娘のバンドと対バンしたい   作:肉野郎

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今回はライブ審査です。
それではどうぞ


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 新宿FOLTの会場は、未確認ライオットのライブ審査当日で熱気に満ちていた。

 

 10代バンドのフェスということもあり、客層はほとんどが高校生〜20代前半の若者たち。

 開演前、客席は10代中心の若者たちで埋まり、壁際や後ろのスペースまで人がぎっしり。

 楽屋では出演バンドのメンバーが緊張した顔で待機し、スタッフが機材を急いで調整している。

 

 会場に入るなり、直樹は家族を連れて後ろの壁際に移動した。

 帽子を深く被りサングラスで顔を隠し、変装を念入りにし目立たないようにしていた。

 美智代は直樹に寄り添い、ふたりは直樹に抱っこしてもらい目をキラキラさせて周りを見回している。

 

 

 (やっとひとりの……【結束バンド】のライブを観る事が出来る!明後日の国立まではオフだから、今日は集中してライブ観戦できるぞ!)

 

 「こんな大勢の前で演奏するなんて、ひとりちゃん凄いわね〜」

 

 「おねーちゃんおうちだとギターうまいし、バンドだとどうなるのか楽しみだなぁ!」

 

 

 すると客席のあちこちで、10代〜20代前半の若者たちがスマホを片手に興奮気味に語り合っている。

 話題の中心は、今日出演するバンドの話で盛り上がっていた。

 

 

 「今回、誰が勝つと思う?」

 

 「やっぱ【SIDEROS】は確実だろ。MV見たけど全員レベル高かったし、特に大槻のギターと歌声はプロクラスだと思う」

 

 「確かに…他より頭ひとつ抜けてるしな。ファイナルは確実だろうな…」

 

 

 他のグループでは、別のバンドの名前が上がる。

 

 

 「2位の【ケモノリア】もカッコいいよな〜。あの音作りめちゃくちゃ好きだわ。キーボードのギャグセンは酷いけど…」

 

 「分かる あのシンセとギターの絡み、中毒性高いわ。【SIDEROS】とぶつかるの熱すぎる…まぁいきなり楽器立てて武田信玄の軍配〜とか一発芸してヤバかったけど…」

 

 「多分【ケモノリア】も突破すると思うけど、でも正直【SIDEROS】が本命だよな。前にFOLTのワンマン観たけどマジで最高だった」

 

 「やっぱ上位二組は【SIDEROS】と【ケモノリア】かな〜?」

 

 

 そんな会話が、あちこちで同時に広がっていた。

 誰もが【SIDEROS】の圧倒的な強さを認め、【ケモノリア】の独特なエレクトリックサウンドを褒め称え、ファイナルステージでの二組の対決を期待している。

 

 【結束バンド】の名前は、まだ話題の中心には上がっていなかった。

 6位という結果は確かに立派だが、今日の会場では「大本命【SIDEROS】と強敵【ケモノリア】」の二強論が主流だった。

 

 直樹は、その会話を静かに聞いていた。

 

 

 (下馬評は微妙か…でも【結束バンド】は絶対上がると僕は信じてる。娘のステージ…しっかり見届けるぞ)

 

 

 ───

 

 

 ──

 

 

 ─

 

 

 時刻丁度になり、開演のアナウンスが流れた。

 MCの男がステージ中央に立ち、マイクを握りしめて声を張り上げた。

 

 

 『またせたな!未確認ライオット…ライブ審査スタートするぜー!!!』

 

 

 次の瞬間、会場から歓声と拍手が爆発した。

 

 

 ワァァァァァァ!!!!!

 

 

 『全国の10代バンドから、まだ見ぬ才能を発掘する この未確認ライオット!今年も3000を超えるバンドが応募してくれたぜ!!』

 

 『今日はその中から、ネット投票の上位30組が審査に進んでいる!この東京会場からファイナルステージに進めるのは2組だけだ!曲はもちろん、オーディエンスの盛り上がりも審査対象だ!』

 

 『君たちが次世代バンドの最初の目撃者になるんだ!最後まで楽しんでいってくれ!!』

 

 

 照明が落ち、スポットライトがステージを照らす。

 

 

 『じゃあオープニングアクトは、ゲスト 【SICK HACK】!会場を温めてくれ!』

 

 

 その瞬間、会場が沸騰した。

 

 客席から「廣井ー!!」「志麻様〜!」「イライザちゃ〜ん!」というコールが飛び交い、スマホのライトが一斉に振られる。

 【SICK HACK】の3人がステージに上がると、歓声はさらに大きくなった。

 

 

 今の【SICK HACK】は「日本で最も勢いと人気のあるインディーズバンド」と呼ばれてる。

 

 

 今年の4月に【SICK HACK】が主題歌と挿入歌を担当したアニメは覇権級の大ヒット。

 それに伴い主題歌と挿入歌も爆発的ヒットになり、シングルが配信されると曲は飛ぶように売れた。

 ストリーミング・デジタルダウンロード共に11週連続2位を記録。

 【SICK HACK】の公式オーチューブチャンネルに上がった主題歌のMVは、現在4900万再生を突破し、挿入歌のMVは920万再生を超えた。

 圧倒的なライブパフォーマンスときくりのメロディセンス カリスマ性で、若者を中心に【SICK HACK】は熱狂的な支持を集めていた。

 

 ステージに上がったきくりは、ベースストラップを肩にかけ、マイクを握りしめ、無言で観客を見渡した。

 その視線だけで、会場が静まり返る。

 

