私、
バカだし、運動オンチだし。
人の目見れないし、会話の頭に絶対「あっ」って付けちゃうし。
学校ではいつも一人ぼっちで、友達なんてできたことない。
コミュ症の極みで、目立つのが怖いのに、心の奥底では誰かに認められたい、ちやほやされたいって欲求が渦巻いてる承認欲求モンスター。
でも、そんな私に唯一の光みたいな存在がいる。
私のお父さん、後藤直樹。
世界中のロック好きがその名を聞くだけで失神するロックバンド、【NEW GLORY】のギタリスト。
ステージの上で世界を支配する彼のバンドネームは、NaokIという。
【NEW GLORY】の全ての作曲・編曲を手掛け、ギターを持たせれば右に出る者はいない本物の天才。
私の世界で一番尊敬する人であり、一生をかけても追いつけない──
一番憧れる人だ。
私の住んでる家は金沢八景の閑静な高級住宅街の中でも、ひときわ異彩を放つ広大な豪邸だ。
家の周囲にはパパラッチや熱狂的な暴徒から家族のプライバシーを死守するため、高い塀の周囲には最新鋭の防犯カメラが死角なく設置され、日本のトップクラスの警備会社と24時間体制で直結している。
家のガレージは大きく、家族用の大きいファミリーカーに、お母さんの普段使いの車、お父さんの趣味の高級車まである。
邸宅そのものは3階建てで、驚くべきことに、そこらの商業施設やタワマンにでも付いているような、滑らかに駆動するエレベーターまで設置されていた。
私の部屋も、一般的な学校の教室が丸ごと一つ収まるのではないかと思うほど無駄に広い。
さらに愛犬のジミヘンにすら、人間が快適に暮らせるレベルの専用ルームが個別に用意されている始末だった。
そして、この邸宅の最深部──地下には、プロ仕様の防音設備を完備した、広いプライベートスタジオが広がっている。
ここが、私の人生で最もお気に入りの場所だ。
お父さんが世界を揺るがす新しい楽曲のフレーズを紡ぎ出し、ギターの練習に没頭する聖域。
そして、私が一人きりで狂ったようにギターを掻き鳴らす隠れ家でもあった。
小さい頃は、家にエレベーターがあることも、地下にスタジオがあることも、全部が当たり前の日常だと思っていて気にも留めていなかった。
けれど最近になって、少しだけ外の世界を覗くようになって、私はようやく我が家の環境が異常すぎると気がついたのだ。
話を戻すが、私が初めて【NEW GLORY】のNaokIとしての本気のお父さんを目撃したのは、今からちょうど10年前、私がまだ5歳の頃。
当時、まだ妹のふたりはこの世に生まれていなかった。
私はお母さんに手を引かれ、一般のファンは逆立ちしても入れない、スタジアムの最も見晴らしが良い最高級のVIP関係者席に座らされていた。
その頃の【NEW GLORY】は結成10年目の節目を迎えていた。
メンバー全員が20代後半、お父さんだけが30歳を迎えたばかりという、バンドとして最も脂が乗りきった最強の全盛期だった。
今現在の世界的な評価も凄まじいけれど、この当時の彼らが放っていた日本中を巻き込む社会現象レベルの熱狂とギラギラした空気感は、子供心にも恐怖を覚えるほどに異常だった。
テレビにも、雑誌にも、ネットの表舞台にも一切姿を現さない、徹底されたメディア露出ゼロの冷徹なスタンス。
その絶対的な神秘性と大衆に一切媚びを売らない孤高の姿勢が、かえってファンたちの飢餓感を限界まで煽っていた。
日本最大級のスタジアムの収容限界をさらに押し広げた規格外のキャパシティに設定されたチケットは、発売と同時に即日ソールドアウト。
スタジアムの周りには音漏れを期待するファンが大勢いて、外の喧騒がVIP席にまで響いていたのを今でも覚えている。
開演前、楽屋のエリアでお父さん以外のバンドメンバー全員と顔合わせをする機会があった。
時代を牽引するカリスマの最先端にいる、尖りきった20代後半のロックスターたち。
全身からハングリーな色気とギラつきを放つお兄さんたちが、5歳の私を囲んで代わる代わる頭を撫でて可愛がってくれたのだ。
だが当時から人見知りだった私は、お母さんの後ろに顔を埋めて震えることしかできなかった。
【NEW GLORY】の狂信的な信者からすれば、全財産を投げ打ってでも代わってほしいほどの破格のファンサービスだったに違いないが、当時の私には知る由もなかった。
そして、運命の公演時刻。
