三国志異伝~演算する剣鬼(守銭奴)~最強の秘書官・李司が通る道には死体と領収書しか残らない~   作:斉宮 柴野

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乱世における人材とは、宝でもあり負債でもある。
使えれば価値は跳ね上がる。
だが食わせ、管理し、反乱を防がなければ、一瞬で不良債権に転落する。
だから私は今日も、戦場で面接をする。
たとえその直後に、地獄のような訃報が飛び込んでこようとも。


第二十三話:殺戮のコスト計算と、残念なイケメン登場

見渡す限り人、人、人です。

青州から雪崩れ込んできた黄巾党の残党三十万。

 

ただの群衆も数字として弾き出せば途端に壮観な景色へと変貌します。

圧倒的な労働力の塊。

 

兵士として再利用し、農地に振り分け、荷運びに回し、道路工事に投入し、必要に応じて肉の盾として消費する。

 

適切に運用管理を施せば我が陣営の時価総額は間違いなく跳ね上がるはずです。

しかし直面する問題はいつだって同じ。

人間という生き物はすべからく燃費が悪すぎるのです。

 

どいつもこいつも極限まで痩せこけてはいますが、瞳の奥の光までは完全に死に絶えていません。

使えます。

間違いなく有用なアセットです。

 

しかし彼らは食うのです。

とにかく際限なく胃袋を満たそうとする。

与えなければ暴動を起こすという点で、その辺の家畜より遥かに厄介な負債となり得ます。

 

「素晴らしいですね孟徳。これだけの労働力が一気に無償で手に入るとは。我が陣営の企業価値が一段階上がりました」

 

「ご満悦のところ悪いがお前の目が完全に市場を見てる時のそれなんだよな。人を見てる目じゃない」

 

「見ていますよ。だからこそ深く困窮しているのです」

 

「何がだ?」

 

「食糧です。維持するためのランニングコストが重すぎる」

 

視線の先で延々と続く薄汚れた列は、私にとって削減すべきコストの羅列に他なりません。

 

「彼ら一日一食、できれば泥水だけで稼働してくれませんか?あるいは太陽光を浴びるだけでエネルギーを生成するよう品種改良できませんか?」

 

「無理だ。人間だぞ?お前の中では何でも資産かもしれんが光合成はしない」

 

「極めて残念な仕様です。では生命活動が停止しないギリギリのラインまで配給を絞り込みます。百人ほど餓死者が出た段階でそこから微量だけ供給を戻せば、最も効率的な最適値が割り出せるでしょう」

 

「お前、最適化のために人命をサンプルに使うな」

 

「正確な計測なしに業務の改善はあり得ません」

 

「その恐ろしい理屈を戦場以外で使うな」

 

不毛な議論の終着点を探っていた折、夏侯惇が過剰なまでの上機嫌で大股に歩み寄ってきました。

背後には巨大な壁と見紛うほどの男が影を落としています。

大きいですね。

 

「孟徳!李司殿!こいつを見てくれ!とんでもねえのを拾いましたぜ!」

 

「拾うって犬じゃないんだから」

 

「軍旗が倒れそうになった時こいつ一人で片手で支えてやがったんです!名を典韋!怪力だけなら見たことねえレベルです!」

 

巨漢はにかっと無邪気な笑みを浮かべました。

素朴な表情とは裏腹に、両腕は丸太のように太く首周りの筋肉も尋常ではありません。

 

脳の演算処理よりも先に物理的な破壊行動へ移行するタイプですね。

単純作業には極めて有用ですが、高度な思考を要するタスクには不向きと推測されます。

 

「へへっ、典韋だ。護衛でも荷運びでも力仕事なら一番だぜ。腹いっぱい飯さえ食わせてくれりゃな!」

 

「いいではないか孟徳。親衛隊長にでも……」

 

「少々お待ちください。これより採用面接を実施します」

 

孟徳の顔に明らかな疲労の色が浮かびました。

 

「おい李司。俺の護衛の採用なんだが?」

 

「貴方のリソースに関わる問題だからこそです。規格外の不確定要素を側に置けば、後々の処理コストが膨大に跳ね上がりますから」

 

対象は小柄な女を前にして露骨に警戒を解き、戸惑いの色を瞳に浮かべています。

人間という生き物はどうしてこうも視覚情報だけで油断するのか、学習能力の欠如を疑わざるを得ません。

 

