娘のバンドと対バンしたい   作:肉野郎

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お気に入り登録ありがとうございます!
話まとめてたら意外と時間かかって、手こずりました。

今回はみんな大好きなつっきーちゃんが出ます。
そしてSICK HACKやきくり姐さんの変化も描写していきたいと思います。

それではどうぞ


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(…最近、姐さんと会ってない……)

 

 

 私は、大槻(おおつき)ヨヨコ。

 新宿を拠点に活動しているメタルバンド【SIDEROS(シデロス)】のボーカル&ギター担当。

 

 私が「姐さん」と呼んで心の底からリスペクトしているのは、【SICK HACK】のリーダーであり、バケモノじみたベースを弾く廣井きくり姐さんのことだ。

 

 その姐さんは、ここ最近本当に忙しそうにしていた。

 

 

 先月、ZIPPERツアーの合間に新宿FOLTで【SICK HACK】のワンマンライブがあった。

 …その時、姐さんが知らない女の子たちを連れてたのは気に食わなかったけど……

 

 話を戻して、楽屋まで挨拶に行ったら…姐さんはノートパソコン(MacBo○k Pro)を開いて、曲作りに没頭してた。

 顔は火照っていてパソコンの横におにころが置いてあったけど、作業中は全然手をつけてなかった。

 そして、私が挨拶に来たことにも気づいていない様子だった。

 姐さんは耳にAirP○dsをつけてDAWの画面に集中して、ブツブツ呟きながらキーボードを叩いてはすぐに再生して首を振って修正し、MIDIノートを打ち込んでいた。

 

 

「…序盤に…鋭いシンセの高速アルペジオを……16分音符刻みにするか………バトル漫画のOPに相応しいように……高速で疾走感のあるテンポにして……サビで一気に急上昇して、キャッチーなメロディに……」

 

「…ここはあえて、テンポを少しスローにして緊張を溜めて……メロディは低音寄りで…徐々にビルドアップ……」

 

「……ギターのディストーションと電子音でフェードアウトして余韻を残そう。…そして、サイケの核は……」

 

 

 姐さんは自分の脳内に溢れ出る極上のフレーズをポンポンと手際よく編み出して、試して、満足げに不敵に頷く。

 完全に外界の全てをシャットアウトした、至高のトランス状態に入り込んでいる。

 酒の力を借りる必要なんてどこにもないほど、心の底から楽しそうに、自らの音楽を生み出す曲作りに没頭している。

 ストイックで、誰よりも輝いている姐さんの美しい横顔を間近で見て、私は圧倒されると同時に、胸の奥が熱く焦がされるのを感じた。

 

 私は【SICK HACK】の最新フルアルバム、『Lost in the Neon Haze』を思い出す。

 

 これまで姐さんたちが築いてきた、狂気的なサイケの核は1ミリもブレずにそのまま残っている。

 でも、今までの姐さんたちにはなかった圧倒的なキャッチーさと凄まじい疾走感が加わり、激しさがあるのに音の分離が驚くほどクリアで、脳髄を直撃するような中毒性が何百倍にも増している。

 まさに、聴く者の脳に強烈な衝撃を与えるような神曲ばかり。

 一歩間違えればバラバラになりそうなサイケの良いところを、全部贅沢に詰め込んで、最高峰の形へ昇華させて完璧に調和させているのだ。

 

 そのフルアルバムを初めて部屋のスピーカーで聴いた時、私は鳥肌が止まらなくなり、何日も寝る間を惜しんでずっとリピートし続けていた。

 先行シングルの『Eclipse of Sanity』はもちろん、収録されている他の曲も全部。

 姐さんの放つあのベースの音が、剥き出しの感情が…私の心を鷲掴みにしてどうしても離さない。

 姐さんは本当に、追いつけないほどすごくなってしまった。

 

 

 でも、その忙しさのせいで…姐さんとはほとんど関わらなくなった。

 

 

 その日も結局…完全にゾーンに入っている姐さんに最後まで挨拶することはできず、私は自分の無力さに少しだけ唇を噛みながら、静かにFOLTの楽屋を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 今日は、FOLTで【SIDEROS】のワンマンライブが行われる。

 

 インディーズ界隈での注目度も高まり、ありがたいことにチケットはとっくの昔にソールドアウトしていた。けれど、私は姐さんのために、たった1枚だけ大切なチケットをずっと手元に残し続けていた。

