三国志異伝~演算する剣鬼(守銭奴)~最強の秘書官・李司が通る道には死体と領収書しか残らない~   作:斉宮 柴野

16 / 46
経営において最も重要なのは、
資産の最大活用である。

人材も。
武力も。
そして――

遺伝子さえも例外ではない。


第十五話:妊婦という名の最終兵器(サイコ兵器)

洛陽へと続く街道を、一台の巨大で無駄に豪華な馬車が、ガタゴトと重苦しい音を立てて進んでいく。

 

しかし、現在の問題は馬車の外装ではない。

馬車の内部、つまり車内の居住空間における極めて深刻な人口密度(積載量オーバー)の問題である。

 

「狭い。圧倒的に狭いです。貴方たち、もう少し自分の肉体の体積を縮小できませんか?」

 

私の正面には、今回の汜水関の戦いで見事な筋肉の祭典(マッスル・フェスティバル)を披露し、反董卓連合軍の先鋒である孫堅軍を物理的に粉砕した張本人、董卓が座っている。

 

彼はダイエットに成功して脂肪こそ落ちたものの、その分筋肉が異常発達しており、ただ座っているだけでも周囲の空間を強烈に圧迫している。

 

私の右隣には、私の夫コレクション・ナンバーワンであり、天下の覇権を狙うはずが今や完全に優秀な事務次官と化した孟徳が、私を迎えに来たのだ。

 

左隣には、夫コレクション・ナンバーツーであり、名門袁家の当主というブランドを背負いながらも、私の前ではただの従順なサラリーマンと化している本初が、孟徳と同じように窮屈そうに身を縮めている。

 

そして、董卓の横、つまり私の斜め前には、夫コレクション・ナンバースリーであり、天下無双の戦闘狂、呂布奉先が、長い脚を持て余してイライラと貧乏揺すりをしている。

 

「俺は赤兎馬に乗って帰りたかったんだ!なんでこんな窮屈な箱の中に押し込められなきゃならねえんだよ!俺の広背筋が馬車の壁に当たって擦り剥けちまうじゃねえか!」

 

奉先が子供のように唇を尖らせて文句を言う。

 

「静かにしなさい、奉先。貴方が赤兎馬で勝手に先行すると、我が軍の指揮系統(システム)に無駄なラグが生じます。トップマネジメント層は常に一箇所に集まり、リアルタイムで情報共有を行うのがリスク管理の基本です。貴方の筋肉の擦り傷など、軍の統制に比べればミジンコ程度の損害(ロス)にすぎません」

 

私がピシャリと言い放つと、奉先は「ちぇっ」と舌打ちをして黙り込む。

本当に扱いやすい男だ。

 

「まあまあ、李司殿。凱旋の馬車なのだから、もう少し肩の力を抜いてくつろげばよいではないか!ガハハハ!」

 

董卓が、暑苦しい笑顔を浮かべて大声で笑う。

彼の笑い声が狭い車内で反響し、私の鼓膜を物理的に攻撃してくる。

 

「くつろぐ?この人口密度のどこにくつろぐ要素があるのですか。貴方の大胸筋が動くたびに、孟徳と本初の生存スペースがミリ単位で削り取られていることに気づきませんか?彼らは私の大切な優良資産(夫)です。貴方の無駄な筋肉の膨張によって私の資産価値が毀損された場合、損害賠償を請求しますよ」

 

私が冷ややかに指摘すると、孟徳と本初が私の両脇で激しく頷く。

 

「そうだぞ相国!いくらなんでも近すぎる!さっきからあなたの汗の飛沫が俺の顔に飛んでくるんだが!衛生面で大問題だ!」

 

孟徳が顔をしかめて抗議する。

 

「名門袁家の当主たるこの俺が、なぜこんなむさ苦しい筋肉ダルマと膝を突き合わせて座らねばならんのだ!李司、次からは俺専用のハイヤー(別の馬車)を手配してくれ!経費で落としていいから!」

 

本初もここぞとばかりに便乗してクレームを入れる。

 

「却下です。車両を二台に分ければ、警備の兵力も二倍必要になります。人件費の無駄です。貴方たちは私のポートフォリオの一部なのですから、一つの金庫(馬車)にまとめて保管するのが最も効率的なのです。文句があるなら歩いて帰りなさい」

 

