応援してくれたみなさん、本当にありがとうございます!
それではどうぞ
直樹は、豪邸の地下スタジオに籠もっていた。
広大な防音室は、プロのレコーディングスタジオを凌駕する設備が揃い、壁一面にモニターと機材が並ぶ。
中央のデスクに座り、ヘッドホンをかけ、DAW(Digital Audio Workstation)の画面を睨む。
ここ数日、【SICK HACK】とのコラボで得たインスピレーションが爆発し、新曲のアイデアが止まらなかった。
きくりとの共同作業は、予想以上に刺激的だった。
きくりが持ち込むサイケデリックな浮遊感と、【NEW GLORY】の「脳に衝撃を与える」ダイナミクスがぶつかり合い、予想外の化学反応を起こした。
そこから、NaokIは新たなジャンルへの扉を開いた。
例えばパイプオルガンの荘厳な響きをイントロに取り入れ、讃美歌のようなコーラスを重ね、そこにトランスの反復性とダンスミュージックのキラーチューン的なシンセを融合。
フレンチコアの狂った高速キックをブレイクダウンに忍ばせ、オーケストラのストリングスをレイヤーして壮大さを加えつつ、NaokIらしい「一度聴いたら頭から離れない」メロディで締めくくる。
きくりとの制作は、毎回「これ、ヤバいかも」と言い合える楽しさがあった。
直樹は、メンバー全員に「僕たち、また新しいジャンルを作ってる気がする」と語り、【NEW GLORY】のメンバーも目を輝かせていた。
◆
直樹は久しぶりのオフを満喫していた。
と言っても、完全にオフモードにはなれなかった。
リビングのソファに胡坐をかいて座り、その上にノートPCを置いている。
美智代はキッチンで夕飯の準備をし、ふたりはジミヘンと遊んでいる。
ひとりは自分の部屋でなにか慌てふためいていたが、誰も気にしなかった。
直樹はワイヤレスイヤホンを片耳だけ外し、家族の声を聞きながらDAWの画面を睨んでいた。
頭の中では、新曲の骨格が形になりつつあった。
【SICK HACK】とのコラボで得たインスピレーションが止まらなかった。
指がキーボードを叩き、MIDIノートを打ち込んでいく。
「このパイプオルガンの低音に、トランスのキックを重ねたら……」
直樹は無意識に呟きながら、画面にオーケストラのストリングスサンプルをインポートした。
荘厳なバイオリンとチェロのレイヤーをイントロに配置。
静寂から始まるポストハードコアの内省的な雰囲気を作りつつ、徐々にビルドアップ。
【NEW GLORY】のボーカルトラックを読み込み、オートチューンを適用。
ピッチを滑らかに整えつつ、元の情感豊かな揺らぎを残す。
「ここを少し加工……でも、ボーカルの強みを殺さない。調和させて、昇華させる」
クリーンとスクリームの切り替えがよりクリアでキャッチーになりながら、人間味を保つ。
ビートを強めに設定。
キックは重く、ハイハットはシャープに刻む。
ドロップパートでは、トランスコア風のビルドアップを挿入。
シンセのレイズアップ音を積み重ね、緊張を高め、一気に爆発。
フレンチコアの高速キックを忍ばせ、ダブステップのワブル低音を加える。
「ドロップで脳に直撃……インパクトを最大に」
ラウドロックの重みを、エレクトロニックのビートに溶け込ませる。
オーケストラのストリングスが、サビでラウドロックのギターリフと融合。
NaokIのシグネチャーギターサウンドをレコーディング。
脳に衝撃を与えるメロディラインを、クリアでキャッチーに仕上げる。
スクリーモの叫びとオルタナの歪みを混ぜ、ストリングスがそれを包み込む。
