娘のバンドと対バンしたい   作:肉野郎

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お気に入り、評価、感想、誤字報告ありがとうございます!
ついに一番書きたかった回が来ました。

それではどうぞ


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 スターリーの店内が、再び静まり返った。

 

 

 

 ぽいずん♡やみの「あなた、ギターヒーローさんですよねッ!!」という叫びが、響き渡った瞬間。

 

 ひとりの顔が、真っ白になった。

 

 目がぐるぐる回り、口がへの字になり、膝がガクガク震え始めた。

 

 

 「え? ギターヒーローって…何ですか?」

 

 

 喜多の質問にやみは、興奮で息を弾ませながら、食い気味に説明を始めた。

 

 

 「ギターヒーローさんって、オーチューブで超有名なギターカバーしてる人なの!日本のJ-POPから海外のロックまで、全部ロック風にアレンジして弾いてて腕前がヤバいの!ピッキングの精度、ビブラートの深み、弦の鳴らし方……全部プロ以上!しかも、機材も本格的で、Bogner Ecstasyアンプ2台並列、Free The Toneのエフェクターボード、Schecterのギター…まさにプロ仕様!チャンネル登録者数は現在150万人超え!総再生回数は5億回突破してるんだから!【NEW GLORY】のNaokIを彷彿とさせるプレイスタイルで、ファンの間では『NaokIの再来』って言われてるくらい!それが、このギターヒーローさんなのよ!!」

 

 「ち、違います!ぼっちちゃんがギターヒーローなんて…!人違いですッ!!」

 

 

 虹夏は、慌てて前に出て否定した。

 

 だがぽいずん♡やみは、虹夏の言葉を無視して、ひとりに目を輝かせた。

 

 

 「だって見てよ!このSchecterのギター!それにピンクの髪にピンクジャージ…!そしてあの演奏のクセ、キレのあるストローク、感情の乗ったビブラート、速弾きの軌道!全部ギターヒーローさんそのもの!なによりあのカリスマ性!!ステージに立つと、急に目が変わるんですよね!!?やっぱり…ギターヒーローさんですよね!!?」

 

 「あっあの…あの…あっいやぁ…えへぇ。ちっ違いますぅ…」

 

 「絶対この子ー!!」

 

 

 ひとりは、ニヤニヤしながら嬉しそうに否定した。

 

 そのニヤニヤと、嬉しそうな表情を見て、やみは確信した。

 

 喜多は、まだぽかんとして、やみに聞いた。

 

 

 「そのギターヒーロー?って…そんなにすごい人なんですか?さっき150万人とか5億再生とか聞こえたけど……」

 

 「見て見て!これがギターヒーローさんの動画よ!登録者150万人、一番再生数が多い動画は1億2000万越えで、他にも1000万や2000万再生も多数!そして、総再生5億回超えなのよ!」

 

 

 やみはスマホを取り出して、ギターヒーローのチャンネルを開いた。

 

 喜多は、スマホの画面を見て目を丸くした。

 

 

 「えっこのピンクジャージ…ひとりちゃん?って登録者150万人…!?一番人気の動画再生数…1億2000万も!?直近の動画2~3本も1000万再生超えてる…!!すごい……!楽器屋で試奏してた時、上手いなって思ってたけど…ここまでなんて…!」

 

 

 リョウは、スマホの画面に表示された数字をじっと見つめながら、頭の中で高速で計算を始めた。

 

 

