新たなるゲートウォッチ   作:Dr.ヤマブキ

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シーン5:邂逅と契約

# 第二部 シーン5:久遠の旅人、邂逅と契約

 

地下工房の重厚な鉄扉が音を立てて開くと、アジャニとテフェリーが同時に顔を上げた。

 

カビ臭さが薄れ、スパイスの香りが漂い始めたその空間に、遊戯とケルシー、そして不機嫌そうなラル・ザレックが戻ってくる。

 

その背後には、見たこともない風体(ふうてい)の小柄なエルフの少女が一人、杖をつきながらひょこひょことついてきていた。

 

「アジャニ、テフェリー。逸材、あるいはそれに類する特異個体を連れてきた」

 

ケルシーの報告は短く、的確だった。

 

彼女は既に、その少女――フリーレンの「魔力秘匿」という高度な技術と、それとは裏腹な世俗への無関心さを天秤にかけ、彼女をこの場に招く価値があると判断していたのだ。

 

「……ほう。随分と静かな、だが深みのある魔力だ」

 

テフェリーが椅子から立ち上がり、フリーレンを凝視する。時間魔道士である彼は、対象が纏う「時間の蓄積」に敏感だった。

 

目の前の少女からは、ラヴニカの石畳を削り取る風のような、あるいは地層に眠る原石のような、途方もない年月の気配がしていた。

 

「さあ、そこに座って。急で悪いけれど、私たちの『学校』に相応しいかどうか、少しお話をさせてもらいたい」

 

アジャニが大きな手で椅子を示す。フリーレンは「ええー……」と億劫そうな声を出しながらも、促されるままにちょこんと腰を下ろした。

 

「……入学面接、ってやつ? 名前はフリーレン。エルフの魔法使いだよ。今は……そう、魔法を収集しながら、人と世界を知るための旅をしている最中なんだ」

 

「旅の途中で、この世界に迷い込んだというわけか」テフェリーが頷く。「ちなみに、君がこれまでに歩んできた時間はどれほどかな? 我々の世界では、エルフは長命種として知られているが」

 

フリーレンは指を折り、少し考え込んでから答えた。

 

「……たぶん、1200歳くらい。正確には数えてないけど、それくらいだと思う」

 

その場に、重たい沈黙が落ちた。

遊戯は目を丸くして絶句し、ラルは「おい、サバを読んでるんじゃないだろうな」と呆れた声を上げた。

 

「1200、ですか……」遊戯が驚きと尊敬を込めて呟く。「僕の世界の人間よりもずっと長い。それだけの時間、フリーレンさんは魔法を?」

 

「うん。ほとんどはささやかな魔法を集めてるだけだけどね」

 

そう言うと、フリーレンは懐から古びた魔導書を取り出した。

 

「例えば、これは『銅像の錆を綺麗に落とす魔法』。こっちは『かき氷にシロップをかける魔法』。あ、これなんかいいよ。このカビ臭い工房にぴったりな、『部屋の埃をすべて右隅に集める魔法』」

 

彼女が杖を軽く振ると、工房の床にわずかに残っていた埃が、シュルシュルと音を立てて部屋の隅に山を作った。

 

ラル・ザレックが額を押さえ、深いため息をついた。

 

「……イゼット団の天才たちが血眼になって開発する高効率の呪文を尻目に、そんなくだらないことに1000年以上費やしてきたってのか?」

 

「くだらなくないよ。魔法は、探し求めている時が一番楽しいんだから」

 

フリーレンの答えは、どこまでもマイペースだった。

 

アジャニは黙って彼女を観察していた。1200年という歳月は、人の心を摩耗させ、感情を枯れさせるには十分すぎる時間だ。

 

だが、この少女の瞳の奥には、未だに小さな、しかし決して消えない火が灯っている。

 

アジャニはゆっくりと、彼女の魂の核心に触れるための問いを投げかけた。

 

「フリーレン。魔法への探求心はわかった。だが、それだけではないはずだ。……君のその目は、何かを探しているように見える」

 

その質問に、フリーレンの動きが止まった。

 

彼女は杖を握り直し、少しだけ視線を泳がせた後、静かにアジャニを見つめ返した。

 

「……うん。アジャニは、見かけによらず鋭いね。……仲間とはぐれちゃってね」

 

「仲間、か」

 

「うん。フェルンっていう人間の魔法使いと、シュタルクっていう戦士の男の子。……私たちが旅をしていたら、突然空間が割れて、気づいたら私だけこの鉄と蒸気の街にいたんだ」

 

フリーレンの声には、焦燥感こそないものの、確かな寂しさが滲んでいた。

 