 

 そしてMCなしで──いきなり演奏が始まった。

 

 

 きくりのベースが低く鳴りボーカルが炸裂し、イライザのギターが唸り、志麻のドラムが響く。

一曲が終わった瞬間、会場は大爆発。

 「最高!!!」「【SICK HACK】やばい!!!」「神!!!!」という叫び声が飛び交い、拍手と歓声が鳴り止まない。

 場の空気が一気に温まり、審査本番への期待が最高潮に達した。

 会場はオープニングアクトの余韻に包まれ、審査本番への期待でさらに熱を帯びた。

 

 ──

 

 ─

 

 オープニングアクトも終わり、MCの声が会場に響き渡った。

 

 

 『トップバッターは、ネット投票2位!キュートでポップでロック!エレクトリック・ロックバンド【ケモノリア】だ!!』

 

 

 ステージにスポットライトが当たり、【ケモノリア】の4人が登場した。

 キーボード兼ボーカルの少女がセンターに立ち、シンセの電子音が唸り始める。そして可愛らしい笑顔でマイクを握り、ポップなメロディを歌い会場を魅了する

 ギターのリフが鋭く絡み、ドラムが弾けるように叩き出され、ベースが太い低音で支える。

 新時代を感じさせるサウンドが会場を一瞬で支配し、客席が波打つように揺れた。

 

 【ケモノリア】の一曲が終わると、会場は拍手と歓声で埋め尽くされた。

 

 

 「初めて聴いたけど、めちゃくちゃノれる〜!このバンド絶対くるじゃん!」

 

 「いや、もうきてるから!」

 

 

 『続いては、ネット投票1位!かわいい顔で凶暴な音を鳴らすガールズバンド【SIDEROS】!!今大会の優勝候補大本命間違いなしと言っても過言じゃねーぜ!!』

 

 

 ヨヨコがステージ中央に立つと、会場が一瞬静まり返った。

 

 次の瞬間──ヨヨコのギターが炸裂。

 

 楓子の重厚なリフが絡み、幽々の低音が唸り、あくびのビートが重く響く

 

 そして、ヨヨコの歌声が鋭く切り込み、会場全体を一気に支配した。

 

 緩やかだった客のノリが一変。

 

 

 【SIDEROS】の演奏とヨヨコの圧倒的なカリスマ性が空気を作り、他バンドが怖気づくほどのライブになった。

 

 

 曲が終わると、客席は最大級の盛り上がりを見せ、拳を上げて叫ぶ人、スマホを掲げて撮影する人、飛び跳ねる人で、会場全体が一体となった。

 

 

 「ヤベェ…!【SIDEROS】最高すぎる!!」

 

 「なんか楽器隊とか、全体的にレベル上がってね?」

 

 「確かに。全員その辺のメジャーよりもクオリティ高かったわ…」

 

 「大槻の声、めちゃくちゃ響いたわ…」

 

 「つーかギターソロのとこ、マジでよかったよな!」

 

 「わかる!元々上手かったのに今回ガチでヤバかった!!」

 

 

 それから4組目まで審査が終わり、ステージは一時照明が落ち、客席のざわめきが少し落ち着いた。

 どのバンドも10代としては立派で、音作りや構成に工夫が見られた。

 会場はまだ興奮の余韻に包まれ、観客たちが声を上げ合っている。

 

 

 

 

 ──だが、直樹の内心は少し違う。

 

 

 

 

 (【ケモノリア】の音作り、かなりよかったな。キーボードのレイヤリングは低音域から中音域を段階的に重ねて、サビまでのビルドアップが上手い。シンセのアルペジオがギターのリフと綺麗に絡んでポップさと攻撃性を両立させてる。…ただ低域のシンセが少し薄かったな。もう少しサブベースを足して低音の重みを増せば、全体の迫力が上がる…)

 

 (ドラムのフィルインもリズムを崩さずに、勢いをつけてサビの爆発力を高めてたけど、キックのタイミングが少し遅れ気味だった。もっとタイトに同期させればグルーヴが締まる…でも10代って事を考えれば、【ケモノリア】は相当上手い)

 

 

 そして、先ほど圧倒的なライブパフォーマンスを見せた【SIDEROS】の演奏も、直樹は冷静に分析していた。

 

 

 (【SIDEROS】…あの中じゃ頭ひとつ抜けてたな。ギタボの子は声の伸びがいいし感情の乗せ方も素晴らしい、ギターの速弾きも正確だ。…ただピッキングの角度が少し浅かったな。弦のアタックが弱めに出てたからもっと強く弦を叩きつけるようにピッキングすれば、低音の抜けが良くなって迫力が格段に上がる)

 

 (リズムギターの子はコードワークは安定してる。でも右手のミュートが甘くて音が少し濁ってた…もっと強くミュートしてクリアに抜けさせれば、全体のタイトさが上がる)

 

 (ベースの子のラインは面白いが、フィンガリングが少し雑で音程が微妙に揺れてる…練習量でカバーできるレベルだけど、少し気になったな…)

 

 (ドラムの子は安定感はある。…しかし、ハイハットのオープンが少し遅れてグルーヴがやや緩んでる。もっとシャープに閉じればサウンド全体が締まる… )

 

 (……全体として【SIDEROS】は10代としては超優秀だ。優勝候補と言われるのも頷ける。…でも贔屓目なしで見ると、気になるところが多い。サビの爆発力は文句なしだけど…Aメロの静かな部分でベースとドラムの同期が少しズレてたから、そこを締めればもっと完成度が上がる)

