娘のバンドと対バンしたい   作:肉野郎

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 『両バンドとも、本当に素晴らしい演奏でした。【結束バンド】は、純粋な結束力と感情の爆発が心に刺さりました。【SIDEROS】は、技術的な完成度と圧倒的なカリスマ性で会場を支配していました。僅差で、ほんの少しだけ…【SIDEROS】の方が上でしたが…どちらが勝ってもおかしくない素晴らしいファイナルでした』

 

 

 結果発表の瞬間が、全てを止めた。

 

 審査員の声が、遠くから響いてくる。

 でもその言葉は、【結束バンド】の耳には届かなかった。

 頭の中が、真っ白だった。

 

 

 負けた。

 

 

 その一言だけが、繰り返し、繰り返し、胸の奥で反響する。

 4人とも呆然としており、ただ立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 そこから先は記憶が曖昧だった。

 

 

 

 

 表彰式の流れがぼんやりと進む。

 リーダーの虹夏に、準グランプリのトロフィーと金一封が渡される。

 

 

 『【結束バンド】の皆さん、本当におめでとう。君たちの音は10代の可能性を象徴するような、純粋で熱い演奏でした。準グランプリという結果は、決して敗北ではありません。この経験を糧に、もっと大きく羽ばたいてください』

 

 

 審査員は優しく微笑みながら【結束バンド】に向けて言葉を向けるが、意味がわからない。

 何も頭に入ってこない。

 

 

 『未確認ライオット2028!!以上をもってステージを閉幕させてもらうぜー!出場してくれた全てのバンドのみんな!本当に素晴らしい演奏ありがとなー!これからも音楽を愛し、夢を追い続けてくれー!!』

 

 

 拍手と歓声が、再び会場を包む。

 結果発表も終わり、未確認ライオットは閉幕。

 控え室で荷物をまとめていた頃に、レーベルの人達が2〜3人近づいてきて、名刺を差し出す。

 

 

 「はじめまして。株式会社☆☆レコード、プロデューサーの中村と申します。今日の演奏、本当に素晴らしかったです。特に感情の乗った演奏と4人の結束力に強く心を動かされました。もしよろしければ、一度お話しさせていただけないでしょうか?デモ曲や今後の活動について、じっくり聞かせてください」

 

 「同じく☆☆レコードでA&Rを担当している伊藤と申します。みなさんの音は、ただの10代のバンドとは思えない深みがありました。特に後藤さんのギターと喜多さんのボーカルに強い可能性を感じました。是非、うちのスタジオで一度レコーディングしてみませんか?お力になれることがあると思います」

 

 「【結束バンド】のみなさんはじめまして。××ミュージックのマネジメントをしております。鈴木と申します。未確認ライオット、準グランプリおめでとうございます。私も個人的にとても感動しました。もし興味があれば是非ご連絡いただければ……」

 

 

 そんな言葉も、ただの音として流れていく。

 4人とも成り行きで名刺を受け取り、空返事をするだけだった。

 レーベルの人達は4人の様子を見て少し心配そうな顔をしたが、丁寧に頭を下げて去っていった。

 

 今は…何もかもどうでもよかった。

 

 審査員のコメントも、トロフィーも、賞金も、名刺も──全てが色褪せて見えた。

 

 ただひたすら、現実を受け止めきれていなかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 それからしばらく時間が経ち、野外ステージの撤収作業も始まり、数千人近くいた観客はだんだんいなくなっていった。

 スタッフたちが機材を片付け、ステージの幕がゆっくりと下りていき、現場作業員が足場をどんどん解体していく。

 残っていた観客も次々と帰り始め、広場は静けさを取り戻しつつあった。

 【結束バンド】の4人は、遠くでステージの撤収作業をぼんやり眺めていた。

 

 そして──ようやく虹夏が口を開いた。

 

 

 「……いっいやぁ〜惜しかったね!グランプリ獲得は【SIDEROS】かぁ〜!やっ…やっぱり大槻さん達はすごいなぁ〜!」

 