「さて、無駄話はこれくらいにして、今回の汜水関での戦果(利益)の最終確認(レビュー)を行いますよ」

 

懐から小さな巻物(決算書)を取り出し、スラスラと目を通す。

 

「まずは、あの生意気な緑色の髭男(関羽)から回収した髭についてですが」

 

「おう!俺が責任を持って、地面に落ちてた毛を一本残らず綺麗に拾い集めて、麻の紐でキッチリ束ねておいたぜ!」

 

「素晴らしい働きです、奉先。後で特別ボーナス(高級霜降り肉の追加配給)を支給しましょう。あの長さ、あの毛質……洗っていなかったことによる独特の油分が、逆に毛の耐久性を高めているようです。洛陽に戻ったらすぐに特殊洗浄(クリーニング)をかけ、最高級の筆の材料として書家や貴族の市場に高値で売りさばきます。利益率は推定で原価の五十倍を下りません」

 

「敵の武将の髭まで換金するとは……お前のその徹底した利益回収の執念、もはや芸術の域だな。関羽のやつ、今頃ツルツルになった自分の顎を撫でながら、ショックで寝込んでいるんじゃないか?」

 

「寝込んでいる暇があるなら、新しい髭を伸ばして再び私の前に現れてほしいものです。あれは定期的に収穫できる優良な天然資源(キャッシュカウ)ですからね」

 

「……お前、本気であの男を『髭の養殖場』か何かだと思ってないか?」

 

「当然です。使えるものは敵のプライドだろうが細胞だろうが、すべて利益に変換するのが経営者の責務です。次に、孫堅軍から巻き上げた武器防具、および軍馬の売却益についてですが……」

 

私がさらに決算報告を続けようとした、まさにその時である。

 

「……うぷっ」

 

突然、私の胃の底から、予測不能な逆流現象が発生した。

慌てて巻物を放り出し、両手で自分の口元を強く押さえる。

 

「ど、どうした!?李司殿……!」

 

「顔色が悪いぞ!急にどうしたのだ!?怪我か!?いや、戦場ではお主に傷一つつけられる者などおらんかったはずだ!まさか……あの関羽の奴に、すれ違いざまに目に見えぬ毒の粉でも盛られたか!?それとも、孫堅軍の残党が井戸に毒でも……!」

 

「おい李司!しっかりしろ!俺たちの会社(家庭)のCEOが倒れたら、俺たちの給料はどうなるんだ!」

 

「医者だ!すぐに馬車を止めて軍医を呼べ!袁家の全財産を投げ打ってでも世界最高の名医を連れてくるんだ!」

 

「……ハア、ハア。うるさいです、貴方たち。少し静かにしなさい」

 

私は深呼吸を繰り返し、胃の不快感を無理やりシステムのバックグラウンド処理へと追いやる。

口元を押さえていた手を離し、ハンカチで軽く唇を拭う。

顔色は青ざめているという自覚はあるが、私のスーパーコンピューターはすでにこの現象の原因を完全に特定し、分析結果を弾き出している。

 

「いえ、毒ではありません。私の体内に設置された高度なセキュリティシステムは、外部からのウイルスや毒物の侵入を許すほど脆弱ではありません。そんな三流のバグ(暗殺)で私が倒れるとでも思っているのですか」

 

私は四人の顔を順番に見据え、極めて冷静に、まるで明日の天気を伝えるかのようなフラットなトーンで告げる。

 

「計算上……どうやら『出来た』ようです」

 

「……出来た?」

 

彼の筋肉で構成された脳みそは、私の言葉の真意を全く理解できていない。

 

「良かったですね、董相国」

 

 

「貴方の子ですよ。私の胎内という究極のセーフティボックス内で、貴方の遺伝子が正常に着床したことを、たった今、私自身の生体システムが確認しました」

 

「…………え?」

 

董卓は、数秒間、完全にフリーズ(動作停止)した。

彼の目は見開き、口は半開きになり、呼吸すら止まっている。

まるで雷に打たれた巨大なクマの剥製だ。

 

「儂の……子?」

 

「ええ。紛れもなく貴方の子です。私は投資のタイミング(排卵日)を秒単位で管理していますから、間違いありません」

 

