1/26 更新二度目です。前話を読むことを推奨します。
独自解釈と独自設定を含みます。ご注意ください。
時は、ベル・クラネルがオラリオにて神ヘスティアと契りを交わす15年前。
大陸北端、地続きの地平を進み、オラリオを囲む市壁よりも更に高く厚い『竜の長壁』さえ超えた場所────最果ての地。
『竜の谷』
生ける厄災、竜の王。
下界の終焉を告げる時計が眠るその地を、人と神は、そう呼んだ。
荒廃に支配された岩と土、そして陽が差さない灰と黒の空。全てが乾き、荒れ果てた『死の大地』が、視界の全て。
生きとし生けるものの
乾ききった風に晒される髪は、色が抜け落ちたように白く、果てを見据えるその翡翠色の瞳に光はない。言ってしまえば、空っぽだった。
絶望を宿す彼は、しかし歩み続けた。
空を飛ぶ飛竜の群れ、大地を闊歩する地竜の群れ、それらを
そして彼の視線が捉えたのは、とある小屋だった。
神時代になってなお、人類に終末と終焉の名を忘却させなかった絶対危険地帯────『黒の荒野』にまるで相応しくない、人の営みを感じさせる木造の建築物。
辺りに残存する木っ端の竜が怯えるように近付かない、覇者が住まう家。それが目の前の小屋だった。
少年は軽くノックする。そして、
「
そこに居たのは絶大なる覇気を纏い、顔に壮絶な傷跡がある大男。
そして、
「────」
交わす言葉、波打つ鼓動、息遣いですら煩わしいと感じさせる静寂。
手を伸ばせば触れられる距離なのに、隔離されているように美しさ。
彼女の瞼は、閉じられている。
男と女の名は、ザルド、それから、アルフィア。
千年間、オラリオに君臨していた最強にして最恐の二大派閥。その生き残りだった。
悪鬼のような面立ちから、呆れたような音色を含ませて、ザルドは言う。
「昨日は『長壁』の向こうに、一昨日は木っ端な竜共々、はるか遠くに吹き飛ばした。その前も、そのまた前も…………飽きないな、お前は」
ほとんどの人間と神々は思う。
しかし同時に、こうも思うだろう。
それだけの仕打ちを受けても、ここまでやってくるこの少年は、何故生きているのだろうか、と。
そんな少年は、氷よりも冷たい温度で、言葉を紡いだ。
「この時代の英雄の中で、貴方たちが一番可能性がある。『氷園』に挑み、『杖』を取り、『救世』をする資格がある。
少年らしからぬ言葉遣いには、理知があった。
絶望しかない瞳の奥には、使命があった。
その口調には、きっと懇願があった。
それが少年の存在理由で、生きる意味。
溶けることのない氷のような決意が宿る告白に、しかし。
「無駄だ」
絶対なる静寂の女王は、残酷に切り捨てた。
そこで初めて彼女───アルフィアは瞼を開けた。
左目は彼女の髪と同じ灰色。
右目は少年と同じ翡翠色。
その
「私たちは英雄ではない。竜の王に負け、惨めに逃げ、生き恥を今も晒す存在。死ぬ理由もなくただ居座り続けるだけの亡霊にすぎん」
「…………」
「お前の求める英雄は、私たちではない。それが分かったなら去れ」
自嘲する言葉の裏側には、己をこの世で最も罪のある存在と信じているような嘆きがあった。
今ものうのうと生きていることを恥じている、そんな響きがさえあった。
少年の瞳に映る彼女の
その姿を悲痛げに見ていたザルドも、やはり語った。
「ただ朽ちて逝くだけのこの身………僅かにも出来ることは、せめてこの地の竜共を屠るだけだ。今の俺たちでは、『氷園』までの道程には耐えられん」
「…………」
「力になれなくて、すまない」
ザルドもアルフィアも、見ていたのは世界の未来だった。
憂う想いはあれども、一助にすらなれない後悔の念。それが英雄だった二人の身を焼いていた。
二人は『
だから、ここまで気付けなかった。
二人の独白を聞き届けた少年が、静かに泣いていたことを。
絶望した瞳の奥にある使命すら果たせぬと、折れてしまったことを。
二人はようやく、『
「ッ!?な、泣いてるだと……!?」
山の向こう側まで吹き飛ばした時も泣かなかったのに!?
ザルドは困惑を極めた。
強靭な筋肉が搭載された巨体をオロオロと無様に揺らし、混乱の迷宮に閉じ込められた。
そしてアルフィアは、
「ぁ……ぁぁ……」
酷く呆然としていた。
彼女の目に映るのは、ただ髪が白いだけの少年だ。
けれど、迷子のように泣いている姿は、真実、子供だった。
背景は知らない。理由も分からない。
けれどきっとその使命は、彼の全てだった。生きる意味と同義だった。
なら、その使命が果たせないのなら?