 

 明らかに無理をしていた。

 

 声はいつもより少し高く、笑顔も引きつっている。

 空元気なのは誰が見ても一目瞭然だった。

 虹夏は自分の言葉に自分で頷きながら、必死に明るく振る舞おうとしているが、目が泳ぎ、肩が微かに震えていた。

 喜多も、便乗するように明るく声を上げた。

 

 「そっそうですね!大槻さんのドヤ顔凄かったですね〜!…そっ……それに…私たちも準グランプリですよ!?あはは…!早速イソスタで自慢しようかなぁ〜!?」

 

 

 喜多の声も、明らかに上擦っている。

 

 笑顔を作ろうとするが、目元が赤く腫れ、言葉の端々が震えていた。

 無理に明るく振る舞おうとする姿が、かえって胸を締め付ける。

 虹夏は、撤収中のステージを呆然と眺めているひとりに声をかけた。

 

 

 「ぼっちちゃんも、大勢の前でよく頑張ったね!帰ってたくさんお祝いし──」

 

 

 その言葉の途中で、虹夏の声が止まった。

 ひとりの顔を見た瞬間──

 

 

 ひとりは、静かに涙を流していた。

 

 

 頰を伝う涙がきらめき、ぽたりと地面に落ちる。

 拭っても拭っても、新しい涙が次々と溢れてくる。

 表情はほとんど変わらず、ただ無言で涙を流し続けている。

 その姿は、まるで感情が溢れ出して制御できなくなったように見えた。

 

 

 「ぼっちちゃん!?えっ大丈夫!?」

 

 「ひとりちゃんどこが痛いの!?」

 

 

 虹夏と喜多は目を大きく見開いて、慌てて駆け寄る。

 2人が慌てて慰めようとするが、ひとりはただ涙を拭うだけで声が出ない。

 リョウも無言でひとりのそばに寄り、静かに見守る。

 ようやく、ひとりは震える声で口を開いた。

 

 

 「あっすみません…そっその…やっぱり悔しくて…」

 

 

 声は小さくて、か細くて、でも抑えきれない感情が溢れていた。

 

 

 「…みっみんな…全部出し切ったのに…!今日までたくさん努力してきたのに、届かなかったのが…!悔しくて…!」

 

 

 言葉が、途切れ途切れになる。

 喉が詰まり、息が震える。

 

 

 「…なっなにより…お父さん達に…!あんなに良くしてもらったのに…!《ここまで登って来い》って…エールをもらったのに…!何も返せなかったのが…申し訳なくて…!優勝して…絶対恩返ししたかったッ…!!」

 

 

 その瞬間、ひとりの堪えていたものが決壊した。

 

 

 

 

 「う…うわぁぁあああ!!!!!」

 

 

 

 

 常に人目を気にするひとりが、我慢できずに声を上げて大号泣し始めた。

 

 肩が激しく震え、背中が折れそうになるほど泣きじゃくる。

 

 涙が指の間から溢れ、床に大きな染みを作る。

 

 周囲にいた人たちは、ひとりが号泣した姿を見て驚いている。

 

 でも…そんなことどうでもいいくらい、胸が痛い。

 

 痛くて、苦しくて、息が詰まって、ただただ…泣きじゃくるしかなかった。

 

 

 「ぼっちちゃん…」

 

 「ひとりちゃん……」

 

 「…ぼっち……」

 

 

 ひとりの大号泣がきっかけとなり、虹夏・喜多・リョウの胸にも、様々な感情が一気に湧き上がった。

 

 ここまで応援してくれたファンや家族への申し訳なさ。

 

 力及ばなかった自分への不甲斐なさ。

 

 正々堂々、本気で戦った上で負けたことへの悔しさ。

 

 

 そして何より──親切に指導してくれて、プロになる覚悟のきっかけを与えてくれて、ここまで本気で応援してくれた【NEW GLORY】に恩返しができなかったこと。

 

 

 Kyoya…RoÉ…Laviel…そして──NaokI

 