「貴方のその徹底したダイエットと筋力トレーニングによって再構築された筋肉質な肉体に抱かれるのは、私の計算予測をはるかに超えて、非常に気持ちよかったので。私の体感データに基づく『快楽スコア』において、見事Sランクを叩き出しましたよ。遺伝子レベルでの相性が極めて良かったのでしょう。優良な精子(シード)の提供、感謝します」

 

「お、お前……天下の相国に向かって、馬車の中でなんという赤裸々な評価を下しているんだ……!聞いてるこっちの顔から火が出そうになるわ!」

 

「『快楽スコアS』ってなんだよ!俺たちの時はどうだったんだ!いや、聞きたくない!やっぱり言わなくていい!」

 

だが、そんな彼らの反応など、今の董卓の耳には一切届いていない。

 

「おおおおおおおおおお!!!!!」

 

「やったぞぉぉぉぉ!!儂の子だ!この天下の相国たる儂と、この世で最も美しく最も恐ろしい戦女神たる李司殿との間に、ついに究極の命が宿ったのだ!!儂の遺伝子がァァァッ!!未来の皇帝(予定)が誕生するのだァァァッ!!」

 

董卓は両腕を天に向かって突き上げ、感極まって涙をボロボロと流しながら絶叫している。

 

「ガハハハハ!李司殿!よくぞ儂の子を宿してくれた!愛おしい!今すぐこの胸に抱きしめて、お主の腹に耳を当てさせてくれぇぇぇ!!」

 

完全に理性を失い、IQがゼロに低下した筋肉の塊(董卓)が、私に向かって巨大な両腕を広げて飛びかかってこようとする。

 

その圧倒的な質量が私に直撃すれば、間違いなく着床したばかりの細胞が物理的に圧殺される。

 

だが、私が回避行動をとるよりも早く、私の両脇に座っていた優秀な資産(夫)たちが素早く動いた。

 

「おいバカ!やめろ相国!!暴れるな!!」

 

「馬車がひっくり返るだろうが!それに妊婦に向かってそんなタックルみたいな勢いで抱きつこうとする奴があるか!流産したらどう責任をとるつもりだ!!」

 

「そうだ!お前のその暑苦しい筋肉の圧迫は、妊婦のストレス(負債)になるんだよ!大人しく座っていろ!」

 

「うるさい!お前らは引っ込んでおれ!儂はただ、我が愛しの妻と、未来の我が子にスキンシップを図りたいだけなのだ!」

 

孟徳と本初が「うおっ!?」と宙に浮きかける。

さすがにこの二人の文官寄りの筋力では、暴走する董卓を止めることは不可能なのか。

 

「おい、てめえら。俺の妻の体に触れてんじゃねえぞ」

 

その時、ずっと黙って貧乏揺すりをしていた奉先が、静かに、しかし地獄の底から響くような声で口を開く。

 

「……あ?」

 

「李司は今、腹の中に新しい命を抱えてるんだ。つまり、極めて繊細で壊れやすい状態(エラーが起きやすい状態)ってことだ。俺はこの前、李司の関節技を食らった時、あいつの動きがいつもよりほんのコンマ数秒遅かったのを覚えてる。体が重いんだよ。そんな状態のあいつに、てめえのその無駄な筋肉の塊をぶつけようってのか?あ?」

 

体力バカの彼だが、実体験として私の関節技の恐ろしさ(痛さ)を誰よりも理解しているがゆえに、私の身体の異変やダメージに対しては異常に敏感なのだ。

 

「俺の大事なスパーリング相手(妻)を壊されてたまるか」という、彼なりの強烈な愛情表現(所有欲)である。

 

「安静が必要です。これ以上暴れるなら、相国だろうがなんだろうが、俺がここでてめえの首をねじ切るぞ。分かったか」

 

「ぐ、ぐぬぬ……!わ、分かった!分かったから首を絞めるのをやめろ!未来の父親を殺す気か!」

 

奉先の圧倒的な腕力の前に、さしもの董卓も降参の意思を示す。

 

こうして、馬車内の物理的崩壊の危機は、私の夫たちの見事な連携(ジェラシーと暴力)によって未然に防がれたのである。

 

「やれやれ。貴方たち、車内での無駄な体力消費はやめなさい。お腹の子供の教育に悪いです」

 

「この子は将来、私の事業を受け継ぐための重要な労働資本(ヒューマンリソース)になるのですから。胎教として、もっと利益率や税金対策の話を静かに聞かせたいのです。少しは知的な会話を心掛けなさい」

