禊新の二度目の謳歌 〜絶望して逃げ出した「俺」に代わって、平行世界で成り上がる   作:お粥のぶぶ漬け

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2話

月曜日の朝、俺――禊新は、鳴り響くアラームの音で目を覚ました。

 カーテンを開けると、そこには眩しいほどの朝日と、見慣れた住宅街の風景が広がっている。窓の外の遠景にそびえ立つ、あの天を突く「塔」がなければ、ここが異世界であるとは到底信じられなかっただろう。

 制服に着替え、鏡の前でネクタイを締める。指先が記憶している締め方は三十代のビジネスマンとしてのものだったが、今の俺の首筋は驚くほど細く、そして肌にはハリがある。

 

「……よし、行くか」

 

 自分自身に気合を入れるように呟く。一人称を「私」から「俺」へ。まだ少し意識しないと零れそうになるが、家を出る頃には随分と馴染んできた。

 学校生活は、表面上は元の世界と変わらない平穏さを保っていた。

 一時間目の「現代史」は、あちらの世界では政治や経済が中心だったが、こちらでは「ダンジョン出現以降の変遷」が主役だった。

 

「いいか、改めて復習だ。現在確認されているダンジョンは、あの中心部の『塔』だけではない」

 

 教師がチョークを走らせる。

 

「最も一般的なのは、空間に亀裂が生じて異界が広がる『ゲート型』。そして、地面に巨大な穴が開き、その先に地下通路や洞窟が形成される『地下型』だ。これらは塔型に比べて規模は小さいが、資源の産出頻度が高く、我々の生活を支える魔石の多くはこれら異界ダンジョンから供給されている」

 

 俺は教科書に並ぶ、様々なタイプのダンジョンの図解を眺めた。ゲートの先に広がる未知の草原や、複雑に入り組んだ地下迷宮。あっちの俺たちはこれらを「死への入り口」として恐れていたが、今の俺には攻略を待つ未開の土地にしか見えなかった。

 

 二時間目。俺と美咲が所属する「2年B組」の体育は、体育館での実技授業だった。

 

「本日の体育は、前半を魔力操作の基礎訓練、後半を模擬戦とする。模擬戦では攻撃スキルの使用は禁止。それ以外の身体強化や補助的なスキルの使用は許可する」

 

 ジャージ姿の教師が淡々と告げる。

 

「……新くん、ごめんね。私、今日はちょっと体調が悪くて、見学させてもらうね」

 

 美咲が小声で囁いた。彼女の顔色は、本当にどこか優れないように見える。この世界の暴力的な側面に魂が追いついていないのだろう。俺は「無理するなよ、休んでろ」と短く返し、訓練用のマットへと向かった。

 俺は周囲の様子を伺いながら、自分のステータスを密かに開いた。

 

保有魔力レベル:1

固有スキル:【既視感(デジャヴュ)】

 

(まずは、この世界の基礎を固めなきゃな……)

 

 俺は教師に歩み寄り、殊勝な態度で質問を投げかけた。

 

「先生、すみません。魔力操作のコツをもう一度、一から教えていただけませんか? 実は、昨日の夜から感覚が少しあやふやで……」

 

 あっちの俺たちが「落ちこぼれ」だったおかげで、基礎を聞き直しても不自然ではない。教師は「またか」と言いたげに溜息をつきながらも、丁寧に説明を始めた。

 

「いいか、禊。魔力は血液と同じだ。心臓に溜まった熱を、血管に沿って指先まで押し出すイメージを持て。そこから……」

 

 俺は教師の言葉を聞きながら、身体の中の「熱」を探した。

 最初はぎこちなかったが、数歩歩き出したその時だった。

 脳内に、強烈な「既視感(デジャヴュ)」が走った。

 

(……知っている。この熱の流し方。この感覚)

 

 初めてやるはずの魔力操作。しかし、身体が「かつて数え切れないほど繰り返した」と錯覚し始めた。

 血管に沿って、淀んでいた魔力が一気に解き放たれる。指先、足先、そして脳の隅々まで、熱い奔流が完璧な効率で循環を始めた。

 

「なっ……禊、お前……」

 

 教師が目を見開いた。俺の全身から、レベル一とは思えないほど安定した魔力の波動が立ち上っていたからだ。

 

「よし……後半の模擬戦を始める。禊、相手は……石動(いするぎ)だ」

 

 教師の指名に、B組の連中がざわついた。石動は「瞬発強化」のスキルを持つクラス屈指の接近戦の使い手だ。

 

「おいおい、禊かよ。怪我させても恨むなよ?」

 

 石動が首の骨を鳴らしながら歩み寄ってくる。マットを挟んで向き合うと、彼の身体から溢れる魔力が、物理的な圧力となって俺を打った。

 

「はじめ!」

 

 合図と同時に、石動が爆発的な踏み込みを見せた。

 一瞬で間合いを詰め、放たれる鋭い前蹴り。本来ならレベル一の反応速度でかわせるはずがない。

 だが、その瞬間。再び「既視感」が俺の思考を追い抜いた。

 

(……ああ、次は右のフック。そのあと、足払いだ)

 

 石動の動きが、驚くほど単調に見える。俺は最小限の動きで蹴りをかわし、流れるようにフックの軌道から外れた。焦った石動がスキル『瞬発強化』を発動させ、さらに速度を上げる。しかし、彼が速度を上げれば上げるほど、俺の脳内には「対抗策の記憶」が積み重なっていく。

 

【スキル習熟度上昇:派生スキルが発現しました】

固有スキル派生:【既視的猿真似(デジャヴュ・コピー)】

 

脳内で何かが繋がる音がした。俺は、石動がさっき見せたばかりの「魔力による瞬間的な加速」を、そのまま自分の肉体で再現し、彼の顎を掌底で突き上げた。

 石動の巨体がマットの上に沈み、体育館に静寂が訪れる。

 俺は乱れた息を整えながら、マットの端へ退いた。見学席で呆然としている美咲の視線を感じたが、今の俺の意識は内側へと向いていた。

 

(……このスキルの習得速度、異常だ)

 

 俺は心の中で自身の【既視感(デジャヴュ)】について考察を巡らせた。

 本来、スキルというものは長い年月をかけて磨き、熟練度を高めてようやく派生が生まれるものだと教科書にはあった。だが、俺はたった一回の模擬戦の最中に派生スキルを掴み取った。

 

(おそらく【既視感】という特性そのものが、成長において大きなアドバンテージを持っているんだ。あらゆる未知を「既知」として脳が誤認するなら、新しい技術のコツを掴むプロセスが極端に短縮される……。成長の方向性次第では、これからも芋蔓式に派生スキルが増えていくんじゃないか?)

 

 それは、既存の修行の概念を根底から覆す「経験値のバグ」のようなものだ。

 他者の絶技さえ、一度「既視感」として処理してしまえば、あとは【既視的猿真似】でアウトプットするだけ。

 

「面白いじゃないか……」

 

 俺は、無意識のうちに好戦的な笑みを浮かべていた。

 三十代の老成した分析眼と、この壊れた成長速度。

 俺の二度目の人生は、良い感じで加速し始めていた。

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