娘のバンドと対バンしたい   作:肉野郎

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 虹夏・喜多・リョウ・ひとりの4人は、ステージ脇の関係者エリアに身体を縮めるようにして立ち、これからの音楽人生を根底から変えるリハーサルの始まりを、固唾をのんで息を潜めて見守っていた。

 

 全ての楽器の通電と微調整を兼ねたサウンドチェックの準備が完全に終わり、センターに立つNaokIが軽く右手を挙げてメンバーに合図すると、静寂を切り裂いて合同リハが始まった。

 

 通しで演奏されるのは、彼らの代表曲を含めた2〜3曲。

 【NEW GLORY】の4人は本番前のウォームアップとして、肩の力を抜いて2割程度に抑えて軽く演奏しているつもりだった。

 

 

 でも───その()()が、すでにインディーズの常識はおろか、メジャーの最前線すら遥か後方に置き去りにする別次元の領域だった別次元だった。

 

 

 Lavielの天を裂くような圧倒的なハイトーンが、最初の一音で広大なドーム全体の空間を網羅するように貫いた。

 最先端のオートチューンの補正は最小限に留められているからこそ、彼独自の生の声が持つ奇跡的な透明感と、どこまでも天井を突き抜けていくような美しい伸びが、歪みなくそのままフロアへと響き渡る。

 

 続いて、先ほど虹夏へ金言を授けたKyoyaのドラムが、重厚に、しかし狂気的なまでの精密さで全体のリズムを刻み出す。

 26インチのバスドラムのキックは、アンサンブルの文字通り0.01秒の誤差もなく完璧に先頭を切り、3連タムを流れるフィルインは、剥き出しの感情を乗せながらも、まるで精密機械のように寸分の狂いもなく正確無比に叩き込まれていく。

 

 さらにRoÉのKen Smithベースが、空気を物理的に震わせる超低域をタイトに支配して支え、そこから放たれるスラップのポップ音が、カミソリのような鋭さでアンサンブルの間を縦横無尽に切り込む。

 

 そして──全てのタイムラインの頂点に立つNaokIのギターが、鋭い右手のストロークでイントロを奏で始めた瞬間。

 NaokIの構えるSchecterのハイゲインサウンドが、BognerのEcstasy2台並列のステレオ空間で炸裂し、ピッキングの恐るべき精度、脳髄を掻きむしるようなビブラートの深み、そして弦の鳴らし方のニュアンス──その全てが、非の打ち所がないほど完璧だった。

 

 一音一音に圧倒的な感情を乗せたそのギターソロは、まるで聴く者の心臓を素手で直接殴りつけるかのように、ステージ脇で見つめるメンバーたちの胸を激しく震わせた。

 

 

(なっ何これ!?ただのリハなのに、あたしたちの全力どころか、日本トップクラスのバンドのライブより頭五つ抜けて上手い!Kyoyaさんのキック…こんなにタイトで重い…うわあああ!すごい!!)

 

(ラヴィさんの声…生だとこんなに凄いの!?ハイトーンが透き通って伸びてる!NaokIさんのギターは、感情が直接心に入ってくる!他にも色々………ああっもう…!働いてよ私の語彙力!!)

 

(…これが世界最高峰の演奏か…RoÉさんのベース…低域の厚みなのに全然ぼやけない…NaokIさんのピッキングは精度が異常すぎる…今まで色んなライブに行ったけど、こんな音聞いたことない…私も、もっとがんばらなきゃ……)

 

 

 虹夏は、あまりの音圧と次元の違いに目を真ん丸くして、驚愕のあまり口を半開きにしたままその場でガタガタと固まり。

 喜多は、あまりのエモーショナルな衝撃に両手を強く胸に当てて、興奮を抑えきれずにハァハァと息を荒げ。

 そしてリョウは、魂を奪われたかのように壁に寄りかかったまま、ただただ息を飲んだ。どんな危機的状況でも絶対にポーカーフェイスを崩さないはずの彼女の瞳が、その絶対的な『神器』の放つ本物のガチの格を前にして、初めて、畏怖と感動で激しく揺れていた。

 

 

(……いつも一人でリハ眺めてたから、みんなと見れて嬉しいな。……私も、普段からあんなに弾けるようになりたいな)

 

 

 そんな3人の崩壊っぷりを横から眺めながら、ひとりはステージ袖の薄暗い陰影の中で、自分のギターケースを愛おしげに両腕で抱えていた。

 

