三国志異伝~演算する剣鬼(守銭奴)~最強の秘書官・李司が通る道には死体と領収書しか残らない~   作:斉宮 柴野

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資産には三種類ある。

金を生む資産。
戦う資産。
そして忠誠を生む資産。

幸いなことに、私はそのすべてを保有している。


第十二話:暴君の筋肉革命と、連環の計(失敗)

朝陽が相国府の窓から差し込み、部屋の中を明るく照らし出している。

 

ここはかつて、贅を尽くした調度品と酒池肉林の宴が繰り広げられていた董卓の私室だ。

 

だが、現在のこの部屋には、酒の匂いも、化粧の匂いも、怠惰な空気も一切存在しない。

代わりに充満しているのは、汗の匂いと、鉄の匂いと、そして極限まで己を追い込む男の熱気だ。

 

巨大な岩を削り出して作った特注のバーベル。太い丸太を何本も束ねて吊るしたサンドバッグ。謎の滑車と縄を組み合わせた、私が設計図を引いて大工に作らせた背筋用のマシンの数々。

 

「ふんっ!はっ!どうだ、李司殿!」

 

そこにいるのは、数ヶ月前までブクブクと太り、脂肪の鎧に身を包んでいた歩く肉塊ではない。

 

無駄な脂肪は完全に削ぎ落とされ、その下から鋼鉄のような筋肉が浮き上がっている。丸太のように太い腕には血管が這い、胸板は分厚い装甲板のようだ。顔の輪郭もシャープになり、二重顎は消滅し、かつて「西涼の猛虎」と呼ばれていた頃の鋭い眼光が完全に戻っている。

 

「この広背筋!この大腿四頭筋!そして見よ、この綺麗に割れた腹筋を!」

 

私が事前に渡しておいた「筋肉を最も美しく見せる八つのポーズ集」を、彼は完璧にマスターしている。

権力者が何をやっているのかという疑問は、利益の前では無意味なのでスルーする。

 

「約束通り、往年の肉体を取り戻したぞ!いや、あの頃よりもさらに研ぎ澄まされているかもしれん!毎日の鶏の胸肉とブロッコリーの生活は地獄だったが、儂は耐え抜いたのだ!」

 

「……スキャン完了」

 

「体脂肪率一五分(パーセント)以下。筋肉量は全盛期のデータと比較しても九八分(パーセント)まで回復しています。基礎代謝も飛躍的に向上しており、健康診断の数値は全て正常値の範囲内に収まっていますね」

 

私は立ち上がり、彼に近づいて腕の筋肉を指先でツンツンと突く。

硬い。岩のようだ。

 

「正直、驚きました。人間、ここまで変われるものなのですね。貴方の年齢を考慮すれば、この短期間での肉体改造は奇跡に近い。貴方の『煩悩』という名のエネルギー変換効率は、凄まじいものがあります」

 

「ニカッ!」

 

「全ては貴女のためだ、李司殿!貴女に認められたい、貴女に抱きしめてもらいたい、その一心で、儂は限界を超えたのだ!夜中に無性に豚の角煮が食べたくなった時も、貴女の冷たい視線を思い出して冷水を飲んで耐えたのだぞ!」

 

彼が熱烈に語るが、私にとっては彼の健康状態の改善は、単なる不良債権の優良資産化に過ぎない。

彼が長生きして安定した政治を行えば、私が裏で吸い上げられる利益も安定して長期化するからだ。

 

「さあ、約束はどうなる!?儂が痩せたら、あの約束を果たしてくれると言ったな!」

 

董卓が鼻息を荒くして、私に顔を近づけてくる。

 

「約束、ですか」

 

投資家として、優良な案件にはしっかりと投資を行うのが基本だ。

今の彼は、遺伝子提供者(ドナー)として十分に合格点に達している。

 

「良いでしょう。合格(パス)です」

 

「ただ、念のために申し上げておきますが、私の『夫』の登録枠(スロット)はすでに三名で満杯(フル)です。孟徳、本初、奉先の三人で、家庭内の管理コストは限界に達しています」

 

「な、なんだと……!?では、儂は……」

 

