なんか修正やらなんやら色々やってるうちに1ヶ月以上経ってて焦りました。
その分ライブ描写はめちゃくちゃ気合い入れて書きました。
あと途中から星歌視点に切り替わります。
それではどうぞ
ライブ開始1分前。
薄暗いステージの裏側で【NEW GLORY】の面々は、数万人のスタジアムを沸かせる時と何ひとつ変わらない様子で、それぞれのルーティンをこなしていた。
ボーカルのLavielは、微かに口元を緩めながら喉を温めるように心地よいハミングを響かせている。その声だけで、周囲の空気が引き締まる。
ベーシストのRoÉは、無言のまま自身の端正な指先を一本ずつ丁寧にストレッチし、愛機を完璧に操るための準備に余念がない。
ドラマーのKyoyaは、愛用のスティックを指先で器用にくるくる回しながら、既に頭の中で鳴り響いているであろう完璧なリズムを刻んでいた。
そしてギタリストでありリーダーのNaokIは、冷静な手つきでイヤモニを耳へと装着し、静かにステージへと視線を据える。
その張り詰めた神聖な空気感を、ステージ袖から息を呑んで見つめる者たちがいた。
【結束バンド】、【しじみ帝国】、そして星歌の元バンドメンバーたちは、全員が胸の高鳴りを抑えきれない様子で、ドキドキしながら待機していた。
「うわ〜ヤバい…!ついに【NEW GLORY】のライブが生で観れるんだ…!!」
「実は私【NEW GLORY】のライブって初めて観るんだよね…!マジで楽しみすぎる…!」
「てか冷静に考えて、チケ代2000円で【NEW GLORY】の演奏が聴けるとか破格すぎない…!?しかも私たちに至ってはステージ袖の特等席でタダだし…!」
先ほどステージを終えたばかりの【しじみ帝国】のメンバーたちは、心地よい演奏の余韻に浸りながらも、一人の純粋なファンとして目を輝かせてワクワクしていた。
しかし、それ以上に興奮を爆発させていたのは、星歌の元バンドメンバーである、リナ達だった。
「うわ凄い…!KyoyaさんのSJCカスタムのドラムセット、めちゃくちゃカッコいい…!!てかツーバスのインチえっぐ…!」
「さっきのサウンドチェックの時点でもうヤバかったな…!RoÉさんのケンスミの重低音、マジで神域の鳴り方だったわ…!」
そんなステージ袖の熱気の中でも、とりわけ熱い視線を集めていたのが、出番を待つNaokIの傍らにあるその愛機だった。
「NaokIさんの愛機もやっぱり実物はオーラが違いすぎるよね…!まさかNaokIさん専用のワンオフモデルをこんな至近距離で見られるなんて…!」
星歌の元バンドメンバーのギターボーカルが、興奮で息を荒くしながらNaokIの愛機を凝視する。
Schecter AC-SX SIG-0
舞台袖の暗がりの中、スポットライトの僅かな漏れ光を浴びて妖艶に浮かび上がっていたのは、深みのある最高級のQuilted Maple TOPが波打つ、美しいヴァイオレットカラーのグラデーションだった。
中央の鮮やかな紫からボディのエッジに向かって漆黒の夜闇へと溶け込んでいくような、極上のバースト塗装。
職人の手によって一本一本丁寧に仕上げられたそのカラーリングは、まさに【NEW GLORY】の耽美で圧倒的な世界観を体現しているかのようだった。
ボディバックにはMahoganyを採用し、重厚で温かみのある低音を支えつつ、全体のバランスを完璧に保っている。
ネックはMaple、指板はHonduras Rosewood(22フレット、Jescar Jumbo Fret Wire)を用い、648mmのロングスケールで高速フレーズにも耐える安定した演奏性を実現。
ピックアップはSchecter Superrock III(フロント)とDiMarzio D-Sonic(リア)の組み合わせで、クリアなハイミッドから凶暴な低音まで幅広いトーンをカバー。
ブリッジはFloyd Rose Originalを搭載し、激しいプレイでもチューニングが狂わない信頼性を誇る。
価格は71万5000円という、NaokIのシグネチャーモデルに相応しい高額仕様。
世界に一本しかない完全ワンオフのカスタムギターは、照明が当たるたびに紫のグラデーションが深く妖しく輝き、観る者の目を釘付けにした。
「あのヴァイオレットのグラデーション、見る角度によって色の深みが全然変わるし、ステージの照明が当たった瞬間に信じられないくらい化けるんだよね!パーツ類も全部特注仕様で、ヘッドのロゴまで完璧にカラーマッチングされてる…!あのギターからどんな極上のトーンが飛び出すのか、もう考えただけで鳥肌が止まらないよ!」
かつて全盛期を追っかけていた彼女たちは、まるで伝説の美術品を前にしたかのように、その紫のグラデーションが施された神々しい機体をうっとりと見つめ、ため息を漏らしていた。
『わああああああああ!!!』
開演時刻を告げるようにライブハウスの照明が一斉に落とされると、暗転したフロアからは歓声と拍手が沸き起こり、会場の温度が一気に跳ね上がった。
その直後、スピーカーから爆音で流れ出したのは、NaokIお手製のオープニングSEだった。
エレクトロニック+ダブステップ+トランスコア+フレンチコア+スピードコア+インダストリアル要素を存分に取り込んだ破壊力抜群のデジタルハードコアサウンドで、この日のためにNaokIが星歌の誕生日を祝うサプライズとして、わざわざ新しく書き下ろした渾身のトラックだった。
重苦しいディストーションギターの唸りと、トランスやエレクトロニカを高次元で融合させた猛烈な電子音が脳を直接揺さぶる。
Super Sawのトランスレイヤーを10本以上大量に重ね掛けしてユーロビートを思わせるアグレッシブなシンセサイザーのメロディラインが疾走し、ブレイクコア特有の高速で変則的なドラムビートが鼓膜を激しく叩きつける。
さらにそこへ、暴力的なまでの重低音が壁を震わせ、フロアをこれでもかってくらい煽り立てる狂気的なデジタルボイスが耳元で炸裂した。
レイヴサウンドの快感とヘヴィロックの攻撃性が絶妙なバランスで混ざり合ったその強烈なカオスは、聴く者全ての本能を強制的に覚醒させていく。
この激しいビートが刻まれると同時に、フロアのテンションは一瞬で限界を突破した。
もちろん、ステージ袖で待機していた出演者たちも全員、脳汁が噴き出すようにテンションがMAXに達していた。
「キタキタキタキタキター!!!」
「これだよこれ!!マジでテンション上がる!!」
「うわっ音圧えっぐ!!カッコよすぎる!!」
「てかこれ新しいSE!?めっちゃ良いんだけど!!」
「そうそうこれこれ!思い出した!!ヤッバいマジ熱い!!」
