新たなるゲートウォッチ   作:Dr.ヤマブキ

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シーン4:路地裏の「葬送者」

第十管区の華やかさから切り離された下層街、通称「スズメバチの巣」。

 

そこは、領界路から零れ落ちた異邦人と、行き場を失ったラヴニカの貧困層がひしめき合う、泥と錆の色に染まった場所だった。

 

「……ここが、今のラヴニカの『裏側』だ」

 

ラル・ザレックが吐き捨てるように言った。

 

彼の視線は、かつてイゼット団の魔導技術が公共物として機能していたはずの、壊れた街灯に向けられている。

 

灯を失った彼は、かつてなら一瞥(いちべつ)で済ませていたであろう路地裏の悲鳴や、重苦しい湿気に過敏になっていた。

 

遊戯は必死に周囲を見渡していた。

 

人混みの隙間、暗い軒下、逃げ惑うネズミの影。

 

どこかに、あのジャージを着たウマ耳の少女がいないか。彼女の、あの「余裕のない」瞳が頭から離れない。

 

(もし、彼女がこの場所に迷い込んでいたら……)

 

しかし、そこに広がるのはただの無秩序だった。

 

言葉の通じない者同士が食料を巡って争い、怪我をした者が泥水の中に横たわっている。

 

遊戯の鋭い観察眼を持ってしても、あの少女の姿を再び見つけることはできなかった。

 

「遊戯。……今は目の前の現実に集中しろ」 ケルシーの静かな声が、彼の焦りを制した。

 

その時、広場の中央で奇妙な光景が目に入った。

 

白髪をツインテールに結んだ、小柄なエルフの少女が一人、困惑した顔で人だかりの中に立っていた。

 

彼女の身に纏うローブは上質だが、どこか時代錯誤な雰囲気を醸し出している。

 

「うーん。……熱を下げる魔法は、私の知っている術式にはないんだよね」

 

少女――フリーレンは、傷にうなされる難民の子供を前に、自らの杖を握り直した。

 

彼女の周囲には、期待と不安が混ざり合った難民たちの視線が集まっている。

 

「待ってて。……ええと、『服の汚れを綺麗に落とす魔法』。……あ、これじゃない。じゃあ、『ゾルトラーク』。……いや、これは死んじゃうか」

 

フリーレンは淡々とした口調で、極めて物騒な呪文や、この状況ではおよそ役に立たない生活魔法をいくつか試そうとしていた。

 

彼女にとって「魔法」とは探求の対象であり、万能の奇跡ではない。

 

彼女が持つ強大な魔力は、あくまで「魔族を葬る」ための技術であり、目の前の弱った子供を癒やすための手段を、彼女は持っていなかった。

 

「……どいて。時間は待ってくれない」

 

横から割り込んだのは、ケルシーだった。彼女はフリーレンの困惑した視線を無視し、子供の傍らに膝をつく。

 

「な、なんだい君は?」 「治療者だ。……無意味な詠唱で患者の体力を削るのをやめなさい」

 

ケルシーの指先から、エメラルド色の光が溢れ出した。

 

それはラヴニカのマナでも、フリーレンの知る魔法体系でもない。

 

彼女の故郷「テラ」において培われた、生命の根源を操作する技術――アーツ。

 

その医療用アーツユニットから放たれる光は、子供の腫れ上がった患部を的確に焼き切り、細胞の再生を劇的に加速させていった。

 

「あ……」 子供の呼吸が、目に見えて穏やかになっていく。 苦悶に満ちていた顔つきが和らぎ、小さな手がケルシーの白衣の裾を掴んだ。

 

「驚いた。……アーツ、と言ったかい?」

 

フリーレンの瞳が、これまでにないほど大きく見開かれた。

 

彼女は子供の容態よりもむしろ、ケルシーの手元で蠢(うごめ)く「未知の技術」に、吸い寄せられるように歩み寄った。

 

「その術式、魔力の流れ方がまるで見えない。……詠唱も、魔法陣も、魔力の媒介(触媒)すら感じられない。君、それはどういう原理? 魔法……じゃないよね?」

 

フリーレンの無機質だった瞳に、知的好奇心の炎が灯る。

 

彼女にとって、新しい魔法や未知の術理との出会いは、何物にも代えがたい「宝探し」と同じだった。

 

ケルシーは処置を終え、淡々と立ち上がった。

 

「これは私の世界の技術だ。貴方の言う『魔法』とは根底にある物理法則が異なる。……解析したいのなら勝手にしなさい。ただし、今は患者の安静が優先だ」

 

遊戯は、その光景を少し離れた場所から見ていた。

 

一方は悠久の時を生きる魔法使い。一方は異世界の理を背負う賢者。

 

この混沌としたラヴニカの片隅で、全く異なる世界同士が「技術」を通じて交差しようとしていた。

 

ラル・ザレックが呆れたように肩をすくめる。 「おいおい、勝手に変なエルフを拾うなよ。……だがまあ、あの魔力だ。放っておけばイゼット団の観測所に火をつけかねないな」

 

遊戯はフリーレンの瞳の中に、純粋な探究心を見た。それは、かつて自分が新しいゲームを手にした時に感じた高揚感に似ていた。

 

「フリーレンさん……ですよね。僕たちは、この街で困っている人を助ける場所を作ろうとしているんです。もしよければ、僕たちと一緒に来ませんか?」

 

遊戯の提案に、フリーレンはケルシーの手元を凝視したまま、小さく頷いた。 「……うん。その『アーツ』っていうの、もっと近くで見せてくれるなら、どこへでも行くよ」




◆キャラクター紹介
「フリーレン」(葬送のフリーレン)

圧倒的な実力を持つエルフの大魔法使い。しかし、彼女の趣味は強大な攻撃魔法を覚えることではなく、「服の汚れを落とす魔法」のような、生活に役立つ(?)ささやかな民間魔法を集めることです。

常に眠そうでマイペースですが、魔法への探求心だけは誰よりも熱い人物です。

(凄腕のハッカーが、趣味でレトロな駄玩具を集めているようなものです。最強クラスの魔力を持っているのに、宝箱を見つけると罠だと分かっていても突っ込んでしまう、愛すべき魔法オタクです。)

本作「新たなるゲートウォッチ」はファンコンテンツ・ポリシーに沿った非公式のファンコンテンツです。ウィザーズ社の認可/許諾は得ていません。題材の一部に、ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社の財産を含んでいます。©Wizards of the Coast LLC.
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