 

 

 このように職業柄、どうしても粗の方が先に立ってしまう直樹。

 

 

 【SIDEROS】の後の3組目・4組目もそれぞれ…

 ボーカルのピッチが不安定、ギターのチョーキングが甘い、ドラムのフィルインがリズムを崩しているなど──

 どれも10代のバンドとしては許容範囲だが、プロの目で見ると気になる部分が多すぎた。

 直樹は、胸の奥で静かに思った。

 

 

 (みんな10代にしては頑張っている。…でも、どうしても粗が目立ってしまう。…それでもこの子たちは、これからもっと伸びる。………ひとりもきっと…もっと良くなる)

 

 

 直樹は父親として、娘のステージも楽しみだが、他のバンドも応援したくなっていた。

 美智代は、直樹の横顔を見て優しく微笑んだ。

 

 

 「直樹さん。みんながんばってるわね…ひとりちゃんたちもきっと…」

 

 

 直樹は美智代の手を握りしめ、静かに頷いた。

 

 

 「そうだね。ひとりのステージが待ち遠しいよ…」

 

 

 ───

 

 

 ──

 

 

 ─

 

 

 ライブ審査は5組目に突入した。

 

 会場内の熱気は少し落ち着き、最初の【ケモノリア】と【SIDEROS】があまりにも抜きん出ていたため、残りのバンドはどこか消化試合のような空気になっていた。

 オーディエンスの会話も自然とその二組に集中し、【結束バンド】の名前が上がっても反応は薄い。

 

 

 「次のバンド…【結束バンド】だっけ?」

 

 「初登場でネット投票6位はすごいけど…ここは【SIDEROS】と【ケモノリア】で決まりだよな…」

 

 「去年なら確実に優勝候補だったんだろうけど、今年はレベル高いからね〜。期待値は高いけど…ここはなさそうかな……」

 

 「5番目ともなると、聴く方もだれるしね…もう【SIDEROS】で決まりじゃん?」

 

 

 そんな会話を、直樹は壁際で静かに聞いていた。

 

 

 (みんなまだ【結束バンド】のこと知らないんだな…6位でもこの空気じゃ消化試合扱いか。でも…僕は知ってる。ひとりがどれだけがんばってきたか……虹夏ちゃん・喜多ちゃん・リョウちゃん…みんなの音がどれだけ熱いか…)

 

 

 直樹は家族の手を強く握りしめ、静かに息を吐いた。

 MCの声が響き、ステージの照明が再び点く。

 

 

 『次の5組目は下北沢発!バンド名はネタっぽいが実力は本物!初登場でネット審査6位に輝いた、今大会のダークホース!【結束バンド】の登場だ!!』

 

 

 ステージにスポットライトが当たり、虹夏・喜多・リョウ、そして──ひとりが登場した。

 

 

 「ひとりちゃ〜ん!頑張って〜!」

 

 「おねーちゃーん!!」

 

 (ひとり……【結束バンド】のみんな…頑張れよ!)

 

 

 喜多がマイクを握り、明るく笑顔でMCを始めた。

 

 

 『えーこんにちは!下北沢から来ました。エゴサが全く機能しません【結束バンド】です。よろしくお願いします!じゃあ一曲目…の前にリードギターの後藤から伝えたい事があるそうなんで…ひとりちゃん」

 

 「あっ!はい…」

 

 

 会場が少しざわついた。

 

 喜多がMCをひとりに譲ると、直樹と美智代は少し驚いた顔でステージを見つめた。

 

 

 「え?ひとりちゃんがMCを…?」

 

 (ひとり…)

 

 

 ふたりは直樹に抱っこされながら、小さく手を振って応援した。

 

 

 「おねーちゃんがんばれー!」

 

 

 ひとりは妹の応援に顔を少し赤らめながら、緊張気味でマイクを握りしめた。

 声は小さく震え、最初はほとんど聞こえないほどだった。

 

 

 『あっえっと…私達がこのフェスに出ようと思ったのは………』

 

 

 会場から「声ちっさ」「がんばれーw」と茶化すような声がちらほら上がる。

 ひとりは少し俯いたが、深呼吸をして顔を上げた。

 周りのざわめきを気にせず、ゆっくりと話し始めた。

 

 

 『…こっこの4人でバンドをする意味を…聞かれたことがきっかけでした…』

 

 

 虹夏はドラムの後ろで、静かに目を細めた。

 あの頃のことを思い出している。

 喜多はマイクを握る手に力を入れ、リョウはベースの弦に指を添えたまま、静かに頷いた。

 

 ひとりは目を閉じて続ける。

 

 

 『ある人に“ガチじゃないですよね?”って言われて…私達は、何も言い返せませんでした…』

 

 『みんな一生懸命やってるのに、何でそんなこと言うんだろうって………遊びでやってるつもりはないのにって…思ってました…』

 

 『でも…事情を知らない外部の人から見たら、そう言われても仕方なくて…目標もどこか漠然としてて……返す言葉がありませんでした…』

 

 『本当に悔しかった……でも、どう進めばいいのか分からなくて…どうしようもなくなって……』

 

 

