娘のバンドと対バンしたい   作:肉野郎

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ついに一番書きたかった回が来ました。
ここまで長かったな~

それではどうぞ


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 楽屋に戻ってから、時間がゆっくりと過ぎていった。

 

 【NEW GLORY】のメンバーたちはそれぞれヘアメイクや本番で着る衣装を選ぶために部屋を出たり入ったりし始め、スタッフの声や笑い声が遠くに聞こえる中──

 その賑やかなプロの熱気から完全に孤立するように、楽屋の片隅のソファや椅子に座って、【結束バンド】の4人は、ただただ無言のままそれぞれ時間を潰していた。

 

 ひとりは、ギターを膝の上に置いて弦を軽く弾きながら、みんなの様子をちらちらと窺っていた。

 

 さっきのセッションで褒められた嬉しさがまだ胸に残っているのに、【結束バンド】の3人の雰囲気が、少しよそよそしい。

 

 話しかければ、優しい笑顔を作って受け答えをしてくれているのは頭ではわかる。けれど虹夏も、喜多も、リョウも、その瞳の奥がどこか遠くの、自分には届かない圧倒的な世界を見つめているように冷たく見えてしまうのだ。

 

 ひとりは弦を弾く指を静かに止め、せっかく手に入れた温かい居場所が指の隙間から消え去ってしまうかのような、胸の奥に冷たく、小さな寂しさがじわじわと広がっていくのを、ただじっと耐えるようにして感じていたのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 虹夏は楽屋のソファに座ったまま、膝の上に置いたスマホの画面をぼんやりと眺めていた。

 

 画面には何も映っていない。ただの黒いガラスに、自分の顔が映り込んでいるだけ。

 指先で画面を軽く叩く仕草を繰り返しながら、頭の中ではさっきのひとりと【NEW GLORY】のセッションの光景が、何度も何度もリプレイされていた。

 

 

 ひとりの本気のギター

 

 ──あの超絶ソロ。

 

 

 指が弦を切り裂くように激しく動き、内に秘めていた感情が爆発して音になる、あの圧倒的な瞬間。

 そして、そのバケモノじみたギターの全てを、Kyoyaのドラムが完璧すぎる包容力で後ろから支えていた。

 

 Kyoyaのキックは、0.01秒の誤差もなく先頭を切り、タムのフィルインは機械のように正確で、感情を乗せながらも揺らがない。

 楽器隊全体と完璧なユニゾンを保ち、ひとりのギターを最高の形で引き立てていた。

 あの土台は──完璧だった。

 

 虹夏は、自らの叩くこれまでのドラムを思い出す。

 

 

(サウンドチェックでKyoyaさんに指導してもらって、良くなったと言ってもらったけど……あれは、多少マシになっただけだ)

 

(ぼっちちゃんの本気と、Kyoyaさんの音を前にしたら、私のドラムはまだまだ荒削りで、テンパってミスを連発する。土台として完璧に役割を果たすどころか、バンドの足を引っ張ってる…)

 

(…ぼっちちゃん。もっと上手い人たちと組んだ方が…輝けるんじゃないかな?Kyoyaさんみたいなドラマーと、NaokIさんみたいなギタリストと……私なんか……土台として不十分なんじゃ…)

 

 

 昨日の夜、スターリーでぽいずん♡やみから突きつけられた、あの冷酷な言葉のナイフが、いま目の前にある本物の現実とバチバチに噛み合って頭の中で何度もリフレインする。

 

 

『ドラムってバンドの土台なのに、あんなに不安定じゃ話にならないんだけど?』

 

 

 他人の生き恥を娯楽にするクソライターの、あの冷たい嘲笑を孕んだ声が、今になって本物の真実の質量を持って耳の奥で何度も繰り返される。

 

 虹夏は、スマホを握りしめた自分の細い手が、悔しさと情けなさで微かに震えるのを感じた。

 サウンドチェックの時、プロのワンポイント指導を受けて「こんな音が出せた!」と一瞬でも改善できたと思った喜びが、急にちっぽけで無意味なものに思えてきた。

 

 ひとりのギターは、剥き出しの感情を爆発させて、世界のトップである【NEW GLORY】のメンバーたちと完全に、美しく溶け合っていた。

 それに引き換え自分のドラムは、まだちょっとしたアウェイの空気でテンパってリズムが崩れ、みんなを力強く引っ張っていくことすらできない。

 

 

 土台として──ひとりに相応しいドラムを叩けていない。

 

 

 その言い訳のしようのない絶対的な格の差の事実に、胸が押し潰されるように強く締めつけられる。

 

 虹夏はスマホを膝に置いたまま、自らの光を失った瞳を静かに下へと伏せた。

 息を吐くのも忘れたように、ただ黙って座っていた。

 

 本番直前の賑やかな足音が響く楽屋の中で、彼女たちの周囲の空気だけはどこまでも静かで、少し冷たく、重かった。

 やみの放った残酷な言葉の針が、虹夏のドラマーとしての心に深く突き刺さったまま、どうしても抜けない。

 

 

 ひとりに相応しい土台になれているのか。

 

 足手まといになっていないか。

 

 【結束バンド】は、本当にひとりを支えられるのか──

 

 

 答えの出ない、けれど目を背けることのできない過酷な問いが、静かに、しかし確実に、リーダーである虹夏の胸を烈しく締めつけ続けていた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 喜多は、テーブルに置かれたケータリングのスムージーへと力なく手を伸ばし、それを静かに手に取った。

 

 それは都内の有名店から取り寄せられた特製のフルーツスムージー──高級なマンゴーとパイナップルを贅沢にベースにしており、鮮やかなオレンジ色が、透明なカップの中で寂しげに揺れている。

 いつも通りの日常、いつもの喜多であれば、すぐにスマホを構えて自撮りをし、加工アプリを駆使してイソスタのストーリーに笑顔で上げるはずの、とびきり高いテンションの場面のはずだった。

 でも、今は違った。カップを白くなるほど握りしめた細い手が悔しさで微かに震え、ストローを自分の乾燥した口元に運ぶことすら、今の自分にはあまりにもためらわれていた。

 

 気持ちは沈んでいた。

 

 先程のひとりの本気が、どうしても頭から離れない。

 