お互いの特徴を殺さずに昇華──エレクトロニックのビートがラウドロックの重みを増幅し、オーケストラの荘厳さが全体をドラマチックに引き上げる。
ある程度、曲全体の骨組みが出来上がった。
そこで、美智代がキッチンから声をかけた。
「みんな〜夕飯できたわよ〜!」
「今行く!」
「おかーさん、今日のごはんなにー!」
「今日はハンバーグよ〜。いっぱい作ったから、好きなだけ食べていいわよ〜」
「やったー!ハンバーグ大好きー!」
「ふふっ。じゃあ持ってくるから、いい子に座っててね〜」
直樹はワイヤレスイヤホンを外しノートPCを閉じて、笑顔で振り返った。
そして、ふたりがジミヘンを連れて駆け寄ってきた。
「おとーさん、なにしてたの〜?またおうた?」
「ワン!」
直樹はふたりを抱きしめ、ジミヘンの頭を優しく撫でた。
「うん、新しいお歌を考えてるんだ。それも飛び切りかっこいいのを」
「すごーい!おとーさんがんばって!」
「ワンワン!」
ふたりはキャッキャと笑い、ジミヘンも尻尾を振る。
そんな時、階段から降りてきたひとりがリビングに入ってきた。
いつも通り少しうつむき加減で、手元に5枚のチケットをいじりながら。
「みんな……聞いてほしいことがあるの」
直樹はひとりに振り返った。
美智代もキッチンから顔を出し、ふたりはジミヘンと遊んでいた手を止めた。
「ん? どうしたひとり」
ひとりは深呼吸して、言った。
「今月スターリーで…結束バンドの初ライブがあるんだ。…みんなで来てほしいんだけど…どうかな……?」
一瞬、リビングが静まり返った。
だが、すぐに家の中は盛り上がった。
「ライブあるのか!?もちろん行くよ!!……うぅ…遂に娘がロック史に名を刻むのか…」
「ライブ?あら〜すごいわね、ひとりちゃん!私もライブ楽しみ!」
「おねーちゃんすごーい!」
「ワンワン!」
直樹は胸が熱くなった。
美智代も笑顔で頷き、ふたりはジミヘンに抱きつきながらキャッキャと笑い、ジミヘンは尻尾を振って鳴いた。
娘の初ライブ。
家族で応援に行く──想像しただけでワクワクした。
ひとりは少し照れくさそうに、でも嬉しそうに続けた。
「えっと……今度の○日の金曜日、夕方から。みんなで来てくれたら…嬉しい」
直樹はすぐにスマホのスケジュール帳を確認した。
「……………待ってくれ」
胸がずしりと重くなった。
その日は、【NEW GLORY】のJAPAN TOUR。
福岡のアリーナ公演の前日だった。
九州最大級のアリーナを埋める、【NEW GLORY】のメインステージ。
数ヶ月前からスケジュールが確定していて、前日入りが必要。
リハ、機材チェック、スタッフミーティング……全てが詰まっている。
直樹はスマホを握りしめ、声が少し震えた。
「……ひとり、ごめん。その日はアリーナツアーの福岡公演の前日なんだ。僕も現地入りしなきゃいけなくて……行けない」
ひとりの表情が、ぱっと曇った。
「……そっか……無理だよね……」
美智代もため息をつく。
「私もふたりを連れて行きたいけど、5歳じゃライブハウスに入れないわよね。ジミヘンは犬だから論外だし…そもそも犬の過敏な聴覚でライブハウスに行ったら耳が壊れちゃうわよ」
「えぇ〜!つまんなーい!ふたりも行きたい〜!」
「ワンワン!」
「うぅ…!!せっかくの娘の晴れ舞台に……なんで僕は行けないんだ…!!!!」
「あ〜おとうさんないてる〜!」
直樹は胸の痛みが顔に出て、涙が溢れた。
ふたりは無邪気に笑い、ジミヘンもワンワン鳴いてじゃれつく。
ひとりはボソボソと、トチ狂ったことを呟いた。
「……母、母、母、母、母……お母さんが分身すれば、ワンチャン………」
混乱している様子だった。