 (……ギターヒーローのチャンネル……登録者150万人……総再生5億回以上…オーチューブの平均RPM(1000再生あたりの収益)日本+海外ミックスで約0.7〜1.0ドル。海外視聴者が多いチャンネルだから、少し高めに0.9ドルと仮定しよう。総再生回数:5億回、 税引前総広告収入(推定)5億回 × 0.9ドル = 45万ドル日本円換算(1ドル=155円):約6975万円。オーチューブに手数料45%引かれるから、6975万円 × 55% = 約3836万円(税引前手取り)。日本の税金(所得税+住民税+復興特別所得税)。雑所得として扱われる場合、最高税率(所得税45%+住民税10%+復興特別所得税2.1%)で約57.1%。でも経費計上(機材代、スタジオ代、編集ソフト代など)で大幅に節税可能。税理士が最適化してる前提で、手取りは約58%残ると仮定。3836万円 × 0.58% =約2225万円(税引後手取り推定)。これは「税理士の節税+経費計上」をフル活用した結果の数字。税引前総収入から手数料・税金を引いた最終手取りとしての金額は…ざっと、2200万円以上!!!!!!!!つまり、ぼっちの懐には2000万円近い金があるってことだ!!!!!!!!そういうことか!!!だからスターリーでもバイトしてなかったし、ノルマ代徴収の時も余裕そうだったし、カフェでご飯奢ってくれたし、江ノ島でエスカレーター代やアイスご馳走してくれたし、私の誕生日の時に冗談で言った、DINGWALLとLe Fayの新作ヘッドレス、それとDarkglassのアンプヘッドをプレゼントしてくれたのか!!!!!!!!!)

 

 

 普段脳みそカラカラのくせに、こういうときだけ頭の回転が早いクズ(リョウ)

 

 リョウ(クズ)は今まで見た事ないくらい、目をキラキラさせながらひとりに近づいた。

 

 

 「ぼっち様!!動画のお金の管理は私めにお任せください!!!」

 

 「あっえっ?えっ!?」

 

 「ありがとうございます!!不肖、山田リョウ!!精一杯頑張ります!!!」

 

 「あっちょ…リョウさん…!私何も言ってな……!」

 

 「では手始めに、まず1千万ほど融資して頂きたく……

 

 ぐわわーん!!!!」

 

 「はーい!リョウはちょっと黙ってようねー!」

 

 

 虹夏は、即座にリョウの腕を掴んで投げ飛ばし、ひとりを守った。

 

 

 (リョウったら!お金のことになると、ほんと止まらないんだから!…でも、ぼっちちゃんがギターヒーローバレして…気まずくなるかもって思ってたけど…杞憂だったな)

 

 

 やみは、そんな騒ぎを片手間で眺めながら、内心で(アホ共に構ってる暇はない)と思い、ひとりに視線を戻した。

 

 

 「ところでギターヒーローさん。さっきのライブ、何であんな酷い演奏を……!?」

 

 「わっ私人見知りで…バンドだと上手く合わせられなくて…動画は家で一人で弾いてるから…」

 

 

 やみの質問にひとりは、目を逸らしながら小さく答えた。

 

 やみは、その回答に目を輝かせた。

 

 

 「天才にだって欠点はあるもんですぅ!それが逆に人間味があって可愛いじゃないですか〜♡人見知りでバンドだと合わせられない…でも、一人だと神業…最高のギャップ萌えですよ!」

 

 「ぼっちちゃんにだけ、とことん甘いな…」

 

 

 やみの露骨な態度の変化に、若干キレ気味になる虹夏。

 

 そして、その様子をずっと見ていた、ファン1号と2号もギターヒーローのチャンネルを見て驚く。

 

 ファン1号は、スマホの画面を見て、目を丸くした。

 

 

 「え……登録者150万人!?総再生5億回って…!?ひとりちゃんって、こんな凄い子だったの…!?」

 

 

 ファン2号は、動画を再生しながら、ぼっちちゃんの演奏を見比べて、ふと気づいた。

 

 

 (あれ?なんかこのギターの弾き方…路上ライブの時ひとりちゃんの隣にいた、鬼のお面の男の人の演奏に…似てる?)