 

 あの東京ドームの夜に、ただの新人バンドだった自分たちに、本気で向き合ってくれた人たちに、恩を返せなかったことが…胸を抉るように痛かった。

 いろんな感情がごちゃ混ぜになって、3人とも次々と泣き出した。

 

 

 「…やめてよ…あたしも…ずっと我慢してたのに……う…うぅ…うわああああああああああ!!!!!」

 

 

 いつもの明るい虹夏が、声を限りに大号泣し始めた。

 肩を激しく震わせ、ひとりの背中に顔を埋めて泣きじゃくる。

 

 

 「ひとりちゃん…ごめんね…ごめんね…!私が足引っ張ったから…!もっとギター上手くなって、もっと上手に歌えてれば………ごめんなさい…!本当にごめんなさいッ…!!」

 

 

 喜多も大粒の涙を溢れさせながら、ひとりを強く抱きしめた。

 

 

 「……クソッ…」

 

 

 リョウは3人ほど大声を上げなかったが、涙が止まらなかった。

 歯を食いしばながら表情を歪めて、静かに肩を震わせる。小さく呻く声がたまに漏れる。

 いつも冷静なリョウが、こんなに感情を露わにするのは初めてだった。

 目から溢れる涙を、袖で拭おうとするが、拭っても拭っても新しい涙が次々と落ちる。

 

 4人とも これまでの人生で一度も経験したことのないほど、切磋琢磨し合い、お互いに励まし合い、死ぬ気で目標に向かって努力した。

 

 故に、その反動は大きかった。

 

 努力した日々、笑い合った日々、壁にぶつかって泣きながらも立ち上がった日々──全てが、一気に押し寄せてきた。

 

 周りの人たちも、最初は物珍しそうにその光景を見ていた。

 しかし、4人の涙を見て笑う者は一人もいなかった。

 演奏を見ていた誰もが、本気で挑み…本気で努力していたのがひしひしと伝わっていたからだ。

 魂を削るような音、4人の絆と覚悟が、ステージから溢れていた。

 だからこそ、彼女たちを笑う者など誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 そして──【SIDEROS】の4人も少し離れたところから、その光景を見ていた。

 

 

 「喜多ちゃん…虹夏ちゃん…」

 

 「ぼっちさんも山田さんも…あんなに号泣して…」

 

 「…幽々たち…勝って嬉しいはずなのに…なんかモヤモヤする……」

 

 「………」

 

 

 最初【SIDEROS】は、健闘を称え合おうと自然に足を踏み出しかけた。

 

 しかし、【結束バンド】の4人が肩を震わせて泣いている姿を見た瞬間、【SIDEROS】の足がぴたりと止まった。

 

 勝ったのは自分たちのはずなのに。

 グランプリのトロフィーを手にしたはずなのに。

 嬉しいはずなのに、胸の奥がずしりと重くなった。

 何処か心苦しくて、足が動かない。

 【結束バンド】の涙はただの悔し涙ではなく、魂を削って戦った者だけが流せる、純粋で深い悲しみだった。

 それを見てしまうと、優勝の喜びが急に色褪せて感じられた。

 

 

 「……私、ちょっと行ってきます…!」

 

 

 我慢できなくなった楓子が【結束バンド】の4人に近づこうと、一歩踏み出そうとした。

 しかしヨヨコが、素早く楓子の腕を掴んだ。

 

 

 「やめなさい」

 

 「!ヨヨコ先輩…!」

 

 

 ヨヨコの声は低く、静かだった。

 しかしその一言には、強い感情が込められていた。

 

 

 「………あれは【結束バンド】の問題よ…私たちが首突っ込む事じゃない…」

 

 

 その言葉に、楓子とあくびが即座に反論した。

 

 

 「ちょ…ヨヨコ先輩…!流石にそれは薄情過ぎないですか…!?あんなに泣いてるのに放っておくなんて…!」

 

 「そうっすよ。ヨヨコ先輩も喜多ちゃんに世話になったじゃないすか」

 

