よければ見てってください。
後藤直樹は4人組ロックバンドのギタリストである。
そして、世界的にもトップクラスのバンドである。
20歳の頃に自らメンバーを集め、バンドを結成して、今年で20周年を迎える。
日本では歴代で最も売れたアーティストとして君臨しており、海外でも破竹の勢いで名を轟かせた。
この日、9万人収容のイギリス最大級のスタジアムにてライブを控えていた。
スタンド席以外は全てオールスタンディングに変更して収容人数以上のキャパで販売したが、ライブチケットは発売開始から、わずか数分でソールドアウトした。
外では抽選に外れたファンがグッズ購入や音漏れを期待するファンが群がり、セキュリティが忙しなく動き回っている。
公演開始1時間前。
ステージ袖ではスタッフが最後の機材チェックをし、メンバーたちはそれぞれのルーティンをこなしている。
ボーカルは喉を温め、ベースはストレッチをし、ドラムはスティックを回しながらリズムを刻んでいる。
そしてギタリストの後藤直樹はソファに深く腰を沈め、スマホを手に取った。
画面に映るのは、世界で一番可愛い娘の顔。
後藤ひとり。後藤直樹の実の娘である。
いつも少しうつむき加減で、目が合うとすぐに逸らす癖がある。でも直樹にはわかる。
あの小さな瞳の奥に、誰にも負けないギターへの情熱が燃えていることを。
「お父さん、今日のライブ、がんばってね……」
「ありがとう、ひとり。こっちはもうすぐ本番だよ。会場は満杯で、外にもファンがいっぱいだ。楽しみだなあ」
直樹は穏やかに微笑む。
娘の声が聞こえるだけで、心が落ち着く。
バンドを結成して今年で20年。色々あった…
妻の美智代は、世界一美人で、気立がよくて、愛嬌もあって、直樹のすべてを包んでくれる。
長女のひとり、次女のふたり。二人とも世界一可愛くて愛おしい娘たち。娘のためならば命だって投げ出せる。
そしてバンドとして、音楽アーティストとして、知名度に売り上げを含め、日本の頂点に立ち、海外でも単独でスタジアムを即完させる存在になった。
バンドは売れて、愛する家族にも恵まれ、順風満帆。
誰が見ても、満たされた人生だ。
なのに──────
心のどこかで薄い膜のようなものが張っていることに、直樹自身最近気づいていた。
【退屈】という言葉が頭をよぎる。
だがそんな気持ちを切り替え、ひとりに声をかける。
「そっちはもう夜中だろう?応援は嬉しいけど、早く寝た方がいいぞ」
「あっ…うん。………あ…あの、お父さん」
「ん?どうした、ひとり?」
ひとりは少しもじもじしながら、言葉を続ける。
「私……バンド組んだよ」
一瞬、時間が止まった。
「……バンド?」
「…うん【結束バンド】っていうの。ドラムの虹夏ちゃんって子に、サポートギターを頼まれて……それから正式に加入したの」
声は震えていた。でも、そこに迷いはなかった。
ひとりはいつも一人でギターを弾いていた。
学校で友達ができず、家で動画をアップロードするのが精一杯だった娘。
高校に入ってからも、相変わらず学校では、ぼっちを拗らせていて友達がいなかった娘────
そんな娘が、自分で誰かと音を合わせる場所を見つけた。
直樹の胸に、感慨深い感情と熱いものが一気に湧き上がる。
「本当かひとり!!すごい……すごいよ!お父さん、めちゃくちゃ嬉しい!!!」
思わず声が大きくなった。楽屋の隅で待機していたマネージャーが、びっくりして顔を上げた。
ひとりは照れくさそうに目を逸らす。
「……そんなに喜ばなくても……まだ駆け出しだし……」
「駆け出しだからこそだよ!お父さんだってバンドを始めた頃は毎日が不安で、でもそれ以上にワクワクしてた。ひとりも今、そういう時期なんだろ?」
