石造りの小さなテーブルを囲み、三人は温かさを失いつつある紅茶のカップを前に、沈思黙考していた。
アジャニは大きな指で地図を描くようにテーブルをなぞり、その口を開く。
「私が拠点の候補として考えているのは、ラヴニカという次元だ。……あそこは一つの都市が世界そのものを覆い尽くしている特殊な次元だが、それゆえに多元宇宙のあらゆる種族、文化、そして価値観が交差する、文字通りの中心地といえる」
アジャニの脳裏には、空を突くゴシック様式の尖塔と、そこを行き交う天使や飛行機械、そして路地裏にひしめく人々の活気が蘇っていた。
「異なる価値観を持つ者たちが、ぶつかり合いながらも共生している。……新たなる守護者を育てる場として、これ以上の環境はないと私は思うのだ。だが――」
アジャニは苦渋に満ちた表情で言葉を濁した。
「あの次元は、余白がない。文字通り、建物を建てる隙間がないのだ。そして何より、ラヴニカを支配する『十のギルド』という政治的な壁が立ちはだかる」
遊戯はカードを一枚、指先で回しながら耳を傾けていた。
ケルシーは冷めた紅茶を一口飲み、促すようにアジャニを見つめる。
「いいだろう。その『十のギルド』とやらを一つずつ吟味してみよう。我々が『学校』という中立かつ特殊な機関を設立するにあたって、どの勢力が協力者となり、あるいは障害となるのかを」
アジャニは深く頷き、記憶を紐解きながら、十のギルドについての検討を開始した。
十のギルド討議
「まず、法の番人であるアゾリウス評議会だ」 アジャニが指を折る。
「秩序を重んじる彼らは、教育というシステムには理解を示すだろう。だが、彼らはあまりに官僚的すぎる。学校一つ建てるのに、数千の許可証と数年の議論を要求される。我々の組織が彼らの法体系に組み込まれてしまえば、自由な活動は望めなくなるだろう」
「……ルールを守ることは大切だけど、縛られすぎると新しい可能性が死んでしまうね」 遊戯が静かにつぶやく。
「次にボロス軍。正義を掲げる軍団だが、彼らは『学校』を『士官学校』と履き違えるだろう。私たちが育てたいのは単なる兵士ではない。……そして、セレズニア議事会。彼らの持つ共同体の精神は素晴らしいが、教条主義的な側面が強い。異世界の価値観を丸ごと受け入れるには、少し閉鎖的かもしれない」
アジャニは溜息をつき、さらに続ける。
「金と権力のオルゾフ組は論外だ。教育を借金の担保にするような輩に、若者の未来は預けられない。潜入と情報、暗殺のディミーア家に至っては、学校の中にいくつの盗聴器が仕掛けられるか分かったものではないな」
ケルシーが鋭い口調で口を挟む。
「……効率と革新を求めるなら、そのイゼット団とやらはどうだ? 彼らの魔術科学への情熱は、多次元的なアプローチには適しているように思えるが」
「……爆発に耐えられる校舎があれば、だが」 アジャニが苦笑する。
「彼らの実験はあまりに無鉄砲だ。生徒たちが毎日、異次元に飛ばされたり、蒸発したりするリスクを許容するわけにはいかない。それはシミック連合も同じだ。彼らは生徒の『才能』を伸ばすために、生徒の『遺伝子』そのものを改造しようとするだろう」
「……それは、ゲームのルールを根本から壊すようなものだね」 遊戯の瞳に、少しだけ拒絶の色が走る。
「残るは、狂気のエンターテイナーであるラクドス教団。生と死を慈しむゴルガリ団。そして文明を憎むグルール一族……。いずれも、教育という言葉からは最も遠い場所にいる者たちだ」
陥ったジレンマ
話し終えたアジャニは、重い沈黙に包まれた。
ラヴニカという場所は、教育の「材料」としては最高だ。
しかし、その「土壌」はあまりにも過酷で、政治的な毒素に満ちている。
「……そこは完成されすぎているんだ」 遊戯がぽつりと言った。
「十のギルドが、パイを奪い合って隙間なく埋めている。その中に、どこにも属さない『新しい学校』を建てるなんて、盤面に空きスペースがないのに新しいカードを置こうとするようなものだよ」
「……遊戯の言う通りだ」 アジャニは拳を握りしめた。
「誰かの傘下に入れば、そのギルドの色に染まってしまう。かといって、どこの後ろ盾もなければ、十のギルドすべてを敵に回すことになりかねない。……便利だが、あまりにも『重い』次元なのだ、ラヴニカは」
ケルシーは、空になったカップを見つめながら、冷徹な分析を口にする。
「土地がない。後ろ盾もない。だが、ラヴニカという情報のハブは捨てがたい。……アジャニ、君がかつて語った『トレイリアのアカデミー』は、どうやってその独立性を保っていた? あるいは、ラヴニカの歴史の中で、どのギルドにも属さない『空白地帯』が存在したことはないのか?」
アジャニは深く考え込んだ。
ラヴニカの歴史は血塗られている。だが、その血の下には、忘れ去られた聖域や、どのギルドも手を出せなかった「均衡の地」があるのではないか。
三人の間に、重苦しいジレンマが漂う。 理想の環境。
しかし、物理的・政治的な居場所がないという矛盾。
新たなるゲートウォッチの第一歩は、この巨大な都市の迷宮の中で、早くも足止めを食らっていた。
アジャニは窓の外の雪を見つめ、かつての故郷の自然の中で感じた「何もないことの自由」と、ラヴニカの「すべてがあることの不自由」を比較し、静かに目を閉じた。
◆専門用語解説
「ラヴニカ」
その世界全てが都市に覆われた次元。
10のギルドが互いに都市における役割を担いながら水面下、または表面的に争っている。
魔法による強制力を伴う協定「ギルドパクト」により、かろうじてある程度の秩序を保っている。
しかし本作ではそのギルドパクトに、変化があるようです...。
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