娘のバンドと対バンしたい   作:肉野郎

20 / 38
お気に入り登録、感想ありがとうございます!
改めて見返したら、CDの売り上げとか、チャンネル登録者とかめちゃくちゃで、あと印税とか収益とか考えたら年収も差異がありまくりだったので、大幅に修正しました。
結構勢いでテキトーに書いてたから、ガバガバだったわい。

あとライブ回と打ち上げ回は、長くなってダレる可能性があったので、分割しました。

それではどうぞ


20

 

 

 クリスマスライブ当日。

 

 新宿FOLTのステージ上では、本番のタイムスケジュールに先駆けて、【結束バンド】の4人がサウンドチェックとリハーサルを鋭い集中力で進めていた。

 まだ開場前で、客は一人もいない。

 客席は暗く、照明はステージだけを照らし、PAからテストトーンが響き、虹夏がドラムセットのスツールに深く腰掛け、綺麗に軽くスティックを回した。

 

 

「よーし!みんな、準備OK?」

 

「はい!いつでも行けます!」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「あっはい。大丈夫です」

 

 

 喜多はセンターマイクスタンドの前に凛と立ち、バッキング用のギターを肩にかけながら力強く頷いた。

 リョウも、愛用のベースを低く構えながら、一人のベーシストとしての誇りを胸にクールに一言。

 そしてひとりも、ギターのノブを微調整しながら、前髪の奥の瞳にプロの光を宿して小さく頷いた。

 

 以前の【結束バンド】なら、キャパ500人の箱にすらプレッシャーを感じて、虹夏はドラムを叩く手が震え、喜多は口の中がカラカラで声が思うように出ず、リョウはベースの弦を何度も確認し、ひとりも走り気味になっていただろう。

 

 

 でも、今の彼女たちは、天地がひっくり返っても全く違う。

 

 

 東京ドームの5万5000人の地鳴りのような大歓声の嵐。

 

 【NEW GLORY】の新曲『We are Alive』で響いた──『ここまで登ってこい!!!!』という世界最高峰のバンドからの絶対的な宣戦布告の言葉。

 

 あの圧倒的なステージを数メートルの至近距離で生で目の当たりにした後では、FOLTの500人なんて、まるでホームのスターリーのように感じる。

 押し潰されそうなプレッシャーを感じるどころか、4人の纏う空気は、むしろ驚くほど静かに、深く落ち着いていた。

 

 虹夏は、キックが鋭く切る感覚を確かめながら、スティックをカチカチと鳴らして笑顔で言った。

 

 

「あの体験の後だと、全然緊張とか感じなくなるね!でも……ここがあたしたちのスタート地点だもん。今日も全力でいくよ!」

 

「はい!ここからまた、みんなと一緒に……もっと大きくなりましょう!」

 

「まずは今日来た客…全員満足させよう」

 

「あっはい…!頑張ります…!」

 

 

 ひとりは、大好きな仲間たちの口から紡ぎ出される一語一語に、胸の奥が熱いインスピレーションでじわじわと熱くなった。

 

 お父さんたちに負けないバンドになる。

 

 あの日、お父さんと交わした対バンの約束──その誓いと覚悟が、改めて鉄壁の硬さで固まる。

 

 インカムをつけたスタッフの声が、静まり返ったフロアの卓から響いた。

 

 

「サウンドチェックOKでーす!リハ始めまーす!」

 

「はーい!よろしくお願いしまーす!」

 

 

 虹夏がスティックを掲げた。

 

 

 「じゃあ1曲目の頭と、2曲目のサビやろうか。行くよー!!1.2.3.4!」

 

 

 カウントが弾けた瞬間──異次元のリズムの駆動音がフロアへと解き放たれた。

 

 リョウのベースが、手首を返した鋭い親指の角度からタイトな重低音を這わせ、それに寸分の狂いもなく虹夏のバスドラムがアンサンブルの0.1秒の先頭を鋭くキックして重厚に鳴り響く。その鉄壁の土台の上に、喉を痛めない横隔膜のブレスをハックした喜多の歌声が、叫び声を消し去った透明度の高い至高のハイトーンとなって重なり、ひとりの弾くリフの密度の歪みが、主役としての圧倒的なビブラートの深みを伴って、美しく響き渡る。