 

 

 ファン2号は、内心でざわついたけど、まだ確信には至らず、黙って動画を見続けた。

 

 やみは、興奮を抑えきれず、スマホを握りしめながら、明るく言った。

 

 

 「ウチの編集長にかけあって、業界の人を紹介してもらえるように言っときます!ギターヒーローさんなら絶対デビューできますよ〜♡大手レコード会社とかライブハウスチェーンとか、紹介したら一発ですよ!」

 

 

 デビューという言葉に、ファン1号とファン2号は、目を輝かせた。

 

 

 「え!? 【結束バンド】がデビューできるかもって事!?」

 

 「すごーい!やったじゃんみんな!」

 

 

 【結束バンド】のメンバーたちは、一瞬ポカンとした後、浮かれ始めた。

 

 

 「うへ…うへへ…」

 

 「もうひとりちゃん。顔たるんでるわよ!」

 

 「そうゆう喜多ちゃんもね♪」

 

 

 ひとりは、顔がたるんで口元が緩みっぱなし。

 

 喜多は、ひとりの顔がたるんでると指摘しながらも、自身の顔もニヤケていた。

 

 虹夏も、指摘した喜多のほっぺたをプニプニして、笑顔が止まらない。

 

 

 「……………」

 

 

 唯一、リョウだけは冷静だった。

 

 腕を組んで、黙ってやみの様子を俯瞰してる。

 

 

 (この女…なんか胡散臭い。ギターヒーローの話しかしてない…【結束バンド】全体の話はしてない)

 

 

 やみは、みんなの浮かれ具合を見て、ふと表情を変えた。

 

 

 「【結束バンド】?何の話?あたしが言ってるのは、ギターヒーローさんだけ」

 

 「「「え?」」」

 

 「…」

 

 

 ひとり、虹夏、喜多がぽかんとして、リョウは、ことの成り行きを黙って見ていた。

 

 やみは、首を傾げて明るく言った。

 

 

 「だから〜☆紹介するのはギターヒーローさんだけで、他の【結束バンド】の子には言ってないよ〜♡まぁベースの子はもっと上達したら、考えなくもないけど…今はまだ……ね?」

 

 「……え?え?」

 

 

 虹夏は困惑して、オロオロし始めた。

 

 やみは、肩をすくめて続けた。

 

 

 「【結束バンド】は高校生にしたらレベルはまぁ高いと思うけどぉ、でもよく居る下北のバンドって感じだし」

 

 

 そして、やみは少し声を落として、吐き捨てるように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 「っていうか…“ガチ”じゃないですよね」

 

 

 

 

 

 

 

 店内が静まり返った。

 

 虹夏の笑顔が引きつった。

 

 喜多のニヤケ顔が、凍りつく。

 

 ひとりは顔を真っ青にして、さらに縮こまった。

 

 リョウは腕を組んだまま、冷たくやみを見据えた。

 

 

 

 やみはスマホを片手にニコニコしながらも、冷たい視線を【結束バンド】に向けた。

 

 

 「えっ…」

 

 「だって客も常連だけだし。SNS見ても宣伝もそんなにやってないみたいだし…本気でプロを目指してるバンドにみえないんだもん。ライブハウスで地道にやってるのはいいけど…これじゃ、インディーズの壁も越えられないですよ♡」

 

 「「!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…ぼっち。ちょっとこっち来て」

 「えっ…?あっはい」

 

 

 虹夏の笑顔が、完全に引きつった。

 

 喜多も、唇を噛んで俯く。

 

 

 やみは【結束バンド】を蚊帳の外にするように、スマホをいじり始めた。

 

 

 「ギターヒーローさんにはいい話探しておきますね〜♡大手レーベルとか、フェスオファーとか紹介できる人、探せばいっぱいいるんですよ〜!…ってあれ?どこ行った?トイレ?」

 

 

 虹夏と喜多は、突然のことに硬直した。

 

 次の瞬間、二人とも慌てて声を上げた。

 

 

 「ちょっと待って!私たちだってがんばってるよ!ぼっちちゃんのギターがすごいのは認めるけど…私は…【結束バンド】はみんなで…!」

 