「マジでSEだけのアルバム欲しいわ〜!…あっちょっと見て!星歌めちゃくちゃ驚いてる!」
その横では、【結束バンド】のメンバーたちも三者三様のリアクションで凄まじい興奮に包まれていた。
「うわあああ!カッコいい━━ッ!東京ドームのSEもよかったけど、これも心臓に直接響いてくるッ!!」
「ヤバいです虹夏先輩!イントロだけで鳥肌が止まりませんっ!フロアの熱気も一気にマックスですよー!」
虹夏は弾けるような笑顔で拳を突き上げ、爆音の変則ビートに合わせて自然と身体を揺らしている。
東京ドームで一度【NEW GLORY】のライブを体験していたはずなのに、それでも興奮が全く収まらない。
あの巨大なドームのスケールとはまた違う、狭いライブハウスならではの、爆音が体に直接叩きつけられる感覚が、彼女の鼓動をさらに高ぶらせていた。
喜多もキラキラと目を輝かせ、ステージ裏の暗闇の中でもはっきりと分かるほど大興奮してぴょんぴょんと跳ね回っていた。
東京ドームの時も圧倒されたが、今回は自分のライブのオープニングSEとして聴いている特別感が加わり、喜多のテンションは限界突破寸前だった。
そんな二人とは対照的に、リョウは一見すると静かに固まっているように見えたが、その瞳の奥には異常なまでの熱が宿っていた。
口元を微かに戦慄かせながら、溢れ出るオタク特有の知識欲と興奮を抑えきれずに脳内で早口で呟き始める。
(…ヤバい。これはヤバすぎる。東京ドームの時とは完全にアプローチの違う破壊力がある。レイヴ特有の攻撃的なシンセサイザーの波形に、完全に計算し尽くされたサイケデリックな変拍子が、一寸の狂いもなく絶妙に絡み合ってる。何より、この低音の音作りが異常すぎる。ベースラインとしての芯を絶対に潰さないまま、人間の耳には聴こえないレベルのサブベースの超重低音を限界まで持ち上げてフロアを物理的に揺らしてる。メロディの転調のさせ方も神がかってるし…特にこのSuper Sawのレイヤリング、10本以上重ねてるのに帯域が全く濁らずに抜けてくるこの抜けの良さは何?どんなミキシングしたらこんな音になるの?………やっぱり、NaokIさん天才すぎる…)
【結束バンド】の作曲担当としての視点から、音のジャンルや緻密な構成、狂気的な音響のクオリティを細かく分析しながらも、そのあまりの完成度の高さにリョウの心は完全に狂喜乱舞していた。
(やっぱりお父さんの作るSEってカッコいいな……)
そんな狂騒の真ん中で、NaokIの実の娘であるひとりは、あまりの機材の爆音にビクビクと身体を震わせながらも、両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、誇らしさと愛おしさが混ざり合った特別な眼差しでその父親の音を聴いていた。
【NEW GLORY】のメンバーたちは、ステージ袖でこれほどまでに熱狂する若手バンドマンたちを横目に、どこか愛おしそうな、穏やかな笑みを浮かべていた。
しかし、SEのボルテージが最高潮に向かって加速していくと、彼らは吸い寄せられるように視線を交わす。
NaokIを中心に、Laviel・RoÉ・Kyoyaがガシッと肩を寄せ合い、熱い円陣を組んだ。
NaokIが低く、しかし芯のある声で告げる。
「…………行くぞ」
『応ッ!!!』
4人の咆哮が重なった、その瞬間だった。
彼らの纏う空気が、雰囲気が、劇的な変貌を遂げる。
先ほどまでの優しげな面影は消え失せ、世界の音楽シーンの頂点に君臨する王者の圧倒的なオーラと、凶悪なまでのカリスマ性が一気に宿った。
ステージ袖の面々が、そのあまりの気迫の激変に息を呑み、騒然となる。
そして、SEが最も激しいサビの爆発へと突入した最高のタイミングで、薄暗いステージへと【NEW GLORY】が一斉に飛び出した。
まばゆいフラッシュライトが逆光となって彼らのシルエットを浮かび上がらせた瞬間、スターリーの熱気は大爆発した。
「キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「わあああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「え!?え!?え!?え!?え!!!?ええええええ!!!!!?」
「マジでマジでマジで!!?幻覚!!!??」
「は!?は!?はぁ!!?【NEW GLORY】じゃん!!!?」
「えマジ!?本物!!?なんで!?なんでここにいるの!!?」
「ヤバヤバヤバヤバヤバ!!!!ガチじゃん!!!死ぬ!!!」
「嘘だろオイ!!?シークレット枠最強すぎだろ!!?」
「つーかなんでインディーズのブッキングライブに!!?」
「そんなんどうでもいいだろ!!最高のサプライズじゃねーか!!!」
「うわあああああああ!!!!!ラヴィィィィィ!!!」
「RoÉさ〜ん!!!♡♡♡こっち見て〜!!!♡♡♡」
「Kyoyaー!!!!!」
「すげぇ!!!NaokIさんこんな間近で観れるとは思えなかった!!!」
「Lavielー!!!!!!」
「神サプライズだよー!!ありがとー!!!」
「すげーよガチで!!!今回来て良かったわ!!!」
「てか2000円で【NEW GLORY】観れるとか神すぎね!!?」
「だよねだよね!!普通なら一般席で1万5000円くらいするのに!!」
告知なしのシークレットゲストが目の前の怪物たちだと理解した瞬間、フロアは割れんばかりの大歓声と、あまりの規格外のサプライズに対する驚愕の渦に、完全に飲み込まれた。
「…えっ!?ええええええ!!!?2組目って【NEW GLORY】だったの!!?」
いつも通り【結束バンド】目当てに最前列のポジションを確保しながら、押し寄せる人の波に揉まれながら大声を張り上げたのはファン1号だった。
いきなり目の前に現れた世界のカリスマたちの姿に、流石に驚きを隠しきれずに目を限界まで見開いている。
「でもなんで…!…あっ!!」
隣にいたファン2号も、ハッとしたように口元を押さえ、納得と驚きが混ざり合った声を漏らした。
一般の観客からすれば、「なぜ世界最高峰のバンドが下北沢の小さなライブハウスの、しかもインディーズの企画ライブにシークレット出演しているのか」という謎は、天変地異レベルの怪奇現象でしかない。
2000円という破格のチケット代で彼らの演奏を至近距離で観られること自体、本来ならあり得ない奇跡だった。
しかし、去年スターリーでNaokIとひとりの親子関係を知ってしまった二人はすぐに事情を察した。
(NaokIさんが、ひとりちゃんの為に出てくれたんだ……!)