 あのギターソロ──

 内に秘めた激情が爆発し、細い指先がエボニーの指板を切り裂くようにして超高速で蠢く、あの神がかった姿。

 ひとりはNaokIたちに完全に溶け合い、まるで最初からあのアリーナのステージで一緒に演奏していたかのように、どこまでも自然だった。

 

 そして、何より彼女の心を完膚なきまでに叩き割ったのは──象徴であるLavielの歌声だった。

 

 人間の肺活量の限界を嘲笑うかのような1分を超えるロングシャウト、美しきハイトーンから冷酷なスクリームへのタイムラグゼロでの切り替え、息継ぎの気配すら感じさせずドームの隅々まで持続する、あの神聖な透明感。

 あのフロントマンの声は、ただ音程が上手いなんていう陳腐な技術論の枠をとうに置き去りにしており、聴く者の心を直接、深く抉り出すような絶対的な力があった。

 

 それに引き換え、自分の歌は音程が不安定で、激しいステージングに息が続かず、感情を乗せようと声を張っても、結局はただの叫び声にしかならない。

 あの絶対的なLavielの前では、自分の歌なんて──ただカラオケで友達と楽しく盛り上がる程度の、薄っぺらいお遊びのものだったんだな、と誰もいないドームの残響の中で改めて残酷なまでに実感してしまう。

 

 そして何より、やみから吐き捨てられた言葉のナイフが、今になって本物の質量を持って胸に深く深く突き刺さったまま、どうしても抜けない。

 

 

『で、肝心の歌は……酷いの一言に尽きますね〜♡♡』

 

『こんなのがギターヒーローさんと一緒に演奏するなんて、烏滸がましいにもほどがあんだけど?』

 

 

 あの時、頭の中では「そんなことない!私たちは本気だ!」と必死に言い訳をして戦おうとしていた。

 

 

 でも、今は全く違う。

 

 

 世界の頂点に立つLavielの本当の歌唱力をこれ以上ない至近距離で目の当たりにしてしまい、これまでの自分の甘えや言い訳が、プロの世界では一切通用しないことを痛感させられた。

 自分の歌は、ただカラオケで盛り上がる程度しかなかった。

 ひとりのギターに、あんなに感情を激しく爆発させて、NaokIたちの音と美しく溶け合える、世界一のフロントマンとしての声──

 

 

(私には……出せない)

 

 

 喜多は、冷たいスムージーのカップを両手で握りしめたまま、床へと静かに落とした。

 ストローを自分の唇に近づけてはみるけれど、どうしても喉を通る飲む気になんてなれない。

 胸の奥底で、一人の表現者としての致命的な挫折感が、静かに、けれどドロドロとした重さで広がっていく。

 

 

(私なんかがひとりちゃんの隣に立つ資格…本当に自分にあるのかな……)

 

 

 『烏滸がましい』──あの冷酷な侮蔑の言葉が、今の自分の無力さを証明するように、頭の中で冷たく冷たく繰り返される。

 

 カップの中のスムージーが、ゆっくりと揺れていた。

 喜多は、自らのフロントマンとしてのアイデンティティを完全に粉砕され、ただ黙って、血がにじむほどの強さでその薄い唇を強く噛み締めていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 リョウは、楽屋のソファの端に座ったまま、テーブルに美しく並べられた超高級ケータリングの食事に一切手をつけなかった。

 

 いつもなら「タダ飯だ」とばかりに、誰よりもいの一番に飛びついて皿を山盛りにするはずなのに、今の彼女にはそんなクズな気分になる余裕なんて微塵も残されていなかった。

 目の前に広がる色とりどりの極上料理や、普段は予約すら取れない有名店の料理は、今の彼女の網膜には何の価値もないただの無機質な飾り物のように見えている。

 

 割り箸を握ったまま、その鋭い視線は虚空の宙を力なくさまよい、彼女の脳内は先程、誰もいないドームのステージで目撃したひとりの本気の演奏だけで完全に埋め尽くされていた。

 

 あの人間の限界を超えた超絶メロディアスなソロ、300BPMの嵐の中を泳ぐ高密度の高速リフ、そして難攻不落の変拍子の中で1ヘルツの狂いもなく正確無比に刻まれ続けたピッキングの精度。

 虹夏や喜多よりも音楽の理論と実力が頭ひとつ抜けている分、リョウには、ひとりの放ったその音がどれほど凄まじい領域に達しているのかが、恐ろしいほどの解像度で理解できてしまう。

 だからこそ、余計にひとりとの間にある天文学的な実力差を感じてしまい、そのプライドを完膚なきまでに叩き割られていた。

 

 ひとりは、あの世界のプロすら裸足で逃げ出す鬼畜曲を全力で、魂を燃やすような至高のトランス状態で完璧に弾き切った。

 

 

 一方で自分は──憧れの教祖であるRoÉのベースの音を、ただただ口を開けて、聴いて、上から眺めていただけ。

 

 

 RoÉのベースは、リョウの理想そのものだった。

 

 内側から支配するような低域の厚みと、耳を劈くハイの切れ味。アクティブEQでミリ単位で完璧に調整された、アンサンブルの中で最も美しく抜ける中域の音響。そして、親指と人差し指が鞭のようにしなって放たれる、スラップのポップ音の圧倒的な鋭さ。

 

 あのベースは、RoÉのプレイスタイルに完全に最適化されていて、バンドの低域をタイトに支えつつも、常に楽曲を攻撃的にリードする絶対的な存在感を放っていた。

 他の楽器の音圧に決して埋もれることなく、むしろメロディの中心にどっしりと立っていたのだ。

 

 やみは「ベースだけは文句がない」と唯一自分の演奏の格を褒めていたそうだが、あの世界一の音を目の前で浴びてしまった後となっては、「だからなんだ」としか思えなかった。

 自分のプライドを満たす慰めにすらなりやしない。

 

 RoÉの音を前にしたら、自分のベースなんて──存在感すら感じられない。

 

 ひとりのギターあの獰猛なギターの咆哮に、一瞬の戸惑いもなく、あくびをしながらあっさりと着いていって完璧なカウンターラインを重ねてみせたRoÉの姿を思い出すたび、一人のベーシストとしての猛烈な挫折感が、彼女の細い胸を容赦なく締めつける。

 

 

(このままじゃ…私は足手まといだ。あのやみって女の「ガチじゃないですよね?」という言葉は、実は私に一番当てはまるんじゃないか…?)