 「そっそうです!私たち、ひとりちゃんのサポートも…!バンドとして…!」

 

 

 やみはスマホから目を上げて、冷たく言った。

 

 

 「ギターヒーローさんとのレベルの差がわからないの?」

 

 

 店内が、再び静まり返った。

 

 やみは、淡々と続けた。

 

 

 「ギターヒーローさんが合わせるのが下手なのは、経験不足なだけ。場数こなせばすぐに本来の実力出せるから。そうなった時、ついていけなくなるのは…【結束バンド】なのよ」

 

 「「!!」」

 

 

 虹夏は、涙ぐみながら拳を握りしめた。

 

 喜多は、唇を噛んで目を潤ませた。

 

 

 「〜っ!でっでも私たちだって本気だよ!!毎日練習してるし、ぼっちちゃんのギターがすごいのは認めるけど…【結束バンド】はみんなで…ぼっちちゃんだけじゃなくて、みんなでがんばってるんだから!」

 

 「そっそうです!私…歌もギターもまだまだだけど…みんなで一緒に、ステージに立ちたいんです!」

 

 

 やみは、スマホをいじりながら煽るように冷たく笑った。

 

 

 「感情論ですね〜♡…じゃあ、具体的に指摘するわ」

 

 

 やみは指を一本立てて、虹夏に向けた。

 

 

 「まずドラム。基本には忠実だけど応用が効かない。テンポが少しずれただけでテンパってミスが目立つ。さっきのライブでもリズムが崩れた瞬間、顔が真っ青になってたでしょ?フィルインのタイミングがいつも遅れてバンド全体の流れを止めてるし、バスドラムのキックが弱くて土台がグラグラ。ハイハットのオープンクローズも雑でシャープさがなくて全体がぼんやりした印象。ドラムってバンドの土台なのに、あんなに不安定じゃ話にならないんだけど?土台がグラグラしてたら、建物倒れちゃいますよね〜♡♡♡」

 

 「……ッ!!そ…それは…」

 

 

 虹夏は、やみの鋭い指摘に、涙目になりながら言葉を詰まらせた。

 

 そんな虹夏を放ってやみは、次に喜多に指を向けた。

 

 

 「次にギターボーカル。バッキングはお粗末。コードの押さえ方にストロークのタイミング、どれも雑。ストロークのダウンアップが不規則でリズムが揺れるし、コードチェンジのタイミングがいつも0.5拍遅れてバンドのグルーヴを崩してる。ギター何年目か知らないけど、ライブに来た客にはそんなもん関係ないのよ。上手いか下手か、気持ちいいか気持ち悪いか、ただそれだけ。……で、肝心の歌は……酷いの一言に尽きますね〜♡♡」

 

 「〜ッ!」

 

 「ボーカルはバンドの顔で花形だってのに…音程が不安定。高音になると息が続かなくて声が裏返る。低音は息が浅くて響きがない。感情は乗せようとしてるけど、テクニックが追いついてなくてただの叫び声。ビブラートが浅くて音がフラットに聞こえるし、息継ぎのタイミングが悪くてフレーズの途中で切れちゃう。ハーモニー入れるところも他のメンバーと音程がズレて、不協和音みたい。………こんなのがギターヒーローさんと一緒に演奏するなんて、烏滸がましいにもほどがあんだけど?」

 

 

 やみは、煽るように吐き捨てた。

 やみの容赦ない酷評に喜多は、涙を浮かべて俯いた。

 

 

 「…そんな……ひどい」

 

 

 やみは、肩をすくめて続けた。

 

 

 「ギターヒーローさんは世界全体で見ても上位のギタリストなのよ?それこそ【NEW GLORY】の楽器隊にも着いていける実力だし。あのNaokIの隣に立っても遜色ない。なのにこんな学生に毛が生えた程度のバンドに埋もれてるなんて、宝の持ち腐れですよね〜♡♡」