 

「「「無理だろ」」」

 

三人の夫たち(と一人の相国)が、全く同じタイミングでツッコミを入れる。

彼らの統制だけは、日に日によくなっているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、場面は飛んで洛陽への帰還後。

相国府の私の私室は、現在完全に私の『社長室』として機能している。

 

私は、世間一般で言うところの「安定期」と呼ばれる期間に突入している。

とはいえ、「安定期だから安静にして休む」などという概念は、私の辞書には一文字も存在しない。

 

妊婦であろうがなんだろうが、私の脳細胞は一日二十四時間、常に利益の最大化を目指してフル稼働している。体内で新たな資本(胎児)を構築中であるという事実は、私が外部での生産活動(ビジネス)を停止させる理由には全くならないのだ。

 

「さて、皆さん。お集まりいただきありがとうございます」

 

「本日は、私が董卓様の子を無事に生産(出産)した後の、次期生産ラインの稼働予定(スケジュール)について、正式な発表と共有を行います」

 

私の言葉に、三人の男たちがゴクリと息を飲む。

 

「まずは……本初」

 

私が名前を呼ぶと、真ん中に座っていた本初がビクッと肩を震わせる。

 

「ん??何だ?俺か?また『袁家の資産運用』に関する厳しいダメ出しの話か?昨日提出した経費の精算書、どこか間違っていたか?」

 

彼は最近、私からの業務指導(という名の恫喝)のせいで、すっかり萎縮してしまっている。

 

「いえ、今回は経費の件ではありません」

 

「次回の生産ライン(出産)は、貴方の番です」

 

「……はい?」

 

「長男の譚(たん)は順調に育っていますが、袁家ほどの巨大な資産と名声を継承させるにあたり、跡継ぎ候補が彼一人だけというのは、後継者リスク(病死や無能化によるブランド価値の暴落)に備えるにはあまりにも不安が大きすぎます」

 

「企業継続計画の観点から言って、ポートフォリオ(跡継ぎ)の分散投資は必須です。よって、董卓様の子を出産後、半年間のインターバル(母体の回復期間)を置いたのち、貴方との間にあと二人くらいは連続して産みます。そのつもりで、心身の準備と養育費の予算確保をしておいてください」

 

「おお!おおおおおお!!」

 

本初は両手を握りしめ、歓喜の涙を浮かべて立ち上がる。

 

「本当か李司!!最強の遺伝子を持つお前が、俺の子を、名門袁家の跡継ぎをさらに二人も産んでくれるというのか!!よろしく頼む!!袁家の永遠の繁栄のため、俺の腰が完全に粉砕されるまで、全力で頑張らせてもらうぞ!」

 

(やったぜ!見たか孟徳!俺の順番が、お前より先だ!やはり李司も、袁家という確固たるブランド価値を最優先に評価しているということだ!俺の勝利だ!)

 

そのマウントを真正面から食らった孟徳は、ハンカチの端をギリギリと噛み締め、悔し涙を浮かべている。

 

「…………俺は?」

 

「俺の予約枠はどうなっているんだ、李司?俺との間にも、昂(こう)の弟か妹を産んでくれる予定が、その巻物(ガントチャート)のどこかに書き込まれているんだろう?」

 

「孟徳、貴方は少し欲張りすぎです」

 

「貴方は私という正妻がいながら、すでに何人も側室を抱えているでしょう。最近も、卞(べん)氏という女性との間に丕(ひ)という元気な男の子が生まれたばかりだと、私の諜報ネットワークから報告が上がっていますよ」

 

「他社の生産ライン(側室)がそれだけ十分に稼働して利益を出しているのに、わざわざ私という高コストなメインラインを稼働させる必要性がありますか?投資効率が悪すぎます」

 

「違うんだ李司!誤解しないでくれ!」

 

「確かに側室の子も可愛いし、一族の繁栄のためには数も必要だ。だが、俺が本当に欲しいのは、お前の腹から生まれてくる『お前との子』なんだ!お前のその恐るべき計算能力(サイコパス性)と、俺の天下を覆す知略を掛け合わせた、文字通り『最強の遺伝子』を持つ後継者がどうしても欲しいんだよ!」

 