 

 FOLTのステージの全空間が、本当のプロの領域へとクラスチェンジした4人の本物の音の暴力で、完璧に満ちていく。

 かつて彼女たちを縛り付けていた、実力の落差への恐怖や緊張なんて、もうこの空間のどこにも残っていなかった。

 

 

 ただ──純粋に、音楽を楽しむ。

 

 

 ここが【結束バンド】のスタート地点。

 

 そして、次のステップへの確かな一歩だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 完璧な手応えを残してステージを降りた【結束バンド】の4人は、案内されたFOLTの楽屋に戻ると、それぞれの楽器を傍らに置いて静かに本番前の休憩に入った。

 

 先ほどのリハーサルは特に目立ったミスもトラブルもなく、全員が驚くほど落ち着き払っていた。

 NaokIが引き合わせてくれた東京ドームでの経験が、500人規模のライブハウスの空間を物理的にも精神的にも小さく感じさせ、彼女たちの心を縛り付けていたプレッシャーは、もうほとんど残っていなかった。

 

 虹夏は、ソファに座ってKyoyaからもらったメモを見て、目をキラキラさせながら何度も熱心に読み返していた。

 

 

「手首のスナップを返して…叩く意識……」

 

 

 その言葉を指でなぞりながら、目を閉じて頭の中で理想の叩き方の軌道を完璧に再現する。

 胸の奥で、練習への意欲が燃え上がる。

 

 リョウは、ベースを膝の上に置いたまま、目を閉じてRoÉのアドバイスを反復していた。

 親指を80度に立てるスラップの角度、手首の強固な返し、タッピングの速度を1.5倍にするための指の独立性と弦を浮かせる意識、そしてバンドの中で最も美しく抜ける800Hz〜1.2kHzの中域ブースト──

 その一つ一つを頭の中で緻密にシミュレーションし、膝の上の指先を微かにピクピクと動かして、プロの領域の感覚を身体に染み込ませるようにして確かめる

 

 喜多はLavielおすすめの、はちみつレモン水(常温)の入った水筒を手に取り、紙コップに半分程度入れて、ゆっくり飲んで喉を温めていた。

 常温の温かさが喉の奥を通り、繊細な声帯のすべてを優しく、しっとりと包み込んでいく。

 DMのメモに書かれた「息を吐きながら声を出すイメージ」を思い出しながら、小さく「アー」と発声してみる。

 音程が劇的に安定して、高音域を狙っても喉がまったく締まらない。

 

 ひとりは、ソファの端に座ってゆっくりと肺の中の空気を吐き出すようにして深呼吸していた。

 あのドームのど真ん中で浴びた、お父さんたちの圧倒的な音の暴力を思い出しながら、荒れ狂いそうになる心を静かに落ち着かせる。

 でも──不思議なことに、恐怖やパニックによる震えなどどこにもなく、彼女の胸の奥底は、一人の表現者としての熱い情熱で静かに、しかし烈しく躍り狂っていた。

 

 

(早く、自分たちの成長を発揮したい。お父さんにも負けないギタリストになる。みんなと一緒に、もっと高い場所へ登りたい。)

 

 

 もし、東京ドームに行く前のひとりや喜多なら、【SIDEROS】や【SICK HACK】のリハを見て、自分たちは全然だと気落ちして、『ライブパフォーマンスでど派手にするしかない』と、変な方向に進んでしまいそうだった。

 

 だが東京ドームの経験が、4人を強くした。

 

 他人の安い批評なんてどうでもいい。ただ自分たちの重ねてきた泥臭い成長を、自分たち自身の力で100%信じられるようになった

 

 

 そんなこんなで、楽屋の壁の時計の針は少しずつ本番の開演に向けて進んでいった。

 部屋を包む空気は、ライブ前特有のヒリついた独特な緊張感と、街中が赤と白に染まるクリスマス特有のどこか浮ついた世間の雰囲気が、複雑に混ざり合っていた。

 

 リョウは、ベースを膝の上に置いたまま、「……クリスマスにわざわざロック聴きに来る奴なんて、恋人の居ないヒマ人に違いない」とぼそっと毒を吐くように呟いた。

 ひとりは、ソファの端で膝を抱え、病んだような顔で頷いた。

 虹夏は、リョウとひとりを見ながらツッコミを入れ、喜多も明るくフォローした。

 