「あっ…うん。まあね…うへへへ…」
それからひとりは恥ずかしそうに説明を始める。
ドラムの虹夏ちゃん、ベースのリョウさん、【結束バンド】の話。
直樹は静かに聞きながら、頷く。娘の声に、興奮が混じっているのが伝わってくる。
直樹はスマホの画面を覗き込み、娘の顔をしっかり見た。
「なあ、ひとり。お父さん新しい目標ができた」
「……目標?」
「ああ。一つ目は───【結束バンド】が大きくなったら、僕たちのバンドと対バンしよう。一緒にステージに立つんだ。お父さん、楽しみで仕方ないよ」
ひとりは目を丸くした。
「え……対バン? お父さんと?」
「ああ。楽しみだろ?お父さん燃えてきたよ。今日のライブ、過去一の出来にするからな。ひとりもがんばれよ」
「…む、むむむむむむむむむ無理だよ!そんなの……お父さんのバンド、世界でもトップクラスなのに……!」
「無理じゃない。ひとりは才能がある。それはお父さんが保証する。絶対、有名になる。僕が一番のファンになるから」
ひとりの頰が、少し赤くなった。
そして、小さく、でもはっきりと言った。
「……がんばる」
その一言で、胸の膜がぱりんと割れた。
通話が終わった後、直樹はスマホを胸に当て深く息を吐いた。
心のどこかで現状に満足して、停滞していた。
だが、娘という最高のライバルの出現に心が躍った。
まさか娘の成長が、自分の新しいモチベーションになるなんて。
そして対バンとは別に、もう一つの目標がはっきりと形になった。
世界一のロックバンドになる。
心のどこかで、現状に満足していた。
日本では自分たちに敵う者がいなく…世界でも上澄みのアーティスト。
自覚はあまりなかったが無意識のうちに、どこか退屈してて、停滞して、成長を止めていた。
だが、娘の存在に火が付いた。
自分たちはまだ、歴代のアーティストに比べたら、世界一の知名度ではない。
人気と言えば人気だが、世界一売れてるかと言われれば、そうでもないし、TOP10にすら入ってない。
このままじゃ娘に、お父さんはすごいんだって…自慢出来ない。
だから売上、影響力、伝説、全てで頂点に立つ。
結成当時と同じ──────いや、それ以上の熱が、胸の奥で再燃した。
ひとりの父親として。
一人の先輩バンドマンとして。
娘に恥ずかしくない、世界一のロックバンドに、ギタリストになる。
開演時間となり、ステージの照明が、ゆっくりと点灯し始めた。
SEが鳴りだし、メンバーが一気に登場し、9万人の歓声が、全方位から聞こえてくる。
ライブは、予想を超えたものになった。
ギターが唸り、ボーカルの声が会場を震わせる。アンコールが鳴り止まず、過去一の盛り上がり。
オーチューブの公式チャンネルにアップされたライブ動画は、瞬く間に再生回数を伸ばし、一晩で10億回を突破した。
世界中のファンが、伝説を語り合う。
男の名前は後藤直樹。バンドネームは 【
バンド名【
ボーカル、ギター、ベース、ドラムの4人組ロックバンド。
音楽で新たな栄光を掴むと言う意味を込めて、自ら名付けたバンド。
バンドのリーダーであり、最年長のギタリスト。
【NEW GLORY】の全ての楽曲制作、編曲を手掛けるメインコンポーザー。
日本のみならず、海外の様々なレーベルに所属している。
20年目でフルアルバムは10枚目に到達し、CDの総売り上げは2億2000万枚以上。
オーチューブチャンネルのチャンネル登録者数は6000万人以上という、モンスターバンドである。
そして、後藤ひとりの父親である。
というわけで、ぼっちちゃんのお父さん、後藤直樹は音楽つよつよお父さんになりました。
身内が最強キャラってロマンあるよね…