 もしも…もしもほんの一瞬だけでも、姐さんが【SIDEROS】のステージを観に来てくれたら。

 そんな淡い、小さな期待を胸の奥に抱きながら……

 

 私はお手洗いを済ませ、楽屋に戻ろうとしたその時──

 

 

 本当に姐さんが現れた。

 

 

 FOLTの廊下をノートパソコンを抱えて、顔を俯かせながら急ぎ足で歩いている。

 

 

 シラフの姐さんは、いつもと全然違う。

 

 

 酔っ払っている時のあの不敵で破天荒な陽気さは完全に影を潜めていて、どこか内気で、周囲の目を恐れるようにオドオドとした、ひどく繊細な気配を全身から漂わせている。

 ここ数ヶ月間、姐さんがライブ以外で泥酔している姿を目撃することは本当に、ほとんどなくなった。

 当初は私のバンド仲間であるあくび、楓子、幽々の3人も、あの誰も手が付けられなかった酒乱の姐さんのあまりにも劇的な豹変ぶりに、本気で驚きを隠せなかった。

 FOLTの店長である吉田銀次郎さんだけは『きくりの昔の頃を思い出すわね~』と、当時を懐かしむように言っていた。

 あと、お酒のトラブルで毎回胃に穴を空けかけていた志麻さんが、すごく上機嫌になった。

 

 姐さんは私と目が合うと、慌てて頭を下げて敬語で話しかけてきた。

 

 

「あっ…大槻さん、お久しぶりです。この前挨拶に来てくれたと岩下さんに聞きました。……対応できなくて…すみませんでした」

 

「姐さん…!?お久しぶりです!その件はお気になさらずに…!そっそれよりお元気でしたか?」

 

「あっはい…なんとか。…ちょっとパソコン取りに来ただけなので…すぐに帰ります」

 

 

 私は背筋をピンと伸ばし、大好きな姐さんの前でこれ以上ないほどの笑顔を作って返した。

 姐さんはパソコンを胸に抱きしめたまま、目を逸らして、少し間を置いて静かに言った。

 

 もう帰ってしまう──その言葉に焦った私は、ポケットからチケットを取り出して差し出した。

 

 

「あの姐さん!実は今日【SIDEROS】のワンマンなんですけど…!姐さん用にチケット1枚残してたんです!……よかったら、少しだけでも聴いていきませんか?」

 

 

 私のひたむきな懇願の視線を受け止めた姐さんは、差し出されたチケットを見つめながら、目を少し困ったように泳がせ、申し訳なさそうなトーンで静かに首を左右に振った。

 

 

「……ありがとうございます。でも今から、曲のネタ作りをするので帰ります。明日からレコーディングが始まるので…」

 

「……そう…ですか……」

 

 

 私はこれ以上言葉を重ねることもできず、差し出したままの手の中でチケットを強く握りしめ、胸の奥がキュッと切なく、少しだけ寂しくなるのをただじっと耐えるようにして感じていたのだった。

 そして、足早に去ろうとした姐さんは、ハッと何かに気づいたように立ち止まると、上着のポケットから封筒を取り出し、私に向かって両手で恭しく差し出してきた。

 

 

「あっあの……大槻さん。………これ、ずっと大槻さん渡したくて…受け取ってください」

 

「?」

 

 

 私は、突然手渡された封筒を反射的に受け取って、怪訝に思いながら中を覗き込んだ。

 中には──現金20万円が、整然と収められていたのだ。

 

 

「え!?姐さん!?これどうしたんですか!?」

 

 

 今までの姐さんなら小銭すら枯渇して「大槻ちゃ〜ん金かして〜」と泣きついていた。

 そんな人が、なぜこんな大金を?