「右手を提示してください」

 

「は?」

 

「実技試験です。出力の測定を行います」

 

「いやいや……いくらなんでもこんな華奢な姐さんと力比べって。俺が本気で握ったら腕ごと骨が砕けちまうぞ?」

 

孟徳の口元に嗜虐的な笑みが浮かびます。

相変わらず性格の悪い男ですね。

私の好む性質ではありますが。

 

「大丈夫だ典韋。全力でやれ。手加減するとお前自身の骨が砕けるぞ」

 

「意味わからねえ夫婦だな……」

 

「現在の状況を夫婦の会話と誤認している時点で、状況把握能力の低さが露呈していますね」

 

骨格の大きさもさることながら、確かな筋出力を感じます。

しかし握力というものは単純な筋力のみで成立するものではありません。

 

骨の噛ませ方、関節の固定角度、力のベクトルの収束。

それらの緻密な計算が欠落していれば、せっかくの出力も空しく霧散するだけです。

 

「いくぞ?ぬんっ!!」

 

典韋の太い腕に血管が一斉に隆起し、周囲の兵たちから感嘆のどよめきが漏れました。

確かに悪くない圧力です。

一般的な人間であればこの時点で激痛に顔を歪める数値でしょう。

しかし私は一般的な生体構造に依存していないため、一切の支障を来しません。

 

「ぬおおおおおっ!!」

 

「ひっ」

 

対象の顔面から急速に血の気が引いていきます。

骨が悲鳴を上げる鈍い感触は決して嫌いなものではありません。

直接的な利益には直結しませんが、耐久性の評価材料としては十二分です。

 

「いっ……いでででででっ!!」

 

「まだです。もう少々。貴方の最大出力の限界値を記録しておきたいので」

 

「限界!?もう出てる!全部出てる!!」

 

メキョッという極めて不快な破断音と共に、巨大な質量が大地へ崩れ落ちました。

 

これ以上の負荷は資産の不可逆的な損壊を招くため、面接プロセスとしてはここで終了です。

 

「計測終了。うん、なかなかの出力値です。人間という規格の中では上位クラスに分類されるでしょう」

 

「ですが我が陣営の最高物理資産である奉先には遠く及びません。現時点では貂蝉の基礎出力にも劣る数値ですね」

 

「……は?」

 

「はい」

 

「侍女より……弱いのか俺……?」

 

「貂蝉は既に侍女という枠組みを超越した別種のシステムですので比較対象にする必要はありません。とはいえ採用とします」

 

「荷物持ち兼、孟徳の物理的な盾としては十分な耐久性を備えています。今後の忠誠心の推移次第では業務範囲を拡大しても良いでしょう」

 

「お、おう……」

 

「ただし」

 

筋肉量は申し分ない。

骨格のバランスも悪くない。

 

しかし顔面偏差値は極めて平凡の域を出ず、知能指数もこれまでの反応速度から推測して高くはありません。

つまり後世へ残す種馬としての総合的な資産価値は低いと判断されます。

 

「遺伝子の質としてはBランク。私の子を産ませるためのポートフォリオに組み込むには顔面偏差値と知能指数が致命的に不足していますね。繁殖用アセットとしては不採用とします」

 

「……は?種馬……?俺、何の面接に来たんだ?」

 

「総合的な機能評価です。雇用側として当然の権利でしょう」

 

「当たり前じゃねえよ!!」

 

「頼むから新規採用候補の前でうちの採用基準の闇をさらけ出すのやめてくれないか」

 

「闇ではなく評価基準の完全な透明化です」

 

「全部言葉を綺麗にするのやめろ」

 

緊迫した空気を切り裂くように、血の気を失った伝令が陣幕へと転がり込んできました。

過呼吸に陥り今にも心肺停止を引き起こしそうな有様です。

劣悪なコンディションですね。

 

情報伝達者の体力管理システムの構築は、次期急務の改善項目として記憶領域に刻み込みます。

 

「ご注進!!徐州よりこちらへ移動中であった曹嵩様ご一行が……陶謙の配下に襲われ……財産を奪われた挙句、殺害されましたーーッ!!」

 

孟徳の指先から筆が滑り落ち、硬い床を叩く音が異様なほど鼓膜を打ちます。

平時であれば即座に皮肉めいた冗談で場を支配する男が、今は彫像のように沈黙を保っていました。

 