「ですが、『子供』の生産プロジェクトに関しては、特別に承認(アプルーブ)します。貴方のその鍛え直された強靭な遺伝子は、将来の労働力として極めて高い期待値を持っています。私のポートフォリオの新規銘柄として、喜んで加えましょう」

 

「おおっ!!」

 

「本当か!?儂の子供を産んでくれるのか!この儂と、天下の戦女神である貴女の血を引く、最強の跡継ぎが誕生するということか!」

 

「ええ。ただし、養育費と将来の教育費は、全額貴方の個人資産から一括で前払いしていただきます。契約書は後ほど持参しますので、実印の用意をしておいてくださいね」

 

事務的な条件を提示するが、今の董卓の耳には全く入っていないようだ。

 

「おおおおおおおっ!!!」

 

董卓が感極まって、天を仰いで雄叫びを上げる。

その声量は、相国府の屋根を吹き飛ばしそうな勢いだ。

 

「やったぞおおお!儂の時代が来たァァッ!!天下を手に入れた時よりも嬉しいぞ!うおおおおおっ!!」

 

「ガハハハハ!力が有り余っておるわ!!」

 

董卓は自分の拳を見つめ、大満足で高笑いをしている。

 

「……喜びすぎです」

 

「相国府の壁は、歴史的価値のある特注の意匠が施されています。壁の修繕費、漆喰の塗り直し、大工の深夜残業代、および清掃費用。しめて金貨三〇枚というところですね。あとで出産費用の前払い金に上乗せして請求しますから、そのつもりでいてください」

 

苦笑混じりにそう言うと、董卓は「安いものだ! 金貨百枚でも払ってやるわ!」と気前よく叫んでいる。

 

財布の紐が完全に崩壊している。素晴らしいクライアントだ。

私の第四の新規事業(妊娠計画)は、極めてスムーズに立ち上がったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わり、同じ日の午後。

 

中庭の東屋で、三人の男たちがお茶を飲んでいる。

私の「夫コレクション」に登録されている、天下の英雄トリオだ。

 

「聞いたか……?」

 

「董相国が、俺を今度『丞相(じょうしょう)』に任命してくれるらしい」

 

「丞相だと?」

 

「丞相といえば、臣下としては最高位じゃないか。お前、いつの間にそんなに出世したんだ?」

 

「俺もよく分からん」

 

孟徳が深くため息をつく。

 

「『李司殿の夫である曹操殿には、それに相応しい地位が必要であろう』とか言って、向こうから勝手に役職を持ってきやがったんだ。丞相といえば、俺が若い頃から夢見ていた、天下を動かすための最終目標の地位だ」

 

「だが……まさかこんな形で、自分の実力や謀略の成果ではなく、妻のコネと権力で向こうから勝手に転がり込んでくるとはな。嬉しいというより、ひたすらに虚無感がすごい」

 

孟徳が肩を落とす。

自力で会社を立ち上げようとしていた起業家が、急に大企業の社長の娘と結婚して親会社を丸ごと譲り受けたような感じか。

 

「良かったではないか、孟徳。地位は地位だ。給料も上がるだろうし、李司への上納金のノルマも達成しやすくなるぞ」

 

「お前はどうなんだ、本初。袁家の方は上手くやっているのか?」

 

「俺も似たようなものだ」

 

「うちの叔父上の袁隗も、最近はすっかり人が変わってしまった。『董相国こそ、漢を救う真の英雄だ!』とか、毎日朝から晩まで絶賛し始めている」

 

「あの頑固な老害が? あんなに董卓を嫌っていたのにか?」

 

「ああ。袁家の既得権益を完全に保証された上に、最近の相国がやたらとマッチョになってカッコよくなったからな。叔父上はああ見えて、強い男に憧れるミーハーなところがあるんだ。引き締まった肉体で正論を語る董卓を見て、コロッと参ってしまったらしい。『やはり政治は筋肉だ』とか意味の分からないことを言っている」

 

「俺は反董卓連合の盟主になるはずだったのに、今や実家が董卓の最大のファンクラブに成り下がっている。もう、俺の居場所はどこにもない」

 

二人の知将と名将が、すっかり牙を抜かれて愚痴をこぼし合っている。

 

