新たなるゲートウォッチ   作:Dr.ヤマブキ

6 / 25
シーン6:理知の迷宮、賢者の尋問

石造りの扉は、軋んだ音を立てて開いた。

 

部屋の中に充満していたのは、古い紙の匂いと、いくつもの複雑な薬剤が混ざり合ったような、刺すような、しかし清潔な香りだ。

 

アジャニと遊戯が足を踏み入れた先には、山積みの書類の向こう側に、静かにペンを動かす一人の女性――ケルシーがいた。

 

彼女は顔を上げず、羽ペンが紙を撫でる音だけが室内に規則正しく響く。

 

「……あの、すみません。僕は武藤遊戯、こちらはアジャニさん。あなたの力を借りたくて、遠い世界から……」

 

遊戯が努めて丁寧に語りかけた。しかし、ケルシーの返答は、彼らが予想していた「驚き」や「拒絶」とは、全く異なる性質のものだった。

 

ケルシーはゆっくりとペンを置き、組んだ指の上に顎を乗せた。その冷徹なエメラルド色の瞳が、二人を射抜く。

 

「多元宇宙の観測者、あるいは一時的な座標の占拠者である君たちが、エントロピーの増大を無視してまでこの極めて限定的な時空座標へと干渉を試みた事象そのものについては、すでに計算の範疇にあると言わざるを得ない。しかし、君たちが提示する『助力を乞う』という極めて主観的かつ抽象的な概念が、テラという閉鎖系の生態学的均衡においてどのような正のフィードバックをもたらすのか、その論理的帰結を私は未だ視認できていない。まず君たちが成すべきは、自らの存在がもたらす情報的汚染の責任を自覚し、その『目的』という名の不確定要素を、私の理解しうる言語体系へと置換することだ」

 

「……えっ?」

 

遊戯は思わず、持っていたデッキケースを落としそうになった。

 

今、彼女は何と言ったのか。

 

「こんにちは」と言われたのか、「帰れ」と言われたのかさえ判然としない。

 

遊戯は隣に立つアジャニを仰ぎ見た。数多の戦場を潜り抜け、様々な次元の賢者と対話してきたアジャニなら、今の「呪文」を理解できているはずだ。

 

しかし、アジャニもまた、巨大な耳をピクピクと震わせ、隻眼を白黒させて固まっていた。

 

「……あ、アジャニさん? 今のは、つまり……?」

 

「……待ってくれ、遊戯。今、私の脳内でラヴニカの法魔術師の起草文と、テフェリーの難解な時間論を掛け合わせて翻訳を試みている。……いや、ダメだ。彼女の言葉は、一節一節が独立した論文のように重い……」

 

アジャニは困惑し、眉間に深い皺を刻んだ。

 

「すまない、女性(ひと)よ。我々はただ、多元宇宙を守るための組織を再建したく……その、君のような『知恵者』の力を貸してほしいのだ」

 

アジャニが必死に絞り出した言葉に対し、ケルシーは眉ひとつ動かさず、さらに難解な言葉の礫を投げ返した。

 

「組織の再建。その言説に含まれる『善意』という名の脆弱な触媒が、過去の歴史においてどれほどの惨劇を再生産してきたか、君たちは顧みたことがあるか。君たちが『ゲートウォッチ』と呼称する個別の魔法使いによる互助会的な集合体は、その実、構成員の個人的な感傷と一時的な利害の一致に依存した、構造的欠陥を内包する砂上の楼閣に過ぎない。君たちが私に求めているのは『知恵』という名の免罪符か、それとも破綻したシステムを一時的に糊塗するための対症療法か。もし後者であるならば、君たちの旅路はこの雪山の冷気によって凍結されるのが、多元宇宙の生存戦略として最も効率的であると判断せざるを得ないが?」

 

「…………」

 

遊戯は、ふらふらと机に手をついた。

 

(すごい……海馬(かいば)くんの罵倒よりも、ずっと情報の密度が高い……。何だろう、言葉の一つ一つに、数百年分の人生の重みが詰まっているみたいだ……)

 

遊戯の脳内では、もはや彼女の言葉を日本語として理解することを拒否し始めていた。

 

代わりに、彼女の放つ「魂の波形」を感じ取ろうと試みる。

 

冷徹で、理系的で、どこまでも合理的。だがその奥底には、決して他人には見せない、焼け付くような献身と、深い深い憂いがある。

 

「アジャニさん……。彼女は、僕たちのことを『甘い』って言ってるんだと思う。組織を作るなら、ただの仲良しごっこじゃなくて、もっとしっかりした仕組みが必要だって……」

 

「……なるほど、そういうことか」

 

アジャニは冷や汗を拭い、居住まいを正した。

 

「……我々の未熟さは認める。私は戦士であり、君のような『理』を編む者ではない。だが、だからこそ君が必要なのだ。遊戯が言った『安全装置』……、組織が正義の名の下に暴走せず、平和な時にも腐敗しないための『骨組み』を、君の手で設計してほしい」

 

ケルシーは、初めて微かに目を細めた。

 

その視線が、アジャニを通り抜け、隣に立つ小柄な少年――武藤遊戯へと注がれる。

 

「……興味深い。私の言語体系という名の迷宮において、その意味の核心を即座に抽出したその少年の直感は、予測を逸脱した変数として記録する必要がある。武藤遊戯、君の『カード』という情報媒体が誘発する物理法則の書き換え、およびアジャニ、君の持つ『次元渡り(プレインズウォーク)』という超常的な位相変位現象。これら未解析の『能力』と『技術体系』の全データを開示し、私の管轄下における精密な解析と、その結果を共有することを、貴君らの要求する『組織の頭脳』という役割に対する対価として提示する。この契約は、君たちの未確定な理想に対する、私からの最小限の論理的担保であるが、不利益な取引であると判断するか?」

 

「え、あ、ええと……つまり、僕たちの持っているカードの力とか、アジャニさんの次元を渡る魔法の理屈とかを、全部ケルシーさんに教える、っていうのが、仲間になってくれる条件ってことですか?」

 

遊戯がおそるおそる尋ねると、ケルシーは視線を再び書類へと戻し、淡々と付け加えた。

 

「『仲間』という定義の曖昧さについては、後ほど数時間かけて議論する必要があるだろう。だが、君たちの存在が多元宇宙の破滅を加速させる特異点ではなく、その収束を阻むための変数になり得ると仮定するならば……私がここでペンを動かし続けるよりも、君たちの『無謀な遊戯』に随行する方が、私の残された膨大な、あるいは残り少ない時間の投資先として、合理的な選択である可能性は否定できない。……お茶を淹れよう。君たちが持ち込んだその異世界の毒素について、まずは詳しく聞かせてもらう」

 

ケルシーが席を立つ。 遊戯とアジャニは、ようやく肺の中の空気を吐き出した。

 

「……アジャニさん。僕、これからの旅で、彼女の言葉を通訳する自信がありません」

 

「……安心しろ、遊戯。私もだ。だが……彼女がいれば、新しいゲートウォッチは、きっと誰にも壊せないものになる」




◆専門用語解説
「ケルシー構文」
久しぶりに人と話すと、ついつい早口でまくし立ててしまいませんか?。

えっ...しない!?。

彼女の個性の一つですが、乱発しないように気をつけようと思います...。

本作「新たなるゲートウォッチ」はファンコンテンツ・ポリシーに沿った非公式のファンコンテンツです。ウィザーズ社の認可/許諾は得ていません。題材の一部に、ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社の財産を含んでいます。©Wizards of the Coast LLC."
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。