 

 驚愕する私を前に、シラフの姐さんはさらに深く、腰を折って丁寧に頭を下げた。

 

 

「……今まで借金したり、お風呂借りたり、食事を奢ってもらったりと…大槻さんには大変ご迷惑をお掛けしました。今までお返しする機会がなかったので…利息分と迷惑料も上乗せしてあります…」

 

「そんな!気にしなくていいですよ!姐さんが返してくれるだけで十分です!」

 

 

 私は、目の前の非現実的な光景にアワアワと慌てて首を左右に激しく振った。

 姐さんは、赤くなった顔を恥ずがりそうに逸らしながら、静かに言葉を続けた。

 

 

「最近、それなりにいい家に引っ越しました。…お風呂もちゃんとあるので、もう迷惑はかけません。大槻さん…本当にありがとうございました。また機会があれば、ちゃんとチケット購入してから観に行きます。…それでは失礼します」

 

「あっ…姐さん…!」

 

 

 それは、これまでのろくでなしな甘えを完全に断ち切るという、一人の自立したアーティストとしての気高き決別。

 

 姐さんはそれだけを一気に言い切ると、自分の胸元にMacB○okをさらに強く抱きしめ、そそくさと踵を返してFOLTの階段を上がっていった。

 私は姐さんが去った後のFOLTの廊下で、封筒を握りしめたまま立ち尽くしていた。

 

 

「……姐さん……」

 

 

 私は、封筒をポケットにしまいゆっくりと息を吐いた。

 胸の奥が、針で刺されたかのようにチクチクと細かく痛む。

 あんなに心配していた姐さんがアルコール中毒から救われ、まともな生活を手に入れ、バンドとして音楽的にも商業的にも大成功を収めたのだ。

 一人のファンとして、ライターとして、これ以上嬉しいことなんてないはずなのに………なぜか、私の心にはぽっかりと穴が空いたような、どうしようもない寂しさが広がっていく。

 

 

 姐さんが遠くなった理由…改めて考えると、やっぱり【NEW GLORY】がきっかけだった。

 

 

 半年ほど前、【NEW GLORY】と【SICK HACK】がコラボした。

 あのコラボMVが出た瞬間から、【SICK HACK】の流れが変わった。

 

 【SICK HACK】の公式オーチューブチャンネルは60万人を突破。

 『Eclipse of Sanity』のMVは1億再生を超え、『ワタシダケユウレイ』の動画も2000万再生を突破。

 最新フルアルバムは飛ぶように売れ、ZIPPERツアーは全公演ソールドアウト。

 

 今年の大晦日には、年越し音楽フェスのメインステージに【SICK HACK】が出演する。

 イライザさんのコミマ…?が終わった後に、そのまま会場へ向かうらしい。

 来年にも5本ほど、大型ロックフェスの出演が決まっていた。(FUKU○KA MUSIC FES、BLAR○ FEST、DEAD P○P FESTiVAL、JAPAN JA○、VIVA LA R○CKなど…)

 

 それから、テレビCM。

 車の新CMソングに姐さんが楽曲提供した『Psychedelic Collapse』が使われて、全国に流れてる。

 私も今朝、CMが流れていたので見た。

 

 さらに【SICK HACK】は、来年の4月にアニメ化される、大人気バトル漫画のオープニング主題歌のタイアップも決まり、楽曲制作もしてる。アニメの挿入歌としてのカップリング曲も、同時進行で作ってるらしい。

 明日レコーディングがあると言っていたのは、例の主題歌のためだろう。

 

 そして来年の2月に【SICK HACK】は、幕張イベントホール(9-11)で過去最大規模となるワンマン公演を二日間開催。

 キャパは約1万5000人で、二日間で約3万人動員予定──チケットは二日間とも既にソールドアウト済み。……私は抽選に落ちて、チケットを取れてない。

 

 

 姐さんの世界は、もう私の手が届かないところまで広がってる。

 

 

 今や【SICK HACK】は、日本全体の音楽シーンで見ても、文字通り飛ぶ鳥を落とす勢いで圧倒的な人気を集めており、完全にインディーズというちっぽけな枠を実力でぶち壊して超えていた。

 順当に行けばあと1〜2年以内には、武道館どころか全国のアリーナを回るツアーだって普通にできるようになるだろう。

 そうなれば、今日私たちが立つ新宿FOLTみたいな、キャパ500人程度の小さなライブハウスでの演奏なんて、物理的に少なくなるのは避けられない。

 毎年FOLTで行われている【SICK HACK】主催のクリスマスライブだって…大人の事情やスケジュールの都合で、来年以降もやるとは限らないのだ。

 

 私は、封筒を握りしめながら決意した。

 

 

「……姐さんありがとう…お金は受け取るよ。…でも、これは恩返しじゃない。姐さんが私にくれたもの…全部返せないけど…」

 

 

 私は、ポケットからチケットを取り出した。

 姐さん用に残してあった、【SIDEROS】ワンマンのライブチケット。

 姐さんは断ったけど……私は、諦めない。

 