「いないいない~、ばあ!」

 

奉先が、自分の両手で顔を隠し、パッと開いて変顔を作る。

 

「きゃあきゃあ!」

 

まだ言葉も話せない赤ん坊だが、その腕力はすでに普通の赤子の三倍はある。

 

「がははは!笑ったぞ!俺の娘が笑った!可愛い奴め!よしよし、高い高いをしてやろう!」

 

奉先が玲綺の脇の下に太い指を入れ、空に向かって軽々と放り投げる。

「高い高い」の高度が異常だ。普通に屋根の高さを超えている。

 

落ちてくる赤ん坊を、奉先は正確にキャッチし、また放り投げる。

 

「おい奉先、やめろ!落としたらどうするんだ!」

 

孟徳が慌てて止めるが、奉先は全く気にする様子がない。

 

「大丈夫だ!俺の反射神経を舐めるな!それに、この子は俺と李司の子だぞ!これくらいの滞空時間、全く怖がってない!むしろ喜んでるぜ!」

 

確かに、空を舞う玲綺は泣くどころか、キャッキャと喜んで笑い声を上げている。

遺伝子とは恐ろしいものだ。

 

「……ん?なんだ孟徳、本初。お前ら、さっきから天下がどうとか、役職がどうとか、難しい顔して何の話をしているんだ?」

 

「天下?そんなもの、どうでもいいな」

 

「俺は毎日、朝から晩まで李司と全力で打ち合えて、極上の肉が食えて、この可愛い娘がいればそれでいい。これ以上の幸せがどこにある?」

 

「昨日は李司の回転戟のフェイントに引っかかって一本取られたが、今日の夕方のスパーリングでは絶対に勝つぞ~。勝って、俺の方が強いってことを娘に見せつけてやるんだ~」

 

丁原の首を跳ね、洛陽を恐怖のどん底に陥れた「人中の呂布」の面影は、もはや一ミリも残っていない。

 

「…………」

 

「…………」

 

彼らは、奉先のあまりにも平和ボケした姿を見て、そして自分たちの現状を振り返り、深い絶望と諦念に包まれる。

 

「……俺たち、完全に『飼い慣らされた』か……?」

 

「牙が……抜けた気がする」

 

「あの『乱世の奸雄』と呼ばれ、天下を我が手で掴み取ろうと野心を燃やしていた俺のギラつきは、一体どこへ行ってしまったんだ……。今じゃ、李司から渡される毎月の小遣いの額で一喜一憂するだけの、ただのサラリーマンじゃないか」

 

「平和だ……」

 

「平和すぎて、逆に不安になってくるな……。俺たち、このまま歴史の表舞台に出ることなく、ただの『李司の夫その1、その2』という肩書きだけで一生を終えるんじゃないだろうか……」

 

「本初、怖いことを言うな。俺は歴史書に『曹操は李司の尻に敷かれて一生を終えた』なんて書かれるのは絶対に嫌だぞ」

 

「俺だって嫌だ!だが、今の俺たちにあの女に逆らう力があるか!?経済力も、武力も、すべてあいつに握られているんだぞ!」

 

素晴らしい。

私のポートフォリオに組み込まれた資産たちは、完全に私のコントロール下に置かれている。

野心という名の無駄なリスクは排除され、彼らは私の利益を生み出すための安全なシステムの一部として機能している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洛陽の片隅にある、司徒・王允の屋敷。

その奥深く、外の光を完全に遮断した密室の中で、蝋燭の火がジリジリと燃えている。

 

「李粛殿……わざわざこのような場所までご足労いただき、感謝いたす」

 

王允が、目の前に座る男に向かって深々と頭を下げる。

呼び出された男の名は李粛。相国・董卓の配下であり、以前、呂布の買収工作を任されて見事に失敗した男である。

 

「いえ、王允殿の呼び出しとあらば。しかし、私のような窓際族に何の御用で?」

 

李粛はふてくされた様子で、出された茶をすする。

 

「李粛殿。貴方は優れた弁舌と知略を持ち、呂布殿の引き抜き工作など数々の功績があるにもかかわらず、最近は全く重用されていないとか。それは誠に嘆かわしいことです」

 