 お父さんのツアーの現場にいつも同行している彼女にとって、このドームのリハ自体は幼い頃からずっと見ている日常の光景なので、別段そこへの驚きや恐怖はない。

 【NEW GLORY】のメンバーやスタッフたちは、自分にとっていつだって優しく、家族と同じように安心できる温かい大人たちだからだ。

 

 ただ──いつもは一人でぽつんと眺めていたリハを、今日は自分の人生の全てである大好きな【結束バンド】の仲間たちと一緒に共有できている。

 

 そのことが、彼女にとってはたまらなく愛おしく、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 【NEW GLORY】のリハは、当初の予定よりも大幅に早めに終わった。

 

 ステージ上の眩い照明が少し落とされ、数分後の本番へ向けてスタッフたちが機材の最終調整を始めた頃。センターに立つLavielが、LEWITTの白い特注マイクをマイクスタンドへと静かに戻しながら、ステージの袖に佇むひとりに目を向けた。

 

 

「……ひとりちゃん。久しぶりに俺らとセッションする?」

 

 

 Lavielの心地よい声が、静まり返った広大なドームの空間に静かに響いた。

 ギターケースを胸に抱えたまま、ひとりはぴくっと肩を震わせて顔を上げた。

 

 

「……え?お父さんたちと…セッション?」

 

 

 その突発的な提案に、RoÉは肩にかけていたベースをスタンドから下ろしながら、フッと懐かしそうにクールに呟いた。

 

 

「そういや、ひとりちゃんと最後に合わせやったの…去年、NaokIさん家のスタジオでやって以来だな」

 

 

 Kyoyaは愛用の特注スティックを滑らかに指先で回しながら、当時の彼女の健気な指使いを思い出して穏やかに笑った。

 

 

「そうだな。あの時は、まだひとりちゃん中学生だったのに…今じゃ立派なギタリストだもんな」

 

 

 そしてリーダーであるNaokIは、自分のSchecterの弦を軽く弾いてアンプの鳴りを確かめながら、娘の真剣な顔を見て、一人のロックギタリストとしての深い信頼を込めて優しく頷いた。

 

 ひとりが孤独な『ギターヒーロー』を脱却し、【結束バンド】に入って一体どれだけアーティストとして大きく成長したか──父親としても、NaokIとしても、その真価が純粋に気になっていた。だから、そこに反論なんてあるはずがなかった。

 

 

「いいよ。やってみようか、ひとり」

 

 

 ひとりは、大好きな家族の優しさに恥ずかしがりながらも、前髪の隙間から何度も頷いた。

 憧れの頂点たちと再び同じ地平で音を重ねられる歓喜に、その目が眩しく輝き、白い頰が林檎のようにポッと赤くなり、唇が小さく震える。

 

 

「うっうん…!お父さんたちとの久しぶりのセッション、がんばる…!」

 

 

 ひとりは、ジャージの袖を捲り上げると、自分の新しい相棒を丁寧に取り出し、プロの緊迫感を持って急いでチューニングを始めた。

 ワイヤレスのシステムをステージ側のアンプに接続し、愛用の黒とピンクのツートンカラーのイヤモニを両耳へと深く装着。

 少しだけ緊張で震える手でボリュームノブを的確に調整し、NaokIのすぐ隣──東京ドームのステージの上手側へと、堂々と立った。

 

 ステージ脇の関係者エリアにいた虹夏、喜多、リョウの3人は、あまりの超展開の質量に脳のキャパシティを完全に粉砕され、ただただその光景を呆然と見つめていた。

 

 

「……え……?え?え?え?え?……ぼっちちゃんが…【NEW GLORY】とセッション?……てことは、ギターヒーローと【NEW GLORY】の……コラボ!!?うわあああ!!!やばい!!!やばすぎる!!!こんな夢のコラボが間近で見れるなんて、心臓止まりそう!!!」

 

「ラヴィさんの声と、RoÉさんのベース、Kyoyaさんのドラム、そして…NaokIさんとひとりちゃんのギターが…全部一緒に!!?すごい!すごいすごいすごい!!私もワクワクしてきました!!!」

 

(【NEW GLORY】とぼっちのセッション…!?ヤバい…こんなの普通のライブじゃ絶対見れない…!!……でもようやく、ぼっちの本当の実力がわかる…!ぼっちと【結束バンド】との差…しっかり見極めよう…!音ひとつ聴き逃さない…!)

