三国志異伝~演算する剣鬼(守銭奴)~最強の秘書官・李司が通る道には死体と領収書しか残らない~   作:斉宮 柴野

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天下無双を雇いました。
家計簿も掌握しました。
次は天下を回収します。


第九.五話:猛獣使いの妊娠と、英雄への予言

太陽が眩しい。

 

砂埃が舞う中、私の目の前にはズラリと屈強な男たちが並んでいる。彼らの乗る馬も、一目見ただけで市場価格が跳ね上がりそうな名馬揃いだ。

 

私の隣では、先日私の「夫コレクション・ナンバー3」として正式にポートフォリオに組み込まれたばかりの奉先が、やたらと胸を張ってフンフンと鼻息を荒くしている。

 

「見ろ、李司!どうだ、俺の騎兵隊や部下たちは!こいつらは俺の手足となって地獄まで駆ける、天下無双の部隊だ!并州狼騎という名を聞いただけで、敵は震え上がって逃げ出すんだぞ!どうだ、惚れ直したか!」

 

声が大きすぎる。鼓膜に響くので少しボリュームを下げてほしいものだ。奉先が私を見下ろして、犬のように尻尾を振っているのが幻覚として見える。

 

「静かにしてください、奉先。今、目視で資産価値の総額を計算しているところです。ええと、馬が一頭あたり金貨五十枚として、それがこの数……さらに武器、防具の市場価値、兵士たちの筋肉量から算出される労働力としての期待値……。素晴らしい……。想像以上の優良物件ですね。装備の手入れが行き届いています。馬の毛並みも極上で、栄養状態の良さが窺えます。そして何より、兵士たちの無駄のない筋肉量。すべてがAランクの評価基準を満たしています。これなら、すぐにでも実戦に投入して、即座に黒字化できそうです」

 

「そうだろう、そうだろう!俺が直々に鍛え上げた自慢の部下たちだからな!」

 

この男、戦場では鬼神のように恐ろしいが、少し褒めるとすぐにIQが下がる。実にチョロい。いや、扱いやすい優良な夫だ。

 

「流石は『我が夫』ですね!武力だけでなく、資産管理……いえ、目利きの才能があります。これほどの戦力を維持しているとは、貴方の評価額を上方修正する必要があります」

 

「がはは!もっと褒めていいぞ!俺はお前の期待にいくらでも応えてやる!欲しいものがあるなら、こいつらを使って何でも奪ってきてやるからな!」

 

「奪うだなんて、人聞きの悪いことを言わないでください。私たちは『強引な市場開拓』を行うだけです」

 

ただの兵卒ばかりではない。中には、指揮官クラスのオーラを放っている者がいる。私の目はごまかせない。金脈の匂いがプンプンする。

 

「ふむ……特に、あの二人。非常に優秀なオーラ、もとい、将来的な市場価値を感じますね。あの二人は、ただの筋肉ダルマではないようです」

 

指差した先には、鋭い眼光を放つ若武者と、まるで岩のように微動だにしない寡黙な指揮官が立っている。

 

「おお、さすが李司、目が高いな!お前の目は本当に節穴じゃないぜ!あれは張遼と、高順だ。俺の部隊の中核を担う、頼れる男たちだぞ!おい!お前たち、こっちに来て挨拶しろ!俺の妻だ!今日からお前たちの新しい主だと思え!」

 

奉先の命令に、張遼と高順が素早く反応する。彼らは足音を揃えて私の前に進み出ると、深い敬意を込めて片膝をつく。

 

「はっ!」

 

見事な規律だ。骨格がしっかりしている。これなら過労死の心配はなさそうだ。

 

「良い面構えです。初めまして、李司です。貴方たちの噂は……これから私が作ります。貴方たちには、将来『将軍』としての莫大なボーナスを約束しましょう。私の夫である奉先は、見ての通り頭の筋肉が多めで、直感と暴力でしか物事を解決できない傾向にあります。ですから、貴方たちが彼の脳みそになって、実務面でしっかりと支えてくださいね。彼が暴走して赤字を出さないように、私が貴方たちに現場の管理権限を委譲します」

 

張遼が顔を上げ、私の目を見る。彼の瞳孔が微かに収縮するのが分かる。

 

(ゾクッ……!こ、この御方……美しい顔をしておられるが、底が全く知れない……!呂布将軍をただの筋肉扱いして、全く悪びれる様子がない。どころか、将軍もそれを喜んで受け入れている……!)