(あのお人好しで娘を溺愛してるNaokIさんなら、ひとりちゃんの初めての自主企画のピンチを放っておくわけないもんね…!)
娘のために世界一豪華な助っ人を率いてステージに立つ父親の深い愛と、それを引き寄せたひとりの人徳。
事情を知る二人が感動に震える横で、フロアからはひっきりなしに絶叫と賞賛の嵐がステージへと注がれる。
◆
私にとって【NEW GLORY】は、青春の全てだった。
初めて【NEW GLORY】の音を体験したのは、中2の夏休みの時だった。
冷房の効いたリビングで、まだ幼かった虹夏をあやしながら、なんとなく点けていたテレビからふと流れてきた、とある映画CMの主題歌。
そこで【NEW GLORY】の曲を耳にした瞬間──
私の脳髄に、人生をひっくり返すような強烈な衝撃が走った。
それまで聴いたこともないような暴力的な音作り。
10年どころか、20年以上も時代を先取りしているような、あまりに真新しく先鋭的なサウンド。
この令和の時代に聴いたって一ミリも色褪せない、奇抜で狂気的な音楽性。
一度耳に入れば最後、呪いのように頭にこびりついて離れなくなる、強烈な中毒性を孕んだメロディライン。
Lavielさんのハイトーンにシャウト・スクリームの凄さ、RoÉさんの超絶技巧な神業ベース、Kyoyaさんのパワフルで精密なプレイスタイル。
全部完璧で、全部神がかっていた。
でも、それ以上に私の耳を、心を掴んで離さなかったのは──他でもないNaokIさんのギターだった。
NaokIさんのシグネチャーである「一度聴いたら頭から離れない」あのキャッチーで狂暴なリフは、私の好みのど真ん中、ドストライクなんて言葉じゃ足りないくらいに突き刺さった。
わずか数十秒しか流れないテレビCMの主題歌に、私の心は奪われた。気づいた時には、【NEW GLORY】という底なし沼の虜になっていた。
私は真夏の猛暑の中、財布を握りしめてCDショップへと全力で駆け出していた。
店に入るなり、棚にあったシングルからフルアルバムまで、有り金全部叩いて残らず購入した。
オーチューブにアップされている動画は、寝る間も惜しんで片っ端から、文字通り擦り切れるほど何度も視聴しまくった。
ライブだってそうだ…行ける限りの国内公演には、這ってでも行くつもりで片っ端から応募した。
………まあ、チケットは当時から争奪戦が起きるレベルの人気だったから、毎回落選の憂き目に遭って、ライブ自体は片手で足りるほどしか行ったことないけど…
それでも、NaokIさんのあの神がかったギタープレイに激しく、狂おしいほどに憧れて、私は自分の意志でギターを手に取った。
リナたちに声をかけてバンドを結成したのだって、動機はただ一つ。画面の向こうで輝く【NEW GLORY】の背中を、がむしゃらに追いかけたかったからだ。
中学、高校、そして大学…人間としての人生の中で、最も多感で、最も輝かしいはずの時代の全ての瞬間に、彼らの音楽があった。
私の青春を、美しく、鮮やかに彩り続けてくれた。
何にも代えがたい、私にとっての絶対的な聖域であり、かけがえのない存在。
やがて私は自分のバンド活動を終え、下北沢に自分の城であるライブハウス・スターリーを開店した。
そのときだって、ベッドの中で天井を見上げながら、叶うはずのない淡い妄想を抱いた夜があった。
『いつか……万が一にでも…億が一にでも、【NEW GLORY】がスターリーのステージに出演してくれる日が来たらいいな…』
なんてファン特有の、笑っちゃうくらい馬鹿げた夢を見ていた。
でも──その夢は叶わないはずだった。
世界の頂点にいる彼らが、こんな小さなライブハウスに来るはずがない。
そう思っていた。
なのに──
そんな世界の頂点にいるはずの、私の人生の全てを変えた憧れの存在が───…
今、私の城で、一人の演者としてステージに立っている。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!えっ!!?なんでなんでなんでなんでなんで!!!?えっ!?えっ!?えっ!!?ええええええええええぇぇぇぇえええぇええぇぇえええええぇええぇえぇぇぇえぇえぇえええぇぇぇええええぇぇえええぇえええ!!!!!!!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
私は、目の前にいきなり自分の最推しバンドが現れて、情緒が完全に大パニックに陥り、大絶叫を上げていた。
「コーチめちゃくちゃ喜んでますね!!!!!」
「まぁ、自分のライブハウスに告知なしで最推しバンドが来たらこうなるわよ。だから言ったでしょ?後悔させないって……って聞いてないし…」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ラヴィ様ァァァァァァ!!!!!♡♡♡♡♡♡しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅしゅきしゅきぴぃぃぃぃぃぃぃいい!!!!!!!♡♡♡♡♡♡♡神神神神神神神神神かみぃぃぃぃ!!!!♡♡♡♡♡♡♡令和のヴィーナス爆誕〜〜〜〜!!!!!!!!♡♡♡♡♡♡♡♡♡」
大山とサバ読みライターが横でなんか言ってるが、今の私の耳には一文字たりとも入ってこない。
……それより日向がクソうるせェ。つーか、そのペンライトは一体どっから引っ張り出したンだよ?