孟徳は私の足をギュッと抱きしめ、涙ながらに訴えかける。

 

「昂だけじゃ寂しいんだ!俺の覇業という名の巨大企業を盤石にするためには、強力な兄弟による経営陣形が必要なんだよ!頼む!俺にも、俺にも次期生産の予約枠をくれ!割増料金でも、深夜の残業手当でもいくらでも払うから!」

 

傍から見れば完全に狂った光景だが、これが我が家の日常である。

 

「やれやれ……」

 

「仕方ありませんね。クライアント(夫)の熱意あるプレゼンテーションには、応えるのが優秀なコンサルタントの務めです。スケジュールを再調整し、本初の二人の後に、貴方の枠を一人分だけ捻じ込んであげましょう。ただし、オプション料金として来期のボーナスは全額カットですよ」

 

妥協案(という名の追加搾取)を提示すると、孟徳はパッと顔を上げ、花が咲いたような笑顔になる。

 

「愛してるーーッ!!李司、お前は世界一の妻だぁぁぁッ!!」

 

全く、手のかかる資産(夫)たちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい李司。ちょっと確認させてくれ」

 

「何ですか、奉先。今、私は数年先までの減価償却費と養育費のキャッシュフローを計算している最中です。無駄な質問で私の演算処理(タスク)を中断させないでください」

 

「いや、無駄な質問じゃない。お前のその異常な計画表についてだ。お前、今三三歳だろう?」

 

「董卓の子を産んで、その後すぐに袁紹と二人作って、さらに曹操ともう一人……。計算がおかしくねえか?一体、何歳まで子供を産み続けるつもりだ?お前の体は鋼鉄か何かでできているのか?」

 

奉先の素朴な疑問に、他の三人、董卓、本初、孟徳も、ゴクリと息を飲んで私の顔を注視している。

 

「ふむ……。貴方たちは女性の身体構造というものに対する理解が浅すぎますね。私の完璧な細胞管理と事業計画を甘く見ないでください」

 

「計算上、現在お腹にいる董卓様の子を出産する時点で、私は三四歳になります。これは確定事項です。その後、母体の回復期間(メンテナンス期間)を最短の半年で切り上げ、三五歳から三六歳にかけて、本初の子を二人連続で生産します。年子で一気に産み落とすことで、ベビー用品の使い回しや教育係の共有が可能になり、初期投資とランニングコストを劇的に効率化できるからです」

 

「なっ……年子で効率化だと!?」

 

「命の誕生を、まるで工場のライン作業か何かのように……!いや、俺としては袁家の子が増えるのは万々歳だが、お前の体が本当に心配になるぞ!人間業じゃない!」

 

「私の体を一般の脆弱な人間と一緒にしないでください。で、本初の連続生産ラインを終えた後、再びリフレッシュ期間を挟み、三八歳あたりで孟徳の子を生産します」

 

孟徳は顔面を蒼白にしながら、ワナワナと震えている。

 

「さ、三八歳で俺の子を……?いや、産んでくれるのは本当に、涙が出るほど嬉しいんだが……お前、本当に死なないか?高齢出産の極みだぞ?俺はお前を失いたくないんだ!」

 

「だから死にませんと言っているでしょう。私の細胞分裂速度は、日々の過酷な鍛錬と合理的な栄養管理によって、常人の三倍の効率で新陳代謝を繰り返しています。さらに、自律神経のコントロールと圧倒的な肉体強度を考慮すれば……ん~、そうですね」

 

「この四人の生産を終えた後でも、あと二人くらいはイケル(許容範囲)と思います。四〇歳手前までは、間違いなく最高品質の遺伝子を量産できる現役の主力工場(メインファクトリー)として稼働し続けられますよ。減価償却はまだまだ先です」

 

「…………」

 

「お前……体より何より、精神力がタフすぎる……。普通、妊娠や出産ってのは命がけの大仕事で、女はボロボロになるもんじゃねえのか……?なんでお前は『あと二人いける』とか、ラーメンの替え玉みたいなノリで言えるんだよ……」

 

彼のような単純な体力バカには、私のこの合理的な経営判断(ライフプラン)の美しさが理解できないらしい。

 

「精神力という曖昧な言葉で片付けないでください。すべては計算に基づいたリスク管理の結果です」

 