 

 そんな時、楽屋のドアがノックされた。

 

 入ってきたのは、【SIDEROS】のメンバーたちだった。

 

 長谷川(はせがわ)あくび(ドラム)。

 

 本城(ほんじょう)楓子(ふうこ)(リズムギター)。

 

 内田(うちだ)幽々(ゆゆ)(ベース)。

 

 そして、【SIDEROS】リーダーの大槻(おおつき)ヨヨコ(ギター&ボーカル)。

 ヨヨコは少し離れたところで黙って立っていた。

 

 ドラムのあくびがゆっくりと4人の前に進み出て、少しダウナーで低めの心地よい声で挨拶をした。

 

 

「【結束バンド】のみなさん初めまして。自分【SIDEROS】の長谷川あくびです」

 

「私は本城楓子です♪」

 

「内田幽々です~」

 

「あっどうも…!【結束バンド】の伊地知虹夏です…!」

 

「同じく【結束バンド】の喜多い………喜多です…」

 

「山田リョウ」

 

「あっ後藤ひとりです……」

 

 

 入り口の壁際で腕を組んで黙っているヨヨコ以外は、全員が綺麗に自己紹介を終えて、ドラムのあくびは、無表情に近いクールな顔のまま、ゆっくりと静かに話を続けた。

 

 

「初めての箱なのに緊張した様子もないし、リハも安定してて凄かったっす。それと【結束バンド】の曲、自分は好きっす。同世代のバンドと出会う機会少ないんで仲良くしましょう」

 

 

 あくびは、両手に【結束バンド】のデモCDを持って、リーダーの虹夏にそっと見せた。

 【SIDEROS】は恐ろしい実力派ばかりだと聞いていただけに、虹夏はあくびの予想外に優しい振る舞いに、ホッと肩の力を抜いて安心する。

 

 

「こちらこそ〜。それにしても…【SIDEROS】はメンバーの入れ替わり激しいって聞いてたから、もっと殺伐としてるのかと思ってた」

 

「全然そんな感じなさそうですね。それより長谷川さん…それって、私たちのデモCD…?長谷川さんのこと、物販で見た覚えないんだけど…いつ…?」

 

「あ〜それは…」

 

 

 喜多の純粋な疑問に、あくびが少し視線を逸らしながら理由を言いかけた、その時──

 

 

「【結束バンド】」

 

 

 楽屋の入り口でずっと腕を組んで黙っていたヨヨコが、突然二人の間に割って入った。

 冷徹な眼光を無理やり作り、ヨヨコは4人の前に立ち塞がって傲然と言い放った。

 

 

「私が【SIDEROS】のリーダー、大槻ヨヨコよ。…それと、ゲストだからって【SIDEROS】と同じ土俵に立ったと思わない方がいい。言っておくけど…私のトゥイッターフォロワー数は1万人だから」

 

「なんで唐突にフォロワーの話してんだ……」

 

 

 初対面の挨拶で突然急カーブして、意味不明なネットの数字マウントを取ってきたヨヨコ。

 そして、それを冷めた目で見るリョウ。

 

 

「そのくらい人を惹きつけてるって事。幕張イベントホールと同じ」

 

「へー」

 

「こんな事言ってますけど、実は大槻先輩…【結束バンド】のライブ見に行って、デモCD買ってたんですよ。あと、このCDは大槻先輩から借りました」

 

「なっ何言ってんのよあくび!? 余計なこと言わないで!!!」

 

 

 あくびの唐突な告げ口にヨヨコは慌てふためき、両手をブンブン振って否定した。

 

 まるで猫が水をかけられたようなリアクションで、顔を真っ赤にして両手で覆ったり、恥ずかしさのあまり床の上で足をバタバタとジタバタさせたり。

 けれど、あくびはそんなリーダーの崩壊ムーブを無表情のまま完全にスルーして、淡々と追撃のコンボを叩き込んだ。

 

 

「あと大槻先輩。【結束バンド】のデモCD買ってから、ずっと聴いてたっすよ」

 

「うっうるさい!!!それは…ただ…敵の情報収集で…!!!絶対ファンじゃないから!!!」

 