直樹は苦笑しながら、ひとりをフォローした。
「ひとり、みんなで行けなくてごめんな。でもお母さんが友達呼んでくれるかもだぞ」
「そうね。お母さんのお友達音楽好きが多いから、誘ってみようか?」
ひとりは突然、顔を上げた。
そして──奇声を上げて発狂した。
「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!お母さんの友達なんて……やだやだやだ!!!そんなの……私ぼっちなのに……友達の友達みたいなの……絶対気まずい!!!うわあああああああ!!!」
ひとりは両手で頭を抱え、くるくる回りながら叫ぶ。
プランクトンみたいに体を縮め、床に転がり、最終的にツチノコになったあと、部屋の隅で震えた。
ふたりはそれを見て、キャッキャ笑った。
「お姉ちゃんだれもお友達いないもんね〜!あはは!」
ひとりはピタッと動きを止め、すごい形相でふたりを睨んだ。
「おっお姉ちゃん話さないだけで学校に沢山いるんだよ…?」
「え〜!うそだ…「冗談でもそんな事いっちゃだめだよ…人の痛みがわかる子になりなさい…」
「ご、ごめんなさい…」
ふたりはびっくりして、ジミヘンに隠れた。
ジミヘンはワン! と鳴いて、ひとりを慰めるように近づく。
美智代は笑いながら、ひとりの頭を優しく撫でた。
「まあまあ、ひとりちゃん。無理に友達呼ぶのはやめようか。お母さんが一人で行くわよ」
ひとりは変な見栄を張って、顔を赤らめた。
「い、いいよ……一人でがんばるから…!…それとご飯はあとで食べる…!」
そう言ってひとりは階段を駆け上がり、自室に閉じこもった。
ドン! とドアの閉まる音が響く。
直樹はため息をつき、椅子に座り込んだ。
美智代が心配そうに寄り添う。
「ひとりちゃん…落ち込んでたわね」
「あぁ。…娘の初ライブに行けないなんて……僕、何やってんだろうな」
ふたりが「おとうさん、がんばって!」と励ます。
ジミヘンが尻尾を振って、直樹の膝に飛び乗る。
直樹は心の中で誓った。
(ひとり……お父さん、何かできることがあれば……力になるよ。陰ながら応援してるからな)
家族の団欒は、少し切ない余韻を残しながら続いた。
夕飯後、直樹は再びノートPCを開き新しいフレーズを生み出した。
それは、娘へのエールになるようなメロディだった。
◆
直樹はスタジオを出て、深く息を吐いた。
ここ数日、頭の中に新しいフレーズが次々と浮かび手が止まらなかった。
すでに50個近くのフレーズとネタのストックが貯まり、【NEW GLORY】の次のアルバムの骨格が見えてきた。
「外で息抜きしながら…フレーズ考えるか…」
直樹は軽く変装をした。
キャップを深く被り、サングラスをかける。
いつものレスポールカスタムは置いて、Schecterのギターをケースに入れ担いだ。
今日はオフ。家族にも「ちょっと散歩してくる」とだけ言って家を出た。
金沢八景。
地元に近いこの街で、今日は「花火大会」が開催されていた。
夏の夜空に花火が打ち上がる小さな祭り。
提灯が揺れ、屋台の匂いが漂い、人ごみが賑わっている。
直樹は人混みに紛れながら、ゆっくり歩いた。
花火の音が遠くで響き、子どもたちの歓声が聞こえる。
そんな中、広場の片隅で聞き覚えのあるギターの音がした。
「……ん?」
目を凝らすと、そこにいたのは──娘のひとり。
ギターケースを足元に置き、ビラを握りしめて縮こまっている。
隣には、廣井きくり。
きくりはすでに酔っぱらっていて、フラフラしながらベースをチューニングしてた。
直樹は一瞬、立ち止まった。
(ひとりが路上ライブ? しかも廣井さんと?)