 

「せめてもの恩返しに、今度のクリスマスライブ…ゲストに招待された身として、最高のライブにして場を盛り上げる。姐さんのステージは…私が…【SIDEROS】がちゃんと支えるから」

 

 

 私は、チケットを握りしめて楽屋に戻った。

 今日のワンマンライブの客席に、大好きな姐さんの姿はないけれど…絶対に、最高のステージにしてやる。

 

 姐さん待ってて。

 

 私もいつか…姐さんの隣に立つから。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 12月に入った頃。

 その日は姐さんが珍しく酔っ払った状態で、私たちに声をかけてきた。

 そして、【SICK HACK】のクリスマスライブに【結束バンド】もゲスト出演することになった。

 

 

「【結束バンド】もゲスト出演…!?」

 

「元々前座で出る予定だったバンドが、出られなくなって〜」

 

 

 私は、胸の奥がチクチクした。

 姐さんはたまに会っても、【結束バンド】の話ばっかりする。

 【結束バンド】…そして、後藤ひとり。…突然現れた謎のバンド。

 姐さんが、こんなに楽しそうに話すなんて…珍しい。

 

 

「あんな無名なバンド出してもメリットなんてないです!【SIDEROS】だけで十分ですよ!真面目に考えてますか!?」

 

「ちゃんと考えたってば〜」

 

 

 私の必死の抗議をどこ吹く風と受け流し、姐さんは少し困ったように眉を下げて笑っていた。

 そして姐さんは、そんな私の内心の嫉妬をからかうように、いつもの酔っ払いのトーンで信じられない言葉を重ねてきた。

 

 

「それに大槻ちゃん…メンバー以外友達いないし、友達作るいい機会かな〜って…」

 

 

 痛いところを完全に突かれ、その一言が見事すぎるほど図星だった。

 私は一瞬で顔を真っ赤にして沸騰させ、取り繕うように慌てて大声で見栄を張った。

 

 

「とっ友達はいます!ライブに来てくれる皆……あと、トゥイッターのフォロワー!…とかも入りますよね?」

 

「いや入らない」

 

 

 姐さんは、一刀両断。

 私は落ち込んだ。けど姐さんは私の反応をスルーして、いつもの酔っ払ったテンションでフラフラしながら出て行った。

 

 

「じゃっ そんなわけで当日よろしく〜〜〜!」

 

 

 私は、立ち尽くしたまま動けなかった。

 あくびは「え〜【結束バンド】いいじゃないっすか〜」って宥めてくれたけど……

 

 私は、気に入らなかった。

 

 【結束バンド】……後藤ひとり!

 

 姐さんは久しぶりに会っても、大体はこのバンドの話ばかりする。

 あんな再生数100回程度のバンドなんかに…

 

 嫉妬してた。

 

 でも気にする必要はない。

 姐さんは、成功して忙しいだけ。

 私は、ただ…姐さんの隣に立ちたいだけ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「今日はどのバンド、見に来られました?」

 

「【結束バンド】です…」

 

 

 気がつけば、私は下北沢の小さなライブハウス「スターリー」に来ていた。

 メガネを掛けて、髪を耳の横あたりで二つ結びにして、変装はそれなりにしたつもりだった。

 下北沢は、私にとって慣れない場所。

 狭い路地に古着屋やレコード店がひしめきあって、歩く人たちの服装もなんか…派手で自由で、私みたいなのが浮いてる気がして、居心地が悪かった。

 

 

(……ライブ見たら、すぐ新宿に帰ろう)

 

 

 あんな再生数100回程度の無名バンドが、どうしてきくり姐さんの心をあんなに奪っているのか、その実力をただスカウティングして、すぐにFOLTの街へ戻る。そう心に決めて、受付でドリンク代を支払い、防音扉を開けて暗いフロアの中へと入った。

 平日のブッキングライブだというのに、客席のフロアにはすでに40人前後のオーディエンスがひしめき合っている。

 (思ったより入ってるな……)と、私は内心で少しだけ驚きを覚えた。

 小さなステージに、機材が並んでて、照明はまだ暗い。私は目立たないように、後ろの方の壁に寄りかかって、腕を組んだ。

 

 すると──突然、横から声が掛かった。

 

 

「あれ〜 また見たことない子だ〜!」

 

 