 

 「唯一文句がないのはベースだけ。演奏も安定してるし、ドラムがミスったら即座に対応して、バンドの屋台骨としてちゃんと機能してたから…これだけは評価できる」

 

 

 スターリーの空気が、ぽいずん♡やみの言葉で、完全に凍りついた。

 

 やみは、スマホをポケットにしまいながら、面白がるように肩をすくめた。

 

 

 

 「まぁそういうことなんでwwさっさと別のリードギター探して、仲間内でワイワイお遊びバンドしてたら~www高校生の文化祭レベルで楽しんでれば、それで十分ですよ〜wwwww」

 

 

 

 その言葉が、虹夏の胸に突き刺さった。

 

 虹夏は、拳を握りしめていた手を、ゆっくりと緩めた。

 

 

 

 そして──ポロポロと、涙がこぼれ始めた。

 

 

 「……あ…あぁ……わああああああ!!」

 

 「伊地知先輩…!!」

 

 

 虹夏は、両手を顔に覆って、肩を震わせた。

 

 涙が止まらない。

 

 ポロポロと、指の隙間から落ちていく。

 

 喜多は慌てて虹夏に駆け寄って、虹夏を抱きしめた。

 

 

 「ひっ……ひぅ…!」

 

 「伊地知先輩……うぅ…」

 

 

 だが喜多自身も、目が潤んでいた。

 

 必死に涙を堪えようとしてるが、涙が止まらない。

 

 

 「ジカちゃん…喜多ちゃん……」

 

 「あの人…いくらなんでも言い過ぎじゃ……」

 

 

 ずっと様子を見ていたファン1号と2号も、心配そうに虹夏と喜多を見ていた。

 

 

 「………さすがに、度が過ぎますね」

 

 「もう限界だ…あいつ許さねェ…!」

 

 

 様子を見ていたPAさんも目が険しくなる。

 

 そして星歌は、カウンターから立ち上がった。

 

 一線超えたと判断したのか、怒りの表情で、やみに近づこうとした。

 

 

 

 「オイ!お前いい加減に……!」

 

 

 

 

 

 その時───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さっきから、なに好き勝手言ってんの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで黙っていたリョウが、ゆっくりと前に出た。

 

 リョウはそのままやみの前に立ち止まり、冷たく見据えた。

 

 

 

 「!リョウ……!」

 

 「リョウ先輩………!」

 

 「山田…!お前今までどこに……」

 

 「店長は黙ってて」

 

 「な〜に?あなたも文句言いたいの?でも残念♡もう引き抜きは確定事項だから……」

 

 

 

 

 

 

 

 「ぼっちは絶対渡さない」

 

 

 

 

 

 

 やみが、何か言い返そうとしたが、リョウは静かに、でも力強く言い放った。

 

 そして、リョウは先ほどのやりとりを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やみの言葉が重く響いた後、メンバーたちはそれぞれの思いを抱えて固まっていた。

 

 そんな中リョウは、ゆっくりとひとりに近づいた。

 

 

 『…ぼっち。ちょっとこっち来て』

 

 『えっ…?あっはい』

 

 

 ひとりはびっくりして顔を上げ、恐る恐るリョウの後について、楽屋の奥へ向かった。

 

 楽屋のドアが閉まると、リョウはひとりを正面から見つめた。

 

 ひとりはびっくりして、体を震わせた。

 

 

 『あっあの……リョウさん…』

 

 『さっきのライターの話、ぼっちはどうするの?』

 

 『!!』

 

 

 リョウは静かに、でもはっきりと言った。

 

 ひとりの顔が、一瞬で歪んだ。

 

 体が震え、目がうるうると潤む。

 

 言葉が出てこない。

 

 涙が、ぽろぽろとこぼれ始めた。

 

 

 『あっ……あの…!リョウさん……!わっ私は…』

 

 『ぼっち』

 

 