「……親父が?」

 

誰も応答する者はいません。

ただ恐怖に震える伝令の浅い呼吸だけが響いています。

 

「俺の親父が……殺された……?」

 

静寂を打ち破ったのは、物理的な破壊音でした。

孟徳の蹴りをまともに受けた重厚な机が真っ二つに裂け、上に積まれていた木簡が宙を舞います。

 

資産価値の高い見事な細工の机だっただけに惜しい損失ですが、現在の彼の精神状態にコスト意識を説くのは命の危険を伴うため、私は沈黙を選択しました。

 

「おのれ陶謙んんんっ!!許さん!断じて許さんぞ!!」

 

復讐という名の感情エネルギーは、圧倒的な原動力となる反面、制御を誤れば全てを焼き尽くす厄介な劇薬です。

 

「全軍出撃!!徐州を攻める!地図から消してやる!鶏や犬一匹すら残すな!皆殺しだァァッ!!」

 

「お待ちください孟徳」

 

「止めるな李司!!こればかりは絶対に譲らんぞ!」

 

「感情を否定しているのではありません。戦略的改善提案です」

 

「は?」

 

「感情に任せた完全な焦土作戦は極めて非効率的です」

 

孟徳の表情が、ほんの一瞬だけ理性の光を取り戻しました。

そうです、その知的な光です。

その状態を維持したまま、私の提示する最適解を処理しなさい。

 

「徐州のインフラを破壊し、労働力を根絶やしにし、農地を荒廃させれば、後に我々が統治権を確立した際の復興コストが莫大な負債となって重くのしかかります。貴方の憤怒は理解の範疇ですが、無益な資本の損耗は見過ごせません」

 

「な、ならどうしろと言うんだ……!」

 

「効率性を重視し、成人男性のみを選別して排除しましょう」

 

「将来的な反乱の火種となる成人男性は全て処理対象とします。物理的な廃棄作業は私が先陣を切って執行しましょう。そして残存する女子供は無傷のまま捕獲し、我が領地へ強制移送します。子供は次世代の軍事力として育成し、女は配下の兵士たちへの報酬として再分配すれば、人口増加と忠誠心の向上の両方を確実なものにできます。復讐の達成と利益の最大化を完全に両立させるスキームです」

 

「…………」

 

「…………お前、俺の怒りより発想が悪魔的だぞ」

 

「最高の賛辞として受け取っておきます」

 

「誰も褒めてない!」

 

「しかし提案を明確に否定してもいませんね」

 

「反論する気力を根こそぎ奪われただけだ!」

 

温かな陶器から指先を離し、私は利益回収の算段へと完全に思考を切り替えます。

 

「さあ出陣の準備を進めましょう。私の剣が不要な不良在庫の廃棄を待ち望んでいます」

 

「在庫って言うなよ……」

 

「では反乱予備軍の処理と訂正します」

 

「余計に恐ろしくなったわ!!」

 

出陣の喧騒の中でも、孟徳の精神は未だ完全な冷却には至っていませんでした。

軍馬を指揮し、物資の配分を指示する的確な行動とは裏腹に、その眼光だけが静かに底知れぬ炎を宿しています。

 

この状態の彼は一歩扱いを間違えれば、天才的な指揮官から制御不能な災害へと姿を変えます。

 

「孟徳。貴方の感情論を否定する気はありませんが、戦争という一大プロジェクトを感情の赴くままに運用すれば確実に赤字転落します」

 

「赤字だろうが何だろうが今回の事態は別次元だ!」

 

「別次元など存在しません。貴方が父君の仇を討ち果たした後、徐州の広大な土地を統治し、莫大な数の兵を養い、次なる軍事行動へ備えるまでの全プロセスを含めての戦略です。単発の報復行動で消費していい予算ではありません。それはただの街の乱闘です」

 

「……くそっ」

 

「さらに兵のモチベーションを維持するためにも、今回の軍事行動の最終目的を明確に設定してください。復讐という大義名分だけでは、疲労が蓄積した時点で兵の心は容易く折れます。報復を完遂したのち莫大な富と土地を分配する、そこまでをパッケージとして提示しなさい」

 

肺の底から深く息を吐き出しました。

感情の波を論理の器に収めようとする、良い兆候です。

燃料は多いに越したことはありませんが、それを燃焼させる確固たる炉が必要なのです。

 