 振り返ると、二人組の女の子がニコニコしながら近づいてきた。

 一人は茶髪のロングヘアで落ち着いた雰囲気の女の子、もう一人は金髪のミディアムボブヘアで明るい印象の女の子だった。

 私は、びっくりして後ずさりした。

 

 

「あの〜、今日初めてライブ来た感じですか〜?【結束バンド】を見に来たんですよね?」

 

「えっ?え?」

 

「名前なんて言うの?」

 

「えっっ大つ…つっきーです」

 

 

 あまりの距離の近さと顔の良さに頭の処理速度が完全に限界を超え、本名の「大槻」を噛みかけた私は、咄嗟に口から出たおかしなニックネームをガタガタと答えてしまった。

 するとその瞬間、目の前の二人の少女は、まるで新しい宝物を見つけたかのようにその大きな目をキラキラと輝かせた。

 

 

「つっきーちゃんって言うんだ!かわいい名前だね!私のことはファン1号って呼んで!」

 

「今度から一緒にライブ行こうよ〜!あと私はファン2号って呼んでね!」

 

「あっうん…」

 

 

 私は、あまりの超展開に完全に言葉に詰まってしまった。いきなり話しかけられて、頭が真っ白になる。

 二人の私に向けてくれる笑顔が、あまりにも純粋で、どこまでも温かくて…

 下北沢の居心地の悪さが、少しだけ和らいだ。

 

 

(しっ下北沢悪くない…!)

 

 

 私は、目をキラキラさせて満更でもない感じになった。

 二人はニコニコしながら、スマホを差し出してきた。

 

 

「つっきーロイン交換しよー」

 

「うん…」(した事ないなら分からない…)

 

 

 私はびっくりして後ずさりしたけど、二人の笑顔が純粋すぎて断れなかった。

 ロインのQRコードを読み込んで、友達追加。

 

 

(………いや、ちょっと待って!私は【結束バンド】の偵察に来たのであって、断じて馴れ合いに来たわけじゃない!)

 

 

 私はハッと我に返ると、大きなメガネの位置を慌てて直しながら、ツンとした声を張り上げた。

 

 

「いや!わっ私は別にファンじゃない…!」

 

「じゃあ何で今日見に来たの?」

 

「そっそれは…」

 

 

 ファン2号からのあまりにも核心を突いた素朴な疑問に、私は一瞬で言葉に詰まってしまった。

 その瞬間、自覚したくなかった私の胸の奥が、急に言い訳のできない熱さで満たされていく。

 

 初めて【結束バンド】のライブ映像を見た時の衝撃が、頭をよぎる。

 

 ギターの音、ドラムのキック、ベースのスラップ…考えたくなくても、ずっと【結束バンド】のことばっかり考えてた。

 姐さんは、あのバンドのどこを気に入ってるんだろうって…ネットでメンバーのこと色々調べてしまってた。敵の情報収集のためって、自分に言い聞かせて。

 そして今日だって、気づいたら衝動的にここに来てただけ。

 

 

「初めてライブ映像を見た時、凄い衝撃を受けて…考えたくなくても、ずっと【結束バンド】の事ばっか考えてて…なったでメンバーの事とか、色々調べちゃって…今日だって気付いたら、衝動的に来てただけ!」

 

「「それがファンなのでは…!?」」

 

 

 そうこうしているうちに、スターリーのステージが、ゆっくりと明るくなり始めた。

 【結束バンド】のライブが、始まろうとしていた。

 

 動画で見た限りだと、正直言うほど上手くなかった。

 ベースの山田リョウの実力だけは頭ひとつ抜けていたけれど他は微妙で、後藤ひとりも言うほど大した事なかった。

 姐さんがなんであんなに気に入ってるのか、正直わからなかった。

 だから、あまり期待してなかった。

 

 

 でも──ライブが始まった瞬間、一変した。

 

 

 まず、【結束バンド】ドラムの伊地知虹夏。

 一番驚いたのは、安定感の変化だった。

 以前の動画だと、テンポが微妙に揺れてたり、キックが弱くて土台がグラグラしてたけど、今は完全に別人。

 バスドラムのキックが0.1秒の狂いもなく先頭を切り、16分音符の密度が極めて高く、フィルインのタム連打も感情を乗せながら一切ブレない。

 ハイハットのオープンクローズもシャープで、スネアのゴーストノートが細かく入り、全体のリズムが「機械のように正確」なのに「人間的なグルーヴ」を完全に両立してる。

 土台として、バンドを完璧に支えてる。

 