 

 ヨヨコは二人をじっと見つめ、静かに、しかしはっきりと続けた。

 

 

 「……自分たちの実力を疑うわけじゃないけど、あのステージ…私たちが負けてもおかしくなかった…」

 

 「?」

 

 「…何が言いたいんすか?」

 

 

 ヨヨコは深く息を吸い、胸の奥から絞り出すように言った。

 

 

 「逆の立場で考えてみなさいよ。もし私たちが負けていたら…今のあの子たちと同じように、魂が張り裂けそうな顔で泣いていたら…そんな時に自分たちを負かした相手が同情してきたらどう思う?」

 

 「!」

 

 「…そっそれは…」

 

 「そう。…きっと胸にナイフを突き立てられるような気持ちになるわ…悪気がない分余計にタチが悪い。…要するに、私たちが声をかけたって…嫌味にしかならないの」

 

 『…………』

 

 

 ヨヨコの声が、わずかに震える。

 瞳には、相手の痛みを誰よりも深く汲み取ろうとする、切実な光が宿っていた。

 

 

 「悔しい気持ちも、心が折れそうな気持ちも…私たちは痛いほどよく知ってる」

 

 

 彼女は一度目を閉じ、深く息を吸った。

 過去の記憶が、フラッシュバックするように蘇る。

 

 

 「私だって、あのライブ審査の時…今のあの子達と全く同じだった。死に物狂いで努力したのに…全部出し切ったのに届かなかった。自分の力が信じられなくなって…やるせなくて…不甲斐なくて…申し訳なくて…悔しくて…全部投げ捨てたいくらい胸が張り裂けそうだった」

 

 「…」

 

 「あの時の苦しさを、今あの子達が味わっている…だからこそ今あの子達に必要なのは、慰めでも励ましでも同情でもない……ただ、そっとしておくことよ。今は、言葉より時間が…静けさが必要なんだから…」

 

 「…ヨヨコ先輩……」

 

 

 ヨヨコは、ゆっくりと3人の顔を見回した。

 声に静かな、しかし強い覚悟が込められる。

 

 

 「それから、ちゃんと覚えておきなさい。私たちの目指す世界は、これからこういうことが何度も何度も待ってるってことを…一番になるってのは…勝つ喜びだけじゃない。負けた時のこの痛みも全部受け止めて、それでも前に進むってことよ。簡単なことじゃない…でも、私たちはその道を選んだんだから…」

 

 

 言葉の余韻が、【SIDEROS】に重く残った。

 あくびが唇を噛み、目を伏せる。

 楓子は涙を堪えきれずに頰を伝わせ、幽々が静かに拳を握りしめた。

 

 ヨヨコは、ゆっくりと背を向けた。

 その背中はわずかに震えていた。

 優勝の喜びと、相手の涙を見た痛みが、胸の中で激しくぶつかり合っていた。

 

 

 「……帰るわよ」

 

 

 声は、いつも通り少し尖っていた。

 しかし、その一言の裏には、複雑で熱い感情が詰まっていた。

 あくび、楓子、幽々──3人は、【結束バンド】の泣き声を気にしながらも、ヨヨコの後ろについていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度泣き止んだ後も、【結束バンド】の周りは重い静けさに包まれていた。

 空気は重く淀み、胸を締め付けるような沈黙が続いていた。

 

 ひとりは膝を抱えたままぼんやりと地面を見つめ、ポツポツと後悔の言葉を零した。

 

 

 「…わっ私のせいです…私が…ライブ審査の時の実力を…発揮できなかったから…私がもっと上手かったら…こんな事には…」

 

 

 ひとりの声は小さく震えて、瞳にはまだ涙が溜まったままだった。

 自分のギターが、あの時よりも劣っていたこと。

 もっと練習していれば、もっと強くなっていれば、そんな思いが胸を締め付ける。

 心の奥底から込み上げる自己嫌悪と無力感が、息をするのも苦しくさせる。

 『自分がもっと頑張っていれば』という思いが、ぐるぐると頭の中で回り続け、胸が張り裂けそうだった。

 