だが、私の思考が日向への殺意で埋まるより前に、脳髄に直接、神の鉄槌が落とされた。
SEの残響が消え去るかどうかの、ほんの刹那の無音──そこから間髪入れずに、記念すべき一曲目が始まった。
「!!?」
イントロが炸裂した瞬間、全身の毛穴という毛穴が恐怖に似た快感で開いた。
鋭いシンセサイザーの高速アルペジオが16分音符で空間を狂ったように駆け巡り、半音階を多用したクロマチック進行が、スターリーの空気をごっそりと入れ替えて冷徹な緊張感を張り巡らせる。
その直後、後半から極厚のディストーションがかかったNaokIさんのギターレイヤーが重なった。
一気に音の壁が厚くなり、床がビリビリと悲鳴を上げて震え始める。
「うぉ〜〜!!この曲知ってる〜!!これチックトックとかオーチューブショートでめちゃくちゃ聴いたことある〜〜!!!」
大山が、興奮のあまりいつも以上に大声を張り上げ、全身をドタバタとうるさく揺らして大はしゃぎしている。
…これ12年前の曲なのに、まだトレンド掻っ攫ってンのかよ…やっぱヤベェな【NEW GLORY】…
一曲目──『
私が19の頃にリリースされた曲で、【NEW GLORY】の絶対的な代表曲の一つだ。
トランスコア、エレクトロニック、エモ、ラウドロック、ポスト・ハードコアの要素をこれでもかとブチ込んだ、いわゆる『NGコア』の教科書であり最高到達点。
現在オーチューブでのMV再生数は、驚異の204億回を突破していて『Mirror』(現在301億回)と『Shade Of Gray』(現在261億回)に次ぐ、【NEW GLORY】のMVで3番目に再生された、人類の脳を焼いた化け物ソングだ。
Lavielさんの声が乗り始めると、メロディは一転して下降型の切ないフレーズを連発し始める。
さらにシンコペーションの効いたリズムが、手拍子すら許さない変則的なグルーヴを生み出し、普通の4つ打ちじゃ絶対に味わえない“あえてズラされる心地よさ”に全身がハッキングされていく。
そしてサビのドロップが訪れた瞬間、超キャッチーな下降メロディが一気に急上昇した。
RoÉさんの、地獄の底から響くような重低音のワブルベース。それに完璧にシンクロするKyoyaさんのハードで容赦のないキック&スネアが一斉に大爆発する。
i-VI-III-VIIを基調とした王道のナチュラルマイナー進行に、胸を締め付けるような借用和音が絶妙に混ざり合うことで、涙が出るほどドラマチックで、暴力的なまでの高揚感がフロア全体を圧殺していった。
「Zero」を象徴するような静寂の後、グリッチノイズと逆再生のような効果音が不気味に響き、再加速するビートが「Deleteから再起動」へと繋がっていく。
──これだ。
この「一度死んで、その灰の中から何度でも生まれ変わる」圧倒的なカタルシス展開こそが、この曲の真髄であり、私の魂を救った光そのものだった。
気がつけば、私はステージの最前列で、両手を口元に当てたまま涙をボロボロとこぼしていた。止めようと思っても、涙腺が完全に壊れている。
この曲が持つ、凶暴なまでの攻撃性と、それと背中合わせになったガラス細工のような儚い美しさ。
それが私の心を、あの19の頃とまったく同じ熱量で激しく揺さぶる。
かつて何者でもなかった、ただ尖ることしかできなかった昔の自分の胸に深く突き刺さったあの感覚が、今、この目の前のステージから鮮やかによみがえって、私を殴りつけてくる。
ラストサビでは、最初のサビなんかお遊びだったと言わんばかりに音のレイヤーがさらに増殖し、ついにNaokIさんのギターが、美しく、そしてどこまでも凶暴に泣き叫んだ。
最後はメロディが単音で少しずつフェードアウトしながらグリッチで「削除」されるような終わり方。
その冷酷なまでの幕引きが、聴く者の胸に深く、重い余妄の爪痕を残していった。
音が止まった瞬間、スターリーのフロアからは、割れんばかりの叫びと共に無数の拳がこれでもかと突き上げられていた。
『わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!』
「きゃあああああああああ!!!!ヤバいヤバい!!マジで死ぬ!!!」
「生の『Delete and Zero』めちゃくちゃエグすぎる!!ガチで音源超えてンじゃん!!」
「鳥肌引っ込まねえ!!ガチで世界一のバンドだよ!!」
ヤッバイ…ッ!音源で擦り切れるほど聴いたあの名曲を、生で、しかもこの距離で浴びるなんて。
『Delete and Zero』の演奏は11年前の○産スタジアムで聴いて以来だったけど、クオリティが下がるどころか、円熟味を増してさらに凶悪に進化してやがった…
しかし、フロアに一曲目の余韻が冷めやらぬ中、彼らは観客に息を継ぐ暇さえ与える気はないらしい。
すかさず、滑り込むように二曲目が始まった。
「!!?!?!?!?!?!?!!!!???!?!????!!!?!!?!????!!!!??!?!????!??!!!!!!?!!?!?!?」
イントロの瞬間、私の心臓は物理的に跳ね上がり、スターリーのフロアの空気が一瞬で、これまでとは違う意味で騒然となった。
「えっ!!?嘘だろ!!!!?」
「ここでコレが来んの!?」
「てかこれ本当に存在してたの!!?」
「序盤から神セトリすぎるわ!!」
後ろをチラッと見ると、音楽に耳が肥えた一部の観客たちが、誰もが信じられないといった表情で、一斉にステージを見つめていた。
驚いているのはフロアの人間だけじゃない。
ふと視線を向けたステージ袖の暗がりでも、信じられないものを見たと言わんばかりの、とんでもない大騒ぎが巻き起こっていた。
「リョウ、リョウ!!これ!!これってアレだよね!!?これ本物だよね!!?」
「マジか………絶対ライブでやらないと思ったのに…まさかここで披露するの……?」
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!マジでサプライズにも程があるでしょ!!?」