実は、この完璧なスケジュールにも、一つだけ私を悩ませている重大な欠陥(デメリット)が存在するのだ。

 

「ただ……問題が一つあります。私の計算通りにいかない、非常に厄介な機会損失が」

 

「機会損失?なんだ、まだ何か不満があるのか?」

 

「ええ。妊娠・出産の間、いわゆる産休期間中、『戦場に出られない』というのが、どうしても我慢できないほど嫌なんですよね……」

 

心底忌々しそうに吐き捨てると、四人の男たちが「は?」という間抜けな顔を晒す。

 

「戦場に出られないと、私が最も大切にしている『人を斬る感覚(キル・センス)』が著しく鈍ります。コンマ一秒の反応速度の遅れ、双頭戟の遠心力コントロールの誤差、そして何より、敵の首を刎ねて財布を奪い取るという一連の動作の滑らかさが失われる。これは、我が陣営の戦闘力および収益力において、最大の損失(ロス)に他なりません。数ヶ月も実戦から離れるなど、経営者としてあり得ない怠慢です」

 

「いや、そこは我慢しろよ!!当たり前だろ!妊婦が戦場を駆け回って首を刎ねてたら、お腹の胎児に悪影響が出るに決まってるだろ!胎教に悪いとかそういう次元の話じゃないぞ!物理的に危険だ!」

 

「物理的な危険?胎教?そんなものは気休めです。むしろ、鉄のぶつかり合う音と血の匂いを幼い頃から(胎内から)学習させておいた方が、即戦力の英才教育として優れているはずです」

 

しかし、どうすればこのタイムロスをなくせるか。

 

妊婦の身体的制限、馬の振動、敵の攻撃のベクトル、双頭戟の重量……。

すべての変数を代入し、再計算(シミュレーション)を実行する。

ピピピピピ……チーン。

 

「……いや、待ってください」

 

「再計算しました。新しいソリューション(解決策)の発見です」

 

「な、なんだ?嫌な予感しかしないんだが……」

 

「私の圧倒的な体幹と、極限まで鍛え抜かれた腹筋、背筋があれば、臨月(出産直前)のギリギリのラインまでは、普通に戦場に出ても全く問題ないのでは?」

 

「「「「は?」」」」

 

董卓、本初、孟徳、奉先の四人が、全く同じタイミングで、全く同じ絶望的な顔をして声を揃える。

 

「そうですよ!なぜ今まで気づかなかったのでしょう!私の固定観念が邪魔をしていました!」

 

「装備の軽量化と最適化を図ればいいのです!特注の鎧を発注し、腹部の装甲をドーム状に大きく拡張(マタニティ・アーマー化)すれば、物理的な防御力は担保されます!さらに、馬が疾走する際の上下の激しい衝撃も、私の人間離れした足腰のサスペンション機能と、膝のクッションを最大限に活用すれば、胎児への振動を完全に吸収・無効化できます!」

 

「そして万が一、戦場のど真ん中で敵と打ち合っている最中に急な陣痛が来たとしましょう。問題ありません!その場で敵を全滅させて安全圏を確保し、馬上で産み落とします!そして、愛用の直剣でそのままスパッとへその緒を切り落とし、赤ん坊を背中の布で固定すれば……なんと!そのままシームレスに戦線復帰が可能です!これで産休によるタイムロスは、完全に『ゼロ』になります!完璧な業務効率化です!」

 

「「「「やめろォォォォォォォッ!!!!!」」」」

 

「バカかお前は!!」

 

「お前のあの双頭戟の回転を舐めるな!あんな凄まじい遠心力でプロペラみたいに武器を振り回したら、腹に力が入って、その反動で赤子がスポーンッ!て外に飛び出すわ!!戦場で赤ん坊を発射する気か!!」

 

奉先の極めて物理的かつ想像しただけで恐ろしいツッコミが炸裂する。

 

「そうだ李司!常識で考えろ!」

 

「俺たちの味方はもちろん、敵だって気まずいだろ!想像してみろ!血みどろの戦場で、腹のデカい臨月の女が双頭戟を回しながら『ヒャッハー!』って突っ込んでくるんだぞ!敵の兵士たちが『うわぁ、妊婦だ……』ってドン引きする光景が目に浮かぶわ!」

 