 すると喜多が慌てて、ひとりをかばうように口を挟んだ。

 

 

 「ひとりちゃんは悪くないわよ!そんなこと言ったら私の方が…!私がもっとリズムギター上手かったら…もっと上手に歌えてたら…!それに…大槻さんに頭を下げられた時に、公平さを求めてメモなんて渡さなかったら…!…ごめんなさいッ…!!本当にごめんなさいッ…!!」

 

 

 喜多の声も震えていた。

 大粒の涙が再び頰を伝い、彼女は拳を強く握りしめた。

 自分がもっと上手くできていれば、ひとりに負担をかけずに済んだのではないか。

 あの時メモを渡したことが、逆にひとりを追い詰めたのではないか。

 そんな後悔が、喜多の心を激しく掻き乱していた。

 胸の奥が熱く疼き、申し訳なさと自己嫌悪が波のように押し寄せて、息が詰まる。

 『私のせいだ…私が足を引っ張ったから…私が余計なことしたから…』という思いが、頭の中で繰り返され、涙が止まらなかった。

 

 ひとりと喜多が自分を責めようとした時、リョウが静かに口を挟んだ。

 

 

 「ぼっちも郁代もそういうのはやめて…誰のせいでもないし誰も悪くないよ。理由や過程はどうあれ【結束バンド】も【SIDEROS】も、ここに来るまで必死に努力して、お互いにベストを尽くしてライブに挑んだ。その結果…【SIDEROS】の方が上だった。それだけだよ」

 

 

 リョウの声はいつも通り低く、淡々としていた。

 しかし、そこには確かな優しさと二人を守ろうとする穏やかな冷静さが込められていた。

 

 

 「……リョウさん」

 

 「リョウ先輩…」

 

 

 ひとりと喜多は、その言葉に少しだけ肩の力が抜け、溜飲が下がったように息を吐いた。

 胸の奥に渦巻いていた自己嫌悪と後悔が、わずかに和らぐのを感じた。

 

 しかし──今度は虹夏が、ぽつぽつと後悔を漏らし始めた。

 

 

 「…正直あたし………少し浮かれてた」

 

 「虹夏…?」

 

 

 リョウが心配そうに虹夏に振り返る。

 虹夏はひとりと同じように地面に座り込み、膝を抱えたまま視線を地面に落としてゆっくりと続けた。

 声は静かで少し掠れていたが、言葉のひとつひとつに深い自責の念が込められていた。

 

 

 「…あの東京ドームの日からここに来るまで…今までの人生で一番努力してきたって自負があった。そして…あたし達はどんどん成長していった。腕前も上がって、知名度が上がってライブも動員数増えてきて、未確認ライオットは初登場で頭角を現して、ここまでとんとん拍子で物事が上手く進んで……心のどこかで……少し調子に乗ってた。『あたし達ならいける』って…どこかで余裕を持ってた…努力してるつもりだったのに…本当はまだまだ甘えてたのかもしれない…」

 

 「………」

 

 

 虹夏の声が、そこで一度詰まった。

 彼女は唇を強く噛み、膝を抱える腕に力を込めた。

 

 

 「……その結果がこれだよ。【SIDEROS】のみんなは死に物狂いで…命を削るように演奏して結果を見せた。そして…本気で優勝を狙いにきてた。…勝ちへの執着が足りなかった…もっと貪欲に、もっと必死に、もっと…痛いくらいに欲張ってたら……もしかしたら……」

 

 

 虹夏の言葉はそこで途切れ、再び小さな嗚咽が漏れた。

 肩が震え、涙がぽたぽたと膝の上に落ちる。

 その後悔の深さが、言葉の端々から痛いほど伝わってきた。

 

 虹夏の言葉を聞いて、リョウも喜多もひとりも…バツの悪そうな顔をした。

 

