娘のバンドと対バンしたい   作:肉野郎

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 やみがスターリーを出て行った後、店内はようやく静けさを取り戻した。

 

 興奮と混乱の波が引いた瞬間、残ったのは──深い安堵と、温かな余韻だった。

 

 

「お父さん…!」

 

「おっと…!…大丈夫かひとり?」

 

「……うん」

 

 

 ひとりは、直樹の胸に顔を埋めたまま、小さく身体を震わせていた。

 

 やっと──やっと、自分の秘密を暴こうとしていたあの恐ろしい大人との騒ぎが収まったのだ。

 

 

 怖かった。

 

 バレた。

 

 みんなに知られた。

 

 でも──お父さんがここにいる。

 

 

 その絶対的な安心感が、ひとりの強張っていた小さな体を毛布のように優しく包み込んだ。

 

 

「お父さん……」

 

 

 ひとりは、直樹の胸にぎゅっと抱きつき、そのぬくもりに縋るように震えながら、小さな、消え入りそうな声で呟いた。

 直樹は、愛おしい娘の細い背中を愛おしげに優しく抱きしめ返し、大きな手のひらで娘のピンクの頭をゆっくり、ゆっくりと撫でた。

 何万人もの大観衆を魅了するロックの神様ではない。いつも金沢八景の自宅で、自分たちを不器用なほどの親バカさで守ってくれる、優しく、安心感のある声で話しかける。

 

 

「……大丈夫だよひとり、お父さんがいる。もう誰にも…ひとりを傷つけさせない」

 

 

 その一言に、ひとりの身体の震えは少しずつ、確実に収まっていった。

 心の底から全ての不安を消し去って安心しきって、ひとりは甘えるように直樹の胸にその顔を深く押し付けた。

 張り詰めていた恐怖が安堵の涙へと変わり、じわじわと目元から染み出して、直樹の着ているジャケットの胸元を小さく濡らしていく。

 

 そしてスターリーにいた全員が、無言のままその美しい親子の姿を見つめていた。

 

 あのNaokIが、ひとりを──まるでまだ幼い小さな子どもをあやすように、どこまでも優しく抱きしめて、その頭を大切そうに撫でている。

 ステージの上のカリスマとしてではなく、一人の等身大の親として、愛おしい娘に接するNaokIの姿。

 

 その尊すぎるプライベートな一面を目撃して、メンバーも大人組も1号・2号も、その場にいる全員が心の中で、これ以上ないほどの確信を持って深く実感した。

 

 

(……本当に……親子なんだ……)

 

 

 虹夏は涙を拭きながら、その親子の情愛の深さに胸をじーんと押さえた。

 喜多は大好きなひとりが無事に守られたことに、目を潤ませてホッとしたような優しい笑みを浮かべて微笑んだ。

 魂の抜けていたリョウは壁に寄りかかったまま、憧れの存在の本当の温かさに触れて、静かに深く息を吐いた。

 受付の近くにいたファン1号と2号は、スマホを握りしめたまま、その夢のようなコラボの真実に感動して、目元を涙ぐんだ。

 脳内暴走でトリップしていた星歌は、カウンターに突っ伏したまま、お義父様と自分の愛おしいぼっちちゃんの美しい抱擁を、ぼんやりと夢心地で見つめていた。

 音響卓の奥にいたPAさんも、この嵐の夜の奇跡的な大団円に、裏方らしく優しく微笑んだ。

 

 直樹はひとりを抱きしめたまま、ゆっくりとフロアにいる全員を優しく見回した。

 

 

 そして──愛娘の大切な仲間たちに向けて、初めて、その偉大な第一声を優しく話しかけた。

 

 

「初めまして。ひとりの父、後藤直樹です。いつも娘がお世話になってます」

 

 

 世界を席巻する大ロックスターとしてのオーラを完全に消し去り、一人の父親として、直樹は腰を折って深く頭を下げた。

 その信じられないほどに丁寧で腰の低い、誠実な父親としての姿を目の当たりにした瞬間、虹夏と喜多はアワアワとしながら、慌てて両手をブンブンと左右に振った。

 

 

「いっいえ!頭上げてくださいNaokIさん!あたしたちの方が…ぼっ…ひとりちゃんにお世話になってるんです!ひとりちゃんのギターが…私たちを引っ張ってくれて……!」

 

「そうです!私たちの方が、ひとりちゃんに支えられてるんです!だから気にしないでください!」

 

 