 

彼は賢い。自分が今、とんでもない存在と対峙していることを本能で理解しているようだ。

 

「は、はいっ!御意に!李司様の御期待に沿えるよう、粉骨砕身の覚悟で呂布将軍をお支えいたします!」

 

合格だ。彼は出世する。次に、私は高順の方を見る。高順は表情を変えない。ただ、彼の直感が、私という存在の危険度を正確に測りきっているのが分かる。

 

(この人が……群れの『アルファ』だ。呂布将軍の武力すら、この人の手の上で転がされているに過ぎない。逆らえば、骨の髄まで搾り取られる……!)

 

高順の喉仏がゴクリと動く。野生動物特有の危機察知能力がフル稼働しているようだ。

 

「命に代えても、李司様の命を完遂いたします」

 

素晴らしい。彼らの忠誠心は、奉先の暴力による恐怖よりも、私の提供する『利益と絶対的な管理能力』によって完全に上書きされたようだ。

 

この瞬間から、奉先の騎兵隊は、なぜか直属の上司である奉先よりも、私の指示の方に素早く反応するようになっていく。それは、野生動物特有の「誰が一番ヤバいか」を察知する生存本能ゆえの行動である。給料の査定権を握っているのが誰かを、彼らは正確に見抜いたのだ。

 

「んん?なんだかお前たち、俺に対する返事より、李司に対する返事の方が声が大きくないか?」

 

「気のせいですよ、奉先。彼らは私の美しさに緊張しているだけです。さあ、視察はこれくらいにして、次の業務に向かいますよ」

 

「おお、そうか!お前がそう言うならそうだろうな!よし、お前ら、引き続き訓練に励めよ!」

 

扱いやすくて助かる。この分なら、近いうちに彼との間に「新たな資産」を生産する計画を実行に移しても良いかもしれない。私の完璧な人生設計において、武力特化型の遺伝子を持つ子供は、将来の優良な人的資本となるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わり、洛陽の都。本初の屋敷の、広くて無駄に豪華な広間。今日は非番ということで、夫ナンバー1の孟徳と、夫ナンバー2の本初が、だらしなくくつろいでいる。彼らは高い酒を飲みながら、つまみをつついている。

 

もちろん、その酒代もつまみ代も、私の徹底した経費削減の監視下にあるため、以前のような豪遊はできていない。

 

「……おい、本初。最近、俺の給料の天引き額がまた増えてないか?『子供のための教育基金』とかいう名目で、手取りがごっそり持っていかれてるんだが」

 

「お前もか、孟徳。俺のところにも『袁家ブランド維持のための宣伝広告費』という謎の請求書が毎月届いている。あいつ、一体俺たちからいくら巻き上げれば気が済むんだ……」

 

「だが、あいつの言う通りにしていると、なぜか俺の出世のスピードが異常に早いんだよな。この間も、あいつのコネクションのおかげで、また新しい役職を押し付けられた……いや、任されたし」

 

「俺もだ。名声だけはどんどん上がっていく。だが、懐は常に寒いままだ。俺たちは、あいつという巨大なブラック企業の平社員に過ぎないんじゃないか?」

 

「李司~!どこだ~!帰ってきたぞ~!」

 

奉先だ。彼は全身に土埃をつけ、ドカドカと遠慮なく広間に上がり込んでくる。そして、部屋の隅で帳簿の計算をしていた私を見つけるや否や、巨大な猛犬のように尻尾を振りながら突進してくる。

 

「おお、ここにいたか李司!俺も撫でろ~!今日は訓練、めちゃくちゃ頑張ったぞ~!張遼の奴らもしごいてやった!」

 

自分の巨大な頭を私の膝の上にグイグイと押し付けてくる。膝枕の要求だ。

 

「はいはい、よしよし。お疲れ様です、奉先。今日もいい筋肉ですね。張力も申し分ありません」

 

私は帳簿から目を離さず、左手で空の計算を弾きながら、右手で奉先の硬い髪を撫でてやる。

 

「がはは!もっと撫でろ!お前の手が一番気持ちいいんだ!なあ、今日の夕飯は肉か!?肉がいいぞ!」

 

完全に手懐けられた猛獣だ。いや、大型犬か。

 

「……ようこそ、同志よ。お前もすっかり毒牙にかかったようだな」

 

「……ああ。彼もまた、李司という檻に囚われた哀れな猛獣か。かつて天下無双と謳われた武人が、今やあんな姿に……」

 

(しかも、俺たちよりも圧倒的に懐いているな……。俺なんて、膝枕どころか、近づくだけで『時間の無駄です』って冷たくあしらわれるのに……!)