 

 

 3人は、インカムをつけたスタッフに優しく促されてステージの上から階段を降り、誰もいないアリーナ最前列の最前柵を贅沢に陣取った。

 じわじわと冷や汗が流れるのを覚えながら、ゆっくりと息を潜めて、世界のロックの歴史が塗り替わるレベルのセッションを見届ける準備をした。

 

 広大なステージ上の照明が、本番さながらに少しずつ落ちていく。

 

 ひとりは、かつてない強固な覇気の中心で激しく緊張しながらも、ギターを構え、肺の中の空気を全て吐き出すように深く深呼吸した。

 

 最前列の暗闇の中、【結束バンド】の3人は、その目を爛々と輝かせながら、息を殺して【NEW GLORY】と、自分たちのリードギターであるひとりの姿を真っ直ぐに見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 NaokIは愛機をその肩にかけ直し、ネックを左手で優しく支えながら、愛娘のひとりの方へと穏やかな視線を向けた。

 世界の頂点に立つ孤高のカリスマとしての気迫を和らげ、どこか楽しげな遊び心をその声に込めて言った。

 

 

「ひとり。今日はリードギター任せるよ…僕はリズムギターで支える。久しぶりのセッション楽しもう」

 

 

 ひとりは、ギターを構えたまま、前髪の奥の目を大きく丸くした。

 彼女の白い頰は一瞬にして林檎のように真っ赤に染まり、パニックと歓喜が入り混じった表情で何度も小さく頷いた。

 

 

「……おっ…お父さんのパートを私が…!うっうん…!がんばる…!」

 

「ひとりちゃんの演奏聴くの久しぶりだな。RoÉ、ラヴィ…準備いいか?」

 

「あぁ。いつでもいける」

 

「こっちもOK。……そういえばNaokI君、なんの曲演奏するんですか?」

 

 

 椅子に深く座り直したKyoyaが、ひとりの成長を待ち望むように喉を鳴らし、RoÉとLavielもそれぞれの絶対的な楽器を構えてNaokIの言葉を待つ。

 マイクを握り直したLavielが、NaokIに何の曲を弾くのか尋ねた。

 

 NaokIはそんな気心の知れたメンバーたちと、愛娘の姿を交互に見つめ、一曲の曲名を静かに告げた。

 

 

「じゃあ『Shade Of Gray(シェードオブグレイ)』やるか」

 

『!?!?!!?』

 

「え…嘘でしょ!?『Shade Of Gray』やるの!?ライブでもほとんどやったことないのに!?」

 

「えっ!!?アレやるの!!?」

 

 

 ドームのアリーナ最前列の柵を陣取り、息を潜めて見守っていた【結束バンド】の3人は、その曲名が響き渡った瞬間、まるで心臓を直接素手で掴まれたかのように一瞬で全身をカチカチに凍りつかせた。

 

 特に、彼らのアンセムの全てのベースラインとコードの構成を脳内にインプットしているリョウは、いつもは死守している冷徹なポーカーフェイスを完全に吹き飛ばし、驚きを隠すことなくその綺麗な目を見開いて絶叫した。

 

 そして何より、リードギターという大役を任されたばかりのひとり自身も、お父さんから突然繰り出された超ウルトラ級の激ムズ曲の宣告に、驚愕のあまり完全にフリーズしてしまうのだった。

 

 

 

 

 ──『Shade Of Gray(シェードオブグレイ)

 

 

 

 

 【NEW GLORY】の全楽曲の系譜において、名実ともに「史上最も鬼畜」と称される伝説のナンバー。

 

 そして、リョウが【NEW GLORY】の数ある名曲の中で、個人的に人生で一番狂おしいほど愛し、そして畏怖している至高の楽曲でもあった。*1

 

 

 その曲の難易度は、もはや「人間による再現不可能」の域に完全達しており、世界中の名だたるプロミュージシャンや批評家たちですら「人間の肉体的・精神的限界を超えている」と口を揃えて降伏を宣言するほど。

 あまりの演奏ハードルの高さから『弾けない・歌えない・叩けない』という絶望の三重苦を孕んでおり、ネットの海では世界中の猛者たちがこぞって「弾いてみた」のチャレンジ動画をアップするも、あまりの難解さに完奏できずリタイヤする者が続出しまくった、ロックの歴史における最凶の伝説を生んだ金字塔である。

 

 

 基本テンポは、狂気的なまでの「240〜280BPM」を曲中で目まぐるしく変動させる。

 Kyoyaの担うドラミングはほぼ全編にわたってツーバスの高速キックで隙間なく埋め尽くされ、16分音符の打撃密度は極悪なブラストビートの領域に直結。

 人間の関節の構造を無視したその限界の速度ゆえに、世界一のドラマーであるKyoya自身ですら「譜面を覚えるが若干面倒だった」と、後に苦笑交じりに語っている。

 

