新たなるゲートウォッチ   作:Dr.ヤマブキ

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シーン6:理法と情熱の狭間

アゾリウス評議会の拠点、「新プラーフ」の出張所。

 

その巨大な白い大理石の塔の麓には、幾重にも重なる絶望の列が形成されていた。

 

「秩序(オーダー)なき者に、この門を潜る権利はない。整理券を持ち、指定された時刻に再度出直せ」

 

冷徹な法魔道士の声が響くたび、群衆からは悲鳴に近い溜息が漏れる。

 

領界路から流れ着いた異邦人たちは、自分たちが犯したわけでもない「不法侵入」という罪に問われ、膨大な書類と複雑怪奇なラヴニカの法体系という名の迷宮に閉じ込められていた。

 

「……ひどいな。助けを求めている人たちに、あんな風に接するなんて」

 

遊戯は、震える手で自らのデッキケースを握りしめた。

 

彼のいた世界でも、ルールは絶対だった。しかし、そのルールは常にプレイヤーを対等に結びつけ、全力を出し合うための舞台であるべきだった。

 

今ここで目の当たりにしているのは、強者が弱者を切り捨てるための「言葉の壁」に他ならない。

 

「アゾリウスの連中にとっては、この混乱そのものが『法に対する不敬』なのさ」

 

ラルが吐き捨てるように言った。

 

彼のイゼット団としての気質――混沌と閃きを愛する情熱――は、この形式主義の極至であるアゾリウスとは根本的に相容れない。

 

ラルの表情には、同情というよりも、機能不全に陥っているシステムへの苛立ちが滲んでいた。

だが、今の彼にはそれを覆す力はない。プレインズウォーカーの灯を失った彼は、ただの一市民として、この巨大な歯車の一部になるしかなかったのだ。

 

遊戯は、列の最後尾でうずくまる親子に目を向けた。

 

異世界の言葉で泣き叫ぶ子供と、それを必死になだめる母親。その瞳には、明日への希望など微塵もない。あるのは、ただ終わりのない「待機」への恐怖だけだ。

 

(……この状況、まるで「ロックデッキ」にハメられているみたいだ)

 

彼は感情的な少年だが、同時に稀代の戦術家でもある。目の前の悲劇を、一つの「盤面」として捉え直すことで、解決への糸口を探ろうとしていた。

 

1. 不定期な流入:領界路は制御不能で、いつどこから難民が現れるか予測できない。

2. 容量の限界:ラヴニカの各ギルドは自陣営の維持で手一杯。よそ者を受け入れる物理的・精神的余裕がない。

3. 治安の悪化:飢えと不安は争いを生み、異邦人と市民の間に摩擦が生じる。

4. 都市の困窮:治安維持と救済にリソースを割かれ、ラヴニカ全体の機能が低下していく。

 

「……このままじゃ、誰も勝てない」

 

遊戯の呟きに、フリーレンが足を止めた。

 

「解決策が見つかりそう?」

 

「いえ、まだ。でも、どこか一つの『効果』を無効にしないと、このループは止まりません。フリーレンさん……魔法使いとして、あるいは長く世界を見てきた者として、この中で一番先に解決すべきなのはどこだと思いますか?」

 

フリーレンは少し考え、杖の先で地面の泥を突いた。

 

「そうだね。……1番の流入は、今のところどうしようもない。テフェリーでも完全に門を閉じるのは難しいだろうし。なら、2番の余裕のなさか、3番の治安じゃないかな。……お腹が空いてると、人は魔法より先に拳を使うから」

 

遊戯は深く頷いた。

 

カードゲームでも、手札やリソースが尽きた時が一番危うい。

 

ラヴニカという巨大な盤面は、今まさにリソース不足で自壊しかけているのだ。

 

「甘いな」

 

ラルが冷ややかに割り込んだ。

 

「余裕を作る? 言うのは簡単だがな、遊戯。誰がそのコストを払うんだ? アゾリウスは法規を守るのに必死だ。セレズニアは身内の結束を固めるだけで、よそ者には冷たい。ボロスは脳筋だ。……どのギルドも、自分たちの利益にならないことは動かない」

 

善意だけで組織は動かない。特にこのラヴニカという、利益と契約で成立している都市においては。

 

「それに、お前のような余所者が声を上げたところで、誰が耳を貸す? お前には権限も、実績も、この世界での信用もゼロだ」

 

遊戯はラルの言葉を噛み締めるように答えた。

 

「....でも、ラルさん。ゼロなら、作るしかありません。……感情論だけじゃ動かないなら、彼らが『無視できない』状況を作ればいい」

 

「無視できない状況?」

 

「はい。アゾリウスも、ボロスも、この停滞した空気に苛立っているはずです。もし、この閉塞感を打ち破るような『何か』が起これば……いや、誰かが起こせば、彼らの目は必ずそこに向く」

 

遊戯の瞳に、確かな光が宿った。

 

逆転の一手。それは常に、相手の予想の外側から放たれるものだ。

 

