『聖女業務』の属人化、解消します。 〜元コンサル聖女、隠居のための業務改革〜   作:すみふじの

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第24話:聞かぬが仏、聞きしは聖女(前編)

 旅のエルフとの嵐のような会合を終えた翌週の定例会では、ちょっとした異変が起きていた。バルドゥイン大司教が、事前の予告なく欠席をしたのである。

 

 予定が合わない時に欠席するなど、現代における会議体においては珍しくもない。だが、ここは異世界だ。週次という高頻度で行われているものの、情報共有の手段が文書か対面しかないこの世界において、この場に出席するより重要な用事などはほとんどないだろう。

 先に知らされていたのだろう取り巻きの高位神官が形だけの動揺を見せる一方で、慌てふためき、本当に落ち着かない様子の神官達もいる。大司教の欠席により、報告・承認をする人間が聖女であるこの私だけになったことに、事情を知らないほとんどの神官達は、通常通りの報告をしていいものかと悩んでいるようだ。

 無理もない。一度だけとはいえ、この場で司祭ひとりを断罪してお縄につけるという荒業をしていたのだから。しかしそうは言っても、仕事は仕事。やるべきことは果たさなくてはならない、()()()()

 私は努めて穏やかな笑顔と声色を用意して、アナウンスをした。

 

「定刻を過ぎました。本日、大司教様はいらっしゃらないようですので、報告はすべて私に行ってください。しかし、内容によっては大司教様の判断が必要な場合もあるでしょう。その場合は報告の場を別途設ける必要があるかも検討します。皆様には正確で、不足のない報告を期待します」

 

 私の開始宣言によって場内は静けさを取り戻した。若干の怯えも感じるが、まあそれはそれで構わない。

 私は後方に立つヘルマンへ無言の指示を送る。私が報告を受けている間、休憩の合間、事情を知っている神官が勝手に場外へ出ないように監視をしてもらうのだ。意図は声に出さずとも伝わり、ヘルマンは一度頷くと、その警戒の視線を神官たちへと注いだ。

 

◆◇◆

 

 長い長い報告の時間が終わり、定例会そのものは無事に終了した。私は、そそくさと退出しようとする取り巻きの神官達へすかさず声をかけた。

 

「皆様、お待ち下さい。ひとつ、お伺いしたいことがございまして」

 

 私の声に、随分と気まずそうに振り返る素直な高位神官達。その退路は、私が声をかけるとほぼ同時にヘルマンが塞いだ。

 

「聖女様、なにか御用でしょうか。我々もこの後、お役目がありますので……」

 

「ええ、ええ。ご安心ください、ひとつ聞くだけですので」

 

 そのひとつが問題なのだと顔に出てしまっているのが、少しだけ面白い。現代サラリーマンの方がもっとうまく隠すだろうに。

 

「大司教様は何故ご欠席されたのですか?皆様はご存知のようでしたので、お伺いしたく。もしご病気なのであれば、私の治癒の神秘が必要でしょう?」

 

 この言葉にはすぐに反応をせずに、高位神官達が互いを見やっては何かの意思疎通を行っている。その反応が大体の答えを示していると判断してもいいが、私としてはもう少し詳細を把握したい。

 

「聖女様のご心配には及びません。大司教様は、緊急で確認しなければならないことがあると仰せでしたので……」

 

「確認しなければならないこと?」

 

「ええ、まあ……そう、聞いております」

 

 なんともふんわりとした答えだった。それだけで定例会を休んでいいものならば私もそうしたいんですけど?と言いたい気持ちをぐっと抑えて、私はもう一歩、大きく踏み込んだ。

 

「それは——信仰の脅威となるようなことでしょうか?」

 

 神官達の反応が俄に変わる。どこまで知っているんだと私を値踏みする視線を送る者、狼狽する者、考え込む者——どちらにせよ、豊かな反応を示している。先程私の質問に答えた神官が聖典に手を当てながら、口を開く。

 

「聖女様、申し訳ございませんが……我々から詳しく申し上げることはできません」

 