 構築されるメロディラインは、変拍子と転調の暴力的な嵐。

 通常の4/4拍子から突如として7/8、5/4、9/8、13/16、11/8、そして17/16へと、機械の歯車すら狂わせる予測不能な変拍子が連続して襲いかかる。

 そこに絡み合う転調は、半音・全音・増4度・減5度・増5度・減7度がランダムに複雑に混ざり合い、聴き手の脳は「次は一体どこに連れて行かれるのかわからない」という、完全な音楽的迷宮へ陥る。

 

 足元のコード進行はdiminished(ディミニッシュ)スケール、whole tone(ホールトーン)スケール、phrygian dominant(フリジアン・ドミナント)altered dominant(オルタード・ドミナント)、さらにはlocrian(ロクリアン) super-dominant(スーパードミナント)といった高度なジャズや現代音楽の理論を多用。これによって、理論上「解決することのない緊張感」が延々と続き、脳の全回路を恐怖と共に混乱させる。

 

 

 まず、『Shade Of Gray』のドラムの基本BPMは240という恐るべき速さと叩き方だが──

 

 右足と左足の繰り出すツーバスは、時折300BPMを超えるような超高速キックを全編にわたって鉄壁のテンションで維持。サビの前の展開では、32分音符による凄まじいタムの連打と、ブラストビート級のスネア連打が空間を引き裂く。

 

 さらに最難関とされるギターソロ前のユニゾンパートでは、ツーバスを32分音符で激しく連続させつつ、タムを通常の逆回転のルーティンで叩き、同時にスネアを微細なゴーストノートで散らしながら、ハイハットをオフビートで正確にアクセントを刻む──コンマ1ミリのタイミングのズレが一瞬で全体のアンサンブルを完全崩壊させる鬼畜設計。

 

 この狂気的な変拍子の中でタイミングが微塵も狂わないよう、極限まで緻密なメトロノーム練習を重ねた結果、感情的な揺らぎを一切許さない『機械的正確さ』と、血の通った『人間的なグルーヴ』の究極の両立を実現。『ドラムのトラックだけで聴いても一曲として完全に成立する』と言われるほど独立したリズムラインだが、プロのドラマーでも一小節すら『叩けない』と、世界中でリタイヤ者が今なお続出している。

 

 

 次にベースライン──それは最初のわずか4小節のフレーズを聴いただけでリタイヤするベーシストが続出する、文字通りの絶望の難易度であり、リョウ自身も動画を見てその場にへたり込んだ一人だった。

 

 32分音符の超高速タッピングによって5弦のエボニーネック全域を縦横無尽に駆け巡り、それと同時に凄まじい強度のスラップでポップ音を周囲に散らしながら、目まぐるしい変拍子の中でルート音を寸分の狂いもなく正確に刻みつける。

 

 そのタッピングは左手と右手の両手で異なるコードを同時に弾くポリフォニック仕様。スラップの動きは親指によるロータリーと、人差し指・中指によるダブルポップを駆使し、スピーカーから爆発音に似たキレのある衝撃音を連発させる。

 

 最初のイントロだけで指が絡まり、プロのギグでもリタイヤ率90%超えという殺人的な鬼畜設計。この予測不能な変拍子の中で、さらにRoÉはアドリブで複雑極まるカウンターラインを挿入してくるため、脳からの指の独立性と反射的な瞬発力が極限まで要求される。

 

 ベース一本で『ギターと対等に渡り合うメロディ』を歌うように奏で、バンドの重低音をタイトに支えつつも、常に攻撃的なまでの圧倒的な存在感を発揮するのだ。

 

 

 そして、バンドの象徴であるLavielのボーカル──

 

 楽曲のクライマックスで放たれるのは、1分間を優に超える、文字通り人間の肺活量の限界を突破した超ロングシャウト。透き通るような至高のハイトーンから、一瞬で冷酷なスクリームへと転化し、息継ぎなしで再びハイトーンへと連続して切り替えていく。

 

 どれほど叫びを上げてもピッチが1ヘルツも揺れない、超人的な呼吸とインナーマッスルのコントロール。

 

 オートチューンは下手なピッチを補正するためではなく、彼の放つ極上のハイトーンに『幻想的な美しきハーモニー』を加えるためのエフェクトとしてのみ機能。

 

 極限まで剥き出しの感情を乗せたそのシャウトは、聴く者の心を直接抉るような切実さを孕んでおり、現在も『Lavielの叫びを聞くと、歌詞の意味がわからなくても涙が出る』と世界中で語り継がれている。