 

 

 ベースの腕前が【結束バンド】の中で頭一つ抜けており、誰よりも音楽の本質にストイックだからこそ、リョウの受けている精神的ダメージは、他の二人よりも遥かにシビアで致命的なものだった。

 

 リョウは、静かに目を伏せた。

 

 結局何も食べず箸を置いて、ただ黙って座っていた。

 

 ひとりとの間にある、決して届かない天と地ほどの差が、底なしの暗闇のように心の中に広がっていくのを、リョウはただ静かに、烈しい悔しさと共に感じ続けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ライブ開始2〜3分前。

 

 楽屋でのあの冷たく重い沈黙を経て、ひとり・虹夏・喜多・リョウの4人は、ツアースタッフの静かな誘導に従い、【NEW GLORY】のメンバーたちと共に行動を開始した。

 案内されたのは、一般の関係者席ではなく、文字通りステージのすぐ間近に位置する特等席──舞台袖の暗がりだった。

 

 暗転したドームの客席が、照明のわずかな漏れで浮かび上がる。

 スタンド席はもちろん、フロアのオールスタンディングエリアも、隙間なくギチギチに埋め尽くされている。

 一瞥しただけで、その動員数は5万人は余裕で超えていることが肌を刺すような熱量で伝わってきた。開演を待ち侘びる何万人ものざわめきと、地鳴りのような地響きを伴う歓声の波が、舞台袖の防音壁を軽々と越えて物理的な風圧となって押し寄せてくる。

 

 もし、ここに到着したばかりの時の無邪気なテンションのままであったなら、虹夏や喜多は「うわあああ!こんな間近で見れるなんてすごい!!!」と、女子高生らしくキャッキャとはしゃいで跳び回っていただろう。

 

 でも今は、誰もいないドームの真ん中で繰り広げられた、ひとりと【NEW GLORY】のあの脳髄を灼き尽くすような超絶セッションを見てから、【結束バンド】の3人の心からは完全に活気が消え失せ、少し元気がないまま凍りついていた。

 どれだけ目を背けようとしても、胸の奥底にはやみから突きつけられた「ガチじゃない」という残酷な言葉のナイフと、そして自分のすぐ隣にいるジャージの少女の放った「世界基準の本物の実力」が、抜けない棘となって深く突き刺さったままだったからだ。

 

 土台としての圧倒的な力不足に直面した虹夏は、細い拳を爪が食い込むほど握りしめて強く唇を噛み。

 フロントマンとしての格の差に叩きのめされた喜多は、情けなさに泣き出しそうになるのを堪えるように目を伏せて深く息を整え。

 ベーシストとしてのプライドを粉砕されたリョウは、無言のまま、冷徹な眼光でこれからの戦場となるステージを真っ直ぐに見据えている。

 その横でひとりだけは、押し寄せかける強烈なプレッシャーに緊張しながらも、昨夜お父さんの胸の中で授かったあのバンドマンとしての約束を抱きしめ、少しだけ胸を張っていた。

 

 

 NaokIは、そんな4人の押し潰されそうな様子を静かに見つめ、ゆっくりと彼女たちの元へ近づいた。

 ステージ袖の暗がりの中で、自らの愛娘であるひとりを中心に据えた4人に向けて、優しく、でも一人の偉大な先達としての真剣な声で語りかけた。

 

 

「……みんな。今から僕たちの本気を見せる。プロの世界を……肌で感じてほしい。【結束バンド】としてもっと上を目指すために、このライブを糧にしてくれ」

 

 

 その言葉は、どこまでも穏やかで静かなトーンだったのに、彼女たちの傷だらけの胸の奥底へと、これ以上ないほどの圧倒的な説得力を持って深く響き渡った。

 

 ひとりは、隣に立つ偉大なお父さんの引き締まった横顔を見上げて、自らの覚悟を証明するようにそっと深く頷いた。

 虹夏は、やみの酷評を越えて世界一の土台になると誓ったKyoyaのビートを思い出し、大きな目を熱い涙で潤ませながら、力強く頷いた。

 喜多は、カラオケレベルを脱却して世界をひざまずかせる本物の歌手になると決意したあのLavielの残響を胸に、強く唇を噛んで涙を必死に堪えながら頷いた。

 リョウは、あくびをしながら神の領域を支配していたRoÉのベースの運指を脳裏に焼き付け、無言のまま、泥臭く這い上がる意思を込めて深く深く頷いた。

 

 4人を支配していた冷たい緊張感が、NaokIの一言によって、静かに、しかし劇的に別の形へと変わっていった。

 自らの拙さに怯える不安や、怪物への劣等感なんかじゃない──いつか必ずこの世界の頂点へ4人で登り詰めてやるという、剥き出しの『アーティストとしての確かな覚悟』に。

 

 世界の頂点に立つ男NaokIの、娘たちを本物へと引き上げるための熱い想いが、いま、結束バンドの魂へと確かに、完璧に届いた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ──そして、運命の開演時刻。

 

 5万5000人を収容した東京ドームの巨大な全体照明が一斉にパッと落ち、漆黒の暗闇がアリーナ全体を完全に包んだ、まさにその瞬間───

 

 地鳴りのように地平線を震わせながら、5万5000人のオーディエンスが一丸となった超弩級の大歓声と割れんばかりの叫び声が、爆発的なエネルギーとなってアリーナに沸き上がった。

 物理的な風圧となって空間の空気が激しく震え、立っているだけで客席の全員の胸がドクドクと鳴り響く。

 

 舞台袖の最前線で見守る【結束バンド】の4人は、改めて手元にある高品質の耳栓を装着した。

 ひとり・虹夏・喜多・リョウの4人は、極限の緊張と破裂しそうなほどの期待で胸を焦がしながら、完全に息を殺してステージ中央を見つめる

 

 そして──NaokIお手製のオープニングSEが、スピーカーの壁から轟然と鳴り響いた。

 ドーム公演用にわざわざNaokIが作ったものだ。

 

 何重にも緻密に重ねられた重厚なシンセサイザーの壮大なレイヤー、鼓膜を抉るように歪んだギターの凶暴なリフ、要塞から放たれる爆発的なドラムロールの連打、そして聴く者の防衛本能を逆撫でするような電子音の不気味な上昇螺旋。