会場の照明が一斉に落とされ、お父さんがこのライブのために自作したという、重低音が鼓膜を震わせる壮大なSEがスタジアムに鳴り響いた。
お父さんを含む4人のメンバーがステージの闇から一気に光の中へと飛び出し、最初の一音が解き放たれた瞬間──
世界が変わった。
お父さんの愛用するからギターから放たれた鋭烈な旋律が、巨大なスタジアムの空間を真っ二つに切り裂くように鳴り響く。
その刹那、押し寄せた何万人ものファンが一斉に理性を吹き飛ばされ、獣のような狂熱の叫びを上げて拳を突き上げた。
特にお父さんのギターソロの時間が始まると、スタジアムの視線という視線がお父さんに釘付けになった。
あまりの感動と圧倒的な音圧に、白目を剥いて涙を流しながら救世主を拝むようにステージを見つめるファンたちの姿が、VIP席からハッキリと見えた。
会場全体が、熱くなって盛り上がっていく。
その光景に、私の幼い心は一瞬で、完全に奪い去られていた。
学校にも馴染めず、友達もいなくて、暗い部屋で一人ぼっちで過ごす時間の多かった私にとって、あの光り輝くステージは人生最大の刺激であり、脳髄を直接揺さぶられるような最大の衝撃だったのだ。
「お父さんみたいになりたい!みんなの前でカッコよくギター弾いて、ちやほやされたい!」って、目標ができた。
早速私は、お父さんがあのスタジアムで使っていたギターを借りて、それまで足を踏み入れたこともなかった地下の広大な防音スタジオに引きこもり、弦を掻き鳴らし始めた。
プロの機材がずらりと並ぶその部屋は、5歳の私にはあまりにも広すぎたけれど、そこにいるだけでお父さんの世界の片隅に触れられているような気がした。
最初は弦を押さえる指先が水膨れになって激痛が走り、出る音も酷いものだったけれど、お父さんの作った曲のコードを真似して不器用に練習するだけで、胸のワクワクが止まらなかった。
お父さんは家族思いで、いつも優しい。
お父さんは自分のバンドの楽曲制作だけでなく、海外のグラマー賞やビラボード常連のアーティストや世界的歌姫、日本のトップアーティストに至るまで、信じられない頻度で楽曲提供し続けている。
それらは世界の音楽チャートのトップを毎回のように独占状態。
印税だけでも収入がすごいから、お小遣いやお年玉も毎回ものすごい金額くれて、私のためにお金を湯水のように使って何でも買ってくれるけど、私はお父さんの使ってるギターが一番好き。
5歳であの日、世界の頂点を目撃してから、私の生活はギター一色に染まった。
来る日も来る日も、地下スタジオでギターを弾き続け、気がつけば10年近くの歳月が流れていた。
そして中学を卒業する頃──私の人間関係は、相変わらず極限の絶滅危惧種状態だった。
私のコミュ症の拗らせ具合は悪化の一途を辿り、学校に友達と呼べる人間は、10年前と変わらずただの一人もできなかった。
でも私のネット名義のギターヒーローというチャンネルは、私の成長と比例して誰もが目を疑うような異常な勢いで膨れ上がっていった。
guitarhero──チャンネル登録者数 123万人
中でも突出して数字が跳ね上がったのは、【NEW GLORY】の最難関の曲を、私なりに解釈して超絶テクニックでアレンジしたカバー動画だった。
その再生回数は驚異の1億回以上を突破。
コメント欄には日本語だけでなく、英語、スペイン語、フランス語と、世界中の言語で「この神がかった運指は一体何なんだ!?」「NaokIの再来、いやそれ以上だ!」という熱狂的な絶賛が溢れかえっていた。
他にも、投稿した動画のほとんどが数千万再生を叩き出している。画面の向こうの、顔も知らない無数の人たちが私を褒めちぎってくれる。
その事実が承認欲求モンスターである私には嬉しくて、毎晩布団の中でニヤニヤと怪しい笑みを漏らすほどたまらなかった。
ただしアカウントの正体だけは、国家機密レベルで徹底的に隠蔽し続けている。
もしも私が【NEW GLORY】のNaokIの娘だと世間にバレてしまえば、純粋なギターの腕前ではなく、親の七光りという色眼鏡で品定めされる。
それだけは、お父さんの音楽を汚すようで絶対に嫌だった。
2年前──中学2年の夏休みにお父さんたちのバンドがヨーロッパの主要都市を巡るアリーナツアーを敢行することになり、家族全員で同行した時のことだ。
現地の巨大な会場のステージで、私は信じられないことに、【NEW GLORY】のメンバーたちと直接楽器を持ってセッションをする機会に恵まれたのだ。
