禊新の二度目の謳歌 〜絶望して逃げ出した「俺」に代わって、平行世界で成り上がる   作:お粥のぶぶ漬け

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9話

土曜日の午後。河川敷の広い芝生の上には、午前中に調達したばかりの油と鉄の臭いが、午後の熱気に混じって漂っていた。

 人目に付きにくい場所を選んだのは正解だった。ここなら、高校生が武器を振り回していても、変な目で見られる心配はない。俺は三人を集め、今日の「本題」を告げる。

 

 「午前中に買った得物の重さにはもう慣れたか? ……だが、それだけじゃダメだ。今日はこれから、俺たちの脳と身体、そして魔力の出力を調整して慣らそう」

 

 俺はまず全員に、魔力による身体強化を行うよう指示した。これからやるのは、ただの訓練ではない。跳ね上がったスペックに脳を適応させるための前段階だ。

 

 「いいか、全員魔力を回せ。その状態で、遠投以外の身体測定……50メートル走、立ち幅跳び、反復横跳び、なんかをすべてやるぞ」

 

 俺の号令と共に、特訓が始まった。

 

 「うおっ、速すぎるッ!?」

 

 50メートル走を駆け抜けた健太が、ゴールラインを十メートル以上もオーバーランして派手に転倒した。レベル3の出力は、彼らの想像を遥かに超えている。直樹も、立ち幅跳びで空中に浮きすぎた勢いを制御できず、着地の瞬間に膝を激しく突き、顔を歪めた。

 

 俺自身も例外ではない。踏み込んだ瞬間に地面を抉り、自身の身体が弾丸のように飛んでいく感覚に歯噛みする。一歩歩くたびに、自分の足が自分のものではないような、浮ついた全能感と制御不能な暴走感がせめぎ合っていた。

 

 「……今の俺たちは、常にアクセルをベタ踏みしている状態だ。だから感覚がズレる」

 

 俺は自身の腕に薄く魔力を纏わせ、その密度を細かく上下させて見せた。

 

 「魔力を流す量を意図的に『制限』するんだ。強化幅をあえて一段階下げ、必要最小限の出力で同じ結果を出すんだ。無駄に上げすぎないよう強化幅を下げることを目指せ。魔力の垂れ流しを防いで効率を上げると同時に、脳が処理できる速度まで出力を抑え込む。……そうすれば、このズレた感覚にも脳がすぐ適応できるはず」

 

 この「出力制限」と「効率化」の指示により、特訓はよりシビアなものへと変わった。

 俺は一人、スマートフォンの画面を食い入るように見つめていた。様々な武術の動画をザッピングしていたが、やがて短刀を扱う古武術系の配信に目が止まる。

 

 (……。今の剣鉈のリーチ、そして魔力により強化されたこの瞬発力を活かすなら……。躰道の三次元的な体捌きが最適か)

 

 俺は自身の内側に眠る魔力を、身体強化ではなくスキル【既視感】へと重点的に注ぎ込んだ。魔力の出力を引き上げ、スキルの精度を極限まで高めていく。すると、脳内に展開される「理想の残像」が、まるで現実の光景のように鮮明に、重厚に固定された。

 

 独特にうねるような躰道の運足と、短刀術の鋭い斬撃。意識の中に強引に焼き付けたその軌跡に、若すぎる肉体の動きを一気に同調させていく。スキルによる「強制的な正解」が、暴走していた肉体の感覚を瞬時に意識の支配下へと捻じ伏せた。

 

 少し離れた場所では、美咲が俺の用意した手頃な長さの木の棒を手に、戸惑いながらも動いていた。午前中に買った槍をいきなり振り回すのはまだ危ないという俺の判断で、似た重さと長さの棒での練習を強いている。

 

 「美咲、まずは棒を真っ直ぐ突く。それだけを百回だ。その後は、この動画のようにバトンのような取り回しを目標に棒を回せ。まずはその棒を、自分の身体の一部として馴染ませるんだ」

 

 美咲は慣れない手つきで、魔力の蛇口を絞りながら棒を回し始めた。

 

 「……っ、あ。また出しすぎちゃった」

 

 強化の幅を下げようとするが、ふとした瞬間に魔力が跳ね、棒が勢いよく空を切る。何度も棒を落とし、自分の足にぶつけながらも、彼女は必死に食らいついた。

 そんな美咲の様子を、自分のメイスを振り回していた健太が気にかけ、歩み寄る。

 

 「大丈夫か、美咲。……ほら、もっと脇を締めて、手首の力を抜けよ。そんなにガチガチだと魔力に振り回されちまうぞ」

 

 「……健太くん。ありがと、やってみる。……私、早くレベルを上げて、みんなの足手まといにならないようになりたいの」

 

 「足手まといなんて誰も思ってねーよ。……でも、レベル上げなら俺がいくらでも手伝う。お前を後ろから狙う奴は、俺が全部叩き潰してやるよ」

 

 「ふふ、頼もしいね。……絶対、守ってね」

 

 美咲が少し照れくさそうに笑い、再び真剣な表情で棒を突き出す。その一撃には、午前中までの迷いが消え、確かな意志が乗り始めていた。

 その光景を横目で見ていた直樹が、休憩のために俺の隣に並んで腰を下ろした。

 

 「……新。さっきのやり取りから今の健太との会話、美咲ちゃんの目が午前中よりずっと真剣だったね。やっぱりあの二人、少しずつ空気が変わってきてるよ。いいのかい?」

 

 「心の支えがあるのとじゃパフォーマンスに差が出るからな。何度も言うけど、俺自身は美咲に特別な感情はもってないよ」

 「……はは、何度もごめんて、君がそう言うならそんなもんか」

 

 直樹は苦笑し、納得したように中古のエストックへと視線を戻した。

 直樹自身も、【構造把握】で自分の骨格と剣の接点をスキャンし、最も負荷がかからず、かつ鋭い一撃を放てる「魔力と力の比率」を割り出し続けていた。手にしっくりくるまで振る、という指示通り、彼の剣筋からは徐々に余分な「力み」が消え、針の穴を通すような精密さが増していく。

 

 そして健太は、再び巨大な長柄メイスを握り、魔力の「込め時」を模索していた。

 

 「振り出す瞬間は最小限で、インパクトのコンマ数秒にだけ出力を一点集中させる……!」

 

 ゴォォッ! と空気を引き裂く音が河川敷に響く。健太は汗だくになりながら、自身の膂力と武器の慣性が噛み合う「一点」を泥臭く追求し続けていた。

 夕闇が迫る頃、全員が芝生の上に倒れ込んだ。身体測定の数値自体は、魔力を全開にしていた時より落ちている。だが、全員の動きからは危うさが消え、一歩一歩に確かな意志が宿り始めていた。

 

 「……死ぬかと思った……」

 

 健太が掠れた声で笑う。

 

 「……明日は、廃道のさらに奥へ行くぞ」

 

 俺の言葉に、不平を漏らす者は一人もいなかった。鉄の臭いと、心地よい疲労。それこそが、この世界で今を生きている「実感」だった。

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