 

本初が小声で嫉妬の入り混じった本音を漏らしているのが、私の耳にはしっかりと届いている。

 

「聞こえていますよ、本初。貴方も膝枕をご希望ですか?一分につき金貨一枚のオプション料金で承りますが」

 

「い、いや!結構だ!俺は名門の当主だぞ!そんな金で買えるような安っぽい愛情は求めていない!」

 

「安っぽいとは心外ですね。私の提供する癒やし効果は、疲労回復において最高級のコストパフォーマンスを誇りますよ。孟徳はどうですか?」

 

「俺も遠慮しておく。お前の膝枕は、寝首を掻かれそうでリラックスできないからな。……それにしても、お前、その猛獣の扱いが上手すぎないか?見ていて恐怖すら覚えるぞ」

 

「才能ですよ。それに、彼は分かりやすいですからね。報酬と称賛、そして適度なスキンシップを与えておけば、勝手に敵を粉砕してくれる素晴らしい自動戦闘マシーンです。それに、近いうちに、彼との間に新しい『資産』を生産しようと考えていますしね」

 

「……資産?」

 

「ええ。呂布の最強の遺伝子を受け継ぐ、跡継ぎです。私の効率的な教育プログラムを施せば、将来的に我が陣営の武力を一手に担う最高峰の人材に育つはずです。これは極めて長期的な投資計画の一環ですよ」

 

「ぶふぉっ!?妊娠!?子供を作る気か!?」

 

「お、お前……!この筋肉ダルマとの間に子供ができたら、どんな怪物が生まれてくるか想像もつかんぞ!?」

 

「怪物ではありません。我が陣営の希望の星です。貴方たちも、将来有望な義理の息子ができるのですから、喜んでくださいね。出産費用と養育費は、三等分して貴方たちの給与から毎月天引きしておきますので」

 

「なんで俺たちまで呂布の子供の養育費を払わなきゃならないんだぁぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

数か月後

 

私は孟徳の私室のふかふかした寝台に腰掛けている。私の腹部は、以前と比べてふっくらと見事な曲線を描いて膨らんでいる。

 

「……順調そうだな」

 

窓辺に立ち、外の淀んだ景色を憂い顔で見つめていた孟徳が、ふと振り返って私の腹を見る。彼の顔には、複雑な感情が入り混じっている。無理もない。

 

「ええ。母子ともに極めて健康、利回りは最高です。奉先の遺伝子は強靭ですね。おかげでつわりによる生産性の低下も最小限に抑えられています」

 

「呂布の子か。お前のその異常な繁殖計画のペースには恐れ入るよ。人間をなんだと思っているんだ」

 

「人間は究極の資本です。この子はきっと、奉先に似て頑丈で手の掛からない『戦士』に育つでしょう。次の世代の資産運用もこれで安泰です。すでにいる昂と譚も、強靭な弟ができればいい刺激になりますし、万が一の際の優秀なスペアにもなりますからね」

 

「自分の息子たちをスペア扱いするな!頼むから普通の母親らしい情愛を見せてくれ!俺の胃が痛くなる!」

 

彼の胃痛は最近の洛陽のインフレ率に比例して悪化しているようだ。後で胃薬の代金を経費として計上しておこう。

 

「情愛ならたっぷり注いでいますよ。毎晩、胎教として最新の相場情報と複利計算の公式を読み聞かせています。きっと生まれる頃には、暗算で税率計算ができる天才児になるはずです」

 

「それは情愛じゃなくて英才教育という名の洗脳だ!頼むから童話とか子守唄にしてくれ!生まれて最初の言葉が『配当金』とかだったら俺は泣くぞ!」

 

「『配当金』……素晴らしい響きですね。ぜひ録音して本初と奉先にも聞かせましょう」

 

私が微笑むと、孟徳は「もうダメだこの女」とでも言いたげに天を仰ぐ。

 

しばらくの沈黙。孟徳は再び窓の外に視線を戻し、その横顔に深い影を落とす。ただの夫婦漫才で終わる空気ではない。彼の抱えている負債は、もっと根本的な部分にあるようだ。

 

「……なあ、李司よ。単刀直入に聞く。お前は、董卓をどう思っている?」

 

「どう、とは?現在の彼の資金繰りについてですか?それとも政治的な能力の評価ですか?」

 

「後者だ。俺は……俺は、今の董卓の専横を許せん。帝をないがしろにし、洛陽の民を蹂躙し、金と暴力で朝廷を牛耳るあの豚を。あいつのやっていることは、国家に対する明確な背任行為だ。このままでは漢王朝は完全に崩壊する」

 

孟徳の正義感が暴走しかけている。

 

「ふむ……。感情論を抜きにして、純粋に実績だけで分析すれば、董卓仲穎は『一代の傑物』であることは間違いありませんよ」

 