お父さんはリズムギターを担当して、私がリードギターとして、お父さんのリズムに乗せてアドリブの旋律を紡ぎ出していった。
メンバーたちは前みたいに可愛がってくれて私を歓迎してくれていた。
──けれど、私がひとたび1音目をチョーキングし、狂ったようなタッピングと速弾きで空間を支配し始めた瞬間、空気が一変した。
彼らの目が、完全に本物のプロの目へと切り替わったのを肌で感じた。
笑顔の裏で百戦錬磨の怪物たちが、中2の私の指先が見せつける異常なまでの精度とトーンに、本気で戦慄していたのだ。
特にお父さんは、私の成長を父親として涙ぐむほど喜びつつも、その常軌を逸したテクニックを目の当たりにして(あれ?これ純粋な腕前だけなら、少し抜かれてない…?)と、冷や汗を流していたらしい。
セッションが終わった後、他のメンバーたちからも揶揄われ、お父さんは内心で尋常じゃなく焦り狂っていたのだという。
……これはずっと後になってから、お母さん経由でこっそり聞いた笑い話だけど。
ツアーが幕を閉じ、日本に帰国してからのお父さんの行動は、今思えば大人気ないほどに必死だった。
お父さんは何を血迷ったのか、絶対に人間には演奏不可能なレベルの超極悪難易度の曲を書き上げたのだ。
バンドの他のメンバーからは顰蹙を買ったらしいが、お父さんはリーダーの権力をフルに活かしてその反対を押し切り、新曲として全世界にリリースしてしまった。
その曲は、お父さんの執念の凄まじさもあってか、案の定世界の音楽チャートで不動のトップを独占し続けることになった。
でも、私には一発で完コピできた。
それどころか、お父さんの原曲に対して「ここをこう変えたら、もっと格好よくなるかも」と、自分のアレンジを加えてさらに速度を上げ、寸分の狂いもなく正確に弾きこなした動画をギターヒーローのアカウントにアップロードした。
結果、その動画は瞬く間に世界中を震撼させ、私のチャンネルの中で最も再生される伝説の動画となった。
お父さんはそれを見て、ショックのあまり白目を剥いて、数日間にわたって割と本気でガチ凹みしていたらしい。
リビングで見かけるお父さんの背中は、気の毒になるほど小さく丸まっていた。
でも私にとっては、お父さんに近づけた気がして嬉しかった。
◆
「お願い!今日だけサポートギターしてくれないかな!実はギターボーカルの子が突然やめちゃって!」
「え?え?」
「ありがとう!!早速ライブハウスへGO!」
(まだ何も言ってない!!)
高校に入学して間もない頃。
私は公園のブランコで途方に暮れていたところを、虹夏ちゃんっていうやたらと行動力のあるドラムの女の子に文字通り拉致された。
こうして私は、流されるままに【結束バンド】のサポートギターとして、未知の領域へ足を踏み入れることになったのだ。
生まれて初めてのライブハウス。
ライブ自体は何度も行ってるけど全部お父さんのバンドで、視界の端が霞むようなアリーナ・ドーム・スタジアムの、最上級VIP席ばかりだった。
だから、ライブハウスは初めてで…緊張していた。
(押し切られてしまった…ほっ…本当に私が、今日ライブを…?)
「出演するライブハウス、あたしの家だからそんな緊張しないで!」
(よよっ…弱気になっちゃダメだ…思い出せ!妄想で毎日したライブ!!)
「うちのお姉ちゃんが店長してるんだ〜」
(初ワンマン…スーパーアリーナ…東京ドーム…日○スタジアム、果ては国立競技場まで…!)
「最近オープンした下北沢スターリーってとこなんだけど!……ってひとりちゃん聞いてる?」
「へへ…私はをウェンブ○ー・スタジアムも埋めた女…うへへ…」
(………頼む相手間違えたかなぁ?)
そうこうしているうちに、目的のライブハウスに到着。
ライブハウスは小さくて、自分の家の防音室みたいでなんか落ち着いた。
(暗い…圧迫感…おっ落ち着くぅ…!)
「ひとりちゃん大丈夫?」
「うへへぇ…!私の家!」
「ここあたしの家なんだけど!!」
そこで私は、ベースを担当しているという山田リョウ先輩と顔合わせを済ませ、早速セッションすることになった。
お父さんの黒いレスポールを構え、無我夢中で指を動かす。
弾き終えた瞬間、私は心の中で(フッ…スーパーチート級のギターヒーローの実力、見せつけてやったZE!)とドヤ顔を決めていた。
しかし演奏が終わるなり虹夏ちゃんから返ってきたのは、あまりにも容赦のない率直な一言だった。
「……ド下手だ」(君は最高のギタリストだ!)