 世界最高峰のロックバンドに目をかけてもらって、いろんな人たちに応援してもらって、漫画のようにとんとん拍子でバンド活動は上手くいった。

 だからと言って慢心もしてないし、ひたむきに努力したことも嘘じゃない。

 

 だが、少し浮かれていたと言われれば、否定はできなかった。

 

 虹夏は涙を溢しながら、さらに吐露した。

 

 

 

 「…結局…【結束バンド】は“ガチ”じゃなかったのかな…ぽいずんさんが言ってたように…所詮…お遊びバンドだったのかな……」

 

 

 

 その言葉が落ちた瞬間、空気が再び重く沈んだ。

 全員が押し黙り、視線を落とす。

 

 その時──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そんなことない!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鋭い声が、後ろから飛び込んできた。

 4人が一斉に振り返ると、そこに立っていたのは──ぽいずん♡やみだった。

 

 

 「そんなことないよ…!」

 

 

 【結束バンド】の4人は、やみのいきなりの登場に驚いて目を丸くした。

 

 

 「えっ…ぽいずんさん?どうしてここに…」

 

 「表彰式の後からずっと近くに居たわよ。でも4人ともずっと上の空だったし、さっきまでずっと泣いてたから中々入り辛かったのよ……って、そんなことどうでもいい」

 

 

 やみは姿勢を正し、【結束バンド】の4人を真っ直ぐに見つめた。

 

 

 「私がここに来たのは、あなた達にどうしても言いたいことがあったから……」

 

 「…言いたい…こと?」

 

 

 やみは、ゆっくりと深く頭を下げた。

 

 

 「…ごめんなさい。【結束バンド】が“ガチ”じゃないって言ったこと…ギターヒーローさん以外お遊びだって言ったこと…全て撤回します」

 

 

 【結束バンド】の4人は、完全に困惑した。

 

 あの日【結束バンド】にボロクソな発言を繰り返し、ひとり以外を軽くあしらっていたあのやみが、本当に申し訳なさそうに深く頭を下げて謝罪している。

 その姿は、4人にとって信じがたいものだった。

 やみは頭を下げたまま、静かに続けた。

 

 

 「ライブ審査の演奏を観てわかったの。ギターヒーローさんの居場所は…【結束バンド】じゃなきゃダメだって」

 

 

 やみはゆっくりと顔を上げ、【結束バンド】の4人を真っ直ぐに見つめた。

 その瞳には以前の毒舌や棘はなく、静かな後悔と、深い優しさが浮かんでいた。

 彼女は声を低く抑え、まるで大切なものを伝えるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

 「……それに【結束バンド】はあの日から、一年足らずでここまでのし上がって…ちゃんと結果を見せてくれた。本当に驚いたしすごいと思った。そして今回のファイナルでも、全員が本気で優勝しようという気概が、ちゃんと伝わってきた。本気でプロになろうって覚悟が…ちゃんと届いたよ」

 

 「ぽいずんさん……」

 

 

 虹夏が掠れた声で名前を呼ぶ。

 ひとり、喜多、リョウも、涙で濡れた目でやみを見つめ、言葉を失っていた。

 やみは優しく微笑みながら、静かに続けた。

 

 

 「あの日、ボロクソに貶した私が、こんな事言っても説得力ないと思うけど…聞いてほしい。みんなはちゃんと本気だった。“ガチ”じゃなかったなんて…絶対に違うよ。あの審査の時も、今日のファイナルも…みんなの音は、ちゃんと私の胸に刺さった。魂を削るような演奏だった…ただ今日は【SIDEROS】が…ほんの少しだけ上だっただけ。それだけのことだよ」

 

 

 やみの声は優しく、でも真剣だった。

 まるで傷ついた4人をそっと包み込むような、温かみのある響き。

 

 

 「…だからお願い… 自分を責めすぎないで。自分たちの努力を…自分たちで否定しないで。みんなの音はちゃんと輝いていた…私は…ちゃんと見てたから…」

 

 

 彼女は軽く息を吐き、照れくさそうに目を逸らした。

 しかし、その仕草の裏には素直な想いが溢れていた。

 そこで虹夏はまた涙が溢れ、声を震わせながら言った。

 