 リョウは、そんなひとりの肩にそっと手を置いた。

 

 いつもはクールで無表情なリョウの目が、珍しく柔らかかった。

 

 そして、いつもとは違う優しい声で語りかけた。

 

 

 

 『台風ライブのこと、覚えてる?…周りの士気が下がってたこと。虹夏はテンパって、郁代もギターや歌がズレて…私じゃどうしようもできなかった』

 

 

 

 『そんな状況を…ぼっちが打開してくれた。あのギターソロで…みんなの心を取り戻してくれた。【結束バンド】が一つになれたのは………ぼっちのおかげだよ』

 

 

 

 

 

 『私にはできなかった。本当にありがとう』

 

 

 

 リョウはひとりに感謝を伝え、深く頭を下げた。

 

 ひとりは涙をこぼしながら、リョウを見た。

 

 

 『………リョウ……さん…』

 

 

 リョウは、続けた。

 

 

 『初ライブも…人見知りなのに、勇気を出してステージに上がってくれて、虹夏を支えてくれた』

 

 

 『そして、郁代と再会した時も…ぼっちは郁代の努力をちゃんと見て、自分の気持ちを伝えて、そして郁代の気持ちをちゃんと受け止めた』

 

 

 

 『…ぼっちがいなかったら……【結束バンド】はなかったかもしれない』

 

 

 

 ひとりの涙が、止まらなくなった。

 

 リョウは、優しい目線をひとりに向けた。

 

 

 『…もし【結束バンド】を抜けるなら…私は受け入れる。ぼっちの才能は、もっと大きなステージで輝くべきだと思う』

 

 

 『どんな選択をしても…私はぼっちを応援する。絶対…ぼっちの味方だ』

 

 

 

 

 

 『だから、教えて?

 

 

 

 ぼっちはどうしたい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『…………わっわたし……!』

 

 

 

 ひとりは、嗚咽を漏らしながら必死に首を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『…嫌です……!

 

 【結束バンド】から…離れたくない…!

 

 みんなとずっと…一緒に居たい…!

 

 虹夏ちゃんと…喜多ちゃんと…リョウさんと…!

 

 私はぼっちで…!

 

 ギターヒーローじゃなくて…!

 

 みんなと一緒に…音楽がしたい……!

 

 

 うわあああああ…!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段は大声を出さない控えめで内気なひとりが、初めて我慢できずにボロボロと涙を溢れさせ、号泣した。

 

 ひとりは号泣しながら、リョウの胸に顔を埋めた。

 

 リョウは微笑みながらひとりを抱きしめ、静かにひとりの頭を優しく撫でた。

 

 そしてリョウは、ひとりを安心させるような声音で、静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 『ぼっち、教えてくれてありがとう。…あとは私に任せて』

 

 

 

 

 

 そのあとひとりを優しく離し、やみの元に向かうリョウ。

 

 その時ひとりは、リョウの後ろ姿を見たとき…

 

 大好きな父親と同じくらい、頼もしく…心強いと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リョウは、やみに向かって淡々と、でも毅然とした態度で言った。

 

 

 「もしぼっちが引き抜きの話を受け入れるなら、私は黙って見送った。才能ある奴がもっとでかい舞台に行くのは当然のこと。でも…」

 

 

 リョウは、一歩踏み出して、やみを真正面から見据えた。

 

 

 

「ぼっちは【結束バンド】にいたいと…はっきり自分の意思を伝えた。なら外野が何を言おうと絶対に渡さない」

 

 

 

 店内が、再び静まり返った。

 

 リョウは、ひとりの方をちらりと見て続けた。

 

 

 

 

 

 「ぼっちは私たちにとって、かけがえのない存在だ。ギターヒーローだろうがなんだろうが関係ない。ぼっちが弾く音が【結束バンド】の音だ。いきなり現れて、いい加減な態度で私たちをあしらうような…そんな得体の知れないフリーライターなんかに、ぼっちは渡さない」