 全体としての音楽性は、現代ロックの最先端を行くスピードコアのような超高速の疾走感と、一筋縄ではいかないプログレッシブ・ロックの複雑怪奇な変拍子アプローチを高次元でミックスした、狂気的な曲調。

 一度でもその耳に聴いたら最後、二度と頭の底から離れることのない悪魔的な中毒性を孕んでおり、ライブの導入として集まった5万5000人のテンションを問答無用で一瞬にしてMAXへと引き上げる完璧な設計。東京ドーム全体を文字通り瞬時に支配する、絶対的な緊張感と、魂が沸騰するような高揚感を同時に呼び起こす、神の領域の音響だった

 

 

 その異次元の音の暴力を至近距離で浴びた瞬間、さっきまで楽屋で3人の心を包んでいたあの酷評への暗い気持ちや挫折感なんて、文字通り一瞬で宇宙の彼方へと吹き飛んで消滅した。

 

 

「うわああああ!!!また新しいSEだ!!!NaokIさんのSE!!!めっちゃカッコいい!!!テンション爆上がりだよ!!!」

 

「NaokIさんのSE大好きです!!!こんな生で聴けるなんて…!やばい!!!やばすぎる!!!」

 

「このSE最高すぎる…!電子音の不気味な上昇に歪んだギターのリフ、ドラムロールの密度にシンセのレイヤーが重なって、会場全体を飲み込む音圧…!スピードコアのような高速感なのに、プログレの複雑さ…!ヤバい…NaokIさんのセンス神すぎる…!!」

 

「お父さんのSE、やっぱりカッコいい……!」

 

 

 虹夏は、高性能な耳栓越しにすら物理的な衝撃として脳髄に響くその極上のSEに限界まで目を丸くし、自分の小さな拳をギチギチに握りしめて舞台袖からステージへ向かって全力で叫んだ。

 喜多はあまりのエモーショナルな格好良さに両手を自身の頰に当てて、興奮を抑えきれずに床の上をぴょんぴょんと可愛く跳ね回る。

 一人のソングライターとしてその音響設計の完璧さに魂を撃ち抜かれたリョウは、珍しく声を裏返らせて熱くペラペラと呟き散らかした。

 そしてひとりは、いつも見ている光景であるはずなのに、やはり大切な仲間たちとその絶対的な凄さを共有できている快感からテンポが上がりまくり、身体を嬉しそうに小さく跳ねるのだった

 

 NaokIは、ステージ袖でみんなの反応を見て、笑顔で軽く手を振った。

 

 

「ありがとう。みんな楽しんでくれよ」

 

 

 それは、これから戦場へと赴く王者の、これ以上ないほど不敵で頼もしい送り出しの言葉。

 

 【NEW GLORY】のメンバーたちは、円陣を組んだ。

 NaokIを中心に、Laviel・RoÉ・Kyoyaが肩を寄せ合い、静かに気合いを入れる。

 

 

「…………行くぞ」

 

『応ッ!!!』

 

 

 その瞬間──全員のの纏う雰囲気が、完全に変わった。

 

 

 ドーム全体の空気が、物理的な圧を伴って一瞬にして切り替わる。

 

 立っているだけで周囲の人間を平伏させるような、圧倒的なオーラと絶対的な存在感が、暗闇のステージ袖からでも網膜を灼くほどの熱量でダイレクトに伝わってくる。

 これこそが世界中の頂点をハックし、何万人ものオーディエンスを一瞬で支配してきた、世界トップバンドの本物のカリスマ性。彼らの肉体に、ロックの神々の魂が一気に宿ったのだ。

 

 5万5000人がひしめくドーム全体が、息を殺して自分たちの降臨を待っている──そんなアウェイですらある巨大な空間の全てを、彼らは一瞬の呼吸だけで完璧に支配してみせた。

 まさにカリスマ性の塊。世界最高峰のバンドの放つ、絶対的な存在感の証明。

 

 そして、SEのボルテージが最高潮のサビに突入した完璧なタイミングで──メンバーたちが一気にステージへ飛び出した。

 

 その瞬間、耐えきれなくなった会場の熱気が、文字通り爆発的に大爆発した。

 

 5万5000人の人間の放つ地鳴りのような歓声が、東京ドーム全体の巨大な構造そのものを物理的に激しく揺らす。

 会場のボルテージは、開演一秒目にしてすでに最大。

 

 【結束バンド】の4人も、ステージ袖で大はしゃぎした。

 

 

「うわああああ!!!始まった!!!Kyoyaさん!!!!NaokIさん!!!みんな!!!」

 

「やばい!!!ラヴィさん、最高すぎる!!!」

 

「始まった…!!ぼっちも一緒に見よう…!」

 

「あっはい!!」

 

 

 リョウに手を引っ張られ、ひとりは前髪の奥の目をこれ以上ないほど爛々と輝かせた。

 【結束バンド】の面々はステージ上に躍り出た神々の背中を見つめて、その目をこれでもかとキラキラに輝かせた。

 

 SEのサビの後に続くさらに激しいサビの展開で、5万5000人の会場全体が一体となって地響きのような手拍子を打ち鳴らす。

 東京ドームという巨大な空間が、完全に一つになる。

 

 ひとりは、大好きなみんなと一緒に満面の笑顔で手拍子をしながら、その胸の奥をこれ以上ないほどの幸福感で満たしていった。

 虹夏も、喜多も、リョウも、脳内のテンションが限界を突破して上がりまくり、身体を突き動かされるように自然と一緒に手拍子を叩く。

 

 ついさっきまで楽屋で3人の心を冷たく支配していた、あのクソライターの言葉やひとりとの実力差への重い気持ちなんて、この世界一のエンターテインメントの暴風雨の前には、完全に、跡形もなく吹き飛んでいた。プロの放つ本物の音は、傷ついた少女たちの魂を救う最高の光でもあったのだ。

 SEの構築した緊張感が最高潮に達し、クライマックスを告げる不気味なシンセの上昇音が完全なピークを迎えた、まさにその運命の瞬間──

 間髪入れずに、暗闇の東京ドーム全体を昼間のように明るく照らし出す、何千機もの本番用照明が一気に、爆発するように点灯した。

 

 

 一曲目──【NEW GLORY】の先発曲として長年愛され続けている名曲──

 

 

AXELL of the Universe(アクセルオブザユニヴァース)が始まった。

 

 