 

 

 最後に、この激ムズ曲を作った生産者(元凶)──NaokIの構築したギターパート。

 

 メロディックスピードメタル顔負けの、胸を締め付けるほど超絶メロディアスなギターソロが、3分間以上も途切れることなく展開される。

 

 刻まれるバッキングは、16分音符の限界に近い超高速オルタネイトピッキングで、Schecterの指板の全域を縦横無尽に駆け巡る高速リフ。

 

 この難解な変拍子の嵐の中で正確にコード進行の要を刻みつつ、NaokIならではの感情の全てを乗せた狂おしいほどのビフトーンとベンドを多用。

 

 そのソロパートにはNaokIの真骨頂である、一度聴いたら最後、脳細胞に直接焼き付いて一生離れることのない『中毒になる最強のメロディ』がこれでもかと爆発していた。

 

 

 全体として、理論的にも技術的にも『鬼畜』の域をとうに超え、現代の音楽界では『人間の限界を試す曲』、あるいは他者の追随を一切許さない『人力コピーガード』として、畏怖と共に語り継がれている。

 

 だが、この曲の最も恐ろしいところは、それほどまでに冷徹な超絶技巧の塊でありながら、NaokIの天才的なメロディセンスにより、聴き手には難解さを一切感じさせず、ただただ美しく、聴く者を一瞬で虜にしてしまう点にあった。

 『聴けば聴くほどハマる』『頭から離れない』『中毒性ヤバい』と、世界中のロック好きや音楽オタクたちが口を揃える、脳を物理的に支配する恐ろしい曲。

 その驚異的な中毒性は数字にも如実に現れており、リリース当時、日本どころか全世界の主要音楽チャート1位を1年以上もの間、不動のまま独占。

 『Shade Of Gray』が収録されたEPのデジタルダウンロード数は、リリースからたったの2年間で、驚異の約5000万ダウンロードを記録。今現在もその驚異的な売り上げをリアルタイムで更新し続けている。

 

 さらに、【NEW GLORY】の公式オーチューブチャンネルに上がっている『Shade Of Gray』のMVは、現在91億回という、地球の総人口を遥かに超える破格の再生数を誇っていた。

 これは、【NEW GLORY】の公式チャンネルの中でも2番目に多く再生されているMVであり、まさに、世界の音楽史の頂点に君臨する怪物級の名曲なのだ。

 

 

 そしてNaokIが、ひとりのギターヒーローとしてのカバー動画に対抗するためだけに、彼個人の大人気ない対抗心と執念だけで生み出されたという曲である。

 

 

「『Shade Of Gray』か。NaokI君がニヤニヤしながら『これならひとりもカバーできないだろ!』って言ってたな。……まぁひとりちゃん、一発で完コピしたらしいけど…」

 

「あれ楽しいっちゃ楽しいけど、弾くのそこそこダルいンだよな。ライブでもほとんどやったことねェし」

 

「NaokIさん自信満々で曲出したのに…ひとりちゃんに一発で完コピされた上にアレンジまでされたから、割とガチで凹んでたな」

 

「うるさい!あの時はちょっと、ひとりの実力を見誤ってただけだ!………次はもっと難しいやつ作ろうかな」

 

 

 マイクを弄りながら当時の微笑ましい内幕を暴露するLavielに、5弦ベースのテンションを確かめながら面倒そうにボヤくRoÉ、そしてNaokIの黒歴史をクスクスと笑うKyoya。

 リーダーとしての威厳を木っ端微塵にされ、NaokIは顔を真っ赤にして必死に声を荒らげるが、その親子の次元が違いすぎるバケモノ逸話の応酬に、アリーナ最前列の【結束バンド】の3人は、ただただ静かに息を飲み、目を爛々と輝かせて見守っていた。

 

 お父さんが本気で娘を潰しにかかった、世界で一番贅沢なコピーガード。

 ひとりは、エメラルドグリーンの新しい愛機を両手で強く握りしめ、肺の中の空気を全て吐き出すように深く深呼吸した。

 

 いつもの【結束バンド】のライブとは違う。

 

 

 お父さんたちとのセッション──

 

 

 ひとりは、静かに自らの瞼を閉じて、意識を指先の一点へと集中させた。

 ドクン、ドクンと、スタジオのイヤモニから伝わる心臓の鼓動が徐々に速くなり、彼女の精神は一瞬にして、光の届かない至高の「トランス状態」へと滑り込んでいく。

 今まで以上の圧倒的な没頭の中で、ひとりは自らの魂と、ギターの6本の弦に全神経を注いだ。

 