 会場が少しずつ静かになっていく。

 あるフリーライターは、真剣な表情でひとりを見つめた。

 ひとりの声は震えながらも、徐々に力強さを帯びていく。

 言葉のひとつひとつに、胸の奥の痛みが乗っている。

 聴いている観客も、息を呑むようにして、ひとりの言葉に耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

 『…そんな時、ある人たちに…世界一尊敬してる人に…エールを貰って…本気でプロを目指す覚悟が出来ました…』

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間──虹夏・喜多・リョウの3人は、ひとりの言葉に胸を打たれ、真剣な目で彼女を見つめていた。

 

 その視線はただの信頼ではなく、一緒に乗り越えてきた葛藤、焦り、壁を共有した…仲間としての深い絆だった。

 

 

 『そっそれから…たくさんライブや練習をして、バンドとして力をつけてきました…』

 

 『大変なこともあったけど…みんながいてくれたから、がんばれました…!虹夏ちゃんの優しさが…!喜多ちゃんの笑顔が…!リョウさんの静かな支えが…!ファンの応援が…!私をここまで連れてきてくれた…!!』

 

 

 ひとりは言葉を切り、ゆっくりと目を開いた。

 緊張していた瞳が、覚悟のこもった強い光に変わる。

 ひとりはマイクを強く握りしめ、声を張り上げた。

 

 

 

 『けっ【結束バンド】の結束力…観てください!!』

 

 

 

 その瞬間、ひとりのギターソロが炸裂した。

 Schecterの弦が鋭く鳴り、感情を乗せたフレーズが会場を貫く。

 会場は一気に惹きつけられ、静寂が熱狂に変わった。

 

 

 「これ…高校生かよ…!?」

 

 「こんなすげェバンドだったのか!?」

 

 「一曲目から飛ばすじゃん!」

 

 

 直樹は帽子の下で静かに涙を堪えながら、娘の姿を見つめた。

 美智代は手を握り、ふたりは「おねーちゃんかっこいいー!」と応援した。

 

 

 

 

 

 そして演奏がスタートした瞬間、会場全体が震えた。

 

 

 

 

 

 虹夏のドラムが力強く叩き出され、喜多のクリアで伸びやかなボーカルが一気に空気を切り裂く。

 リョウのベースが低く、重く、確実に土台を支え、ひとりのSchecterが感情を乗せて鋭く飛び出した。

 

 曲スタートから数秒で、先ほどまで弛緩していた空気が一変した。

 

 【SIDEROS】の圧倒的なカリスマを超える、純粋で熱い「結束」の力が会場を支配し始めた。

 

 

 「え!?え!?え!!?」

 

 「なんだコレ!?プロ!?」

 

 「ヤバい…【結束バンド】神すぎる…」

 

 「リードギターとかプロ超えてるだろ…!」

 

 「すげェェ!!まだこんなバンドいたのかよ!!」

 

 「ガチでダークホースじゃねーか!!」

 

 「マジかよ…何で去年まで無名だったんだ…?」

 

 

 ひとりのギターは、最初は緊張を残しながらも、すぐにトランス状態に入った。

 指が弦を滑るたび、感情が音に乗り、ピッキングの強弱、ビブラートの深さ、ベンドのピッチが完璧にコントロールされる。

 サビに入ると、ひとりのリードギターが自由に飛ばし始め、喜多のボーカルがハイトーンで突き抜ける。

 虹夏のドラムはさらにグルーヴを深め、リョウのベースが低域で全体を締め上げる。

 

 4人の音が絡み合い、共鳴し、会場全体を震わせる波となった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 【結束バンド】の演奏が始まった瞬間、直樹の体は微かに震えた。

 

 虹夏のドラムが爆発し、喜多のボーカルが突き抜け、リョウのベースが低く唸り、そしてひとりのギターが、感情の奔流をそのまま音に変えて飛び出した。

 

 そして直樹の視線は、最初から最後までひとりに釘付けだった。

 

 ひとりの指がネックを駆け巡る速度、ピッキングの強弱、ビブラートの深さ、ベンドのピッチ──全てが、【NEW GLORY】のNaokIを彷彿とさせていた。

 

 ひとりは完全にトランス状態に入っており、ギターヒーロー以上の実力が完璧に出せていた。

 

 プロどころか、世界最高峰クラスの領域に足を踏み入れていた。

 

 リードギターとして【結束バンド】を引っ張り、バンド全体を高みへと導く。

 

 指先から溢れる音は、孤独と情熱、恐怖と覚悟が混じり合った純粋な感情の奔流。

 

 弦を叩くたびに会場全体が震え、フィードバックが空気を切り裂く。

 

 ピッキングは火花を散らすように鋭く、ビブラートは深く長く、魂を震わせるように伸びる。

 

 ベンドはピッチが完璧にコントロールされながらも、微妙な揺らぎで人間味を加える。

 

 ひとりは体を揺らし、ギターを抱きしめるようにして弾き続ける。

 

 ハイフレットの音が鋭く突き刺さり、会場全体を貫く。

 

 

 

 そしてギターソロのパートで──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついにひとりは──NaokIの本気を、その時だけ超えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、直樹の脳に衝撃が走った。

 

 

 (あっ…あぁ…!ひとり…!!)