 この神官の所作は、聖典に誓って嘘はついていないという事を示すものだ。

 

「と、おっしゃいますと……つまり?」

 

「信仰に関わる重大な事態であることは確かですが、その詳細は我々も知らされておりません。()()()()()()()事柄だと思われます」

 

 知る立場にない。つまりは大司教の職位を持つ者のみが知り、対処すべき事案……という辺りだろう。これ以上の真実は大司教しか知り得ない。少なくとも、ここにいる神官達から情報を得ることはできそうにない。そう判断した私は礼を述べて彼らを解放した。

 

 高位神官達が去ってから傍らに戻ってくるヘルマンへ、ため息ついでに肩を竦めてみせた。

 

「確実に何かが起きていますね。大司教が自分で対処することを選んだ事案である以上、私は絶対にお呼びじゃないんでしょうけど……気になります」

 

「信仰の脅威となれば穏やかではありませんが……侵入者や暗殺未遂でもあればもっと騒ぎになっているでしょう。一体何が起きたのか、想像もつきませんね」

 

 ヘルマンの言う通り、朝の祈りから会議場に来るまでの間の職員達がいつもと変わらぬ様子だったのは、私も見ていたことだ。この聖堂には禁書庫の他に大司教しか入れないエリアがまだあって、そこで何かが起きたということだろうか?

 

「さっきの神官達の顔は覚えているでしょう?少し様子を探ってもらえませんか。きっと彼らは、大司教から事後報告を受けるでしょうから」

 

 私はヘルマンに尾行を頼もうとしたが、彼は心なしか憮然とした面持ちだ。そして、決して首を縦に振らなかった。

 

「……この状況下で護衛を外すことは承服いたしかねます。次にルツィア様が狙われないという保証は、まだどこにもありません」

 

 ヘルマンの言う事は尤もである。尤もであるが……機を逃す訳にもいかない。私は今一度食い下がることにした。

 

「今日は部屋に戻ればテオフィルスもいる日です。まったくの丸腰になる訳ではないですから大丈夫です。——それに、いざって時にはそういう時のための神秘が発動すると思いますよ?そうなれば、可視化すべき神秘をまたひとつ知ることができますし」

 

 今のところ解呪の際の使い魔退治でしか聖女のいわゆる『攻撃魔法』は見たことはないが、きっとあるはず。神秘も分かって一挙両得だろうという私の言い分は、今回は聞き届けられなかった。

 

「危険な事態に対応する神秘など、そもそも発生させない方が運用上安全でしょう? 危険を()()()()状況作りならば後でいくらでもお付き合いいたしますので、危ない賭けはおやめください」

 

 そう、危険は発生してから対処するより、発生しない仕組みの方が絶対に良い。私はヘルマンの改善への理解の深さに感心したが、それ故に彼の意志を曲げられる言葉を持たなかった。

 そこまで言われたら仕方がない。私が下手を打てば——いくら別行動を指示していたとしても——責任を取らされるのは護衛であるヘルマンになってしまう。私は大人しく護衛の進言を受け入れることにした。そして、テオフィルスの教育のために、アメリアをこの会議に同行させなかった今朝の自分の判断に、感謝した。

 

「分かりました、今日は諦めます。——ひとまずは戻りましょうか、この事態の共有はしておきたいですし……」

 

 そう言って踵を返す前に、聞き覚えのある声に呼び止められた。振り返ったその先には、陛下の侍従が立っていた。目が合うと、侍従は一度頭を下げてから用件を述べた。

 

「聖女ルツィア様、国王陛下がお呼びでございます。——ご同行を願います」

 

 ああ、今日は次から次へと色々起こる日なのかもしれない。

 私は侍従からの命に恭しく頭を下げてから、悪びれずにこう返した。

 

「まあ、突然のお呼び出しに驚きました。もちろんお伺いいたします。——一度侍女へ予定の変更を伝えに戻りますので、その後でも?」

 

「承知しました。しかし陛下のおわす場所をお伝えすることは出来ませんので、私も同行いたします」

 