 二人は興奮のあまり顔を耳の裏まで真っ赤に染め上げ、手足を同時に動かすような奇妙な挙動で平伏する。その内心では、(あのNaokIさんと話してる!夢みたい!)と、心臓が爆発しそうなほどの絶叫を叫び続けていた。

 

 直樹は優しく微笑んで、ひとりの頭を撫でながらゆっくり話し始めた。

 

 

「ひとりから【結束バンド】の話はよく聞いてるよ。初めて"ぼっちちゃん"ってあだ名つけてもらえたとか、初めて友達を家に誘えたとか、いつも喜んで話してて…『虹夏ちゃんがドラムでリズムを支えてくれて……』とか『喜多ちゃんの歌声が明るくて、みんなを元気にしてくれる』とか『リョウさんのベースがどっしりしてて安心する』って…いつも楽しそうに話してくれて…僕も嬉しいんだ。ライブの打ち上げの写真とか、みんなでアー写撮ったやつとか、ひとり、宝物みたいに大事にしてるよ」

 

「おっお父さん…!恥ずかしいからやめてよ…!みんなにそんな…話さないで…!うぅ……」

 

 

 自宅での会話や、お父さんの前だけで見せていた恥ずかしいデレ発言を公開され、ひとりは顔から火が出るほど真っ赤になり、直樹の胸元をポカポカと小さな拳で赤面しながら叩いた。

 直樹はそんな娘の抵抗を愛おしそうにいなし、笑いながらひとりの頭を優しく撫で続けた。

 

 

「ごめんごめん。でも、みんなにありがとうって伝えたかったんだ。打ち上げの時、みんなで焼肉食べて…笑って…ひとりが…『みんなと一緒だと楽しい』って…そんな話、聞いて……お父さんほんとに嬉しかった」

 

 

 虹夏は、そのNaokIの深すぎる愛に胸を熱く焦がされ、涙を拭いながら力強く頷いた。

 

 

「ぼっちちゃん…あたしたちもぼっちちゃんがいてくれて…毎日楽しいよ……NaokIさん…ありがとうございます。ひとりちゃんの事……これからも支えていきます!」

 

 

 喜多も、NaokIの前に進み出ると、その瞳に熱い涙を浮かべて深く頷いた。

 

 

「ひとりちゃんは、いつも私たちを引っ張ってくれて…導いてくれて…本当にすごいと思う……NaokIさん!私、ひとりちゃんをもっと支えられるように…もっとがんばります!」

 

 

 リョウもスッと背筋を伸ばし、一人の厳格なベーシストの眼光に戻って、静かに、真っ直ぐに呟いた。

 

 

「……ぼっち。私たちはずっと、ぼっちと【結束バンド】を続けたい。だから、これからもよろしく」

 

 

 直樹は、愛娘を囲むかけがえのない3人の素晴らしい仲間たちの言葉に、一人のギタリストとして、そして父親として、優しく眩しそうに微笑んだ。

 

 

「ありがとうみんな。ひとりをよろしく頼む。【結束バンド】…僕も応援してるよ」

 

『はい!!!』

 

 

 スターリーの地下フロアに、3人の少女たちの美しく力強いユニゾンの返事が高らかに響き渡る。

 

 直樹は【結束バンド】のメンバーたちと温かい視線を交わし終えた後、ゆっくりとフロアの受付近くでまだ身体を硬直させていた、二人の少女──ファン1号と2号へと優しい視線を移した。

 

 

「1号さん、2号さん…あの時、路上ライブでチケット買ってくれて…本当にありがとう」

 

「…えっえぇ!?わっ私たちの事、覚えてたんですか!?」

 

「もちろん覚えてるよ。それに、娘の最初のファンなんだから」

 

「…まさか覚えてたなんて……あっ!あと、そんなの気にしなくていいですよ!私たち、純粋に【結束バンド】のことが大好きなので!」

 

「……あっあの、1号さん…2号さん…」

 

「?ひとりちゃん?」

 

「どうしたの?」

 

 

 世界の絶対神としての、これ以上ないほど甘美な最上級の感謝の言葉を投げかけられ、二人のファンはアワアワと手を振りながら興奮を隠せない。

 そんな中、ひとりはそれまで深く埋めていた直樹の胸元からそっと自分の顔を上げ、涙で濡れた前髪の隙間から、1号と2号の二人を恥ずがりながらも、確かな意志を宿した瞳で真っ直ぐに見つめた。

 

 

「あっあの時……チケット買ってくれて…台風の中来てくれて…それからずっと…【結束バンド】のライブに来てくれて、私の…心の支えになってくれて…本当にありがとうございます」