 

 

 直樹の目から涙がこぼれ落ちる。

 

 それは父親としての涙ではなく、一人のギタリストとして、輝かしい才能を前にした純粋な感動の涙だった。

 

 自分の本気を超えたかもしれない娘の音。

 

 それがこんなにも嬉しいのに…どこか悔しくて、胸が締めつけられる。

 

 でもそれ以上に、誇らしくてたまらなかった。

 

 

 その輝きに釣られて、虹夏・喜多・リョウもボルテージを上げた。

 

 

 虹夏のドラムはさらにタイトに加速し、リズムが命を吹き込むように脈打つ。

 

 喜多のボーカルは感情を爆発させるように伸び、ハイトーンが会場を貫く。

 

 リョウのベースは低音で全体を支えながら、ひとりのギターに呼応してラインを進化させ、グルーヴに深みを加える。

 

 

 4人の音が絡み合い、共鳴し、完全な一体感を生み出した。

 

 全員のグルーヴが最高潮に達し、オーディエンスの魂に深く共鳴した。

 

 

 会場全体が波打ち、客席から拳を上げて飛び跳ねる人が続出。

 

 

 そして、曲が終わった瞬間──

 

 

 

 

 

 会場は今日一番どころか、新宿FOLT始まって以来の大歓声と大熱狂、賞賛の嵐が巻き起こった。

 

 『わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 「うわぁぁぁぁ!!みんな凄いよー!!やっぱり【結束バンド】最高だよ!!!」

 

 「ひとりちゃん!!みんな!!カッコよかったよ!!!」

 

 「ヤベェ!!マジで【結束バンド】よかった!!」

 

 「全部よかったけど、ギターソロがガチで神すぎる…!!」

 

 「あれひょっとしたら、【NEW GLORY】のNaokIも超えてたんじゃね!?」

 

 「流石にそれはないだろうけど…でも、間違いなく世界トップレベルだったと思う…!」

 

 「最後のサビのとこのユニゾンとか鳥肌立ったわ…」

 

 「だよね!!もうなんか…全部すごかった!!!」

 

 「あっヤバい。なんか…涙が……」

 

 「いかん俺も…ライブで泣くとか初めてだわ…」

 

 「コレもう【結束バンド】優勝だろ!!?」

 

 「SNS全部フォローしよ!………あぁもう!ホントにエゴサ機能しねェし!」

 

 「こんなん事実上の決勝戦だろ!」

 

 「これがファイナルじゃないとかヤバすぎるわ!」

 

 「お前が人間国宝ー!!!!」

 

 「ひとりちゃ〜ん頑張ったね〜!」

 

 「おねーちゃんすごーい!!!」

 

 

 会場はすっかり【結束バンド】の色で埋め尽くされた。

 拍手、歓声、コールが鳴り止まず、ステージにいるひとりたちは息を切らしながらも、互いに顔を見合わせて笑った。

 客席は【結束バンド】の賞賛の声で埋め尽くされた。

 

 

 ───

 

 

 ──

 

 

 ─

 

 

 そして残りの6組目と7組目の演奏も終わった。

 しばらく経って、MCの声が会場に響き渡った。

 照明が落ち、スポットライトがステージ中央に集まる。

 審査員の結果発表が始まり、会場全体が息を呑んだ。

 

 

 『それでは、未確認ライオット・ライブ審査…ファイナルステージ進出のバンドを発表!!』

 

 

 静寂が数秒続き、MCがゆっくりと続けた。

 

 

『まず1組目!ネット投票1位、圧倒的なパフォーマンスで会場を掌握した…【SIDEROS】だー!』

 

 

 会場は歓声、拍手、コールが鳴り響き、【SIDEROS】がステージ袖から飛び出す。

 続いて、MCの声がさらに重みを増す。

 

 

『そして2組目!今日の演奏で会場を完全に掌握した…………

 

 

 

 

 

 

 

 

【結束バンド】だー!!!!』

 

 

 その瞬間、会場は最大級の大歓声と大熱狂に包まれた。

 

 

 『わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 「…え?わっ私たちが………ファイナルに…?」

 

 「…やっ………やったああぁぁぁ!!!!!やったよみんなぁぁぁぁ!!!!うわああああああ!!!!」

 

 「やりましたね!!!!私たちファイナルステージですよ!!!!」

 

 「これくらいよゆーよゆー」

 

 

 【結束バンド】の名前が呼ばれた瞬間、ひとりは目を丸くし、虹夏と喜多はお互い抱き合って飛び跳ね、リョウは素っ気ない反応だったが、ドヤ顔で誇らしげにしていた。

 

 これまでの成果──

 

 スターリーでの小さなライブ、路上での練習、池袋のアウェー公演、MV撮影、ファン1号2号の支え、そして【NEW GLORY】の激励。

 

 全てがこの瞬間に繋がった。

 

 何より、自分たちがあれほどの演奏を出来たことが、オーディエンス全員に認められたことが、何より嬉しかった。

 

 【結束バンド】の4人は、互いに顔を見合わせて笑い合い、ステージ上で拳を突き上げた。

 

 

 『全くとんでもねェバンドが出てきたぜ!審査員も最後まで迷ったんだが、どのバンドも皆いいライブをしてくれた!本当にありがとな!!…これにて、未確認ライオット・ライブ審査を終了するぜー!もう一度、【結束バンド】と【SIDEROS】に大きな拍手を!!!』

 

 

 会場は大歓声に包まれ、「【結束バンド】最高だったよ!!!」「ファイナルも頑張れー!!」「優勝まで行っちゃえー!!」というコールが鳴り止まなかった。

 

 

 こうして、未確認ライオットのライブ審査は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ライブ審査が終わった後、後藤家は新宿FOLT近くの駐車場から車に乗り込み、夜の街へと向かった。