イントロから突き抜けるように明るくクリアなシンセサイザーの極上メロディがドームの空間へと飛び出し、それに呼応してKyoyaの軽快でパワフルなドラムが凄まじい地響きを立てて一気に加速していく。

 RoÉのベースが、うねるようなファンキー極まる神業スラップで分厚いリズムの土台を刻み、その音の壁を突き破るようにしてLavielのクリアなハイトーンが、5万5000人の魂を肯定するように叫びながら歌い始める。

 

 それは息を呑むほどの圧倒的な疾走感に満ちたアップテンポナンバーであり、キャッチーなポップさと、ラウドロックの獰猛なまでの重低音の融合がミリ単位で完璧。

 NaokIの刻むギターのリフはあまりにもメロディアスで中毒性が高く、その最初の一音を聴いた瞬間に、誰もが理性を失って体が勝手に動き出してしまう悪魔的な魔力に満ちていた。

 

 広大な東京ドームの会場全体が、まるで地球上で一番巨大な最先端のダンスクラブのように姿を変えた。

 

 5万5000人の観客が一斉に狂ったように跳ね始め、彼らの放つ凄まじい歓声の渦が、ドームの空気を物理的に激しく巻き上げていく。

 オールスタンディングへと仕様変更された地獄のようなフロアでは、ファンたちが爆音のシャワーを浴びて文字通り踊り狂い、ダイブ、サークルモッシュ、肩車の群れによるリフトの嵐が狂気的な密度で発生し、誰もが大興奮で我を忘れてはしゃぎまくる。

 普段は座っているはずの遥か彼方のスタンド席でも、全ての人々が立ち上がって天に向けて手を振り、声を枯らして歌い、魂のままに叫ぶ。

 

 会場のボルテージは開演一曲目にして一気にMAXの限界値を超え、東京ドームという巨大な建造物そのものが、まるで一つの巨大な生き物のようにドクドクと脈打っていた。

 

 そんな世界の頂点のエンターテインメントの暴風雨をステージ袖の特等席で浴びた喜多は、両手を高く頭上へと掲げて、ライブキッズのようになりふり構わず大はしゃぎしていた。

 

 

「うわああああ!!!カッコよすぎる!!明るくてクリアで、疾走感すごいし体が勝手に動く!!!ラヴィさんの声やばい!!!最高!!!最高すぎる!!!」

 

 

 喜多は、興奮のあまり床の上を可愛く飛び跳ねながら無我夢中で手を叩き、Lavielの放つ奇跡的なハイトーンに合わせて自らの喉をちぎれんばかりに鳴らして一緒に歌い、あまりの幸福感にその顔を耳の裏まで真っ赤に染め上げていた。

 

 先ほどの重い気持ちは、この曲の明るさと疾走感に完全に吹き飛ばされた。

 

 会場全体が一つになり、踊り、はしゃぎ、歌う。

 

 これこそが、世界の【NEW GLORY】の先発曲としてこれ以上ないほど完璧に計算され尽くした、音楽の理の真骨頂。

 どこまでも明るくクリアで、疾走感あふれる極上のメロディが、下北沢の女子高生たちの目の前で、東京ドームという巨大な空間を世界一美しいダンスフロアへと鮮やかに変えていくのだった。

 

 

 曲はどんどん進み、会場全体の熱気がさらに高まっていく中、次の曲が始まった。

 

 一曲目の余韻がまだ残る中、照明が一瞬暗転し、再びスポットライトがステージ中央に集中。

 Lavielがマイクを握り、軽く息を整えると──イントロが鳴り始める前に、突然バク宙を披露した。

 

 空中で一分のブレもなく体を回転させ、一切の衝撃音を立てずに完璧なフォームで着地。

 あまりのフロントマンとしての二次元じみた華麗さに、観客の歓声が地鳴りの如く爆発し、東京ドーム全体が物理的に激しく揺れる。

 

 Lavielはその重力を無視した着地の勢いをそのままに、白いマイクを口元に近づけると、先ほどまでのクリアなハイトーンからは想像もつかない、奈落の底から響くような獰猛なデスボイスで低く唸るようにして歌い始めた。

 

 

 次の曲───Mirror(ミラー)

 

 

 それは【NEW GLORY】のMVで一番再生されている曲であり、現在103億再生を突破し、音楽史に残る伝説のナンバー。

 

 イントロは、NaokIの弾く重く歪んだギターの凶暴なリフと、脳内を不安にさせるシンセサイザーのプログレ的な不協和音が不気味に絡み合い、暗く重厚なゴシックの雰囲気で始まる。

 Lavielのデスボイスが魔王のように低く唸り、Kyoyaのドラムが26インチの大口径で重いキックを正確無比に叩き込んでリズムを刻む。

 RoÉのベースが空気を激しく圧縮して超低域を震わせ、NaokIのリズムギターがその上に不気味なアルペジオを幾重にも重ねていく。

 

 1分ほどで転調───突然クリアなメロディに変わり、Lavielの声が透明度の高いハイトーンボイスに切り替わり、伸びやかに歌い上げ、会場全体を包み込む。

 その紡がれるメロディはどこまでも切なくも力強く、聴く者の心を直接掴んで離さない。

 

 ギターソロは感情を乗せたビブラートとベンドが効き、ベースはファンキーなスラップでリズムを支え、ドラムは疾走感のあるビートで加速。

NaokIの放つギターソロは感情を乗せた狂おしいほどのビブラートとベンドが効き、ベースはファンキーなスラップで重低音のリズムをどっしり支え、ドラムは疾走感のある高速ビートでドームのテンポをさらに加速させていく。

 

 全体として、暗闇から光へ、絶望から希望へという壮大なストーリーを、彼らの圧倒的な音響だけで描き出した神の曲。一度聴いたら二度と脳裏から離れないバケモノ級の中毒性があり、ネットに刻まれた103億再生というバグじみた数字の理由が、一秒でわかる圧倒的な完成度だった。

 

 イントロ終了前にLavielのバク宙が決まった瞬間、会場はさらに沸いた。

 着地と同時にデスボイスで歌い始め、転調でハイトーンに切り替わると、5〜6万人の歓声が天井を突き破る勢い。

 

 そしてその最高潮の渦中、RoÉがアドリブのスラップを披露。

 