周りに人がほとんどいなかった。
直樹は自然に近づき、穏やかに声をかけた。
「ひとり? こんなところで何してるんだ?」
ひとりはびっくりしてギターを抱きしめた。
「おっお父さん……!? え、家で作業してたんじゃ…?」
「Na──……!?」
きくりは直樹を見て目を丸くし大声が上がりそうになるが、慌てて口を押さえ瞬時に察した。
しかし次の瞬間、きくりはひとりと直樹を交互に見て、口をぽかんと開けた。
「……え? ひとりちゃん……お父さんって……NaokIさん!?マジで!? 親子!?」
直樹は慌てて周りを見回し、小声で制した。
「しっ!ここだけの話にしてくれ。変装してるけど……バレたら大変だ」
きくりは小声になりつつも興奮を抑えきれず、両手で口を覆った。
「うわ……うわああ……!……ひとりちゃんのお父さんが……NaokIさんだったの!?信じられない……!」
ひとりは顔を真っ赤にして縮こまった。
「お、お父さん……お姉さんには……内緒に……」
直樹は苦笑いしながら、ひとりに優しく言った。
「大丈夫だよ。ここにいるのは僕たちだけだ。それより、どういう経緯で知り合ったんだ?」
「えっと……私ビラ配りしてて……お姉さんが酔って倒れてて…助けたら、親しくなって……それでライブのチケット売れなくて困ってると話したら、お姉さんが『路上ライブで宣伝しよう!』って……」
「そう! 私、酔ってるところをひとりちゃんに助けてもらって……恩返しで一緒に演奏して宣伝する作戦!」
直樹は静かに頷いた。
娘の初ライブが、こんなピンチに陥っている。
胸が熱くなった。
「……僕も参加していい?」
ひとりときくりが同時に固まった。
「おっお父さん!?」
「え、ほんとに!?」
「娘のピンチに駆け付けない薄情な親ではないよ。それに今回僕はリズムギター担当するから、ひとりよりでしゃばることは絶対しない」
「で…でも、正体がバレたら…」
「……おっ!ちょっと待ってて…」
直樹は近くの露天で売っていたお面を買いに行った。
祭りの定番、安っぽい鬼のお面。
「これで隠せばいいだろ?」
「え…でも、私の問題なのに……もしバレたら…お父さんに迷惑が………」
ひとりはパニックになりかけたが、直樹は優しく頭を撫でた。
「迷惑なんかじゃないよひとり。僕は父親だ。ひとりの音楽を支えたいんだ。ひとりがステージに立つ姿を近くで見たい……それだけだよ」
「……お父さん……」
面の下で、優しく微笑んだのがわかった。
マスク越しでも、目が優しい。
そんな直樹の心配りに、ひとりの目がうるっとした。
そこできくりが、酔った勢いで横から割り込んだ。
「ひとりちゃん怖いならさ、目を瞑って弾けばいいよ!私も昔ライブでビビって目つぶって弾いてたことあるし、目閉じれば誰も見えないから楽チンだよ〜!」
「うう……でも……」
それでもひとりは首を横に振る。
だが直樹が静かに、でも力強く言った。
「ひとり。目の前にいる人は闘う相手じゃない。
敵を見誤るなよ」
ひとりはその言葉にハッとした。
直樹はギターを構えながら、続けた。
「ここにいるのは家族だ。廣井さんも味方だ。お前はただ自分の音を信じて弾けばいい。僕たちは、お前の音を最大限に引き立てるだけだ」
「あ〜ズルい!それ今、私が言おうとしたのに〜!」
「はは!早いもん勝ちだよ!」
ひとりの胸が、熱くなった。
自分の後ろにはこんな頼もしい父親がいると、心が軽くなった。
「……うん……」
ひとりはギターを握り直した。
◆
ひとりは鬼のお面をかぶった直樹を前に、ギターを抱きしめて固まっていた。
花火大会の提灯の明かりが揺れる中、祭りの喧騒が遠くに聞こえる。
直樹がギターを構え、きくりがベースを肩にかける。
指が弦に触れた瞬間、心臓が喉まで上がってきた。
(お、お父さんが……私の音に合わせて……本当に弾いてくれるの……?)
「……よし、いくか」
「それじゃはじめますね〜!曲はこの子のバンドのオリジナル曲で〜す!」
ひとりは深呼吸して、イントロのアルペジオを弾き始めた。
指が震えて、最初は音が少し掠れた。
でも、次の瞬間──父の…NaokIのギターが入ってきた。
NaokIは数秒音源を聴いただけで、完璧にリズムパートを把握していた。
Schecterの重厚なボディから生まれる音は、ラウドロック特有の重みと厚みがあった。
低音が効いたパワフルなリフが、リードギターを土台から支える。