「つまり俺は兵どもにこう宣言すればいいのか。陶謙は俺の父を殺した。ゆえにこれを討つ。討ち果たした上で、徐州の富も労働力も全て余さずこちらへ収奪してくる、と」

 

「その通りです。大義名分と実益の完璧な抱き合わせ販売ですね」

 

「本当に嫌な表現をするなあお前は」

 

「末端の労働力は複雑な理念よりも直接的な利益で動くものです」

 

傍らで静かに息を潜めていた典韋が、恐る恐る口を開きました。

 

「姐さん、俺は具体的に何をすりゃいいんで?」

 

「貴方は重量物を運搬し、強固な障害物を破壊し、そして柔らかいものには一切触れないことです」

 

「柔らかいものって何だ」

 

「女子供です。未来の重要な資産ですから」

 

「めちゃくちゃわかりやすい!」

 

「それから孟徳の安全を最優先で確保しなさい。彼は我が陣営における最大の頭脳資産ですので」

 

「姐さんの護衛は?」

 

「私の自己防衛システムは既に自前で完結しています」

 

「そうだよな……。そんなこと聞いた俺が馬鹿だった」

 

「典韋、お前はまだこの二人の生態を理解してねえな。孟徳は放置しておくと常に余計な企みを巡らせる。李司殿は放置しておいても敵の余計な命まで徹底的に片付ける。守るべき優先順位は圧倒的に孟徳が先だ」

 

「現場の状況を的確に把握した素晴らしい解説ですね夏侯将軍」

 

「長く付き合ってりゃ嫌でも脳に刻み込まれるんだよ」

 

こうして幕を開けた徐州への進軍ですが、道中の村々では早くも厄介な問題が表面化し始めました。

 

新参の青州兵たちが、配給される食糧の少なさに不満を漏らし始めたのです。

想定よりも随分と早い不満の噴出です。

もう少し耐久性があるかと期待していましたが、見積もりが甘かったようですね。

 

「おい姐さん!この粥、ほとんど水みてえじゃねえか!」

 

「その通りです。行軍中の水分補給も兼ねた合理的な配合ですから」

 

「肉は!?塩は!?」

 

「随分と身の程を知らない要求ですね。貴方たちは昨日まで飢餓に苦しむ敗残兵だったという事実を忘却したのですか?」

 

「それはそうだが!」

 

「であれば黙って摂取しなさい。生命維持に最低限必要なカロリーは計算上満たしています」

 

「必要量って何を根拠にそんなこと言ってんだ!」

 

「昨日、無作為に抽出した五十名の検体を用いて配給量のストレステストを実施しました。結果、三名が機能停止、二名が著しい動作不良を起こしましたが、残りの四十五名は正常に稼働しました。つまり現在の量からあと一割だけパラメーターを引き上げれば、全体が最も安定稼働する数値が導き出されたのです」

 

騒いでいた青州兵たちの顔から表情が抜け落ち、後ずさりを始めました。

無駄なエネルギーを消費するくらいなら、黙ってその水分を飲み込みなさい。

 

「お、お前……俺たちの仲間で人体実験をしたのか?」

 

「実験ではなく最適化のための試算です」

 

「単語の定義の問題じゃねえ!」

 

「末端の兵に対する説明の仕方を、もう少しオブラートに包めないか」

 

「可能ですが、提示する事実に変更はありません」

 

「事実が同じでも言い方一つでモチベーションが変わるんだよ……」

 

人間の感情という非合理的なシステムは、実に理解し難い領域です。

計算式が完璧であれば結果も完璧であるべきなのですが、どうやら彼らは数字の美しさだけでは駆動してくれないようです。

本当に、管理コストのかかる生き物ですね。

 

 

 

 

 

 

 

一切の遅滞なく徐州への侵攻は開始されました。

 

孟徳が大義名分たる復讐を声高に叫び、私が後方支援における食糧の最適配分と捕虜の収容限界数を秒単位で計算し、新規採用の典韋が馬のごとく荷馬車を牽引する。

 

全てが歯車のように噛み合い、極めて効率的に戦線が押し上げられていきます。

 

徐州辺境の村に到達した時点で、私の業務は既に完全なルーティンワークへと移行していました。

 

燃え崩れる家屋。

逃げ惑う男たちの絶望の表情。

 