虹夏が、ステージを指さしながら小さい子供のように目を輝かせ、アホ毛を大回転させながらピョンピョンと飛び跳ねて興奮していた。
その隣の山田は、限界まで見開いた目をステージに釘付けにしたまま、カタカタと震える唇から信じられないといった表情をしている。
そして二人の後ろでは、リナが開いた口が塞がらないといった様子で驚愕。
それもそのはずだ。
この曲は13年前に発表された、いわゆる未音源化の、あまりにも激レアすぎる限定楽曲なのだから。
二曲目──『
一般のCDショップの棚に並んだこともなければ、主要な配信サービスでサブスク解禁されたことも一度だってない。ネットの海をどれだけ探しても公式の音源はどこにも転がっていない、一部のコアなファンの間でしか存在を認知されていないような隠れた超名曲。
唯一の楽曲入手方法は、当時の5thアルバムの初回盤に封入されていた、応募者限定の抽選特典のみだった。
その当選者だけが、期間限定で開設された特設サイトでひっそりと、一度きりのダウンロードを許されただけの、文字通りの幻の曲。
当たり前だが倍率はバカみたいに高く、ソシャゲの渋すぎるガチャも真っ青な確率だった。そして、私も当然の如くハズレだった…
ライブに至っては一度も演奏されたことがなく、【NEW GLORY】がこれまで世界中で敢行してきた大規模なワールドツアーのセトリに組み込まれたことすらない。
それこそ虹夏が狂ったように愛してやまず、結成以来の全ライブを合わせても片手で足りるほどしか演奏されたことがない『Chase After Your Self!』の激レア度すら、大気圏外まで軽々と置き去りにして超越していく、まさに激レア中の激レア。
世界中の【NEW GLORY】マニアが、一生に一度でいいから生で聴きたいと血眼になって切望し続け、もはや神話の領域にまで昇華されていた幻のピース。
それが今、私のスターリーで実体を持って、激しく鳴らされているのだ。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?『Killer Break』!?マジなの!?マジでマジでマジでマジでマジで!!!?業界内でもデータすら存在しないって噂されてた伝説のやつが、こんな場末のライブハウスで初披露すンの!!?しかも最前で聴けるってどんな奇跡よ!!!?」
さっきまで「私が仕組んだのよ」みたいな、すましたしたり顔をしていたあのぶりっこメルヘンサバ読みライターが、髪を振り乱しながら、限界オタクみたいにめちゃくちゃ大はしゃぎしてやがる。
(つーか、何が場末のライブハウスだよ。ナチュラルに私の城ディスりやがって…殺したろかコイツ)
…でも、コイツがここまで理性を無くしてはしゃぎ倒すのも、今なら一ミリの文句もなく理解できた。
だってライブどころか、音源化もされないこの曲の存在を、ネットの片隅や怪しい噂話の掲示板で、何年も、何十年も探し求めてきた私にとっても、夢でしか見られない奇跡そのものだったから。
……まぁ、ムカつくことには変わりないから、後でドリンク代10倍くらい上乗せして請求してやろ。
NaokIさんの地を這うような重厚なラウドロックのギターリフ。それに呼応するように、重く低く唸るRoÉさんのベースラインがフロアの床を伝って私の腹の底をダイレクトに震わせる。
さらにそこへ、硬質で攻撃的なデジタルシンセが、鼓膜を高速で切り裂くような鋭利なエッジを持って鳴り響いた。
そこに、近未来的なデジタル・エレクトロニックサウンドが音の隙間という隙間に、狂気的な密度で敷き詰められていく。
ラウドロック、エレクトロ、そして地を這うようなヒップホップ。それらが脳内で高度に、かつ暴力的に融合したアッパーチューンが、スターリーの地下で完全に爆発していた。
Kyoyaさんの高速の4つ打ちが床を叩きつけ、そこへ歪んだギターリフが不規則に絡みつきながら、全体を凶暴な速度で駆り立てていく。
Lavielさんの低く呟くようなダークなラップと、強烈なシャウトが交錯するAメロは、鬱屈とした静けさとタメを徹底的に効かせ、焦燥感や反逆の覚悟を表現していた。
メロディの音程をあえて抑え、リズムを少しずらしたアプローチが、聴く者の胸を締め付けていった。
そして──サビのドロップが訪れた瞬間。
ステージの上の【NEW GLORY】のメンバー全員が、示し合わせたわけでもないのに、完全にシンクロして同時に宙へとジャンプした。
着地と同時に、堰を切ったように全ての音が凶悪な質量を持って大爆発した。
そしてLavielさんの突き抜けるような、圧倒的なハイトーンボイスが闇を引き裂いて昇っていく。
切なくも獰猛なサビのメロディが、静寂から一気に濁流へと突き落とすような、あり得ないほどの音圧とカタルシスを生み出した。
少し後ろの前列ではモッシュとダイブの嵐が巻き起こり、曲がブレイクダウンに突入した瞬間、フロアの全員が音に合わせて激しくヘドバンを始める。
視線を少しずらせば、日向とサバ読みライターも、バンギャ顔負けのヘドバンをぶちかましている。一ミリのブレもなく完璧にシンクロしててなんかキモい…
キャパ250人の、ただの狭い地下のハコのはずだった。
なのに、私の眼の前に広がっているのは、まるで何万人もの人間を熱狂の渦に飲み込む、巨大なスタジアムの光景そのものだった。
「すげェ…!まさか生きてる内に『Killer Break』が聴けるなんて思わなかった…!」
私の呟きなんて、一瞬で圧殺された。
フロアは天井が割れんばかりの大歓声に包まれ、観客たちはもはや理性を失って、喉が千切れるほどの絶叫を上げた。
二曲目が終わると、【NEW GLORY】は曲から曲へシームレスに繋ぎ、interludeを流して短いインターバルを挟んだ。
ワンチャンお祝いのMCでもあるかと淡い期待をしたが、それとこれとは別と言わんばかりに無言を貫く。この客に一切媚びないスタンスは相変わらずだな…