「ええ、まあ、お察しの通りです。今の相国府は、あの李司様が全部仕切っておりますからね。人事から経費の精算、果ては相国の食事のカロリー計算まで、すべてあの女の承認が必要です。私の出る幕など、完全にゼロですよ。毎日、窓の外の雲を数えるのが仕事です」

 

「それは酷い。有能な人材を腐らせるとは、董相国の目も曇ったものです。……ですが、李粛殿。そんな現状を打破し、再び貴方が歴史の表舞台に立つ方法があると言ったら、どうしますか?」

 

「どうしろと言うのです?あの方(李司)に逆らえば、物理的に首と胴体が離別するか、社会的・経済的に完全に抹殺されるかの二択ですよ。私は命もお金も惜しいのですが」

 

「古来より、英雄は色に弱いと言います。美女は国を傾けるほどの力を持つと。李司殿がどれほど経済的に彼らを支配していようとも、男の根本的な『欲望』までは完全に支配できないはずです」

 

彼は、曹操、袁紹、呂布の三人が李司の管理下で完全に牙を抜かれた家庭人になっている現状を知らない。いや、知りたくないのだ。

 

「我が家には、秘蔵の養女がおります。名を、貂蝉(ちょうせん)と申します。彼女の美しさは、月に群雲、花に風……いや、月も恥じらって雲に隠れ、花もその美しさに散ってしまうほどです」

 

「ほう? それはまた大層な……」

 

「彼女を董卓に近づけ、同時に呂布殿や曹操殿、袁紹殿をも惑わせるのです。絶世の美女を巡って男たちの嫉妬心を煽り、李司殿への不満を爆発させ、最終的に同士討ちを狙う! 名付けて『連環の計・改(美女による家庭崩壊作戦)』です!」

 

「おお!それは素晴らしい策だ!確かに、李司様のあの鉄壁の支配を崩すには、正面からの武力や経済力では不可能です。女の戦い、つまり色仕掛けで内部から崩壊させるしかない!王允殿、貴方は天才か!」

 

「ええ、ええ、お任せください。貂蝉!入ってきなさい!」

 

そこに現れたのは、まさに絶世の美女だった。

 

「はい、お義父様。ここに」

 

澄んだ声。透き通るような白い肌、大きな瞳、そして柳のようにしなやかな立ち振る舞い。

彼女が部屋に入っただけで、密室の空気が一瞬にして華やかな百合の花畑に変わったかのようだ。

これが貂蝉である。

 

「どうです李粛殿!この美貌!これなら董相国も、呂布殿も、曹操殿たちも、一発でイチコロでしょう!彼らは李司殿の厳しい管理下で、女性の優しさに飢えているはずです!」

 

貂蝉もまた、自分の美しさに絶対の自信を持っているらしく、フフッと上品に、かつ自信満々に微笑んでいる。

 

李粛は、顎に手を当てて、じっくりと貂蝉を上から下まで舐め回すように観察する。

 

「ほほう……」

 

「いかがですか?」

 

「確かに……肌の白さ、目の大きさ、立ち振る舞い……どれをとっても完璧だ。これは誠に美しい……。絶品ですな。後宮に入れれば、間違いなくトップに立てる器です」

 

その言葉を聞いて、貂蝉はさらに胸を張り、「恐れ入ります」と優雅にお辞儀をする。

 

「でしょう!これで我々の勝利は確実……!」

 

「……ですが」

 

「正直に申し上げますと……」

 

李粛は非常に言いにくそうに、視線を泳がせながら言葉を絞り出す。

 

「李司様に勝るとも…………劣るかもしれません」

 

ピキッ!