「もし万が一、敵が反撃してお前を傷つけでもしたらどうなる?『あいつ、臨月の妊婦を斬ったらしいぜ』なんて噂が広まったら、そいつは武士として末代までの恥だ!非道な悪人として歴史に名が残っちまう!敵が気にして、絶対に全力を出せないだろ!そんなフェアじゃない戦いがあるか!」

 

孟徳の道徳的かつ戦略的な指摘。

その言葉を聞いた瞬間、私の脳内に強烈な閃き(イノベーション)が走る。

 

「……となると」

 

「それは、極めて『効率的』なのでは?」

 

「「「「!!」」」」

 

「素晴らしい着眼点です、孟徳。貴方のその分析を逆手に取れば、新たな戦術が見えてきます」

 

「敵は、私のお腹の大きさを見て、『妊婦を攻撃する』という人間としての倫理的タブーに直面し、必ず心理的な抵抗を覚える。つまり、コンマ数秒の躊躇(ちゅうちょ)が強制的に発生するわけです。その一瞬の迷い(ラグ)……これこそが最大の隙です!敵が倫理観で動きを止めたその一瞬に、私は一切の躊躇なく、一方的に敵の首を刎ねて財布を奪うことができる!」

 

「名付けて、『妊婦=歩く心理的デバフ兵器』作戦です!相手の道徳心や倫理観という脆弱性(バグ)を突き、一方的に利益を搾取する。これほどローリスク・ハイリターンな最強の戦術が他にあるでしょうか!いえ、ありません!採用です!直ちにマタニティ・アーマーの発注書を作成します!」

 

「り、李司殿……頼む、一生のお願いだからやめてくれ……」

 

董卓は顔面を完全に蒼白にし、涙目で私にすがりつく。

 

「儂の子だぞ……!儂と李司殿の愛の結晶なのだぞ!それが、戦場のど真ん中で産み落とされ、『母上は返り血を羊水代わりにして産湯を使いました』なんていう、地獄の悪魔のような育ち方をするのは……いくらなんでも教育上よくない!情操教育の完全な失敗だ!儂は、儂の子を普通の温かい布団の上で抱かせてほしいのだ!」

 

「そうだ李司!董相国の言う通りだ!」

 

「これは袁家の品格にも大きく関わる問題だ!もし『袁家の当主の妻は、陣痛の最中に敵の首を千個刎ねた』なんて伝説が広まったら、袁家のブランドイメージは完全に『狂戦士の一族』に書き換えられてしまう!名門の威信が地に落ちるぞ!頼むから、本当に頼むから、臨月の間だけでも大人しく屋敷の奥で算盤を弾いていてくれ!」

 

さらに孟徳と奉先も「絶対に許さん」「俺が縄で縛ってでも部屋に閉じ込める」と完全に殺気立って私を取り囲んでいる。

 

「ちっ……」

 

「四人がかりで絶対反対決議ですか。取締役会でここまで満場一致で否決されると、さすがの私も強行採決(物理)するわけにはいきませんね。株主総会(家庭内)のガバナンスが機能しすぎているのも考えものです」

 

「……分かりました。貴方たちの無駄な倫理観とブランド戦略に免じて、今回の『妊婦無双計画』は白紙撤回とします。臨月に入るまでの間は、前線での物理的な殺戮は控え、『後方指揮』と『経理業務』に徹することをお約束しましょう」

 

「良かった……。これで歴史書に、とんでもないサイコパス妊婦の伝説が刻まれずに済む……」

 

「俺の胃にまた新しい穴が空くところだった……」

 

「ただし」

 

「えっ?」

 

「私が約束したのは『臨月まで』です。陣痛が来て、無事に赤ん坊を生産(産み落とした)したその直後、文字通りその日の午後からは、一切の遠慮なく全開で前線に出撃しますよ?産後のストレス発散(千人斬り)は絶対に譲りませんから、赤ん坊のミルクとオムツの交換は、貴方たち四人でシフトを組んで完璧に回しなさい。一つでもミスがあれば、減給処分ですからね」

 

「「「「……妖怪め」」」」




皆さんは今回の話で

・馬車内の夫たちの会話
・董卓の父親覚醒
・出産スケジュール会議
・妊婦戦場作戦

どのシーンが一番印象に残りましたか?

また、この世界の李司の子供たちは
将来どんな人物になると思いますか?

ぜひ感想を聞かせてもらえると嬉しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。