 次に、【結束バンド】ベースの山田リョウ。

 元々上手かったが、さらに一段階進化していた。

 低域の厚みが以前より太く、タイトに締まり、ハイの切れ味が鋭くなった。

 スラップのポップ音が爆発的にクリアで、親指のスナップが手首の返しで強化されてる。

 タッピングの指の独立性が格段に上がり、変拍子の中でネック全域を駆け巡るカウンターラインが、ギターと完全に絡み合う。

 存在感が強くなり、埋もれることなく、バンドの輪郭をクッキリと際立たせている。

 

 そして、【結束バンド】の顔であるギター&ボーカルの喜多郁代。

 バッキングギターはまだ「多少マシ」程度だったけど、歌の成長が異常だった。

 音程の安定感が劇的に上がり、息継ぎのタイミングが上手くなり、高音域でも息が途切れなくなった。

 感情の乗せ方が自然になり、叫び声っぽさが消えて、透明感のあるハイトーンが出てきている。

 まだ私には負けるけど、そこらのインディーズとは比べ物にならないほど、上手くなり上達してる。

 歌とギターの同期も良くなり、ボーカルとして存在感が増していた。

 

 最後に、姐さんが気にかけていた【結束バンド】リードギターの後藤ひとり。

 特に驚愕したのは後藤ひとりのギターで、動画では「合わせられてない」と思っていたのに、今はバンドに溶け込んでいる。

 高速リフの密度と正確さ、ビブラートの深み、ベンドの精度…全てがレベルアップしていて、感情を乗せたソロは独自の色が出ていて、心に直接響く。

 変拍子の中で一切崩れず、楽器隊と完璧にユニゾンしながらも、主役として存在感を放っている。

 動画では想像以下だったけど、生で見ると……別次元だ。

 

 

(……もし、後藤ひとりが…ちゃんとみんなと合わせられるようになって、本来の力を発揮できるようになったら…私も、超えられる…?)

 

 

 一瞬、そんな考えが頭をよぎったが、すぐに首を振って否定した。

 

 

(……違う、まだ私の方が上だ……でも)

 

 

 来た当初の評価は、改めざるを得なかった。

 

 【結束バンド】を侮っていた。

 

 動画からこの短期間で、こんな凄まじい成長を遂げるなんて……

 あと一年もすれば……私たちにも届くだろう。

 いや……超えるかもしれない。

 

 

「……姐さんが、気に入るわけだ」

 

 

 私は、フロアの最後方の壁に寄りかかったまま、照明に照らされるステージの上を真っ直ぐに見つめ、悔しさを噛み締めるようにして小さく呟いた。

 私の胸の奥深くで、一人のギタリストとしての何かが、激しく疼いた。

 

 姐さんが遠くなった寂しさと…

 

 同時に──このバンドをもっと知りたいっていう、熱い衝動を。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ライブが終わると、ファン1号、2号の二人に「物販行こうよ〜!」と腕を引っ張られて、私は仕方なくスターリーの物販ブースに寄った。

 テーブルにはデモCDやメンバーの私物が並んでいて、それなりに列ができてる。

 

 ……なんでただの結束バンドが売られてるの…!?

 しかも、一本500円って…ぼったくりじゃないの!?

 

 私はとりあえず、【結束バンド】のデモCDだけ購入。CDを手にした瞬間、胸の奥が熱くなった。

 すると1号が、目を輝かせて言った。

 

 

「つっきー!【結束バンド】のみんなに会いに行こうよ!」

 

「そうだよ〜! つっきーも一緒に! 話したりサインもらったりしよう!」

 

 

 2号もニコニコしながら提案するが、私は慌てて首を振った。

 

 

「……いやいい。私、もう帰らないと…」

 

 

 二人は少し残念そうに顔を見合わせたけど、笑顔で手を振ってくれた。

 

 

「わかった〜! また次誘うね!」

 

「つっきー、絶対また来てよ!」

 

「うん…またね」

 

 

 私はCDを握りしめて、スターリーを出て行った。

 外の冷たい空気が頰に当たる。下北沢の夜はまだ賑やかで、人通りが多い。

 

 でも、私の頭の中は……さっきのライブの音でいっぱいだった。

 

 伊地知虹夏の安定したドラム、山田リョウの存在感のあるベース、喜多郁代の成長した歌。

 

 そして……後藤ひとりのギター。

 

 あの高速リフの密度、ビブラートの深み、ベンドの正確さ…一か月前の動画では…想像以下だったけど、生で見たら別次元だった。…短期間で、あんなにレベルアップするなんて…

 私は、CDを握りしめながら歩き出した。

 

 心に火がついた。

 

 

(……私も……こうしちゃいられない!)