──だが、それでこそ【NEW GLORY】だ。
迎合も妥協もしないその頑なさが、たまらなく格好いい。
(……それにしても、去年の東京ドームは本当に特別だったんだろうな…)
【NEW GLORY】の最初で最後のMCとアンコールを生で聴けた虹夏たちが、今更ながら無性に羨ましい。
未練がましい感傷を断ち切るようにinterludeが終わり、青白いベースライトがステージを微かに照らし始めた。先ほどの激しさとは打って変わり、不穏で、けれどどこか神聖なSEがフロアに冷気を這わせる。
ステージのセンターにLavielさんのシルエットが浮かび上がった。彼がゆっくりとお立ち台の上に上がった瞬間、イントロがスピーカーから溢れ出した。
三曲目──『
エモ・ラップ、オルタナティブ・R&B、ハイパーポップ/ ダーク・ポップの3つのジャンルで構成されたそれは、トラップ・ビートの冷たさ、胸を締め付けるエモーショナルなメロディ、そして最先端の電子音響処理が完璧にクロスオーバーしている。
【NEW GLORY】にしか、いや、NaokIさんにしか作れないあまりにも歪で美しいオルタナティブミュージック。
既存の音楽のセオリーなんてハナから眼中にないと言わんばかりの、暴力的なまでの才能の証明だ。
Kyoyaさんが叩き出すスネアの音が、音源の機械的な冷徹さをなぞりながらも、空間を鋭く裂いていく。ライブハウスの空気を物理的に震わせるプロのストロークだ。
そこにRoÉさんのベースが、地鳴りのような低音を滑り込ませる。よくもまぁ…指先ひとつでこれほど巨大な音の壁をコントロールできるものだと感心させられる。
その音の隙間を縫うように、NaokIさんのギターが冷たい光の筋を走らせる。クリーンでありながらどこか歪んだ、寂しげなコード感。ディレイとリバーブの深い残響を纏ったトーンが、スターリーのフロアを満たしていった。
その完璧に構築された音響空間の真ん中で、Lavielさんがマイクに声を乗せた瞬間、フロアの空気が目に見えて張り詰めた。
オートチューンが施されたその声は、冷たいデジタルの膜を纏っているはずなのに、驚くほど生々しく、泣き出しそうなほど震えて鼓膜に刺さる。
青白いライトに照らされたLavielさんは、まるで自身の傷口を自らなぞるように切なく、そして信じられないほどシルキーな声でメロディを紡いでいく。
(本当に、とんでもないフロントマンだよ…)
そして、楽器隊のアンサンブルはここ一番で完璧な「引き算」を見せた。音がブレイクし、一瞬だけKyoyaさんの刻む冷たいハイハットと、NaokIさんの消え入りそうなギターの残響だけが取り残される。
その完璧に計算された静寂の中で、サビのファルセットに移行する瞬間、Lavielさんの声が悲痛に跳ね上がった。
彼の喉から絞り出される美しくも痛々しい高音が、この地下の天井を突き抜けて、夜空まで届いていくかのようだった。そのメロディはあまりにも美しくて、私の鼓膜にこびりついて離れない。
ラスト、余韻を残すようにビートがフェードアウトしていく。デジタルとアナログの境界線を完璧に融解させた演奏の終わり。
Lavielさんのシルエットが深いスモークの向こうへと溶けていき、完全に音が止まった。
一瞬、誰も息ができないような完全な静寂。次の瞬間、それを叩き割るような、割れんばかりの拍手と歓声がフロアを埋め尽くした。
「あああああ!!ラヴィィィィィ!!」
「うぅ…カッコいい…♡好きぃ…♡♡」
「ヤバい…涙止まらん…カリスマ性半端ない…」
「この曲、個人的に一番好きかも…なんか心にクる…」
気がつけば、涙を拭うファンの姿があちこちに見える。
まさかうちのハコで、これほどのものを見せつけられるとはな…
「あぁぁぁああぁあぁぁ!!!!♡♡♡♡♡まぢ無理無理無理無理無理無理無理無理無理死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!♡♡♡♡♡♡♡♡♡ラヴィ様が尊すぎて全細胞が限界突破して無理ぃ〜〜〜!!!!♡♡♡♡♡歌声が神なのは世界の真理なんですけどぉ、さっきのオートチューンがかかったお声なんてデジタルの冷たさとラヴィ様の生の感情が奇跡の融合を果たしてて天界の音楽かと思いましたぁ~~~!!!!!♡♡♡♡♡♡でもそれ以上に顔面が宇宙の奇跡すぎますぅ〜〜〜!!!!♡♡♡♡♡♡♡さっきのマイクのコードが舞った瞬間のラヴィ様の切れ伏した横顔、尊すぎて網膜に焼き付いて離れない〜〜〜!!!!!♡♡♡♡♡♡♡美の暴力でえれの命が刈り取られそうですぅ〜〜!!!!!!♡♡♡♡♡♡しゅきしゅきのメロメロすぎて心臓爆発して粉々になるぅ~~~!!!!!!♡♡♡♡♡♡♡ラヴィ様をメインの展示物として今すぐルーヴル美術館に強制収蔵して、未来永劫国家予算で手厚く保護してほしい~~~!!!!!!♡♡♡♡♡♡♡はぁ〜〜無理!♡♡本当に無理!!!♡♡♡もう存在自体が尊すぎる〜〜〜〜!!!!♡♡♡♡♡♡♡ラヴィ様のビジュメロすぎて完全優勝ですぅ~~~~~~!!!!!!!!♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきめろりィィィィィィィィ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」
私が余韻に浸ってる隣から、鼓膜を直接つんざくような、この世の終わりみたいな怪鳥の叫び声が聞こえてきた。
言うまでもなく日向だ。
コイツはさっきから大号泣しながら、ステージのLavielさんだけに熱視線を固定して、さっきから1ミリも中身のねェ戯言を抜かしてやがる。
……つーか、マジで顔の話ばっかだなコイツ。
そりゃLavielさんのビジュアルが良いのは分かるが、こちとらプロの極上の引き算のアンサンブルに感動してンだよ。
ライブの楽しみ方は人それぞれだけどさ…なんかこう、薄っぺらくて嫌だな……今なら山田の気持ちが少しわかるかも…