 

それは、貂蝉の絶対的なプライドがへし折れる音だった。

 

「!!!!」

 

「なんですと!?」

 

「私が!?この私、洛陽一の美女と謳われる貂蝉が!?あの年増……失礼、今年で三三歳になられるという李司様に!?劣るだとおっしゃいましたか!?」

 

その凄まじい剣幕に、李粛は「ひっ」と後ずさる。

 

「ま、待ちたまえ貂蝉!落ち着きなさい!」

 

「…………李粛殿。貴方は最近、眼科に行かれましたか?それとも視力が極端に低下しているのでは?可愛くないですか?私の貂蝉の方が?なんといっても若いし!ピチピチですよ!」

 

王允が必死に養女の美しさをアピールする。

「若い」という身も蓋もない物理的なアドバンテージを押し出して。

 

「い、いや、誤解しないでいただきたい!」

 

李粛が慌てて両手を振って弁明する。

 

「顔の造形そのもの、パーツの配置や肌の質感だけを見れば、間違いなく互角……いや、若さがある分、貂蝉殿の方が上かもしれません!それは保証します!」

 

「ではなぜ、劣るなどと!」

 

「李司様にはこう……顔の造形とか若さとか、そういう次元を超越した『圧倒的なオーラ』があるんですよ!」

 

「オーラ?なんですかそれは。気品のことですか?」

 

「違います!『金の匂いと殺気』です!」

 

「……は?」

 

王允と貂蝉が同時に首を傾げる。

 

「貂蝉殿は確かに美しい。温室で大切に育てられた、一輪の完璧な『花』です。男なら誰でも見とれるでしょう。ですが、李司様は違います。彼女は血と硝煙に塗れた戦場で輝く、極上に研ぎ澄まされた『業物(名刀)』なのです!」

 

「董卓様や呂布殿、曹操殿たちは、すでに李司様のその『危険な美』、すなわち『計算し尽くされた暴力と、底知れない経済力から来る絶対的な支配』に脳の奥底まで焼き切られているのです。彼らにとって、美しさとは強さと同義なのです」

 

「ですから……おそらく貂蝉殿が彼らの前に現れても、『ふーん、確かに綺麗だね。で、君は月にいくら稼げるの?敵の首はいくつ取れるの?』って言われて、見向きもされない可能性が高いかと……」

 

「…………」

 

「女の価値=稼ぐ力と戦闘力」という、狂りきった李司帝国の評価基準を理解できないのだ。

 

そして、貂蝉は。

 

「……おのれぇぇぇ!!」

 

「屈辱です!女としての、いや、美の頂点に立つ者としての最大の屈辱です!!お義父様!」

 

その目は、完全に闘志(別の意味での)に燃えている。

 

「私を行かせてください!董卓でも呂布でもありません!その李司とかいう生意気な年増女!私が直接お会いして、私の完璧な色香と若さで完膚なきまでに負かして、彼女のその無駄な自信をへし折ってやりますわ!!」

 

「え?あ、いや、貂蝉?作戦の目的は董卓と呂布を仲違させることであって、李司殿と美の対決をすることでは……」

 

「うるさいですお義父様!これは女のプライドを懸けた聖戦(ジハード)です!美しさで負けるなど、絶対に許されません!見ていなさい李司!貴女の夫たちを全員、私の虜にして見せますわ!」

 

貂蝉はフンス!と荒い鼻息を吐き、密室から足早に飛び出していった。

後に残された王允と李粛は、ポカーンとして顔を見合わせる。

 

「そ、そうか……。まあ、やる気になってくれたなら結果オーライ……なのか?」

 

(なんか根本的に作戦の趣旨が変わってないか……?これ、連環の計じゃなくて、ただの『ミス・洛陽コンテスト(審査員は夫トリオ)』になってないか……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わり、洛陽から南に位置する南陽(なんよう)。

ここは、本来ならば董卓の専横に怒った反董卓連合軍が集結し、熱気に包まれている……はずの場所である。

しかし、現実は少し違う。

 

だだっ広い陣営には、風が虚しく吹き抜け、パラパラと少数の兵士がいるだけで、全体的に非常に閑散としている。

なぜか。

 

それは、反董卓連合の盟主になるはずだった袁紹が、李司の巧みなプロモーション(情報操作)により、大将軍として洛陽に居座ってしまったからだ。

 

さらに、もう一人の発起人である曹操も、同じく李司の管理下で「丞相」として真面目にデスクワークをこなしている。

 

主役級の英雄たちが軒並み「李司帝国」という名のブラック企業に就職してしまったため、連合軍を立ち上げる人間がいなくなってしまったのである。

 