 ひとりは後部座席の真ん中に座り、美智代が左側、ふたりが右側に寄り添う形で座っていた。

 直樹はハンドルを握り、ミラー越しに家族の様子をチラチラ見ながら運転する。

 車内はまだ興奮の余韻が残っていて、静かではなかった。

 美智代はひとりの頭を優しく撫で、髪を指で梳きながら、穏やかで愛情たっぷりの声で褒め続けた。

 

 

 「ひとりちゃん今日はすごかったわ〜♪みんなの前で一生懸命MCして、ひとりちゃんのギターでみんなの心を掴んで…お母さん感動しちゃった。がんばったね〜えらいよ〜♪」

 

 

 美智代の手はひとりの頭を何度も撫で、耳元で優しく囁き続ける。

 ひとりは顔を赤らめ、ニヤニヤが止まらない。

 普段は照れ屋で言葉少なだが、今日は褒め言葉の嵐に頬が緩みっぱなしだった。

 

 ふたりはいつもは姉のひとりをよく揶揄ったり舐め腐ったりしていたが、今日は違った。

 ふたりはひとりの右手を両手で握り、目をキラキラさせて興奮気味に叫んだ。

 

 

 「おねーちゃん今日すごかった!!ギターすごく上手くてかっこよかった!!おねーちゃん世界一だよー!!」

 

 

 ふたりはひとりの手を握ったまま、座席で体を揺らして喜びを表現する。

 ひとりはふたりの言葉にさらにニヤニヤが加速し、頰が熱くなる。

 

 

 「へ…へへへ…w…ケケwケヒヒ…wいっいや〜あっあれくらい大したことないけどぉ〜?w朝飯前というか…うへへへ…w」

 

 「あははは!おねーちゃん笑い方おもしろ〜い!」

 

 

 ひとりは照れくさそうに俯きながらも、顔はニヤニヤが止まらず口元が緩みっぱなし。

 そして会場のオーディエンスの賞賛の声──

 

 『やっぱりひとりちゃんカッコいい!!』

 

 『ギターソロ、マジで神だったわ!!』

 

 『優勝だろこれ!!!』

 

 『お前が人間国宝ー!』

 

 という言葉が耳に残り、家族の労いの言葉が重なって、承認欲求がかつてないほど満たされた。

 胸の奥が熱く幸せでいっぱいになり、笑みが溢れてご満悦だった。

 

 直樹は運転中なので後ろを振り返れなかったが、ミラー越しにひとりの顔を見て、優しく声をかけた。

 

 

 「ひとり。今日の演奏、本当によかったぞ。技術だけじゃなくて…みんなと心の底から楽しんで演奏してるのがすごく伝わった。………ファイナルでも頑張れ。家族みんな…ひとりの事応援してるからな」

 

 「お父さん…うん…!絶対優勝する…!そして、お父さんにも追いついてみせる…!!待ってて…!」

 

 

 ひとりはミラー越しに直樹の目を見て、強く頷いた。

 直樹はひとりの笑顔を見ながら、満足した笑みを浮かべていた。

 

 

 「…楽しみにしてるよ。…よしみんな!今から銀座の寿司屋に行くぞー!!もう店ごと貸し切ってあるから、好きに食べていいぞー!!」

 

 「やったー!お寿司だー!!」

 

 「あら〜よかったわね、ひとりちゃん♪」

 

 「うん…!何食べようかな…!」

 

 

 直樹はハンドルを握りながら、内心で強く思った。

 

 

 (……まぁ………とっくに追いつかれてるけどな。…………僕もひとりに…負けてられないな)

 

 

 車内は笑い声と温かな空気で満たされ、家族全員が幸せな気持ちで胸をいっぱいにしていた。

 ひとりは家族の愛情に包まれ、頰を緩ませ続け、今日という日を心から幸せに感じていた。

 

 

 

 そして直樹は、自分もまだまだだという思いが湧き上がり、今まで以上に最高の音を届けようと決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブ審査が終わった瞬間、私は楽屋で荷物をせっせとまとめていた。

 

 汗で張りついた髪が額にへばりつき、息がまだ少し乱れている。

 メンバーたちの視線を感じながら、ただ一言だけ。

 

 

 「……先に帰る」

 

 「え?ヨヨコ先輩?」

 

 

 楓子が咄嗟に声をかけたけど、私は振り向かずギターケースを肩にかけ、バッグを持って足早に会場を出た。

 

 

 新宿の雑踏を抜け、ネオンを避けるように路地を進み、人気のない小さな公園にたどり着いた。

 

 辺りには人っ子一人いない。

 

 街灯の薄い光がベンチをぼんやり照らすだけ。

 私はギターケースとバッグをそっとベンチに置き、横に腰を下ろした。

 夏なのに、指先が冷たい。

 誰もいない公園の空気が、急に重くのしかかってくる。

 

 

 今まで我慢していたものが、一気に溢れ出した。

 

 

 「………………うぅっ」

 

 

 最初は小さな嗚咽。

 

 喉の奥が詰まって、息がうまく吸えない。

 

 両手で顔を覆うと、指の隙間から涙がぽたぽたと落ちて、膝の上に染みを作った。

 

 

 

 

 

 「う…うぅ…!あああぁぁぁ…!」

 

 

 

 

 

 声が漏れた瞬間、堰を切ったように泣き出した。

 

 肩が激しく震えて、背中が折れそうになる。

 

 涙が止まらない。

 

 拭っても拭っても、次から次へと溢れてくる。

 