その時。

殺伐とした難民の列の端から、ひそひそとした噂話が聞こえてきた。

 

「……聞いたか? 昨日も現れたらしいぞ」

 

「ああ。『幽霊のような疾風』だろ? アゾリウスの騎乗兵(スカイナイト)ですら追いつけなかったって」

 

フリーレンが耳をピクリと動かし、その方向へ歩き出す。

 

「ねえ、そこの人たち。何の話?」

 

フリーレンが唐突に声をかけると、難民の男たちは驚いたように彼女を見たが、エルフの無害そうな外見に気を許したのか、興奮気味に語り始めた。

 

「……ああ、間違いねえ。あんなに小さいのに、ありえない速さなんだ。獣みたいな耳がついてて、見たこともない服を着てた。何をするでもなく、ただひたすらに、何かに取り憑かれたみたいに走り続けてるんだ」

 

「俺も見たよ。不思議なんだ。彼女が通り過ぎた後は、なぜか元気が湧いてくる。『あんなに必死に走ってる奴がいるんだから、俺たちもまだやれるんじゃないか』って」

 

遊戯の心臓が、ドクンと大きく脈打った。

 

(……間違いない。あの時見かけた、ジャージの女の子だ)

 

以前、街で見かけた時の彼女の瞳を思い出す。

 

虚ろで、焦点が定まらず、何か「自分を救ってくれる崇高なもの」を求めて彷徨うような、飢えた執着と絶望が混ざり合った表情。

 

遊戯が顔を上げる。その表情は、もう迷う少年のものではなく、勝負所を見定めたデュエリストのものだった。

 

「見つけました。この状況をひっくり返す、『切り札』です」

 

「……はあ? あの噂の『走り屋』のことか?」

 

ラルが呆れたように問い返す。

 

「ただの逃亡者だろ。アゾリウスから逃げ回ってるだけの不法侵入者だ」

 

「違います。彼女は逃げているんじゃない。……探しているんです。ゴールを」

 

遊戯は断言した。

 

「彼女の走りは、難民たちの心を動かしています。アゾリウスも彼女を捕まえられずに焦っている。……つまり、彼女は今、この街で一番『注目されている』存在なんです」

 

ラルの目に、わずかに興味の色が差した。

 

派手な実験、雷のような衝撃。遊戯の言葉は、ラルの美学に響くものがあった。

 

「彼女を、この難民問題の『旗印』にします。ただ助けられるのを待つだけの難民じゃなくて、自分たちの足で立ち上がろうとする新しいラヴニカの住人としての象徴に」

 

「彼女を追いかけているアゾリウスやボロスの人たちに、彼女の走りに意味があることを見せつけたい。……そうすれば、この停滞した空気は必ず変わります!」

 

フリーレンは遊戯の提案を聞き、ふっと微笑んだ。

 

「……面白いね。そういうの、嫌いじゃないよ。……で、どうするの? あの子は、並の魔法じゃ捕まえられないくらい速いよ」

 

「彼女は今、何かに怯えて、あるいは何かを探して必死に走っている。だったら、僕たちが彼女の『ゴール』を示してあげるんです。……ラルさん、この街で一番目立つ場所はどこですか?」

 

ラルは一瞬呆気に取られたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。

 

彼はもう、遊戯をただの「迷い込んだ子供」とは見ていなかった。

 

この少年は、自分たちプレインズウォーカーですら思いつかないような盤面を、平然と描いてみせる。

 

「……フン、このクソ狭いラヴニカの中で広い場所なんぞアゾリウスの議事堂前の広場、アゾール・プリッツくらいなもんだ。あそこなら、軍隊の一つや二つ整列させてもお釣りが来る」

 

「そこだ。そこを、彼女のゴールにするんだ」

 

遊戯はフリーレンとラルに向かって力強く頷いた。

 

「行きましょう。僕たちの最初のミッション……『疾風の希望』を、この絶望のループを断ち切るエースカードにするんです!」

 

アゾリウスの白い巨塔を見上げ、三人の視線が重なった。

 

理屈(ルール)で固められた世界に、情熱(プレイ)で風穴を開ける。

 

新たなるゲートウォッチの挑戦が、今ここから始まった。




◆専門用語解説 「アゾリウス評議会」
ラヴニカの都市機能を支える10のギルドの一つで、立法・司法・行政のすべてを司る巨大組織です。 彼らにとって「法」こそが絶対であり、どんな小さな違反も見逃しません。

現ギルドマスターは、幽霊として復活したアウグスティン4世です。

(要するに、警察と裁判所と市役所が合体したような、超・お堅い公務員集団です。書類手続き一つミスしただけで、数時間の説教と逮捕状がセットで飛んできます。)

本作「新たなるゲートウォッチ」はファンコンテンツ・ポリシーに沿った非公式のファンコンテンツです。ウィザーズ社の認可/許諾は得ていません。題材の一部に、ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社の財産を含んでいます。©Wizards of the Coast LLC.
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