屋上の片隅、壊れた水道から滴り落ちた水が、コンクリートの窪みに小さな水溜りを作っていた。
アジャニはその前に屈み込み、自らの大きな掌を見つめた。
遊戯の鋭い指摘――組織には「安全装置」と「設計図」が必要だという言葉が、アジャニの胸に重くのしかかっている。
(……情けないものだな)
アジャニは自嘲気味に、微かに唇を歪めた。 かつては数々の次元を救い、英雄と称えられた自分。
しかし、いざ新しい組織を築こうとすれば、具体的な「知恵」を誰に求めればいいのかさえ思い浮かばない。
知恵者のジェイスがいれば、あるいはテフェリーがいれば、彼らは即座に最適解を導き出しただろう。だが、今の自分は独りだ。
「……アジャニさん?」
遊戯が心配そうに声をかける。アジャニは首を振り、黄金の隻眼を水面に向けた。
「すまない、遊戯。私は……戦い方は知っていても、世界の理(ことわり)を繋ぎ合わせる術には疎い。だが、立ち止まっているわけにもいかない。――私の故郷や、かつて巡った次元に伝わる古い術を試してみよう」
アジャニが水溜りに手をかざすと、彼の指先から清廉な白いマナが溢れ出した。
それは「占術(Scry)」。
未来を予見するのではない。今、多元宇宙のどこかで、自分たちが必要としている「答え」を持つ魂を、運命の糸を辿って探し出す儀式だ。
「なにかが……水の中に吸い込まれていく……」
遊戯が息を呑む。彼が知る「闇のゲーム」の魔力とは違う、生命そのものを祝福するような光の奔流。
水面が激しく波打ち、やがて鏡のように滑らかになると、そこにはこの世界の都会とはかけ離れた、峻険な山々の風景が映し出された。
雪に覆われた頂、切り立った崖。その中腹に、ひっそりと佇む質素な石造りの小屋。 視点が吸い込まれるように小屋の内部へと入り込む。
そこに、その女性はいた。
机に積み上げられた膨大な古文書と、奇妙な計器類。それらに囲まれ、羽ペンを走らせている一人の女性。
アジャニは、彼女の姿に奇妙な親近感と、それ以上の「重圧」を感じた。
彼女の頭上には、アジャニと同じような、しかしより小ぶりでしなやかな、猫の耳を思わせる獣の耳がついていた。
(……彼女もまた、私の同胞か? いや、違う。もっと古く、そして冷徹な……知性の深淵を感じる)
女性の肌は透き通るように白く、その瞳はすべてを見透かすような冷徹な光を湛えている。
彼女の周囲には、数百年、あるいは数千年という時間を積み重ねてきた者だけが持つ、独特の「静寂」が漂っていた。
彼女が顔を上げた。水面越しであるはずなのに、まるでアジャニたちの存在を、その次元の壁を越えて察知したかのように、彼女の視線がこちらを射抜いた。
「……名前も、どこの次元の住人かもわからない。だが、遊戯……私の直感が告げている。この女性(ひと)なら、君の言う『システムの欠落』を埋めてくれるはずだ」
アジャニは水面から手を離した。映像が消え、ただの濁った水溜りに戻る。
「あの人は……とても悲しい、でもそれ以上に強い決意を抱えた目をしていた。僕にもわかる。あの人は、自分の命よりも大切な『何か』を守るために、ずっと戦い続けてきた人だ」
遊戯の言葉に、アジャニは力強く頷いた。 アジャニは立ち上がり、遊戯の肩にそっと手を置いた。
「次元を渡る準備はいいか? 遊戯。君にとって、これは故郷を離れる、戻れる保証のない旅になるかもしれない」
遊戯は、腰のデッキケースを一度だけ強く叩いた。
「……大丈夫。カードたちが一緒だし、何より、あなたを信じてるから。アジャニさん。行こう、その人のところへ!」
アジャニが精神を集中させると、彼を中心に眩い光の渦が巻き起こった。
プレインズウォーカーとしての力。かつては彼らだけの特権だったその「次元渡り」が、今は世界を繋ぐ領界路の余波を受け、同伴者をも巻き込んで発動する。
空気が軋み、屋上の景色が万華鏡のように砕け散る。 重力から解放され、次元の隙間を吹き抜ける極彩色の風。
遊戯は初めて体験するその衝撃に目を細めたが、アジャニの大きな手が、彼をしっかりとこの現実へと繋ぎ止めていた。
光が収まったとき。 二人の足元に広がっていたのは、屋上のコンクリートではなく、凍てつくような冷気と、乾いた土の感触だった。
「……着いたようだな」
アジャニの声が、薄い空気の中で低く響く。 目の前には、先ほど水面で見た石造りの小屋があった。
扉の向こうからは、何かが煮えるような微かな音と、ページをめくる規則正しい音だけが聞こえてくる。
アジャニと遊戯は顔を見合わせ、ゆっくりと、多元宇宙の「知恵」へと続く扉を叩こうとした。
◆専門用語解説
「占術」
山札の上から何枚か見て、いらないカードは底へ。
欲しいカードは山札の上に好きな順番で置ける能力です。
ナンノコッチャ。
(要するにゲーム中に未来を見通して、自分の好きな展開を引き込むことができる能力や儀式です。)
本作「新たなるゲートウォッチ」はファンコンテンツ・ポリシーに沿った非公式のファンコンテンツです。ウィザーズ社の認可/許諾は得ていません。題材の一部に、ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社の財産を含んでいます。©Wizards of the Coast LLC.