シーン1:埃まみれの黎明
ラヴニカの地下深くに打ち捨てられた地下工房。
かつてはイゼット団の熱狂的な実験場だったであろうその場所は、今や厚い塵と沈黙に支配されていた。
アジャニは、その巨大な手で古びた木箱を抱え上げた。
肺の奥にまで入り込むようなカビ臭さに、わずかに鼻を鳴らす。
かつて新ファイレクシアとの戦いで魂までをも汚染された彼にとって、この物理的な汚れを拭い去る作業は、ある種の贖罪に近い意味を持っていた。
「……ここが、我々の第一歩か」
アジャニの低く響く声に、隣で箒を動かしていた武藤遊戯が顔を上げた。
小柄な彼は、慣れないラヴニカの掃除用具に苦戦しながらも、その瞳には澄んだ光を宿している。
「ええ、アジャニさん。埃を払えば、ここはきっと素晴らしい場所になります。ゲームの盤面を整えるのと同じですよ。まずは土台を綺麗にしないと」
遊戯の言葉には、絶望的な状況を何度も覆してきたデュエリスト特有の「信じる力」が宿っていた。
アジャニはその言葉に救われるような思いを抱きながら、部屋の隅で静かに羊皮紙を広げる人物へと視線を向けた。
ケルシー。テラという異世界から来たというその女性は、掃除には一切手を貸さず、部屋の構造と魔力の流れを冷徹に分析していた。
「現時点における教師の数は2名。アジャニ、そして推論の域を出ないが戦闘経験と管理能力を並列して考慮した場合の私だ。対して、教育対象となる生徒は武藤遊戯、貴方一人。……統計学的に見て、この組織の教育コストと成果のバランスは著しく欠如していると言わざるを得ない。通常、教育機関というものは最小単位であっても複数の被教育者を想定して設計されるべきものであり、この逆転現象は、主観的な感情を排して述べれば『喜劇的』ですらある」
淡々と紡がれる「ケルシー構文」に、遊戯は苦笑いを浮かべた。
彼女が言うことは常に論理的で正しい。
だが、その言葉の裏に、どこかこの奇妙な状況を楽しんでいるような気配を、遊戯の鋭い直感は捉えていた。
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その時、工房の入り口に設置された魔力感知計が、激しい火花を散らした。重厚な扉が音を立てて開き、見覚えのある青いコートを翻して一人の男が足を踏み入れる。
「よう。カビの臭いには慣れたか?」
イゼット団の元プレインズウォーカー、ラル・ザレックだ。
彼は相変わらずの不遜な態度で鼻を鳴らしたが、その背後に続く人物を見た瞬間、アジャニの動きが止まった。
そこにいたのは、穏やかな笑みを浮かべた年老いた魔道士だった。青いローブを纏い、背負った杖には長い年月を経た重厚さが宿っている。
「アジャニ。君が新しい活動を始めたと聞いてね。ドミナリアの再建もひと段落した。旧友の力が必要だろう?」
「……テフェリーか」
アジャニの胸に熱いものが込み上げた。時間魔道士テフェリー。
多元宇宙の危機を幾度も救い、そして痛みを分かち合ってきた戦友。
アジャニは歩み寄り、その大きな手でテフェリーの肩を叩いた。
テフェリーもまた、アジャニの力強い感触に、彼が自らの傷を乗り越えようとしていることを察した。
「ラルから話は聞いたよ。プレインズウォーカーのような新たなる守護者の養成学校、か。かつてのウルザが試みたこととはまた違う、君らしい慈愛に満ちた考えだ」
テフェリーの視線は、アジャニの隣に立つ少年、遊戯へと向けられた。彼は灯(スパーク)を持っていない。
だが、その内面から溢れ出す精神エネルギーの密度に、時の賢者は驚きを隠せなかった。
「彼が最初の生徒だね? 初めまして。私はテフェリー。少しばかり時間を操るのが得意な老人だよ」
遊戯は深々と頭を下げた。 「武藤遊戯です。……テフェリーさんから、とても静かで、でも深い海の底のような力を感じます。よろしくお願いします」
ケルシーは依然として羊皮紙から目を離さなかったが、その口元がわずかに動いた。
「時間操作の権能を有する賢者か。戦略的価値は極めて高い。……これで教師は3名。依然として効率の悪さは解消されていないが、組織の『質』という点においては、予測モデルを大幅に上方修正する必要がありそうね」
埃臭い地下室に、新たな風が吹き込んだ。多元宇宙を守る意志は、今、確かに継承されようとしていた。
◆キャラクター紹介 「テフェリー・アコサ」
「時間」そのものを操る最高位の魔術師。元プレインズウォーカー。本作ではカリキュラムの責任者として、個性豊かな生徒や教師たちをまとめ上げます。
老成した知恵と、子供のような茶目っ気を併せ持つ、学校のムードメーカーです。
(真面目なアジャニ校長とは対照的に、いつも飄々としている副校長のような存在。とんでもない修羅場を潜り抜けてきた歴戦の勇者ですが、決して偉ぶらず、生徒と同じ目線で接してくれます。)
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