 

 「…追い打ちかけないでくださいよー!そんな優しいこと言われたら…余計に…うわぁぁん!!!」

 

 

 虹夏の嗚咽が、再び大きくなった。

 彼女は両手で顔を覆い、肩を激しく震わせて泣きじゃくる。

 その姿は、いつも明るくみんなを引っ張る虹夏とはまるで別人のように脆く見えた。

 やみは、突然の反応に明らかに困惑し慌てて手を振った。

 

 

 「ええ!?ちょ待って!そんなつもりじゃ…!あ、えっと…その…!」

 

 

 やみのいつもの毒舌が影を潜め、珍しく焦った様子で言葉を詰まらせる。

 その様子が少し滑稽で、空気がわずかに緩んだ。

 喜多が涙を拭いながら小さく笑う。

 リョウの表情もわずかに和らぎ、ひとりの肩の力が少しだけ抜けた。

 4人の胸に、ほんの少しだけ温かい空気が流れ込む。

 やみの不器用な優しさが、4人の心をそっと軽くした。

 

 

 「…あの、お取り込み中悪いんですが、そろそろいいですか?」

 

 

 話が一区切りしたその時、やみの後ろからスーツ姿の女性が静かに声をかけた。

 やみはほっとしたように振り返り、話を切り替えた。

 

 

 「そっそうだ!あなた達に用があったのは、もう一つあって…この方を紹介したかったからなの」

 

 

 スーツの女性が、控えめに一歩前に出た。

 落ち着いた雰囲気の、20代後半から30代前半くらいの女性だった。

 彼女は【結束バンド】に向かって、丁寧に頭を下げた。

 

 

 「【結束バンド】のみなさん、はじめまして。ストレイビートというレーベルでマネジメントをしています。司馬(しば)(みやこ)と申します。今日の演奏、本当に素晴らしかったです。もしよろしければ、後日改めてお話をさせていただけないでしょうか?」

 

 

 4人はまだ涙の跡が残る顔で、ぼんやりと女性を見つめた。

 

 

 「レ…レーベル?」

 

 

 虹夏が、困惑気味に復唱した。

 目がまだ赤く腫れたまま、トロフィーを抱えた手が微かに震えている。

 司馬は、穏やかな笑みを浮かべながら頷いた。

 

 

 「はい。この前のライブと…今回のファイナルステージを観て気になったので、お話できたらと思ったのですが」

 

 

 そうして司馬は、リーダーの虹夏に名刺を丁寧に差し出した。

 

 

 「……え………」

 

 

 その瞬間、【結束バンド】にしばしの沈黙が落ちた。

 

 次の瞬間──

 

 

 

 『レーベル〜〜〜〜〜!?!?』

 

 

 

 「ちょっとうるさい!」

 

 

 全員が、突然大声を上げて飛び上がった。

 虹夏はトロフィーを抱えたまま目を大きく見開き、興奮で顔を真っ赤にする。

 喜多も涙の跡が残る顔で一気に立ち上がり、大はしゃぎで叫ぶ。

 リョウは無言のまま名刺を凝視し、珍しく目を見開いていた。

 ひとりは呆然と立ち尽くした後、ようやく反応した。

 

 やみは少しキレ気味に一喝した後、呆れたようにため息をつく。

 

 

 「ていうかアンタたち。荷物まとめてる時に他のレーベルの人たちからも名刺もらってたじゃない。何を今更驚いてるのよ…」

 

 

 その爆弾発言に、【結束バンド】は一瞬固まった。

 

 

 「……え? なんの話? …………って…え!?!?ななななにこれ!? いつの間に!!?」

 

 「本当に気づいてなかったのね…」

 

 「凄いですよ!! 私たち一気に3つのレーベルからスカウトが来ましたよ!!」

 

 「すっ凄い…夢じゃないですよね?」

 

 「大丈夫だよぼっち。ちゃんと現実だよ…」

 

