新たなるゲートウォッチ   作:Dr.ヤマブキ

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シーン16:埃まみれの学び舎

ニヴィックスの頂で交わされた、龍との壮大な誓約。

 

その高揚感は、地下管区へと向かう螺旋階段を下りるたびに、冷え切った湿気と共に霧散していった。

 

案内役を務めるのは、ラル・ザレックだ。

 

かつては次元を渡る「灯」を持ち、イゼット団の若き俊英として名を馳せた男。

 

新ファイレクシアとの戦いを経て灯を失った彼は、今は一人のギルド魔道士として、この巨大な都市インフラの維持に奔走している。

 

「……ここだ。ニヴ=ミゼット様からの『特別貸与区画』、第76実験工房跡地だ」

 

ラルが重い真鍮製の扉を開けた瞬間、凄まじい埃の雲が舞い上がった。

 

「――っ! げほっ、ごほっ!」

 

遊戯が激しく咳き込み、慌てて口元を押さえる。

 

アジャニは鋭い嗅覚が捉えた凄まじいカビの匂いと、長年放置された機械油の腐臭に、思わず顔をしかめた。

 

薄暗い室内には、天井から吊り下げられた壊れかけのマナ・ランプが不規則に明滅している。

 

その頼りない光に照らされたのは、積み上げられた錆びた歯車、亀裂の入った試験管、そして主を失って久しい巨大な蒸気ボイラーの残骸だった。

 

カサカサ……と、暗がりの隅で何かが動く音がする。 一匹の大きなドブネズミが、アジャニの足元を臆することなく通り抜け、倒れた薬瓶の陰へと消えていった。

 

「…………」

 

一同の間に、形容しがたい沈黙が流れる。

 

アジャニは、かつてトレイリアのアカデミーが誇ったという、白亜の塔や広大な図書室を夢想していた。

 

だが、目の前にあるのは、都市の排泄物が溜まる「胃袋」のような、忘れ去られた空洞だった。

 

「ラル、これは……」 アジャニの声は、怒りよりも困惑に震えていた。

 

「ああ、分かってる。分かってるさ、アジャニ。言い訳はしない」

 

ラル・ザレックは、持ち前の傲慢な自信をどこへやら、申し訳なさそうに鼻頭を掻いた。

 

彼の顔には、かつての戦友をこんな場所に案内しなければならないという屈辱と、それでもここしか空きがないというラヴニカの過酷な現実が混ざり合っていた。

 

「火想者様(ニヴ=ミゼット)が『好きに使え』と仰ったときは、もう少しマシな場所だと思ったんだが……。どうやらあのお方は、『価値のない場所を、お前たちの知恵で価値のある場所に変えてみせろ』という追加のテストを課したらしいな」

 

「テスト、ね。……衛生学的な観点から言えば、ここは居住区ではなく、バイオハザードの発生源として封鎖されるべきレベルだわ」

 

ケルシーが冷淡な足取りで室内に足を踏み入れた。

 

彼女は手袋をはめた指で近くの作業台をなぞる。指先には、粘り気のある黒い埃が厚くこびりついた。

 

「空調設備は死んでいる。配管からは正体不明の廃液が漏れ、地盤には古い魔術回路の残留負荷が蓄積している。……ここで『学校』を始めるというのなら、最初の授業は魔術の歴史ではなく、まずは徹底的な清掃と防疫になるでしょうね」

 

彼女の瞳は冷静だったが、その言葉の端々には「やれやれ」という深い呆れが滲んでいた

 

。ロドス・アイランドという、常に清潔で機能的な移動要塞を率いてきた彼女にとって、この惨状は「非効率」の極みだった。

 

遊戯は、埃を払いながら部屋の奥を眺めた。

 

壁には、かつてここで働いていた魔道士たちが書き残したであろう、擦れた数式や、誰かの家族の写真が色褪せて貼られたままになっている。

 

(……寂しい場所だ。でも、ここには誰かが一生懸命に生きていた『記憶』がある)

 

遊戯は、かつて祖父の営む小さなカードショップの掃除を手伝っていた頃を思い出した。

 

どんなに古くて狭い場所でも、そこに人が集まり、心が通い合えば、そこは世界で一番温かい場所になる。

 

「……アジャニさん、ケルシーさん。いいんじゃないかな、ここ」

 

「遊戯?」 アジャニが驚いて振り向く。

 

「たしかにボロボロで汚いけれど……ここなら、誰の目も気にせずに、僕たちの『色』に染めていける。ラヴニカのどのギルドにも属さない、僕たちの本当の居場所。……ここから、小さく始めていこうよ」

 

遊戯の言葉には、不思議な説得力があった。

 

アジャニは改めて、埃にまみれた広大な空間を見渡した。

 

錆びついたボイラーは、磨けば新しいエネルギーの源になるかもしれない。

 

崩れた棚は、多次元の知識を収める書架になるかもしれない。

 

「……そうだな。栄光の第一歩が、ネズミの這い回る工房から始まるというのも、我々らしいのかもしれない」

 

アジャニは、ようやく口元に微かな笑みを浮かべた。

 

彼は戦斧の柄を使い、床に積もった厚い埃をひとなぞりした。

 

その下に隠れていたのは、イゼット団の紋章が刻まれた、重厚な石造りの床板だった。

 

ラル・ザレックは、三人の反応に少しだけ救われたような顔をして、懐から錆びた大きな鍵を取り出した。

 

「……必要な道具や資材があれば、可能な限り融通しよう。ただし、イゼットの予算委員会を通すのは骨が折れるがな。……さあ、ここが君たちの城だ。新たなるゲートウォッチの諸君」

 

アジャニ、遊戯、ケルシー。 出自も、力も、価値観も異なる三人の守護者は、埃の舞う暗がりの中で、自分たちの「学校」となる場所をじっと見つめ続けていた。

 




◆キャラクター紹介
「ラル・ザレック」(マジック・ザ・ギャザリング)
イゼット団所属の魔道士。雷と嵐の魔法を操ります。

彼も以前はアジャニのようなプレインズウォーカーでしたが、過去の戦いでその資格を失いました。

本作では学校とイゼット団とのパイプ役を担います。以前の上昇志向は鳴りを潜めており、非常に協力的な人物に変貌しています。

本作「新たなるゲートウォッチ」はファンコンテンツ・ポリシーに沿った非公式のファンコンテンツです。ウィザーズ社の認可/許諾は得ていません。題材の一部に、ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社の財産を含んでいます。©Wizards of the Coast LLC.
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