 

 ヨヨコは、顔を耳の裏まで真っ赤に茹で上がらせて、FOLTの楽屋全体に響き渡るような大声で叫んだ。

 そんな中、喜多は大きな目をキラキラと輝かせてパッと手を叩き、虹夏もどこまでもピュアな目でヨヨコを見つめて満面の笑顔で言った。

 

 

「…えええ!?私たちのライブ見にきてくれたんですか!?それにCDも買ってくれたんですか!?嬉しい!!ありがとうございます!!!」

 

「それにフォロワー1万人もいるんだ~!大槻さんすご~い!!あたし達もがんばらないと!」

 

 

 ヨヨコは、そんな二人のあまりにも健気で温かい最上級の好意的な反応に、一瞬で分かりやすく満更でもない顔になった。

 その顔はパッと明るくなり、きゅっと結ばれていた口元がニヤニヤと緩み、ツインテールを誇らしげに揺らしながらここぞとばかりにドヤ顔をする。

 

 

「こっこれくらい大したことないけど…!!1万人くらい普通だから…!!」

 

「でも1万人って凄いですよ!!【結束バンド】はまだトゥイッターのフォロワーそんなに居ないので尊敬します!」

 

「そっそう?…ま、まぁ…確かに!同世代じゃあ頭ひとつ抜けてる自負はあるわね!しかも個人アカだしね!」

 

「大槻さんすごいな〜!個人アカウントで1万人って…本当に人気者なんだね〜!」

 

(あっ…ヤバいコレ…!めちゃくちゃ承認欲求満たされるッ…!!)

 

 

 いつもは孤立しがちな自分の歪んだプライドを、二人の優しさが100%完璧に肯定して満たしていく。ヨヨコは脳内の承認欲求メーターが急速に回復していく快感に完全に骨抜きにされ、内心で極上の悶絶を起こしていた。

 

 

「初対面でいきなりマウント取ってきたのに、伊地知さんも喜多さんも優しく対応してて器デカいっすね…」

 

 

 あくびは、あまりにもチョロすぎる自分のリーダーの様子を横目で見つめながら、相変わらず無表情に近いダウナーな声でゆっくりと冷静に呟いた。

 楓子は、そんな先輩の様子をからかうように穏やかに微笑み、幽々も静かに深く頷いた。

 

 すっかり気分をよくしたヨヨコは、自慢げに胸を張りながら、自分の才能を褒めちぎってくれる一番近くにいた喜多に、先輩としての威厳をさらに見せつけるようにして目を向けた。

 

 

「まぁ…あんたたちも頑張れば、いずれはこれくらいフォロワー増えるわよ…!ちなみに赤髪のあんた。SNSのフォロワーは何人いるの?」

 

「え?私ですか?私のイソスタの個人アカでいいなら…ちょっと待ってください……」

 

 

 喜多は、ポケットからスマホを取り出してイソスタを開き、自身のプロフィール画面を見つめながら特に自慢するでもなく普通に答えた。

 

 

「イソスタなら、最近人気投稿に入ったみたいで…1万5000人いるんですけど…」

 

「なっ!?」

 

 

 ──1万5000人。

 ヨヨコの大きな目が、驚愕のあまり一瞬で点になった。

 

 

「……1万……5千……?」

 

「え〜!1万5000人ってすごいね!」

 

「喜多さん、武道館レベルですね〜」

 

 

 楓子は、純粋に目を輝かせて拍手を送り、幽々は、眠たげな目のまま淡々とその影響力のバケモノっぷりを呟いた。

 数秒前まで「同世代で頭ひとつ抜けてる」と自慢げにドヤ顔をしていたヨヨコは、完全に自爆した形になり、顔を一瞬で耳の裏まで真っ赤に染め上げて、慌てて声を張り上げた。

 

 

「…〜〜っ! バンドマンなら演奏技術で勝負しなきゃだめでしょーが!」

 

「自分から言い始めたのに」

 

 

 自分からフォロワー数の話題を振っておきながら、負け惜しみのように言い放つヨヨコと、それにツッコミを入れるリョウ。

 ヨヨコは必死にポーカーフェイスを装って平静を保とうとしていたけれど、その声は悔しさで情けなく上ずっており、完全に動揺して大ダメージを受けているのが、楽屋にいる全員にバレバレだった。