コードを刻むたびに地面を震わせるような低音が響き、ひとりの繊細なメロディラインを決して埋もれさせない。
むしろ重厚なリフが土台となり、ひとりの音を「浮かび上がらせる」ように鳴っていた。
そしてピッキングは、NaokIらしい──脳に衝撃を与えるような、でも今日は優しい。
ひとりのメロディに寄り添いながら、微妙なハモりを加えて音に厚みと深みを出す。
静かなパートでは繊細に、サビでは力強く、でも決して前に出ない。
Schecterの太いトーンがラウドロックの重みを最大限に活かし、ひとりの音を「守る」ように包み込んだ。
(お父さんの音…こんなに重くて……でも優しい……私の音を、こんなに大きくしてくれる……)
次に、きくりのベースが入ってきた。
きくりは酔っているのに、驚くほど正確。
【NEW GLORY】とのコラボを終えて、数段上のレベルに到達していた。
歪んだ低音がサイケデリックなうねりを描きながら、ひとりのギターに絡みつく。
即興なのに完璧にタイミングを合わせてくる。
フレンチコア的な高速フレーズを忍ばせつつ、【SICK HACK】らしいトリッピーな浮遊感を保ち、全体を空間的に広げていく。
きくりのベースは、ひとりとNaokIの音を「繋ぐ」橋のようだった。
重厚な低音がSchecterのリフと共鳴し、ひとりのリードをさらに際立たせる。
二人の音は、安定感がすごい。
プロすぎる。
完璧すぎる。
(お父さん……お姉さん……ありがとう……でも、私……お客さんに笑われてないかな……?私の音だけ浮いてるかも…恥ずかしい…顔上げられない……)
ひとりはますます縮こまり、視線を地面に落とした。
不安が胸を締めつける。
NaokIときくりの演奏に感謝しつつも、自分だけが足を引っ張っている気がして、涙が出そうになる。
その時──
「がんばれ〜!」
女の子の声が、耳に届いた。
客席の前にビラを握りしめた女の子が、心配そうにこちらを見ている。
(えっ…)
「ちょっとあんた何言ってんのよ」
「なんかギターの女の子、不安そうだったからつい…」
(心配してくれてる…?)
ひとりは、急に胸が熱くなった。
(……応援……されてる……?私……笑われてない……?)
頭の中で、何かが弾けた。
(そうか…初めから敵なんかいない。私、勝手に自分で壁を作ってたんだ…お父さんも、お姉さんも、あの女の子も……みんな味方だ……!)
ひとりは、ゆっくりと顔を上げた。
ギターを握り直し、深呼吸。
そして──ギターヒーローの片鱗が、現れた。
指が、弦の上を滑るように動き始めた。
いつもの練習では出せなかった、感情の乗ったピッキング。
速いパッセージも、正確で、でも心がこもっている。
NaokIの重厚なリズムギターに、きくりのベースに、絡みつくように。
音が、完全に一つになった。
NaokIは鬼のお面の下で、口角が上がる。
きくりも、ニヤリと笑ってベースを弾き始めた。
二人は、ひとりのボルテージが上がったのを感じ取った。
NaokIのリフがより力強く、でも優しく支え始める。
きくりのベースがサイケうねりを加速させ、全体を押し上げる。
三人のグルーヴが、完全にフュージョンした。
ひとりのリードが主役となり、NaokIの重厚なリズムが土台を固め、きくりの低音が空間を埋め尽くす。
音が、高みへ昇華される。
気がつけば、周りは人で一杯になっていた。
祭りの客たちが、自然と集まってくる。
騒ぎを聞きつけた警察でさえ、いつの間にか足を止めて、三人の演奏を魅入っていた。
曲が終わった瞬間──爆発的な歓声の嵐が巻き起こった。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「すげぇ!!」
「ねぇ!すごくかっこよかったよね!?」
「わかる!あの三人!めちゃくちゃすごかった!!」
「最後の演奏のとこ、マジで鳥肌立ったわ!」
「路上ライブ初めて見たけど、かっこよかった!!」
「生のギターとベースの演奏って、こんなにヤバいんだ…!」
「もっかい!もっかい最初から見たい!」
「アンコールアンコール!」
「巡回中にいいもの見れたな~………はっ!」
ひとりは、呆然としていた。
直樹が、鬼のお面の下で微笑んでいるのがわかった。
きくりが「やったねー!」とハイタッチを求めてきた。
そこで、演奏に魅入ってた警察が、ようやく注意してきた。
「そこの人たち〜 ここでのライブはやめてくださーい!」
「あっごめんなさーい」
「それじゃあ片付けようか」