───
──
─
それからは、良くも悪くも脳汁が出すぎて頭がおかしくなりそうな時間が続いた。
全編シャウトとデスボイスのみでフロアを殴りつける苛烈なメタルコアと変拍子を織り交ぜたポスト・ハードコアの楽曲へ。さらにバンド最大の知名度を誇るキラーチューン『Mirror』がドロップされると、会場のボルテーションは完全に臨界点を突破した。続く『Chase After Your Self!』のイントロが鳴り響いた瞬間、フロアから地鳴りのような大歓声が巻き起こる。
ふとステージ袖に目をやると、虹夏のやつが我が事のようにキャッキャと大はしゃぎして飛び跳ねていた。
あいつホントにこの曲好きだな…可愛い。
──なんて、愛すべき妹の姿に目を細めていたのも束の間。気がつけば、私の元バンドマンとしての血が完全に沸騰していた。
気がついたらモッシュピットのド真ん中へ突っ込み、容赦のない音圧に揉まれながら、流れるようにダイブの海へと身を投じていた。
見ず知らずの客たちのノリと、お互い様と言わんばかりの阿吽の呼吸でリフトされ、ステージの光を頭上から浴びる。冷静なライブハウス店長としての仮面はどこへやら、完全に年甲斐もなく大はしゃぎしてしまっていた。
……で、賢者タイムならぬライブ終了間際タイムである。
真冬だというのに全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出し、熱くなった肌はびっしょびしょ。
汗が胸の谷間を伝い、汗を吸いきった下着が重く湿って肌に吸い付き、身体中にベッタリと張り付いて気持ち悪い。
けれど、かつて自分がステージの上でバカみたいに楽器をかき鳴らしていたあの頃の記憶がフラッシュバックして、楽しさのメーターだけは完全にカンストしていた。
……しかし、現実はいつだって非情だ。
もう31歳。私のガタがきた肉体は、とっくにライフがゼロになってヘトヘトを通り越して消滅寸前だった。
明日辺りに時間差で襲いかかってくるであろう凄まじい筋肉痛を想像して、早くも涙が出そうになる。
(やっぱ普段から運動した方がいいな、割とガチで。……それにしても、10代〜20代の頃はどれだけ動き回っても翌朝にはケロッとしてたのに……やっぱ三十路って辛ェわ…)
だが、どんなに最高の時間であっても、永遠には続かない。
タイムテーブルから逆算しても、次が泣いても笑っても最後の曲だ。
せっかく虹夏たちがサプライズを用意してくれて、周りの客も最前列を譲ってくれたんだ。
もう暴れる体力は残っていないし、ここは一ファンらしく、最後の一曲は彼らの鳴らす音をこの五感全てでじっくりと噛み締めながら聴くことにしよう。
そして、一瞬の静寂を切り裂いて、本当のラスト一曲が始まった。
───あ。
この曲は………
◆
【NEW GLORY】の全てのセットリストが終了した瞬間、スターリーの狭い地下フロアから、今日一番の圧倒的な大歓声と賞賛の咆哮が湧き上がった。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
「ぎゃああああああああああああああ!!!!!!」
「よかった!!!ガチで生きててよかった!!!!」
「わあああああああああああん!!!!!!」
「凄かった…!【NEW GLORY】初めて聴いたけど、全部カッコ良すぎる!!」
「あたしも名前だけは知ってたけど、死ぬほど演奏神だった!!帰ったらCD全部買お!!」
「音圧で内臓ちぎれるかと思ったわ!これが本物のプロのライブかよ…!」
「マジで来てよかった…!セトリ神すぎて、もう明日死んでも悔いはないわ…!」
「ねぇ待って?これ本当にチケット代2000円でいいの?20万の間違えじゃないの!?」
「いや絶対桁間違えてるわ!!今すぐ物販に賽銭箱置いてくれ!!!ガチで貢ぎたい!!」
「今更だけど破格にも程があるよね?こんなん実質タダじゃん……運営バグってんの?」
「2000円でこれ見せてくれるとかエグすぎるわ!!」
「アンコール!アンコール!アンコールゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
「お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!もっかい『Killer Break』聴かせてェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!!!!興奮しすぎて記憶ほとんどないのォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!」
「カムバック!カムバック!カムバァァァァァァック!!!!アアアアアアアア!!!行かないでぇぇぇぇ!!!!」
「てかスタジアムクラスのバンドがこんな至近距離で観れるとか、マジで一生分の運使い果たしたわ!!」
「NaokIさんの手元が肉眼で見えたんだけど!?ヤバい、マジで手の震え止まんない!」
「Lavielさんの歌唱力エグすぎて鳥肌立ったわ…」
「RoÉさんのベースソロの時フロアが物理的に揺れてたよね!?スターリーの床抜けるかと思った!」
「Kyoyaさんのツーバスの連打マジで最高だった!」
「………っていうか、結局なんで【NEW GLORY】みたいな大物がスターリーに出演したんだろ?」
「確かに。ライブ始まったら興奮してそれどころじゃなかったけど、普通にありえないよな?」
「まぁ、ラストで【結束バンド】がステージに出るから、MCとかで事情を説明すンじゃね?」
「【結束バンド】が【NEW GLORY】を呼んだってコト!?どんなコネだよ!?強すぎるだろ!!」
(……ジカちゃん達、【NEW GLORY】の事どう説明するんだろ?)
(確かに…ひとりちゃんのコネって言うわけにはいかないだろうし。いやでも、流石にその辺のカバーストーリーは用意してるんじゃない?)