 

 

 暗闇にいた自分を一番最初に見つけ、誰もいないアウェイのフロアでも全力で拳を上げて自分たちを熱狂の渦へと導いてくれた、たった二人のかけがえのないファン。

 ひとりの小さな目が、再びじわじわとうるうると熱い涙で潤んだ。

 

 

「そして2号さん…あの時…『がんばれ!』って…応援してくれた事…私、すごく嬉しくて…あの時…目をちゃんと開けて演奏ができたの…2号さんのおかげなんです……声が届いて…心の支えになってくれたから…私…がんばれたんです。…本当に…本当に……ありがとうございます…!」

 

 

 あの路上ライブの夜。

 

 恐怖で地面しか見られず、自分の音を閉ざしかけていたあの瞬間、真っ直ぐに突き刺さってきた、あの2号のひたむきな「がんばれ」の声。

 

 ひとりは、堪えきれなくなった熱い大粒の涙をポロポロと頬にこぼしながら、自らの大好きなファンに向けて、ギタリストとしての、そして一人の人間としての深い最上級の感謝を込めて、深く深く頭を下げた。

 

 直樹は、そんな娘の健気な成長を愛おしそうに見つめながら、ひとりの肩に手をそっと置き、優しく微笑みながら、二人の少女に温かい声を静かに語りかけた。

 

 

「僕もあの時、2号さんの声がちゃんと聞こえてた。『がんばれ!』って…ひとりに届いて、娘の支えになってくれた。…心から感謝してる、ありがとう」

 

 

 ファン1号は、あまりの神々しさと自分の推し活の全てが救われたような感動に目を潤ませて、慌てて両手を激しく振った。

 

 

「そんな…!私たちただ…ひとりちゃんのギターがすごくて…応援したくて…でも……そんな風に思ってくれてたなんて……うぇぇ…!…嬉しい……!」

 

 

 そして2号は、自らの声がNaokIに、そして──最愛のひとりの心に本物の軌跡を残していたという事実に、完全に言葉を失った。

 両手で胸元をギュッと押さえ、その溢れる涙がポロポロとこぼれ落ちていく。

 あのとき必死に絞り出した自分の声援が、確かにひとりの心に届き、あの伝説のセッションの引き金になっていたのだ。

 

 

「私、あの時…ただ、ひとりちゃんががんばってるのを見て…『がんばれ!』って叫んだだけなのに…それがひとりちゃんの目を開かせて…演奏を支えて…ひとりちゃんの心に届いてたなんて…うぇぇぇぇん!嬉しい!一生の宝物だよ!ひとりちゃん…NaokIさん…ありがとう!!!これからもずっと応援する!!【結束バンド】大好き!!」

 

 

 2号は、涙を激しく流しながらもこれ以上ない満面の笑顔を浮かべてひとりに猛ダッシュで駆け寄って、ぎゅっと力強く抱きしめた。

 ひとりは、突然の温かいハグに一瞬びっくりしながらも、すぐにその背中に両腕を回して、そっと優しく抱き返した。

 

 

「あっありがとうございます……2号さん……わっ私も…【結束バンド】のファンでよかったって……もっと思ってもらえるように、がんばります…!」

 

 

 1号も、堪えきれなくなった温かい涙を拭いながら、抱き合う二人の身体をさらに包み込むようにギュッと強く抱きしめた。

 

 

「私もずっと応援する…!ひとりちゃん…NaokIさん…【結束バンド】最高だよ!」

 

 

 直樹は、娘を変えてくれた二人の素晴らしいファンの尊い光景を、目元をこれ以上ないほど愛おしげに細めながら、三人の絆を優しく微笑みながら、静かに見守り続けるのだった。

 

 ファン1号と2号との涙の抱擁を見守り、温かな興奮の波が引いた後、直樹は自身の胸元でようやく落ち着いたひとりの顔を上から優しく覗き込んだ。

 

 

「そういえばひとり。帰りが遅くなったけど……何かあったのか?」

 

「!」

 

 

 お父さんからの純粋な疑問の問いかけに、ひとりはビクッと身体を強張らせた。

 そして、直樹のジャケットの胸に顔を埋めたまま、外界の恐怖を思い出すように震える声で小さく呟いた。

 

 

「…うっうん……ちょっと……さっきのやみって人が、取材に来て…私がギターヒーローだって…バレちゃって…」

 

 

 その消え入りそうな告白を聞いた瞬間、直樹の表情が少し硬くなった。

 