三人とも慌てて撤収。
直樹はお面を被ったまま、静かにギターをケースにしまった。
その時、女の子二人がビラを握りしめて近づいてきた。
「あの〜チケット買ってもいいですか?」
「えっあっはい!」
「初めて生でライブ見たけど、凄くよかったです!」
「ライブも頑張ってください!」
「あっはい 頑張ります…」
チケットを2枚売り女の子たちが帰った後、きくりが財布からお金を出した。
「残りの2枚、私が買うよ」
「えっ…2枚もいいんですか?」
「私のとこのバンドメンバーに渡すから。ライブ楽しみにしてるね」
「あっはい!」
「私は普段、新宿拠点に活動してるんだ。また会おうね。ばいばい ひとりちゃん」
きくりそう言って、ひとりの頭をポンポンと優しく撫でながら帰っていった。
◆
ひとりはギターケースを背負い、直樹の大きな手を握っていた。
鬼のお面を外した父の手は温かくて、少し汗ばんでいた。
花火大会の喧騒が遠ざかり、夜の街路灯が二人を優しく照らす。
ひとりは小動物のように父の手をぎゅっと握り、足音を揃えて歩いた。
祭りの余韻がまだ胸に残っていて、足取りが軽い。
でも興奮が冷めると同時に、恥ずかしさがどっと押し寄せてきた。
「お、お父さん…今日は……ありがとう」
直樹は足を止め、娘を見下ろした。
優しい笑顔で、頭をそっと撫でる。
「ひとり、今日は本当によく頑張ったな」
「お父さん…」
「初めての路上ライブで、あんなにたくさんの人を集めて……お父さん感動したよ。お前のギター、すごく良かった。最初は緊張してたけど、途中から──いつもの演奏に戻ったな」
直樹の言葉にひとりは顔を真っ赤にして下を向いた。
「…うう……そんな……私なんか……お父さんとお姉さんがいてくれたから、なんとか……」
「お父さんのリズムギターがすごく安定してて…重くて、でも優しくて……私の音をちゃんと支えてくれて…お姉さんのベースも、即興なのに完璧で…」
「後ろに二人がいたから、思いっきり弾けたんだ……だから…ありがとう……」
「私、お父さんの娘で……本当によかった…大好きだよ……お父さん………」
ひとりは小さく声を上げ、顔を赤らめた。
直樹は、娘の小さな手を握り返した。
胸が熱くなり、目頭がじんわりした。
「ひとり……お前が頼ってくれたことが、お父さん、嬉しいよ。世界一可愛くて大好きな娘に、『大好き』って言ってもらえるなんて……お父さん……幸せだ……」
直樹の声が、震え始めた。
目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。
鬼のお面を外した顔が、涙でぐしゃぐしゃになる。
「うわああああん!!!ひとりぃぃぃ!!! お父さん……お父さん、嬉しいよぉぉぉ!!!お前がバンド組んで、がんばってる姿見て……お父さん泣きそうだったんだ……今日、路上で一緒に弾けて……お前の音最高だったよぉぉ!!!うえええええん!!!」
直樹は家族第一で涙脆い父親らしく、号泣した。
大の男が街路灯の下で肩を震わせ、鼻をすすりながら泣きじゃくる。
ひとりは慌てふためいた。
「お、お父さん!?え、えええ!?泣かないで!!!わ、私…そんな大したことしてないのに!うわわわわ!!!」
ひとりは周りを見回し、誰もいないことを確認して直樹の背中をぽんぽんと叩いた。
でも、すぐに自分も涙目になる。
「……お父さん……泣かないで……私……お父さんがいてくれて、心強いよ……」
「本当に困った時、いつも助けてくれて…味方でいてくれて……」
「そんなお父さんが……大好き」
直樹は涙を拭きながら、娘を抱きしめた。
「ひとり…お父さんも大好きだよ。これからもがんばれ。お父さん、陰ながら応援してるからな」
ひとりは直樹の胸に顔を埋めて、照れくさそうに頷いた。
曇りが晴れたような、純粋な笑顔が浮かぶ。
二人は手を繋いで、家に向かった。
夜空に、最後の花火が静かに咲いていた。
ひとりは、心の中で誓った。
(私もお父さんみたいに…みんなを熱狂させるギタリストになる)
家族の絆が、ひとりの背中を、優しく押していた。
話色々考えてたら遅くなりました。
路上ライブのシーン、直樹を入れるべきか悩んだんですが、原作での優しくて家族想いなあの性格なら、絶対助けるだろうなと思って、やっぱり参戦させました。
というかここでぶち込まなきゃ、活躍全部モノローグか、ほかの人の視点になってしまう…
今回も見てくれた方、ありがとうございました。