「ええ、そうなさって下さい。では参りましょう」

 

 今度こそようやく帰路についた私の後を、ヘルマンと侍従がついて歩く。王からの呼び出しは——おそらく、調査の進捗確認だろうか。もう少し形になってから報告をしたかったが、相手が今日というならばそこまでだ。今報告できることをするしかない。私は今日までの調査結果、そこから考えられる『商材』についてぶつぶつと考えながら、アメリアとテオフィルスが待つ部屋へと足を向けた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「陛下、聖女ルツィア様をお連れいたしました」

 

 聖堂の中でも一際豪華な細工の施された大扉を、侍従がノックする。扉の奥からの了承を確認してから開かれた先は、扉以上に豪奢な設えだった。さながら貴賓室と言えるその部屋は、聖堂内にいくつかある内のひとつなのだろう。

 

「お待たせして申し訳ございません。聖女ルツィア、ただいま参りました」

 

「大事無い、急に呼び立てたのは私だ。——座るがいい」

 

王からの許しを得てから、これまた豪華な椅子に腰を下ろした。もちろん王の座席はもっと豪華で、一目で上座だと分かるものだったが。

 

「政務の一環で聖堂に来たが、不敬にも王を待たせる不逞の輩がいてな。空いてしまった時間を使って話が出来ないものかと、呼び出した次第だ」

 

 一瞬、自分のことを言われているのかと冷や汗が噴き出たが、おそらくその人物は——。

 

「バルドゥイン大司教ですか? 本日の会議にもお見えになりませんでした。陛下をも待たせてしまうとは……余程の事があったのでしょうか。その件について、陛下のお耳になにか入っていませんか?」

 

 私が質問を返せば、我が意を得たりとばかりに王の表情が上機嫌に緩む。

 

「さすが、稀代の聖女は耳が早いな。しかし期待を裏切るようだが、私も火急の事態が起きたとしか聞いていない。そのまま帰ってしまっても良かったが——どこに()()がいるかも分からぬ。だからこうして、バルドゥインの顔を立てて待っていてやっているまでだ」

 

 確かに、このハイリゲンシュタインにおいて王と教会の不仲を思わせる行動は、西の連合からすれば喉から手が出るほど欲しい情報なのかもしれない。王が大司教に呼び出されたのにすっぽかされたなんて事態、どんな尾ヒレがつくかなんて明らかだ。

 この二大権力の拮抗具合は、どうも私の胃には良くない。私は話題を変えるべく、自分から切り出した。

 

「陛下の寛大な御判断に感謝いたします。——私と話がしたいというのは、禁書庫からの成果報告でしょうか?すぐさま売り出せる状態には程遠いですが、価値が高いであろう情報はいくつかございます」

 

「その通りではあるが……さっさと私の用件を済ませてしまおうと思っているな?まあいい、まずはそれから聞こう」

 

 そこまで見透かさなくて結構です——とは言わずに、私は今日までの調査で実利になりそうなものの報告をはじめた。

 

 まず、王が最も欲しがっている大結界および結界柱の仕組みとその再現性についてだ。結界柱の解明の方が先に目処がつきそうであること。聖女が日々大聖堂の結界柱に行う術式は比較的新しめの古代語で記されており、内容が明らかになったこと。その術式は結界柱に何らかのエネルギーを供給するという意味のフレーズになっており、結界そのものを維持する術式ではなかったこと。

 

「以上のことから、結界柱そのものに、結界を発生させる術式が刻まれているのではないかと推測しています。良き頃合いを見て現地へ赴いて確認する予定です。」

 

「大結界の方はどうだ?形にならずとも良い、今把握していることを申せ」

 

 やはり王は結界を最重要の課題と見ているのか、大結界についても報告を求めてきた。私は大体でもいいという言葉を反芻してから情報を開示する。

 

「はい、把握している範囲でお伝えいたします。まず大結界には、二つの異なる術式が施されていることを確認いたしました。その術式の解読がまだ途中でございますが、『瘴気』という単語がありました。その『瘴気』に対して何らかの作用をもたせる術式になるだろうと見込んでいますが、まだ確定するには材料が足りていない状況です」

