の引き留めが行われている只中だった。その中心にいるのは、尖った耳を持つ小柄な少女だった。
「くどい、頼まれた事は済ませた」
そこをなんとか、と食い下がるリヒターの一族。その騒然とした様子に唖然としているうちに、アーネストが私達の到着に気付いた。
「ルツィア様、この方が旅のエルフです!もう出発すると言って聞かなくて……はやく、ご質問を!」
なんだって?
アーネストやリヒター家の方々の焦りが伝染したのか、馬車の中で用意していた段取りは全て吹き飛んだ。何を優先して尋ねるべきか必死に頭を働かせる私が気になったのか、少女の視線が刺さる。
「えっと、その……聖女のルツィアと申します。私の質問にも答えていただけますか?」
少女は足を止めて、じっとこちらを見たまましばらく黙っていた。そして口を開く。
「その前に聞く。——お前は
……は?
私はその質問の意図が分からなかった。
どういう意味だろう。もしかしたら彼女が人間の言葉遣いを間違えているのではないか。
「それはもう聞いた。お前は何だと訊ねている。お前は
ジークフリートとは、ハイリゲンシュタイン初代国王の名前だ。当然ながら私もといルツィアは王家の血筋ではない。違う姓を名乗ったばかりだ。なのに一体、何を問われているんだろう。
私が答えに詰まっていると、アーネストが助け舟を出してくれた。旅のエルフの足が止まって安心したのか、その声にはいつもの落ち着きが戻っている。
「ルツィア様は王家に連なる方ではありませんよ。僕達人間はエルフより寿命が短く世代交代も早いので、貴方からだと違う種に見える人間もいるのでしょう」
「そういうものか。なら構わない、異なる種だと理解しておこう」
旅のエルフは短く答えると、私の目の前に三本指を立てた。
「三つだけだ。私は向かう先がある、手短に済ませろ」
「大聖堂に向かうのですか?それとも王宮へ?お送りしますが——」
「それは質問か?私の目的地はそこではないから、足もいらない」
私は内心で舌打ちした。引き伸ばしは見破られてしまった。ならば本当に三つの質問を捻り出すしかない。聖女の神秘か、神官の神秘か、それとも——。
「ではお尋ねします。神秘についてはどのくらい知っていますか?」
まずはここから確かめなければならない、残りの質問が無駄打ちにならないように。アメリアが固唾を飲んで見守っているのが分かる。私もまた、祈るような気持ちだった。返事を待つ間も惜しんでこの答えの先のシミュレーションを大急ぎで回す。
「お前達が神秘と呼ぶ術、その全てだ」
予想した以上に大きい答えが返ってきた。一問を無駄にしたかもしれないが、残る二問には確実に答えが返ってくることは確定した。私は次の手を打つ。
「神秘は人間の許容量を超えた魔力を扱っていますね。その力はなんですか?」
「人のマナなどあってないようなもの。あったのは
マナという知らない言葉がでてきた。だが聞き返している場合じゃない、後でアーネストに聞けばいい。今重要なのは外部エネルギーの存在がほぼ確定したこと。この仮説を使ってデータベースを作るために、聞かなければならない一問を私は尋ねた。
「では三問目。——聖石を持った人間に
私は答えを複数もぎ取るための質問をした、素知らぬふりをして。旅のエルフは私の企みに気付いたのかいないのか、二問目より間を取ってから答えた。
「聖石とはジークフリートの石のことか? それならば、所持している者しか使えないのは誤りだ。“石”は人々のマナを借りる者への安全装置、もしくは増幅装置。人々のマナを使える者には“石”はいらない。あれは言葉さえ正しく言えれば誰にでも使えるように組んである」
私は狙った通りの答えを引き出せた。いや、それ以上かもしれない。エルフが答えた最後の言葉には、私より早くテオフィルスが食いついた。
「今の神秘は誰でも使えるものじゃねえ。その石を持ってて、一定の条件を満たしたやつしか完全に成功しない仕組みになってる。散々確かめたんだ、
——巧いな。
あのテオフィルスもこういう交渉ができたのかと、ついつい感心してしまった。やはり研究が絡むと頭が回るのだろうか。この切り返しでもう一問、答えを得られる。
私はエルフの出方を見逃すまいと凝視した。するとエルフは目を丸くさせてから、テオフィルスに向けて答えはじめた。
「私は子らに嘘をつかない。——なぜだ、対象さえ明らかならば必ず発動するだろう? そうでないなら時の流れか……ジークフリートとリヒターのせいだ。私は二人の望む通りに組んだだけ。どうせジークフリートだ、余計な事をしたに決まっている」
「えっ?」
今度は突然槍玉に挙げられたアーネストが目を瞬かせた。どういう事ですか、というアーネストの質問は無視されてしまった。もう答え切ったと言わんばかりにエルフは再びすたすたと歩き始める。途中一度だけ肩越しに振り返ると、長命種らしい呑気さでこう言った。
