熱を帯びた議論が一度途切れ、沈黙が部屋を支配したとき、遊戯が静かに、しかしよく通る声で口を開いた。
「アジャニさん、ケルシーさん。……二人とも、少し急ぎすぎているのかもしれない」
アジャニとケルシーの視線が、同時に少年に注がれる。
遊戯は臆することなく、二人を安心させるような穏やかな微笑みを浮かべた。
「どんなに壮大なゲームでも、最初はたった一枚のカードを置くことから始まるんだ。最初から完璧な盤面を作ろうとしたら、相手に隙を突かれるか、自分の手札が尽きてしまう。……ラヴニカという世界がそんなに複雑なら、いきなり『大きな学校』を建てようとしなくてもいいんじゃないかな」
「小さく始める……か」 アジャニはその言葉を噛みしめるように繰り返した。
「そう。まずは小さな教室、あるいはただの溜まり場だっていい。そこで僕たちが何をしたいのかを形にして、少しずつ理解者を増やしていく。時間はかかるかもしれないけれど、その方が根っこがしっかりしたものができると思うんだ。……何より、僕たち三人もまだ、お互いのことをよく知らないんだから」
遊戯の提案は、焦燥に駆られていたアジャニの心に冷たい水のように染み渡った。
かつてのゲートウォッチの失敗を繰り返すまいとするあまり、彼は「完璧な組織」という幻影を追いすぎていたのかもしれない。
アジャニは深く頷き、ケルシーを見た。
「遊戯の言う通りだ。……ケルシー、君ならどう動く? この状況で、最も『効率的』に拠点を確保する手段は」
ケルシーは腕を組み、しばし思考の海に沈んだ後、アジャニへと視線を戻した。
「……ラヴニカという都市の構造そのものに食い込む必要があるなら、選択肢は絞られる。アジャニ、君が先ほど言及した、都市インフラを司るギルド……イゼット団。彼らなら、都市の『隙間』を最も熟知しているはずだ」
「イゼットか。……確かに、長であるニヴ=ミゼット様を説得できれば、彼らの管轄する地下区画や、廃棄された魔術工房のスペースを融通してもらうことは可能かもしれない」
アジャニはかつて目にした、あの火を吹く天才、ドラゴンの姿を思い浮かべた。
「だが、あの龍(ニヴ=ミゼット)は並外れた知性の持ち主であり、それ以上に強欲だ。無償で土地を貸すような真似はしないだろう。間違いなく、我々の持つ知識や、異世界の技術……何らかの『未知のデータ』を対価として要求されるはずだ」
「対価なら、ここに十分すぎるほどある」 ケルシーが、自身の傍らに積まれた研究資料と、遊戯が持つ「カード」を指差した。
「私の知見、そして遊戯が持つ、この世界の物理法則を無視した『遊戯』の力。それらはあくなき探求心を持つ知性体にとって、何物にも代えがたい餌になるだろう。リスクはあるが、やってみる価値はある。……ダメなら、その時は別のギルドを手段を含めて検討すればいい」
ケルシーの言葉には、迷いがなかった。一度方針が決まれば、彼女は誰よりも早くその道筋を計算し始める。
「決まりだ。まずは行動しよう」 アジャニが立ち上がった。その巨躯が、小さな小屋を狭く感じさせるほどの覇気を放つ。
「ラヴニカへ向かう。遊戯、もう一度、次元の風に耐えてもらうことになるが、いいか?」
「うん。大丈夫だよ、アジャニさん。……新しい『ゲーム』の始まりだね」
遊戯は力強く頷き、アジャニの大きな手、そしてケルシーの差し出した手を取った。
アジャニは精神を研ぎ澄ませ、ラヴニカの過密なマナの匂い、あの金属と蒸気が混ざり合った独特の喧騒を想起する。
テラの凍てつく空気と、石造りの温もりが、徐々に遠ざかっていく。 次元の裂け目が開き、極彩色の光が三人を包み込んだ。
(待っていろ、ラヴニカ。……今度は、壊すためではなく、育むために私は戻る)
アジャニの決意と共に、三人の姿は吹雪の山中からかき消えた。
残されたのは、冷めきった三つのティーカップと、新しく書き始められたばかりの、真っ白な計画書だけだった。
◆専門用語解説
「イゼット団」
次元ラヴニカの10のギルドの一つ。
ラヴニカという都市世界のインフラ(下水道、給湯、街道整備)を一手に引き受ける。
しかしその実態は狂気のマッドサイエンティストの集団である。
実験による爆発や暴走はしょっちゅうで、ラヴニカでのお騒がせ集団の一つ。
ギルドマスターは突き抜けた知性と傲慢さをもつ天才竜「ニヴ=ミゼット」。
しかし彼がギルドマスターであり続けているということは...この世界ではなにか変わったことが起こっているようです。
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