 指先が見えないほどの超高速でKen Smithの5弦ネック全域を駆け上がり、親指と人差し指のダブルポップを駆使して、スピーカーの壁から「爆発音」にも似た超キレのある衝撃音を連発させる。

 その世界一のベースの音が東京ドームの全空間に鋭く響き渡り、観客のボルテージは最大級に膨れ上がった。フロアを埋め尽くすファンたちが一斉にジャンプし、天に向けて手を振り、魂のままに叫ぶ。

 

 

「RoÉさんのスラップを、こんな間近で…神すぎる…!!こんな音を生で……!!ここに来て、本当によかった…!!!」

 

 

 自分の人生の全てであり、教科書そのものだった神のベースラインを、舞台袖のわずか数メートルの超至近距離で浴びたリョウは、もはや自分の内に眠るベースオタクとしてのタガが完全にパァンと吹き飛んでしまい、普段の省エネなクールさを完全に忘れて、柄にもなく大はしゃぎしていた。

 

 

 ──1時間ほど経過し、ライブは中盤に差し掛かっていた。

 

 【NEW GLORY】はMCを一切挟まず、凄まじい熱量のまま曲から曲へシームレスに繋ぎ、interludeを流してほんの数分間の短い休憩を挟んだ。

 会場の5万5000人は息つく間もなく熱狂し続け、剥き出しの汗と割れんばかりの歓声の渦が、東京ドーム全体の広大な空間をギチギチに満たしていた。

 

 少しの休息を終えた後、それまで鮮やかに明滅していたすべての照明が、再び漆黒の暗転へと落とされた。

 静寂が訪れた瞬間、次の曲のイントロが静かに流れ始めた。

 

 

 Chase After Your Self!(チェイスアフターユアセルフ)

 

 

 それは虹夏の、【NEW GLORY】の数ある名曲の中で、人生で一番大好きな曲。

 同時に、コアなファンの間ではライブでも滅多に披露されることのない、激レア中の激レアとして神格化されている伝説の楽曲だった

 この曲を最後にファンの前で演奏したのは、12~13年以上も前に開催されたロックフェス以来のことであり、公式のMVはおろか、過去のツアーのライブ映像化すら一度もされていない、文字通り一握りの目撃者しか存在しない幻のナンバーなのだ。

 

 イントロは、シンセのピコピコ音から始まり、徐々にドラムとベースが加わり、Lavielがクリアなハイトーンで歌い出す。

 Aメロは明るく疾走感のあるメロディで、Kyoyaの軽快なビートとRoÉのファンキーなベースが絡み、NaokIのギターがキャッチーなリフを刻む。

 

 Aメロ終わりの間奏で、ピアノのアルペジオが美しく挟まれ、弾き終わると同時に転調。

 メンバーが一斉にジャンプしながら演奏を再開し、会場は地鳴りがするほどの熱気と大歓声の嵐に包まれた。

 

 その大好きな曲を超至近距離で浴びた虹夏は、あまりの衝撃にその大きな目を限界まで丸く、両手を高く上げて大はしゃぎした。

 

「うわああああ!!!『Chase After Your Self!』だー!!私の…一番大好きな曲!!やばい!!!やばすぎるよ!!!ライブでも滅多にやらないのに、神すぎる!!!!」

 

 

 虹夏は、嬉しさと興奮のあまり床の上をぴょんぴょんと可愛く跳ね回りながら、無我夢中で何度も手を叩き、Lavielの放つ奇跡的なハイトーンに合わせて一緒に歌い、あまりの幸福感にその顔を耳の裏まで真っ赤にして、 Kyoyaの刻む最高峰のビートのリズムに全身を委ねるようにして、その身体を激しく揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブは怒涛のスピード感でどんどん進み、胸を締め付けるバラード、会場をクラブに変えるアップテンポのダンスナンバー、聴く者の魂を剥き出しにする感情を揺さぶるヘヴィなナンバー。

 世界中を熱狂させてきた【NEW GLORY】の用意したセットリストは、一分の隙もない完璧な構成のまま、予定通り終了した。

 

 5万5000人の観客は、自らの身体から噴き出した汗と熱い歓声の代償でぐったりと疲弊しながらも、人生最高峰の興奮の余韻に深く浸り、アリーナの暗闇の中でアンコールのコールを地鳴りのように鳴り止まない。

 

 しかし──【NEW GLORY】というバンドは、アンコールを絶対にしないバンドとして、世界中のロックシーンであまりにも有名だった。

 

 約束された終わりの時間が訪れ、会場は「あぁ、もう終わりか…」という切ない諦めの空気に包まれ、ステージの電飾照明がゆっくりと落とされ始めた。

 

 

 その時──NaokIがギターの弦を軽く鳴らした。

 

 

『!!?』

 

 

 予定にない一音に、5万5000人の会場が一斉にざわつき、落とされかけた照明が再び、何千機ものフラッシュライトとなって爆発するように点灯。

 そしてNaokIは、マイクを力強く握りしめた。

 

 

「……東京ドーム。楽しんでるか?」

 

 

 今まで一度もMCなどやったことのない【NEW GLORY】が、初めてMCをする。

 東京ドーム全体が耳を疑うような巨大などよめきに包まれ、5万5000人のオーディエンスの視線が、津波のような勢いで一気にNaokIへと集中した。

 

 NaokIは客席を見渡し、静かに、しかしドームの最奥まで響き渡る明瞭な声ではっきりと語り始めた。

 

 

「……みんな、これが最初で最後のMCだ。よく聴いてくれ」

 

 

 一言も漏らしてなるものか、と言わんばかりに、広大な会場のすべてが水を打ったかのように静まり返る。

 NaokIは、ステージ袖の暗闇で自分を見つめている長女ひとりと、その大切な仲間たちの姿をそっと脳裏に抱きしめ、深く深呼吸して続けた。

 

 

「……この日のために一曲、新曲を作ってきた」

 

 

 その男の口から放たれた、世界の音楽ニュースがひっくり返るレベルの特大のサプライズ。その言葉に、静まっていた会場が今度こそ爆発した。

 

 ドームを襲う、驚愕と歓喜の凄まじい嵐。

 ファンたちは「新曲!?」「マジか!?」「今ここで!?」と割れんばかりの歓声と悲鳴がぐちゃぐちゃに混ざり合い、その音圧だけで物理的にドームの壁が激しく揺れる。

 舞台袖の特等席で見守る【結束バンド】の4人も、突然NaokIから繰り出されたあまりにも規格外なプレゼントに、困惑と興奮が入り混じった衝撃の表情になった。

 