 

「良い、充分な進捗ではないか。今まで大結界を斯様に分析した者もいなかったのだ、そこから見れば大きな進展だろう」

 

 王は私の報告を満足げに聞いていたが、そのすぐ後に眉間に皺を刻む。そして短く吐き捨てるように言った。

 

「しかし瘴気とは……まだこの国を狙うか、忌々しい」

 

「陛下は、その瘴気なるものにお詳しいのですか?障りがないようならばお聞かせいただきたく存じます」

 

 王はその堂々たる佇まいを崩さずに、静かに頷いた。

 

「聖女ルツィアもすでに知っているかもしれんが、答えよう。瘴気とは、かつて嘆きの森の南方に栄えていた大国をも一夜にして滅ぼした、建国の敵だ。満ちればその土地は人が住めぬものへと変わり、凶悪な魔物を呼び寄せて死の大地へと変える。初代は聖女と共に瘴気を結界と聖石の力を以て封じ、ここに国を築いたのだ」

 

 この話——瘴気を封じるために戦ったという情報は、初耳だった。広く流布されている建国神話では、初代王と聖女が魔物を退けたと記されていたからだ。リヒターの資料ではどうだったか、後で確認をしなければならない。

 私は話題が聖石に繋がったのをチャンスと捉え、陛下にとある話題について質問の許しを請う。

 

「陛下、その聖石について伺いたいのですが……よろしいでしょうか」

 

「遅かれ早かれ聖石へたどり着くであろうとは思っていた。質問を許そう」

 

 私は深く礼をしてから、手に入れた聖石文化の当事者への質問権を早速行使した。

 

「これほどまでに調査が進んだのはリヒター家が持つ伝手、古代語に明るいエルフの協力者を得たからでございます。その者が言うには、聖石は『人々のマナ』を増幅する装置であり、安全に取り扱うための装置だと申しておりました。陛下は『人々のマナ』について、なにかご存知でいらっしゃいますでしょうか」

 

 マナという言葉に、わずかに陛下の片眉が跳ねたのが見えた。さしもの陛下もこの質問にはすぐに答えず、少しの間考え込む姿を見せた。

 

「人々のマナ……知らんな。マナはマナでも真名(まな)——真の名前である方ならば、伝え残された逸話はあるが」

 

 聖石との関係から一縷の望みを賭けたが、やはり陛下も知らない用語だったようだ。残念ではあるが、私はこの貴重な機会を使って陛下から聞けることは何でも聞いておこうと腹を決め直した。

 

「そうでしたか。ちなみにその真名とはどういったお話なのでしょうか?」

 

 王はなんてことはないと言わんばかりに軽く首を横に振り、苦笑交じりに答えた。

 

「そう大それたものではない。初代の残した言葉に……『初代聖女の真名を一度も呼べなかったことが唯一の心残りである』とあったというだけの話だ。神格化が進むと何もかも明らかにされてしまうものだなと、身内として聞けば同情すら覚える話だろう?」

 

 身内からしたら同情に値する、の言葉の理解に数秒を要した。

 

 ああ、これは……ちょっとロマンチックな話ですか?

 偉くなってしまうとプライバシーも何もなくなってしまうという訳か。それならば分かる。

 

 私は話題が少し浮ついた雰囲気になったところで、エルフの残した意味深な言葉を思い出していた。

 

「……初代国王陛下は初代聖女と随分と親しかったのですね。そういえばリヒター家当主から伺いましたが、初代のリヒターも初代陛下とご交流があったのですね。先のエルフによれば、このお二人によって『人々のマナ』に利用条件を設けたそうですが」

 

「利用条件だと?」

 

 おっと、少し口を滑らせすぎただろうか。陛下の声色に怪訝さが乗ったのが分かる。私は王が続く言葉を述べるまで、口を噤む。

 