 ずっと正体を隠していた娘が悪質なライターに目をつけられ、その聖域を侵されかけていたのだ。ひとりの身体の震えがまだ完全に収まっていないことに気づいた直樹は、愛おしげに優しく背中を撫でながら、フロアに佇むメンバーたちを静かに見回した。

 

 NaokIの視線を感じた瞬間、虹夏と喜多の脳裏には、ついさっきぽいずん♡やみから浴びせられた「ガチじゃない」「お遊びバンド」という残酷な言葉のナイフが鮮烈にフラッシュバックしてしまった。

 二人の表情はみるみるうちに情けなさと悔しさで曇っていった。

 

 直樹は、その少女たちの目に見えて落ち込んでいく様子を見て、これが単なる正体バレのハプニングではなく、かなり穏やかな状況ではないと察した。

 ひとりをそっと離し、ドリンクカウンターの奥にいる星歌へと視線を移した。

 

 

「店長さん、事情を聞かせてもらえますか?」

 

 

 直樹の声に、カウンターの影でトリップしていた星歌はハッとして弾かれたように顔を上げた。

 あの、中学時代から人生の全てを捧げて崇拝してきたNaokIが、今──自分の目の前に立って、真っ直ぐに自分だけを見つめて話しかけてきたのだ。

 

 

「…NaokI…さん……?え…あっあの…」

 

 

 星歌の顔面は、一瞬にしてゆでだこのように真っ赤になった。

 視界の目がぐるぐると怪しく回り、天板に置いた手がガタガタと震え、言葉が完全に喉の奥で詰まる。

 

 

「な…NaokIさんが私に…私に話しかけて…!…う…うぅ…!NaokIさんが、私に…!うわああああ!!!」

 

 

 案の定、星歌の脳内回路は再び過電流で焼き切れ、またしても極上の激甘妄想が爆発的に暴走し始めた。

 両手を自身の熱い頰に当てて、まるで恋する乙女のように身体を左右にくねらせ、大興奮でハァハァと息が荒くなっていく。

 

 そのあまりにも直球で気持ちの悪い限界オタクっぷりの再発に、隣にいたPAさんは、ただただ深く重いため息をついて頭を抱えた。

 

 

「店長またですか…NaokIさんが相手なのに……!」

 

 

 ライブハウスの責任者としてこれ以上ないほど締まらない身内の醜態。

 直樹はその異様な熱量に少し困惑しながらも、一人の大人としてどこまでも優しく語りかけた。

 

 

「店長さん落ち着いて…事情を聞かせてもらえますか?」

 

 

 けれど、当の星歌は完全に脳内桃源郷へと出家してしまっており、興奮のあまり言葉にならない奇声を発するばかりでまともに話すことすらできない。

 これ以上は時間の無駄であり、お店の威信に関わると判断したPAさんが、冷や汗を流しながら慌てて二人の間に割って入った。

 

 

「すみませんNaokIさん。ウチの店長、今 情緒不安定ですので…私が説明します」

 

「あっはい。お願いします」

 

 

 狂気じみた星歌の妄想ボイスを遮るようにして、PAさんは深く一度深呼吸を挟むと、感情を排した淡々と、しかし業界の裏方らしい丁寧な口調で、事の次第の全てを直樹へと話し始めた。

 

 

 さっきのぽいずん♡やみというライターが突然アポなしで突撃してきたこと。

 

 ひとりの隠し通していたギターヒーローの正体が完全にバレてしまったこと。

 

 ひとりのギターヒーローとしてのブランド力だけを美味しく消費するために【結束バンド】から強引に引き抜こうとしたこと。

 

 そして何より、残された3人の夢の全てを『ガチじゃない』と、ただの『お遊びバンド』だと冷酷に揶揄して踏みにじったこと。

 

 その最悪のピンチの最中、リョウが毅然とした態度でひとりを最後まで庇い通し、引き離されそうになった虹夏と喜多も、自らのプライドを捨てて必死に頭を下げて仲間を繋ぎ止めようとしたこと。

 

 

 直樹は、PAさんの一言一言に静かに耳を傾けながら、その仕立ての良い帽子の奥で、表情を少しずつ、しかし明確に硬くしていった。一人の偉大なギタリストの先輩として、そして何より、ひとりの父親として。

 そして、ひとり身体の震えがまたじわじわと強くなったのを感じ取った直樹は、彼女を安心させるように、その大きな両腕で優しく、力強く抱きしめ直した。

 