 NaokIは、静かに微笑み、最後に一言だけ伝えた。

 

 

「……この曲は、壁にぶつかり、どうしようもなくなった人たちに…夢を追う人たちに……捧げたい」

 

 

 お遊びバンドだと罵られ、レベルの差に絶望しかけていた、けれど「この音を糧にして這い上がってやる」と手を繋ぎ直した【結束バンド】。

 

 その夢を肯定し、世界のプロの荒波へ向かって背中を力強く押し出す、世界一のギタリストからの至高のエール。

 

 その言葉の圧倒的な重みに、会場が再び、畏怖と共に静まり返った。

 

 5万5000人の視線が、ステージの上でギターを構えるNaokIのシルエットに集中する。

 ひとりは、自分のために、そして自分たちのために新曲を書き下ろしてくれたお父さんの言葉に熱く胸を押さえ、その大きな目を綺麗な涙でいっぱいに潤ませた。

 虹夏も、喜多も、リョウも、自分たちのこれからの音楽人生を指し示してくれるかのようなその背中に、ただただ息を飲んでステージを真っ直ぐに見つめた。

 

 NaokIはギターを構え直し、メンバーたちに軽く頷いた。

 Lavielがマイクを握り、RoÉがベースを構え、Kyoyaがスティックを回す。

 

 音楽の歴史に永久に刻まれる新曲が、今まさに、始まろうとしていた。

 

 【NEW GLORY】という絶対的な神々が魅せる、20年の歴史で初めてのMCと、初めてのアンコール。

 

 【結束バンド】の覚醒のためだけに作られた、奇跡の新曲。

 

 傷つき、迷いながらも、それでも命懸けで夢を追う全ての人たちに捧げる、世界で一番贅沢な一曲。

 

 NaokIはマイクスタンドを力強く引き寄せ、東京ドームの全空間をその声でハックするように、高らかにタイトルを告げた。

 

 

「this song is called──『We are Alive(ウィーアーアライブ)』」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 新曲『We are Alive』が始まった瞬間──

 

 

 ドーム全体の空気が一変した。

 

 

 NaokIのギターが静かにイントロを刻み、それに呼応してKyoyaのドラムが低く重く響き、RoÉのベースがタイトに支える。

 全ての準備が整った音の壁の向こうから、Lavielの声が、傷ついた少女たちの肩を優しく抱きしめるように、しかし途方もない力強さを持って歌い出した

 

 曲調は切なくも力強い疾走感、感情を直接胸に突き刺すハイトーン、絶望と希望が交錯するような展開。

 イントロは静かなピアノとシンセのレイヤーで始まり、徐々にドラムとベースが加わり、Lavielのクリアなハイトーンで歌い上げる。

 Aメロは明るく疾走感のあるメロディで、Kyoyaの軽快なビートとRoÉのファンキーなスラップが絡み、NaokIのギターがキャッチーなリフを刻む。

 

 サビでは一気に爆発──Lavielのハイトーンが天井を突き破るように伸び、NaokIのリードギターが感情を乗せたソロを重ねる。

 ラストのサビでは、全員の演奏が完全に共鳴し、ドーム全体が振動するような一体感が生まれた。

 

 その歌詞に綴られていたのは、理不尽な壁にぶつかり、泥水を啜りながらも、どうしようもないほど愛おしい夢を泥臭く追いかけ続ける人たちへの、至高の、そして不滅のエール──

 一度でもその耳に聴いたら最後、二度と頭の底から離れることのない悪魔的な中毒性があり、聴く者全ての心に、消えないプロの火を激しく灯す。

 会場は今日一番の熱狂的な盛り上がりを見せ、5万5000人の放つ地鳴りのような歓声と叫び声が、文字通りドームの天井を突き破るほどの勢いで炸裂していた。

 

 

 【結束バンド】の4人は、真剣な表情でライブを見ていた。

 

 

 さっきまでの大はしゃぎとは打って変わって、誰もが息を殺し、一音一音を逃すまいと目を凝らしていた。

 

 ひとりの本気と【NEW GLORY】の圧倒的な実力を目の当たりにした後、この新曲は、まるで自分たちに向けられたエールのように聞こえた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 リョウは、拳を強く握りしめていた。

 

 RoÉのベースが鳴るたび、自分のベースとの差が胸を抉る。

 

 あの低域の厚み、ハイの切れ味、スラップの爆発力──全てが、一分の隙もない完璧さでバンドのグルーヴを完全支配している。

 そしてその王者のビートの上で、ひとりの弾く超絶ギターソロに、NaokIが圧倒的な余裕で極上のツインギターソロを重ねてみせる姿。

 

 

(私……まだまだ足りない。

 

 このままじゃ、ぼっちの隣に立つ資格すらない。

 

 でも──この曲を聴いて、心が奮い立った。

 

 この差を埋めたい。

 

 ぼっちの音に追いつきたい。

 

 いや、超えたい)

 

 

 引き離される恐怖に怯える時間は、もう終わりだ。

 

 自分があの日、あの台風の夜にひとりのギターに魂を救われたベーシストなら、やるべきことはただ一つ。死に物狂いで、ひとりを底辺から支えて、世界一カッコいいベースラインを叩き込んでやるだけだ。

 

 

 その刹那、リョウの心の奥で、何かが燃え始めた。

 

 熱い、激しい炎が。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 喜多は、両手を自身の胸に強く当てたまま、瞬きをすることすら忘れたようにステージを見つめていた。

 

 フロントマンの象徴であるLavielのハイトーンがアリーナの天井を裂いて響き渡るたび、自分の歌がどれだけ未熟で、世界基準のプロの喉からは程遠いかを、嫌というほど残酷に思い知らされる。

 人間の肺活量の限界を嘲笑うような、あの息継ぎ一つでどこまでも持続する完璧な超ロングシャウト。聴き手の魂を直接抉り出すような、圧倒的な感情を乗せたクリアな歌声。

 それに引き換え自分の歌は、どれだけ練習を重ねてきたつもりでも、彼らの放つ極上の音の壁の前では、ただの叫び声でしかなかったのだ。

 

 