「また呼べばいい。生きていれば、寄るだろう」
どんどんと小さくなる背中を追う者はいなかった。その場に残ったのは緊張から解き放たれた疲労感だ。私達も、リヒターの面々もぐったりとしている。
「アーネスト卿、少し休ませていただいても?」
「ああ、もちろんです。中で休憩しましょう……」
嵐か、一筋の光明か。
旅のエルフからの怒涛のような情報を浴びた私達は、リヒター邸の応接間で回復を待つことになった。その間、誰一人として口を開く事はなかった。
◇◆◇
青々とした爽やかな香りのハーブティーをいただき、ようやく人心地がつく。アーネストは記憶が鮮明なうちに一族間での取りまとめをするらしく、別室だ。私達は場所だけ借りて、旅のエルフから得られた答えについて整理することにした。
「さて……整理しましょうか、旅のエルフからの情報を」
メモを取る暇もなかったので、こちらも記憶頼りだ。私は質問の答えを順に挙げていく。
「前提として、旅のエルフの答えがすべて真実だとします。まず、神秘には魔力とは異なる力が使われている事が確定。人々のマナと言っていました」
三人が静かに頷く。その答えに一番関心があるのか、テオフィルスが眉間に皺が入るほど考え込んでいる。その間にアメリアがエルフの言葉を反芻する。
「人のマナはあってないようなもの、人々のマナならある……マナとは、魔力を指しているのでしょうか?なぜわざわざ別の言葉を使われたのでしょう?」
「古代語的な翻訳はアーネストに任せるとして、イメージとしてはそういう類の意味でしょう。でも確かにアメリアの言う通り、魔力ってそんなに難しい言葉ではないですよね?敢えてマナと呼んだからには、意味が違うのかも」
私の言葉にヘルマンも頷いて疑問を口にする。
「それも、
旅のエルフが人間の言葉に不自由していた様子はなかっただけに、そこは私も引っかかる。黙り込んでいたテオフィルスも、まだ腹落ちしていない顔のままだが魔術師として意見を述べる。
「……他人の魔力を使うのは無理だ。いままで何人も研究してたけど成功例はひとつもない。反発し合うんだ。マナは、少なくとも魔力と性質が違うもんじゃねーと、今の理屈に合わない」
マナの正体は分からないが、現に神秘の術は運用されている。私達は力の正体が何かも分からないまま、神秘を使い続けてきたのだろうか?さすがに呑気過ぎではなかろうか。神秘は神秘のままにとは言うものの、その力が善きものだと信じるに足りるくらいの情報が残っててもいい気がする。
「今の手札じゃマナの正体を推理するにも足りないわ、次の課題としましょう。——で、次の質問の答えで聖石が必須だろうという仮説が揺らぎました。この件についてはどう思う?」
「ジークフリートの石という言葉は、聖石が王家のものであることと繋がります。安全装置または増幅装置だと言っていましたが、そうであるならば後に運用上必須になったとしても自然です」
確かにヘルマンの言う通りだ。私達は禁書庫にある歴史資料から必須だろうと仮説を立てていたが、その資料はあくまで教会が残したものだ。実際の仕様と関係なくルールが作られていても不思議じゃない。
「人々のマナを借りる者と使う者とを分けていたのと、使う者は聖石がなくてもいいとおっしゃっていました。使う者というのは、もしかしてルツィア様の神秘の事なのでしょうか」
アメリアの推測を受けて、私は旅のエルフとの態度を思い返す。応答には勿体ぶった様子もなく、端的に話していた。まあまあ尊大な態度ではあったが、長命種であることに加えて、実力と知識に裏打ちされたものなのだろう。
「私もそう思いました。けど、まだ断定はできませんね。ああいうタイプの人は言葉は足らないけど誤解を招く表現はしないと思うの。もし聖女の神秘なら、そう言いそうじゃない?」
そんなやり取りの中、珍しくテオフィルスの歯切れが悪い。
「あー……そこだけどよ。もしかしてあのエルフ、聖女と神官って分け方をしてないんじゃねえか?」
「どういうこと?」
「もし本当にエルフが建国神話の時代から生きてたとすればの話だけどよ。その頃はまだ教会は今みたいにデカくないだろ?立場によってじゃなくて、マジでマナってのを使えるか、使えないから借りるかって分類だったんじゃないかって」
私は聞いてすぐにはテオフィルスの意図を理解できなかったが、続く説明を聞くうちに、ああと気が付いた。確かにそうだ、まだ国が国になる前なのに教会だけが今のような組織でいられた訳がない。初代聖女を擁してからが、今の教会の始まりなのだから。
「なるほどね……そうであるならはっきりさせられる。借りる者は≪拝領≫、使う者が≪遂行≫の術式を扱う——今では神官か聖女かに分けられるけど、その当時はその限りではない、と」
そしてテオフィルスの見立て通りに聖女の神秘を使えた人間が昔は聖女一人だけではなかったとすると、大きな疑問が浮かぶ。何故、今の聖女はひとりなのか?