 

「……そうか。ごめんなひとり…お父さんがもっと早く来てれば…」

 

 

 ドームのリハーサルがもう少し早く終わっていれば、自分がマスクを忘れずに真っ直ぐこのフロアへ降りていれば、娘をこんな大人の悪意に晒さずに済んだはずなのに。そんな直樹の胸元で、ひとりは涙を拭いながら健気に首を横に振った。

 

 

「おっお父さん…みんなが守ってくれたから…私は大丈夫……」

 

 

 直樹は、ひとりをその胸に愛おしげに抱きしめたまま、ゆっくりと、その大切な娘を守り抜いてくれた【結束バンド】のメンバーたちの方へと向き直った。

 世界の音楽シーンの頂点に立つNaokIが、一人の誠実な父親としての、心からの最大級の感謝を込めて、目の前の女子高生たちに向かって深く深く頭を下げた。

 

 

「…みんな。ひとりを守ってくれてありがとう。ひとりの事を、こんなに大事に想ってくれる仲間がいて、父親として心から嬉しいよ。これからも、ひとりをよろしく頼む」

 

「いっいえ…NaokIさん……!私たちの方が、ひとりちゃんに支えられてるんです!」

 

「そうです!ひとりちゃんのギターが、私たちを引っ張ってくれて…!…でもNaokIさん…ありがとうございます」

 

「ぼっちは、私たちの大事な仲間です」

 

 

 虹夏は、目元に溜まった涙を袖で慌てて拭いながら、畏れ多さにぶんぶんと激しく首を振った。

 喜多も、自分たちの不器用な絆を肯定してもらえた嬉しさに、その綺麗な目を潤ませて深く深く頷いた。

 そしてリョウは、スッと背筋を伸ばし、一人のベーシストとしての誇りを胸に、静かに重みのある一言を告げた。

 

 直樹は、そんな【結束バンド】の4人が織りなす本物のユニゾンの言葉に、目元を優しく微笑ませ、ひとりの頭を何度も優しく撫でながら、傷ついた彼女たちにある提案をした。

 

 

 

 

「…虹夏ちゃん、喜多ちゃん、リョウちゃん。明日【NEW GLORY】の東京ドーム公演があるんだけど、よかったら【結束バンド】のみんなで来ないか?」

 

 

 

 

 あまりの非現実的な超大型爆弾の投下に、スターリーの地下の全空間が、一瞬にして時が止まったかのように静まり返った。

 

 そして──次の瞬間。

 

 

「………え?……えええええええええ!!!?東京ドーム!?【NEW GLORY】の!?私たち見に行けるの!?うわああああああ!!!」

 

「【NEW GLORY】のライブを!?生で!?ひとりちゃんのお父さんのステージ!?……うわああああ!!! 死ぬほど嬉しい!!!」

 

「マっマジか…!!?あの【NEW GLORY】のライブを、こんなあっさり…!?しかもタダで…!!?…私、生きててよかった…!」

 

 

 虹夏は業務用サーキュレーターのアホ毛を再び大回転させて飛び跳ね、喜多は「キターン!」とした光をその瞳に最大出力で復活させて歓喜し、リョウにいたっては、お金の計算すら忘れて「タダで神の生演奏が聴ける」という一人のガチな音楽オタクとしての至高の幸福感に、天を仰いで涙を流してガタガタと震えていた。

 

 目の前の光景にファン1号と2号の二人は、ただただ信じられないといった様子で大きく目を丸くした

 直樹は、そんな娘を支えてくれた最初の理解者たちの初々しい反応を視界に捉え、優しく微笑んだ。

 

 

「1号さんと2号さんも、よかったら一緒にどう?この前の、路上ライブのお礼がしたい。もし来るなら、マネージャーに伝えておくよ」

 

「「えっ!!?」」

 

 

 まさかのNaokI本人からのダイレクトな招待という奇跡の連鎖に、1号と2号は脳内の処理速度を完全に超過して激しく困惑する。

 だが二人は、アワアワと慌てて両手を左右に振り、ファンとしての絶対的な一線を守るように丁重に断った。

 

 

「あっ…ありがとうございますNaokIさん!…でもさすがにこれは、【結束バンド】の問題ですし…私たちは部外者なので、遠慮します…」

 

「わっ私も…!今度ライブあったら、自分たちでチケット取って行きます!でも、NaokIさん…誘ってくれてありがとうございます…!」

 

 

