新たなるゲートウォッチ   作:Dr.ヤマブキ

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シーン3:盤面(ボード)上の対話

賑やかな会場の喧騒を離れ、二人は屋上の静かなベンチへと場所を移していた。

 

アジャニはその巨躯を窮屈そうに折り曲げ、目の前のテーブルに置かれた小さな紙片――「カード」をじっと見つめている。

 

「これは、君の世界の戦い方なのだな」

 

アジャニの声は低く、そして重い。 遊戯は穏やかに頷き、自分のデッキを愛おしそうにシャッフルした。

 

「ええ。僕の世界では、言葉で伝えられないことをゲームで教え合うことがあります。あなたのことも、あなたの言っている『多元宇宙』のことも、まだ完全には理解できていないけれど……戦えば、わかると思うから」

 

遊戯の瞳には、かつて彼の中にいた「もう一人の自分」の鋭い影はない。

 

しかし、代わりに宿っているのは、凪いだ海のような深く静かな包容力だ。大切な半身との別れを経て、独り立ちした一人の戦士としての輝き。

 

ゲームが始まった。

 

アジャニは困惑していた。この世界にはマナの奔流がない。

 

しかし、遊戯がカードを置くたび、盤面には確かな「意志」が構築されていく。

 

アジャニは無意識に、自らのマナ(魔力)を指先に集めた。実体化はさせない。だが、カードという媒体を通じて、自らの戦術を盤面に投影する。

 

アジャニのプレイスタイルは、まさに彼の生き様そのものだった。

 

彼は弱い兵卒(クリーチャー)を並べ、それら一つ一つに丁寧な「強化」を施していく。

 

(……そうだ。かつての私は、ただ力で圧倒するだけだった)

 

アジャニは自らの過去を回想する。 兄弟を殺され、復讐に燃えていた頃の自分。

 

新ファイレクシアの悪しき油に穢され、破壊の限りを尽くした時の絶望。

 

だからこそ、今の彼のカードは優しかった。

 

一体の兵士を守るために盾を構え、隣に立つ者の力を引き出し、全体を導く。

 

それは「軍団」というよりも「家族」を育てるような、慈愛に満ちた指導者の盤面。

 

「君の駒は、まだ小さい。だが、私は彼らを孤独にはさせない。絆を束ね、強固な壁となろう」

 

アジャニがそう告げ、盤面の「教導」を象徴する呪文を擬似的に展開したとき、遊戯の口角がわずかに上がった。

 

「素敵な戦い方だ、アジャニさん。あなたは本当に……誰かを守りたいと思っているんですね」

 

遊戯の手が、デッキの束へと伸びる。 「でも、絆を信じているのは、僕も同じだ。――僕のターン、ドロー!」

 

遊戯の指先が描く軌跡に、アジャニは幻視した。 そこにマナはない。しかし、運命そのものを手繰り寄せるような、強烈な「引き」の重圧。

 

遊戯が繰り出したのは、一見すると非力な魔術師や、奇妙な仕掛けを持つ機械の数々だった。

 

アジャニの強固な布陣に対し、遊戯は真っ向からぶつかることはしない。

 

罠を仕掛け、相手の力を利用し、一瞬の隙を突いて盤面をひっくり返す。

 

それは「力」を「知略」でいなす、極めて高度な精神的遊戯。

 

(何という柔軟さだ……!)

 

アジャニは驚愕した。 遊戯の盤面には、一つの「答え」に固執する様子がまったくない。

 

アジャニが壁を作ればそれを潜り抜け、強化を施せばその前提を崩す。

 

そして、遊戯の盤面の中核にいたのは、静かに成長を続ける魔導師――《サイレント・マジシャン》だった。

 

「……君は、独りなのか?」

 

アジャニは思わず問いかけていた。 遊戯の放つ光は黄金だが、その中心には、大切な何かを失った後のような、深い静寂の穴が開いているように見えたからだ。

 

遊戯は一瞬、寂しげに目を伏せた。だが、すぐに顔を上げ、確かな微笑みを返す。

 

「……以前の僕には、いつも背中を預けられる、もう一人の僕がいました。彼は強くて、気高くて……僕はいつも、彼に追いつきたいと思っていた。でも、彼はもういない。僕が僕であるために、彼は未来へ旅立ったんだ」

 

カードを伏せる遊戯の手が、微かに震える。

 

それは恐怖ではなく、溢れ出す感情を抑える震えだ。

 

「だからこそ、僕は独りで戦わなきゃいけない。でも、それは『孤独』じゃないんだ。彼が残してくれた勇気、一緒に戦ってきたカードたち……そして今、こうして向き合っているあなたとの時間。それらすべてが、僕の力になる」

 

遊戯の盤面が、一斉に輝きを放った。 アジャニの育て上げた「最強の軍団」を、遊戯の「閃き」が鮮やかに解体していく。

 

それは勝利への執着ではない。相手の全力を受け止め、それを超えることで、互いの存在を認め合う――「儀式」としてのゲーム。

 

アジャニは、自らの盤面が崩れていくのを見ながら、不思議と晴れやかな気分だった。

 

(この少年は、失うことの痛みを知っている。そして、その痛みを抱えたまま、他者を信じる強さを持っている)

 

灯(スパーク)など、必要ない。 アジャニが求めていたのは、強大な魔力を持つ超人ではなく、このように「絶望の淵から、自らの足で歩き出す意志」を持つ者だったのだ。

 

ゲームの終局。 アジャニのライフ(精神的な均衡)が削り切られたとき、二人の間には、言葉以上の深い理解が成立していた。

 

アジャニはゆっくりと、巨大な手を遊戯に差し出した。

 

「見事だ、武藤遊戯。君の『遊戯』の中に、多元宇宙を救う鍵を見た」

 

遊戯はその手を、両手でしっかりと握り返した。

 

「ありがとう、アジャニさん。あなたの戦い方……すごく温かかった。僕で役に立てることがあるなら、力になりたい。……それが、どんなに遠い世界の出来事だとしても」




◆専門用語紹介
「プレインズウォーカー」
多元宇宙(様々な世界が並行して存在する宇宙)の各次元を渡る能力を持つ、強力な魔法使いのことを指します。

灯(Spark)を内に宿さなければ、プレインズウォーカーに覚醒することはできません。

逆に灯を失ったり奪われれば、プレインズウォーカーとしての能力は失われます。

本作では独自解釈を加えた設定がありますので、いずれ見ることができるでしょう。

本作「新たなるゲートウォッチ」はファンコンテンツ・ポリシーに沿った非公式のファンコンテンツです。ウィザーズ社の認可/許諾は得ていません。題材の一部に、ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社の財産を含んでいます。©Wizards of the Coast LLC.
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