複数人で担当できた方が絶対にいいはずなのに、神話以降の時代は敢えて一人体制を維持してきたということになる。きっかけが事故か故意かはさておき、少なくとも今の教会は聖女を唯一無二のものだと定義している。
この謎は、聖女業務の属人化解消するには避けて通れない問題なのかもしれない。私は禁書庫にあった聖女の日記の存在を思い出す。神秘の仕組みを明かすのと並行して、教会の説話ではない
調べれば調べるほど、片付けなければならない課題が増えていく。思わず大きな溜息が漏れた。
(はあ……隠居への道のりが険しすぎる)
ぐったりと項垂れた私をアメリアが心配そうに覗き込む。数秒だけ落ち込んで、また身体を起こした。まだ話しておかなければならないことがある。
「残るは、テオフィルスが聞いてくれた資格要件についてね。元々は誰でも使えるはずだった……これについてはどう思いましたか?」
この投げかけに、まずはヘルマンが推測を述べた。
「先ほどの前提に立つならば、教会が組織化する以前に教義内容を把握している人間はいないはずです。知識要件は当時の人間にとっては当たり前のことで、今の我々にとってはそうではない情報であると考えられます」
その推理に私も頷いた。あのエルフの様子を思い返してみても、今より大分広く使われることを想定していた反応をしていたからだ。
「そうなるでしょうね。で、その条件を作ったのが初代国王と……初代のリヒター一族。王が怪しいとエルフは言っていましたが、どういうことかしら?」
資格要件があるとテオフィルスが食ってかかった時、旅のエルフは初めて感情的になったように見えた。アメリアもそれを見逃さず、尤もな疑問を浮かべる。
「エルフの方は初代国王陛下と、とても親しげなご様子でしたよね? なのにどんな条件をつけたか聞かされていないなんて、ちょっと不自然な気がします」
「今後は聖女だけに継がせたかったから、とかか? でもそんな小細工するかぁ? あのエルフの様子だと、そう設計させられた時点ですぐ物言い入れてそうじゃねえか」
アメリアの言うこともテオフィルスの言うことも、それぞれに筋が通っている。だからこそ、なおさら不思議だった。
「それもそうなのよね。エルフは神秘の全てを知っていると言っていましたし、『二人が望んだ通りに組んだ』とも言っていました。だから少なくとも神秘の設計に関わりはあったはず。エルフが関心も湧かないような
「聞かされた時点では問題視されない程度の制限とは……建国以降の歴史を改めて調べ直して分かるものなのでしょうか?」
続くヘルマンの言葉には、私は首を横に振るしかなかった。
「——分からない、見当もつきません。ここまで来るとリヒターの領域でしょう。私達が今話し合っても仕方ないわ」
途方もない昔の話だ、当てずっぽうな推理をするのだって難しすぎる。私はここまでで議論を打ち切り、あとは専門家に任せることにした。
「まずはアメリアにはテオフィルスが『ふさわしき者』になれるようにビシバシ詰め込み教育をしてもらいながら、私からもデータベースの設計思想を叩き込みます。アーネスト卿には禁書庫を使って聖女史に絞った調査に挑戦してもらって……ヘルマンには王宮側の方々から聖女制度について抱いてる違和感やちょっとした噂を集めてもらいましょうかね」
「おい、俺だけやること多すぎねえか?」
「私だって毎日業務もしながらだからね?研究に集中できる立場が羨ましいくらいよ」
すぐに文句を垂らすテオフィルスに対して私が返す言葉に、アメリアがうんうんと頷いているのが見える。この軽口の応酬にやや呆れたような顔をしながらも、ヘルマンもひとつ刺してきた。
「承知しました——が、ルツィア様の護衛をしながら行える範囲で聞き込みをします。未だ暗殺未遂犯も捕えられていませんので、御身の無事が最優先です」
おっと、これは明らかに単独行動をするなとの牽制である。
夜中にふらっと禁書庫で調べ物ができたら良いっちゃ良いのだが——仕方ない。側仕え二人からの圧に、私は屈した。
「さあ、ここからより深い調査、研究になってきます。思い付いたアイデアや新しい仮説、拭えない違和感があればすぐに共有して。しらみ潰しにいきましょう」
「承知いたしました」
「へいへい」
アメリアとヘルマンからの応答に比べたらなんとも気の抜けるテオフィルスの返事だったが、これもまた仕方がない。
躾も研究も一日にして成らず。ひとつひとつの積み重ねが肝心だ。私達は地道に、確実に神秘の真相ににじり寄っていく。
——この研究の裏で、教会の最奥である事件が起きていたことも知らずに。