 自分たちは、あくまで後藤ひとりという一人のギタリストの、そして【結束バンド】のファンなのだ。

 大人の打算的な引き抜きを蹴り、自分たちの力で音楽に向き合おうと決意した4人の「ガチ」な空間。

 そこへ部外者である自分たちが、オマケのようにして乗っかるわけにはいかない──

 

 直樹はそんな少女たちの、ファンとしてのあまりにも健気で真っ直ぐな言葉を受け、どこまでも優しく深く頷いた。

 

 

「わかった。無理にとは言わない…いつか観に来てくれたら嬉しいよ」

 

「「はい!!」」

 

 

 店内に、二人の少女のこれ以上ないほど晴れやかな、弾けるような返事の声が美しく響き渡る。

 ひとりは驚きのあまり、涙の乾きかけた大きな目を丸くして直樹の顔を見上げた。

 

 

「でもお父さん。関係者席も全部埋まってたはずじゃ…」

 

 

 お父さんのマネージャーのアプリ画面に、関係者用のVIP席すら1席も残らず満席のマークが並んでいたのを、ひとりは自室で確かに目撃していたのだ。けれど直樹は、そんな娘の現実的な心配を意に介さず、頭を優しく撫でながら、不敵に、けれどどこまでも穏やかに微笑んだ。

 

 

「大丈夫。とっておきの場所を用意するから。ひとりも【結束バンド】のみんなと、一緒に観てほしい」

 

 

 お父さんの心強い言葉に、ひとりは涙目になりながら力強く頷いた。

 

 

「……うん……!みんなで観たい……!」

 

 

 そして、【結束バンド】のメンバー3人は、地面を踏み鳴らすほどのすごい勢いで一斉に了承の声を張り上げた。

 

 

「絶対行きます!!何があっても行きます!!!…【NEW GLORY】のライブを…ついに生で…!うわああああ!!!」

 

「私もすごく楽しみです!!……【結束バンド】みんなと一緒に、【NEW GLORY】のライブを……えへへ……!」

 

「何があろうと、明日絶対に行く…!おばあちゃんが峠攻めようと、愛犬ペスの去勢手術だろうと絶対に行く…!!」

 

 

 直樹は、みんなの興奮した熱い顔を見て、優しく声を立てて笑った。

 

 

「決まりだね。じゃあ明日の朝10時、スターリー近くのパーキングに集合してほしい。送迎の車よこすから待っててね」

 

『はい!!!』

 

「ひとり。そろそろ帰ろう」

 

「あっうん」

 

 

 約束を完璧に交わし終えた直樹は、まだ少し名残惜しそうにしているひとりの手をギュッと優しく握り、カウンターの奥でアヘ顔のまま白目を剥いている星歌や、それを介抱するPAさんたち全員に、大人の節度を込めて軽く会釈した。

 

 

「それじゃあここでお暇するよ。みんな…また明日」

 

 

 直樹は、そのままひとりと手を繋いで、スターリーを出た。

 ドアが閉まり、フロアには再び下北沢の地下特有の静寂が戻った。

 

 けれど店内は、まだ誰もが信じられないほどの、熱狂的な興奮と感動の分厚い余韻に包まれていた。

 

 

「……明日、本当に【NEW GLORY】のライブが聴けるんだ……うっ…うわあああああああ!!!ヤバイヤバイ!!嬉しすぎる!!私…【NEW GLORY】のライブ初めてだから本当に嬉しい!!!!」

 

「私も【NEW GLORY】のライブ初めてです!!それに東京ドームで…!しかも、NaokIさん直々に招待してくれるなんて…!!夢じゃないですよね!!?」

 

「大丈夫だよ郁代、夢じゃないから。……ヤバい…明日が待ち遠しすぎる…!!」

 

 

 ひとりを除く、残された【結束バンド】の3人は、それぞれが人生最高峰の興奮と歓喜に満たされ、まだ見ぬ明日のドームの爆音に胸を焦がしながら、下北沢の夜空に輝く星たちを見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 直樹は、ひとりの手を繋いだままスターリー近くの駐車場に向かった。

 

 薄暗い街灯に照らされた駐車場には、直樹のプライベート用の愛車である漆黒のトヨタ・クラウンが、外界の喧騒を遮断するように静かに停まっていた。

 直樹はスマートキーでロックを解除すると、助手席の重厚なドアを開け、まだ緊張の名残で強張っているひとりを気遣いながら優しくシートへ座らせた。彼女の安全を確かめてからドアを閉め、自身も手早く運転席へと乗り込んだ。