───生きている意味なんて、ないのと同じだ。
その少年の涙の意味に、アルフィアはようやく気付いた。そして、愕然とする。
彼から
この身体に宿った原罪────
そして今度は、彼の使命を、己の恥辱
過ちを、繰り返してしまった。
またしても、アルフィアはまたしても奪ってしまったのだ。
「…………」
今度こそ本当に死んでしまいたいと、心底思う。
だが、罪深い己が死んで楽になることは許されないと、同時にそう考える。
罪は許されない。
許されないから、罪なのだ。
だからアルフィアに残ったのは、贖罪のみだった。
ならばどう償う?どう贖う?何を差し出す?
「(決まっている…………)」
アルフィアの全てを費やし、捧げ、祈る。
この迷子の少年を、明るい未来まで届ける為に、この身を灰にするしかないと覚悟した。
アルフィアと少年の出会いは、そんな過ちと贖罪から始まったのだった。
♦♦────────♦♦
それからアルフィアとザルド、そして少年は共に暮らすことにした。
この絶望すべき危険地帯で、しかし、三人にとっては緩やかな日常と変わらない。
「好き嫌いするな。人参をちゃんと食え」
「違う、
きっと神が観れば滑稽だと嗤うだろう、家族ごっこ。
拙い母親を演じたアルフィアが思うのは、やはり少年のこと。
(年齢に合わない技量と卓越した才能…………なるほど。『救世』の案内人とはよく言ったものだ)
『竜の谷』は、千年前にとある風の大精霊による大いなる『
だが、その対象は嵐の中心に座す竜の王のみ。
王に集う木っ端な竜の方は、時々する『竜の
それらをザルドとアルフィアは討伐し、下界を延命させてきた。
今回も竜が嘶き、飛竜の群れが抜け出してくる。
その
「フッ─────!!」
ザルドの一撃は
空の果てで竜は横断され、灰と化す。
そんな必殺の一撃を、僅かな貯めのみで連発するのだから、飛竜はたまったもんじゃない。
命を脅かすザルドに対し、空という
そしてそれを見て少年は。
「
手のひらから雷光が走る長剣を創り出し、自らの手で再現して見せたのだ────飛翔する斬撃、『残光』を!!
『グギャァ────ッ!?』
正確に言えば、それは『残光』ではない。
一目見てその絶技の枢機を把握し、再現不可能と判断。しかし飛ばすだけならば魔法でいいと、自己流で技を作り替え、斬撃の形をした雷霆を斬り放ったのだ。
(
アルフィアは長年の冒険者としての観察眼で少年を見定め…………いやいや、と頭を振った。
(ちがう、そうじゃないだろうアルフィア。お前がすべきことは、あの子を英雄にすること
今にも消えてしまいそうな儚さを、最愛の妹に何度も重ねそうになり、その度に現実に立ち返る。
重ねることはメーテリアにも、少年にも失礼だし…………虚しさだけが残ったから。
冒険者時代ならば、強さの先に駆り立てようとした。
猛猪や獅子、小人に妖精にドワーフのように、期待という名の一方的な鞭を叩き込んでいくべきだった。試練という『泥』で汚してやった。
けれど今は違う。
じゃあ今はなんなんだ?
そう問われも、アルフィアは答えられなかった。
だって、もうアルフィアでさえ、己の心が分からなかった。
私にとって、あの子はなんなんだ?
あの子にとって、私はなんなんだ?
(嗚呼、もう私は分からない…………分からないよ、メーテリア)
ずっと苦悩を抱えてきた。
それは出会って一年が過ぎ、二年、三年四年五年と過ぎても変わらない。
変わらないどころか、更に大きくなっていった。
分からないことは、増えるばかりだ。
最近あの子が笑おうとすること。
でもその度に顔がひきつり、凍ったような表情に戻ってしまうこと。
どうすればいい?