 袖はもうぐしゃぐしゃで、顔をこすっても意味がない。

 

 鼻水まで混じって、みっともない。

 

 でも、そんなことどうでもいいくらい…胸が痛い。

 

 

 悔しかった。

 

 

 本当に…本当に悔しかった。

 

 

 あのステージで私たちは…【SIDEROS】は持てる力を全部出し切っていた。

 

 これまでにない手応えがあった。

 

 私の声はいつもより伸びて、ギターはこれまでで一番鋭く、楓子のリズム、幽々のベース、あくびのドラム、すべてが噛み合って会場を掌握したと思った。

 

 

 『今日こそ、私たちが一番だ』

 

 

 心の底からそう思っていた。

 

 ステージに立った瞬間、観客の視線が私に集まるのを感じて、【ケモノリア】にも他のバンドにも、勝った気さえしていた。

 

 

 でも【結束バンド】が上がった瞬間──

 

 全てがひっくり返った。

 

 

 伊地知虹夏のドラムが、山田リョウのベースが、喜多郁代の歌声が…

 

 そして、後藤ひとりのギターが──

 

 全部が【SIDEROS(私たち)】をあっさり超えた。

 

 

 今まで…悔しい思いはたくさんしてきた。

 

 対バンした相手が自分たちよりライブで盛り上がった時も、悔しくてたまらなかった。

 

 でもそれは、いつも自分たちより活動歴が長い先輩バンドだったから。

 

 悔しさをバネに切り替えて、死に物狂いで練習して、ライブして…今じゃとっくに追い越してた。

 

 あの悔しさは、すぐに「次は絶対勝つ」って燃料に変わってた。

 

 

 

 でも今回は違う………今までとは比べものにならなかった。

 

 

 

 一年前までは無名もいいところだった同世代の【結束バンド】。それが一気に【SIDEROS】を…私を追い抜いた。

 

 

 

 喜多郁代の歌声は、私の歌声を遥かに超えていた。

 

 澄んでいて、鋭くて、感情がそのまま刃になって心臓を刺す。

 

 年下のあの子に…私は負けた。

 

 それだけでも胸が張り裂けそうだったのに…

 

 

 

 一番悔しかったのは、後藤ひとりのギターだった。

 

 

 

 あのソロの瞬間、私はステージ袖で息を止めた。

 

 指がネックを駆け巡る速度、タッピングの連打、ビブラートの深さ、ベンドのピッチ……全てが私の想像を超えていた。

 

 プロの領域を越えて、世界最高峰に触れている音。

 

 

 何より………あの【NEW GLORY】のNaokIすら…一瞬だけ超えた瞬間を、私は見ていた。

 

 

 心臓が止まるかと思った。

 

 途端に自分の音が…小さく…薄っぺらく感じた。

 

 ファイナルステージに進めた事など…今はどうでもよかった。

 

 そして私が何より悔しくて許せなかったのが──

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()だった…

 

 

 

 

 

 【結束バンド】には…勝てない…後藤ひとりには……絶対勝てない…

 

 本気でそう思ってしまった………

 

 その言葉が頭の中で反響するたび、胸が張り裂けそうになる。

 

 悔しさで喉が詰まり、息が苦しい。

 

 今まで誰にも見せたことのない、弱い私がそこにいた。

 

 リーダーとしていつも強がっていた私が、崩れ落ちる。

 

 負の感情が、次々と押し寄せてきて、頭の中が真っ黒になる。

 

 

 「……ひ…ッ…ひぅ…ッ!うぅ…!」

 

 

 もう何も考えられない。

 

 もう立ち上がれない。

 

 もう歌えない。

 

 もう…ギターを弾けないかもしれない。

 

 そんな暗い思いが、どんどん広がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 その時──────

 

 

 

 

 

 

 

 「ヨヨコ先輩」

 

 

 

 

 

 

 

 突然、声が聞こえた。

 

 私はハッとして顔を上げた。

 

 涙でぐしゃぐしゃの視界に、ぼんやりと3つの影が映る。

 

 

 

 あくび、楓子、幽々………

 

 

 

 3人が、私の前に立っていた。

 

 

 「ッ!!?」

 

 

 一瞬、頭が真っ白になった。

 

 

 

 え…?

 

 なんでここに…?

 

 

 「…なっなん…で…ここに………?」

 

 

 声が震えて、うまく出ない。

 

 涙でぼやけた目で3人を見上げる。

 

 あくびは私の横に座って、いつもの少し眠たげな目で見つめた。

 

 

 「ヨヨコ先輩。ライブ後は絶対と言っていいほど反省会するのに…今日だけ何も言わずに帰ったじゃないすか。んで気になって、みんなでついて来たんすよ…そしたら…」

 

 

 楓子も小さく頷き、私を心配そうに見つめていた。

 

 幽々は静かに、私の前にしゃがんで手を握ってきた。

 

 冷たい指先が、私の震える手を包む。

 

 私は慌てて涙を拭った。

 

 袖でぐしゃぐしゃに顔をこすって、必死に涙を止める。

 

 でも、止まらない。

 

 涙は次から次へと溢れて、頰を伝って落ちる。

 

 鼻をすすりながら、なんとか虚勢を張ろうとした。

 

 

 「べっ別に泣いてないし…!ちょっと目にゴミ入っただけで…!ていうかあんたたち…!勝手について来ないでよ!…私は一人で……平気……だから…………」

 

 

 声が小さくなり、言葉が途切れ途切れになる。

 