だが、そんな「主役不在の空白地帯」で、逆に異様な盛り上がりを見せている男がいた。

陣営の中央に設けられた急造の壇上。

そこに立ち、マントをバサバサと翻しながら、数少ない部下たちに向かって熱弁を振るう男。

 

名門・袁家の血を引く、袁紹の従兄弟。

袁術公路である。

 

「聞けぇぇい!!天下の志士たちよ!」

 

袁術が、裏返りそうな甲高い声で叫ぶ。

 

「本来なら、この連合の盟主になるべきであった我が従兄弟、袁紹本初!奴は名門の誇りを忘れ、あろうことか董卓の犬に成り下がりおった!大将軍という餌に釣られて尻尾を振る姿、まさに袁家の恥さらしよ!」

 

「そして、乱世の奸雄と持て囃されていた曹操孟徳!奴もまた、李司という女の尻に完全に敷かれ、今やただの真面目な官僚としてデスクでハンコを押すだけの腑抜けになってしまった!さらに、天下無双の呂布までが、あの女のペットとして飼い慣らされている始末!」

 

「ああ!この漢王朝に、真の忠臣はもう死に絶えてしまったのか!?董卓の暴虐を許し、女の計算に怯えるだけの腰抜けしか残っていないというのか!」

 

「うおおおおお!!嘆かわしい!!世も末だ!!」

 

数少ない部下たち(サクラも混じっている)が、袁術の言葉に合わせて拳を突き上げ、大げさに同調する。

その反応に気を良くした袁術は、さらに声を張り上げる。

 

「否!!断じて否である!!」

 

袁術は自分を指差し、最高に輝いた顔で宣言する。

 

「ここに、俺がいるではないか!!」

 

「名門・袁家の正統なる血筋!袁紹のような妾の子ではなく、真の嫡流であるこの袁公路がここにいる!奴ら腰抜け共が動かないというのなら、俺が、俺こそがやるしかないだろう!!」

 

「董卓討つべし!李司の魔の手から天下を解放すべし!ここに、俺を盟主とする『真・反董卓連合(暫定)』を結成する!!天下の諸侯よ、俺の元に集え!!」

 

「おおおおおおおおおおお!!!!」

 

部下たちが、割れんばかりの歓声(人数が少ないので物理的には割れないが)を上げる。

 

「袁術様万歳!!俺たちの希望は袁術様だけだ!!」

 

「袁紹なんて目じゃない!真の英雄は公路様だ!」

 

「フハハハ!見ていろ袁紹!見ていろ曹操!お前らが洛陽で女の機嫌を取って日和っている間に、俺が、この袁術が天下の英雄になってやるわ!歴史の主役は俺だ!」

 

袁術は壇上から降り、部下たちに命令を下す。

 

「よし!連合の結成を祝して、まずは『蜂蜜』を持ってこい!祝い酒の代わりだ!俺は酒より蜂蜜水を飲むのが好きなのだ!極上の蜂蜜をたっぷりと溶かした水を、全員に振る舞ってやれ!」

 

「は、ははっ!蜂蜜水でございますね!すぐにご用意いたします!」

 

戦の出陣式で蜂蜜水で乾杯する軍隊など、前代未聞である。

緊張感も悲壮感も全くない。あるのは、勘違いした男の空回りする自己顕示欲だけだ。

 

果たして、彼のこの空回りする「真・反董卓連合」は、李司の完璧なポートフォリオにどのような影響(ノイズ)を与えるのか。

あるいは、全く影響を与えずに自滅するのか。




今回は

・董卓の肉体改造
・平和ボケした夫トリオ
・貂蝉の登場
・袁術の反董卓連合

という四つの話を描きました。

特に今回のテーマは

「乱世の管理」

です。

もし英雄たちが

・経済
・家庭
・組織

で完全に管理されたら、
歴史はどう変わるのか。

そんな視点で書いてみました。

また今回から

貂蝉という新しいキャラクターが登場しました。

李司との

「美しさと支配力」

の対決がどうなるのか、
ぜひ予想してみてください。

感想や好きなキャラクターなど、
コメントで教えていただけるととても嬉しいです。
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