子供は苦手だ。
私を見て、怯え、怖がり、五月蝿いから。
でもこの子は私を見ても。
怯えず、怖がらず、静かだったから。
────そして八年の時が過ぎようとした時。とある神が訪れた。
「『暴喰』のザルド、そして『静寂』のアルフィアだな?」
一部は灰がかかった漆黒の髪。纏う衣も黒く、まるで闇の中で暮らす住人のようだった。
顔は酷く整っていて、けれど全く笑わない相貌は、何を考えているのかさえ思慮に及ばない。
それもそのはず。
その
彼は己を、エレボスと名乗った。
エレボスはアルフィアとザルドを探し求めていたという。
長く時間をかけ過ぎてしまったが、漸く計画が進む。そうも言った。
一体なんの話だ。そう問い返すと、エレボスの口から語られたのは、人類史に『絶対悪』として刻まれにいこうという、呆れ果てた提案だった。
今、世界を脅かし、オラリオさえも手を焼いている『
燻っている『
『必要悪』となって真実、『
だが、エレボスは本気だった。
「お前達の力がなくても、四割で勝てる。だがそれじゃあ、『次代の英雄』が産まれたとして………………『最後の英雄』は、産まれないかもしれない」
『英雄橋』に存在する、空白の一席。
史上最強にして最高の大英雄アルバートの対面に座す英雄が現れて、ようやく『英雄橋』は完成する。
そしてその最後の英雄は、三大クエストの最後の一角。今も尚眠る、『黒竜』を討伐した者にのみ、その称号は与えられる。
「………………」
ゼウス、ヘラの英雄達は、『最後の英雄』にはなれなかった。
それは暗黒期という時代が、示している。
「………………」
ザルドは思い耽る。
今都市を代表する【フレイヤ】と【ロキ】。その二つが負ければきっと、
ならば。
八年前、
そして。
「………………」
深く悩み続けているアルフィアに対して、突き放すように。
ザルドは告げた。
「俺一人で充分すぎる」
あっけらかんと言ってしまうその男は、やはり『英雄』だった。
そしてアルフィアは、
「私は────」
回帰する。
何故悩むか、何故戸惑うか。
『私の全てで、贖う』
罪悪感のまま、そう誓ったはずだ。
(罪悪、感?)
掠めるのはかつて自身が感じたその想い、感情。
そして、共感に至った。
(…………そうか、そうだったのか…………)
一つだけ、分かったことがある。
なんで笑顔を辞めてしまうのか。
それは、罪悪感だ。
生きる意味を喪った自分が、のうのうと笑顔になっていいはずがないと。
幸せになってはいけないと、自分で自分を縛り上げる。自傷行為のようなものだ。
少年はきっと、ずっと己を縛り上げるはずだ。
────それは、いつまで?
(…………黒竜を討ち滅ぼす『最後の英雄』が現れる、その時まで)
アルフィアはもう、『最後の英雄』にはなれない。そして『最後の英雄』が産まれる頃には、もう死んでいるだろう。
アルフィアが死んで、確実に産まれる保証のない『最後の英雄』台頭するまで、この子は一人、孤独に待たなければいけない。
そのもしもを想像すると、アルフィアの胸中は穏やかなものでは無くなっていた。
ならばどうする。
答えはもう、決まっていた。
「──────」
アルフィアが辿り着いた答えに、やはりザルドとエレボスは、悲しそうに頷いた。
♦♦────────♦♦
アルフィアとザルドを連れたエレボスは、オラリオに『絶対悪』を告げる。
もう後戻りはしない。
二人のそんな覚悟を見届けたように、
ザルドは『
【
効果は過去に食らった生物・非生物の特性を再現すること。
つまり、『
その効果時間は、取り込んだ魔石の量に比例する。
つまりザルドは、限定的ながらも、Lv8の
一方アルフィアには、二択があった。
一つは『
そしてもう一つ。
ランクアップするほどの
アルフィアは、後者を選んだ。
【
・任意発動。
・
・
・発動後、このスキルは消滅する。
アルフィアの枷を全て解き放つようなスキル。それを芽生えさせた経緯を思えば、あまりにも悲愴。
けれどもアルフィアもう、止まるわけにはいかない。
そんな覚悟で最終決戦に挑んで………北に置いてきたはずの少年に、負けてしまった。
完膚無きまでの敗北だった。
負けられない戦いだった。
負けちゃいけない相手だった。
そういう相手にアルフィアは負けたのだ。
戦いの中、何度も何度も言葉を交わした。それ以上に剣で語った。
少年は、アルフィアがいっそ驚くくらいに感情豊かになっていた。星乙女たちとの交流が、彼にとっては成長に繋がったのだろう。
何より、───あの瞳だ。
芯のある、強い瞳になっていた。
使命を新たに、英雄を志す、強い”男”になっていた。
男子三日会わざれば、刮目して見よ、と言うが……ここまでとは思わなかった。
アルフィアの胸中は、言葉にできない何かで溢れそうだった。
だから敗れた時、酷く胸が空いたような気持ちだった。
だってかつて、少年の生きる意味をアルフィアが奪ってしまったが………彼は自力で奪い返したのだ。挙句、それを叩きつけ、どこで覚えたのか大層ムカつくドヤ顔で宣言してみせたのだ。『英雄は、俺がなる』と。
それを聞き届け、アルフィアは妹と同じく、灰になって死のうとした。
死に様はとうの昔に決めていた。
決めていた……………
決めて、いた………
なのに……っ!!