(ひとりちゃんのギターは、あんなに感情を爆発させて、みんなと溶け合っていたのに……

 

 今の私に……ひとりちゃんの隣に立つ資格なんてない……

 

 でも──この曲を聴いて、変われる気がした。

 

 ひとりちゃんの隣で、もっと輝きたい。

 

 私の声で、みんなを魅了したい。)

 

 

 ただチヤホヤされるだけのカラオケレベルの陽キャで終わるつもりなんて、最初からない。

 

 大好きなひとりが世界の頂点のギタリストなら、私はその隣に立つに相応しい、世界一のボーカリストになって、彼女の放つ音の全てを、この私の歌声で完璧に引っ張って、魅了してみせるだけだ。

 

 

 その時、喜多の胸の奥で、何かが疼き始めた。

 

 熱い、燃えるような想いが。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 虹夏は、暗がりの舞台袖で細い拳を白くなるほど強く握りしめ、溢れそうになる涙を堪えるようにして強く唇を噛んでいた。

 

 ステージの後方でKyoyaが、自分の最愛の仲間であるひとりの爆音ギターをこれ以上ないほど完璧な包容力で後ろから支える姿が、どうしても頭から離れてくれない。

 

 アンサンブルの0.01秒の先頭を切り裂く、あの重厚で正確無比なキックのタイム感。

 機械のような正確さでありながら、人間の魂を直接震わせるタムの感情的な響き。

 

 そして、NaokIたちの放つ楽器隊との完璧なユニゾン──

 全てが一分の隙もない本物の『完璧な土台』だった。

 

 それに引き換え、自分のドラムは、プロのワンポイント指導を受けて少しはマシになったつもりでも、まだちょっとしたアウェイの空気でテンパってリズムが崩れてしまう。

 

 

(私のドラムは、まだテンパって崩れる。

 

 土台として……ぼっちちゃんを支えきれていない。

 

 ぼっちちゃんは……もっと上手いドラマーと組んだ方が…輝けるんじゃないかって考えてしまう……

 

 でも──この曲を聴いて、諦められないと思った。

 

 【結束バンド】と、もっと高い場所へ行きたい。

 

 スターリーを、もっと有名にしたい。

 

 そして、お姉ちゃんの夢を…叶えたい。)

 

 

 大好きなひとりちゃんを、誰か他の上手いだけのドラマーになんか絶対に渡してたまるか。

 

 自分の創りあげたこの【結束バンド】で、自分と、喜多、リョウ、そしてひとりの4人で、お父さんたちの立っているあの世界の頂点の高みへと絶対に一緒に這い上がってやる。

 

 そして、お姉ちゃんが自分のために残してくれたあのスターリーを世界中に響かせて、お姉ちゃんの諦めた夢を、今度は自分がこの手で完璧に叶えてみせる──

 

 

 虹夏の胸の奥で、何かが燃え上がった。

 

 熱い、激しい決意が。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ひとりは、目の前の広大なステージの上で命を吹き込まれていく、お父さんたちの世界一の音の暴力のすべてに、その全身を優しく包み込まれていた。

 

 

(この新曲──お父さんが、私たちに向けて作ったエール。

 

 壁にぶつかり、どうしようもない夢を追う人たちに捧げたいという言葉。

 

 それは、自分にも向けられている気がした。

 

 お父さんとの差は、とんでもなく遠い。

 

 でも──だからこそ、もっと近づきたい。

 

 そして、ギタリストとして…皆の大切な【結束バンド】を──

 

 最高のバンドにしたい)

 

 

 お父さんが一人のギタリストとして、そして一人の親バカとしての不器用な愛を込めて紡ぎ出してくれた音源。

 

 それが今、自分の最愛の仲間たちの魂を完璧に救い上げ、一瞬にして全員を本物のアーティストへとクラスチェンジさせていく。

 

 

 ひとりの胸の奥で、何かが爆発した。

 

 熱い、燃え盛る情熱が──

 

 

 

 

 そして終盤で、全員の演奏が完全に共鳴した瞬間──

 

 リョウ・喜多・虹夏・ひとりの胸に、同じ言葉が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここまで登って来い!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 NaokIが、【NEW GLORY】のメンバーがそう言ったわけではない。

 

 歌詞にも、そんなフレーズはない。

 

 

 でも────確かに、彼女たちの耳には、魂には、そうハッキリと聞こえた。

 

 

 【結束バンド】の全員に、胸の奥深くから突き刺さるように。

 

 その世界一の頂点からの絶対的な「ガチ」の宣戦布告を受け止め、4人はそれぞれの表情を本物のアーティストの眼光へと変えて、自らの魂の誓いを言葉にして紡ぎ出した。

 

 

「あんなすごいステージに…私も立って、全員惹きつけたい……今度こそ、自分の納得のいく音を見つけたい」

 

 

 リョウの瞳に、静かな炎が灯った。

 

 

「…私の声で、みんなを魅了したい。…今の自分を変えたい」

 

 

 喜多の胸に、熱い決意が溢れた。

 

 

「……みんなが安心して着いていけるようなドラマーになりたい……【結束バンド】を有名にして、スターリーをもっと盛り上げたい」

 

 

 虹夏の拳に、強い意志が宿った。

 

 

「みんなの前でギター弾いて、チヤホヤされたい……でも、この4人で…みんなで人気者になりたい」

 

 

 ひとりの目に、燃えるような覚悟が浮かんだ。

 

 

 全員が、覚悟を決めた目をした。

 

 

 自分たちを見つけ、変えてくれた、この大切な【結束バンド】を、もっと、もっと世界中に有名にしたい。

 

 

 そしていつか必ず、【結束バンド】を【NEW GLORY】にだって絶対に負けない、地球上で最高のバンドにしてみせる。

 

 

 

 

《だから……あんなにボロクソに言われて、このまま終われない!!!!》

 

 

 

 

 その瞬間、4人の心が一つになった。

 

 

 そして、【結束バンド】の未来は、この音とともに、大きく変わろうとしていた。

 

 




ここまで読んでくれた方、ありがとうございました!
ついに結束バンドの覚悟に火がつきました。
ここのエールを送るところは、このssを書き始めたころから絶対やりたいと思っていました。
他では絶対できないような激励で、尚且つ胸アツな展開にできたので、大満足してます。

次回で、オリジナル回は終わりですので、あと一話だけお付き合いください。
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