 あくびは、無表情のままダウナーな声でゆっくりと、けれど無慈悲にフォローした。

 

 

「まぁこんな感じで大槻先輩がコミュニケーション下手なので、人間関係上手くいかないだけっす。それが【SIDEROS】の入れ替わりが激しい理由ですね」

 

「なるほど」

 

 

 虹夏は、あくびのそのあまりにも身も蓋もない的確すぎる解説を聞いて、彼女たちがなぜそんな殺伐とした噂を立てられていたのか、納得したように深く頷くのだった。

 あくびは、ヨヨコの唐突なマウントに軽くため息をつきながら、虹夏たちに頭を下げた。

 

 

「うちの先輩が迷惑かけて、ほんとすみません」

 

「全然迷惑じゃないよ! むしろ【SIDEROS】のみんな、あたし達と年が変わらないのに、落ち着いててすごいね!」

 

 

 虹夏は【SIDEROS】の落ち着きっぷりに感心していたが、あくびはダウナーな声でゆっくり答えた。

 

 

「いや〜、自分たちよりあがってる人見ると冷静になってくるんですよね」

 

「あはは、あたし達の事?知らず知らずのうちに、緊張してたのかな?」

 

「いや…毎回先輩が緊張で、3日くらい寝てこないんすよ。ライブ前は大体エナドリキメてますし」

 

「…えええ!? 睨んでるんじゃなくて……寝不足で目がキマってただけ!?全然わかんなかった…!」

 

 

 これまでのヨヨコが放っていた威圧的な眼光の正体は、ただの極限の不眠症とエナジードリンクの過剰摂取によるオーバードーズだったと知り、虹夏はぽかんとして驚愕した。

 そして喜多は、そんな必死に見栄を張りながら震えているヨヨコの愛らしい様子を見て、自らのフロントマンとしての優しさを灯して、穏やかに話しかけた。

 

 

「大槻さん…エナドリよりも、こっち飲んでみてください。おすすめのカモミールティーです。リラックス効果があって、喉の炎症にもいいんですよ」

 

「……ありがと」

 

 

 喜多はカバンから水筒を取り出し、自前のカモミールティー(常温)を紙コップに半分注いで、ヨヨコに差し出した。

 ヨヨコは顔を赤くしたまま、恐る恐るコップを受け取り、ゆっくりとちびちび口に含むようにして飲む。

 Lavielが喉をケアするために計算し尽くした絶妙なハーブの温かさが喉を通り、ガチガチだったヨヨコの細い肩の力が、魔法のように少しずつ抜けていった。

 

 喜多は、【SIDEROS】の他のメンバーたちにも次々と紙コップを配りながら、笑顔で明るく言った。

 

 

「【SIDEROS】のみなさんもよかったらどうぞ。 喉にいいんです」

 

「えっあぁ…ありがとうございます」

 

「わぁ〜!ありがとうございます!」

 

「いただきますぅ〜♪」

 

 

 あくびたち楽器隊の3人も、喜多から配られた紙コップをそれぞれ両手で受け取りながら、世界一のボーカリストの知恵が詰まったその琥珀色の液体をゆっくり飲んで、深く頷いた。

 

 

「うわっ美味しいっすねコレ…」

 

「確かに、喉が良くなった気がするぅ〜」

 

「このレシピ気になります…!どうやって作ってるんですか?」

 

 

 楓子は、飲んだ瞬間に声帯の痛みがすっきりと消え去るような感覚に目を丸くし、紙コップを手に取りながら、優しい目で喜多にその詳細を尋ねた。

 喜多は快くスマホを取り出して、メモアプリを開いた。

 Lavielからもらったメモの内容(名前の部分とかは添削済み)を、そのまま見せながら丁寧に説明した。

 楓子は、喜多のスマホ画面に表示されたメモをじっくり眺めながら、その内容の深さに穏やかな声で言った。

 

 

「このメモ、本当に細かくてわかりやすいですね…!飲み物以外にも…歌い方のコツとか、息継ぎのタイミングとか凄く丁寧。喉にいい飲み物のレシピも…はちみつレモン水の割合とか、ペパーミントティーの淹れ方まで……これって喜多さんがまとめたんですか?」