 涙目で睨もうとするけど、視界がぼやけて、3人の顔がよく見えない。

 

 悔しさと恥ずかしさと情けなさ…色んな感情が混ざってぐちゃぐちゃになる。

 

 どんどん涙がボロボロ溢れてきて、止まらない。

 

 もうどうしようもなくなり、私は俯いた。

 

 

 

 その時──

 

 

 

 3人が、一斉に私に抱きついてきた。

 

 

 「……ッ!!!」

 

 

 私は一瞬、固まった。

 

 振り払おうとしたが、力が出ずに体が思うように動かなかった。

 

 3人は何も言わない。

 

 ただ黙って、強く抱きしめてくれた。

 

 3人の腕が、私をぎゅっと包み込む。

 

 温かい体温が、冷え切った体に染み込んでくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして──我慢ができなくなった。

 

 

 

 

 

 「…あっ…あぁ…!…ああああああぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 今まで誰にも見せたことがないくらい…私は大号泣した。

 

 小さい子供のように、声を上げて泣きじゃくる。

 

 嗚咽が喉から溢れ、肩が激しく震え、涙が止まらない。

 

 悔しさと、憧れと、負けたことへの怒りと、自分が弱かったことへの自己嫌悪…全てが一気に噴き出した。

 

 3人は何も言わなかった。

 

 ただ黙って、私を抱きしめ続けた。

 

 あくびは私の両手を握って離さない。

 

 楓子は背中を優しくさする。

 

 幽々は私の頭を胸に抱き寄せて、小さい子をあやすように優しく撫でた。

 

 3人の温もりが、私の震える体を包み込んでくれた。

 

 

 

 ───

 

 

 

 ──

 

 

 

 ─

 

 

 

 ………どれくらい泣いていただろう。

 

 感情が爆発して、発散して、胸の奥の熱い塊が少しずつ溶けていくような感覚。

 

 嗚咽が小さくなり、肩の震えが弱まり、息が少しずつ落ち着いていく。

 

 私はゆっくりと顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭った。

 

 まだ鼻をすすりながら、3人に向かって小さな声で呟いた。

 

 

 「…………ありがとう…来てくれて…」

 

 

 珍しくしおらしい、弱々しい声だった。

 

 自分で言うのもなんだけど…いつもは強気でツンツンした私が…こんなに素直に「ありがとう」を言うなんて、自分でもびっくりした。

 

 

 「大丈夫ですよ。ヨヨコ先輩の気持ち、私たちも分かります…」

 

 「幽々たちも同じ気持ち…正直悔しかった」

 

 

 楓子は共感してくれて、幽々も静かに呟いた。

 

 そしてあくびは、私の顔を覗き込み いつもの少し眠たげな口調で、でもしっかりとした声で言った。

 

 

 「…ヨヨコ先輩。前にぼっちさんとスタ練した時、こんなこと言ってましたよね?」

 

 「……え?」

 

 

 「『最後に私たちが一番だったらそれでいい』って…」

 

 「?」

 

 

 確かに言ったけど……

 

 何で…今そんな話を…?

 

 

 

 

 

 「だったらファイナルステージで優勝して…全部覆しましょう。何があっても立ち止まらないんでしょ?」

 

 

 

 

 

 その言葉が、私の胸に深く刺さった。

 

 悔しさの涙はまだ乾いていないのに、瞳の奥に、再び強い光が灯る。

 

 私は少し呆然として、あくびの顔を見つめた。

 

 

 

 ……そうだ。

 

 

 

 私が言った言葉だ。

 

 

 

 『最後に私たちが一番だったらそれでいい』

 

 

 

 あの時、自信たっぷりに言った言葉。

 

 今、それがブーメランのように返ってきた。

 

 

 「……ッ」

 

 

 一瞬、胸が詰まった。

 

 でも、次の瞬間、私は気持ちを切り替えた。

 

 涙で濡れた顔を袖で拭い、ゆっくりと息を吐く。

 

 いつもの自信たっぷりの表情に戻る。

 

 少し震えていた唇が、ニヤリと上がる。

 

 

 「…………そうね。私が言った言葉だ…最後に一番だったら…それでいい。…こんなところでメソメソ泣いてるなんて…私らしくない…!」

 

 

 私は拳を握りしめ、夜空を見上げた。

 

 涙の跡がまだ頰に残っているけど、胸の奥の炎は確実に燃え始めていた。

 

 

 「絶対ファイナルで優勝して…全部覆してやる!【結束バンド】も圧倒するくらい…1番になってやる!!もう…誰にも負けない!!!」

 

 

 3人は私の言葉を聞いて、静かに微笑んだ。

 

 そして私の胸の奥に、悔しさと決意が混ざり合って、熱い塊になっていた。

 

 

 「……こうしちゃいられない…3人とも!今からスタ練行くわよ!私も含めて、今日のダメだったところ全部洗い出すからね!」

 

 『うっす/はい!/は〜い』

 

 

 悔しさの炎が静かに、しかし確実に…私を…私たちを強くする力に変わり始めていた。

 

 




ここまで読んでくれた方、ありがとうございました!
ライブ審査は結束バンドとSIDEROSに決まって、そしてSIDEROSと大差をつけての進出になりました。
あとケモノリアには脱落してもらいました。
作中でも出番ちょっとしかないし、結局ファイナルでも描写なかったから落ちてもらいました。
すまんな…尊い犠牲になってくれ…

次回はオリジナル回になります。
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