 

 

 「…ッ!」

 

 

 リョウの正論に、やみは少したじろぐ。

 

 虹夏は、涙を拭いて、リョウの隣に立った。

 

 喜多も、涙目で前に出た。

 

 二人は必死に頭を下げて、やみに懇願した。

 

 

 「確かに、今は実力不足かもしれない…!でもいつか…!ぼっちちゃんにも追いつけるようになるって誓う…!だから…ぼっちちゃんを連れてかないで!」

 

 「お願いします!!私たちがんばるから…!ひとりちゃんを連れて行かないで!」

 

 

 二人は泣きながら頭を下げ続けた。

 

 その様子を見たやみは、一瞬、表情が曇った。

 

 

 (なっなによ…!これじゃあ…私が悪者みたいじゃない!?)

 

 

 やみは少し罪悪感が湧くも今更引き下がれないと思い、ぶりっ子モードを維持しながら冷たく言った。

 

 

 「ふふ…可愛いですね〜♡でも、現実は厳しいですよ?ギターヒーローさんは【NEW GLORY】の楽器隊にも着いていける実力なんですから~☆こんなお遊びバンドに埋もれてるのは、もったいないんですよ〜?」

 

 

 その時───リョウが、スマホを取り出した。

 

 リョウは淡々と言った。

 

 

 「ぽいずん♡やみ…本名は佐藤愛子。23歳。電話番号080-○○○○-○○○○。トゥイッターアカウントは@poison_yami。音楽雑誌の寄稿もしてるけど、最近はアクセス稼ぎのゴシップ記事がメイン。去年の夏に某地下アイドルのスキャンダル記事で炎上して、一時期仕事が減った。今は復活したけど信用は地に落ちてる。…そんなやつが他人に指図する資格あるの?」

 

 

 やみの顔が、一瞬で青ざめた。

 

 

 「……………え……?」

 

 「ライブ前 ぼっちにダイブの話してた時に、もらった名刺見てスマホで色々調べてた…そしたらこんなに情報がわんさか。よっぽどアンチが多いみたいだね」

 

 「えっえっ?ちょ…ちょっと待っ……!」

 

 

 リョウは、スマホを耳に当て、通報するふりをした。

 

 

 「もしもし警察ですか?下北沢のライブハウスで、不法侵入とストーカー行為の疑いのある女がいます。住所は世田谷区下北沢……」

 

 

 やみは、ギャグ漫画のように顔が歪みまくり、叫んだ。

 

 

「ぎゃああああああああああ!!!!やめてぇぇぇぇ!!!マジで通報しないでぇぇぇ!!!!」

 

 

 やみは、慌てて後ずさり、ドアに向かって走った。

 

 階段前で振り返って、震える声で言った。

 

 

 「…ギ、ギターヒーローさぁ~ん…♡…さっきの話、考えといてくださいね~…♡♡……こんなところでうだうだやってると、あなたの才能腐っちゃいますよ」

 

 「はい。なので至急パトカーを…」

 

 「帰る帰るぅ!ごめんなさい!あばよ☆」

 

 

 

 そして【結束バンド】のメンバーたちに、皮肉るように吐き捨てた。

 

 しかし、即座に通報の振りをするリョウ。

 

 やみは逃げるようにスターリーから出て行こうとした。

 

 

 

 

 

 その時──── ドアが開いた。

 

 外から入ってきたのは、帽子を深く被った男。

 

 やみと勢いよくぶつかり、男の帽子がポロリと落ちた。

 

 やみは反射的に文句を言おうと顔を上げた。

 

 

 「いたっ!ちょっと〜気をつけ………」

 

 

 その瞬間、やみの目が、相手の顔に釘付けになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、やみが世界一愛してやまない【NEW GLORY】のNaokIがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……………………え?」

 

 

 

 

 

 やみの頭の中が、一瞬真っ白になった。

 