 

「あっはい…私のおすすめです…!ネットで色々調べて、まとめてみたんです…!喉にいい飲み物とか、発声練習の方法とか…これ飲むと、喉が楽になるんです!」

 

 

 喜多は、少し照れくさそうにスマホを閉じながら、Lavielからプライベートで直々に授かった極秘データであることは鉄の意志で伏せて、明るく答えた。

 

 

「でも凄いっすね。こんな丁寧なメモ初めて見ましたよ。喜多さん、めちゃくちゃストイックじゃないですか」

 

「幽々もそう思います〜。この飲み物一覧、普通に風邪予防にもなりそうです〜」

 

「あの、よかったら他のレシピも詳しく教えてくれませんか?どうやって作るんですか?」

 

 

 楓子は、目の前にあるボーカル理論の結晶に目をこれ以上ないほど輝かせて、身を乗り出すように喜多に尋ねた。

 喜多は「喜んで!」と快くスマホを再び開いて、削り残した極上のメモを親切に見せながら一つずつ丁寧に説明した。

 

 

「はちみつレモン水は、はちみつ大さじ1、レモン汁小さじ2、常温の水200mlに混ぜるんです。喉に良くて歌う前に飲むと、声が滑らかになるんです。ペパーミントティーは、乾燥葉っぱをお湯で3分蒸らして……」

 

 

 【SIDEROS】のメンバーたちは、ただネットで調べただけでは絶対に辿り着けない、ミリグラム単位で最適化されたそのレシピの細かさにさらに深く驚き、ただの陽キャな初心者だと思っていた喜多の、音楽に対する凄まじい熱心さに心から感服した。

 

 ヨヨコは、腕を組んで黙って聞いていたが、内心では(この子…意外と勉強熱心なのね…)と思い、一人のギターボーカルとして少し感心せざるを得なかった。

 

 喜多に最高の飲み物を手渡してもらったヨヨコは、3日間の不眠症による疲労もあって、楽屋のソファにどさっと脱力するように横になった。

 カモミールティーの極上の温かさとハーブの成分が喉を心地よく通り抜け、ガチガチに強張っていた細い肩の力が、ほんの少しだけ優しく抜けた。

 

 虹夏はソファにどさっと脱力しているヨヨコのそんな様子を見て、一人のバンドのリーダーとして、深く共感するような素直な感想を口にした。

 

 

「人気バンドの大槻さんでも、そんなに緊張するんだね」

 

「……当たり前でしょ。プロだってライブが怖くなくなる事なんてないはず」

 

 

 ヨヨコは、ソファに横になったまま、天井の無機質な蛍光灯を見つめながらどこまでも静かに、けれど真摯なトーンで言葉を続けた。

 

 

「上を目指してバンド活動続けるなら、一生緊張し続ける。その不安を少しでも無くすために……寝る間も惜しんで練習してるの。それが……プロになるってことだから」

 

 

 インディーズの最前線を血を流しながら走り続けてきたヨヨコのその剥き出しのプロ論は、痛いほど重く、そして熱く響き渡り、楽屋の空気が少しだけ心地よい重さへと変わった。

 

 そんな張り詰めた空気を、楓子がいつものマイペースな動作で一瞬にしてパァンと叩き割った。

 彼女は自分のスマホを器用にいじりながら、穏やかに笑って言った。

 

 

「だからヨヨコ先輩、毎回ライブ半目なんですよ〜♪うけますよね?」

 

「え!?そうなの!!?ちょっと見せなさい!……なっ……何これ!?私こんな顔してたの!?」

 

 

 楓子がスマホの画面をみんなに見せると、そこには過去のライブ写真が並んでいて──確かにヨヨコの目が、いつも半開きだった。

 

 ヨヨコは、慌ててソファからガバッと身体を起こし、スマホの画面を穴が開くほど覗き込んで、顔を耳の裏まで真っ赤に染め上げて激しくじたばたした。

 そんなヨヨコのあまりにも完璧すぎるポンコツギャップを見て、堪えきれずにみんなで声を合わせて楽しそうに笑った。

 楽屋を包んでいた重い空気が一瞬にして綺麗に和んだところで、ヨヨコは少しだけ赤くなった顔を落ち着かせ、小さくコホンと咳払いをすると、ソファに真面目な姿勢で座り直した。