いつも隣にいたはずの二人の気配がない。フェルンの小言も、シュタルクの情けない悲鳴も聞こえない静寂が、彼女には少し広すぎたのだ。

 

「この街なら、魔法の研究ついでに彼らの手がかりも見つかるかもしれないと思って。……ねえ、アジャニ。この学校に入れば、人探しの手伝いもしてくれる?」

 

アジャニとテフェリーが顔を見合わせた。

 

ラヴニカの現状、領界路(オーメンパス)の暴走、そして日増しに増える異邦人たち。

 

「……可能性は高いな」

 

テフェリーが顎をさすりながら言った。

 

「君がこのラヴニカに飛ばされたのと同時期ならば、彼らもまた、領界路を通じてこの次元のどこかに漂着している可能性は極めて高い。ラヴニカは今、多元宇宙の吹き溜まり(ハブ)になっているからね」

 

「ああ。我々も手伝おう」

 

アジャニも力強く頷いた。

 

「この学校は、ただ戦士を育てるだけの場所ではない。次元の嵐に巻き込まれた迷える者たちが集い、再び歩き出すための灯台でもあるべきだ。……君の仲間、必ず見つけ出そう」

 

フリーレンは目をぱちくりとさせ、それからふっと口元を緩めた。

 

「……ありがとう。アジャニ、君はいい奴だね」

 

穏やかな空気が流れる中、場の温度を断ち切るように、ケルシーの冷徹な声が響いた。

 

「ただし」

 

彼女は手元の端末――アーツの分析結果が表示されているであろう羊皮紙の束――を指先で弾いた。

 

「捜索にはリソースが必要だ。人員、情報網、そして時間。現在の我々の組織力は極めて脆弱であり、ラヴニカ全土を網羅する捜索活動を展開する余力はない。フリーレン、貴方の要求を通すには、等価交換として貴方の能力を証明し、組織への貢献(コントリビューション)を示す必要がある」

 

「うーん……やっぱり、タダじゃダメか」

 

「ふむ、ならばこうしよう」

 

助け舟を出したのは、テフェリーだった。彼は楽しげに杖を回し、遊戯とフリーレンを交互に見る。

 

「いわゆる『入学試験』といこうじゃないか。フリーレン、そして遊戯くん。君たち二人に、最初のミッションを課そう」

 

「ミッション……ですか?」

 

遊戯が身を乗り出す。

 

「ああ。現在、この都市で深刻化している『他次元からの難民問題』。これを解決する、あるいは解決への確かな道筋を示してほしい。そうすれば、街の情報網も整理され、フリーレンの仲間を探すのもずっと容易になるはずだ」

 

テフェリーの提案は、一石二鳥を狙ったものだった。街の混乱を鎮めれば、ギルドからの信用も得られ、結果として人探しの効率も上がる。

 

「なるほど……。仲間を探すために、まずは探しやすい環境を作るってことだね」

 

フリーレンは納得したように頷いた。遠回りのようでいて、実は一番の近道かもしれない。彼女はそういう「急がば回れ」の精神を、かつての勇者一行の旅で学んでいた。

 

ラル・ザレックが不敵に笑う。

 

「アゾリウスの堅物どもが手間取ってる間に、俺たちが問題を片付けちまえば、イゼット団の鼻も高くなるってもんだ。案内くらいはしてやるよ。……おい、エルフ。お前のその『くだらない魔法』とやらが、実戦でどれだけ役に立つか見物だな」

 

「ん。期待しないで待っててよ」

 

フリーレンは立ち上がり、遊戯に向かって手を差し出した。

 

「よろしくね、遊戯。……君となら、なんとかなりそうな気がするよ」

 

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします、フリーレンさん!」

 

遊戯はその小さな手をしっかりと握り返した。

 

伝説のデュエリストと、悠久の時を生きるエルフの魔道士。

 

全く異なる時間を生きてきた二人が、今、ラヴニカという新たな盤面でタッグを組んだ。

 

「ケルシーさん、行ってきます! アジャニさんも!」

 

元気よく飛び出していく遊戯と、その後ろをあくびをしながらついていくフリーレン。そして悪態をつきながらも二人の護衛役をかってでるラル。

 

残された地下工房で、アジャニは彼らの背中を眩しそうに見送った。

 

「……いいチームになりそうだ」

 

「ああ。彼らならきっと、この街に新しい風を吹かせるだろうさ」

 

テフェリーが静かに笑い、ケルシーは無言で次の計画書へとペンを走らせ始めた。

 

新生ゲートウォッチ。その最初の活動は、派手な戦闘ではなく、迷える魂たちへの救済から始まる。




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