 前髪の隙間から、世界一のギタリストの父親をまっすぐに見据え、彼女は戦闘モードの瞳を開いた。

 

 

「…始めます!」

 

 

 NaokIのリズムギターが、イントロの重厚なコードを刻んだ瞬間──

 

 静まり返っていた東京ドームの巨大な空間へ、Kyoyaのツーバスが、人間の限界をあざ笑うかのような爆発的なスピードで高速キックを連打し始めた。

 地響きとなってアリーナを揺らすその重低音の隙間を完璧に縫うようにして、RoÉのKen Smithベースが、32分音符の高速タッピングと超人的なロータリー&ダブルスラップによる複雑なカウンターラインを鮮烈に織り交ぜていき。

 間を置かずLavielのハイトーンが、肺活量の全てを注ぎ込んだ狂おしいほどの超ロングシャウトとなって鼓膜の奥へと突き刺さる。

 

 世界最高のコンポーザーが娘を潰すためだけに仕掛けた、再現不可能な人力コピーガードの壁。

 

 

 そして───ひとりのリードギターが炸裂した。

 

 

 ひとりは、まるで別人格になったようにギターを弾き始めた。

 

 一発で完コピしアレンジできたとはいえ、コンマ1ミリの運指のズレが全体のアンサンブルを即座に破滅させるため、本気の全力を超えた極限の集中力を保たなければ、一小節すら正気を保って弾ききれない曲。

 

 指先が指板のフレットを切り裂くようにして縦横無尽に動き、オルタネイトピッキングの精度が物理の限界を超えて極限まで高まっていく。

 ネックの全域を凄まじい密度で駆け巡る高速リフは、一音一音がダイヤモンドのように硬質で、完璧な粒立ちを保ったままドームの反響をジャックしていく。

 鳴らされるビブラートはどこまでも深く、重い感情をこれでもかと乗せ、天を裂くような正確なベンドが、完璧な音程を捉えてロングサスティンを生み出していく。

 

 4/4から17/16へと目まぐるしくシフトする、プロでも白目を剥いてリタイヤする予測不能な変拍子の嵐。その中であっても、ひとりの刻むリズムラインはまったく揺らがない。NaokIのリズムギターが、娘の放つ極悪なメロディを完璧に後ろから支えてくれているからだ。

 

 

 ひとりは、完全にトランス状態に入っていた。

 

 

 その目はいつもの陰気さを捨て去って虚ろになり、呼吸をすることすら忘れたかのように、ただ自らの爪弾くギターの6本の弦だけに全神経を集中。

 

 NaokIは、BPM240超えの高速オルタネイトで最前線のリズムギターを正確無比に刻みながら余裕の表情で、自分の領域へ完璧に踏み込んできた愛娘の超絶ソロを聴き、一人のギタリストとしての誇らしげな笑みをその口元に浮かべる。

 

 隣に立つRoÉは、32分音符の両手ポリフォニックタッピングを狂ったような精度で叩き出しながらも、まるで退屈なルーチンワークでもこなすかのようにフッと軽くあくびをしながらベースを弾き。

 

 奥にいるKyoyaは、300BPM超えの高速キックでドームの壁を震わせながら、ひとりの成長を誰よりも喜ぶように、穏やかに微笑みながら精密なドラムを叩く。

 

 そしてマイクを握るLavielは、1分を超える人間の肺活量の限界を超えたロングシャウトを、常人には不可能な息継ぎ一つで完璧に歌い切り、そこからタイムラグゼロで、透き通るような美しいクリアなハイトーンへと一瞬で切り替えてみせた。

 

 

 そして、暗転した東京ドームのど真ん中で、ひとりの放つ3分間超えの超絶ギターソロパートが、ついに火花を散らして始まった。

 

 

 自らの内に眠る潜在能力、そしてギターヒーローとしての最大の力をこの瞬間に一気に解き放ち、NaokIのDNAが炸裂した超絶メロディアスなフレーズを、常人の肉眼では指の動きが追いつかないほどの驚異的な速度でかき鳴らしていく。

 極限の摩擦によってSchecterの弦が悲鳴を上げ、オルタネイトピッキングのピックが激しい火花を散らす。

 ひとりの中に渦巻く感情の全てが爆発し、その放たれた音が東京ドーム全体の空気を物理的に激しく震わせた。

 

 その愛娘の本気の咆哮を受け止めるように、NaokIは不敵な笑みを浮かべてツインでのギターソロを始めた。

 

