新たなるゲートウォッチ   作:Dr.ヤマブキ

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シーン17:オールラウンダーの迷走

ラヴニカの第10管区。

 

そこは絶え間ない喧騒と、摩天楼の影が幾重にも重なる「世界の屋根」だ。

 

イゼットの蒸気孔から吹き出す煙が、夕暮れ時の紫色の空を汚し、多種多様な種族がそれぞれの目的を持って石畳を闊歩している。

 

その混沌とした雑踏の中に、明らかに「その場の理」から外れた存在が一人、呆然と立ち尽くしていた。

 

「……ここ、どこ。え、どこ……?」

 

震える声で呟いたのは、小柄な一人の少女だった。

 

彼女の頭上には、ラヴニカのロクソドンやヴィーアシーノといった異形とは異なる、しなやかで愛らしい「馬の耳」が、不安げにピクピクと動いている。

 

腰のあたりからは、同じ毛色の尻尾が力なく垂れ下がっていた。

 

彼女の名は、アグネスデジタル。 トレセン学園中等部に籍を置く、まだデビュー前の「ウマ娘」である。

 

彼女の纏っているのは、ラヴニカの華美な装束でも、重厚な鎧でもない。

 

赤と白のコントラストが眩しい、学園指定のトレーニング用ジャージだ。

 

つい先刻まで、彼女は学園のターフで、あるいはダートの隅で、来るべきデビューの日を夢見て泥にまみれていたはずだった。

 

「さっきまで、併走の練習をしてたはずなのに……。コーナーを曲がったら、なんか光る穴があって……。そしたら、何この……え、魔王城? 全方位これ魔王城なの……?」

 

デジタルは視線を左右に泳がせた。

目の前を、巨大なカブトムシのような甲虫に跨った兵士が通り過ぎていく。

 

頭上では、ガーゴイルが不気味に笑い、空飛ぶ船が轟音を立ててマナの火花を散らしている。

 

ここは芝でもなければ、砂(ダート)でもない。 逃げ場のない、果てしない石畳の迷宮。

 

「ウマ娘」という、走るために生まれてきた彼女にとって、土の匂いも草の感触もしないこの場所は、本能的な恐怖を呼び起こす異界だった。

 

「だ、誰か……。トレーナーさん? ウマ娘仲間のみんな!? ……はっ、もしやこれは、異世界転移して聖女か何かに選ばれるラノベ展開!? いえいえ、私のような『尊いウマ娘たちを愛でるだけのただのオタク』にそんな大役が回ってくるはずが――」

 

極限の混乱の中、彼女の思考は得意の妄想へと逃避しようとする。

 

しかし、横を通り過ぎた巨人(サイクロプス)の咆哮が、無情にも彼女を現実に引き戻した。

 

「ひいいいっ! 本物!? 本物のモンスターだわこれ!! 尊くない! 全然尊くないです、死んじゃう!!」

 

彼女は反射的に駆け出そうとした。

 

どんな馬場状態(コンディション)でも適応できる、自称「オールラウンダー」の脚。

 

しかし、ラヴニカの石畳は無慈悲なほど硬く、冷たい。どこまで走っても景色は変わらず、高い壁が彼女の視界を遮り続ける。

 

アグネスデジタルは、まだ知らない。

 

自分が迷い込んだこの場所が、多元宇宙のあらゆる運命が交差する結節点であることを。

 

そして、この先の汚れきった工房で、一人の白い獅子と、黄金の魂を持つ少年、そして冷徹な賢者が、彼女のような「迷い子」を受け入れるための場所を作ろうとしていることを。

 

「お父さん、お母さん……。デジタル、もう走れないかもしれません……」

 

路地裏の隅、ゴミ捨て場の影で膝を抱え、彼女は震えていた。 その耳は、遠くで響くアジャニたちの「希望」の足音を、まだ捉えることができていない。

 

運命の歯車は、ガタガタと音を立てて回り始める。 埃まみれの学び舎に、最初の灯が灯るまで、あとわずか。

 

「新たなるゲートウォッチ」 第一部・完

 

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