 だが、次の瞬間──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やみの絶叫が、スターリー全体に響き渡った。

 

 さっきリョウに個人情報を晒された時とは比べものにならない、肺が破裂しそうな叫び声。

 

 星歌はカウンターから飛び上がるようにして注意しようとした。

 

 

 「いい加減にしろよお前!!!マジで通報するぞ…って…え?」

 

 

 星歌の視線が、NaokIに釘付けになった。

 

 大興奮と大パニックで、星歌自身も絶叫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……………えっ!!??えっ!!?えっ!!!??えっ!!!?え!!!??嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘だろ嘘だろ!!!!!?………わああああああああ!!!!うわあああああああ!!! ニュ…【NEW GLORY】のNaokIさぁぁぁぁぁん!!!!!??? マジでマジでマジで!!!!!!!????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残りの【結束バンド】メンバーたちも、凍りついた。

 

 

 「……え?」

 

 「…【NEW GLORY】の…NaokI?」

 

 

 虹夏と喜多は突然の出来事に固まる。

 

 リョウですら、目を見開いて驚愕した。

 

 いつもクールなリョウの瞳が、初めて揺れた。

 

 

 「…NaokI?」

 

 

 ファン1号とファン2号も、スマホを落としそうになりながら、絶叫。

 

 

 「【NEW GLORY】!? 嘘っ!?本物!?」

 

 「【NEW GLORY】って…私でも聞いたことあるよ!えっ!?なんでここに!?」

 

 

 PAさんもあまりに現実離れした出来事に、脳が追いつかなかった。

 

 

 「あれ?今私、夢の中でしたっけ?」

 

 

 店内が、一瞬で大パニックになった。

 

 

 

 さっきまでのやみの辛辣な発言など、全部吹き飛ぶほどの衝撃。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてひとりは、父の姿を見てほっとして。

 

 

 

 

 ───つい、言ってはいけないことを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あっお父さん…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員の視線が、一斉にひとりに向かった。

 

 

 

 「…え?」

 

 「…お父…さん…?」

 

 「ひとりちゃん…今…なんて…?」

 

 「ぼっちちゃん…今NaokIさんに…」

 

 「ギターヒーローさんのお父さんが…【NEW GLORY】の…………NaokI…?」

 

 

 

 

 

 「…………え…?……………?………あっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 ひとりは慌てて口を押さえた。

 

 そして直樹も、慌てて会話に割って入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょ、ひとり!!ここでお父さん呼びはまず………あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 墓穴を掘った。

 

 

 

 そして、全員の脳内で…パズルが繋がった。

 

 

 

 

 

 ひとりの家の金持ち具合。

 

 

 

 設備の整った地下スタジオ。

 

 

 

 後藤家にあった【NEW GLORY】のCDやDVDにBlu-ray、海外限定配布のCDと廃盤CDの在庫の山。

 

 

 

 NaokIそっくりのギターテクニック。

 

 

 

 

 

 そして───

 

 

 ひとりの慌てて口を押さえる反応。

 

 

 「お父さん呼びはまずい」というNaokIの発言。

 

 

 

 

 

 全部が、本当の事だと脳が理解した瞬間。

 

 

 

 店内が、今までにないくらいの大絶叫に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、スターリー開店以来、一番の騒ぎだったのは言うまでもない。

 

 

 




ここまで読んでくれた方、ありがとうございました!

今回の話は書いてて一番楽しかったです。
ここまで溜めて溜めて解放した甲斐がありました。
…ただ、ぽいずん♡やみにヘイト向けすぎてしまったことは、割とガチで反省してます。
割と上位クラスで好きなキャラなのにやりすぎてもうた…でも書いてる時に悪口が出るわ出るわで、自分も書いてて楽しかったし、やめられない♪止まらない♬かっぱえびせん状態になってしまった…
ヘイト管理もっとちゃんとして、どっかで清算させないと…
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