 

 

「……話を戻すけど、さっきのリハ、動画の時より格段に良くなってた。ひたむきに努力したことは、褒めてあげる。認めたくないけど……」

 

「…………」

 

 

 ヨヨコのその言葉は、最高にひねくれていて素直じゃないけれど──どこまでも温かい、最大級のリスペクトが詰まった優しいエールだった。

 自分たちの泥臭い這い上がりが、10代ナンバーワンのフロントマンに確かに届いたのだ。

 

 

「あっ…ありがとうございます!」

 

「ふんっ」

 

 

 ヨヨコは、結束バンドの4人から同時にまっすぐな濁りのない感謝の視線を浴びせられ、顔を真っ赤にさせながら照れくさそうにフイッとそっぽを向いた。

 顔はまだ赤いけど、口元が少し緩み、続けて言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「私に追いつきたいなら、一日6時間は練習……」

 

「え〜っぼっちさんってネットでも活動してるんですか?……ってヤバ。再生数えぐいっすね」

 

 

 ヨヨコがこれ見よがしに「ガチの練習量」を説いてマウントを重ねようと何か言いかけたその瞬間、あくびがスマホをいじりながら、いつも通りの淡々としたダウナーな声でゆっくりと言葉を遮った。

 あくびのその衝撃的な一言に、【SIDEROS】のメンバーたちが一気にスマホの画面の周りへと集まった。

 楓子は驚愕で大きな目を真ん丸に丸くし、幽々はいつも眠たげな目を限界まで開いて覗き込む。

 

 

「ヨヨコ先輩見てください!すごいですよ〜!」

 

「え?」

 

「別名義らしいんですけど、再生回数えぐいっすよね。チャンネル登録者数も見てくださいよ」

 

 

 画面には、ギターヒーローのアカウントが表示されていた。

 

 

 登録者数──160万人。

 

 

 一番再生されてる動画は1億2600万再生以上を記録し、直近の動画3本も、全部1000万〜2000万再生を超えている。

 ギターのテクニックが炸裂する動画のサムネイルが並び、コメント欄は絶賛の嵐だった。

 

 

「……ドーム32個分!?!?!?どゆこと!?!?」

 

「さっきからその単位なんなの!?」

 

 

 160万人という途方もない人間の質量を、なぜか収容人数5万人の東京ドームの器で計算し始めたヨヨコ。

 その独特すぎる言語センスに虹夏は、ついに目を丸くして驚きながら、いつも通りの軽快なツッコミを鋭く入れた。

 

 

「はー……それより、本番始まるよ。武道館とドーム…32個分………なら大丈夫…!確信した」

 

「決め手の理由ひどくない?」

 

「うるさい!早くステージ上がれば!?」

 

『ごめんなさーい!』

 

 

 そうこうしているうちに、【結束バンド】の本番が始まる寸前。

 虹夏、喜多、リョウ、ひとりは、イヤモニを付け直し、ステージ袖で最終確認をしていた。

 ステージの照明がゆっくり点き始め、スタッフの合図で4人はステージに向かった。

 

 

『こんばんは~【結束バンド】です!』

 

「……」

 

 

 【結束バンド】がステージに向かった後、楽屋に残った【SIDEROS】のメンバーたちは、しばらく静かに座っていた。

 空気が少し落ち着いたところで、あくびがスマホを取り出して、ぼそっと呟いた。

 

 

「それにしても…ぼっちさんのギターヒーローのチャンネル。ホントに凄いですね」

 

「ね〜!もうオーチューバーとして食べていけるよ〜!」

 

「しかもギターの腕前もプロ以上ね〜」

 

 

 あくびが再びオーチューブを開き、ギターヒーローのチャンネルを表示すると──

 楽屋に残された全員がその画面をもう一度まじまじと覗き込んだ瞬間、あまりにも桁外れなその現実の質量に、一斉にハッと息を飲んだ。

 

 登録者数:160万人。

 総再生回数:5億以上。

 一番再生された動画:1億2600万再生。

 直近3本の動画も、それぞれ1000万〜2000万再生を超えている。

 