 ひとりの紡ぎ出す極悪な難易度の超高速フレーズに寸分の狂いもなく完全に合わせ、頭を八の字に軽くヘドバンしながら、世界を支配する絶対王者の余裕で高速のツインギターリフを完璧に弾き切る。

 首を激しく振りながらも、その指先は現代音楽の理論をなぞるように完璧に動き、鳴らされるビブラートは地の底まで深く、正確なベンドがドームの音響を支配していく。

 

 ひとりが脳細胞の全神経を限界まで集中させて、過呼吸寸前のトランス状態で死に物狂いで弾いているのに対し、NaokIは圧倒的な遊び心さえ感じさせる驚異的な余裕を崩さない。

 二人のギターから放たれた異次元の爆音とメロディが美しく絡み合い、東京ドームという巨大な空間が、激しく震えた。

 

 

「これが、ぼっちちゃんの全力…!?次元が違いすぎる…!明らかにギターヒーローの時よりも上手い…!でも、NaokIさんは余裕で着いてきてる…!しかも頭振りながら、あんなとんでもないリフを簡単に弾き切ってる…!………というかKyoyaさん、なんでちゃっかりギターと同じ速さでユニゾンしてるの…!!?」

 

「ラヴィさんのシャウト、RoÉさんのベース、Kyoyaさんのドラム、そしてNaokIさんとひとりちゃんのギター。全部完璧すぎる…ひとりちゃんの本気、こんなにすごかったんだ…」

 

「…これがぼっちの本当の実力か…でも、【NEW GLORY】のメンバーはあっさり着いてきてる。RoÉさんなんて、欠伸しながら手元も見ずにあんな高速のタッピングを…しかもリズムは一切ブレてない……これが、世界最高峰の実力…」《/big》

 

 

 アリーナ最前列の最前柵にしがみついた虹夏、喜多、リョウの3人は、これまでの人生のすべての音楽の常識を完膚なきまでに叩き割られ、ただただ息を飲んだ。

 

 この歴史的なセッションの一音足りとも、コンマ1ミリの指先の軌道すら聴き逃さないように、その目を限界まで見開いて凝視し、世界の頂点の格をその魂に深く刻みつけて見つめ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 『Shade Of Gray』の最後の一音が、5万人収容の東京ドームの広大な空間にロングサスティンを残して消えた瞬間、アリーナ全体へ耳が痛くなるほどの完全な静寂が訪れた。

 

 ひとりはギターのネックを両手で強く握りしめたまま、肩を大きく上下させて激しく息を切らし、その白い額にはびっしょりと熱い汗を浮かべていた。

 指先が微かに震え、過呼吸寸前の胸が激しく波打つ。

 世界の頂点たちの放つ圧倒的な音圧の暴風雨のど真ん中で、自らの魂の全てを注ぎ込み、極限のトランス状態に入って駆け抜けた3分間超えの超絶ツインギターソロの演奏は、間違いなく彼女のギタリストとしての限界の壁をまた一つ大きく超えていた。

 

 ステージ上の空気が、物理的に重く、熱く、まるで目に見えない熱量の残響のようにいつまでも残る。

 

 その奇跡のファーストテイクの余韻を噛み締めながら、真っ白な特注マイクをスタンドに戻したLavielが、感動を隠せない様子でひとりの元へと真っ直ぐに駆け寄った。

 

 

「ひとりちゃんすごいな。あのストロークのキレ…前より全然鋭くなってるよ。ピッキングの精度は異常値出てたし、高速リフの密度も俺のシャウトと完全に絡み合ってた」

 

 

 続いてKyoyaがスティックを専用ケースにしまいながら、普段の落ち着いた常識人としてのトーンから一転して、穏やかだが熱を帯びた本気の声で言った。

 

 

「確かに、俺のドラムに完全に追いついてるどころか…追い越してる瞬間があった。あのビブラートの深みとベントの正確さは完璧すぎる。…マジで震えたよ」

 

 

 さらにRoÉも、ベースを専用スタンドへ丁寧に立てかけ、クールな目つきのまま、でもその瞳の奥を本気のアーティストの光へと変えて言った。

 

 

「…前より鋭いどころか俺の音と共鳴してた。あの高速タッピングのフレーズは俺のラインに負けないくらい存在感あった。変拍子の中でピッキングの精度が一切落ちてない。…ひとりちゃん、この1年でめちゃくちゃ上達したな」

 

 