フロアの至る所から地鳴りのような拍手喝采が巻き起こり、ある者は言葉を失って大号泣し、またある者は裂けんばかりの声でアンコールを求め続ける。
チケットの価格設定のバグに頭を抱える者、興奮のあまり記憶を飛ばして同じ曲を再要求する者、各メンバーの超絶技巧に脳を焼かれて震えが止まらない者。
興奮と感動、そして一筋縄ではいかないプロの音楽の余韻が渾然一体となり、場内は完全にカオスな狂乱状態へと陥っていた。
だが、あれほど凄まじい奇跡の演奏を成し遂げた張本人である【NEW GLORY】の4人は、最後まで客席に媚びるような素振りを一切見せなかった。
楽器の残響だけをステージに残し、何一つ言葉を発することなく、淡々と、そして速やかに暗転したステージ袖の闇へと消えていった。
客電が点き、現実の照明がフロアを照らし出す。次のバンドへの転換作業が始まり、ステージには再び重い黒幕がかけられた。
だが、フロアの熱気は一向に下がる気配を見せない。
衣服の隙間から立ち上る無数の湯気と、限界まで高まった興奮の粒子が、スターリーの空間を濃密に満たしていた。
客たちは誰もが上気した顔で、先ほどの奇跡のような時間を一瞬たりとも忘れたくないとばかりに、感想を語り合っている。
そんな熱狂の坩堝と化した最前列で、神の演奏をこれ以上ない特等席で拝んでいたぽいずん♡やみ、大山猫々、日向恵恋奈の3人も、ギャーギャーと鼓膜が震えるほどのテンションで興奮を爆発させていた。
「【NEW GLORY】めちゃくちゃ凄かったですね!!!!ウチ、チックトックとかのショート動画の曲しか知りませんでしたけど、マジで人生変わるレベルでテンション上がっちゃいました!!!!特にNaokIさんのギタープレイなんてヒッピー先輩と同じくらい目立っててカッコよかったです!!!!!」
「猫々てゃ分かってる~~!!♡♡はぁ~~~♡♡♡ラヴィ様最高に尊かったぁ~~~!!!!♡♡♡♡ビジュがメロすぎて心臓麻痺で死ぬかと思った~!!!♡♡♡♡♡とりあえずラヴィ様と完全おそろのマイクポチろ~~♡♡♡♡♡…………あの~ライターさ〜ん。ラヴィ様が使ってたマイクのメーカー教えてくれませんかぁ~?」
「LEWITTだけど──」
「ありがとうございます~!ルウィット?ですね!」
「ちょっと最後まで聞きなさいよ!ラヴィさんが使ってたあの有線マイクは特注の完全オーダー品だから、市販じゃ絶対に売ってないわよ。本体からあの真っ白な超ロングケーブルまで染め上げられた特別仕様なんだから。あのレベルの特注カスタムマイクなら、一本100万はくだらないわよ」
「そんなッ!!!?えれの生きる希望がッッ!!!!?ラヴィ様との実質ペアリング計画がッッッ!!!!!?」
「残念だったわね。…それより、マジで今日のセトリは神すぎたわ~♪ステージ袖で関係者面して眺めるのも乙だけど、やっぱ最前のゼロ距離で見るに限るわね~☆あ~やばい!ライターの血が騒ぐ!今すぐノートPC開いて記事にしたい!インスピレーションがマジで大洪水起こして止まんないんだけど!!」
やみが弾丸のように言葉をまくし立てていたその時──ふと、隣にいるはずの星歌に目を向けた。
「ちょっとアンタ、さっきから何黙ってンのよ?もしかしてあまりの神演奏にまだ脳味噌溶けて余韻に浸って……って、あれ?」
そこにあるはずの影はなかった。
いつの間にか、星歌の姿が綺麗さっぱり消え失せている。
「どこ行った?ねぇアンタたち。あのツンデレ店長がどこ行ったか分かる?」
「えっ?すみません~全然見てないです~」
「あっ!!!コーチならさっき物凄い真剣な顔してスターリーから出て行きましたよ!!!!」
「はぁ?このあとあいつの元バンドの出番なのに?…着替えにでも行ったのかしら?」
やみが呆れたように肩をすくめていた、その頃。
星歌は、スターリーが入っているビルの3階にある自宅へ駆け込んでいた。
肩で息を荒く乱しながら、リビングを通り抜け、自身の部屋のドアを開ける。
部屋の特等席であるギタースタンドには、彼女の愛機が凛とした佇まいで鎮座していた。
バンドを辞めたからといって、音楽への情熱まで捨てたわけじゃない。
ライブハウスの仕事の合間、ほんの僅かな空き時間を見つけては、彼女は毎日のようにこのギターを抱き、爪弾き続けてきた。
埃ひとつなく、金属パーツからボディに至るまで、今すぐにでもステージで悲鳴を上げられるほど完璧にメンテナンスされた、現役バリバリの相棒だ。
自分の青春の全てだった【NEW GLORY】の音が、あのNaokIの凶暴なギターリフが、彼女の内に眠っていた熱を、今も決して消えることのなかったバンドマンとしての魂を、完全に沸騰させてしまったのだ。
「…………ふぅ……」
愛機のネックを握りしめた瞬間、手のひらからジリジリとした心地よい緊張感が全身に伝播する。
31歳の、さっきまでヘトヘトだの消滅寸前だのと言い訳していたはずの肉体に、理屈抜きのドス黒い音楽の衝動が、血液の巡りとともにみるみると満ちていくのが分かった。
明日、身体がどれだけ悲鳴を上げようが、今の星歌にはどうでもよかった。
星歌は、いつでも戦場へ赴ける現役のギタリストとして、愛機を頑丈なケースに収めて力強く背負った。
ふと鏡に映る自分の顔を見ると、そこにはライブハウスの店長ではなく、かつて下北沢のステージを圧倒的なカリスマで支配していた、一人のプレイヤーの眼光があった。
「………よし。久しぶりに、思いっきり暴れるか…」
フッと不敵な笑みをこぼしてそう呟くと、星歌は愛機を背負い、再び戦場である地下のスターリーへと、迷いのない足取りで自宅を後にした。
今回も見てくれた方ありがとうございました!
正直えれちゃんの怪文書書いてる時が一番楽しいです。
そしてぼっちパパの愛機は元ベガスのSxunさんのワンオフモデルにしました。
次回は星歌のバンドの演奏になります。
またネタ切れしたんで考えてきます。
…早く次の話更新しなきゃ居場所が…!ハーメルンでの居場所がなくなる!!