 プッシュスタートボタンを押してシステムを起動すると、最高級セダンならではの低く静かなV6エンジンの駆動音が、心地よい重低音となって車内に響く。

 

 ひとりは本革の贅沢なシートに深く身体を沈み込ませ、カチリとシートベルトを締めながら、ダッシュボードの時計の数字を見つめて震える声で小さく言った。

 

 

「お父さん、帰り遅くなっちゃって……ごめん」

 

 

 指定の待ち合わせ時間を大幅に過ぎてしまい、しかも余計な大騒動に巻き込んでしまったという申し訳なさ。そんな健気な娘の言葉に、直樹はシフトレバーをドライブに入れながら、ひとりの頭を大きな手で優しく撫でて穏やかに答えた。

 

 

「いいんだよ、ひとり。今日は特別な日だったからな」

 

 

 仲間たちが命懸けで娘を守り、娘自身が『結束バンドにいたい』と本音の咆哮を上げた日。父親としてこれほど誇らしい夜はない。

 クラウンは滑らかにアクセルを踏み込まれ、静かに駐車場を出て、東京の夜景を抜けながら首都高速道路の入り口へと向かった。

 

 ここから金沢八景の自宅までは距離があり、時間も深夜に差し掛かろうとしている。さらに明日の朝10時には再び下北沢へ送迎車を回さなければならない強行スケジュール。移動によるひとりの身体への負担を考えた直樹は、自宅へ戻るのをやめ、カーナビの目的地を明日の本番の舞台である東京ドーム近くの五つ星高級ホテルへと変更することにした。

 

 そこは他ならぬ、【NEW GLORY】のメンバーやトップスタッフたちがツアー期間中に貸し切りで泊まっている、鉄壁のセキュリティが敷かれた超一流ホテルだった。

 

 ホテルへ滑り込みクラウンを停めると、直樹が事前に連絡を入れておいたバンドの統括マネージャーが、すでにロビーのプライベートエリアで待機していた。

 直樹は車をスタッフに預け、マネージャーにスターリーでの突発的な事情を簡単に説明。即座に手配が回り、ひとりのために普段は世界の国賓クラスしか通されない最高階層の超VIPなスイートルームが特別に確保された。

 

 ひとりは、案内された息を呑むほど広い自分の部屋へ一度行き、大理石のジャグジー風呂に入って一日の冷や汗と疲れを綺麗に洗い流した。その後、ルームサービスで届けられたホテルの特製スープなどの軽い食事を静かに済ませてから、どうしても一人になるのが心細くなり、隣に位置する直樹の部屋のドアの前へとやってきた。

 

 部屋のドアをノックすると、すぐに内側から鍵が開き、直樹がドアを開けてくれた。

 直樹はひとりの急な訪問に少し驚いたように目を瞬かせたが、娘の寂しげな視線を認めるや否や、すぐに父親としての優しく温かい微笑みをその口元に灯して招き入れた。

 

 

「……ひとりおいで。入ってきなさい」

 

 

 ひとりは、そっと部屋に入った。

 そのまま部屋のソファに座り、直樹の隣にぴったり引っ付いた。

 

 部屋の大きなガラス窓の向こうには、明日の決戦の地である東京ドームの巨大な白い屋根が静かにライトアップされているのが見えた。

 少しの沈黙の間を置いて、ひとりはずっと胸の奥で気になっていた疑問を、小さな声で静かに聞いた。

 

 

「……お父さん。…どうして……【結束バンド】のみんなを誘ったの?」

 

 

 直樹は、愛おしい娘のピンク色の柔らかな髪を大きな指先で優しく梳きながら、一人の偉大なロックギタリストとしての、そして娘を心から愛する父親としての真摯なトーンで、静かに、優しく答え始めた。

 

 

「…あのやみって子が、『ガチじゃない』って言ってたんだろ?バンド全体はレベルが低いって…」

 

「…うん」

 

「親として贔屓目で見たら、言い過ぎだと思った。…でも一バンドマンとして、プロ目線で見たら……やみって子の意見が正しいと思った」

 

「………」

 

 

 お父さんの口から静かに放たれた、音楽の世界の冷酷な、けれど嘘偽りのないプロとしての現実 。ひとりは言葉を失い、膝の上でじっと自分の指先を見つめた。

 直樹は、そんな愛娘を、優しい瞳でまっすぐに見つめて、どこまでも穏やかに言葉を続けた。

 

 