「……なに?」

 

「既存の権威である宦官や外戚といった既得権益層を暴力で完全に破壊し、己の武力と資金力だけで朝廷を掌握した実行力。これは並の起業家にはできないことです。彼はベンチャー企業の社長としては、極めて優秀な破壊的イノベーターと言えます」

 

「イノベーターだと?あいつはただの破壊者だ!」

 

「破壊なくして創造はありません。彼の強引なM&Aの手法は市場を混乱させていますが、歴史的観点から見れば、おそらく1000年後にも、その名前は確実に歴史に刻まれているでしょう。知名度という点では圧倒的です。……たぶん、『極悪非道の暴君』という悪名として語り継がれることだけが、ブランド戦略上の大きな失敗で残念なところですが。あの男、広報担当のスタッフを雇うべきでしたね」

 

「なっ……!お前もそんな事を言うのか!あれだけの暴虐を見ても、民が苦しむ姿を見ても、『傑物』と評価するのか?お前には、この国に対する、漢王朝への忠誠心はないのか!……ないよなぁ、お前には。金のことしか頭にない冷血漢だからな!」

 

少し傷つく。冷血漢ではない。適正温度を保っているだけだ。

 

身重の体だが、体幹は鍛え抜かれているので動作にブレはない。私は静かに、怒りに震える孟徳の背中へと歩み寄る。

 

「ええ、ありません」

 

「なっ……!」

 

彼の広い背中にしなだれかかる。私の体温と、腹の新しい命の重みが、彼の背中越しにダイレクトに伝わるはずだ。

 

「国家というシステムは、時代や市場のニーズに合わせて書き換えられるべきものです。現在の上場廃止寸前の漢王朝という不良債権に、盲目的な忠誠心という名の追加投資をするような馬鹿な真似は、私の投資哲学に反します」

 

彼の背中に頬をすり寄せる。孟徳の体がビクッと硬直する。

 

「私の忠誠心は、国家なぞには絶対に捧げません。そんな実体のない概念よりも、もっと確実で価値のあるものに投資します」

 

「確実な価値……?」

 

「ええ。それは貴方、孟徳と。本初と。奉先にだけ向けられています」

 

「私のポートフォリオは、貴方たちだけです。貴方たち三人が無事に成長し、利益を生み出し続けることこそが、私の至上の喜びであり、唯一の目的。国がどうなろうと知ったことではありません。私は、私の資産を守り抜くだけです」

 

「……李司……」

 

孟徳の声が、先ほどの怒りから一転して、戸惑いと微かな熱を帯びる。

 

「そして……孟徳」

 

「な、なんだ」

 

「私は先ほど、董卓を『1000年後に悪名が残る』と言いましたが、貴方の演算結果は全く違います。貴方は1000年後と言わず、人が歴史を語り続ける限り、未来永劫、燦然と輝く『英雄』になります」

 

「俺が……英雄?」

 

「はい。確定事項です。私が徹底的なマネジメントでそうしますし、もし仮に私がいなかったとしても、貴方のその能力と野心があれば、必ずそうなる運命にあります。なぜなら、貴方は他の誰でもない、『曹孟徳』だからですよ」

 

耳元で囁かれる、絶対的な肯定。圧倒的な自信に裏打ちされた、私からの予言。

 

孟徳は、弾かれたように振り返ると、私の両肩を掴む。いや、そのままスライドして、私の手を両手で強く握りしめる。彼の手は熱く、微かに汗ばんでいる。

 

「……お前のその『予言』は、いつも当たりすぎて怖いな。しかし……悪い気はしない。いや、正直に言おう。お前にそう言われると、どんな不可能でも可能になる気がしてくる。不思議なものだ。俺の計算高い守銭奴の妻は、最高のモチベーターでもあるらしい」

 

「コンサルティング料は後で請求しますからね」

 

「ふっ、望むところだ。いくらでも払ってやる」

 

孟徳の瞳に、先ほどまでの暗い憂いはもうない。代わりに、鋭く、強く、そして危険な決意の光が宿っている。

 

「俺は……いずれ、あいつを暗殺する」

 

「……ほほう?」

 

「すでに手は打ってある。王允殿から借り受けた『七星剣』という宝刀がある。これを使えば、あの豚の分厚い脂肪も貫けるはずだ。好機さえあれば……俺が自らの手で、あの逆賊を始末してやる」

 

「却下」

 

「なっ!?なぜだ!今、俺を英雄になるとおだてたのはお前じゃないか!」

 