「そのエルフが我が国の神秘に対して制約をかけているならば、捨て置く訳にはいかないが——初代がわざわざ後世の発展を妨げようとするとは思えん。次にそのエルフが現れたときには、私に謁見を申し込むように伝えよ。私は初代が課した条件とやらを知る必要がある」

 

 私はリヒター家を経由してあのエルフと会っていたからか、無意識に彼女は味方であると思っていた。だが王からすれば、知りすぎているというだけで驚異的な存在だったのかもしれない。しくじってしまった。私は自分の迂闊さを恥じた。

 

「承知いたしました、リヒター家にもそのように伝えます。——陛下にお時間がまだあるようでしたら、もう一つだけお聞きしたい事がございます。初代様に関係する事柄でもあるのですが」

 

「なんだ、申してみよ」

 

 私はその問いを発する前に一度深呼吸をした。聞くのに少し覚悟のいる質問だからだ。

 

 頭の中にちらつくのは鍵付きの日記と、裂けた法衣。マナを使える者と、借りる者という分類。この分類ならば、マナを《遂行》する者——今で言うところの聖女の神秘を使える者を、一人に限定する必然性があったようには思えない。しかし今は一人。何かの意図が働いているのではないだろうか。

 

 この謎を明かすために、私は王に問う。

 

「なぜ聖女は、()()なのでしょうか?」

 

 私の質問に陛下の目が瞬く。

 一見突拍子もない質問だったのだろうが、陛下には私の目的の一部は伝えてある。すぐにそれを思い出したのか、神妙な面持ちに戻った。

 

「聖女は常に一人だ。同時期に二名の聖女がいたという話は聞いたこともない。だが——空位はあった。その上、王が知らぬうちに聖女が交代していた時代さえあったと伝え聞いている」

 

 ——思った以上に、()()()()答えが返ってきた。

 背筋が冷えていくのが分かる。こめかみの辺りが拍動する。私は声が震えないように、一語一語をゆっくりと発音した。

 

「それは、聖女顕現の儀に失敗したからでしょうか?」

 

「それもある。聖女を前に話すことではないかもしれんが——成功したとしても聖女の在位自体がさほど長くないとも聞いている。世が乱れた時代には一代の統治の間に三、四人は交代したそうだ。もちろん、外部に流出せぬよう秘匿された情報だがな」

 

 人の気遣いをこれほど余計だと思うことがあっただろうか。この話題を早くたたみたくて仕方がないと本能が告げている。それでも私は衝動を捩じ伏せ、尋ねるべきことを尋ねた。知る機会は、今を逃せば無いような気がした。

 

「空位が発生した間、大結界はどう維持されてたのですか?」

 

「大結界が大きく損壊するほどの事があったとは聞いていない。——いや、こちらには記録が残っていないと答えた方が正確か。こちらで空位が分かれば、早く次の聖女を立てるように要請もしていただろう」

 

 ジークムント陛下は聡く、そして出し惜しみもしない人物のようだ。

 そんな今更な人物評を頭の中で転がして、私は気を逸らす。そうでもしなければ平静を保つのが難しかったからだ。

 

「そのような機密までご開示いただき、ありがとうございます。私からお伺いしたいことは以上でございます。他に陛下へお答えすることがなければ、私もそろそろ……業務へ戻らせていただきたく」

 

 私は殊更丁寧に陛下に礼を言った。笑顔はうまく作れているだろうか。

 聖女が短期間で交代する意味。それを今は意図的に考えないようにしたい。したいが、どうしても頭は回転してしまう。

 

 陛下は私に、成果を期待しているといったような言葉をかけて退出を許可した。そこから先のことはよく覚えていない。私の頭の中では警鐘が鳴り響く。

 

 なにが隠居だ。なにがスローライフだ。

 手離れが叶ったとしても、余暇を楽しむ時間がなければなんの意味もないじゃないか!

 

 

 ああ、早く口から出してしまいたい。

 その気持ちが行動に現れたのか、気付けば私はエスコートを待たずに扉を開けていた。そして一目散に厩舎を目指して歩き出す。

 

 厩舎。そこには馬車がある。

 今の私には密室が必要だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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