 

 さっきまでの重く沈んだ雰囲気は吹き飛び、4人の目が一気に輝き始める。

 

 虹夏はトロフィーを抱えたまま飛び跳ね、喜多は喜多らしく大はしゃぎで手を叩き、ひとりは信じられないという顔で名刺を何度も見つめ、リョウでさえわずかに口元を緩めていた。

 

 

 「まったく…さっきまで泣いてたのはどこの誰よ…まぁいいわ。せっかくの機会なんだからちゃんと話を…って聞いてないし…」

 

 「…あの、まだ話が」

 

 

 やみは呆れたように肩をすくめながらも、どこか優しい目で4人を見ていた。

 司馬は4人の突然の変化に少し驚きながらも、なんとか話を続けようとした。

 しかし【結束バンド】の4人ははしゃぎすぎて、ほとんど耳に入っていない様子だった。

 そして、ひとりは虹夏に声をかけた。

 

 

 「にっ虹夏ちゃん…! また夢に近づきましたね……」

 

 「ぼっちちゃん…!」

 

 

 虹夏の目が、涙で濡れたまま輝いた。

 彼女は立ち上がり、ひとりの手を強く握り返した。

 喜多とリョウも、自然と輪の中に入ってくる。

 4人は、手を重ね、ハイタッチをした。

 

 その瞬間、【結束バンド】に小さな、しかし確かな熱が戻ってきた。

 

 

 「いつか必ずロック音ジャポンにも出場して、ドームやスタジアム…国立でもワンマンして、そして絶対…【NEW GLORY】と対バンするぞー!」

 

 『おーっ!!!』

 

 

 4人の声が、重なり合う。

 虹夏が興奮で声を弾ませ、喜多も目をキラキラさせて続く。

 

 

 「この勢いでNステも出れちゃったり!?紅白も夢じゃないかも!!」

 

 「冠番組も遠くないですかね!?CDも【NEW GLORY】みたいに初日でトリプルミリオン超えたりして!」

 

 

 虹夏と喜多がはしゃぐ中、ひとりはというと──

 

 

 (嬉しい半面…体が今回以上の人の前に出る事を全力で拒否している…)

 

 

 心臓は「もうムリ…」と激しくドクドク鳴り、胃は「ヤダ…」とキリキリと痛み始め、脳は「わァ…………あ…」と泣き出した。

 人前に出ることへの恐怖が、再び胸の奥から這い上がってくる。

 でもひとりはそれを必死に飲み込み、笑顔を作った。

 

 その後近くのコンビニに寄って花火を買った。

 会場の広場で、大はしゃぎで花火を眺める。

 さっきまでの暗い気持ちは、まるで嘘のように飛んでいった。

 虹夏が笑い声を上げ、喜多が花火を振り回しハートマークを描く、リョウが静かに微笑み、ひとりは少し緊張しながらも、仲間たちの笑顔を見て胸を温かくする。

 

 その様子を、少し離れたところで司馬都とやみが眺めていた。

 

 

 「…仲の良いバンドですね」

 

 「はい。それが彼女達の強さですよ」

 

 

 やみは、珍しく柔らかい表情で頷いた。

 夜風が、4人の笑い声と花火の火花を優しく運んでいく。

 負けた痛みは、まだ胸のどこかに残っている。

 

 でも、今この瞬間、4人は確かに前を向いていた。




ここまで読んでくれた方、ありがとうございました!
今回の話は、結束バンドにとって大きな転機となる回でした。
つっきーやリョウは本当に大事な場面になると、一気に“先輩の顔”になるのが最高なんだよね。(ギャップ萌え大好きおじさん)
あとようやく、ぽやみさんのヘイトを清算出来ました。いや~よかったよかった。

それよりどのレーベルにしようかな…正直原作ならまだしも、今の結束バンドならメジャーデビューできてもおかしくないから、特別ストレイビートじゃなくてもいいんだよな
でもAmeちゃんとも絡ませたいしな…どうしたものか…
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