 背景は本格的な防音室で、機材はハイエンドのギターアンプ、マイク、カメラ、照明──全てがプロ仕様。

 コメント欄は「神」「天才」「これが本物のギターヒーロー」「泣いた」の嵐で、海外のコメントも多数。

 

 

「ていうか『Shade Of Gray』完コピして、アレンジまでしてるの本当にすごい!私、序盤のAメロで断念したのに~!」

 

「周りの機材も本格的だしぃ…背景の防音室も、プロのスタジオレベル。すごいわ〜」

 

「最新の動画…3本とも…全部1000万〜2000万超えてますね。それに、日本人より海外のコメントの方が多いし…ぼっちさん本物っすね」

 

 

 楓子は、NaokIの作ったあの再現不可能な『人力コピーガード曲』に、当時中学生だったひとりが一発で完コピ&極悪アレンジを施して逆投稿したというバケモノじみた天才性に、素直に驚愕の声を漏らした。

 ヨヨコは、一人ソファに座ってAirP○dsを耳に付け、黙ってギターヒーローの動画を再生した。

 直近3本の動画と、そして一番再生されてる『Shade Of Gray』の弾いてみた動画。

 

 2年前の投稿なのに──この時点で当時のひとりの演奏レベルは、現在のヨヨコの数倍の腕前に達していた。

 

 一音の曇りもない完璧なキレのある高速ストローク、物理の限界を超えたオルタネイトピッキングの恐るべき精度、地の底まで這うような美しいビブラートの深み、1ヘルツの狂いもなく音程を捉えるベンドの正確さ、そして、これまでの孤独な人生の全てを吐き出すような圧倒的な感情の乗せ方──全てが桁違いだった。

 

 

(嘘でしょ…?2年前で…このレベルなの…?私、序盤のギターソロも弾き切れなかったのに……今の私じゃ…到底追いつけない…)

 

 

 これまでのストイックな努力を上から力ずくで踏み潰されるような、圧倒的な格の違い。

 

 けれど──底なしの挫折感に呑まれかけた、まさにその刹那、ヨヨコの胸の奥底で、一人の気高きギターボーカルとしての本物の火が、どこまでも熱く、烈しく疼き始めた。

 

 全身を掻きむしるような、猛烈な悔しさ。

 そして、だったらその壁をぶち壊してやろうという、剥き出しの闘志。

 

 ヨヨコはスマホの画面を閉じて、目の前にある本物のプロの理を見据え、静かに、しかし決然とした声で呟いた

 

 

「……私も…負けない…!絶対追いついてみせる…!演奏でも人気でも、【SIDEROS】が一番になるんだから…!!」

 

 

 ヨヨコの言葉に、あくびはダウナーなトーンのまま、静かにゆっくりと深く頷いた。

 楓子は、その熱い情熱を頼もしく思うように穏やかに微笑み、幽々も無言のまま静かに頷いた。

 

 【結束バンド】の居なくなった楽屋の空気は、再び熱くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それにしても、後藤ひとり何者?1万人って多いと思ってたけど、そんなことないのか…」

 

「よっ 数字に惑わされる悲しき現代人」

 

 

 そのあと、熱い誓いを立てて少しだけ冷静になってから、自分の誇りだったフォロワー1万人と、目の前にある登録者160万人という圧倒的な数字の落差を改めてまじまじと見つめたヨヨコ。

 

 160万人と1万人。

 

 その差に、しょんぼりするヨヨコだった。

 

 




今回も見てくれた方、ありがとうございました!
ここの虹夏ちゃんと喜多ちゃんは、若干アニメ寄りで優しさ増し増しにしてあります。
そして自分から言い出さないと、周りが評価してくれないつっきーは可愛いと思います。

あと、ライブやろうかなって思いましたが、結束バンドとシデロスは、未確認ライオットでやりたいので、ここは省かせてもらいました。
なのでライブシーンは省いて、次回は打ち上げ回にしたいと思います。

つーかずっと思ってたけど、漫画でもアニメでもみんなイヤモニ付けてないのね…
同期音源とかクリックとか聞こえんだろうし、演奏ズレたりせんのかね…?
それにアンプとかドラムの音で、聴覚ぶっ壊れそうな気がする。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。