空を引き裂く女たちの悲鳴。

そして泣き叫ぶ子供たち。

 

お決まりの地獄絵図が展開されていますが、私の演算領域に感傷というノイズが入り込む余地はありません。

設定されたノルマを淡々と消化していくだけです。

 

「はい、次」

 

ザンッ。

 

「はい、次」

 

ザンッ。

 

白刃が描く軌道は一切の無駄を排除した完璧な幾何学模様です。

力任せな切断は骨髄に刃が食い込み、著しいタイムロスを生むため推奨されません。

 

対象を速やかに処理するには刃を当てる角度こそが絶対条件なのです。

低すぎれば無用な血飛沫を浴びるリスクがあり、高すぎれば骨の硬度で刃こぼれを起こす。

 

「ふぅ……これでこのエリアにおける本日のノルマ、百名を達成しました」

 

傍らで荷物を抱えた典韋が、顔面を蒼白に染めて硬直しています。

入社早々にアサインされた現場がこの惨状では、流石の彼もメンタルヘルスに支障を来すかもしれませんね。

 

「典韋」

 

「へ、へいっ!!」

 

「無傷の女子供を速やかに荷馬車へ収容しなさい。選別基準のチェックリストは後ほど共有します。年齢、骨格の発育状態、歯牙の欠損具合、そして感染症の有無を厳格にスクリーニングすること」

 

「お、俺、今まで人間を運ぶ仕事は何度もやってきたが、商品って呼んだことは一度もねえんですが……!」

 

「今日この瞬間から新たな概念としてインストールしなさい」

 

「とんでもねえブラック企業に入っちまった……!」

 

黒煙が空を覆う中、私はふと剣を振るう手を止めました。

遠方から地響きを伴って接近する馬蹄の音が、事前の予測数値を大きく上回っています。

 

劉備の部隊だけではありませんね。

ああ、なるほど。

 

彼らは彼らで外部の戦力を当て込んでいたというわけですか。

だからこその、あの根拠なき自信に満ちた表情。

自らの資本を削らず、他者のリソースに依存して利益を得ようとするそのスタンス。

最も忌み嫌う経営モデルです。

 

「孟徳」

 

「何だ」

 

「今後、劉備のような類の人間と取引をする際は、必ず事業への出資比率を事前に確認してください」

 

「取引なんかするか!」

 

「本人はやる気に満ち溢れた最高経営責任者の顔をしていますが、実態は裏で無名の労働者が血汗を流さなければ一切の業務が回らないタイプの人間です」

 

「お前、本当に人間を査定する時だけは容赦ないな」

 

「私は常に客観的な事実のみを述べています」

 

私の分析が終わるのとほぼ同時に、例の正義を振りかざす厄介な集団が視界に入りました。

翻る旗にはっきりと刻まれた劉、関、張の文字。

予定通りの到着です。

 

「待てぇぇい!曹操軍の悪党ども!罪なき民を虫けらのように殺戮するとは何事だ!」

 

張飛です。

スピーカーとしての出力だけは高く評価できますね。

 

「無抵抗の民を虐殺するなど人の道に悖る行為!この劉玄徳が天に代わって貴様らを討つ!」

 

はいはい。

崇高な理念は結構ですが、その正義を実行するための予算案は準備されているのでしょうか。

被災者の救済に必要な膨大な食糧と仮設住宅の確保、その全てを手配してから発言していただきたいものです。

 

「兄者の言う通り!義によって助太刀いたす!曹操軍の先鋒、その首置いてゆけ――」

 

関羽が青龍偃月刀を威風堂々と構え、こちらへ鋭い眼光を向けました。

しかし、その視線が私を捉えた瞬間、彼の全身の駆動システムが完全にフリーズしました。

 

「おや。奇遇ですね。不潔な髭の殿方」

 

「ヒッ……!!」

 

過去のトラウマが細胞レベルで刻み込まれているようです。

学習の成果としては非常に優秀ですね。

 

「ひ、ひ、髭狩りの女ァァァッ!!!」

 

「ネーミングセンスが絶望的ですね。徹底した衛生管理業務と言い直しなさい」

 

「兄者!退却だ!直ちにこの場から離脱しましょう!あいつです!汜水関で拙者の誇り高き髭を問答無用で根こそぎトリミングした、あの衛生管理の悪魔です!またやられる!また顎をツルツルの不毛地帯にされるぅぅぅ!!」