「逆逆」
「!?」
ド下手。
その鋭利な3文字が、私のガラスのハートを木っ端微塵に打ち砕いた。
あまりの衝撃に、私の精神体はエクトプラズムとなって口から這い出しそうになる。
(え!?え!?え!?なんで!?私動画サイトじゃ大絶賛されてるのに…!登録者も120万人以上いるのに…!それにお父さんたちにも余裕でついてこれたのに…!)
理由は、【NEW GLORY】以外のバンドとセッションしたことないから。
お父さんたちは、私の独りよがりで拙いアンサンブルのズレを、超一流の圧倒的な技術と包容力で「何事もないように完璧に合わせてくれていた」だけだった。
対等なアマチュアバンドとしてのセッション。
他人の音を聴き呼吸を合わせるという基本が、引きこもりだった私には致命的に欠落していた。
だからこそバンドのリズムと私のギターの間に、埋めようのない壊滅的なズレが生じてしまったのだ。
その後、落ち込む私を見かねた虹夏ちゃんからギターヒーローというネットの有名ギタリストの話をされ、いつかあんな風に上手くなれたらいいねと励まされた。
私の正体がその本人だとは夢にも思っていないピュアな瞳が痛い。
さらに追い打ちをかけるように、リョウ先輩がじっと私の手元を見つめながら、ボソリと呟いた。
「……ひとりちゃんの今のコードの押さえ方とピッキングの癖。【NEW GLORY】のNaokIに、不気味なくらいそっくりだね」
その瞬間──心臓が文字通り跳ね上がり、全身から変な汗が噴き出した。
聞けば、虹夏ちゃんもリョウ先輩も【NEW GLORY】の熱狂的な大ファンであり、これまでにリリースされたCDやライブDVD・Blu-rayを擦り切れるほど所持しているのだという。
リョウ先輩は実家のお金で、毎回VIP席取ってたらしい。
私の父親が【NEW GLORY】のNaokIであるという正体がバレて変な目で見られないよう、挙動不審の極みになりながら必死の形相で話を誤魔化した。
そのあとの初の本番ライブは、完熟マンゴーのダンボールに入って出た。
演奏はボロボロだったけれど、なんとか最後まで弾ききり、終演後は這うコミュ症の如きスピードでロインだけを交換して即座に帰宅。
自分の広い部屋のベッドに倒れ込んだ瞬間、ようやく空気が戻ってきたような気がした。
その夜、お父さんにロインでビデオ通話した。
「バンド組んだよ」って。
そしたらお父さんは、まるで自分のことのように大はしゃぎしたのだ。
「将来有名になったら、対バンしよう」って、とんでもない約束を提案してきた。
最初は世界トップクラスのモンスターバンドと私たちが対バンなんて、絶対に無理だと頭を振った。
けれどお父さんの声は、いつになく真剣で、力強かった。
『無理じゃない。ひとりは才能がある。それはお父さんが保証する。絶対有名になる。僕が一番のファンになるから』
その真っ直ぐな応援の言葉が、私の凍りついていた心に導火線となって火をつけた。
胸の奥が、カチリと熱く燃え盛るのを感じた。
後からお母さんに聞いた話だけど、お父さんはその電話を切った直後、スタジアムのステージに向かいながら「娘に恥ずかしい背中は見せられない。僕たちは歴史上、誰も到達したことのない本当の世界一のバンドになる」と、結成当時以上の熱量で誓っていたらしい。
お父さんは、私たちがいつか自分のいる頂点まで登ってくるのを、本気で期待して待っているのだ。
お父さんのように、自分のギター一本で、世界中の何万人もの人間を熱狂させる本物のギタリストになりたい。
承認欲求モンスターは、まだ満足していない。
でも今の私には、世界を照らす最高のロックの光が、進むべき道を真っすぐに導いてくれている。
【NEW GLORY】と【結束バンド】が──
いつか対バンする日まで。
原作でお母さんのやべー遺伝子に、おばあちゃんのネガティブ遺伝子とか、色んな遺伝子が組み込まれて今のぼっちちゃんに焼きあがったなら、お父さんの才能も組み込んでいいやろと思い、ぼっちちゃんはお父さん並みかそれ以上の才能とセンス、凄腕技術の持ち主にしました。
まあ性格は原作と変わりませんが。