 

 

 姐さんが遠くなった寂しさは、まだ胸にある。

 でも──今、もっと強い衝動が湧いてきた。

 私の夢を、再確認した。

 

 一番になること。

 

 

 即ち、現在世界一と称されるロックバンド──【NEW GLORY】を超えること。

 

 

 【NEW GLORY】の凄さは、もう異常を通り越して、別次元だった。

 

 【NEW GLORY】の公式オーチューブチャンネルの登録者数は、現在9000万人を超えており、一番再生されたMVは、現在112億再生を記録。

 あのRoÉのアドリブスラップが入ったショート動画は、172億再生を超えた。

 動画の総再生回数は、3800億再生以上。

 3800億…想像もつかない数字だ…動画の本数自体は全部で500~600本程度なのに。

 

 さらに、2年前にグラストンベリー・フェスティバルの大トリも務めてる。

 他にもC○achella、Rock in Ri○、Lollapalo○za、Primave○a Sound、Downl○ad Festival、Tomorr○wlandなど……

 世界のビッグフェスを、次々とヘッドライナーで埋めてる。

 

 CDの総売り上げは、2億6000万枚を超えた。

 このサブスクの時代に信じられない数字を叩き出した。

 おそらく、近い内に3億枚を超えるだろう。

 

 そして、東京ドーム1日目で初披露した新曲『We are Alive』。

 翌日シングルが配信されると、1ヶ月で6000万ダウンロードを超え、『Shade Of Gray』の記録をたったの一か月で塗り替えた。

 当然のように、ビルボードチャート世界一に輝いた。

 それを導線に、オーチューブの登録者や再生数、CDの売り上げも爆伸びしていた。

 

 私は、AirP○dsを起動して、スマホでその曲を再生した。

 イントロのシンセが低く唸り、Kyoyaのドラムが爆発的に入って、RoÉのベースがタイトに絡み、NaokIのギターが感情を乗せたリフを刻む。

 Lavielがハイトーンで歌い上げた瞬間、心に火がついた。

 

 熱い。

 燃える。

 脳に衝撃が走る。

 一度聴いたら、中毒になる音楽。

 

 でも、それ以上に……悔しかった。

 

 【NEW GLORY】のファンが聞いたら、比べるのも烏滸がましいと言うだろうが…私は悔しさが増していた。

 今の私では、【SIDEROS】では…絶対に【NEW GLORY】には勝てない。

 蟻と銀河くらいの差がある。

 それが、はっきりわかった。

 

 でも──だからこそ、心に火がついた。

 

 壁は、高ければ高いほどいい。

 いつか【SIDEROS】の名を世界に轟かせる。

 そして【NEW GLORY】すらも、絶対に超えてやる。

 私は、スマホを握りしめて強く決心した。

 同世代のバンドにも、絶対負けない。

 【結束バンド】の追い上げだって、負けない。

 姐さんの隣に立つために。

 私の音楽を貫くために。

 私は、夜の下北沢を歩きながら、心に誓った。

 

 

(姐さん待ってて…!私は絶対…一番になるから…!!)

 

 

 下北沢のネオンが、背中で揺れる。

 

 私の野心は、燃え上がっていた。

 

 【SICK HACK】の未来は、私にも訪れる。

 

 姐さんとの絆とともに。

 

 私の決意とともに。

 

 

 そして──【NEW GLORY】を超える夢とともに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後──

 

 

「先輩、やっぱり【結束バンド】好きなんじゃないスか〜」

 

「いーなぁCD〜♪」

 

「━━━━━━━ ッ!!」

 

 




今回も見てくれた方、ありがとうございました!
つっきー視点で、SICK HACKのその後、結束バンドの成長具合、NEW GLORYの凄さを語りました。
ぼっちパパのバンドは言わずもがなで、結束バンドはレベルが格段に上がり、SICK HACKはこれでもかってくらい魔改造しました。

次回はクリスマスライブと打ち上げ回を一気にやります。
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