先ほどの激しい盤上の攻防が嘘のように、屋上には穏やかな静寂が戻っていた。
アジャニは大きく深呼吸をし、テーロスやラヴニカとは異なる、この世界の「日常」の空気を肺に溜めた。
「……驚いたよ。君という人間には、やはり不思議な力がある」
アジャニは、先ほどまでの「ゲーム」で感じ取った遊戯の魂の感触を噛みしめるように言った。
そして、彼は意を決して自らの重い過去と、多元宇宙が直面している危うい均衡について語り始めた。
「遊戯。私はかつて、多くの英雄たちと共に『ゲートウォッチ』という組織に身を置いていた。我々は誓ったのだ。多元宇宙の守護者として、次元を越える脅威から弱き人々を守り抜くと」
アジャニの言葉は、告解のようでもあった。
彼は、新ファイレクシアという機械の軍団によって自分が「完成」させられ、意志を奪われ、守るべき人々を手にかけたことも、隠さずに打ち明けた。
遊戯は口を挟まず、アジャニの大きな手に宿る微かな震えを見つめながら、その痛みを分かち合うように聞き入っていた。
「戦いは終わった。だが、その代償は大きかった。かつての仲間たちは傷つき、それぞれの道を歩み始めている。組織としてのゲートウォッチは、もはや形を成していない。……しかし、脅威は決して消えはしないのだ。次に大きな嵐が来たとき、多元宇宙には盾となる者がいない」
アジャニは遊戯の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「だからこそ、私は新たな組織を、新たな世代で築きたいと考えている。灯(スパーク)の有無に依存せず、不屈の意志を持ち、知恵を絞り、手を取り合える者たちを。――武藤遊戯。君のその魂の光を、多元宇宙のために貸してはくれないだろうか」
遊戯は少しの間、沈黙した。
屋上を吹き抜ける風が、彼の髪を揺らす。
彼はかつて、自分の中にいた「もう一人の自分」と共に戦い、そして彼を見送った。
その経験があるからこそ、アジャニが背負っている責任の重さと、孤独な決意が痛いほど理解できた。
「……アジャニさん。僕にできることがあれば、喜んで。あなたの話してくれた『多元宇宙』がどんなに広くても、誰かを守りたいという気持ちは、きっとどこへ行っても変わらないと思うから」
遊戯は穏やかに、しかし確固たる意志を込めて頷いた。アジャニの胸に、久しく忘れていた温かな安堵が広がる。
しかし、遊戯の表情はすぐに真剣な、分析者のそれへと変わった。
「でも、アジャニさん。一つだけ気になることがあるんだ。……さっき、あなたが教えてくれた『ゲートウォッチが分解してしまった理由』のことだけど」
遊戯は空を見上げ、カードをシャッフルするように指を動かした。
「共通の敵がいなくなったこと、メンバーの目的がバラバラになったこと……。それは確かに大きな原因だけど、それだけじゃない気がする。組織が『善意』や『友情』だけで繋がっているうちは、平和な時に綻びが出るのは当然なんだ」
アジャニは耳をそばだてた。戦士である自分にはない視点が、そこにはあった。
「必要なのは、対策を練ることだけじゃない。……もっと根本的な、例えば『安全装置』のような仕組みが必要だと思う。」
「誰かが道を踏み外しそうになった時、あるいは目的が逸れた時、組織そのものが暴走したり瓦解したりしないための……システムと言えばいいのかな」
遊戯はそこまで言って、少し困ったように眉を下げた。
「……ごめん。僕にはあなたの世界の魔法や、次元を越えるための理屈はわからない。だから、具体的にどうすればいいのか、その『装置』をどうやって作ればいいのかまでは、答えが出せないんだ」
アジャニは自らの無力さを改めて痛感した。
自分は兵を導く将軍であり、若者を導く教育者だ。しかし、多元宇宙を跨ぐ組織を「設計」するような、緻密な論理を構築する術は持っていない。
(私は剣であり、盾だ。……だが、我々には『羅針盤』が必要だ)
遊戯の直感は正しい。ゲートウォッチに必要なのは、単なる力ではなく、組織としての恒久的な知恵だ。自分たちの経験則だけでは、再び同じ過ちを繰り返すことになる。
「君の言う通りだ、遊戯。……我々には、もう一人の知恵者が必要だ。私の知識を整理し、君の洞察を形にし、多元宇宙の理を解き明かして『システム』へと昇華できる……組織の頭脳となる人物が」
アジャニの脳裏に、いくつかの顔が浮かんだ。だが、今の状況で最もふさわしいのは誰か。
◆専門用語解説
「(旧)ゲートウォッチ」
次元を渡る能力をもつ魔法使い「プレインズウォーカー」たちの同盟。
多元宇宙全体の脅威に対して、チームを組んで対抗しようとした。
前回、解説したようにプレインズウォーカーは逃げようと思えば、いくらでも逃げられる能力を持っています。
しかし彼らは逃げなかった。
自分一人では対抗できない強大な敵でも、みんなで手を取り合い戦えばきっと乗り越えられると信じて。
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