「英雄になるための手段が非効率すぎます。暗殺成功率は私のシミュレーションでは一割未満。董卓の周囲には常に厳重な警備が敷かれていますし、何よりあの男は直感的に危機を察知する野生の勘を持っています。失敗した場合、貴方の首が飛ぶだけでなく、我が家の資産はすべて没収、私も連座で処刑されるリスクがあります。リスクリワードが全く見合っていません」

 

「だが、ここで誰かが動かなければ!」

 

「それに、その『七星剣』とやら。王允殿から借りたと言いますが、レンタル料はいくらですか?担保は取りましたか?もし暗殺に失敗して剣を紛失した場合、損害賠償はどうなるのですか?国宝級の宝剣ですよ?弁償額を計算しただけで破産確実です。そんな不良債権になりかねない道具を使って暗殺など、正気の沙汰ではありません」

 

「い、いや、レンタル料とか担保とかそういう話じゃない!これは漢王朝を救うための義挙で……!」

 

「義挙で飯は食えません!」

 

ピシャリと言い放つと、孟徳はしょんぼりと肩を落とす。

 

「……そうか。お前がそこまで言うなら、やはり無謀な計画だったのかもしれんな。俺は焦りすぎていたようだ……」

 

「ですが。貴方がそう決めたのなら、それが『正解』です。私はリスクを嫌いますが、貴方が命を賭けてでもやりたいというビッグプロジェクトならば、全力で投資するのが妻の務めです。七星剣の価値など、貴方の命と今後のブランド価値向上に比べれば安いものです。……まあ、弁償はしたくないので絶対に回収してきてもらいますが」

 

「李司……」

 

「それに、失敗した場合のバックアッププランは私が既に構築済みです。もし暗殺が失敗して追われる身になったら……私が全速力で逃走ルートを確保してあげますから、何も心配せずに、思いっきりやってきなさい」

 

「逃走ルートの確保……お前、身重の体で何をする気だ?」

 

「洛陽の東門から城外へ抜ける秘密の地下通路の買収は完了しています。関所の役人にもすでに袖の下を渡して『顔パス』状態にしてあります。さらに、偽造の身分証明書と、当面の逃走資金として金貨五百枚を各中継地点にデポジット済みです。馬も、足の速い名馬を三頭、常にアイドリング状態で待機させています」

 

スラスラと逃走計画の詳細を読み上げると、孟徳は開いた口が塞がらない様子だ。

 

「お前……いつの間にそんな準備を……」

 

「常に最悪の事態を想定し、損切りラインを明確にしておくのが優秀なトレーダーの基本です。貴方が暗殺を企てていることなど、貴方の最近の挙動不審な態度と、王允殿との密会の領収書を見れば一目瞭然でしたからね」

 

「領収書でバレたのか!?」

 

「密会用の茶室の代金、経費で落とそうとするからですよ。甘すぎます。とにかく、逃げる準備は完璧です。失敗した瞬間に私が貴方を物理的に担いででも洛陽から脱出させますので、貴方はただ、目の前の標的を刺すことだけに集中しなさい。さあ、孟徳。歴史に名を刻む大博打を打ちに行きましょう。リターンは『天下』です。手数料は……そうですね、今後の税収の三割で手を打ちましょう」

 

「三割!?高すぎるだろ!暴利にも程がある!」

 

「命の保険料と逃走サポート込みのパッケージ価格です。他社には真似できない充実のサービスですよ。嫌なら一人で暗殺して、一人で捕まって処刑されなさい」

 

「わ、分かった!三割で手を打つ!だから絶対に見捨てないでくれよ!」

 

これで交渉成立だ。李司の言葉は、孟徳にとって物理的な逃走ルートの確保以上に、精神的な最強の鎧となった。たとえ大博打に失敗しても、この計算高くて頼りになる悪女が何とかしてくれる。

 

最悪の事態でも死ぬことはない。その奇妙で絶対的な信頼関係が、孟徳から一切の迷いを消し去り、彼を歴史の表舞台へと力強く押し上げていくのである。

 

彼が英雄になればなるほど、私の資産価値は青天井で上がっていく。さあ、稼ぎ時だ。まずは手始めに、董卓の暗殺未遂という名の壮大なプロモーションビデオの撮影といこうじゃないか。




今回、呂布の并州狼騎を戦力ではなく資産として査定し、張遼・高順を現場管理職に据えるところまで走りました。
そして曹操は、ついに「七星剣」というリスク資産に手を伸ばします。
ここで質問です。

・あなたは、曹操の暗殺計画は「成功する」と思いますか?それとも「失敗する」と思いますか?
・李司が本当に守りたいものは、資産(=夫たち)だけでしょうか。それとも、本人も気づかない別の何かが混ざっているでしょうか。

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