 ひとりは、世界のロック界の頂点たちから浴びせられる惜しみない最上級の褒め言葉の嵐に、前髪の隙間から顔をゆでだこのように真っ赤にして深く俯いた。

 でも、脳髄に直接染み渡る極上の快楽に、その口元はデレデレと締まりなく緩み、不審なニヤニヤがどうしても止まらない。

 

 

「……そ、そ、そんなことないですよ〜…!うへ……うへへへへ……!」

 

 

 世界トップのアーティスト達に自分の音のクオリティを全肯定され、ドロドロに渦巻いていた承認欲求メーターは一瞬で成層圏を突破して完全満タンに。顔がだらしなくにやけ、その瞳は夜空の星のようにキラキラと眩しく輝く。

 いつものコミュ症としての恥ずかしがり方に押し潰されそうになりながらも、自分の音が認められたことへの温かい嬉しさが、とめどなく溢れ出しているのだった。

 

 NaokIは、褒め言葉の嵐の中でデロデロに溶けている娘のそんな姿を見て、父親らしく優しく微笑ませた。

 けれどその内心では、我が子の圧倒的な成長を心から嬉しく誇りに思いながらも、一人のギタリストとして、少しだけの冷や汗と焦りが混じり始めていた。

 

 

(ひとり、前より腕が上がってるな。……ヤバい…そのうち追いつかれるかも…)

 

 

 娘の成長速度が、自分の想像を遥かに超越していることに驚愕するNaokI。

 するとその空気を察したLavielが、NaokIを面白そうに揶揄うようにマイクを通して言った。

 

 

「NaokI君さぁ~、このままだとマジでひとりちゃんに追いつかれるんじゃないですか?2年前ですらヤバかったのに…」

 

「!?…なっ何言ってるんだ…!」

 

 

 鋭いところを突かれ、子供のように分かりやすく狼狽えるNaokI。

 そんなリーダーの姿を前に、ここぞとばかりにRoÉとKyoyaの二人の楽器隊も、楽しげな追撃のコンボを叩き込み始めた。

 

 

「NaokIさんって、新曲の時とリハの通し以外は基本的にギターの練習しねェからな。腕が錆びついたンじゃねェの?」

 

「…確かに。あとはライブで昔の曲やる時、少し練習するくらいじゃないですか?…正直10年前の方が上手かった気がする…」

 

 

 同じバンド仲間からのあまりにも容赦のない身内暴露に、NaokIは心臓を撃ち抜かれたかのようにギクッと大きく肩を震わせる。

 顔中から冷や汗をダラダラと流させながら、大慌てでその事実を誤魔化しにかかった。

 

 

「…あっあ〜!お腹すいたな〜!ほら!リハ終わったしそろそろ昼ごはんにしよう!みんな楽屋に戻るぞ!」

 

 

 【NEW GLORY】のメンバーたちは、お腹の鳴る演技まで交えてスタスタと歩き出すリーダーの背中を見つめながら、内心で(誤魔化したな…)と呆れ交じりの確信を抱き、楽しそうな笑みを口元に浮かべた。

 

 

 そして、当のひとりはと言えば、みんなに褒められてこれ以上ないほど嬉しく思う反面──中学の時よりも実力が身につき、ある程度相手の力量を把握していたため、お父さんと自分との差がとんでもなく遠いと悟った。

 

 メンバーたちは口を揃えて「追い抜かれるんじゃないか?」とお父さんを揶揄って笑っていた。けれど、自分が全神経を注ぎ込み、死に物狂いのトランス状態でなければ一小節すら維持できないあの極悪難易度ナンバーを、お父さんは何食わぬ顔で、しかもヘドバンしながら、完全に遊びながら余裕で完璧に弾き切っていたのだ。

 

 その圧倒的な実力の落差に、ひとりの胸の奥はキュッと切なく締めつけられる。

 

 

 でも──よりお父さんの腕前に近づけるように、努力しようと心に誓った。

 

 

 そしてNaokIは、(久しぶりに自主練しようかな…)と考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方──【結束バンド】の3人は、最前列でセッションを見届けた後、楽屋に戻る道中──誰一人として言葉を発することなく、重苦しいほどの完全な沈黙を貫いていた。

 

 

*1
3話参照




ここまで読んでくれた方、ありがとうございました!
ついに虹夏ちゃん 喜多ちゃん リョウは、ぼっちちゃんとの差を理解してしまいました。
次回は結束バンドの葛藤と、ついにライブシーンに突入します。
オリジナルばかりでつまんねーと思うかもしれませんが、もうしばらくお付き合いください。
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