 

「な、情けねえぞ兄者、ヒゲくらいで……って、げっ!!あの怪力女かよ!!俺の渾身の蛇矛を片手で受け止めたあの理不尽なバケモノ!!」

 

「おや、虎髭の殿方もご一緒でしたか。システムが正常に稼働しているようで何よりです」

 

「正常じゃねえよ!お前の顔を見た瞬間に胃壁が異常な収縮を起こしたわ!」

 

唯一、劉備だけが状況の推移を全く理解できず、完全に思考停止に陥っています。

実態のない詐欺師とは初対面ですから、当然の反応でしょう。

 

「なんだ?雲長、翼徳、知り合いなのか?なぜそこまで怯えきっている?」

 

「兄者、緊急事態です!あいつ、情け容赦なく髭を刈り取ります!」

 

「なぜそこが最優先の警戒事項なんだ!?」

 

刀身にこびりついた不純物を冷徹な一振りで大地へ還元させます。

 

「実態のない無価値な詐欺師まで勢揃いしているとは、本日は処理すべき不良在庫が豊富ですね」

 

「無価値な詐欺師だと!?」

 

「はい。中身のない正義を叫ぶだけで具体的なソリューションを一切提示せず、人心という不確かなものだけを掌握して実務は全て他者に丸投げする。私が最も嫌悪する無能な経営者の典型です」

 

「初対面の相手にそこまで罵倒を浴びせるか!?」

 

「外装を見れば中身の質は容易に推測可能です」

 

この場で三名まとめて物理的に処理しても良いのですが、劉備の持つ『無能を引き寄せる特異な引力』だけは少々厄介です。

今すぐシステムから排除すべきか否か、もう少し彼らの挙動を観察してから決定しましょう。

 

不毛な膠着状態を打ち破ったのは、天から降り注ぐような場違いに澄み切った声でした。

 

「待たれよ!」

 

小高い丘の上に、一頭の純白の馬が姿を現しました。

身を包む銀の鎧が、不自然なほどに陽光を反射して輝いています。

白い。

そして眩しい。

 

視覚センサーに不要な負荷をかけるほどに眩しい。

さらには、その馬上に立つ男の顔面偏差値が、統計学的な異常値を示すほどに整い過ぎていました。

ええ、立っていたのです。

物理法則を無視した極めて危険な搭乗姿勢です。

 

「ふっ……。民の悲痛な叫びがこだまする場所、そこに我らが正義あり」

 

一体何の冗談でしょうか、この登場演出は。

 

「我こそは常山の登り竜!趙子龍、推参!!悪鬼羅刹の如き無法者ども、我が槍の錆となるがよい!!」

 

喧騒に包まれていた戦場が、水を打ったように静まり返りました。

ただ虚しく風だけが吹き抜けていきます。

 

客観的な評価を下しましょう。

ビジュアルの完成度は間違いなく最高クラスです。

 

一枚の絵画として切り取るならば満点を与えても良い。

しかし実務の現場において、そのような過剰な装飾は一切の価値を生みません。

 

戦場で最も尊ばれるべきは顔の美しさではなく、圧倒的な処理速度です。

 

趙雲は突如として動きを止め、その端正な眉間に深い皺を刻みました。

 

「…………むう!!」

 

「いかん。今のタイミング、太陽の入射角が最悪だったな。兜の装飾に反射する光の輝きが想定の三割も減衰してしまった。それに名乗りを上げる直前の『ふっ……』のタメ時間がコンマ数秒短すぎた。これでは俺の完璧な美しさが戦場全体に伝達しきれん」

 

「は?」

 

関羽も張飛も劉備も、そして私も、脳内の処理が完全に追いつかず沈黙しました。

 

「すみません!敵陣営の皆さん!今の登場シークエンス、もう一度最初からテイク2を回します!最適な照明の角度を待つので、そのままの配置で少々待機していてください!!」

 

そう叫ぶと、趙雲は白馬の首を返し、そそくさと丘の裏側へ姿を消してしまいました。

 

「……兄者。今回の外部委託先、とんでもない不良物件を掴まされたんじゃねえの?」

 

劉備がかつてないほど気まずそうに視線を泳がせます。

 