「だから提案したんだ。【NEW GLORY】の東京ドーム公演…プロの世界を一度見てほしいと思った。【結束バンド】が本気でプロを目指したいなら、大きなステージの空気…ファンの熱…全部、肌で感じてほしい。ひとりだけじゃなくて…【結束バンド】全員が」

 

 

 【NEW GLORY(自分達)】の音を、ただの客としてではなく、未来のライバルとなるアーティストの卵たちに、真正面から浴びせたい──

 

 ひとりは、お父さんのそのどこまでも深く、熱いバンドマンとしての想いに胸を衝かれ、瞳をうるうると潤ませて直樹を見つめた。

 

 

「…お父さん…ありがとう。私、みんなと一緒に…プロになりたい」

 

 

 娘の口から初めて紡ぎ出された力強い『プロへの決意』に、直樹は目元を温かく細め、ひとりの頭を優しく撫でながら、静かに、けれどロックスターの絶対的な誇りを込めて言った。

 

 

「ひとり。今回はお前の父親としてじゃなくて…【NEW GLORY】のNaokIとして…先輩バンドマンとして…【結束バンド】にエールを送りたい。だから明日のライブ、【結束バンド】の糧にしてほしい」

 

 

 ひとりは涙をこぼしながら、ぎゅっと直樹に抱きついた。

 

 

「……お父さん…ありがとう。私…がんばる。みんなと一緒に」

 

 

 直樹は、甘えるように胸元に押し付けられたひとりの身体を優しく抱き返し、父親としての愛おしげな笑みを浮かべた。

 

 

「今日はもう遅い。隣の部屋行って寝なさい」

 

 

 一度はそう促した直樹だったが、ひとりはその温かい胸に顔を埋めたまま、寂しさを露わにして甘えるように小さく首を振った。

 他人の悪意に晒され、自分の隠し事も白日の下に晒されてしまった激動の一日。その恐怖の残像を振り払うかのように、彼女は体全体で甘えるように、もぞもぞと不器用に向きを変えて動く。

 

 

「……やだ。…お父さんと一緒に寝たい。…今日怖かったから……お父さんの隣で寝たい……」

 

 

 ひとりは、子供の頃に戻ったかのように素直に弱音を口にしている。

 直樹はそのひとりの可愛い反応を見て、一人の父親らしく、目尻を下げて優しく声を立てて笑った。

 

 

「ひとりは甘えん坊だな。いいよ、今日は一緒に寝よう」

 

 

 直樹は、ひとりと手を繋ぎ、そのまま一緒にベッドに横になった。

 ひとりは、直樹の胸に顔をそっと寄せ、ようやく恐怖の呪縛から完全に解き放たれたように、安心したようにその重い瞼を閉じた。

 

 

「……お父さん…大好き……ずっと、そばにいて…」

 

 

 直樹は、ひとりの体を優しく抱きしめ、背中をトントンと叩いた。

 まるで小さな子どもをあやすように、ゆっくりとリズムを刻む。

 

 

「…お父さんもひとりが大好きだよ。出来るなら…これからもずっと…お父さんのそばにいてほしいよ」

 

 

 たとえいつか、この子が自分の手を離れて、【結束バンド】の仲間たちと共に世界の頂点へと羽ばたいていく日が来ようとも、一人の父親としての本音はいつまでも変わらない。

 ひとりは、そのお父さんの不器用なほどの愛情に満ちた言葉に、満足そうに目元を細めて、直樹の胸にその柔らかい頰を寄せた。

 そのまま完全に身を委ね、ゆっくりと深い眠りの淵へと目を閉じる。

 

 

「……おやすみ……お父さん……明日…みんなとライブ……楽しみ……」

 

 

 直樹は、眠気で途切れ途切れになっていく愛娘のピンク色の柔らかな髪を、指先で優しく何度も撫で続けながら、静まり返った部屋の暗闇の中で、小さく、愛おしげに呟いた。

 

 

「……おやすみひとり。明日…みんなで楽しもうな」

 

 

 部屋の灯りが消え、静かな夜が訪れた。

 

 父娘の温かな体温が、ベッドの中で寄り添う。

 

 ひとりは、直樹の胸の鼓動を聞きながら、安心しきった寝息を立て始めた。

 

 直樹は、娘の寝顔を見ながら、優しく微笑んだ。

 

 




はい。ついにNEW GLORYのライブシーンを本格的にやります。

そしてこのssのぼっちちゃんは、お父さんに結構依存してます。
甘えんぼっちちゃん可愛い…今なら星歌の気持ちがわかる…

今回も見てくれた方、ありがとうございました!
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