「どうして死なせてくれないんだ……?」
もうその身体は限界だ。
私を掴むその手は、ちぎれそうに今も軋んでいる。
『絶対悪』として契約したその瞬間から、この終わりは運命だったはずなのに。
なのにどうして……どうして私に拘るんだ………。
「まだ……、本当にまだ分からない
赤髪の少女が、哀しそうに言った。
「分からないフリ?……何を言ってる。私の意思は、もうとっくに変わら────」
「誰だってッ!!………誰だって、大事な人にはっ、思っていることをちゃんと伝えないきゃいけない。だから!!」
…………。
「あなたがユースに伝えたいのは……話したいのは、本当にそれだけなの…………?」
……………。
走馬灯のように思い出が駆け巡る。
罪悪感から始まった関係性。
偽物の家族ごっこ。
くだらなくて、取るに足りない記憶ばかり。
『お前は、妹だけは、愛していたんだろう?』
決戦前にエレボスから問いかけられたその言葉に。私は迷うことなく頷いたはずだ。
「そうだな…………」
だから言葉は、自然と零れ落ちていた。
「ずっと、ずっと、腹立たしかった」
『!!』
その言葉に、周りも、そして私自身も驚いていた。
けれどもう、止まらなかった。
「突然私の人生に現れて、鬱陶しかった。煩わしかった」
一度走り出したこの想いは、塞き止められることはなく、淀みなく語られていく。
「あの日からずっと、私の心に居座って……………置いてきたつもりなのに、こんな危ないオラリオにまで勝手に着いてきて…………私が一体、どれだけ心配したとッ……!!」
そう、か………そうだったのか。
「お前を、心配していたのか、私は…………」
いつまでも不安が消えないのは。
私の感情を揺さぶるのは。
ずっと、
「私はずっと、お前を…………息子だと、思っていたんだろうな」
「ある、ふぃあ………」
「本当の母親じゃないのに、母親のような気がして。今だって、親の務めを終えたような気がして、お前を安心して託せる人達がいて、それで………」
守らなきゃいけないと思っていた身体は、いつの間にか見上げるほど大きくなっていて。
包むほどの大きさの手は、気付けば包まれる程になっていた。
そうか………。
お前はもう、誰かを守れる男になったのか。
「嬉しくて…………少し、寂しいな」
「俺も……ずっと、ずっと、母親だって思っていたんだ。母親だって、そう呼びたかったんだ……ッ!!」
想っているのは、同じだった。
ずっと掛け間違えていた気持ちの錠を、やっと解けた気がして。
達成感すら、感じる。
今なら、託してもいいか?
願いを、希望を。
私の息子へ─────
「私が見届ける先で………『英雄』になってくれ」
「分かった。俺の『
その決意を宿した翡翠の瞳は、とても鮮やかで、そして──────
♦♦────────♦♦
ふと、アルフィアは夢が覚める。
最上級の
夢の記憶は覚えていないけれど、なんだか長い夢を見ていた気がした。
苦しくて冷たくて、でも最後に救われる物語だ。
「………。」
寝入る間、思い浮かべるのはユースとの久しぶりの交流。そしてそのユースを狙う、女狐共だ。
一年と半年前くらいに、嫁の作法と称して『竜の谷』ツアーへと連れ出し、そこで限界300回程度越えさせたり、飛竜の群れに突っ込ませたりと、心を折るつもりではいたが………やはり折れなかった。というか、ここで折れてしまったら、そもそも七年前にアルフィアには勝てなかっただろう。
「…………次は目隠しで『竜の壺』に放り込むか」
アルフィアが冒険者時代に流行った罰ゲームである。
ちなみに主な被害者はゼウスファミリアの浮気男どもだったし、死者は
当時はそんなことせずに直接ぶん殴ればいいのに……と思っていたが、今は何となく気持ちが分かる。分かりたくもなかったが。
まぁ一応?ユースをスパダリに?成長させたのは私だから?責任の一端はあるが?
いや、大した女子力を持たずにユースに粉をかけるあの女どもが悪い。そうに違いない。アルフィアは満足げに結論し、すぐに寝た。
だが、一方で悪寒に苛まれて、アストレアファミリアの女たちは、寝れなかったとさ。
もっとドロドロのアルフィアを書きたかった………