「いや……戦闘力に関しては申し分ないと推薦状にはあったのだが……」

 

関羽はいまだに顎を保護したまま、冷静な分析を加えました。

 

「兄者、戦闘力以前の致命的なバグを抱えています。あの者、自己のプロモーション活動に命の全てを懸けておりますぞ」

 

「お前がそれを指摘すると異様に説得力が増すな」

 

「おーい!そっちの視点から見て雲が完全に晴れたらキューを出してくれー!最もフォトジェニックな角度で再突撃を仕掛けるからー!」

 

「……また一つ、理解不能なエラーコードが現れましたね」

 

孟徳は心底疲弊した様子で肩をすくめます。

 

「お前がそれを言う資格はない。お前の周囲に吸い寄せられてくる連中の方がよっぽど原型を留めてないだろうが」

 

「少なくとも私が管轄する人員は、戦場の最前線でリテイクを要求するような致命的エラーは起こしません」

 

「その一点においてだけは完全な同意を示す」

 

「極めて無価値な時間です。あの馬鹿、即座に物理的消去を実行しましょう」

 

「待て待て。せっかくのテイク2だ、一度見てから判断しても遅くはないだろう?ここまで焦らされると逆に完成形が気になる」

 

「時間の浪費であり非効率の極みです」

 

「だが気になるだろう?」

 

「コンマ数パーセント程度は」

 

丘の裏側で趙雲が槍の軌道を確認する影がチラついています。

白馬の立ち位置までミリ単位で修正しているようです。

 

その異常なまでのこだわりは評価に値しますが、決して関わり合いになりたくない性質のアセットです。

 

「姐さん……あれも処理対象ですか?」

 

「今後の推移次第です」

 

「推移って……」

 

「ビジュアル面での資産価値は極めて高い数値を叩き出していますが、論理的思考能力が絶望的に欠如しています。仮に我が陣営で採用したとしても再教育にかかるコストが莫大すぎます」

 

「今この緊迫した状況でその査定、本当に必要ですか!?」

 

「不可欠です。戦場とは常に流動的な人材獲得市場でもあるのです」

 

「本当に息を吐くように面接を始めやがるなこの人!」

 

丘の上に、計算し尽くされた角度で再び白馬が姿を現しました。

先程よりも太陽光の反射角が計算されており、兜と鎧が放つ光の矢が圧倒的な美しさで戦場を照らし出します。

 

忌々しいことに、一枚の画としての完成度は劇的に向上しています。

 

「ふっ……」

 

今度のタメは異常なまでに長尺です。

長すぎて逆に滑稽さすら感じさせます。

 

「我こそは常山の登り竜!趙雲子龍――」

 

「典韋」

 

「へいっ!?」

 

「弓を射出可能な状態へ」

 

「へ?」

 

「ただちに弓を構えなさい。あの過剰な演出の最中に眉間を射抜けば、彼の無駄の多い人生において最も芸術的な絶命シーンが完成します」

 

「やめたれよ!!」

 

珍しく本気のトーンで制止に入りました。

 

「その辺で勘弁してやれ李司!あいつの存在が多分、今の向こう側の唯一の希望の光なんだ!」

 

「希望の光にしては実装までのプロセスが冗長すぎます」

 

「その意見には全面的に賛同するが!」

 

名乗りを終えた趙雲の白馬が、ついに戦場を切り裂くように駆け下りてきます。

閃く槍の軌道。

 

風に靡く髪。

確かに圧倒的な美を体現しています。

 

直視するのが腹立たしいほどに絵になる男です。

しかし、その装飾過多な美しさは私の絶対的な効率主義と致命的なまでにバッティングするのです。

無駄な秒数を浪費する顔だけの男など、経営資源としては最低ランクの廃棄物です。

 

「孟徳」

 

「何だ」

 

「次回以降、新たな人材をスカウトする際は、ビジュアルだけでなく実務への適性を最優先でスクリーニングしてください」

 

「俺はスカウトしてない!向こうが勝手に湧いて出たんだ!」

 

「では製造元へ着払いで返品処理を行いましょう」

 

趙雲の白馬が猛烈なスピードで距離を詰めてきます。

 

本当に、管理コストの嵩む男が現れたものです。




今回はだいぶ騒がしい回でした。
李司の悪魔的合理性、孟徳の激情、典韋の困惑、そして趙雲という新種のバグ。
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